もうすぐ会えるね!

正確には、少し早いのだけれど、四十九日の法要をしていただいた。
都合が合わないから・・・みんなが忙しい現代社会では、そのあたりは柔軟に。
墓石にも、父の名前が刻まれた。すでにそこには、父の両親と、母が待っている。すでに刻まれた文字をよく見ると、父の両親も一人亡くなってから、1年ほどの間にもう一人が亡くなっているようだ。どちらかだけが長生き、という家系ではないのかもしれない。

正直、お骨に人格があるとか、そこに魂があるのかと問われたら、わからない。
でも、多分、会ったことのない父の両親に、母(のお骨)は墓の中で、一足先に対面し、ちょっと居心地が悪いのかもしれない。
だから、「はよ、きて~」と父を、母は呼んだのかもしれない。
と、そんな勝手な想像をしながら、見えない存在のつながりを感じる。

法要後、お寺から、お墓に出向く。
「もうすぐ、お父さん一緒に入るんで、待っててね」
「もうすぐ会えるよ~。」

とても不思議だけれど、とてもほっとした気持ち。もうすぐで大仕事をひとつ
終えられる。父が倒れてからの2年を思い起こしながら、妹と一緒に
よく駆け抜けた。ゴールとはこういうことか。と少し気が抜けつつも、
安堵しながら、墓を後にする。
「もうすぐ、会えるよ~」

いや、お骨はなくとも、すでに会って、いつものとおり口喧嘩を始めている
のかもしれない。
「遅いなあ~。」っと。


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人づくりは、サスティナブルコミュニケーションで。

組織を支えるのは、人である。そこで働くひとり一人である。
目標に向かって、一緒に進み、ともに成長する。
人が成長することで、結果、強い組織ができる。
そこで決めてになるのは、「育てる人」。

トップ(経営)と、現場の間に立って、進むべき方向に向かって
部下たちとコミュニケーションを図り、認めながら、
改善を促しながら、背中を押し続ける、地道な仕事。
そして、自らも人が育つことに喜びとやりがいを感じ、
この仕事やって良かったな~と、なれば最高。

この人づくりは、どうぞ自由に!ということでは実現しない。
育成者が現場で働く人たちに常に関わりをもち、一定の距離、
時間をもって、見守り、励まし、ときにアドバイスして・・の持続性が
ポイントになる。

そして、その育成者の活動を俯瞰して見守りながら、
それぞれの状況を共有しながら、育成者へもエールを送り続ける。
育成者が責任感を持って取り組み続けるには、経営側の
役割も重要だ。
育成者は経営者に成り代わって、現場に対面する
重要なキーパーソン。
それぞれの部署で関わる人同士が、それぞれの役割を発揮し、
関わり続けること。
それがあってこそ、はじめて人づくりができる。
地道ではあるが、大変重要な取り組みである。

まさに、サスティナブルなコミュニケーションを
続けることがうまくいくコツかもしれない。

最近、人づくりとは、この持続可能なコミュニケーションを重ね、
働きがいをともにみつける活動と思い始めている。
「みんなで良くなる。」
組織のいいところは、そこだ。
今、人づくり応援団をするなかで、こんなことを思い描きながら
組織内の観覧車が元気に回り続けるように、と願っている。

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荷物を運ぶ旅。

人生は旅である。
その旅には、それぞれいろんな荷物を持ったり、背負ったり・・。
ひとつ荷物をおろした、と思ったら次の荷物を手にすることも。

手ぶらで好きなところへ旅をする、好きなように生きる・・という
ことはなかなかむつかしく、
ほとんどの人が何かしらの荷物を持ちながら、背負いながら
日々生きている。
その荷物は、ある日突然、背負うことになったものもあれば
生まれてからずっと持ち続けているものもあれば、
そして背負う荷物の大きさ、重さ、また持ち歩く時間もさまざまである。
自分で選んで持ち始めた荷物もあれば、意図と関係なく、
持つことになっていた・・ということもあるかもしれない。
ときには肩も凝って、ときにはストレスも抱えることもある。

