節目越えたら、卒業の20周年へ。

約九年前に手探りで始めた、ラジオ番組。
NHKの大河ドラマで「天地人」を放送していた翌年。
では、と言うことで、名付けた番組名が「愛の元気人」。
愛と義をうたっていた謙信のドラマを横目に、
新潟を愛で元気にしたいと思って企画して始めた、この番組。
コンセプトは、ハッピーコミュニケーション プログラム。
月一回一時間の番組。放送されてしまえば、あっけないが
違う草鞋を履きながら、企画シナリオ、ゲスト探しは、
途切れることのない課題。
終わったと思えば、すぐ始まる。
新潟出張の予定に合わせて収録するには、毎回調整も必要で、
関係者の皆さまの協力もなければできなかった。

ラジオやテレビなどメディアに出たことのない人たちの
広報の実践の場になればとの思いで、あえてそういうのに
されていない方を中心に出ていただくようにした。
そして登場いただいたゲストは150組を越えた。

何年か前に、この流れに
なんとなく慣れてきている自分に自問し始めた。
「私はこれをいつまでやるんだろう」

それからずっと考え、「よし、100回まではやろう」
とゴールを自分で唱えながら、頑張った。
そして先日の7月放送分が100回。

予定どおり、ラジオ局の番組編成時期も含め、
ちょうどいいきりとして、来月9月分をもって卒業することに
なった。
あと残すは一回の収録、二回の放送だ。

悔いはない。
加えて9月は、グランルーの20周年を迎える。

華々しい記念事業もあるけれど、
つぎに向けて、節目で結ぶ、というのもありだ。

終わりは次のステージの始まりだ。

やっていること、やり続けていること自体に
しがみつかず、節目節目で切り替えていく。

これが自然でいいことのように
思える。

全ては、悔いない人生のために。

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「しがらみ」なし、「しがみつかない」生き方。

よく、組織の「しがらみ」なんていう言葉をよく聞くが、
この「しがらみ」とは一体?
漢字では「柵み」と書くそうで、そうか、柵なんだ~。
自分に柵をつくる、言い換えれば、他の人が入れないように
自分の縄張りをつくろうとすること?
塀のようなイメージも浮かんでくる。

とにかく、これがあると、どうも不自由であり、自らを
守りの体制に入っているような印象もある。

一方、
「しがみつく」。

この言葉も最近 気になる言葉だ。
ポストにしがみつく。
なんて、そんなときに使う。
保身、保守。
そして、ちょっとみっともない感じがする。

もしかしたら、どちらもちょっと昔の、
男性社会の名残かも。
自分の居場所が第一。
そのためにがんばる。
そのために自らを犠牲にする。

今の日本が世界から
立ち遅れないように。
自由な発想で新しい挑戦を恐れずに。

どうか若い人には
しがらみなしに、居場所にしがみつかずに
自由に、大きく生きてほしい。

そして、自分自身も最後までそれを
貫きたい。

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外の人に言われると・・。

いろんな企業さんにお会いする。
よく、社長夫妻が一緒に相談に来られることもあり、
時には、私の目の前で夫婦喧嘩が始まることもある。
「もっと言ってやってくださいよ~。」
なんて言われることもあるが、
朝も昼も夜も一緒に仕事をして、生活をしているのだから、
本当に大変だと思う反面、二人一組で一緒に生きているからの
喧嘩だと思うと、微笑ましくも思えてくる。

今回、初めての企業さんに伺う。
こちらも夫婦で会社を経営されている。

こちら、喧嘩はない。
仲睦まじい。

でも、夫婦だと、仕事に甘えも出るようだ。
明日でいいか。となることもあるそうで、
なかなか計画通りに進められないこともあるようだ。

そんななか、ヨソモノが登場して、あれはこう、これはいつまで・・と
仕切り始めると、瞬間、二人の顔色が変わって、あたふたし始める。
顔色が変わり、こまかくメモを取り始める。
できるかな~と心配そうな顔になる。
これはいいこと。二人のお尻に火が付き始めたということだ。

会議のあと、
「こうやって 外の人に言われることが大切なんですよ。
二人やったらやらないですから。ああ、今日は本当に良かったです」
と喜んでくださるのも印象的だ。

夫婦で仕事。
なかなか客観的になれないと思う。
でも、世の中そんな会社はたくさんあって、皆さんがんばっておられる。

これからも、
外の人として、いっぱいお役に立ちたいと思う。

夫婦で仕事ができるのは、ある意味、幸せでもあると思う。

日本の産業はこういった家族経営の中小企業が支えている!

