小さな感動をブーケのように。

ある方から、わがCDアルバムを聴いていただき、
「泣けてきました。いい曲ですね。全国の人に聴いてほしいですね」
とのメッセージをいただき、
もう何年も経っているアルバム、曲でも、今だにそう言ってもらえる
ことに、この上ない幸せを感じた。

感動してもらえることが仕事、人生。

これが私のやりがいだ。
「感動したよ。」「よかったよ」の一言で、
元気百倍、勇気も百倍となる。

大きな感動を1回よりも、小さな感動をいくつもいくつも、一人でも多くの人と
交流できたらいい。

そう、感動のブーケを創れたらいいじゃない。

最近、ある人に久しぶりに会ったときに かわいいブーケをいただいて
それがとてもうれしかった。しかも赤いブーケ。

誕生日でも何でもない日のブーケ。
そう、私はこのように、
さりげなく日々感動を、ブーケのようにして
みなさんにお渡しお届けできたらいいのだ。

感動は見えないけれど、心の中に咲かせることができる。
そう、心のブーケ、感動のブーケ。

今日も明日もその思いが伝わるように生きていきたい。

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酒と泪と京都と女・・・

先日の投稿に書いた、
十数年前に、京都で知り合った年下の女性のこと。
彼女が働く居酒屋で客として通い、応援してもらい、こちらも激励し・・。
つとめていた店での仕事を卒業し、パートナーとはじめた居酒屋。
もう開店して7年になるとのことであるが、開店当時を振り返れば、自分で
店をやるということについての初々しさと、希望とが じーんと
伝わってきたこと自体が懐かしい。

その彼女に約束しつつも、再会する機会を逸し、
彼女は帰らぬ人となった。

パートナーから報せていただき、お店をたずねる。
店主である彼は彼女本人のように、お店の玄関で私を出迎えてくれた。

これまで、彼と話したことはなかったが、そのときは
もう何度もお会いしたような感じがした。
でも、そこに彼女本人は、いなかった・・。

パートナーは彼女の最期について、遺影を見せながら
話してくれた。そして彼の携帯に保存されている彼女の
さまざまな写真を見せてくれた・・。

どこか近くに行って、もうすぐ帰ってくるのではと思うような
感じがした。

なぜ亡くなったのか・・。
どうやら お酒が原因とのこと・・。
うら若き40代の女性が・・。でも、それは実は想像していた
ことと変わりなかった。

やっぱりそんなことで・・。
仕事柄もそうかもしれないが、酒を飲むことが常習になり、
飲まずにいられない何かもあったのかもしれない。

そして病んで、帰らぬ人になる・・・。

なぜ、そんなことで・・。

ふと、彼女が飲むときの気持ちを想像した。

彼女が周囲の人にメールで送ってきた1枚の写真が
遺影となった。
本人のご希望のようだった。

その1枚は、なぜか横顔で・・。
「なんで、遺影が横顔なん?」
周囲がみなそう突っ込んだそうであるが、
何か彼女の生きざまを思うに、それがなんだか
わかるような。

河島英五の歌をちょっと思い出しながら
でも、
今回はやっぱり
「酒と泪と女と京都・・。」

マスターはおすすめの品で
営業時間外の客をもてなしてくれた。
遺影を前に、ゆっくりいただいた。
彼女がそこに立っているようでもあった。
マスターと
最後に何度も何度も握手した。
がんばってといったら、あかんのやけど、
でも、がんばってね。
と声をかけた。

相方さんがこれからも、京都で彼女を想って
がんばっていかれるお店。
京都にいたら、時々たずねて、声をかけたい。

ほんまに・・・。なんで?あかんて・・。

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細胞から湧いてくる涙は、、。

またもや台風の到来。そんななか、わが人生、初めてのラジオ番組「愛の元気人」
最終回の放送。
毎月最終土曜日の18時から19時の1時間。
これまで、編集段階で確認をし、あとはなかなかリアルタイムで
自分自身が聴けないこともあったが、さすがの最終回。
パソコンの前に座って、じっと、聞き入る。
この緊張感は、最初の放送のときと同じだ。忘れていたあの感覚がよみがえった。

収録のときとはまた違う、放送時間。
ああ、この言葉が音楽が、今、流れているんだ。
新潟の人も、県外の人も、世界の人も
聴いてくれているかもしれないんだ。
放送とは誰が聴いてくれているかわからない、この広がり感がすごい。

