毎日、やることがたくさんあるのは、本当に幸せなこと。
生きていていいよ、と言われているようだ。
朝出るまでに、今日しなければならないことをすべて片付け、
そして出発する。早起きはとても気持ちいい。
朝は、考え、書いて、発信。
昼は人と会い、面談をして、コミュニケーションの時間。
夜はそのフォローと締め。そしてリラックス。
朝は爆発するぐらい元気がいい。
1日、時間を経てだんだん元気になることは難しいから、
朝が一番大切なのだ。
さあ、街に元気に飛び出そう!寒さも味方につける。
毎日、やることがたくさんあるのは、本当に幸せなこと。
生きていていいよ、と言われているようだ。
朝出るまでに、今日しなければならないことをすべて片付け、
そして出発する。早起きはとても気持ちいい。
朝は、考え、書いて、発信。
昼は人と会い、面談をして、コミュニケーションの時間。
夜はそのフォローと締め。そしてリラックス。
朝は爆発するぐらい元気がいい。
1日、時間を経てだんだん元気になることは難しいから、
朝が一番大切なのだ。
さあ、街に元気に飛び出そう!寒さも味方につける。
新年を迎え、仕事の仕方、仕事との向かい方を再考する。
いつまでも、同じことをやっているのでは人間進歩がない。
自分のレベルを上げる努力は常に必要だ。
なりたい自分は何か。目指す道はなにか?
そこに向け、いろんなこと、関係も整理しながら
新しい世界に向けていかねばならない。
レベルを上げるための教養、勉強。
モノを売る買うの世界を越えて、
心や感動の世界に、そして人間の関係性が良くなり
良い社会になるために自分ができることを。
単にこれまでの経験や知識を活かすだけでなく、
新たな思いをもって、そこに向けて努力する。
現状維持、何かの延長戦はつまらない。
人が歩まない道をつくることが、クリエイターの生き方。
それを恐れずやり続けることが、生き様になる。
レベルを上げよう。ここが最高ということはない。
人間は毎日、さらに一段成長することができる。
小さな町にある老舗お菓子屋さんと最近、よくお話をする。
元気で、おいしいものを真面目に作って、接客もよく、地域に根差して
おられるので、出会ってすぐに大好きになった。
クリスマスのあとは、お餅・・・。ま、お餅もライスケーキというし、
お祝いには欠かせない食品であるが、とにかく12月後半は最後の最後まで休む間もなく、また新年もお年賀需要もあり、そんなに休めない。
老舗のお菓子屋さんはもともと和菓子が専門で、それに加え、代替わりと同時に近年洋菓子も扱うようになり・・・と、和洋両方の営業で大変お忙しい。
またそうでないとやっていけない。
基本、夫婦でがんばっておられるのが実態だ。
1月4日から営業。店先にお菓子がずらり並ぶ・・ということは、1月2日か3日から作り始めているだけだ。
「お店が休みといっても、実際は中ではなんやかんや動いていますよね。
もう30年以上そんな生活ですし、慣れていますわ。」
ボーっと休む時間などもったことがないと店主が言われ、妙に納得する。
本日1月6日から一斉にスタート。サラリーマンはそういう生活だ。
しっかり休める分、大変だと思う。大変だけれど、しっかり休める。
だからこの職業を選択される方が多い。
でも、今日のような始まりの日は、かなり疲れそうだ。
ゼロを100に戻すのはしんどい。
自営業者はしっかり休まず、ずっとなんやかんや仕事をし続けているから
あまり疲れないのだ。休日もゼロにしないで、常に何割かで稼働する。
これは働き方の違いというか、職業が違うから、当然変わってくる。
とにかくよーいドン!はしんどい。それよりも、1歩も2歩も先にスタートして
