金ぴか、リアルなアメリカンドリーム。

何十回通っても、ここだけを撮影することはなかった。
五番街には、撮影したくなる素敵な店舗がビルが立ち並んでおり、この金ぴかビルには興味もなかった。

ところが、この周辺も大きく様変わりした。
トランプタワーには厳戒態勢が敷かれ、
映画の舞台にもなった高級宝石店など迷惑な状況。

どうしても、このビルの前に来ると、
「ほお、これが。あれが」と、立ち止まってしまい、
お上りさんや集会をする人で混雑の日もあり・・・。
ポリスマンも多数いて、落ち着かない。

このビルの主人が、大統領になってしまったことで、せっかくの五番街も変わりつつある。

一方、このビルこそ、現代のアメリカン・ドリームの象徴なのかもしれない。

人は、大金持ちだけでなく、こんな大きな国の大統領にもなることができる。
金持ちだったからこそ、なれたというのも一理あるだろうが、
いかにもアメリカ的なサクセスストーリー。しかもこの情報化社会の中で成し遂げた夢。

永遠にアメリカが世界でもっとも強い国であるのかどうかはわからないが、
それでもやっぱり、何か日本とは違う
ダイナミックさを感じるのである。

NY在住の知り合いいわく、
「結局、トランプでよかったんじゃないの。」
にも、外からメディアからだけではわからない現実を想像する。もっとも罵倒し続けたタクシードライバーにも
出会った。

このビルの主人が目指すアメリカン・ファースト。
そういえばニューアーク空港でみた広告に、
「ファクト ファースト」なるメッセージもあったが、
どこかの国の自分ファーストの人よりは、確かにずっといいのかもしれない。

金ぴかがメッキではなく、ホンモノの輝きであってほしい。

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6月9日分公開が前後する可能性があります

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移動時間中により、公開が前後する可能性があります。
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30年前と同じ場所に立ち。

人生で初めての海外渡航は25歳の5月、ニューヨーク。
印刷会社のネットワークで企画された海外視察。今思えば、小娘にそんな機会をよく与えてくれたものだ。
改めて、当時の上司たちに大感謝の気持ちは今も消えることがない。
この経験は、私の人生に大きな影響を与えた。
今、こうして生きている心の支えのひとつは、このNYからあふれる不思議なエナジー。
人種のるつぼとも言われてきた、この超ちゃんぽんな世界を知るきっかけがなければ、
20年前、観覧車は動き始めなかったと思う。

写真にあるタクシーが止まっている場所。ここは記念すべきスポットだ。
初の視察訪米時に、同伴者のひとりが、一枚の写真を撮ってくれた場所だ。
ここに30年前立っていた私。

気が付けば、その後も私は何かあると、ここに来た。
こことは、グランドセントラル駅の前。NYでももっとも大きく、美しいターミナル駅。
映画にもよく出てくる。
今回は、人とこのグラセン(駅名を略してそう呼ぶ)で待ち合わせする前に
ここに立ち寄る。

30年経っても、私にとってこの町は不変の存在だ。
やっぱり内側からチカラが湧いてくる不思議な場所だ。

アートにも、マーケティングにも、人生にも・・・すべてのヒントがここに
ぎゅっと詰まっている。
そして、人とは何か。についても考えさせてくれる、あまりに多様なサンプルが素材が
存在している。

あの日から、あっという間に30年経った。私はどう変化できたのだろう。
改めて見直す、問い直す。
少しは成長してきたか?ずっと問い続けるのみだ。
夢は?まだまだ追いかけるだろう。

