ずっと考え、ぱっと出す。

企画にせよ、文章を書くことにせよ、作曲にせよ、自分のアウトプットの
スタイルには、共通点がある。

それは、いつもずっと考えている。そして頭と心のポケットに
最近は、スマホのメモに入れておき、
そして、いざ!というときに、すぐ出してまとめたり、しあげたりする
という手法。

ずっと考え、ぱっと出す。

マーケティングプランナーの仕事をしていた20代のころから
身に付いたのかもしれない。

この仕事はON OFFがない。いつでもONになっていないと
いい情報も入ってこないし、
いいネタも、アイデアも沸いてこない。
沸くというのは、瞬間であるから、そのときを逃さず
記録する必要がある。だから、メモや今の時代ならば
スマホは欠かせない。

先日、名古屋駅前のある交差点で信号を待っている間に
鼻歌でいいメロディーが出た。何回も何回も歌って
覚えようとしたが、それよりも、スマホのボイスメモだ。
セットして、スマホをマイクにして歌いながら歩き、
そして録音しておく。

この方法ですでに何曲も作品ができた。
この瞬間を逃してはいけない。

さて、そのネタをライブ前日の夜に、曲として仕上げる。
まさに、ぱっと出す!だ。

録音したメロディーを楽譜にし、
(私の場合は、私は手書きで)ピアノで伴奏を付けながら
コードを書いて、ある程度、曲になってきたら、
歌詞をつけていく。
1時間ほどでカタチになった。

ずっと考えていた曲が、ぱっとできた。
でも、これはずっと考えていたからだ。

出来た曲を演奏、それをボイスメモに録音する。
何度も何度も弾きながらいい音源をのこす。
そして、それを聞きながら、覚える。

そして本番。

こういう曲がそろそろ欲しいなあとずっと考えていた
ものがぱっと世の中に現れたときは、不思議な感覚であるが
とてもうれしい。

いつも ずっと考え、ぱっと出す。
瞬発力が必要であるが、これはトレーニングで
身に付くはずだ。
これからも、もっともっと鍛えていこう。

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家族との狂騒イベントも最終回?

おかげさまで、今年も無事開催することができた、ふるさとライブ。
今年でグラン・ルーは20周年を迎えることができたが、このふるさとライブも
10年続いてきた。
毎回多くのご協力をいただき・・・。本当にありがたい限り。
もうさすがにアラエイになってきた親たちが10年前のように元気に
動き続けることもままならず、少しづつやり方を変えつつあり・・・。
お客様も、毎年顔を見られない人も出てきて・・・ちょっと寂しいのも正直な
ところ。
今回は、そんな思いである曲を、前日に書き、今回初演奏。

タイトルは「いつか さいご」歌詞の一部を記す。
      
生きてきた 長いとき 歩いたこと 転んだこと
どれもみな 実になって 今があると ふりかえる
何が好き  あれが嫌  好き放題 生きまくり
笑い声  怒り顔  涙の意味は なんだっけ

いつか 終わっていくよ けれども 今は生きる 
そして 明日へと息をして 長く 旅を続けよう
そして 分かれていくよ けれども 今はいっしょ
そして 未来へと 背伸びして 夢を語り進もう・・・
                  

おかげさまで、無事終了。

いつか最後になるけれど、
人生は観覧車のように生きる。

本ライブツアー、次は新潟会場11月16日に開催です。
本日のライブレポートは近日公式サイトにて
公開いたします。

写真は会場にディスプレイした 「アニバーサリー マイ グラン・ルー」

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本日、ふるさとライブ開催です!


本日10月17日、岐阜の「みなも」さんで、ふるさとライブを開催します。

わがふるさと岐阜でお世話になってきた皆様への感謝を込めての
ふれあいライブ、毎年秋に開催しております。
今回は午後の部(開場15時~)、夜の部(開場18時~)の二部制です。

今年も家族元気で皆様をお迎えできることが、何よりの喜びです。

どうぞ、お待ちしております。
(写真は昨年のようす)
今尾昌子公式サイト

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知らない世界への階段を一段一段。

若いときは、自分が関わっていること、興味があること以外に目を向ける
ことは少ない。もちろん一生それで済めばいいが、年を重ね、いろんな環境変化により
いやおうなしに、これまで興味関心がなかった領域にも目を向けざるを
なくなるときが来る。
このことを、苦と思うか、人生の新たなステップと思うか。
どうせなら、後者と思い、知らなかった世界を知ることを
楽しい学び、新たな出会いと思いたい。

