わが背中を押す言葉に出会う旅

最近、一行日記をはじめた知人がいる。それを始めることが、コロナ禍での新たな過ごし方になっているかもしれないし、生活を変えるきっかけになっているかもしれない。少なくとも、まずテレビを見る時間は格段に減ったそうだ。

とにかく自分の言葉を記す、残すといった日々の活動はとても大切なことだと実感する。
このブログは、「よりよく生きたいために・・・」というコンセプトのもと、
日々出会い、感じ、考えるさまざまな事象について、おもにコミュニケーションの観点から書いているが、これだけが全ての手段ではない。
無意識ではあるが、もしかしたら自分が生きている小さな証しのひとつかもしれないし、この行為が毎日毎朝あることで私の生活も13年前とは変わってきている。
言葉にする。という行動は自分に向き合いという点でとても大切だ。
言葉は、何者にも代えがたい大きな力をもっている。

キラッと光る「ひと言」をたくさん残すことができたら、素敵なマーサ語録になるかもしれない。俳句や短歌は私にはちょっと柄でもない感じはしているが、曲を作り、詩を付けることはできる。言葉が付くことで、音楽はより具体的なメッセージをもつことになる。
これも良い。自分にできること、自分に似合う言葉との向き合い方。
とにかく、いい言葉を生み出す力を蓄えたいと思う今日この頃。

そして、好きな言葉をたくさんもっているのはいいことだ。
座右の銘と言われる言葉は、まだ、ない。ずっとないかもしれない。あれもこれもいいと思ってしまう方だから。

そんななか、最近、立命館アジア太平洋大学の出口学長の講演番組を拝聴しながら、最後に出てきた言葉に感動した。

Go where nobody has gone,
Do what nobody has done.

60歳までに、この言葉を胸に、新たな挑戦を続けようと思う。
素敵な言葉は人を動かすのだ。

人生は言葉により、人との関係を紡ぎ、自分自身が磨かれる。
自分の背中を押してくれるいい言葉と出会うため、良質な人たちに出会い、
良質な書物やアートに出会う・・・。そんな人生を進みたい。
世の中が軽薄で拡散の方向に向かうことに完治せず、
心豊かな人間になれるよう、今日も素敵な言葉を探す旅を続けよう。

カテゴリー: Essay (Word) | わが背中を押す言葉に出会う旅 はコメントを受け付けていません

「あい」と「えーあい」。どっちが?

AI。人間社会には不可欠な存在である。
「あい(愛)」も「エーアイ」も。

最近、スマホに向かって、あるいはロボットに向かって話しかけている人は増えている。何度も同じ言葉を言って、「もう!」と言っている人もよくみかける。入力するよりカンタンとのことで、音声入力をする。腱鞘炎にならないし、手が自由に使える。確かに、これもひとつの手。

企業の電話応対も、最近はAIの力をフル活用している。
久しぶりに電話で宅配便の集荷の予約をしようとした。
オペレーターにつなぐ案内はなく、「今日はAIが対応いたします」と言われて、
やむなくそのまま付き合うことにする。
AIが話して、こちらが入力するのかなと思ったら、「話してください」と
AIに言われ、彼女(?女性の声につくってある)の質問に口頭で応える。
一度で認識してほしいので、ゆっくり話す。こちらが発した音が正しいか
確認できる。すると一部違っている。「今の住所は正しいですか?」
「いいえ」と応えると、「誠に申し訳ありません。ではもう一度最初から
お願いします。」と言ってくる。へえ?また最初からいうの?間違っているのは最後だけなんだけど。とイライラしながら、最初からゆっくり住所を言い直す。
今回はミスなしであった。
ちょっとストレスがたまる会話で、本当に予約できたのかは気になった。
結局、その予約を変更したかったため、今度はオペレーターにつながる窓口に電話をする。
「さっき、AIの受付で予約したものですが・・・」と、名前と住所伝えると
「電話番号は?」と聞かれ、「さっき聞かれてないです」「そんなはずはないです。電話番号お聞きしないと受付できないです。」「そりゃそうですよね。あれ~おかしいな~」ということで、あらためて最初から、今度はオペレータに連絡し、変更の予約が完了。最後に「やっぱり、人間様相手の方がいいです。安心しました」と、思わずオペレーターの方に失礼ながら「人間様」と言ってしまった。
AIは人手不足を救う手段だ。それは理解する。でも、やっぱり、人との会話がいい。「えーあい」より「あい」。心がない相手とのコミュニケーションは、ストレスフルになりそうだ。

