ある方に奉げる作品を作ろうと思ったら、とにかく集中してその人のことを思い続けること。それは個人だけでなく、組織であっても、町であっても同じこと。その対象者のことをずっとイメージし続け、この人はどんな感じだったら喜ぶのか、その人の仕事はどんな感じイメージだったら楽しいものになるのか、その人って私の中ではどんな世界に住んでいる人なのか、その人は何が好き?どんな言葉が好き?似合う?音楽でいくと長調か単調か、はたまたポルカかロックかシャンソンかアリアか???その人を想いながら、なんでもいいから口ずさんでみる。違う?いける?ん?あれ?なんとなくキーメロディが出てきた、あ、こんな感じだ。とにかく即興で歌いながら録音し、何度も歌い直し、聴きながら覚えながら。その次にピアノを弾きながら歌詞なしで弾いていく。あれ、ディズニー映画みたいな?ブロードウェイのミュージカル曲みたいになってきたぞ。あのときみたミュージカルがここで活きてくるとは。不思議なものだ。最初はもっと硬い感じのイメージがいいかと思っていたら、なんだか陽気に表現した方があの人にピッタリだ・・・。だいたい曲が仕上がってきたら、覚えたメロディーに歌詞をつける。
曲に歌詞をつける作業はなんだか楽しい、言葉遊びのような感じがするからだ。理屈ではなく、感性で言葉を選ぶ。音がきれいか、直接的でないか、夢が湧くか・・などなど。
よしよし、なんとなく形になってきたな。と思ったら、何度も演奏して、磨き上げ、自分のものにしていく。無から何かを創るは、本当に面白い。と、思うのはいつもできてから。
作品を創ることは、ひたすら「想う」ことから。
言葉のプレゼントを胸に生きる。
ある尊敬する方から、ご多用のところ、以下のお言葉をメールでいただいた。
自分の夢に対して、それについてどう思われるか?と聞いたその答えとしていただいたもの。
その人は声優業をされている。若い頃からの長年の努力から今日の実績があるのだと思う、もちろん持前の才能があるからこそ。
今回いただいたメッセージから・・・・(以下、一部引用)
『 自分の夢をつかむには、努力と才能と運だ!!!』と。
夢を掴めるかどうかは、誰にもわかりません。
あとは本人のやる気だと思います。
以下の言葉をお伝えして、締めくくらせて戴きます。
『 失敗は充実した人生を送る為のレッスン料よ!』 ソフィア・ローレン
『 不可能の反対語は可能ではない。挑戦だ!!!』
黒人初の大リーガー:ジャッキー・ロビンソン
(ここまで)
うれしかったのは、何も言っていないのに、大好きなソフィア・ローレンの言葉を引用されていること。さすが~。
そして、結局は背中を押してくれていること。
心がこもった言葉は、何よりのプレゼントになる。それを糧にして、自信をもって進むことができる。
自分も、そんな気の利いた贈り物ができるようになりたい。言葉は、人を勇気百倍にすることがある。
テレビで再会に静かな感動とエール。
日曜夕方は、1週間の中で数少ないおうちごはんの日。ビールを飲みながら、枝豆をつまみながら、テレビを見るという平和な国民?的な時間を過ごすのも悪くない。と、ゆったりモードで画面を見ていたら、瞬間「あれ!?あの人」声が出て、家族がびっくりした。
番組にではなく、コマーシャルに知り合いが出ているのだ。しかもずっと探していた人。気になりながらもご無沙汰していた人。もう2年以上音沙汰がなかった。あまりしつこく「お元気ですか?」とも正直言いづらかったので、連絡もしていなかったけれど、内心とても気になっていた。ライブを手伝っていただいたこともあった、相談を受けたこともあった、彼が撮った美しい写真を見せてもらったこともあった。