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星の王子さまと水ロケット

子どもたち向けのイベントを企画・実施した。
岐阜にある航空宇宙博物館でのことだ。
ここは日本有数の航空宇宙博物館で、航空機製造の地として
知る人ぞ知る、各務原市ならではの、地域はもとより日本でも
人気の高い、航空宇宙博物館のようで、
この春、リニューアルされた。
以前の姿は知らないが、新しくなったこのミュージアム、子どもだけでなく
大人でもわくわくする、夢あふれる空間。そして、戦闘機という視点から見ると
日本の戦争の歴史も考えさせられる学びの地でもある。

そこでの水ロケット教室。
今回お世話になった講師の先生たちは、
日本宇宙少年団という組織で、日本のこどもたちに向け
航空・宇宙に関するさまざまな教育・啓蒙活動をされ、
精力的にボランティア活動をされている方たち。
始めてこの先生たちにお会いした。
皆さん、お仕事は航空の専門学校の先生であったり、とにかく
飛行機を作ったり、飛ばしたりの専門家だ。

その先生たちが、子供たちにペットボトルや紙カップなどを
使って作る水ロケットづくりを指導、さらに屋外に出て
その手作りロケットの発射体験もお願いすることに。

子どもたちがお母さん(平日開催のため、お父さんは参加されず)
やおじいちゃん、おばあちゃんとがんばってロケットを作り、
外に出てそれを飛ばす光景もとても印象的であり、
イベントが成功してよかったという
安堵に包まれたが、

その一方で

今回は、個人的には、この先生方の教えっぷりに感動を覚えた。
初老?のお兄さまたちが、いきいきと、子供たちに水ロケットづくりを
指南。なんでも、毎日のようにこの教室の材料づくりをしながら
教室活動をされているとのこと。

子どもたちに熱心に教えておられる姿を見ながら、
ふとずっと昔、パリの博物館で見たサン・テグジュベリのことを
思いだした。
そう、星の王子様の作家で、彼自身が、飛行機に乗ったまま
帰らぬ人に・・・という伝説の人。永遠のヒーローでもある。

星の王子様の最初に出てくることば。
「誰でも、みんな最初は子どもだった」
これは、子供心を忘れた大人向けの物語とも言われるが、

今回の水ロケットの講師の先生方を見ていると
人は空に向かう夢を抱くと、永遠の少年でいられるのかも・・と
思えてきた。

素敵な星の王子様たちに、指南いただいた貴重な経験。
参加されたお子様だけでなく
私にとっても、素敵な経験と学びをいただいた。

それにしても、水ロケットが空を飛ぶときの興奮は
大人も子供も変わりない・・。

みんな夢見るお子さまである。

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炎天下の修行僧に、一口アイス。

とにかく暑すぎる。
名古屋はこんなに暑く、惨かったかなと1年前をふりかえっても
今年の暑さが最高だと思えてくる。
数分歩くのは何とかなるが、10分以上日向にいたら、もうやばい。
早く日陰、木陰をみつけねばと用心しながら、早足で歩き出す。

昼間の屋外イベントを終え、電車に乗って、戻ってくる。
駅からの15分ほど、暑さをこらえて歩く。
「もうだめだ~。」
あと2~3分がんばれるかどうか・・。

そんなところに、前方から、自転車に乗ったヤマトの人がこちらに向かってきた。
宅配業も建物の密集地では、駐車場の問題などから、トラックで各戸には配達せず、拠点から自転車や
小さい車に積み込んで配送している。

今回出会ったのも、その自転車配達車だ。荷台に大きな箱が備え付けてあり、
多くの荷物たちがそこに入れられ、配達される。
重い荷物がいっぱい入っていると、この自転車も重くなって、かなり
漕ぐのもしんどいと思われる。