私には、やっぱり人間様が一番だ。

カテゴリー: Essay (Word) | 「あい」と「えーあい」。どっちが? はコメントを受け付けていません

喜怒哀楽から生まれるパワー

社会学者の上野千寿子さんが、NHKの番組での学生からの質問に答えたその一言が、大変印象的であった。

「先生は、どこからそのパワーが湧いてくるのですか?」
男性の学生からの質問だったと思う。

「それは、怒りですね。例えば、最近も・・・・」
と、先日、問題になったオリンピックの元会長を名指しにしながら、、、。と言い放ったのが、とても小気味よく、また怒りは、確かに行動の強い力になると共感した。とにかく聴いていて久しぶりに心地よい、嘘のない言葉で、改めて人生の先輩として、共感はもちろん尊敬に値いする方だと感動した。突き抜けている。さすがだ。怒りは人の背中を押す。

人間には様々な感情があり、また次々と湧いてくるその感情につきあい、時にコントロールしながら生きている。アンガーマネジメントという考え方もあるが、どんな感情もそれぞれつきあい方次第なのかもしれない。

人生は、もちろん喜びや楽しみが多い方がいいが、いつもその感情だけでは生きられない。むしろ悲しみや怒りを乗り越えた時に味わう喜びの方が、より感動的だ。いつも楽しいのもいいけれど、それもきっと飽きるだろう。なんだか、人生がふやけてしまいそうだ。

今 、母のことについて、深い悲しみももちろんあるが、現実的には、「 なんでこんなに!もう!!」と一切の断捨離をせず、人任せにして逝ってしまったある種の無責任さに、怒りも込み上げている。
怒りながら、人の人生の片付けをしているのだ。

この怒りは、今の自分の原動力になっている。
とても行動的になる。さあさあ、ちゃっちゃと片付けるぞー。じっとしていても、うずくまっていても、誰もかわってくれない。さあ、早くやることやって、次は、、、と、とても積極的な自分。怒りながら山積みの段ボールを開封していく。
悲しんでいるだけでは、元気に踏み出せない。誰も代わってくれない。

怒りは人の行動に火をつける。怒りは悪くない。
もちろんそれで終わらせてはいけない。最後はJOYにしたい!達成感を味わいたい。

喜怒哀楽。小さなことに対しても、感情豊かに。
人間らしく、心豊かに生きていこう!

カテゴリー: Essay (Word) | 喜怒哀楽から生まれるパワー はコメントを受け付けていません

何百分の大きな一。

両親がお世話になってきたケアマネージャーさんと久しぶりにお会いする。
母が亡くなったことで、このケアマネさんとのおつきあいが、業務上はこれで
終了となる。
久しぶりに訪ねてくださって、母の最期を報告した。
そして、お世話になった約一年間のこと、残された父のこと、そこからさまざまな話題に話が広がって・・、気が付けば2時間も経っていた。
百人単位で、被介護者、そして介護者(家族)に接し、さまざまな家族に関わりお世話をされるケアマネージャーという仕事。この方は、もともと看護士であったが、本人の意志と関係なく長く生かすことを目指す医療の世界から、最後まで人として生きようとすることを応援する介護の世界を選ばれ、すでに20年。
まさに介護のプロだ。意志をもってこの道に進まれた方。どうやらお母上の背中を見ての選択でもあったようだ。
そんな彼女は本当に、心から母に、そして私と妹に関わり、いつも真剣に、心寄せて関わってきてくださった。心配もしてくださった。

親本人がしたいように、そして、できる限り自宅で・・・。この助言もあって、母の希望どおりに、自宅での生活で人生を終えられたことは、本当に良かった。そして、家族には無理をしないように、介護は長いから・・。といつも励ましてくださった。

この人は、どの家族にもこんな風にきめこまやかに対応されているのだろうか。
たくさんの家族を相手にされているのに、その個別対応力と優しさと強さを、ずっとすごいと思い続けていた。
わが家族は、この何百分のうちの一でしかないのに・・・。
でも、大変迷惑をかけ、ご心配をおかけし、右往左往おつきあいいただいた家族であったため、おそらく少しは印象に残る家族であったかなとは思う。問題児ほど、記憶に、強く長く残る。というパターンだ。

彼女は最近、ワクチンを接種されたそうだ。この仕事をするからには、安心して
お年寄りに関わりたいとのこと。
本当に、いいケアマネさんに出会った。
母がいなくなっても、彼女とのご縁は続くと信じている。