そう、そのテレビコマーシャルでは、転職をしてがんばっている人を取り上げ、ドラマチックに描いている。「アナウンサーからホテルマンへ」。そうなんだ。そっちの業界へ。しかも東北へ移ったんだ。私は夕食どころではなくなり、コマーシャルに小さく出ていたホテル名を調べる。ああここなんだ~。思わずすぐ携帯に電話をしたけれど、やっぱり・・。でも、一言がんばって!と言いたくなって、そのホテルのお問い合わせフォームに、ホテルのことをそのコマーシャルで観たことを書き、ホテルの資料請求とともに、その人の活躍を願っていると伝えてほしいと書いて送信したら、翌日宅急便で資料が本人から届いた。名刺とミニメッセージも添えて。「元気にしています、いずれお会いできることを楽しみにしています・・・」という手書きの文字に安堵する。そうか~。本当にホテルマンになったんだ・・。すぐ送ってくれたことがうれしかった。
それにしても、歌手や俳優でもない、知り合いがいきなりテレビコマーシャルに出ていたらびっくりするものだ。映像上の彼は相変わらず爽やかないい笑顔だった。彼が詠んでくれた詩を懐かしく思い出す。また会える日まで。勇気ある新たなスタートに心からエールを送りたい。
浮かぶ瞬間まで「悶々」を楽しむ
講演のシナリオや研修のシナリオを考えるには、集中すればいい。と書くと簡単なことのようだが、そうではない。子供の勉強のようであるが、集中する!という環境を頭の中で創る、この切り替えまでに案外時間がかかる。やらねばならないときに限って、コーヒーばかり何杯も飲んだり、甘いものに手を出したり、余計な調べものをしたりする。新曲を絶対にこの日までに!と心に決めるのはいいが、閃きというのは、あるときふと降りてくるもので、パソコンの前に座っていても浮かぶはずもなく、計画的にはいかないものだ。しかし、思っていればそっちの世界に頭が動いていくから、悶々しながら一見無駄な時間を過ごしながら、どんどん自分を追いつめていく。移動中はアイデアや曲が浮かびやすい。まだ浮かばない緊張感から解放されたように何かが湧いてきたときの爽快感は何とも言えない至福なひとときだ。あと3日で本番だ。と思っていても、まだいけるとゆっくり構える自分もいる一方、早く浮かべ~と追い詰める自分もいて、悶々しながら時間を過ごす日もたまにある。作詞作曲の面白さはいつの間にか、描きたい光景なり絵が浮かぶこと、そこに音がついてきて、言葉はあとからである。ネーミングでもなんでもそう、浮かぶものは、遊びながら、関係ないことをしながら、それがヒントになって発案することもある。ゼロから何かを創造することは面白い。そう思って、悶々と1日を過ごす日もある。そう、創造とは閃く自分を信じることかも?
悔いなき今年を仕上げる。
本日9月1日は母親の75歳の誕生日。いやはや、無事この日を迎えることができ、良かったと今年はとくに思う。もしかしたら・・ということもあったせいもあるが、人間70年以上生きていれば、当たり前のように毎年誕生日を迎えることができるとは、やはり思い難い。
誕生日は当たり前には来ない。毎日の努力と幸運の積み重ねで毎日毎日生きている、それを365回繰り返して誕生日が来るのだから、
年老いた現在こそ、誕生日は大切にしたい。9月が始まった。ということは今年もあと3分の一しかない。自分は今年、何をしてきているか?正直、満足ややりきったという頂点までは達していない。もちろん日々の中では精一杯の営みをしているとは思うが、まだ全力を出し切っているかといえば、燃焼しきっていない感がある。今年の挑戦、今年のうちに。やろうと思っていることがまだまだ残っている。語呂合わせではないが「くい」のない1年にしようと75歳という年齢をかみしめている母のことを思いながら、自分のことをそこに重ねる。よし、今日から悔いなき今年を仕上げるために動き出すとしよう。自分の存在のルーツ、母の誕生に感謝の気持ちを抱きつつ・・。
「シャキッ」と「グニャッ」と気持ちの関係?
