つながりは「ち」から。

40年もの間、別居してきた親たちは、子どもに頼らず自分たちで生活するため、近所の人たちとのつきあいを大切にしてきた。
もちろん気が合う人、そうでない人もいろいろあれど、助けていただける人たちがいることはありがたかった。

親はとにかく「地元」「地域」。そこですべてのコミュニティが成り立っている。ご近所の喫茶店、お米屋さん、ガス屋さん、電気屋さん・・・。お客さんとお店の人という関係を越えて、いろんなことでお世話になっている。
ガス屋さんなのに、いつの間にか網戸の相談まで、喫茶店なのに自宅の庭の水まきなど・・・。
こちらからすると、ありえない無理を皆さまにお願いしているので、最近は頭を下げ続ける日々だ。
まずは、家族に、地縁関係に・・といっても、そばにいないから、仕方ない。忙しいだろうから心配もかけたくない
だから、こういうことになってきたのだろう。
親にしてみれば、自分たちの生きる道はこれだったのだと思う。

地域の皆さんとの関係が良いということは、本当に幸せだ。

時々、地元優先過ぎて、家族がおきざりになることもあるので、振り回されているが、まあまあ、親なりの自活の道がこれだったのだと思えば、ありがたい。

今は地域に感謝しかない。

お返ししなければ・・・。

血も、地も。みんな生きる力になればいい。

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不要不急。でも一生ものの商品を扱う仕事。

最近、デパートの催事場で出会った、ある画商さん。
私の好きな藤田嗣治の作品を中心に、ピカソやルオー、ミュシャ・・などヨーロッパの名作をそろえての即売会。
値札さえついていなければ、立派な美術館。しかもそこで観るのは無料。
考えようによっては、デパートの美術品売り場や即売会は、超限定の移動美術館でもある。だから、昔からよく足を運んだ。目的をもってチケットを買って行く美術展よりも、知らない作家、未知の世界と出会うこともあり、大変有意義だ。
とくにコロナの影響で、美術館が長期休暇であったため、アート不足な日々にストレスも感じており、この催事の開催を知って、正直ほっとした。でも、コロナの影響で、食品フロアのような賑わいはなく、ひっそりしていた。

人影がほとんどない絵画の即売会に足を踏み入れるのはちょっと緊張もする。でも、展示されている作品が好きなジャンルであり。つい、引き込まれた。そしてある作品の前に立ち止まった私に、その画商さんが背中の方から絵について少し解説をされた。この最初の一言はとても重要だ。おそらく、いつ声をかけようかとずっと様子を伺っておられたのであろう、その後何枚かの絵を見ていると、さりげなく、その人は作品について少しづつ丁寧に、解説を始めた。
聴いていると、話し方も含め、その語り口が素晴らしい。作品のことを社会情勢と作家の人生と絡めてわかりやすく話される。とくに戦前と戦後の作品の違いについての説明は大変興味深く、まるで美術館で学芸員からツアーで説明を受けているような感じであった。芸術とは世のなかの変化とともに存在し、そして作家という人を通じて、表現される世界であることを改めて認識。ついつい、こちらもいろいろ質問をしたり、藤田の生誕50周年の話題や、藤田が終の棲家としたランスの話などで、しばし盛り上がり、打ち解けた。
他にお客さんもおられなかったせいで、貸し切り状態となり、随分と話を聴くことができた。画商という仕事はこの対話が重要なのだろう。どこまで語れるかが商売の成否を決める。値段ではなく、価値。まさにここをどう伝えることができるのか。
この方は、フランス美術に精通されており、また地元っぽくない品を感じたため、たずねてみると、東京の画商で修行を積まれ、フランスとのパイプももち、3年前に独立された方であることがわかった。
デパートでのデビュー戦として出展したはいいが、同時開催であったはずの近隣の美術館の企画展も中止となり、デパートの営業もコロナで自粛・・・と思っていないデビュー戦となった。
しかし、その方は大変前向きで、「いいんです。こんなときのデビュー戦。
ま、ひとりお祭りとして、盛り上がろうと思っています。」笑いながら話してくださる。きっと心中は複雑な思いでおられたと思うが・・。

