一生懸命泳ぐマグロ

いつもいつも動いている。仕事をしている。何かしている。
仕事もそれ以外も、気が付けば、いつも止まることなく、泳ぎ続けている。

ある経営者の方が、90歳を越えても、まだとにかくお元気に動かれており、
「わしゃ、まぐろですわ。止まったら死にますわ」
笑いながら、そんな言葉を元気に発しておられた。

おそらくマグロ人間科の人は、生まれながらずっと泳ぎ続けるようにできている。

私もおそらく、マグロ人間科に属するのかもしれない。
とくに、最近は、深さや対岸が見えない海を泳ぐことになって、とにかくおぼれないようにと必死に泳いでいるような気がする。

それこそ、止まったら沈んでしまう。だから、今は気を付けながら、気を張って
一生懸命に泳ごうと思っている。
疲れるけれど、今はいつも以上に泳がなければならない。
と、そんな時期が人生には何度かある。

自分が沈んでは、自分がおぼれてはいけない。ちょっとどきどき。

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それどころじゃないんです。

台風の影響で、まだ停電している地域があると知り、心が痛む。
電気も通信も使えない。
便利なこの時代、このライフラインが絶たれると、生活はままならぬ。
しかもこの暑い時期・・・。
千葉の皆様に、早く元通りの生活ができるよう、心からお祈りしている。
大変な状況のなか、まったく違う世界のことのようにモーニング姿の記念撮影の
報道・・・。
こんなセレモニーやっている間に、被災地に目を向けて何かすれば?と
改めて、怒りがこみあげてくる。

それどころじゃないんです。

どんな美辞麗句も関係ない、今日か今か、を迫られている人たちが世の中にいる。困っている人にすぐ手を差し伸べてくれる人、声をかけてくれる人、本当の意味で言葉だけでなく、寄り添ってくれる人がホンモノだ。

それどころじゃない。
報道の世界とは別に、そんな思いでいる人たちがたくさんいる。



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仕事をより楽しくする出張生活。

東京から名古屋に移ってきて大きな喜びのひとつは、京都が近くなり、私に散っては、隣町感覚になってきたこと。

おかげさまで仕事や用事、懐かしい人々との交流が再び始まり、気がつけば毎月が毎週ぐらいの頻度で訪れることになり、今週は週3回ペース。

住めばいいのに、というほどもいてくれるほど、有り難い動きになってきている。

京都はやはり千年の都。

東京とは違うジャパンプライドを感じる街だ。

東京京都を毎日行き来していた頃を懐かしく思い出す。

通うことが楽しいのは、幸せだ。

また来よう!と思えるように、仕事にも精が出る。

おそらく、好きな街で仕事ができるということは、モチベーション的にも大変効果的だ。
多すぎる外国人観光客を横目に、仕事をするステージとしての京都を楽しむ。
東京でも、名古屋でも、新潟でもない、KYOTOならではの魅力があふれている
のは今も昔も変わらず。

さあ、今日も元気に今週3回目の京都へ出かけよう。新たな出会いも、目覚めも学びも全部ありがたい。これらが、私にとっての京都土産でもある。

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オーロラを見上げた夜は永遠に

9月11日。18年前。この日から世界は変わったといっても過言ではない。
この日から、テロという言葉が、一般社会のなかで常態化し、世界は対立するものだ、憎しみ合うものだ、人間の行動には報復というお返しもあるのだ・・と、本来、あってはならないネガティブな思考が広まるようになった・・。
国際平和、協調を唱え、多民族が活動する自由の象徴の都市NYで、あの嘆かわしい事件が勃発したあの同時多発テロ・・・。今も世界貿易センターの衝撃の記憶は、鮮烈なままだ。
この日以来、そしてその後のネットの普及により、テロの常態化は加速し、平和を目指す姿勢とは真逆の自分主義へと、世界全体が進行している。
間違いなく、9月11日は国際社会に大きな衝撃を与え、今なお、その影響を与え続けている・・。そのことが、忘れ去られようとしているかもしれない。
もちろん、被害にあった関係者だけは忘れることはない。

この日、NYに向かっていた私にとって、この事件は生涯忘れることのない、
教訓と確認の日である。
いつ、どこで何が起きるかわからないことへの覚悟が芽生えた日でもある。

