演ずる仕事に学ぶ。

元気いっぱい、表現豊かに表現する役者たち。
一生懸命演じて、作家のダメ出しを熱心に聞き、
役作りに没頭する。
稽古の帰り道は、みな寡黙に駅に向かう。

とにもかくにも、ひとり一人が自分の役づくりに真剣だ。
当たり前のことではあるが、その真面目さに感動する。
演ずる仕事というのは、自分と違う人間になりきることだ。
改めて、面白い仕事だと思う。
いろんな役ができるということは、いろんな人生を生きられること
でもある。
今回、役者が役者である場面と、素に戻った状態と両方見ることで
見せる仕事、見られる仕事、演ずる仕事のむつかしさとやりがいに
ついて改めて考えさせられる。
私もある意味、演ずる仕事をしている。
だから、とてもわかるし、刺激になる。
ただひたむきに、いい作品を一緒に作るという
素晴らしきチームワーク。
回を重ねるごとに、息が合い、個性が程よく光って、
稽古中なのに、涙がとまらなく、困った。
「中ノ嶋ライト」、本番まで一週間を切った。

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おじちゃん、どうか元気に!お願い!

ふるさとライブは毎年恒例の行事になってきた。
皆さんのご希望により、ちょっとアクセスが悪いが、地元にほど近い
ギャラリースペース併設のレストランを貸し切って行っている。
グランドピアノはある。でも、PA機器はない。
そのため簡易セットを購入し、それを持ち込み使っている。
そこで活躍していただくのが、近所のおじちゃんたちだ。
私が幼いときから、ずっと知っているおじさんたちが、いろいろ手伝って
くださる。そんななかで、とりわけお世話になってきたのが電気屋の
おじさんだ。
PAのセッティングや動画撮影など手伝ってくださる。
素人でもできる機器であっても、プロがいてくれるのは安心であり、
なんといっても、何かあったときにそこにいてくださるのが
心強い。
そのおじさまの体調がここ2~3年思わしくない。
毎年ライブの日には来て手伝ってくれるが、昨年はさすがにしんどそうで
疲れたといっては、横になって休んでおられた。食欲もなく、やせて
おられたのも大変心配。
この正月明けには、さすがに気になり、自宅兼店舗に花を届けた。
留守で会えず、玄関にメッセージとともにおいて帰ってきた。
今回は、長崎のカステラを届けてもらうように実家に依頼する。
花でも、カステラでも、何でもいいから、とにかく元気に復活して
ほしいのだ。
おじちゃんが手伝ってくれる、ふるさとライブを今年もしたいのだ。
おじちゃんは、父親と同世代。私の同級生のお父様でもある。
その方は、母が胃がんになった同じ年に同じ病いになってしまった。
だから、一緒にがんと闘い、元気に生きようという
同志のはずだ。
電気屋のおじちゃん、がんばれ。おじちゃん、がんばって!
今年のふるさとライブも、お手伝いいただきたいのです。

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混乱のあとに何が生まれるのか。

アメリカという国が泣いている。私にはそのように見える。
唐突に、権力を乱用して(に見える)の実力行使と、それに対する抗議。
何度も訪れたNYの空港での人々のデモの様子・・。
自分がその対象国の人間でなくて良かったでは済まされない、
日本にもありえない強硬策を、「わが国のため」という大義をかざして
言ってくる日も近いと思うと、穏やかではない。
お隣の大国ボスのインパクトある言動、発信は毎日世界中のトップニュースに
なり続けている。今や世界を脅かす怖い存在、何を言い出すやら・・の連続。
そして、
フェイクニュースなる虚偽の報道という、従来であればありえなかった情報の操作・・。

人々は何が本当か、嘘かもわからない状況に陥りつつ、自分の身の安全を守ろうと
必死になっている・・・それが今のアメリカをとりまく社会の動きのような気がする。
もはや、正しい広報は機能せず、無責任な拡散コミュニケーションが社会に不安をもたらして
いると感じる。

混乱があちこちで起きている。
これは今、はじまったばかりだろう。
これからもっと予測できないようなことが起きる。
おそらく、攻撃される相手側も何か起こすだろうから・・。

そんな危機的な状態をどう生き抜くか、あるいはこのい暴君のような
政治を見ながら何を学び、生かしていくのか。

混乱のあとに起こること、生まれること・・・悪いことがいろいろ
思い浮かぶが、そこで立ち止まっていてはいけない。
この事態をうまく収めるには、正しい意見・考えをまとめる力、
あるべき方向へ自体を向かわせる、まさに民主主義に基づいた
真のリーダーシップが必要だ。