画商という仕事。作品を売ることをすすめる仕事。作品を入手する立場になれば
美術館で見るのとは違い、作品を購入するというのは、作品と長いつきあいになるので後悔することになってはいけない。直観で買ってはいけない。などなどなるほど・・と新たな勉強にもなる。

すいているので、ゆっくりお話しできた。
でも、さすがに作品を洋服を買うように、衝動的には購入できない。
でも、今回の出会いで何か新たな世界が広がる予感がした。

絵画を通じてフランスをはじめとするヨーロッパのアートを学び、愛する方とのご縁は貴重だ。私のグラン・ルーも生まれはパリだ。

作品の魅力を伝え、販売する。この仕事は、学芸員の仕事とはまた違う。
また売ろうとしてはいけない。価値の伝え方・・ここは、大変重要である。
なんだか我慢の、修行の世界にも思えてくる。

不要不急の商品を扱う仕事。
車や住宅もそうかもしれない。絵画というジャンルもそうなのだろう。
車や住宅以上に、100年経っても価値があるものを扱う。
不要不急だからこそのお宝。人間の心を豊かにするアート。
おうち〇〇が、今人気であるが、おうちでアート。これもひとつのビジネスチャンスともいえる。

コロナのおかげで、いい画商さんとの出会いを得た。
これが、密の展示会場になっていたら、こうはならなかった。
好きな作品を扱い、人々に感動を届ける仕事。まさに夢を売る仕事。
ぜひ、これからも普遍の価値を伝え続け、活躍されることを願っている。
これから藤田の作品をみるたびに、彼を思い出すことだろう。




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横田さんへの思い。

娘さんがある日突然行方不明になり、拉致されたとの報せから、その後ずっとずっと待ちわびて、ご夫婦力を合わせて、同じ境遇におかれたご家族たちと一緒に署名を集め、訴えを行い続け・・。そして、娘さんとの再会を果たすことができないまま、生涯を終えられた横田滋さん。

45年、娘を待ちわびた人生・・。どんな時間であっただろうか。
今、両親の老いと向き合う日々、親と同世代の横田さんの最期の思いは・・。想像するだけで胸がつぶれそうになる。

10年ほど前のことだった。
東京での新潟市の関係者の集いで、横田さんが拉致被害者家族会の代表として、参加されており、会場で名刺交換をさせていただいたことがある。
見知らぬ者、無名の私にも、名刺をくださった。一人でも多くの人にこのことを知ってほしい、応援したいという思いでおられたのだろう。
私自身、思いはあるけれども、自分が経験したことのない大変な状況を生きておられる、こんなにつらい人生をおくられている横田さんに気の利いた言葉をかけることもできず、ただ、頭を下げて
「がんばってください!」のようなことしか言えなかったほろ苦い記憶が蘇る。
そして、その後、何度もテレビで見るたびに、その時のことを思い出し、高齢にも関わらず精力的に活動を続けておられることに、複雑な思いになった。国は何をやっているんだろう。いつになったら・・・という気持ちもじわじわ高まった。

おそらく、昨年のことだったと思う。
出張からの帰り道、新潟空港で搭乗を待つ時間、ひっそりしたターミナル内で、ある展示コーナーをみつけた。横田めぐみさんに関するパネル展であった。
人手も多くない空港である、しかもその中でも人が行き来しない、目につきづらい2階のスペースにその展示コーナーがあった。偶然通らないと気付かなかった。
横田めぐみさんとご両親の写真や拉致問題の紹介展示を見ながら、もっと目立つところでやればいいのに、なんで、こんな誰も来ないような場所で・・・と思いながら、お会いしたときの横田さんのことを思い出していた。最近、テレビにも出ておられないが、お元気かな・・と・・・。