その自転車に乗ってやってきた人。近づいてきてわかった、あ、あの人。
そう、うちにいつも荷物を届けてくださる担当の方だ。

こんな暑い中、よくこのお仕事ができると、頭が下がる。
いつも汗だくでもってきてくださる。
いつも、申し訳ないと思いながら、お礼を言って荷物を受けとっている。
夏の宅配業はギフト需要と暑さとで、通常の何倍もしんどいのだと
想像できる。

さて、その顔見知りのおにいさん、
あまりの暑さに、目を閉じて、瞑想でもしているかのように
自転車をこいで、こちらに向かってくる。
ああ、暑いからだ。
その姿は本当に修行僧のようで、思わず頭が下がった。
すれ違うときに、
「お疲れ様です」
と声をかけたら、その修行僧に見えたおにいさんは、
目を開け、私の顔に気づき、笑った。白い歯が印象的だった。

あ、いつもの顔に戻った。
でも、あの苦行中のような姿は、忘れられなかった。

翌日、同じ人が、荷物を届けてくれた。
今日も暑いのに、ありがたいことだ。
荷物を受け取るときに
「これ、あんまり暑いのでよかったら・・・。昨日、あんまり
 大変そうだったので・・」
といって、一口アイスを渡したら、たいそう喜ばれた。
まるで、修行僧へのお布施のような・・・。これぐらいしかできなくて
ごめんなさい。

とにかく、この真夏に外でお仕事されている方の
ご苦労を察し、無理をかけないようにせねばと
思った次第。

あまり暑いと・・・心配な夏。
とにかく人類のために、早く秋が来てほしい。

宅配の方も、工事の方も、本当に本当に
暑い中、外でお仕事されているみなさんに、
心からお見舞いと感謝をお伝えしたい。

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イベント仕事の勘をとり戻す夏

ここのところ、毎週と言ってよいぐらいイベントの仕事を担当。
自分で企画した内容を、仲間と一緒に告知、集客、実施、そして報告する。
と同時に、もう3か月先のことを考え同じようにぐるぐる回る。そんな
まさに観覧車的な仕事。

イベントは、決まった時間で、決まった空間で、その目的をどう達成するか。
まさに、「そのとき」が勝負の、「そのとき限り」で終わる、ある面はかない仕事
であり、だからこその感動づくりがやりがいにもなる。

ここ最近、お子様向けバースデー、流しそうめん、さらに水ロケット教室など、
これまでやったことのないジャンルに挑戦させてもらっている。
お子様と親御さんに対し、両方に喜んでいただけることを考え、実行している。

イベントと言う仕事は、本当にきめ細やかさが大切だ、
万一のときのことをかなり細かく想定している必要がある。
だから、計画準備が細かければ細かいほど良い。

あるイベントの前夜に、あることが心配になる。気づくとずっと気になる。
「あれ?って用意しなくて良かったのかな?大丈夫なのかな?」
しかも夜中に気になったりすると、誰にも連絡がとれない。
眠れない。そして朝早くから、最悪の場合の対応も準備するようになる。

そして、その準備が不要だと知ったとき、ああ、よかったと安堵する。
準備は細やかに、チェックはもれなく。
イベントは自分の準備不足が原因で、アウトになってはいけない。
やりなおしができない。
天候に左右される。
いろんな状況で、予定通りいかないこともあるが、
天候以外の理由をのぞき、いかに予定通りやり切るか。

多くの人のご協力を得ながら、イベント仕事の勘を取り戻してきた。
終わったら、疲れとともに、喜んで下さったお客さんの顔が浮かび
ほっとするのだ。

イベント。
この仕事を面白いという人がいるが、わかる気がする。
印刷物など創り上げる仕事とはまた違う魅力だ。
感動づくりの仕事は、実に多様だ。
暑い中、右往左往するイベントの仕事は、ダイエットに最適な
仕事だ。ー

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ゴール目指してどの道進む?