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著名デザイナーの死とNYの喧騒と・・

その名は、おしゃれに興味がある女性なら年代を越えて、とくに若い人には
おなじみだろう。
KATE SPADE。トランプのスペードマークが入ったロゴタイプ。
NY発のデザイナーズブランドとして、人気を博し、日本にも店舗をもつ。
高級すぎない、手が届く値ごろ感も、人気の理由だっただろう。
同じく人気のブランドCOACHに買収されていたのは、今回のことを機に
知った。
その創業者であり、デザイナーであるケートスペードがマンハッタンの自宅で
亡くなったとの報に接し、驚いた。
このブランドといえば、いつも応援してくれている仲間が、数年前の誕生日
だったか、アメリカの通販で入手したとのことで、なんと観覧車のプリントが入った
珍しいバッグを贈ってくれた。
「マーサさんの好きな絵が入っているからね。雨の日にも使えるしね」と。
このとき、NYのこのデザイナーを改めて素敵だと思い、愛用させてもらっている。

そのデザイナーが・・。しかも、ほとんど同い年であった。正確にいえば11か月ほどの
お姉さん。
55歳での死。ここで人生を終えるとは・・。
一見、華やかなNYの、デザイン業界の・・と考え始めるときりがないが、
間違いなく、このブランドは彼女がいなくても名が消えることはないだろう。
手が届くおしゃれ。この実現は素晴らしい功績だ。
多くの女性を幸せにした。素晴らしい仕事をされた。
今は、安らかな眠りを祈りたい。

この哀しみを消すかのように、今日もNYのタクシーたちはクラクションを
慣らし、救急車はサイレンを鳴らして、渋滞から脱出しようとしているのも
とてもNYらしく映った。

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30年目のNY訪問は弾丸計画。

はじめて25歳でたずねた海外はニューヨーク。
今でも不思議といろんなことを、くっきりと覚えている。
戸惑いは、ドアの足元が空いているトイレのドアからはじまり、
(あとでそれが防犯用であることがわかった)
ケチャップマン、ボトルマンの噂・・・。とにかくNYは怖いところと
同行した印刷業界のおじさまたちは、早く日本に帰りたい
せっかくNYに来たのに、和食と日本酒を毎日召し上がり
何のために来ているんだ?おっちゃん???と
思いながら、それでも自分なりに、NYの風を全身に浴び
私にとって、元気・挑戦の源泉となった。
あれから、30年間の間に、どれだけ足を運んだだろう。
数えるのも途中でやめたし、もうわからなくなったが、
自分の自由意思でもっとも訪ねた海外の町は、間違いなく
NYだ。
いつも、ここで気合いを入れ、感動を持ち帰り、自分を高めた、
世界からやってきたそれぞれの世界で頑張る人たちに触れ、
自分の「まだまだ感」を痛感し、ギアを入れ直した。
そんな30代、40代。

今年で30年。
55歳になろうとしている自分はこの町から改めて
何を得るだろうか。

久しぶりに訪ねる。但し、長居ができず、最短の滞在。
2泊5日という不思議な旅程。
こんな無茶が、いつまでできるか?

20年前、脱サラする前の決心を固めたのもここ。
今回も、自分の未来に向け、背中を押す旅になる、したい。

と、とりあえず勇んで出発し、道中いろいろあって
やっとNYにたどり着き・・・
やっぱりここはNYだった・・を実感・・。

入国管理の出口で、トランプ大統領の写真パネル
に迎えられる。
そう、彼の政権になって、初訪米、初訪NYだ。
町は現場はどう変わっているか そうでないか・・・
はとても気になる。

ということで・・・
本ブログ公開は移動時間にあたるため、普段より
遅い公開となりました。

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本ブログの6月6日公開時間が遅れます。

いつも、本ブログを御覧いただきありがとうございます。
6月6日は長距離移動、時差の関係などで、
公開時間が遅れる可能性があります。
予めご了承いただきますよう、宜しくお願いいたします。

では、引き続きよろしくお願い申し上げます!

              Mahsa 今尾昌子

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ターゲットの客か?店か?