人生。最期は子供に送ってほしい。子が親を送るのが自然。
愛する娘に会えないまま、命が絶える・・・。
そしてともに戦ってきた、ご夫人の由紀恵さまの心中を想うと、たまらない。

うまく表現できない。
拉致。恐ろしい。こんなことが起きない世の中になってほしい。
心からお悔やみ申し上げ、長年がんばってこられた横田さんの
ご冥福をお祈りしたい。
この事件は、他人事ではない。



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気がかり、心配を受け取り・・

女の一生。
小説のタイトルのように、決してカッコよくはないけれど、
最近、弱ってきた母の人生を私なりに想像しながら、彼女の一生を考える。
曲がった腰、昔の傷、がんの手術の後・・・。
元気なときには、なんとも思わなかったことが、80年のなかで彼女は
彼女の世界のなかで、どうやって生きてきたのだろうと今、改めて考える。

母の力がなくなった、限界を知った今、
そして、一生はいつか終わるかも・・・と思う今、いろんなことを思い、
涙あふれる。

数年前の胃がんのとき以上に、その老いを実感する。

親が、いつかいなくなるということが、現実味を帯びてくると、これではいけない、このままではいけないと思う。

まだメールの返信がある。まだ話が通じる。今を大切にしよう。
安心して暮らせるようにだけしてあげたい。

入院先からも、自宅の冷凍庫に入っている野菜のことを心配して何度も電話を
してくる。急な入院で、本人としては気がかりなことがいっぱいあるのだろう。
「はい、はい。大丈夫。こっちでやっておくので」
と心配しないように返事をする。
とにかく、冷蔵庫、冷凍庫、そして庭の水まき・・・。
こっちが思い出してほしいことは、残念ながら「知らん」・・。
とにかく、彼女の心配ごとが減るように、おつきあいをする。

もう決めた。
とにかく、笑顔でお別れできるように、ちゃんとやる。
それが、この人の娘として生まれてきたことへの、お返しになるように。

まずは、気がかりをなくす。心配ごとを減らしてあげる。
それをこっちが受け取り、そしてそれが安心になるように変換する。
しばらく、そんなリレーを続けていく。

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第二波、でも同じではない。

これまでにない大きな事件、災害、事故、、。人生にはときにショッキングな出来事に見舞われる。親のことは、そのひとつ。

父の病気から入院、施設への入所で、親の人生は一変した。この環境にようやく慣れ始めたころ、今度はそれまで気丈に踏ん張ってきた母親が、壊れ始めた。

世帯主不在となり、自分が頑張らねばと家を守り、近所付き合いをして、施設訪問など頑張ってきたが、あるきっかけで心身の疲れがどっと出て、歩けなくなり、腰の痛みを訴え、そして思うように動けないもどかしさに加え、気持ちだけが焦るせいかパニック状態に、、、。

張り詰めていた緊張も気力も、崩れ始めている。

これは私や妹にとって、人生の重大事件 第二波、、、。

きてしまった。いつかはこんな時が来るとは予想しつつも、いつ来るかわからない。

前の経験を生かしつつ、いろんな方のお世話になって、前に進むしかない。

実はこのことは、このタイミングは、コロナに関係がある。

社会活動ができなくなった母にとって、最近は同じことの繰り返しで、しんどい日々だったのだと思う。コロナストレスが、母に襲いかかった。

正直戸惑うことが続くが、

めげずに、冷静に。まずは疲れた母にゆっくり休んでもらう環境をつくること。

第二波と書きつつ、実はこれはこれで、新たな苦しみ、辛さがある。
なんとも表現が難しいが、すべて現実を受け入れ、冷静に穏やかにクリア
していくしかない。

人生の観覧車は、やはり回っている。


今は、輝きをしばし失くした母の目に、光を取り戻したい。

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声の同窓会。

コロナが私にもたらしたことのひとつは、人生はいつ終わるかもしれないので、
気になる人にはちゃんとご挨拶しておくこと。ということ。
最期のお別れのご挨拶ではなく、後悔しないご挨拶ということ。