もし、今のトップが混乱を引き起こすことが目的でないならば、
きちんとプロセスを踏んで、人々に理解を得ながら、
進む方向へみんなを導かねばならない。

アメリカは、アメリカンドリームが体現できる、自由と夢の国。のはず。
いろんな人を受け入れ、その人たちががんばって生きていける、
家族を養うことができる・・。だから、意欲ある人たちがアメリカに
集まってきたのだ。
国境も大切かもしれないが、人の心とそれが一体にならねば
憎しみの壁にしかならない。

アメリカという国は、どっちへいくのだろう。
自分が可愛いと、それを先に言う人は、結局は周囲から愛されなくなる。

プッシュするばかりでは、モノも人も動かぬ。

ニューヨークは私が四半世紀前に、初めて訪れた海外都市で
元気をくれた町であった。
どうか、これからも変わらぬ街でいてほしい。

混乱が穏やかに収束される日が早く来るように、心から願っている。

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生涯現役を実践する家族。

最近といっても、半年以上前の出会いになるが、いただいた刺激を忘れることが
できない・・そんな家族経営の事業者さん。代表の息子さん63歳、お母さん88歳・・・
4名での事業者平均年齢は70歳を軽く越えている。

実はその代表には、昨日オンエアのラジオにも出演いただいたが、
定年後に起業され3年目とのこと。
もともと専門学校でIT系の先生をされていたが、定年後に家族全員でできる
事業を・・ということで、退職前から研究。そしてその方のお母さまが40年前
から家族やご近所さんのために作り続けてきたシソ味噌の製造販売をついに、
事業化された。

お母さまは88歳で現役。家族のための食品が、今や世の中の皆さんに喜ばれる
商品になり、このたび地元紙にも大きく掲載されたことで、問い合わせや注文が
増えたとのこと。
シソがたっぷり入ったこのお味噌、なかなかおいしく、わが家でもおにぎりの具
として利用させていただいている。
どこがいいか。キクちゃんというお母さま(おばあちゃん)の気持ち、また母を
思う家族の気持が味にしみ込んでいるような感じがするところ。
いただくたびに、おふくろの味を思い出すのだ。
もちろん、これは実際、その息子さんやお母さまに会ったからより一層
感じることなのだろうが。商品だけ知っている以上に、それを作っている人を
知ることで商品への愛情が湧いてくるものだ。

お母さまに先日お会いする機会があったが、とてもチャーミングで元気で・・。
自分の母親より10歳以上年長であるにも関わらず、すごい人がいるもんだと、
感心しきり・・。
人に喜んでもらえていることが、生きがいになっているのだという。

趣味や家事で作っていた食べ物が、人に喜ばれ商品になるというのは、
とてもうれしいことだと思う。
それは40年間の継続という積み重ねの経験があったからの結果である。

こんな形の親孝行、こんな形の自己実現。
ほほえましく、みんなが元気になる商いだ。
これからみんなが進むべき、ビジネスモデルともいえる。

私もいつか、親に力が沸く、一緒に世間を元気にできる、そんな仕事も
考えたい。常々考えていることではあるが、このご家族から、
改めて、願えばできる生涯現役!ということを教えていただいた。

いつまでも、いつまでも、笑顔を絶やさずいい仕事を、暮らしを。
自分の人生は、やっぱり自分次第だ。

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長崎の地で学ぶ、我流の哲学。

最近続けて登場しているが、遠藤周作の「沈黙」の舞台である長崎の外海(そとめ)地方。
潜伏キリシタンの里のひとつである。
そこに尊敬するド・ロ神父が設計された教会のひとつに、出津教会がある。
久しぶりにそこを訪ねると、世界遺産を目指すスローガン入りのジャンパーを
着ている男性に出会う。
わざわざ、ここまで来ている異邦人、何者かと思うのだろう。
「どこからですか?」
「東京です」
「今どきは、なんでも東京ですかね。人口も経済も。。。東京中心という感じで、ここなんかと比べたら・・」
という話が始まる。決して、東京をほめている感じではない。
そしてこの教会にひとりでやってきているせいか、
「クリスチャン?」
とも聞かれる。そう、長崎のクリスチャンの方で年配の方は、なぜか会話の最初にこのことを
聞かれることが多い。
「いいえ、でも、キリスト教文化や歴史には興味があります・・」
と答える。そう、クリスチャンと答えれば、すぐ仲間意識が芽生えるのだろう、これも潜伏時代の
名残かもしれないととっさに思った。
でも、仲間ではないということがわかると、少しだけ距離をおいたような感じも・・。
「最近は、クリスチャンは世界的にも、ここらへんでも減っているんですよ。
高齢化社会で若いものはおらんし・・。それと、物質世界が豊かになりすぎて、心の豊かさを
考えない時代になってきているんですわ。
この世が恵まれているから、あの世のことなんか考えん・・。」
「つらいことが多かったり、苦しいことが多いと、信仰心というのは芽生えるものですかね?」
「そうかもしれませんな~~」
この初老の男性は、昔は神父を目指し、神学も学ばれた時代もあったとか・・。