近所に新しいお店ができた。いかにも名古屋らしいお店である。
本店らしき店舗がすでにあるのは知っていたが、わざわざ行こうと思える理由がなく
これまで訪ねたことがなかったが、できたお店は歩いて1分のところなので、
ま、それならばということで予約する。
出張帰りに行ったため、22時すぎの来店。
その店は夜中までやっているので、その点は安心だ。
さて、お店に一歩入ったときから
やたら元気な、
「いらっしゃいませ」の連呼。ふと若い頃に親しんだ居酒屋チェーンの
接客を思い出した。
最初はその元気さが、「お!っ」といい印象だったが、
オーダーするたびに、ドリンクとどくと、さらにカンパイまで・・・
とにかく元気な連呼が続き、だんだん騒がしいと思うようになってきた。
また、その大きな声で連呼されている中で、心からのおもてなしで言っているスタッフも
いるが、言わされている感じのいやいや声も混じっているのに気づく。

さらに一番大切なお料理もそんなに美味しくはない。という感じ。
途中から、うーん。と思い、追加オーダーもせず、1時間以内で帰ってきた。

街角で配っていたティッシュのなかに入っていたクーポンの使用期限を見れば
その日は、まだグランドオープンではなく、プレオープンであり
練習だったのかもしれないが・・。

ということで、
「たぶん、もう行かないね」
と相方と話す。
自分たちのような中年は、また静かに普通に食事したい客は、この店にとっての
ターゲットでなく、また私たちからとって、その店はターゲットとなる店ではなかった。

店はキレイで新しいのがもちろんいいが、商品がまず大事だ。
美味しい商品があって、清潔であること。そしてコスパである。

もちろん接客も大切であるが、やたら元気すぎ、やらされている感が出てしまう
マニュアル的な接客は自然でなく、居心地が悪くなる。
むしろ、一生懸命に真面目に、地道にやっているお店の方が美味しいし、またいこうと
思える。
本当に、多店舗展開というのは難しい。
しくみをつくろうと思えば、それに個々の意識と行動がついていけない・・という
ことも当然出てくる。。

今や、世の中に店は無数にある。どの店を選ぶか。
顧客にとってのターゲットとなるお店をきちんと選ぶことも、
お客の側にとって大切である。
せっかくの食事時間、不満足を残しては、時間もお金ももったいない。
そして、お店にとってもターゲットとなるお客様に喜んでもらえるよう、
そしてそのターゲット客に多く来てもらえるようにしていくことが
長続きの秘訣だ。

あなたのお店、私のお店。
この共通項がとても大切だと改めて思った。

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同じ名前、年齢、誕生月・・・応援しています永遠のプリンセス。

雅子さま・・・。平成が終わると、新たな時代の皇后さまに即位される。

このMASAKOさまには、25年前からずっと注目している。
いろんなご縁を勝手に感じているのだ。
まず、名前が同じである。漢字は違う。あちら様はその文字のとおり、優雅さや気品が漂う。こちらはお日様ふたつと
やたら明るいか、明るすぎるか。・・。
そして、おない年である。同じ時代に育ってきた。
そして、誕生日も近く、星座はいて座で同じ。もともと活動的でチャレンジすることが好きなはず・・・。外交官だったのは
うなづける。
さらに、皇太子さまと今年でご成婚25周年とのこと。こちらも相方と今年で出会いから25年。

と、いろんな接点がある、共通点があると勝手に思っている。

雅子さまのお姿を時々メディアなどで拝見すると、大変だな。大丈夫かな。がんばってね!
と心のなかでいつも応援している自分がいる。

同じ時代、星のもとに生まれていても、まったく違う世界を生きている。
それぞれの役割があるのだと思っている。
雅子さまのキャリアや、お人柄が自然に生かされる日を心から祈っている。

私は皇太子夫妻が大好きだ。次の時代を心から応援したいと思っている。

MASAKOさま。来年あたりこのお名前がより多く呼ばれることになるだろう。
55歳からの新たなスタート。

まったく次元が違う世界で生きる私も、背筋を伸ばしてがんばろうと
思わせてもらっている。

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ヒラメとタイのせめぎあい

よく自分のことを、マグロのようと言われることが
あり、それは決して褒め言葉でもなんでもないと心得ている。
あんたはよく動くが、きっと止まると死んでしまうんだろうねーという
同情や嘲笑も含めてのマグロ評なのだろう。
確かにじっとしていない、いられない。ある意味、貧乏性に生まれつき、そのまま育った。

