最後のサプライズ

ありのままの自分のまま生きる。と言う人がほとんどだろう。
でも、中には、
なりたい自分、あるべき自分になるために、
名前を変えたり、シェイプアップを図ったり、もっといけば整形手術をしたり、
年齢を実際とは違うことにしたり、あるいは・・・。
世の中には、いろんな変身があるようだ。
私の場合は、ニックネームがあったり、イメージカラーを決めていたり、ま、その程度であり、整形をするなどは、今のところ、選択肢はないが、
いつまでも、若々しくなければ、この仕事はできないと思っている。
そう見えるための努力は、続けていこうと思っている。もちろん自然体でできる範囲であり、何か特別な薬を服用してまで若く見せようとは思っていないが。

でも、職業によっては、見た目を変えたり、年齢の印象を変えたり…は大切
かもしれない。また、自分がもっと年を重ねたら、何か必要だと思うのかも
しれない。

あるべき自分、なりたい自分になるには、それなりの努力と覚悟と、投資が
必要である。

それも含め、思いっきり生きる。そして、人生が終わったあと、
「実はそうやったんだ~」
と最後のサプライズを与えることもありかもしれない。
最近、そんな人に会って、いろいろ考えさせられた。

やるなら、覚悟をもって、変身する。
秘密のある人生は、悪くない。
その代わり、最後までその役を貫くこと。
そうしないとカッコ悪く、人生も締らない。
これになりたい、これをやろう!と決めた人の生き方は
ときに周囲の想像を超え、独創的である。


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冬のチューリップ

正月前に、チューリップを買った。赤と薄紫を3本づつ。
2色1セットにして、お墓と、実家と、自宅に分けた。
チューリップには、さまざまな思い出がある。
とくに冬のチューリップ。雪の日のチューリップ。

もう何年も前のこと、都内でライブをした日に、
お客様にバレンタインのサプライズとして、
新潟からチューリップを取り寄せた。
そのときに限って、大雪になり、電車が止まって何名かのお客様が
来られなくなったが、新潟の皆さんのご協力で、
チューリップの花束はちゃんと会場に届いた。
雪の中にかれんに咲くチューリップは、春を告げる元気の花だと
その花を1本づつお客様にプレゼントして、大変喜んでいただいた。

チューリップ生産の日本一は新潟。そこで毎年開催される花イベントで
トークショーライブに出演したことがあった。
花の歌も歌った。花に囲まれて、楽しい演奏ができた。
花が大好きな母は、
友人と一緒に、岐阜から新潟まで見学にやってきた。
いい新潟旅行だったと喜ばれた。

亡くなる半年前、自宅で過ごした母と私をつないだのは、一輪の花。
ときにバラの花、そして時にチューリップの花。
花瓶にそれがあることで、会話がやさしくなった。
「新潟へ行ったな。花ももらったな」
共通の話題も続いた。
花と音楽は、母とのかけがえのないコミュニケーションツールだったと、
今改めて思う。

だから、今も、墓に実家にと花をせっせと運ぶ。
咲いた、咲いた。
冬に咲くチューリップは、どんな寒くても、厳しくても
必ず春が来るよ。と
明るさと元気を与えてくれる。

さあ、今年の春に向け、どんな花を咲かせようか?

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賑わいへの安心と笑顔。

お正月。今年は、昨年の静けさとうって変わって、賑やかだ。
初詣に出向く人も、昨年の倍以上という記録もあるようだ。
また、帰省する人の数も一昨年前に近づいている。
新幹線や高速道路は、そろそろ今日あたりが、
Uターンのピークだろうか。

笑顔で再会、そして再び・・という家族も多いことだろう。
無事に久しぶりに再会でき、お互いの元気を確認
できたことは幸せなこと。
1年のはじまりに、この行事は欠かせないだろう。

そして、賑わいがあることへの安心。
人がいるべきところに人がいることへの安心。
お客さんも、店の人もうれしそうな初売り。
いっぱい紙袋を持って・・という姿もちらほら。
我慢を重ねたこの1年、2年の疲れが、
行動の再会とともに、回復しつつある。

生きる上で、「安心」という以上の幸せはない。
街を行く人々の笑顔を見て、
こういうことが幸せなんだ・・・。

そんなことを感じる
1年のはじまり。
賑わいは続いた方がいい。
経済的にも。
でも、再び足を止めなくて良いように
少しセーブしながら、七割の気持ちで、楽しむのが良いかも。