ある時期が来たら、ある場所で、その荷物を降ろし
身が軽くなった。と思ったら、
しばらくして、新たな荷物を受け取ることもある。
とにかく、人生は、ずっと何かしらを運び続ける旅。

運命と、宿命。
どこかで荷物を背負い、おろす。
ずっと背負いっぱなし。
どちらもありえる。

自分の人生は?
「運命は変えられる」と自らの経験をもとに、そう言ってくれた
心友を思い出す。
背負った荷物を早く降ろそう、と努力すればできる。
荷物を運ぶ。運を運ぶ。

宿命は変えられないが、運命は変えられる。

人生は、荷物を背負う旅。
重いなあ。つらいなあ。
そんな日もあるかもしれないが、
背負い方を考えたり、持ち方を考えたら、
軽く感じ、早く運べることもある。
そして、何より
運ぶ旅で、体力もついてくる。

と、この旅を苦行と考えるよりも、ゴールに向かって
進む楽しい道と心得て、
今日通る道を、楽しみたい。

そして 重い荷物を背負った人には
応援の声をかけ、ときにはお手伝いも。
お互い様の旅だから・・・。

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続ける約束。

隔月で続けてきたミニコンサートの本番が、またやってくる。
コロナも落ち着いて、再開できることは、ありがたいこと。
ふるさとで、音楽での恩返しを・・と思って始めて
もう4年。
最初は東京から通い、途中から名古屋から通い・・・。

私のコンサートを誰よりも何よりも楽しみにしていた両親。
なんといっても、ふるさとでの開催だ。
最初は夫婦で来ていた。
そして、父が倒れて、母がひとりで・・・・。

そのときの写真を見てみると、客席に、両親が座っていた
ものもあり、もうこういう日はかえってこないのかと
実感がないまま、ためいきが出る。

でも、このコンサートはこれからもやめないで続ける。

ここでやめたら、寂しがるだろう。
毎回、一番奥の席に座って、聴いてくれていた。
そのことは、これからも変わらないと思うことにする。

これは、続けるからね。
これは、約束。
小さな約束だけれども、大切な約束。
まずは、果たす。

本番まで数日。練習時間をどうやって確保するかな。
まずは今朝のイメージトレーニングから。
歩きながらできることを実行する。



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私の朝のために・・・への感謝。

早朝のスタートはもう慣れた。夜型の暮らしは20代で卒業。
思えば30歳になった東京時代から早起きになり、
その頃暗いうちに届く新聞が楽しみで配達してもらえることに感謝し、
朝を迎えていた。
夜型だった頃こそ、目覚ましが枕元にあったかもしれないが、
この何十年か、その時計にお世話になったこともない。

環境の変化とともに、年齢とともにライフスタイルも、変わるものだと
しみじみ若き日を振り返る。その積み重ねから、今の自分の生き方様式が
生まれてきた。

毎朝、世間の始まりの時間には、一区切りできるところまで
先に進めておくことで、1日が余裕をもって過ごせるようになる。
周囲と同じときに、同じことをやっているようでは、多くのことをこなせない。
と、こんな考え方もすっかり自分の中に浸透している。

とにかく、朝時間は宝ものだ。
1日24時間しかないならば、どこからどうやりくりするのが、一番有効かを
考えると、ポイントは朝時間だ。朝は活力がある。いい発想も生まれやすい。

そんな朝にするために、目覚めたら、自分をすばやくスィッチオンにする。
その秘訣はいろいろある。
珈琲も紅茶もいただくが、いずれも淹れたての香りは目覚めに最高だ。
その湯気を楽しむときには、そのコーヒーをブレンドしてくれたマイスターの顔、紅茶を送ってくれた専門店の馴染のスタッフの顔が浮かんでくる。
それぞれ、思いをもって、こだわりのブレンドを提案してくれる。
私の朝のために・・・。と、そう思うと、朝が宝物に思えてくる。
一番のお気に入りの珈琲は、やはり Cafe La Grande Roue.