らくらく走りたい。
一見長いこの1週間も、気が付けばすぐ終わる。とにかく元気に走れることに
感謝し、新しい年の仕事始めとなりますように。
くだらないテレビ番組は、本当に資源の無駄使い。結局グルメと健康、旅。加えてテレビショッピング。これしかないのか?もう年配の人しか見ない前提なのかもしれないが、得るものがない番組は罪づくりであるとさえ思う今日この頃。
NHKでたまに世界のドキュメンタリーなどは見るが、それは世界を知りたい、歴史を知りたい・・・という気持ちからだ。放送局しかできない番組があるはずだ。ぜひがんばっていただきたい。
有益で興味深いコンテンツは充実していないと感じる。まだまだ不足しているように感じている。そんなとき、放送大学がオンエアされているのを知り、無意識にそれをながら見するようになった。
歴史から、中東情勢から、介護から、美術作品の解説から、気象学から・・・とにかくさまざまなジャンルの講義が毎時間流れている。
講義であるため、とくに目立った、派手な作りはないが、必要に応じて映像や画像が用いられ、まさに授業である。
そこで話される先生方も、各大学や各組織で活躍されるプロが担当されており、
内容的には間違いがない。
結局、この放送大学が一番まともに見えるというこの放送業界。
もっと、知識欲、向学心を満たす番組を練ってほしい。
教養を深める、心豊かになる、そのためのメディアであってほしい。
それなのに・・現実は・・・。
放送大学とNHKのドキュメンタリー、国際報道には期待したい。
各店舗、初売りでにぎわっている。
初買いをしたい人が、そのお祭り気分を楽しみたい人が、わんさかお店に押し寄せる。
そして、大きな紙袋や福袋のステッカーを貼った袋をたくさん持って、にこにこ町を歩く人たちに出会う。
日本人は、日本という国は、本当に一見平和で、豊かだと思う。
但し、物質的に・・という一言が入るけれど・・。
クリアランス。
ファッション業界では昔からよく使われているが、セールの代名詞でもある。
もともとの意味をたどると、まさにクリアにする。一掃する。
これは、作り手、売り手側の発想だろう。
もちろん見方によっては、
買い手にとってもこのクリアランスはストレス発散にもなり、福袋でも買って、すっきり気分になれば、まさに新年にふさわしい心のクリアランスになるのであろうが・・・。
大量に作った本シーズンの売れ残りを安くして、一気に売りさばく。
もちろんお客は安いのを歓迎するから、そこそこ売れる。
さらに残ったものは、ファミリーセールなど関係者での販売、さらに残ったものは・・海外に・・。
こんなサイクルで、大量に作ったものをお金をかけてプロモーションをして、物流費と人手をかけて売りさばく、と同時に、次のシーズンの商品を企画生産する・・。このサイクルは一体、いつまで続くのか?このサイクルを回すのにどれだけのコストが、資源が消費されるのだろう?
今、世界中が、持続可能な社会とか地球温暖化とか真剣にその対策を講じようとしているが、これらの生産と消費のサイクルは、それと無関係のように存在している・・ように見えて、とても違和感も感じる新年。
とはいいつつ、自分も目的がある売り場には足を運ぶ。
でも、もういいや。と昔ほど、消費意欲もわかなくなった。
もうモノはほどほどある。もう十分である。
どうせセールで買ったものは・・・という経験もある。
人は、いつまで消費をし続けるのだろう。無理にしているような気もする。
自分自身の生活姿勢も含め、2020年真剣に変わる気があるならば、何かを