先日、高齢化社会に対応するサービスを紹介するNHKの番組で、初めて
地域包括支援センターという存在を知った。行政の窓口に行くよりも
こちらの方がより地域の住民に寄り添ってこまやかに対応してくれる
とのこと。もちろん行政との連携で成り立っている地域の窓口だ。
また、具体的に緊急案件がなくても、まずは何をしてくれるかを教えても
くれる。
そんなことで、高齢化社会の中でどんな支援があるのかを知りたく、
当センターに足を運んでみた。
アポイントをとっていったおかげで、ちゃんと責任者が時間をとって対応してくれた。
いわゆるお金に関する支援以外は、なんでも対応するとのこと。
もちろん窓口のスタッフがすべて対応するのではなく、内容によっては該当の
専門窓口を紹介してくれることもあるが、思ったよりも柔軟であり、好感触。

また、認知症発症後の対応ではなく、それ以前の予防についても支援があると
知り、これは大きな収穫。
やっぱり、困った事態になってからではなく、その前から対応しておくのが
良さそうだ。

今、親にとって良い環境を・・と思う。まだまだ元気であるが、環境的に
寂しくなっていく、車がなくなって、友人知人も減って、活動領域が狭まっていく。
そんななか、いろんな支援の手を借りて、親たちが楽しく地域で暮らせる
時間がつくれたらと思う。
親子でできることは、本当に少ない。そしてすぐ感情的になったり、
素直になれない。
福祉の場面では、第三者の手を借りる、プロにお願いするということは、
本当に大切だ。

改めてこの世界での仕事の大変さを思うと同時に、
尊敬と感謝の気持ちをもって、いいおつきあいをさせていただくことが
大切であることも知る。

ちょっとだけ勇気がいるけれど、そんな窓口も活用したらいいと人に進めたい。
ただ、もう少し入りやすくするといい・・。そんなこともお伝えしながら
うまく利用させていただければと思う。

なんでも経験、知らない世界も思ったらすぐ行動する。
何でも早めが良さそうだ。

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地方の郊外ドラッグストアで考えること。

ドラッグストアは、今やスーパー、コンビニに匹敵する、市民の味方、
そして地方の郊外では、隣の台所になっているような店舗もある。
近くに食品スーパーがない店舗では、お刺身や寿司など生鮮食品こそ
並んでいないが、カット野菜やさまざまな加工食品が店頭に並んでいる。
手間をかけず、単身者や老夫婦がその日暮らすのに必要で便利な食品たちが
ちゃんと手に入るようになっている。日用品も日常食もここで足りる。
車で遠方に行けなくなった人たちにとっては、近所で全部済ませることができる。
それが大きな敷地に建つドラッグストア。
医薬品や日用品だけでなく、日々の食事においてもこんなにドラッグが
身近な存在になっているとは、駅前や町の中心にあるドラッグストアだけを
利用している間は気づかなかった。

さらに、郊外のドラッグストアを訪ね、驚いたことがあった。
それは、ある紙製品売り場の大きさ!にびっくり。
それは「大人のおむつの売り場」だ。
家族や本人以外、必要性を感じない人には、まったく視界に入らないが、
ひとたび意識して見てみると
その品揃えには、本当にびっくり!
女性の生理用品の売り場よりはるかに、そして赤ちゃん用のおむつ売り場よりも、
大人の紙おむつの売り場が断然大きい。
いつから、こんなことになっていたのか?
時代の変化をこんなところで感じるとは・・・。
紙製品売り場の割合で、その地域の住民の内訳がわかってきそうだ。
そして、この大人用紙製品については、
売り場占有率だけでなく、そのバリエーションにも驚く。
最近は、紙おむつだけでなく、男性用のパッドも多くなり、しかも種類が豊富でびっくりだ。
吸収量で細かく種類が分かれており、現在の自分から見ればそこまで必要か?といった品ぞろえだ。
子どものおむつよりも、圧倒的に広くなった大人のおむつ市場。そしてきめこまやかな需要に
対応している。それだけ需要があるわけだ・・。

