「何があっても自分の責任ですから」の言葉と、母の勇気

日本人ジャーナリストが残したビデオレター。ニュースでその活動ぶりを知り、真のジャーナリスト魂を感じるところがあった。そしてひとりの人としても、共感するところがあった。「何があっても自分の責任ですから」そう、自分の意思で、行動するのであるから、何があっても自分で受け入れる覚悟がなければ、行動してはいけない。だから、あの人の目は座っていた、目をそらすことができないほど、腹が据わった表情であると感じた。もちろんそれどころではないだろうが、本当の意味でジャーナリストとして生きる人だと思った。
今、そこに行かなければならないのかどうかは、他人からすれば違う見解ももちろんあるだろうが、その人は行かなくっちゃと思った。だから、その人の選択だ。個人の人生の責任と国家の駆け引き。ここでは書けない思いもあるが、私は自己責任で生きる人が好きだ。でも、無事に戻らないと。待っている家族のことを思うと・・。
とそんなことを思っているときに、このジャーナリストの母親の記者会見のことを知り、胸がつまる思いがした。
世間を騒がしていることのお詫びと、救出にあたってすがるような思いと訴えと・・。
社会貢献は親孝行にもつながるだろう、でもそれが危険なことであれば、親不孝にもなりかねない。
お母様の悲痛な心からの叫びが天に届き、事態が改善されることを、心より願う。
のらりくらりと生きている人よりも、正義感ある生き方を貫く人が好きだ。でも、無事に帰ってきたら同じことはしないでほしいとも思ってしまう・・。
でも、真のジャーナリストは生涯を貫く仕事だから・・・。
改めて、自己責任とは。命引き換えでも目的をまっとうすることか、人に迷惑をかけないことか。また勇気とは何か。危険省みず行動することか、とどまることか。
とにかく、とにかくお母さまの行動が情勢を変えるきっかけになることを、水面下で動いているさまざまな人の骨折りが結果を出せることを心から祈るばかりだ。

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とにかく、褒めると気持ちいい。

冬の越後湯沢駅は活気がある、乗り換え時間に駅ビル内をぶらついても、店も開いているし、人もたくさんいて、とくに若者が多数いるのは良いことだ。そこで軽く食事をとり、新幹線ホームに向かう。すると、なんとも抑揚といい、リズムといい、滑舌といい、心地よいアナウンスが耳に飛び込んできた。「まーもなくー、14番線にとき3〇〇号、東京行が8両でまいります。黄色い三角印〇番から〇番でお待ちください。この列車は~、当駅を出ますとー、上毛高原、高崎・・・・東京までの各駅に止まります。尚、この列車では車内販売はございませんので、あらかじめご了承ください」といった内容のアナウンスを実になめらかに気持ちよく話しておられるのだ。つい、集中して聞きほれてしまう。まるで歌でも歌っているかのような。その本人はどこにいるんだ!どんな顔でマイク握っているんだ??と姿を目で追うと、車掌室の近くの列車の最後部あたりに、マイクを持ちながら歩きながら話している駅員さんをみつけた。いわゆる普通の?真面目そうな駅員のおじさまだ。「あの人だ!見かけと声のトーンがちょっと違うな~」と思いながら、そのアナウンスにつられ、その人がいる方へ歩いていく。すると「おっきゃくさん、ここには止まりませんよ。黄色い印の・・・・でお待ちください。」と注意してくれたので、「はい、わかっています。あのー、アナウンス、めちゃくちゃうまいですよね。こんなうまいアナウンスは初めてききました。だから近寄ってきたんですよ」とかえすと、駅員さんびっくりされたようで「へえ~~?そんなこと言われたことないです。どうも、ありがとうございます」ととても照れておられた。お互い笑って、私はその指示された番号のところへ戻った。そのあとまたアナウンスが続くが、どうもさっきとは違う感じ。「うまい!」と言われて意識してしまったのかしら?ちょっとぎこちない感じ?でも、それは私が声をかけたせいだ。でも、アナウンスが素晴らしくて、いい駅、プロのいる駅だと思うことは大切なので、そのことに自信をもっていただいてもいいだろう。
あの駅員さん、今日帰るとき、帰られたら「今日、お客さんにホームで声かけられたよ~」
とか家族や誰かに話すだろうか?それを想像するのも楽しい。いいと思ったら、初対面でも褒めたい。素直な気持ちを伝えたい。そうすることで、人は仕事に誇りをもち、もっとがんばるはず。いやー、また近日、あの駅で乗り継ぎたい。