そんなヒト科のマグロも、いろんな場所や組織に行き、さまざまな方たちと会い、仕事をし、
世間様と接する。
そのマグロが最近思うのは、今のビジネス社会にはオスのヒラメが多いということ。
ヒラメは上を向いて泳ぐ、上を見て生きる生き物らしいが、人間界にもそれに類する生き物が多く、
しかも、
老いたヒラメだけでなく若いヒラメも群をなして泳いでいるのが、最近目につく。

おさかなのヒラメは刺身やムニエル、煮付けでも美味しく、高級であるが、
人間のヒラメは上の人以外には、料理が難しい。

マグロは解体されてしまうが、大いに結構。
ある時は人集めにも貢献し、
どこも美味しいと言われる、
と、どうせならばそんなマグロになろうと思う。

世界を俯瞰してみると、
ヒト科もヒラメはとくに、日本国に多く生息しているような?
この国産は、あまり歓迎したくないかも・・。

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見える世界が違うからこそ。

ある居酒屋での話。
手羽先やターザン焼きなる鶏料理を酒の肴に、久しぶりの再会を喜び、話がすすむ。
その方とは、仕事仲間というよりは、お世話になってきた人たちが共通しているという点で
仲良くしていただいている。そしていつも応援していただいているし、私も応援している。
あの東日本大震災で被災され、本当にご苦労されたが、持ち前のガッツとリーダーシップで
見事会社を立て直され、今やメディアにも多く取り上げられ、業績も上々という素晴らしい
活躍ぶり。そんな中、名古屋に珍しく出張ということでお会いする。
いろんな話がどんどん出てくる。
そして私も何年ぶりの再会ということも忘れて、話していた。

「今の日本は、情報化やコミュニケーションという点でおかしいと思うことが
多くて心配ですわ」
などの発言を言うと、
「そんなことないさ、ここにいる店の人も、ここに飲みに来ているビジネスマンもみんな
がんばってるさー、心配なことやおかしなことなんかないさ」
という答え。

また
「私はまだまだ自分のやるべきことができていないと思うんですよね。もっと自分を
追い込まなきゃと思っている」
と言えば
「そんなそんな、自分を追い込んではいかん。何かあったん?」
という具合に、発する言葉の意味の捉え方が少し微妙に異なるようで、何かが少し
ずれているような?そんな具合で会話がすすむ。
そんななか、ああそうか社会をどの視点でどう見ているかによって、世の中の見え方が
違ってくるのだということに改めて気づかされる。

私自身、世の中への危機意識や問題提起、あるいは自分を追い込むということは
悲観的でも否定的でもなく、むしろ良くしたい、よりよく生きたいという強い
気持ちから・・であるが、言葉尻だけをとらえると、人によってはそうでは
ないようだ。

社会をどの目から見るか。現実の現場から見る、俯瞰してみる、世界から
見る・・・。それにより見え方は違う。
でも、目指す方向、前向きに生きて行こうというスタンスは共通している。
だから、ずれている言葉を発しても理解しようとするし、違いも認めようとする。
「何かずれているようですよね?」
と、ストレートに言えるのがありがたい。

時には、世の中を違う見方で生きている人と会話するのは勉強になる。
それこそ、異なるものから得るものは多い。
違う角度で、視野で生きる人とのコミュニケーションはお互いに刺激になる。
2時間半も話し続けただろうか。
まさに無口ではなく、六口の人間が二人。十二の口が開いた開いた、という感じ。

ストレートに話しまくったせいか、もしかしたら親友ってこんな感じ?と
思った。
職場も違い、背景も違うが、とことん話せる遠慮が要らないという関係。
異なる人とのつきあいをこれからも、大切にしたい。

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