今の時代、世の中、とても便利だ。
出張でどこかに行く場合も、いろんなルートがある。
台風だから、東京経由ではなく・・・とか
飛行機が飛ばない場合は、陸路で、電車がダメならバスで・・とか
道もいろんな道がある、
高速がダメでも、国道を通ったり、回り道すればたどりつける。
ちょっと不便になっても、たどり着くことができるのだ。

人生も同じだ。
ゴール目指して、どう進む?
どの道を進むか。どんな風にいくのか?
本当に生き方は、多様だ。

どうせなら、過程を楽しみに、その間に見える景色や、人間関係を大切に
ゴールありきではなく、今を大切に向かっていくと
人生はまた味わい深くもなる。

これしかない。はない、
人生生きていれば道を、進み方をいろいろみつけ、選ぶことができそうだ。

また、道なき道を創りながら進むのも、生きがいがある。

台風の朝の移動手段を考えながら、ふとそんなことを考えた。

新潟行も、東京経由でも、飛行機でもなく、長野横断というルートもあり。
こちらを選択し、普段と違う移動時間を味わうことができた。
道を変えると、世界が変わる。

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不思議なある国と今日という日。

ある国での不思議な現象。

国のトップを選ぶというきわめて大切な行為。
その人物の質の良しあしにより、国力も低下する。
独裁者の時代は、世界のどこにも、もう絶対に来てはならない。

だから、
国のトップを決めるという大事な選択は、
直接的に国民自身が関わるのが
民主主義としては、きわめて自然だと思うが、

その国では、
国民が直接ではなく、国会議員たちが投票する。
その結果で、国のトップが決まるのだという。

もちろん国会議員は、国民によってえらばれた人たちだろうから、
国民を代表してくれて、国民が想っているように行動してくれたらいいが、
ここが、なぜかずれている。大きくずれているようだ。

国民の多くはこのトップはNO!と思っているのに
議員の中では、そのトップはいいそうだ。
また「ハバツ」と言う不思議な単位?括り?縛りが未だ存在しているが、
そこでなんやら、わいわい。

国民からすれば不思議でしょうがない。

国民の意志が反映されない。政治家ワールドには、何があるの?
議員が国民の代表というならば、そうじゃないんじゃないの?
と、おそらく多くの国民は、その国の政治に不信感、さらには
無関心の方向へ向かっていることだろう。

もっとオープンに。
もっと自由に、
議論が交わされ、いいはいい、悪いは悪い。と
言い合えることこそが、民主主義の原点であるのに、
その国は、時代が逆戻りしているようだ。

税金だけ好きなように使われて、
民意を生かさない、議論を見せない、密室の決めごと。

こんなことがまかり通ると思っている人たちが関わる
国には期待が持てない。

自分が住んでいる国はそうであってほしくない。
と思う、今日この頃。

今日は長崎に原爆が投下された日。
そして終戦記念日が近づくにつれ、
世界史のさまざまな
傷跡を見るにつれ、

今の時代は大丈夫か と強く思うのだ。

私たちが生きている国は、しっかりしてほしい。

今日鳴る長崎の鐘に、今一度心落ち着かせ、
人間のこれまでとこれからについて
悲しみと痛みを背負った全ての人に哀悼の意を
捧げ、考えてみよう。

人間がもう二度と過ちを犯さないように
なるために。

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すごい生命力の老パパママにエール。

この酷暑、小さなお子さんや、ペットにとっても気の毒であり、
またお年寄りにとっても、悲痛な、まさに闘いの夏である。

毎日6時に安否確認メールを続けているので、生きていることは
わかる。
朝、涼しいうちに、庭の草取りをして、暑くなったら屋内に入る。
それでも、帽子をかぶりながら、自転車に乗り、近所の喫茶店に
モーニングに行ったり、野菜をあげたり、もらったり・・。
こんな暑いのに、よくぞ活動していると。感心するやらあきれるやら。