週末、仕事をしながら、その合間、下手な料理をする。企業さんの新商品のお試しだったり、農家さんの野菜であったり、使わねばならない食材が常にある。そのなかで、好んで消費しているのが、新潟の野菜だ。農家さんや、田んぼ、畑、直売所・・・いろんなものがパノラマ状に頭に浮かびながら、つかの間の料理を楽しむ。実は、野菜を切っているとき、幸せを感じている。あのシャキシャキッとした音はなんとも心地よく、ストレス解消にもなり、いい音してるな~と悦に入る。一方、苦手なものは、肉屋を魚を切ることだ。実は血が苦手であるため、極力肉類は、切りたくない。たまに、切るとあの「ぐにゃっ」という感覚が不快である。ああ、いやだ、ああごめんなさい。そんな気持ちになるのだ。だから、相対的には野菜に好感をもっている。
それにしてもこの「シャキッ」と「グニャッ」はいろんな意味で正反対だ。前向きと後ろ向き?前進と堕落?というぐらい違う印象だといえば大げさだろうか。わたしは、やっぱりシャキッとした気持ち、食感が好きだ。
本日、オンエアです

本日8月30日18時より、オンエアの「愛の元気人」のゲストとのツーショットです。
クッキングライフnukunukuの渡辺まゆみさんと、よらんかね古町 二瓶 剛さんです。
それぞれとっても素敵な笑顔とトークでした。これからのますますのご活躍を期待しております。
「新しいから」ではなく「自分に合うか」
出張が多く、外泊は年間かなりの回数になる。年間80泊ぐらいしているのかも?ホテル選びはなかなか重要だ。昔、寝るだけでいい!と思っていたときには、国内・海外ともにホテル選びは今から思えば安ければいいということで選んでいた。ひどい部屋にも何度も出会って、その旅自体が不快になることもあった。今は仕事で行くことがほとんであるため、宿は仕事場であり、旅先での生活の場。外泊しすぎて外食も飽きてくると、それこそ部屋で食事をするということも増えてくる。新しいホテルができたからという話を聞く。新しいのはいいことだ。すべてが新しくて、キレイだから安心・快適だ。ためしに泊まってみるのはいい。そして泊まってみる。うん?こんなところは今いちかなとサービス面、また部屋から見た眺め・・・など結局は新築かどうかだけでなく、総合的に判断して、次も利用するかどうかを決めるようになる。
新しいだけではダメだ。自分のライフスタイルに合っていることが大切。
あちこち泊まるのが好きという方もおられるし、その方法もいいと思うが、私はわが家のごとく過ごせることが一番だ。要するに無理が効く?家族のような感じがするホテル。
いずれにせよ、このジプシーな暮らしは、自分の生き方にとても合っている。
また、ホテル選びはもしかしたらパートナー探しと同じかも?少々古くても自分に合っているか?
「これから、何になろうかな?」いつでも夢を。
ある日曜の午後だったか、「うーん、これから何になろうかな?」とひとりつぶやいたら、家人がきいていたのか笑い出した。「普通、50もすぎて今から何になろうだって?」「おかしいかね?」笑いながら、「いやー、いいんじゃない。普通はそうは思わないだろうけど」
と言われて、そんなに変なことを言ったのかなと自分が自然に発した言葉を反芻。しかし、最近いつもそう思っている。もっと何かしなくちゃ、このままじゃだめだ、何になろう、何にしよう。そう、心は少女のように夢を追い求めている。何がしたいかといえば、人に感動を与えたい、元気を与えたい。それに尽きる。笑いでも涙でもなんでもいい。人が素直になれる心の状態、浄化されたキレイな心になれる瞬間に出会いたい、自分がその黒子でいたいということだろう。ありきたりがいや、人と一緒が嫌だと思うから、なかなかやっかいではあるが、ここのところ私の希望は「これから、何になろうかな」と真剣に思える人生に対するあきらめない意欲だ。これがある限り、元気に生きられるような気がする。最期の最後まで「さあ、何になろうかな?」とつぶやける人生がいい。
徐々に?すっかりおばさん?
言いづらいことを相手に伝えることは、とてもパワーが要る。
おかしいなと思うこと、不快なこと、どうしても言わないとこちらに迷惑がかかること・・・世の中にはいろんな「撃退したいこと」
があるけれど、往々にして自分の都合でそう思うのである。自分が不快、自分が迷惑と感じるのであって、相手にはそれはわからない。
でも、その不快感をそのままにしておくと、人間関係が悪くなったり、仕事がはかどらなかったり、もっといえば、相手のためにもならない!とかいう正義感も芽生えてきて、おせっかい心も生まれるのである。
最近、自分はそんなとき黙っておられず、うやむやにはしたくないぞ。という思いで、その発信元、対象である人に伝えることがある。
もちろん単なるクレームとか、文句とは思われたくないし、今後のこともあるから、という意味も込めて、ときには面識のない相手に電話で、ときには自分の半分ぐらいの年齢の若い人にも言うべきことは言おうと思っている。
ある若い人に「こういうときはこうしないと周りが困るよ、仕事をうまくやるにはこうした方がいいよ」と進言した。すると彼女はそれを理解してくれたようだ。「教えていただき、ありがとうございます。これからも何か気づいたらなんでもおっしゃってください」とのこと。
いや~。言いづらいことは、そう言いたくないものだ。気づいたら言うのは、すごいパワーが要ることなんだよ。と心の中で思いながら、でも自分自身、それを最近結構やっているな~。疲れを知らないおばさん?おばさんは、恥じらいのない人のことか?いや、安定感がある人か?わからないけれども、素直に実直に生きたいだけだ。自分の中にため込むだけでは何も解決にならないのだから。