生まれて初めて、「ニアミス」という経験をしながら、世界とのかかわりを
実感し、一歩違っていればどうなっていたかという緊張感と無事生きて帰れたことへの強運への感謝と・・・。いろんな感情が蘇る9月11日。
きっと同じ飛行機に乗り合わせた仲間たちも、同じことを思い出しているだろう。
この日は、私にとって、忘れられない、忘れてはいけない大切な日。
あのテロのおかげで、生まれてはじめて、アラスカのオーロラを見た。
美しすぎる広大な夜空の光が、18年の歳月を越え、私の中によみがえる。
あっちの空では悲劇が起きている、こっちの空では美しいオーロラが広がって・・。同じ空の下なのに・・・。
できればすべての空の下が平和であってほしい。
今も無事に生き、この日のことをしっかり思い出せることに感謝したい。
久しぶりに飛行機に同乗した仲間に会いたくなってきた。

生きているこの奇跡に感謝して、きちんと生きよう。
今まだNYは9月11日だ。改めて、被害を受けた方たちに祈りを込めて。

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「今の仕事は手を動かすこと」

父の主治医の先生と面会、いろいろお話をお聞きする。とにかく、麻痺を解消するためには自発性。とにかく左手を動かすように・・・。リハビリは人が代われない。自分次第で結果が変わる。
「今の仕事は、毎日とにかく手を動かすこと。グーパー、グーパーってね」
先生の真似をして、私も父に言い続ける。
おかげさまで、右半身が元気であり、口も達者なので、まだまだ可能性がある。

今の仕事はこれ!

とにかくこの仕事を頑張ってやり遂げてほしい。
人間、かすかな光が見えれば、そっちに向かうことができる。それはその人の意志次第。

父の仕事は手を動かし、麻痺を軽減、解消する努力をすること。
そして、
私の新たな仕事のひとつは、出来る限り、家族と一緒に父の応援をすること。
やはりピンチはチャンスだ。
新たな仕事をすることで、今まで見えなかったことが見えてくる。

今の仕事はこれ!
今しなければならないこと。それを、きちんとしよう。そうすれば道が開ける。
と、信じていこう。

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毎日感謝、が増えていく。

親の高齢化により、疾病により、これまで出会うことがなかった世界の人とのかかわりが増えてくる。
福祉の世界、医療の世界は、若くて元気なうちにはあまり関係がない。
しかし、年をとると何か起きる。やっぱり起きる。人生は無事では済まない。


このたびの緊急事態。そのときには近所の方が助けてくださって、行きつけの先生の助言もあって、その後、病院や行政の包括センターという、少し前まで存在すら知らなかった組織で働く、ソーシャルワーカー、ケアマネージャーといった方たちのお世話になることになる。
福祉、医療の世界でお仕事されている方たちの知識や経験は自分にはまったくないもので大変助かるし、こういうときのためのお仕事であることも知り、尊敬の念が湧いてくる。
などなど、これから、この世界とのかかわりなしでは、生きていけない。


家族のため、親の最善の最期に向け、いろんな方にお世話になりながら、と思う。それにしても、世の中のしくみ、流れをまだまだ知らないものだ。
何か起きないと、そのときにならないと、わからない。
まだまだ、世間知らずの自分であることを再認識する今日この頃。
みなさまのおかげで、周囲のおかげで、自分も家族も生きていられるのだと
心から感謝。なんだか、毎日さらに感謝の思いが増えている・・。

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らしさを求める若者、加油!

香港のことを何度も書いてきた。
この町は、私が20代後半から出張で訪れ、公私ともに何度も行き来し、脱サラ直前にも足を運び、モチベーションアップ。西洋の香りがするマカオとともに大いに刺激を受け、アジアでもっとも好きな街として愛でていた。
東西の文化と活気が入り混じり、本当に興味深い町だった。
何度もここで年越しをしたこともあった。
返還される前には、香港人は英語も話せ、うらやましいとさえ思っていた。