やめる。ということを決断し、ひとつづつ行動していかなければ、結局、地球はさらに加熱し、地球全体がクリアランスされてしまうかも・・。
いいのか、こんなことで・・。楽しすぎる日本は、そのうち・・という危機感を抱ちながら、慎重に賢明に判断、行動していきたい、と思う。
年賀状は日本郵政の大きな収益源であるのは今も変わらないようであるが、
年々、年賀状の消費量?郵送料?減少傾向。デジタルコミュニケーションの影響で、年賀状は出されなくなってきている。
欧米のクリスマスカードと同じように、年賀状は日本固有の慣習であり、お正月の楽しみは、年賀状という方も多いと思うが、それでも年々出す数も受け取る数も減っているのが現状だ。
ご無沙汰している方にせめてもご挨拶を・・という気持ちを年賀状に託す。
もう何年もお会いしていないけれども、年賀状だけはというおつきあいも多い。
切れない関係というのも貴重ではある。
私にとってありがたいのは、かつてつとめた会社の上司との年賀状のやりとり。
もう20年以上、ずっと交流させていただいていることになる。
しかし、改めて考えたら、90歳近くなる方も増えてきている。
そんな方にとって、年賀状は大仕事だ。毎年やってきたことではあっても、
その労力たるや、大変なことではないか。
ハガキを買う、印刷の手配をする、書く、切手を貼る、投函する。この一連の流れの作業。機械的ではなく、一文字一文字手書きをされる方にとっては、しんどい重荷かもしれない・・。
ある方の年賀状に、今年をもって賀状でのご挨拶を遠慮させていただきます。
永年のおつきあいありがとうございました・・。とあり、寂しく思った。それを書かれる胸中を察するとつらい。お元気じゃないのかもしれない。もしくはその方流の終活かも、、、。など考えてしまう。
出されるのが大変であっても、こちらは出せばよい。
いやいや年賀状でなく、会いに行かなくちゃ。
と思い、その旨記した返事をすぐ書く。
正月から終活か、、、。毎年そんな事例も増えていくのだろう。
ひとつづつやることを縮小していくこと、やめていくこと。
そんなことがどんどん増えていくのは寂しい。
年賀状を通じて、月日の経過と・・高齢化を改めて感じる。
正月はうれしくもあり、いろいろ思うこと多し。
まずは、目の前の、手に握る一枚を噛み締め、大切にしたい。
G宅配の方には、本当にお世話になりっぱなしだ。
大晦日の夕方の配送希望にも対応いただき、本当ははやく帰って正月の準備をしたいかもしれないのに・・・。でも、こちらもその時間しか受け取れない・・。
しかも寒い日、重い荷物・・・・。本当に申し訳ないが、かといってコンビニで
受け取るほど、近くにお店はなく・・。
せめてもの気持ち・・・。あ、そうそういただいたみかんがたくさんある。
宅急便で運ばれてきたお品だ。伝票には「おいしいみかん」と書いてあった。
そう、確かにおいしい。でも、量がたくさんあるから、早めにいただかないと・・。
ということで、おすそ分けだ。
荷物を届けていただいた方から、荷物を受け取ったら
「はい、これ、ささやかですけど。年末にすみませんね。ありがとうございます。」とオレンジ色の丸いものを差し出すと、瞬間、相手の顔が「!」ほころぶ。「ありがとうございます!」。
ささやかなことであるけれど、みかんコミュニケーション。これはいい。
以前ある食品スーパーの周年コンサートの休憩時間。高齢のお客様にみかんを
配っていて、笑顔がこぼれていたのを思い出す。
なんだかいい。おいしいみかんで、笑顔コミュニケーション。
2020年の新春はこれでいこうかな。
「あけましておめでとうございます!」
この言葉を最初に聞くのは?テレビ?ラジオ?それとも??