「コロナが落ち着いたら、デイサービスで演奏させてもらいますね。」
母が通っていた施設に行って、母はいないけれど、お世話になった場所で
母がお世話になったみなさんに感謝を込めて、演奏とメッセージをお届けしたい。彼女との会話から、ふと浮かんだアイデア。ささやかな親孝行の続編になるだろうか。

改めて、この超高齢化社会を支えてくださっている介護、医療の世界で活躍される皆様に心から敬意を表し、感謝を伝えたい。

近々、皆さんが母のいるお寺にお参りに行ってくださるとのこと。
何百分のⅠなのに・・・。有難い限り。

問題児?の母から得た新たな出会いは、これからも続く。続くように・・・。
未来に向かう線路のように。そして、希望をつなぎ、夢を運ぶ観覧車のように・・・。

カテゴリー: Essay (Word) | 何百分の大きな一。 はコメントを受け付けていません

まぐろの休日。

気を張って、気合いを入れて、とにかく走り続けてきたこの1年半。
次は何が起きるかと、ひやひやしながら、いのちと経済の間をぐるぐる
さまよい、とにかく全力で親のことに対面してきた。自分ではそういうつもり。
妹も一緒に、振り回され、駆け巡ってくれた。

この人生の大仕事をひとつ終えると、急に何かしら、心の中に大きな穴があいたような、これまでにない心境になる。
これは、本当にいいようがないことである。

そして、何かしら、疲れた、ちょっと一息したいという気持ちになることもある。

こんなときは、無になる時間をもちたい。
誰の邪魔にもならないように。

と思うのであるが、これまでマグロのように生きてきたせいか、
どうも、休日という概念が苦手で、休み切ることができない。
普段通り、普段より少しだけペースを落としながらやる。
これが今の私には良いのかもしれない。

ところで、マグロは泣くのかな?
泣きながらも、忙しく動き回る。
動いている間に、涙も乾く?

人生ではじめてのこの休日。
コロナもあいまって、特別感が満載だ・・。

今日も普段どおり、マグロのごとく・・・。

カテゴリー: Essay (Word) | まぐろの休日。 はコメントを受け付けていません

不安があったら無理しない。

いろいろ考えた。
5月10日予定のコンサート。
岐阜新聞で隔月出演しているものだ。
母と約束していたわけではないが、岐阜との関わりを持ち続けるために
継続して行ってきた。もう3年になろうか。
昨年からのコロナで、何度か中止の選択となった。主催者からの要請でもあり、
当然、緊急事態宣言中はそうすべきだと思った。

そして、本年1月の本番はなんとか開催。今から思えば、母が参加できた最後の回となった。
その後、3月は宣言発出で、中止。その後、対策を施しながら、コンサートは開催できる環境にはなっていたが、そのまま連休へ・・・。
そして、5月10日が次の出番の予定。
4月から、ずっと考えていた。
いつ、全国が緊急事態宣言発出となってもおかしくない現在、無理して
開催するのは得策か・・・。
お客様のそれぞれの気持ちや、環境を考えてみる。
そして、あまり積極的にお誘いするのも、はばかられる・・・。

迷いに迷ったが、今回は自分から中止という答えを出した。
すでにお申込みのお客様もおられるが、内心、穏やかでない方もおられるかとも想像した。
不安な状態で何かを無理してやるのはよくない。

ましてや、他の方にご迷惑がかかることは避けなけれなならない。
音楽の仕事をしている友人にも、彼女だったらどうするか?・・という意見ももらいながら主催者ともよく相談しながら・・・今回はそういった決断。

安心して、できる世の中になってほしい。
さまざまなアーチストが、規模の大小は別として、同じことで悩む時期だ。
今はいろんな意味で、無理をしない。
オリンピックのような大行事は、こんなにカンタンに決められないのだろうが、
その分、影響が大きいことを理解し、社会から不安を取り去るために、
そろそろ、きちんとあるべき選択をしてほしい・・・と、強く思う状況である。

ということで、5月10日は、実家のピアノで母に向けて、おひとり様コンサートをしようと思っている。

※5月10日のコンサートに、ご予約いただきましたお客様には申し訳ありません。次回7月12日は安心して楽しい時間を過ごしていただけるよう、にと願っております。一日も早いコロナ終息を心より祈って・・・・。