そう、わがグランルーのオリジナルブレンド。世界でひとつの、そして
最高の珈琲だ。
そして紅茶はフランスブランドの、アールグレーとのブレンド紅茶。
とくに Paris Earlgrayは、お気に入りだ。
パリのマドレーヌ寺院界隈を思い出す、なんともいえない旅情が広がり、イマジネーションが膨らむ。

と、気ぜわしいはずの朝が、とても豊かな時間に変身する。
その一杯を入れながら、いただきながら、あれこれと今日の作戦を立てる。
私だけの朝。そんな私のために、いろんな方が思いを寄せてくださっている。

ところで、今日は、勤労感謝の日だそうだ。
働く世の皆様に感謝を込めて、そしてはたらく自分にもねぎらいを。

最高の一日は、朝で決まり!今日もいい感じだ!

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人生最後まで、安全運転を。

ここ何年か、高齢者の痛ましい交通事故のニュースに触れることが多い。
そのたびに、数年前の父とのやりとりを思い出す。
80歳になる前であった、車大好き、家族やご近所さんにとっても
便利なアッシー君であった父は、長年のドライバー歴、運転を誇りに思っていた。通勤をはじめ、車を使わない日はなかった。ドライブも大好きであった。
私も、幼い日々、若い日々、どれだけ父の送迎に助けられたことだろう。

しかし、高齢になるにつれ、その自慢の運転があぶないと感じるようになり、
警戒しはじめ、それとなく注意をし、いつかやめてもらわなければと思って
いた。でも、免許返納のことは、怖くて口に出せなかった。

そうこうしているうちに、対物の事故を起こし、私が父にと購入した車の前方が
凹んで、かなりダメージを受けた。修理会社の方から、父の事故についての連絡を受け、ビックリ。出張先からそこへ飛んで行ったことを思い出す。
父は事故を起こしたことについて、言い訳をしようとしていたが、
「相手が車で済んでよかった、人が相手やったら、人生おしまいだよ。
お願いだから、これで運転おしまいにして」

本当に苦しかったが、父にそうお願いし、事故を起こし、運転に自信をなくした
この瞬間、その勢いで、そのまま免許返納の手続きをした。

そのとき、父は
「おれの人生、これで終わりや」
と言ったことは、事故のニュースを見るたびに、鮮明に思い出される。
そして、車に乗らなくなった父の、その後の生活はかわいそうなものだった。
生活範囲は自転車で動ける範囲になり、だんだん歩くことも面倒になり・・。
でも、事故を起こす心配がなくなり、家族としては安心。でも複雑・・。

運転をしている人は、いつかは免許返納をしなければならない。
そのときのことを、イメージしながら、先を見ながら、計画的に運転を
続けていただければと思う。

そして、車社会で生きる地方の方々には、できる限り、歩く習慣を。
たとえ車がなくても、生活することを想像しながらの準備を。
いつまでも若い、いつまでも自分は大丈夫 という気持ちもわかるが、
せっかく頑張って長生きしたのに、事故を起こして人生が帳消しになって
しまっては、本当に本当に、もったいない。
交通事故のニュースに触れるたびに、高齢者ドライバーのことと、その
ご家族のことが浮かび、心が締め付けられるような思いになる。

写真を整理しながら、父の車を廃車に出す直前、父と車と一緒に映った
1枚が出てきた。
父は少し戸惑いの、寂しげな顔をしていた。
父の自由を奪った瞬間。今も心が痛む。
思い出せば、いろんなカタチで、言いづらいことをしてきた。
すべて父の人生、家族の明日を守るためではあったが、高齢になること、
高齢のまま生きていくことは、本当に難しいと思う。

社会から交通事故が、とくに高齢者の事故が1件でも減ることを
心から祈っている。

さあ、心新たに月曜のスタート!何事にも安全運転を!

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週末か、週の始まりか?

よく考えたら、週末というのは、いつを指すのだろう?
週の始まりは、いつだろう?
もしかしたら、人によって解釈が違うような?