自分が考え、つくり、自分で話す。
ああ、8年半。よくがんばったな。途中でゲストどうしよう、ネタがない、
コミュニケーション相談どうしようと焦ったこともあった、
いつまで続ければいいんだろうと迷った日もあった。
そうそう、番組を始める前に、東京のアナウンサーの学校にも通ったことも
今となれば懐かしい。

自分なりにいろんなことをやってみた。
そして、このラジオ経験のおかげで、MC力は間違いなく身に付いた?感じがする。
講演やライブにも役立ったと思う。
いろんな方にも喜んでいただけたこともうれしかった・・。

この番組を始めることができたのは、新潟のみなさんのおかげだ。
8年半もやらせてくださって、スポンサーの第一印刷さん、そしてFM KENTOさん、
そして制作の青木さん、ご協力いただいた新潟のみなさま・・・。
いろんな顔が浮かぶ。
この番組とともに、歩んだ新潟時間。
やってよかった。
終わって寂しいという声もいただき、私自身もそう思うが、
一度終わって、また新たに始める。
それが成長、発展へのステップと信じ・・。

最終回もいつもどおり、チャオ!でおしまい。
そう、再見と同じだ。さよならではない。

最終回。聞きながら、細胞から涙が沸いてきた。
心の汗が、感謝から感動から・・。
達成感の汗かもしれない。ー

この貴重な経験を生涯忘れないで、さらに新しく、
前進をしていこう!

みなさま、本当にありがとうございました!!

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「愛の元気人」102回 最終回 本日29日オンエア


長らくかわいがっていただきました、ハッピーコミュニケーションプログラム「愛の元気人」9月分が9月29日18時~19時オンエアです。
FM KENTO
8年と半年の期間でしたが、新潟県内・外の皆様に応援いただき、ここまで続けることができました。
大変ありがとうございました。本番組のうち、インタビューコーナー「にいがた元気人」のバックナンバーは今後も今尾昌子の公式サイトからお聴きいただけます。

「愛の元気人」は、これからもさらなる発展・挑戦を続けます。今後ともよろしくお願いいたします。
では、最終回、どうぞお楽しみください。
ゲストは、第一印刷所の金子純さん、 シンワメッキ工業の滝見直晃さんです。
ご出演ありがとうございました!

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何をクロスするか。

十字架はカタチ的には、+のカタチであるが、クロスという意味からすると、×(かける)である。
足すのではなく、掛け合わす。

最近、クロスな生き方、クロスな仕事について考える。

人はひとつの仕事だけをしなくてもいい。
そこに固執しなくてもいい。
できることが2つ、3つあるなら、それを掛け合わせて誰もできない
面白い仕事をつくってもよいのだ。

ずっとそのことを考え、小さな挑戦を続けているが、このたび
介護福祉士をしながら、劇団を主宰している俳優・監督なる青年の生きざまに少し触れ、
触発された。
介護の現場で演技をし、演技のなかで介護を取り上げるのだそうだ。
そして、介護と演劇は相性がいいと。
演ずるということでの人の幸せの在り方を追求しているのだろう。
実に共感できる、いい生き方だ。

さて、私は?
コミュニケーションクリエイターという仕事を20年経った今、それを分解し、
構築し直すいいタイミングだ。
人をつなぐことができる、人に元気を与えることができる・・・それを
どんな方法で?_
言葉で文字で音楽で、笑いで・・。

これを高齢化社会の中で生かせる新たなクロスを実現できないだろうか。
最後は、何のために。自分は何のために生きるのか・・のための
クロス発想である。

この掛け合わせは、人生のあらたな化学反応を試みるものでもある。

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思いをひとつに、ともに汗をかく。

いい仕事の定義とは?
相手の喜ぶ顔が見えるということ。
「ありがとう」の言葉が聞こえてくること。
そういう結果になるのが、そうなるようにつとめるのが
いい仕事の定義だと思う。