「タクシーに乗ってくればいいから」と、岐阜駅で待ち合わせし、
落ち合い、そこで食事をする。
そこでも、まあ、元気なことで、驚く。
杖をもっているのに、ついていない。杖をもって歩いているから笑える。
なんのための杖か。
父にいたっては、駅ビル内のさまざまな椅子や階段や手摺など
(家にはないもの)を利用して、屈伸運動とかしている。
公園の遊戯のように使っているのだ。コレにも笑う。
足腰を鍛えているそうだ。
先日、試しに渡した、テレビなどでCFをしまくっている
某薬品も、効くか効かないかわからないが、信じて飲み続けているようだ。
とにかく、生への、健康への執念がものすごい!
暑さに負けじと頑張っているのだ。

私はこのじいさん、ばあさんは、一体何者だと 関心する。

父は昨年、免許返上した際に、
「俺の人生は、もうおしまいだ~」と
意気消沈していたのに、すっかり復活している。
生ビールも美味しくいただき、骨のある煮魚もペロリ
いただく・・。

今年も秋のふるさとライブをやるのだという。
これは、親が元気なうちはやると決めているが、
もうやらないというのかと思ったら、
もう希望者がいるので、やるのだという。

本当にこのじいさん、ばあさん、あっぱれだ。

タクシーで帰っていく二人を見送る。

なんだか、こんなに暑くても がんばって生きようとしている
二人を見ていたら、
もっともっとこっちはがんばらなくちゃと思えてくる。

負けてたまるか、死んでたまるか。まだ生きてやる。
そんな気持ちが満ちた、わが両親。

わが親は、すごいなあと。
そして、ぼけずにがんばってくれていて
ありがたいな~と思う、

どんな仕事を終えた後よりも、なんだかすっきりして
気持ちよく帰路に着ける。

死なないでほしい。ずっと生きて欲しい。
それは無理だろうが、でも、
あの人たちががんばっているから、
今日の自分がいることは、間違いない。

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長崎の鐘のモデルに心寄せ・・

なぜ、広島が、長崎が原爆投下の対象になってしまったのか。
軍港や造船所などがあったことと、都市の規模が関係あるとも
言われているが・・。
広島の投下の影響、被害が、もし現代のように、ネット社会ですぐさま
アメリカに情報が入っていたら、2発目の長崎はなかったかも
しれない。
歴史には、さまざまな憶測がつきものであるが、起きてしまった
現実を塗り替えることができないことが、本当に本当に悔しい。

この時期になると、長崎の原爆で自ら被ばくしながらも、住民の治療に専念し、
自らの病と闘いながら、平和への祈りを捧げた永井隆博士のことが
頭に浮かぶ。もちろんお会いしたことはない。しかも恥ずかしいことに
3年程前に知ったばかりだ・・。
この方は、かの有名な「長崎の鐘」の歌のモデルになっている方だ。

今、氏が病に伏されてから、書かれた著作を少しづつ読み進めている。
そのなかに、「乙女峠」なる小説がある。

これは、明治の初頭、長崎の浦上より、全国各地に流刑された
隠れキリシタンのうち、津和野へ流された人たちの悲しい物語である。

実は、昨年初めて山口のザビエル教会に出向いた折、地元の人に
導かれ、観光地である津和野へ・・と立ち寄ったが、まさしく
そこは、この乙女峠が存在した場所そのものであり。長崎から
連行され、殉教した人たちの傷跡が今も残っている場所で
そこに足を踏み入れたとき、言葉をなくすほどのショックを受けた。
永井氏のその小説は、あの現場をまざまざと思いださせた。

永井氏は、津和野に出向いて取材したかのような詳細な
隠れキリシタンたちの悲惨な状況を描写している。

なんだか、この悲劇は原爆にも似ている・・。ともしかしたら
永井氏は感じていたのではないか。

被爆者と隠れキリシタンは、何か通じるものがある。
罪がないのに、権力や権力が生み出した敵から責苦を受けたと言う点だ。
原爆と弾圧。この両方の苦しみを、長崎の人だけが知っている。
そのダブルの苦悩を乗り越え、強く生きてきた彼ら・・の
根底には、やはり強い信仰心があったとしか言いようがないと考える。

永井氏があの小さな如己堂に横たわり、書き続けたこれらの文書を
読みながら、長崎の歴史を想像し、そして学ぶのである。

もうすぐ長崎に、広島に続く二発目の原爆が投下された日が
やってくる。

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