カテゴリー: Essay (Word) | 不安があったら無理しない。 はコメントを受け付けていません

今こそ、自分から盛り上がる。

コロナ禍の連休。正直、緊急事態宣言は他人事であるかのように、
人の賑わいが気になる。
危険な空気が漂う、駅周辺。繁華街。
みんな、とくに若者が我慢できなくなって、出かけているのか。
昨年とは違う、コロナ禍の連休突入。コロナに慣れてしまっているようだ。
突然、雨も降ってきて、不安定な天気。
なんとも、気持ちが低空飛行しそうな感じだ。
混雑する街中を歩くのは、危険なので、人混みを避けようと
帰路に向かう。

その途中、地下街の雑貨屋の店先で、ふと目に留まるものがあった。
私を呼んでいた。
それは、きらきらした傘。
ビニール傘といえば、無色透明であるが、
それに発色加工が施してあって、傘を開くと広がる世界が気になる。
ちょっと派手そうだ。
店員さんに在庫をたずねると、探してくれて、
「かわった傘ですね~。きらきらして」
「そうですよね。オーロラ色です。」
にこにこ対応してくれた。
こんな派手な傘、誰がするんだろう。そう思いながらも、
オーロラならば、今年で911から20年。偶然オーロラを見てから
20年の節目だし、このキラキラは夜道にも安全だ。
なんとなく、元気が出そうだと思って、年甲斐もなく即ゲット。
おそらくターゲットは20代のいわゆるヤ・ン・グ。
まあ、いいや。

暗くなってきた夜道。雨も降っている。早速、その傘を開いて
自宅に向かう。
周囲が真っ暗なのに、自分は光っている感じ。
これなら車にもわかりやすい。透明の傘では、危ないけれど、
反射するので、安全だ。
そして、ミュージカルの「雨にうたえば」のようなノリで軽やかに歩く。
哀しみや不安を傘が癒してくれる。そんな気分。

こんな風に、自分から盛り上がることができるアイテムを、
身近なところで探してみるのも良い。
今回は、オーロラの傘。
これからの季節、私を元気に包む、必須アイテムになりそうだ。
雨が降るのも待ち遠しくなる。
5月がはじまった。
自分からテンションアップできる工夫を、重ねたい。

カテゴリー: Essay (Word) | 今こそ、自分から盛り上がる。 はコメントを受け付けていません

断捨離代行人。

母は、本当に物を大切にする人、というか、捨てられない人であった。
どのモノに対しても、思い出がつまっていたのだろう。たとえば、人さまからいただいたお菓子の包装紙や封筒、紙袋。旅行先のパンフレット、旅先で買ったお土産の袋・・・・。もちろん袋だけでなく、各地方のキーホルダーとかレトロなお土産、誰にあげるつもりだった?と思えるグッズまで・・・。とにかく膨大な量で、生前から、この荷物を巡ってもつねに言い合いとなっていた。
「誰がこの荷物、片づけると思ってんの。早く整理して」
「全部捨てるな~。大事なものばっかりなんや。」
と、そう言い続けた母。
コロナで外出できなくなってきて、そろそろ片付けをしなければと思ったら、
何をどうしたらいいのかわからなくなったのか、パニックに・・・。
その1年後に、荷物をそのままおいて逝ってしまった。

今、私と妹が、手分けして母の断捨離を代行している。
大量な段ボールを開封し続けている間は、感傷にひたらず、心を鬼にして
どんどん捨てる。
一つ一つ見始めたら、進めない。
とにかく5月中に。と第一弾を終えようと思っている。

思い出の品とは、本当に人それぞれで、なんでも思い出になるものだ。
そして、写真が大量に出てくる。
これは、まずは捨てない。落ち着いたら、公開して、欲しい方にもらっていただく。写真以外も、使えそうなものをまとめて、チャリティのマルシェをしようか・・・あとで母が関係していた団体へ寄付でもするか・・・。
と勝手に前向きに考え、とにかく時間をみつけて、今は、段ボールの山と格闘。
本当はこの山がなくなると、さみしくなるのだろうと思いつつ、いつかせねばならないことであるから、今、この勢いでやっていく。

荷物と格闘しながら、母の一生は、本当に楽しかったのだと思える。
こんなにいっぱいの思い出とともに、本当にまっとうした。と思えてくる。
荷物の多さへの怒りもなくはないが、ま、仕方ない。
早く終わらせたい気持ちと、終わらせたくない気持ちと・・・。これも葛藤である。

カテゴリー: Essay (Word) | 断捨離代行人。 はコメントを受け付けていません

やらなくっちゃ!