そうなるように、日々
相手の話に耳を傾け、それに対して
役立つ提案ができ、そして行動する。

そして、一緒に仕事をする人たちと
思いがひとつでなければ、協力しあえなければ
いい仕事は絶対にできない。

そして、目標に向かって、ともに汗をかくこと・・が
大切だ。
口先だけでは、いい仕事はできない。

最近そんなことが身に染みる。

「私が思う会社づくりのため、一緒に汗をかいてくれてありがとう」
とある経営者からのメッセージを受け取る。
この言葉がとてもうれしい。

いろんな相手と関わり、いろんな方と一緒にそれぞれ仕事が
できるのが楽しい。

お役に立てることがあるだけで、幸せだ。

汗も恥もかいて、いい成果を出そう。
今日は、そんな思いで、京都に向かう。

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青春時代のシンボルの復旧を願う


写真ではちょっと見づらいかもしれないが、由緒ある神社の拝殿が倒壊した現場の様子だ。
先日の台風21号で、まさかの大被害が 京都の神社にも及んだ。
1650年に建立されたというから、約370年という長い時間を地元の人々に愛され
存続してきた当神社。
桜の名所でもあり、また学問の神様、北野天満宮からほど近く、毎月25日に開催される
天神さんの日には露店がこの神社の前までも続く。

私にとっては、田舎を飛び出して初めての一人暮らしがこの神社の前のワンルームから
始まったというご縁。
だから、青春時代の始まりの場所。
毎日のように通り、春には桜を愛で、時には境内で売っていたたこ焼きを買い求めた
贅沢な日々。

卒業、引っ越ししても、懐かしの平野神社としてずっと心に刻み続けていた・・・
そのありがたき思い出の場所が・・・こんな風につぶれてしまった。

おそらく 衣笠で学生時代を過ごした人にはショックな出来事だろう。
このほど、現地を訪ね、わずかばかりのお賽銭(寄付?)をし、おまいりをしてきた。
早く、またこの立派な拝殿が元通りになりますように。
何か活動の応援ができるならばと今、考えている。

大切な場所が天災でなくなる・・・本当に残念なことだ。
いつまでもあると思っていてはいけない。
だから、いろんなものも、人も、場所も大切にしていこう。

台風被害の痕跡が消えない京都の町・・。
早く元通りに・・・。混雑しすぎていないのは、よかったけれど
健全な賑わいが戻るように。

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共生は難しい。

エアコンも要らないほど涼しい日。玄関のドアを少し開き、室内全体の通気を良くする。
ああ、秋だなあと快適な気持ちでパソコンに向かい、仕事も捗る。
そこへ侵入者。
黒い物体が飛んで入ってきたのだ。
実はこういった外来者は大の苦手。
地を這う物体もそうであるが、飛ぶとなればそれ以上に大迷惑だ。
そこから黒い虫と格闘の時間が始まる。5センチぐらいあろうか。大きい、怖い。

マンションの通路の灯りを見て入ってしまったのかもしれない。
夕暮れも近づき、室内の電気を全て消して、外の明るい方に飛んでいってくれないか
と、虫にお願いしながら電気のスイッチもオンオフ、オンオフ。
ハッカの匂いで逃げてはくれぬかと、スプレーをシュッ、シュッ。
よく見るとハチの一種のようだ、刺されては大変だ。

もう仕事どころではない。
そのうちムサシ(ハチなのでそう命名)は電燈に近づき、視界から消えた。

へ?。電気の中にもぐって死んだの。それも困るなあ。
でも電気にぶつかる音がしないから・・・。

その間に、ネットで検索するといろんな体験談や、問答が出てきて、本当に
世の人々は何でもネットに書き込むんだなとそれも感心。でもあまり
役には立たず、、、。どうしよう。もう格闘開始から一時間以上が経過。

もう気にせず仕事しようと思ったら、頭上でふたたびムサシの動き出す音。
また飛び始めた、ああ、もう!
私は必死に再び、家中の電気をオンオフ、オンオフして、奴の進行方向を
光でおびき寄せた。
ムサシはだんだん玄関の方に向かった。よしよし、そのまま迷わずいってくれ、
とハチに慎重に見守る。
するとドアから外に出た。

やった!すぐにドアを閉め、大きくため息。
お互いに良かった、よかった。

ハチもとんだところへ舞い込み邪魔にされ、困っただろう。
こちらも本当に困った。

人と昆虫の住む世界が違う。
わからないから怖い、困る。
共生は難しい。
コミュニケーションできない相手は難しい。
実は、人間とのコミュニケーションはなんとかなるものだと
実感。