賑わいと笑顔。
平和で無事であること。このことで、小さな幸せは生まれることを
忘れずに。

もう今年が、3日目になってしまった。




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元旦から、ありがとう。

年末年始、ゴールデンウィーク、お盆、シルバーウィーク・・。
数々の連休があれど、多くの人が休暇をとっているときに、働いている人。
とくにサービス業の方が多いかもしれないが、交通関係、そして医療関係も
ノンストップだ。
人が休むときに、お仕事されている人のこと。
休む側でいるときは、あまり意識しないかもしれないが、家族や自分がその立場になると、休みといえば、働く人の方に目がいく。
そういえば、自分も高校生の頃は、こういった連休のときは、せっせとバイトに
行っていた。地元のステーキハウスで家族団らんでの外食される方のサービスをしていた、忙しい店で働いていたあのひとときが、懐かしい。あつあつの鉄板を何枚ももって運んでいたなあ・・・。

駅のキオスク。今はコンビニになっているところが多いが。
元旦は、普段の通勤客や学生ではなく、帰省客など、レジに多くの人が並ぶ。
自分の番になって「元旦から、お疲れ様です」と、思わず、
声をかけてしまった。
知らない人であるけれど、つい、そんな気持ちになった。
元旦から営業をしているハンバーガー店に行っても、つい、いつもより
大きな声で「ありがとう!」を何度も言った。

人々が楽しく休めるように、移動できるように、買い物できるように、お食事できるように・・・そのために働いている人たちに、改めて感謝したい。

一方、休みだからと、おせちをいただいたり、普段と違う食事を楽しませて
いただくのが、当たり前のようになっているが、決して当たり前ではないことを
感じながら、しっかりとこの1日1日を過ごしていきたいと思う元旦。

いろんな人のおかげで・・・新年を過ごさせていただいている。
そして、かけがえのない家族団らんを楽しく過ごしていただきたい。
そんな静かなお正月。大切な1日、すべて良き思い出に。

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2022年カレンダーができました

皆さま

新しい年がスタートしました。
心新たに、愛にあふれる、元気な1年にしたいと思います。
どうぞ、本年もよろしくおねがいいたします。

2022年のオリジナルカレンダーができました。
コロナ禍でしばらく、海外での新たな経験、撮影ができていませんので、
国内をはじめ、また過去の作品から、今年はザビエルとマーサ?の
つながりの地を中心にセレクトしています。

岐阜、長崎、山口、マカオ、パリ・・・。
小さな世界での世界旅行を楽しんでいただければ、幸いです。

ご希望の方には、ご一報いただければさしあげます。
但し、限定のご用意となっておりますので、品切れの場合はお赦しください。
みなさまにおかれまして、2022年が素敵な1年になりますように。

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真の意味の、新しき年。

新しい年が来た。
昨日からつながる1日のはじまりではあるが、社会生活を送る上での
ひとつの節目、区切りとしての1年のはじまり。
365日を数え直す、はじめの日だ。

暦が変わること。何かをはじめるには、けじめとなり、チャンスでもある。

今年は、新年のあいさつをする家族が減ったという点で、これまでにない
ちょっと慣れない変な年明け。
「おめでとう」と言えない、言われない。これは人生初の経験。

いろんなことを思うが、とにかく、与えられた人生をまっとうするということ。
親より先に逝くという順番を間違えること、誤ることはなかったのは、本当に
幸いだった。親たちはきっと安心して、旅立っただろう。

親を見送ることができた今、この新年は自分にとって、本当の自立のはじまり
だと考える。
真の意味で、自分にとって新しき年になった。

さて、この新しき年に何をするか。
ある意味自由になった、ある意味、老いもそのうち迫ってくるという危機感も
抱く。
などなど、いろんな現実を踏まえ、
自分らしく、どこまでもどことん、自分らしく生きること。
そして、出会う、全ての人に感謝をしながら、そして、社会に少しでもいい影響を与えること。人の役に立つこと。

これをさらに意識して、前に進みたい。

両親の姿は見えなくても、自分の中にいる。あるいは包まれている。見守られている。
と、そんな意識をもって、悲しみを力に変え、
この世の中で、今しばらく、強くしなやかに生きていこう。