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「すっきりする」ためだけでも意味がある

ずっと応援しつつも、しばらく会う時間もとれなかったある若手社長と久しぶりに会う。思うことを率直にいつも言ってきたし、ある意味家族のようにつきあってきているつもりであるせいか、久しぶりに会うことになっても、かなり突っ込みの多い会話になったり、傍から見たらそんな風にいうのか?と思うかもしれないぐらい、ストレートに言葉を発し、常に俯瞰で、前向きに、進むことを忘れないようにいってしまう。真剣に思うからこその言葉も出てしまう。
でも、それが今すぐできないことという状況をわかっている部分もあり、面談後、果たして彼にとっていい時間だったのかな?と言いすぎたかな・・・とちょっと気になり・・。するとその夜1本のメールが入る。お礼の言葉のあと「現状を理解いただけただけでも、頭が整理でき、すっきりするのでありがたいです」とのこと。ああ、そうか。人と会う、コミュニケーションというのはそういう効果もあっていいのだ。
すぐに動き出すアイデアやパワーももちろん必要であるが、人に場合によっては、その人がすっきりしたりするだけでも十分いい。相手がいて、はじめて頭の中が整理できることもある。
「気持ちが折れないように踏ん張っていきます」と結んである。はい、そうしてください。折れるどころか、自分の夢に向かって進めるように楽しく踏ん張っていきましょうよ。と、心の中でもう一度声をかける。人に会って「すっきりできる」のはいいことだ。

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下向きではなく、前向きで

電車の中で、歩きながらでも、スマホに向かっている人たちを数多くみかける。いつもずっと一人ひとりが自分の手元に見入っている。
この光景は日本特有のもののように感じる。その人たちはどんなに電車が混んでいても片手にそれを持ち、見られるほどの広さを無理にでも確保し、周りがどんな状況であってもいつも自分の手元にのみ関心をもつ。そう、じっと下を向いている。だから横で、後ろで、前で何がおきているのかは見えない。
下を向くというのは、人とのコミュニケーションを断絶しているかのようだ。
でも、今どきはみんな、下を向いて何かをしている。
一方、だれかと会話をするというのは、必ず相手を見ることであるから、前を見るということになる。相手の顔を、目をみて話す。それが一番自然である。
今、日本が下向きコミュニケーションであるから、いろんな意識やモチベーションがチャレンジ精神が後退しているのではないか?現実の社会に無関心になっていくからだ。
やっぱり、コミュニケーションは前向きがいい。
いつも相手の顔を見て、表情とともにその言葉をかみしめたいし、その反応も確かめたい。と毎日電車に乗るたびに、駅で電車を待つたびに思う。

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もたない自由、もつ不自由

稀にスマホ(携帯)を持ち忘れ、何時間か外出して、電車に乗ってから「しまった」と瞬間戸惑うことがある。しかし、そのあと、取りに戻ろうと思わず、そのまま行ってしまう。
もちろん何日も出てしまう場合で、取りに帰る時間があれば引き返すが、半日ぐらいであれば、1日であればたまにはスマホなしもいい。
電車を見渡せば、ほとんどの人が下を向いている。スマホなり携帯を見ている。もちろん新聞や本を読んでいる人もいるが、最近ではスマホに向かう人が大半で、世界的にも異様な光景だ。歩いていても下を向きながらスマホし、対抗している人に気づかない人もいて、「ちょっと邪魔だよ」「危ないよ」と声を出したくなることも少なくない。
もたないと世の中を見渡す。いろんなことが見える。みんな、そんなに下向いて、何を見ているのだろう。そんな大した情報がそこにあるのかしら。
いろんなことを想像するのに、自由な自分を取り戻す時間も大切だ。だから時には忘れたり、意識して持たないで外出するのもいいことだ。
人間は自由自由と言うくせに、一見便利なツールをもつことで、自ら不自由になっているのではないかしら。とさえ思える。
前を見て、世界に大きく目を見開いて、広い視野で物事を見られる人に、前を向いて相手と対話することを楽しめる、それが最優先だと思える、当たり前のコミュニケーションをもっと大切にしたい。利便性に溺れると、考える、創造する自由をなくす・・・そのことが怖いと思う今日この頃。

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新聞と化粧品「えらび」の類似性?