長崎には開かれた歴史がある。フランシスコザビエルのおかげであり、地理的な条件も
整っていた。
だから、海外から入ってきた文化や宗教を受け入れることがたやすかった。
しかし、苦難の歴史もある。
この苦しみや悲しさを乗り越えるために、先に取り入れたキリスト教の信仰が役に立ったのだ。
(しかし、弾圧されてしまうので、役立ったことが良かったのかどうかは・・・)

いずれにせよ、貧困や苦悩のなか、祈ることが幸せへの道であった。
(その様子は、映画「沈黙」の中にも少し出てくる)

その歴史を乗り越え、先祖代々生きてきた長崎の人たちに出会い、
言葉を交わすと、東京では出会えない経験が生まれる、
人間は・・・何か。を考えるには、長崎は私にとって、最良かつ最高の学校である。

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今こそ、自分の言葉で心を尽くして話さないと!

交渉力。とても重要な時代になってきている。
既存の関係というものは、簡単に崩れ去る・・・そんな時代が
やってきたことは誰の目にも明白だ。
仲良しこよし、「まあまあ」のなれ合いの関係は使えない。
いろんな意味で、余裕がなくなってきている、
みんな、自分のこと、自分の国のこと・・・ばかり
優先しはじめている。
決して良いことではない。
助け合い、強調、同盟? 結局は自分の利益のために
そういっているのだから、いろんな力のバランスが崩れれば
関係が崩壊する。

たとえば、もうアメリカとメキシコは・・。
本当はお隣さんは大事にしないといけないのに・・。
もちろん、島国のお隣さんと、地続きのお隣さんの
関係は異なる。

そんな難しい時代になってきたのだから、だれかが書いたものを
読むような交渉ではダメだ。
相手に見透かされる。
相手に理解をしてもらうためには、自分の言葉できちんと
伝えなければだめだ。
大丈夫か?
なぜか心配だ・・。

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本日、「愛の元気人」1月分放送です。

ハッピーコミュニケーションプログラム「愛の元気人」1月放送分は、本日1月28日18時~19時
オンエアです。
今回のゲストは、十日町市のあてま高原リゾートホテルのベルナティオから、
ホスピタリティにあふれるセールスマンこと、富井紀一さまと上原滋さま、
そして新発田市から、キクちゃんのシソ味噌で今人気急上昇のKIKU膳 代表の
渡辺孝明さまです。

どうぞ、お楽しみください。FM KENTO 愛の元気人

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シスターのために弾いた、ド・ロ神父のオルガン。

今、上映中の映画「沈黙」の主な舞台は、この写真にある長崎市の外海地区。この映画は
禁教・迫害の江戸時代を描いたものであるが、明治時代、キリスト教が解禁になったあと、
信仰心厚き地元の人々を支えたフランス人宣教師のド・ロ神父も、映画になってほしい
ほどの、立派な方である。彼は今、この外海の墓地に眠っている。
生前、布教をしながら、人々の暮らしを、健康を支え助けた。
地元の人たちには「ド・ロさま」の名で親しまれている。
宗教はもちろんのこと、建築も医学も、印刷も、食品製造も・・・すべて心得ていた方というから、
マルチ人間だ。キリスト教会世界のダヴィンチともいえるかもしれない。
そして、生涯をこの外海地区に捧げたド・ロ神父にまつわるさまざまな遺品が現存する。
そのひとつが、讃美歌用のオルガンだ。ふるさとフランスより、船でもってきた。そして
大きな振り子時計もいっしょに・・。
それがド・ロさまが女性信者たちにキリスト教教育を行った部屋に、
そのまま残され,公開されている。
私は、実はこのオルガンの音色が好きで、どうしても自作の、この辺境の地をイメージ
して作った曲をこのオルガンで弾いてみたく、今回、許可を得た。
100年以上前の、鍵盤もペダルもひび割れた、古い古いオルガン。
でも、そのデザインといい音色といい、歴史を感じる。海の向こうから渡ってきた
という風を感じる、素朴な音色なのである。