改めてカレンダーを見直してみると、日曜が最初にある。
一週間が一週間の始まりとなっている。
あのロシア民謡の「1週間」という曲でも
「日曜日に市場に出かけ・・・」から始まっている。

そう、日曜は1週間の始まり。
でも、仕事は休みの人が多い。

日曜は週末の休みではない と考えるようにする。
明日月曜から、うまく動き出せるようにする準備の日、
ウォーミングアップの日である。

もちろん、リラックスして過ごせばよい。
くつろぐのも良い。
でも、1週間の始まりなのだ。

日曜は、明日からの1週間をイメージしながら
段取りして、
明日になってあわてて、始めることがないように
整理しておくのが良い。

頭も心もきれいにしておくのも、いいことだ。
日曜に教会に行かれる方も多いが、
よく考えられていると、理にかなっている。
新たな1週間のための祈りだと思う。

ある経営者は、日曜は頭の整理の日だと言われて、
日曜に、翌日からのことでの連絡や相談をいただくことも
多い。
世間が動き出したら、考える時間がないことも多い。
周囲が静かなうちに、明日からの体制を整え、
月曜から元気に走り出す。
月曜の朝、ゼロからの出発では間に合わない。

カレンダーを見ながら
新たな1週間に思いを馳せる。
こなせるかな、やるしかないな。
イメージするから、全てが可能になる。

ということで、カラダは少しは休めつつも
頭は休めないのが、日曜であるけれど、
少しゆっくり動きながら、楽しむことも忘れずに。
また普段と違う時間を過ごすように。

今日も、実りの1日になるように。




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マスクコミュニケーション・トレーニング

コロナが私たちに与えたもの。
非接触のための、リモートコミュニケーション。
同じく、感染予防のためのマスク着用の徹底。

この二点は、本来人々が(もちろん私も)求めたい、「密接なコミュニケーション」のハードルになっている。
リモートでも話せる、やりとりはできる。カンタンに会える。いつでもどこでも会える。と、大変便利である一方、
直接会ったことない人とのやりとりの難しさや、また立体的に相手を見て、五感で感じることができない分、もどかしさや、すっきりしない感覚は残る。

さらに、マスクをしたコミュニケーションも、目と同様、表情を最も表す口元が見えないため、こちらもすっきりしない感覚が残ることがある。
ほんとうは、どう思っているんだろう?
と、常に想像をしながら、言葉を選ぶ必要がある。

先日来、現場で仕事をされる人たちとの面談を行っている。コロナも落ち着き、リモートではなく、直接お会いすることができたのは良かったが、マスクや帽子で、目以外の顔のほとんどを覆っておられる方もあり、目と、マスクから聞こえる言葉だけが頼りとなった。
どうしても、空気がやわらかくなるまで、マスクなしのときと比べ時間がかかる。
初対面で、目だけしか見えない。
かなり想像力を働かせての言葉のやりとりとなる。あっちから、こっちからと、
言葉を投げかける。見えないから、手探り状態も続く。
どんな顔付きの人なんだろう?どんなこと表情なんだろう?この人は、どんな人なんだろう?今、何を考えているんだろう?
初対面でのコミュニケーションは、相手を知りたいため、余計に想像を働かせることになる。そして、互いに緊張。

顔さえ、見えたらもっとよくわかるのに。もっと早く打ち解けられるのに。
と、見えないなかでのコミュニケーション。本当にいいトレーニングになっている。

ではあるが、やはりはやく、マスクを外して、お顔を拝見して こちらも見せて
心ももちろん開いて話をしたい。

飲みニケーションは、それらをはずしたフルオープンのコミュニケーション。
だから、人々が求める。解禁となった今、酒場で楽しい飲み会に興じる人も多いのはそのせいだろう。皆さん、コミュニケーションしたい!のだ。

リモートとマスクコミュニケーション。
もうしばらく、この環境でがんばらねばならない。

今、改めて鍛えよう!想像力!
そして、透視力?