メディアの役割は何だろう。企業のコミュニケーション活動にかかわるようになり、いろいろ考えさせられることが多いが、それでも毎朝、目覚めのファーストツールとして新聞やテレビのニュースは欠かせない。とくに新聞はネットでは満足せず、紙面を開き、全体を各記事を目で追いながら眺め、探し読むという点で必需品だ。仕事に即関連する情報を得るには、経済誌や業界紙も必要不可欠だ。一方、自分が共感できたり、勉強できたりする要素も非常に大切で、また各誌の主義主張と自分のそれが合致しているかという点で選定するのも良い。実は長年購読している新聞がある。仕事に直結する内容が多いという点で、当たり前のようにとってきた。毎朝、タイトルをざっとチェックし、関係する部分を読み、ときにはスクラップとスキャン。仕事にも活用してきた。そして新聞屋さんの対応がいいのも、継続してきた理由のひとつだ。
しかし、最近はなんとなくもっと違う視点の、新聞記者の個性や新聞社の個性が見えるものを楽しみたいという気持ちが高まってきた。今まで読んできた新聞の記事の書き手の目線が気になってきたのかもしれない。
もっと地べたの記事が詠みたい、もっと地域密着で、もっと読むところがたくさんあるもの
を・・・。などなど思いが募り、候補の新聞のおためし購読というものをエントリーしてみた。おためしというのはありがたい。この新聞の特徴は?記事構成は?他紙との違いは?
いろいろ見ながら継続するかどうかを確認する。
新聞は、女性の暮らしでいうと、毎日使うスキンケア化粧品の選定と同じかもしれないとふと思う。まず試してみる。自分に合っているか?長年使っているものからブランドスイッチするには少々勇気がいる。が、今年はそんなこともやってみよう。ということで、今試読している新聞は自分の現在の嗜好、思考、志向にまずまずマッチして、毎朝わくわくする。

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古希のボーイフレンドは自立型

ありがたいことに、60代後半から70歳以上のジェントルマンとの交流も少なくない。ビジネスマンとしてバリバリ活躍された素敵な皆さん。いわゆる企業戦士として活躍されたあともそれぞれの世界で素敵に生きておられる方が多い。その中で年に1回以上は会食をということで、10年以上のおつきあいをさせていただいている方がいる。新潟の仕事で知り合って以来で、東京に住んでいる者同士なのに東京にいたら出会わなかった。だから今も続いているのかもしれない。お久しぶりの会食。古希を昨年迎えられたと年賀状にも書いてあったが、今も息子さんが院長をつとめる医院の経営をサポートされている。今も現役まっただなかである。今も仕事をつづけ、趣味のゴルフも囲碁もやり、時々旅にも出る。そういえば、60代後半のとき、ひとりでシルクロードの旅に出られたことがあったな。奥様もお仕事をずっとされているので、家事も財布もすべて自分のことは自分でやる!というのが生活の基本になっているとのこと。洗濯も掃除も・・。単身赴任のときもさほど困ることはなかったとか。「自分のことは自分でやる!が一番いいんですよ。気が楽です。だからもし将来、何かあっても家族に世話にならず、余所でお金を払ってビジネス的に面倒見てみらうつもりでその準備もしていますよ」とのお話。素晴らしい。そんな親ってあまり聞いたこともないし、自分の親に聞かせたいほどの自立したお方だ。
70歳を境に、人生を終わりから考えるようになった、だから少しづつ身辺整理は始めましたよ。といたって明るく話されるのも印象的だ。
3時間半も話しつづけ、「じゃ、またお会いしましょう」た。頭も言葉も身なりもすべてシャキ!こんな自立した男性がもっともっと増えるといい。

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あの朝から20年。やっぱり忘れてはいけない!