ブログにも書いたとおり、その活動の一環、コロナお見舞いは、それぞれに返信があり、年賀状などかしこまったタイミングでない、この非常時にふさわしい内容で、その人のことがより愛おしく、懐かしくなったりすることを実感。

そんななか、10年以上ご無沙汰していた子供の頃からの音楽仲間にも、
コロナ見舞いを出す。
「電話だと長くなるから、手紙にしました」と懐かしい文字で綴られた封書と手作りマスクが届く。この10年以上前のこと、いろんなことを思い出したら、ちょうど本人からショートメールが届き、なんだかさらにとても話したくなったので「3分だけ電話で話したいので、都合いい時間教えてください」というと、折り返しの返事。そこでかけてみる。
声の同窓会が始まった。声も話し方も、方言も変わらない。すぐに顔も表情も浮かんだ。
オンラインでないところが想像をかきたてて良いのかも。

10年以上あっていなかったとは思えない、無遠慮ぶりで、とにかくいつもどおりに話し始める。かしこまらなくてよいのが、旧友なのかもしれない。

モーツアルトの生まれ変わりという彼女に、ザビエルの生まれ変わりという私。どっちもかなりの変人。

作曲・演奏という世界で知り合いあった半世紀ほど前・・・。

気が付けば30分ぐらい話していた。
いっきに10年の時間のブランクは消え、また近いうちに・・といって電話をきった。
声の同窓会。も悪くない。長電話ってときにはいいものだ。そのこと自体が昔に帰ったようだった


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「心を鬼に」の壁。

言いたくないことを言わねばならないとき。
そんなときも、ある。
相手にとって、厳しいこと、つらいこと、耳の痛いこと・・。
それがきっかけで口論になったり、傷つけたりすることもあるかも・・

でも、本当に相手のことを思うから言わねばならないことがある。

それは本当は優しさであり、思いやりである。と、思ってきた。

さて、最近もときに心を鬼にしなければならないことがある。

しかし、相手が高齢者とくに親ともなると、心を鬼にしても、
伝わらないこともあり・・・。自分が本当の鬼に見えてしまうこともある。
わたしははオニじゃないんだよ~。わかってくれ~。
と、そんなことで葛藤する日々・・・。

心を鬼にするということは、相手に期待できるとき。期待しているとき。
相手にもそれを理解し、受け止める力が必要だ。
しかし、弱っている相手には、心を鬼にして・・・は通じない。
そんなこともだんだんわかってきた。
いろんなことが、前と違う、昔と違う。

心を鬼にする・・これは教育の現場では必要だ。
でも、もう長年充分生きて、学びのときを過ぎて、人生のエピローグに
向かう人に対して、心を鬼にするのは適切ではない。
最近、そんなことを思う。
自分に対して、心の鬼になり、耐えたり、あきらめ、赦すことに慣れていかねば
・・・。
と、最近、気になる心を鬼の壁。
これを乗り越えて、とにかく感謝の気持ちだけで、接していけるように。
自分がひとつ成長するための、ステップだと信じて・・・。





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町に活気が戻った!

名古屋駅で、出張ビジネスマンの姿を多くみかけた。久しぶりの光景だ。
出張解禁の6月1日。もちろん地域によってはまだ自粛が続いているが。
デパートも全館オープン、夕方の飲み屋街も、3か月前のように戻ったかのように、店の灯がともり、元気に呼び込む声も聞こえる。
マスクと消毒液、ソーシャルディスタンスの注意書きの3点セットは前はなかった。そして以前多く見かけた外国人観光客の姿は消えた。ここが以前と大きく変わった点。