部屋に入り、オルガンをひとり弾いていたら、あるシスターがそこに入ってきた。
「聞かせてください」
彼女もこのオルガンを時々弾き、観光客に説明をされている。
私はこの地のためのワルツを、彼女のために弾きはじめた。
ペダルを必死に踏みながら、音が途切れないように・・。
ピアノとは違う奏法になる。
曲が終わったら、シスターがだまっていた。
「いい、いい。わたし、泣いちゃいそう」と言われた。
なんだか、立場が違うぞと思ったが、
「シスター、泣いちゃってください。」と肩を抱いた。
きっと、この道に入られて、厳しい経験もいろいろおありに
なるのかもしれない、あるいは、神様のことを考えておられた
・・あるいは・・・。わからないが、シスターが自分が弾く
オルガンの音色を喜んでくださったことに感動した。
100年前からここにある、ド・ロ様のオルガン。
オルガンは生きているんだ。と今回思った。
必死にペダルを踏んで、風を送ることで音が鳴る。
ピアノはキーを叩くから、違う楽器なのだ。

シスターと別れるとき、
「あなたから、元気をもらったわ」
と言われ、不思議な感覚に・・。

ド・ロさまは、印刷を日本で広めた方だ。
これも何かのご縁を感じる。

現代社会とはいい意味で分断された、外海。
遠藤周作が、ここを気に入り、小説の舞台にした
のは、よく理解ができる。

いつか、このオルガンでコンサートができたらいい。
宗教の壁を乗り越えて・・。

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文明の利器(力)に、もっと感動。


写真技術や活版印刷というものを日本で始めたのは、長崎。そのことを教えてくれる歴史博物館では、
まさに不思議な経験ができる。
それは、坂本龍馬との2ショット写真。あるカメラの前に15秒静止するだけで、完了する。
まあ、仕掛けは難しくなく、そのようなセットが用意されており、
ゲストは決められた場所に立つだけであるが、
それでも、ありえない人とのツーショットが瞬時にできてしまうことは、とても興味深い。

写真の世界は現実社会を再現、複製するだけでなく、今やこのような加工も含め、
いとも簡単にできてしまうが、その技術は改めて凄いと感じる。
150年以上前は、再生・復元すら難しい時代だった。それに比すれば、今はいかに写真のことも、印刷のことも
雑に扱っているだろうか。撮れることが当たり前、復元・再現への感動は薄らいでいるようだ。
ちなみに、日本での活版印刷のはじまりは、長崎でのキリスト教の布教が背景にあった。
ドイツのグーテンベルクと同じ理由での印刷の始まり。技術革新とはそんなことがきっかけに
なるのだということにも改めて感動する。
写真の話に戻る。
今や、簡単にスマホで撮影をし、気軽に誰でも人物や風景の再現を楽しめているが、その1枚が、その
瞬間が、貴重な機会であった。撮り直すことが難しかった時代。さぞかし緊張したことだろう。
あるいはそれすらなかった時代・・・肖像画でしか記録されなかった時代をからの躍進的な進歩。
見方を変えれば、いつでも撮れる分、ひとつひとつの経験への感動も薄らいでいることもあるかもしれないが・・。

このように、
長崎には文明開化の面からも、学ぶべきものが多く、まだまだ掘り下げていきたい魅力が無限にある。
この歴史博物館、。かのスコセッシ監督も、「沈黙」の映画作りにあたり、調査に訪れたと、当館の歴史アドバイザー
が教えてくれた。

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役者魂に触れ、作家魂に触れ・・


写真は2月8日からはじまる、演劇「中ノ嶋ライト」の稽古の様子と、役者さんたちとのショット。
稽古の途中で、まだ音楽を・・という段階ではないが、稽古場を訪ね、その練習風景を見せて
いただく。
役者を目指し、東京に来て、バイトをしながら役者の勉強をして・・・作家も同様だ。
この道に入り、成功するぞという熱い夢をもって、みんながんばっている。
まさに夢がないと続けられない、夢こそが自身を生かす、そんな職業とも思える。
今回、感動したのは、渡されている台本が、役者たちの演技により、文字からセリフや動きに代わり
劇という作品が完成されている過程に触れることができたという点。
そして役者の皆さんのセリフの暗記力には感心。よく覚えているな~。すごい努力の跡を感じながら、役者魂を感じた。
そして、今回ご縁をいただいた作家の滝本さんが、役者の前で演技指導をしている様子を見て、
自身が書いたものを他人に演じてもらうことで、自分が創りたい世界を創る・・という仕事は
まさに、芸術である。という点と、彼女の姿勢を横目で見ながら、作家としての彼女を強く
印象付けられ、書いても書いても終わらない、こだわり続けなければならない仕事に没頭している
生き方に感動した。

一緒に作品を創る、その過程に関わることができることに最上の喜びを感じた。

そして、役者さんたちは、礼儀正しく、謙虚である。
その姿勢も大変共感をもち、敬意を抱いた。

今回、演劇を観るではなく、一緒に創る・・という立場で、新たな経験ができることに
じわじわ、わくわく・・これまでにない気持ちが生まれる。

機会をいただいたことに心から感謝し、いい演出をしよう。

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