今、その香港が中国と緊張関係にあり、国際社会が見守っている。
市民たちが何か月も何か月もあきらめずに、自分たちの意志を通す行動を続け、今や学生たちが立ち上がっている。
近い将来への危機感からだ。
彼らが大人になるまでに、自分が生まれ育った、この東西文化の誇りである
HONGKONGが消えてしまうという危機感からだと思う。
彼らが授業をボイコットしたり、人間の鎖をつくり、デモ行進をする姿を見て、
人間はネット社会になろうが、最後は自分たちの身体で行動を起こすものなのだ。
そしてネットで拡散させ、その運動を大きく広げていくのだということを
改めて学びつつ、そのなかで若い人たちが、真剣に戦っている様を見て
無意識に「加油、加油(中国語で「がんばれ」の意味)」と言葉をかけ続ける。
若者たちのために、彼らの将来のために、彼らが幸せになるために、何が必要かといえば、自由。それが一番大切なことだ。
それを奪われまいと命をかける香港の若者は、日本人の気質とは違う、独特の強さをもっていることがうかがえる。
もともとのチャイナパワーにグローバル精神。これが混ざっているため、
狭く古い価値観、体制には敏感だ。
がんばれ香港の若者!彼らのことを、心から応援している。
彼らのふるさと香港が、彼らの生きやすい街であり続けられることを、香港を愛する一人として、心から祈っている。

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目と口。

一命をとりとめた父との、病院での再会は大変緊張する思いであった。
いろんなことを想像しながら、病室へ向かう。
正直、横たわる父の姿はほとんど記憶がない。
とくにベッドを使う生活ではなかったため、父が病院のベッドに横たわる
場面は現実的ではなかった。
父は、点滴の管につながれていた。これも、先週には想像もしなかった場面。
急に弱弱しくなった父が、私たちに気づいて、一気に表情を変えた。
泣きそうになったのと、何かしゃべりかけたのだ。
あ、神経は大丈夫だ。判別できるし、反応しているし、その速度も遅くない。
と、目と口を見る限り、父は元気に見えた。
しかし、管につながれた父は、小さくなっていた。
それでも、元気づけようと普段通りに話しかけ、気弱なことをいっても
「大丈夫、大丈夫。また喫茶店に行こうね」
と、先週までと同じように話しかけると、
「歩けるようになったら」
というようなことを言い返してきた。
会話は成立している。

しかし、油断は禁物だ。
意識がある限り、生きる意欲も沸いてくるだろう。がんばってもらわねば。

最後まで、いつもどおり言葉をかけ、笑顔で普通に挨拶をして、病室を出た。
大げさに見えないように、こっちが気にしていないようにしないと・・・
父の寿命。自分の意識で、自分の力で伸ばしてほしいと心から思う。

何があっても、普通に接していこうと心に決める。

目と口。動きが止まらないように。




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ただひたすら、観覧車を回す

おかげさまで、公私ともに毎日、大変することが増えている。
今、いくつの仕事を抱えているのだろう・・と数えることも難しく、
それをするのも忘れて、目の前の課題に向かい、出会う人出会う人に
少しでも役立つことをしたいと思っている。
そんなこんなで毎日新しい出会いもあり、会話があり、交流があり・・
何か動くと、また次の課題が出てくる・・・。
終わらない仕事。
できれば、このまま回り続けたいと思っている。
無理なく、なめらかに、楽しく。
ただ、毎日、ひたすら観覧車を回したい。
早すぎると目が回るので、少しゆっくりめに回し続けたい。

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がんばれ、がんばれと、心の糸電話

入院している父。何かあってもとりあえずは病院で対応いただけるということで、こちらも普段どおりの生活をさせていただける。
現在の医療介護は本当によくシステムが整っており、また高齢化社会のおかげで同じ経験をされた方も多く周囲におられ、教えていただけることが多く、本当に
本当にありがたい限り。
出張が終わったら、早く病院へと思っているが、今はそこにいないし、ずっと一緒にもいられないことが続くだろう。
でも、いつも心の中で、父に向かって呼びかけている。
「がんばれ、がんばれ、とうさんがんばれ」
人間は、思えば必ず心でつながると思うのだ。

どこにいても、いつでも呼びかける。
「ぼけたらあかんよ。しっかりしてよ~」
涙ぐんでいる父が浮かぶ。

まだできることがある。まだやれる。
このピンチをどう切り抜けるか、活かしていくか。

心の糸電話をしながら、人生が次のステップに移っていっていることを感じる。

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