再び営業を始めた飲食店。一軒一軒店の中をのぞいてはいないが、お店によっては、向かい合わせの客の間にアクリルをセットしたり、カウンターにはビニールを張ったり、とそれぞれ工夫している。休んでいる間に知恵を絞ってこの日に向けて準備したのだろう。やることやって、前向きに営業しよう!という店の
意気込みを感じる。
これだけ見ていたら、何も変わっていないような感じがするが、
この再開店が叶わなかったお店がある。
頑張り切れず、営業終了を迫られたお店がある・・と思うと、複雑な気持ちになる。

夏になり、暑くなるため、マスクをしていると余計に喉も乾くだろう。
ビールがたくさん消費されるだろう。
人は酔っぱらってもマスクをつけるだろうか?ここはちょっと心配。

いずれにせよ、町に活気が戻ったのは何よりだ。

いろんなことが始まる。

7月から商業施設でのショッピングバッグの有料化が、名古屋でもはじまる。
いろんな意味で、前と違ってくる。
自分勝手であってはならない。
みんなのこと、地球のことを考えて、生きましょう。

そんな気持ちになる6月のはじまり。
とにかく、街に活気が戻って良かった。

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ふくいさん。ありがとう!

先週の京都新聞でみつけた記事にショックを受けた。
京都に住んでいたころ、よく利用していた、お好み焼き屋さん。
五条大宮にあった、小さな、古い、お店。年季が入っているのは
お店だけでなく、そこで働く人たちも・・。おばあさんたちがキッチンで
フロアで活躍している。腰が曲がっているのか、作業で腰をまげて
いるのかわからないぐらい、ずっとかがんだままキャベツを切ったり、お好み焼きの準備をされ、とにかく大人気のお店。
京都を離れて20年。もう、さすがにないのかな?と思ったら、まだ営業されていることを知って、久しぶりに訪問したのが3か月ほど前。
とにかく大盛で、とくにキャベツの量が半端なく、とにかくボリュームがすごいということで、大満足。
観光客にというよりも、地元の人々に愛される名店。
久しぶりに行ったときも、何も変わらず、気取らず、のふくいさん。

さすがにコロナでどうなっているかな~と気になっていた。
また落ち着いたら行こうと思っていた。

そんななかの京都新聞の記事。カラーで大きなスペース。
老舗お好み焼きのふくいさん、この月末、閉店という記事だ。見出しに目を疑った。
コロナと高齢化が原因ということ。
人気店だったのに、自粛で客足が途絶え、不安な日々を過ごされ、おまけに後継者がおられず・・・。
確かによくやっておられるなあといつも思っていたのだが、今回のコロナが
もうあかんな。ということになったのだろう。
やめるとわかってからは、お店が盛況とのこと。そういうもんでもあるが、
切なくもある。
最終日。京都に行けなかったため、思い出しながら、「ふくいさん、ありがとう」と遠くから感謝。
コロナの影響・・・。これからもこんな例が続くのだろうか。
コロナを乗り切るには、若さも必要なのかもしれない。
ああ、京都の好きな店が、またひとつ減ってしまった・・・。

ふくいさん、長年お疲れ様でした。ありがとうございました。

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すべては「関係」

生きるということは、すべて関係で成り立つ
人はひとりで生きられない。コミュニケーションをとりながら、人間関係をつくりながら生きている。
仕事でも、お客様や協力者との関わりをもちながら、何かしらのお役立ちごとを
すべく、日々取り組む。
すべてをひとりで!ということは難しい。
必ず誰かの導き、応援があってこそ、行動できる。

関係と一言で言っても物理的、精神的、時間的距離。そしてどの部分で、どのように、どの程度関わるか。そして何のために関わるのか、、、。これらは関わる相手ごとに違うようだ。

またさまざまな出会いがあって、関係が始まる。そして途切れ、また、、、。

歳を重ねると、その数にはこだわらず。多すぎるより、ほどほどでいいことに気づく。数よりも、良質な関係、高め合うことが出来る関係、応援できる関係、そう笑顔になれる関係こそが必要だ。

生きる上で、今一度 ご縁いただく方たちの「関係」について見直してみたい。

そして、常に「おかげさまで」と思いあえる関係づくりを目指したい。

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