コンビニや外食チェーンのお店が元旦は休む!という例も増えてきた
このお正月。
昔は元旦だけでなく、三が日お休みが普通だった。
お節料理も、何も買わなくても、作らなくても、いいようにと、日持ちする
ごちそうがお重に詰められた。
ではあるが、そのもともとの意味とは関係なく、お正月のごちそうとして、
位置づけられるようになった。
正月がまさに正しい月として復活することは良いことだ。
その方が1年の始まりとして、良いはずだ。
しかし、こんな時期にこそ欠かせないのが交通機関。
コンビニは休んでも、ハンバーガーショップが休んでも、電車やバスは
運行。休日ダイヤではあるが、人々が初詣やどこにでも行けるように
深夜遅くまで(東京はおそらく朝まで)走り、多くの人を運んでくれる。
警察もそうだろう、セキュリティの会社も・・・病院もそうだ・・。
人々が休んでいる間に、守ってくれる支えてくれる・・・そんな人が
いっぱいいることを忘れてはいけない。
また、自分が休みでも、世間の一部がそうであって、ONのまま年越えをする
人もいるということを忘れてはいけない。
いろんな方のおかげで、生きていられることを、改めて感謝する
1年にしたい。
2020年もどうぞ、よろしくお願いいたします。
ライブをするとき、いつも気になっていたこと。
歌はメロディだけでなく、歌詞もお客様にお伝えするもの。
いい歌だね~と思うのは、意味がわかってこそ。
もちろん私自身が、意味がわからないで歌うのはあまり得意でなく、
それは一見、格好いいかもしれないが、聴く人からすればおかしな
言葉であったり、何か違うのかもしれない・・。
そんなことから、歌は聞く人にも、歌う人にもわかる言葉で
歌うのが一番と思うようになった。
外国の曲であっても、訳して日本語にして歌う方が良い。
と思い、これまで勝手に訳詞をして歌ったこともあるが、
基本的に歌は母国語で歌いたい。もちろんムードが伝わることが大切な時はそれ以外もいい。要するに何を伝えたいか、で言葉が変わる。
もちろん、もしいつかスペイン語圏でザビエルの歌を歌うことになれば
スペイン語で歌うよう、歌えるようにする。
今年最後の朝。テレビからウィーン少年合唱団の歌声が聞こえてきた。こちらは言葉がわからなくても、その声、ハーモニーだけで十分美しい。歌で心洗われる。滝廉太郎の荒城の月を日本語でも歌っていたが、ちょっとぎこちなく、でも美しい少年の声に感動した。
言葉の力、ハーモニーの力、声の美しさ。歌には無限のコミュニケーション力がある。美しいコミュニケーション、来る年は、ここも注力していこう。
2019年大変ありがとうございました。
人に与えられた最高の幸せは、コミュニケーションの楽しさだと思う。
そう思いたいと切に考える今日この頃。
人間は、その字のごとく、人ひとりでは存在せず、人と人の間でいろんな関係が生まれ、交流することで人間社会が成り立ち、生存が可能となる。
コミュニケーションゼロの人生はまず無理だと思う。
言い換えれば、人とのかかわりなしに、人にお世話にならずに生きていける人は
いないということだ。
だから、日ごろから周囲への感謝を忘れず、気持ち良いコミュニケーションをとり、幸せに生きられるよう互いにつとめたい。このプロセス自体で、人間としての幸せは充分感じることができるはず。
何でも受容できること。まずは受け留めることができること。
これは幸せコミュニケーションの第一歩。
そして、相手が受け留めやすいように、ボールを投げ返すこと。
いつも講演や研修で、コミュニケーションはキャッチボールだという話をして
いるがまさにこのballが行ったり来たりし続けることが大切だ。
うまく物事がいえないならば、しっかりきいて、一杯うなづいて、反応すれば
コミュニケーションは伝える。
まずは、聞く。ことから始まるのだ。
ボキャブラリーの問題ではなく、コミュニケーションはどこまでいっても姿勢の
問題だ。
努力して相手を知ろう、相手に伝えようと行動すれば、必ず伝わる。
今、高齢化社会の中で、高齢になると頑固になると、かたくなに言い続けている
老人たちを見ていると、少し悲しい気持ちになる。
そんなこと言っている前に、生きている限り、気持ちよく生きるために
コミュニケーションを意識すればよいのに・・・と思えてならない。
どんな長寿社会になろうとも、いくつになっても、わがままを当たり前とせず、
感謝をもち、コミュニケーションを大切にできる人でいられるように、努力をしていきたい。
孤独であればあるほど、コミュニケーションを意識した方がうまくいくと思っている。