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肩書きなんか、別に。

最近、面談する機会をいただく方々。
とくに現場で物を作っておられる方に出会うことが多いが、
まず、コミュニケーションは、「あんまり好きやない」と
おっしゃる方が多い。
そして、そろそろ中間管理職になって、いろいろ下の人の
ことも支えていかないと・・とそんな話になると
「自分は、肩書なんか、全然いらんと思ってる。
仕事して、お金稼げたらいい。」と言われる方も。
ある意味、想像どおりであり、想定内だ。

いずれも、本当に正直で、一目で好感をもってしまう。
無理して、型にはまろうとか、力んだり、がんばりすぎたり
する人もいるけれど、もしかして、モノづくりの現場とは
自分と向き合う仕事でもあるため、まずは、自分の今の役
割を果たすことが使命。
そんな日々の真剣勝負のステージなのかもしれない。
1日決まった時間のなかで、決められた仕事を効率よくトラ
ブルなく進める。うまくこなす、回す。いいものをつくる。
これは、本当に地道であるが、大切な仕事だ。
コツコツできる人は素晴らしいと思う。

そして、肩書はいらん。
という人。これはこれで、ひとつの生き方である。
日々現場を仕切り、動かしている。
チームメンバーの頼れる存在になっている。
求めていなけれど、しっかり仕事をしているから、
肩書がついてくるということだ。

なんだか現場の方は素直で、個性豊かで、本当にいい。
一見無口ではあるけれども、一度口を開き、
心を許せば、本音の会話。
もちろん、コミュニケーションを少し意識すると
もっと世界も広がるかもしれない。

この素直さを尊敬し、応援したいと思う。

まっすぐな人。ブレない人は、ある意味、私も同じ・・でありたい
と思っているから。

今日も新たな出会いを求め、わくわくの1日に。

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最初に会う時の備え。

企業で働く方との面談という機会が多い。
経営者、管理職、さらに現場で活躍する人々・・・。
面談する目的は、その企業、そこで働く人の現状を把握するためであったり、
相談に対応するためであったり、さまざまであるが、最初の面談はかなり
大切だ。
そして、誰が相手であっても緊張する。それはおそらくどんな人も同じだろう。

少しでも緊張をなくし、いち早く打ち解け、いい交流ができるように、とくに、はじめての会社の人に会う場合は、ホームページを必ずチェックする。これは
もう常識だ。これがあるとないとでは、最初の会話から違ってくる。
さらにそこで働く人たちとの面談となると、組織図であったり、事前アンケート
であったり可能な情報を頭に入れて、こんな仕事をしている、こんな方だろうと
想像を働かせながら、面談に臨む。
このように、自分だけが相手のことを事前に調べているだけではなく、面談する相手の方も時には、私のことを調べてから面談に臨まれる方もおられる。

昨日は、ある会社の中間管理職の方に、名刺代わりに
「ホームページやYouTube見ましたよ。歌とかも歌っておられんですね」
と言われ、びっくりした。
とくに、そういった事前情報は会社や周囲からはとくに入っていないはず。
でも、その社員さんは、私との面談と言われて、どんな奴なんだろう?と
スマホなどで検索されたのだろう。
その人にとって、実際に会ってどうだったどうか?
まさにビフォアフター?

「ホームページ見ましたよ、〇〇見ましたよ」
これは、最初の面談には大変有効だ。話が早い。
だからこそ、ホームページは最重要の広報ツールなのだ。

最初の面談。
就活の面接と同じだ。
会社を知り、そして入りたい会社に採用されることが目的。
したことはないが、お見合いとも同じかもしれない。
相手を知り、人生のパートナーを得ることが目的。

最初の面談。
ここでその後の関係も決まる。
商談も同じと思う。

どんな印象を相手に残すことができただろう。
会話を振り返り、帰路につく。
「面白い方ですね~」
と笑って言ってくれた若者もいたな~。
この反応も◎だ。などなど、お会いした人たちのマスク顔を
思い出し、いつかマスクを外してまた面談したいと思い、
新たな出会いに、この仕事のやりがいと楽しみを感じる。

最初の出会いに恵まれ、人生はより豊かになる。


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