これが必要とは思いたくない、そんな日がくると思いたくないが、こんなにも
売っているという現実。
そろそろ必要かなと思っても、ちょっと勇気がいるものでもある。とくに
ナフキン暮らしに慣れていない男性にとってはかなり抵抗があると思う。
いきなり大容量のものをドーンを買うのは、勇気がいる。
ちょっとサンプルで試して、役に立てば継続的に使えばいい。
だんだん慣れていく・・・そんな日用品なのだろう。
と、使い始めが難しいのも、大人用紙おむつの実態だろう。

自分で食べ、自分で出せる。
このあたりまえの人間としての
基本的な行動。できる限り長く維持したい。誰の、何の世話にも
なりたくないものだ。

と、郊外のドラッグストアで、
高齢化と暮らしの変化、そして人間の尊厳を考え、
現実という荷物を改めて背負い、
ちょっと重い気分で店を後にした。

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子ども心に向かう修行。

お子様向けのライブを久しぶりに担当する。
だからこそ、新鮮であるし、どきどきわくわく、いや、ドキドキハラハラである。
大人は騙せても、子供はごまかせない。
すぐ飽きる、笑っていたと思ったら、すぐ泣き出すかもしれない。
その怖さがあり、ずっと考えていた。
どういう企画にしようか、自分にしかできないオリジナリティな発信かつ
お子様に喜んでいただける企画について。

信頼できる知人からは、マーサならではためになるトークを、おまじない風に入れるといい。
などのありがたいアイデアもいただき、そんなこともコンテンツに入れつつ、
ライブも、自分らしさが出るようにと、いろんな楽器を集めてきて、それを使いながら
のオリジナルお祝いソングを即興で作るなど企画した。
あとは、秋をテーマにしたメドレークイズ、ジャンケン大会、
オリジナルの曲を絵本風にして、演奏・・などなど・・。

このために、いろんな仲間のお世話になり、お知恵をいただき・・
なんとか企画をして、本番に臨む。
次の大人向けライブが2日後に迫っているが、それよりはまずはお子様向けのステージを優先。

さてさて、やってみて、いろんなことがわかってくる。
そして、子供とは、大人には想像できない反応をするということも、
肌で感じ、む?どうしよう?という一幕も。

子どもは我慢できない。
子どもは素直。

改めて、1ステージやってみてわかったことがたくさんある。
やっぱり、考えているだけではわからない。やってみることで
わかってくる。そして自信もついてくる。

わかったことは、マーサワールドは子供にも通じそうだということ。
もう一歩 もう一歩 磨いていったら、もっと伝わるだろう。

この1回目が正直とても怖かった。でも、終わってみればもう大丈夫。
何でもゼロからイチが一番苦労するのだ。

よし、なんでもござれ!と勇気が湧いてきた。

思い出せば、動き出せばヘッドセットのマイクが外れていったり、
恥ずかしい一面も、一幕もいろいろあるが、それがあるから
人間進歩していくのだ。
経験は最高の知恵袋だ。
あらためて・・。つきあってくれたお子様に感謝を込めて。

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またまたサビエルのおかげで・・

フランシスコ・ザビエルのおかげで、日本は開かれた国になった。
西洋文化や思想を取り入れるきっかけなったことは間違いなく、この方のおかげ。

妄想に妄想を重ね、この数年楽しく生きてきたが、その妄想とは、
ザビエルと自分はつながっていると思いこむこと。
その生き方、生きざまを想像し、尊敬の念を重ね、生きることについての
勇気を得た。
そんな風にザビエルのことを想い、歌い、3年前は平戸へ進出、
そしてこの12月には、山口に出向くことが決まった。

なんと山口にもサビエルを慕い、熱心に町おこしをがんばって
おられる人がいることを知る。
サビエルが伝えたキリスト教、この町で執り行われた日本初の
クリスマスミサ。
そのことをきっかけに、山口市の12月をクリスマス市と銘打って
活動を10年続けている人。