もう10年以上前のこと。地元のある町のまちづくり、シティプロモーションに関する意見交換会、パネルディスカッションに参加するという仕事があった。
そこに、地元に関係ある各業界の専門家が何名か参加した。私は広報の立場での意見をいう役割で参加。市長と懇談というカタチで、職員の皆さんがそれを聴き、市の政策の参考にするという主旨だったかと記憶する。
それがきっかけで、出席者のたちと年度かお会いする機会もあり、そのあとも、たまにやりとりが続いた。
そのなかに、パーソナルデザインのコンサルティングをされる女性経営者がおられた。その方は化粧品業界ご出身ということもあり、さすがに見た目もとても美しく、身のこなしもさすが。言葉づかいも、大変知的かつエレガント、でも力がある。へえ、こんなかっこいい人がいるのだ~。岐阜出身の方かな?確かに地元出身で、東京で活躍されていることを知る。
その後、その方から時折、メールマガジンをいただいたり、なんどかやりとりをしてきた。
昨年からも、コロナで増えるリモート会議に際し、見た目で印象をよくするためのセミナーやコンサルティングをされ、その内容も大変興味深く、時代の変化にちゃんと対応される仕事をされていると・・と感心していた。
コロナになろうが、何であろうが挑戦する方だと思っていた。

つい最近、たまたま地元のコロナ感染の状況を知ろうと地元紙サイトを見ていた。すると、最近のバックナンバーにその人の名前の記事をみつけた。
え?まじ?そうなん?あの人のこと?
そう、その方が、なんと、最近行われた、その町の市長選に立候補されていたのだ。
確かに以前、その市の招きで一緒に仕事したのであるが、まさかそこの市長になることを目指しておられたとは。もちろん、その時から志しておられたのかどうかは定かではないが。
ビューティー系の企業の経営に携わってきたあの方が、まさか政治家を目指されるとか思ってもいなかった。ふるさとをかえようという挑戦である。岐阜県初の女性市長を目指したのだ!
潔い!結果は当選にならなかったが、1万人近くの人がご自身に投票されたことを、SNSなどで感謝されていたのが印象的であった。
公務員は究極のサービス業である、という看板を掲げておられたことに共感した。

とにかく挑戦する人は素晴らしい!

同じ岐阜出身、しかも同世代の人が、こんな風にチャレンジされているのを知り、よし、私もやらねば!と思った。
東京から、ふるさとにかえる、ふるさとを変える。
共感する部分もある。もっとも、私はその器ではないが・・・。
私は私の器で、チャレンジ!しよう。

カテゴリー: Essay (Word) | やらなくっちゃ! はコメントを受け付けていません

母といただく、おにぎり。

名古屋と岐阜を行き来する日々。
この1年半は、とにかくよく往来した。
そしてこの半年は、母によく食べ物をもっていった。
にんじんサラダ、漬物、リンゴのスライス、そしてかやくご飯に、
ちらし寿司。
日々配達いただくお弁当と内容がだぶらないように、
朝食用と小腹満たし用に持参、冷蔵庫に常備した。
ひとりで朝ごはんを食べることができるように、ご飯類は
おにぎりにして冷凍。他に何もないときにチンして
食べてもらった。
デイサービスから戻った母が、冷蔵庫の中を見て、
「あれ、わしが食べていいのかな」
と電話できいてきた声が、今も聞こえてくるようだ。

主人がいなくなった、キッチン。冷蔵庫。
中身がほとんどなくなった冷蔵庫の扉を開けると、
私がつくった冷凍のおにぎりが入っている。
かやくごはんのものだ。
おそらく最後の方に届けた食事だ。

私は思わず、その冷凍おにぎりをつかんだ。
ああ、まだあったんだ。
母がいつも「おいしかった、ありがとう」と言っていた。
レンジですぐ、解凍した。

冷凍おにぎりの温め方を母に教え、
あつあつを食べられるように、すすめていた。
ごはんは炊き立てじゃなくても、美味しく食べられることを
改めて知った母は、たいそう喜んだ。

・・・と、そんなことも思い出された。
レンジアップしたそのおにぎりを、今度はこっちが
フーフー、「あつっ、あつっ」と、いいながらいただく。
母もこのおにぎりを、こんな風にして食べていたのだ。

「美味しいね。美味しいね。」
確かに、美味しい。
まさか、冷凍したおにぎりで、母との思い出がよみがえるとは
思わなかった。

また、このかやくごはんのおにぎりを作ろう。
そうすれば、いつも思い出せる。

母と食べる。いろんな場面を思い出す。
食の思い出は、悲喜こもごもに・・・、永遠である。

カテゴリー: Essay (Word) | 母といただく、おにぎり。 はコメントを受け付けていません