2022年は真の自立の年にする。

まだまだコミュニケーションクリエイター業も道半ばですが、どうぞ本年も
宜しくお願いいたします。

皆さまにとって、幸多き1年となりますよう、心よりお祈りしております。

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2021年最終日の想い。

2021年が、いよいよ今日で終わる。
今年は、わが人生のなかで、いつもと違った大晦日だ。

周囲では、今年のニュースとか、今年亡くなった方・・・など
この1年を振り返っているが、何を見ていても、自分にとっての
一番のニュースは親のことになる。
その時その時は、とにかく必死に駆け抜けてきたが、
改めて考えると、さまざまな思いが募る。

この1年、どんな道のりだったのか、両親それぞれとの日々、
送った日のこと、その後のことなどなど・・・。
1日たりとも、親のことを考えない日はなかった365日。
こんな1年は、これまでになかった。
仕事もがんばったけれど、親にはじまり、親に暮れた1年。
まあ、なんとかよくやったかな。

それは、すべて今年のこと。
そして、その今年も、今日で終わる。
今、その今年が終わっていくのが、何とも言えない気持ちである。
出来れば、終わらずにいてほしい。という気持ちもある。

今年は、まだ両親と一緒に生きた時間がある。
年が変わると、一緒に過ごした時間が過去のこととして、
遠くにいってしまいそうな気がする。

2021年は、今日で終わる。
でも、父母が最後までがんばった2021年のことを、忘れない。
ずっと忘れない。
そういう意味で、私と妹にとって、この2021年は永遠の1年になる。
感謝をもって、静かにフィナーレだ。

コロナの前に、出向いた2年前の12月3日に撮影したパリの観覧車。
冬空のもとも、その存在感を示し、人々に勇気を与え、静かに
回っていた。

悲喜こもごも。いろんな感情を乗せて、2021年が終わる。
改めて、支え、応援して下さった皆さんに感謝を込めて。
そして、妹に感謝を込めて。
そして、ピアノと妹を与えてくれた両親に感謝を込めて。

人生は観覧車のように、また来たる年も、回り始めるだろう。
まずまず、がんばった。まずまず、乗り切った。
寂しさと安堵が入り混じる1日。
皆さま、今年一年大変お世話になりました。
どなたさまにも、愛に満ちた、やさしい年が訪れますように。
良い年をお迎えください。

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理想の夫婦と、孤独の手前。

子どものころから可愛がってもらった叔母は私が小学校一年の秋、急死。
その後、その夫であるおじさんは、再婚。その夫妻と付かず離れず半世紀近い
おつきあいが続いている。おじさんはもう米寿を迎えられたようだ。
随分前から、耳が遠くなり、それでも私のライブには夫婦で足を運び、
応援してくれた。聞こえない分、じっと私を見守ってくれている姿は印象深い。
働き者で、よく食べ、よく動く。そんな夫妻。子どもはいないが、
夫婦仲良く、楽しく過ごしておられた。
そんなおじさんも、さすがに手足が弱ってきて、床に臥す日も増えてきて
外出も難しくなってきた。ライブや、父母の葬儀には、叔母さんが代表で
参加してくださった。

久しぶりに新春ライブのご案内のため、電話をかけてみる。
元気なおばさんの声が聞こえてきた。
「おじさん、いかがですか?」
「まあ、年やで。仕方ないねえ。もう寝てばっかり。
 これから、お風呂に入れようと思って」
へ?おばさん、おじさんの入浴介助もされているんだ!
「デイサービスとか外に行くのもねえ。コロナもあるし。」
感染の可能性がある外よりも、家で安全に介護をする。自分がしんどいのに
その選択をされている叔母に頭が下がる。

人間は、年齢とともに孤独になり、いずれ一人で死んでいく。
それまでの間、出来る限り、孤独にならないように、夫婦で寄り添い、助け合う。それができるのは、本当に素晴らしいことと思う。

叔母さんにとっては、旦那さんの介護が毎日の日課、仕事である。
「まあ、90歳ぐらいまではがんばってほしいなと思ってるよ。でも私ももう年やしね。」
老々介護の例は増えていると思う。
これからもますます・・・。
孤独の手前はできる限り、長い方がいい。
叔父叔母は、とても素敵な夫婦だと思う。そう、理想のカタチ。
夫婦水入らずで、いい年越しをしていただきたい。

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身軽に年越えできる?