あの朝、クアラルンプールのホテルで帰り支度をしながら、テレビに映っている見たことのあるような高速道路がひんまがった映像~その信じられない情景を見て、「へ?この地震は日本?へ?神戸?何?ナニ~~!!」その後、関空に向かって飛ぶ予定であったため、無事帰国できるのかと、現実を信じられない気持ちで帰路に着いた。当時、会社員であった私は社長以下上司や外部パートナーの皆さんと一緒に出張。「関空から帰れへんかもしれんな」「関空から先、電車がダメかもしれんな~」それぞれ不安なまま移動し、関空に着いたらやっぱり新幹線は止まっていたため、羽田行の飛行機をなんとかとって東京へ戻り、改めて惨状をテレビで知り、体が震えた。
そして神戸周辺の皆さんはあれから、大奮闘され再び元気な神戸の町を蘇らせた。私の大好きな中華街も三ノ宮もキレイになり、活気づいている。
あのことがつい昨日のことのようなのに、もう20年。そしてそのあと、再び大震災が日本を襲った・・。20年という月日をずっと忘れることなく、しんどい思いで生きてこられている方や、その間に亡くなられた方や・・・いろんな人生があるはずだ。
時間が経つと、人は忘れがちだ。忘れないために節目を大切にする必要がある。
20年。人が生まれて成人する長い時間だ。長い道のりだ。がんばり続けておられる方に、改めて敬意を表したい。
いつもニアミスで自分自身がけがを負うこともなく、無事に生きていられる今にも改めて感謝したい。もう起きないように、いろんな思いを込め、祈る朝。

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TVCMからの再会

以前、本ブログでも記載したが、新潟で出会い、仕事でもお世話になり応援していた元アナウンサー。お互いの忙しさもあり、なんとなく疎遠になり、それでも気になっていたが会えず・・・消息を気にしていた人。その人がある日曜のゴールデンタイムのテレビコマーシャルに突如登場。映画仕立てのそのコマーシャルの主役?は、なんと新潟ではなく、南三陸のホテルで働いていたということがわかり、すぐコンタクト。それから約半年の時間をかけ、やっとやっと新潟で再会となった。
3年ぶりにお会いしたその人は、とても元気で明るく、いい感じのホテルマンになっていた。
アナウンサーとホテルマンという仕事とは、共通点も何かあるのかも?と思わせるほどに、自然な雰囲気であった。「いやー、フロントという仕事はまだ慣れないんですよ。自分にはなかなか・・・」と照れくさそうにも言う。彼がテレビコマーシャルに出たおかげで、ホテルの認知も高まり、全国からの宿泊客が増えた、そういう意味で自分がそこに転職し、縁あってテレビに出たことで東北のこのホテルに少しでも貢献できたかなと話されるその笑顔が懐かしくもあり。
まだまだ復旧ままならない南三陸の地で、自分ができることをとがんばっておられる様子が頼もしく、うれしかった。「コマーシャルでは確か、かもめが飛んでいましたよね」。昨年作った「かもめりぃ」が、ふと浮かぶ。南三陸のそのホテル。彼がそこで働いていなければ知ることもなかっただろう。人と人の再会は、こんなことがきっかけにもなるものだ。全国からの宿泊客も増えているという。コマーシャルは時々役に立つものだ。

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自由は責任、自由は覚悟

世界が危険な方向へ向かっていると感じる今日。20世紀までとは明らかに違う軸で動いている。二度の大戦を繰り返し、傷跡はまだ消えていないのに、戦争という名の愚行はなぜこの現代社会においてもなくならないか。人は人類史上、何を学習して、生きてきたのか。戦争を越えて学んだことは次に生かされなければならないのでは?
報道、表現の自由。これはとてもありがたいことだ。でも、なんでも許されるということではない。自分の言いたいことだけではなく、相手のことも考えた言動、行動。言い方ひとつで、表現ひとつで、反対の効果を狙えることもあるだろうに。とやはり思えてならないのは何なんだろう。
大規模のデモ行進という手段も理解できるが、今、伝えたい相手にはその手法は伝わるのか?
なんだか利害関係が一致している者たちがまとまっているだけのような・・。でもそれでも何かしないと収まらないという事態なのだろうとも思う。
自由には責任も危険も伴う。保護されていないのだから、自分の意志で行動しているのだから当たり前のこと。
兵器と情報。両方ともが武器であり、凶器である時代。
これから、世界はどこへ向かうのか?弱体化する欧米、そこと敵対するロシア、感染病に悩むアフリカ、大気汚染の中国・・・。日本の近隣も不透明、ゆくえもよく見えない。
だから、世界中が助け合って共存すべきであるのに・・。自分の自由を主張するのではなく、認め合うのが自由の第一歩だということを伝えあえる世の中にしていきたい。世の中にはいろんな人がいる、多様性を認められることが一番大切だと思う。本当に悩ましい。日本は一見平和そうであるが、実はどうか・・。

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