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お子様は何を喜ぶか・・の研究。

今、お子様向けのイベント企画と運営のお手伝いをさせていただいている。
大人向けの企画なら、マーケティングだ、コミュニケーションだといいながら
長らくいろんな分野でかかわってきたが、お子様向けのイベントを継続して・・
というのは実は新鮮である。
20代のころ、小学生向けの商品企画の仕事はしていたが、今どきの
子ども向けというのは、いやはや、久しぶりすぎてちょっと緊張する。

と思って始めたこの仕事も、3か月を経過し、お子様やその保護者の方との
接点も増え、商業施設でのイベント司会や盛り上げ役というのも、
なんとなくコツがつかめてきた感じで、とにかく今は一歩一歩前進あるのみだ。

子どもたちが喜ぶことは何か。
そこが一番気にかかる。
これまで、流しそうめんや水ロケット、最近ではおだんごトッピング、
毎月のバースデーイベント。
歌や言葉のあそびで、子供たちをどこまで飽きさせず、楽しい気持ちに
なってもらうことができるか。

子供向けに演奏の指導をしている仲間にも、子供向けイベントのコツなど
聞いてみる。

子どもはとくに年齢が小さければ、我慢してくれない。そこが大人と違う点。
だから、
飽きさせない工夫は大切だ。

たとえば、誕生日のお祝いの仕方。
どうせなら 同じお祝いの歌を歌うにせよ、誕生日のお子さんに
立ってもらうとか、ステージにあがってもらうとか、主役感を盛り込みたい。
またライブをするにせよ、自分らしいネタで企画したい。

実はこの仕事に関係なく、Eテレは、勉強になるので子供向け番組をよく
見てきた。無意識に研究だ。子どもが面白いものは、大人も面白いのだ。

昨日行った誕生祝いの会。他のアーチストが演奏されるのを
盛り上げ役としてサポートする。
そのアーチストは、絵本書店のオーナーで、絵本ライブなどを
されたり、ユニークな活動をされている。
その人のパフォーマンスを横でタンバリンなど叩きながらずっと研究。

演者の表情が豊かなとき、子供に受ける。オーバーな方がいい。
感情を露骨に表現したり、喜怒哀楽が明確なほど、子どもには受ける。
なるほど、子供たちはこのアーチストであるおじさんが真剣なのかどうかを見ている。
真剣にやっていると子どもたちは引き付けられるのだ。

なるほど。いろいろ学ぶことが多い。
今度は自分がマーサねえさんとして、どうお子様に向かい合うか
今しばらく真剣に新たな体験に向かっていこうと思う。

子どもが笑うのは、本当に楽しいことだ。
いつの間にかそのことが、この仕事のやりがいになっている。

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そこにはいない、ここにいる。がいい。

お彼岸の連休。たまたま谷中霊園の中を通ったら、大変な賑わいであった。
家制度がある限り、墓地は維持され、守られていく。日本に独特の習慣であり、
文化なのかもしれない。
海外の墓地に行くと、少し様相が違う感じがするが、それぞれに意味があるのだと思う。

少子化、過疎化などの影響で、最近の墓地事情は変わってきて、また長寿社会になり
死生観もかわり、墓地や葬儀のありようもさまざまで、選択肢も増えた。

私自身は、葬儀も墓地も何もいらないとずっと思っている。
できれば、お骨は自分が生まれた、住んだ、行った国、町を流れる川や海に適当に
撒いてもらって、どこにでもいるように、自由にしておいてもらいたい。
水の流れで、風に吹かれて、世界をめぐるのは、自分の生き方に合っている。
また、冠婚葬祭が苦手で、そういうのもできる限り、ご無礼してきたし、これからも
そうするつもりであるので、自分のときも一切無用だ。
できればひっそりと、静かに…が良い。
と、かなり好き放題に書いているが。

特定の墓地にいなくても、どこにもここにもいるような・・そんな終わり方が
今のところ希望である。

一方、知り合いの葬儀に出ることが多くなった母親は、自分のときは賑やかに
送ってほしいと懇願している。ずっと生きるつもりなんだな~と思い、
苦笑しながら聞き流している。

お彼岸であるため、此岸と彼岸の交わりについて、
自分の形亡き後のことを、あれこれ考える。
そんな時間も必要だ。

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