本年の営業、業務が昨日、今日で終了と言う企業が多い。
あわただしく日常業務がいったん停止。掃除や片付け、挨拶モードになって、バタバタと1年が終わり、皆さんOFFモードへ。待ってましたの休暇突入だ。
今朝あたり、シーンと静まり返っているオフィスも多いだろう。

仕事は終わっていなくても、休みを迎える。
休み中に頭を整理しよう!として、まずはとにかく、休みに入る人。
もしくは、
休む前に、頭も整理して、すっきりしてから、休みに入る人。
さて、自分はどちらだろう?
どちらかといえば、後者を選ぶかな。

休み中に宿題を引きずるのは、せっかくの休みがもったいない。
できたら、すっきりして、新しい年は新しい情報をインプットして
頭も心もまっさらでスタートするのが、良いかも?
今年の汚れ、今年のうちに♪という、年末用品のTVCFがあったが、
仕事もそれが良いと思う。

とにかくせっかく節目を作って、新しい年を迎えるのだから、
今年できることは全部やっておくのが良い。
持ち越しは・・とにかく引きずらない、引っ張らない生き方が
良いと思う。

もちろん仕事の価値観は人それぞれであるし、ひとりで完結できない仕事もあるため、完全にやりきることは難しいかもしれないが。

あと3日。できる限り自分でアウトプットできるものはして、
気持ちよく一区切りし、身軽に新たなスタートができればと思う。
ということで、まだまだ今年は終わらない。

今年の課題、今年のうちに♪

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遠藤周作と母と・・・。

遠藤周作という作家の存在。できれば、生前にもっとよく知っておき、もっとよく学んだおきたかった。子供のときの印象でいうと、インスタントコーヒーのコマーシャルの印象が強く、それ以上はわからなかった。まだ幼かった。同世代の人のなかには、「こりあん先生」として馴染みがあるという人もいるようだ。

もちろん著作は永遠であるため、今からでも遅くない。
キリシタン文学としてだけでなく、生きることへの問いかけについて、多くのヒントを与えてくれる大切なひとりでもある。
(といっても、まだまだ読み切れていないが・・・・)

「深い河」は、30代前半に読んだ記憶があった。映画の影響であったかもしれない。それ以後は、ザビエルに興味をもってから、何かと長崎との接点が増え、この作家への興味も膨らんだ。
以来、遠藤周作が愛した長崎の外海(そとめ)地区~「沈黙」の舞台となったエリア~にある遠藤周作文学館に足を踏み入れ、その思索、制作の一端に触れ、自分の頭と心の整理と創作活動に生かしている。
この地に立つだけでも、小説の主人公にでもなった気持ちになれると思うほどに、現世と思えないロケーションにある。確かに禁教時代に、キリシタンが浦上の方から逃げて潜伏した・・・にふさわしい、さいはての場所である。

今回 企画展で、遠藤周作と母のかかわりについて紹介しており、引き寄せられるものがあった。
氏の母上は、バイオリンの演奏家であり、10歳のときに離婚をされ、その後、洗礼を受け、敬虔な信徒生活をおくり、その教えを子にも与えた。崇高なるものを求め続ける人生だったのだろうと想像するし、氏も折に触れ、母上の生き方について書かれている。

と、それ自体が小説になりそうな人生の始まりであるが、遠藤氏はお母さまが亡くなった後も、生涯、ずっと母上のことの影響を受け、作家活動を続けてこられたという。
作家という才能を見出し、その道に進むようにすすめ、そのための応援をした母親。母親がいなければ、作家としての人生はなかったとのこと。

レベルは違えど、ふと、自分のことに置き換える。
わが母は、童謡を歌うぐらいしかできなかったが、それでも音楽好きではあった。試しに3歳に娘にオルガンを習わせてから、一生懸命に練習をする娘に期待して、私の幼少時代、母はすべてのパワーを私に費やした。
なんだか、遠藤周作とお母さまの関係と少しだけ共通する。
背景も環境もすべて違うけれど・・・。

母がいなければ、今の自分はない。
当たり前であるが、その存在をいつまで、どこまで大切にしながら、与えられた生を全うするか。
遠藤周作は「母」に関する著作も多く書かれているようだ。これから、そのあたりも研究していくとしよう。
母の存在。自分のささやかな才能?力の中には、母の存在が、母のパワーが、母のエキス?が入っているのだ。そう思うと、もっともっと!と思えてくる。
遠藤周作もきっと、母のことを思いながら、生涯 思索・執筆活動をされてきた。姿かたちがなくなっても、ずっと生き続けているのだ。

http://www.city.nagasaki.lg.jp/endou/project/

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