わが町の特徴を、こんな切り口から発信しようとがんばっておられる。
なんと、まっすぐな生き方をされている方か。

まさにザビエルがくれた新たなご縁。
何かこれまでにない、未知の世界が動き出す予感。

私にとっては55歳に向けての天からのギフトだ。
こうして、ザビエルが足を踏み入れ、人びとと交流した
山口に。私の今年のクリスマスは我が人生最高の体験になりそうだ。

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親孝行は自分のため。

親孝行という言葉は、最近なんだかとても気恥ずかしい感じが
する。
親に産み育ててもらった身としては、その恩返しをしよう、したいと
思うのは、ごく自然な気持ちであるが、
それをもって、親孝行と自分では絶対言わないし、思わないし、
黙ってこっそりしていればよいと思ってしまう。

年を取っていく親の助けになれば・・といろいろ思い、手をさしのべるが
年をとって踏ん張っている人ほど、いろんなことを思うのかもしれない。
自分で生きなきゃ、若いときのように思うように動けないことを想いながら
戦っているのかもしれない。

何でも手や口を出すだけが親切でもなく、
黙って見守り、
そして必要とされるときに、すぐ手を貸せる。
そんな、自然な関係が良い。

あまり気負って、親孝行しなければと思うのは
もしかしたら、相手にとってはうれしくないこともあるかも。

もちろん親がいないと孝行もできない。
親孝行って、結構難しい。

ほどほどに、適度に・・・がちょうどよいのかも。

親孝行は自分が後悔しなくてよいための。自己満足な
行為なのかも。
自分がその立場になれば、わかることだ。

親孝行って、ほんとうにむつかしい。
まだまだ修行中の我が身。

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まずは、目の前のこと。その積み重ね。

シカゴマラソンで
日本新記録を出した選手がニュースに初登場した。
なんだかさわやかな感じでいいな。純粋に努力している人は理屈抜きで好感を抱く。
今年の夏の高校野球もよかった。
素朴な秋田の高校生たちの奮闘ぶりが、気持ちよかった。
メディアに出る人は、とびぬけた結果を出した人ばかりで
その才能や努力の量たるや、自分のような凡人と比べても
天と地のような差があるが、
それでも同じ今を生きる人間として、こちらも勇気をもらったりする。

とくにマラソン選手が
「オリンピックとかよりも、まずは目前の大会ひとつひとつを
しっかりやるだけですね。」
と話していた点にとくに共感、納得。

そうだ、何事もいっきに、はいけない。何を目指すにせよ、
まずはひとつひとつだ。まずは目の前のこと。
それがしっかりできないと、大きな山も登れない。

結果を出している人には、説得力があるのだ。

まずは目の前のひとつを。これをしっかりやろう。
そう思うと今日という1日にも希望が湧いてくる。

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意識しすぎると、しくじる。

ライブが近づいているときに気を付けなければならないのは
体調管理と程よい緊張感の維持。
まもなくいろいろ本番が近づいているが、日々しなければならないことに
追われ、なかなかそのことだけに集中する時間がとれず・・。と、少々の
焦り、、と、これはいつものこと。

さらに、時間がもったいないため、
同時に何かをしようとする貧乏性的な習性があるため、
たとえば料理をしながら仕事の企画や今後の予定を考えるとか
何かをしながら、心配ごとも気になる・・とか
「ながらシンキング」はすでにマイスタイルとなり、
まさに日常茶飯事それなのであるが、
ここのところは、それがあまりよくない。

ピアニストは指の怪我には十分気を付けねば!
わかっているし、気を付けようと思いながらも
ちょっと気を抜いた瞬間に、
包丁でちょっと指を切ったり、熱いやかんに指が
触っていたり・・・。あち、あっちゃ!の連続・・。

そんなこんなで、わが左手は、絆創膏だらけ。
いかん、これ以上怪我をしてはならぬ。
さらに
しばらく落ち着いていた腱鞘炎の
痛みがなんだか復活しそうな嫌な予感・・・
すぐに冷やす。

とにかく絶対怪我をしてはいけないのだ。

「本番前は包丁もってはいけないんですよ。」
とあるプロに言われたことがある。
でも、そういうわけにはいかない。
だから、十分に気を付けなければならない。

意識しすぎて、その合間に失敗をするのだ。
くれぐれも気を付けよう。
指もうでも、のども、全部・・・
怪我をしないで、万全の状態で臨めるように!

まだまだ半人前すぎる・・。

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