ザビエルさん、聴こえますか?

ついに、山口のザビエル記念聖堂て、ザビエルの歌を歌うことができた。
(山口さは、ザビエルではなく、「サビエル」と呼ぶそうである)

クリスチャンでもない私が。山口市民でない、出身者ではない私が・・。
平戸につづく、ザビエル滞在の地での演奏第二弾が・・ついに実現した。

ザビエルはこの地でわずか2週間の滞在ではあったが、500人もの人に
辻説法をして、布教活動をしたのだそうだ。もしザビエルが京都で
天皇と会えていたら、山口での活動は、実現しなかったのかもしれない。

1年前、この地を訪問した際に、
心に決めた、この素晴らしい教会での献歌の実現。
またもや妄想からうまれた行動。
そして1年後の昨日、
1000人以上の参加者の前で、厳かに そして心を込めて
歌った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ああ、光る海は希望の証しだと
私は立っている、君が歩き来た町へ
そう君は誰のために強く生きたの
私は感じてる 君が活きたときを越えて・・・♪

              (フランチェスコの夢より の歌詞抜粋より) 
・・・・・・・・・・・・・・・・

この歌どおり、平戸をたずね、山口をたずね・・
周囲のみなさんの応援のおかげで、
実現したこの夢。

ザビエルさん、聴こえましたか?・・・
「まさこさーん、きいてますよ」
天で、ザビエルが笑っている顔が浮かぶ。

まもなく、12月3日。

ありがたい、54歳までの仕上げがひとつ終わった。

写真は、当日の朝会場入りする前と、特別に演奏させていただいた
大聖堂内。

私の夢をかなえてくださった、山口のみなさん、本当に本当に
ありがとうございました!

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ザビエルに捧げる歌を、山口で・・・

いよいよ、山口に入った。そして、いよいよ12月1日だ。
昨日、キリシタン殉教の地、津和野にも足を運び、その悲しい歴史にも
触れ、そしてザビエル大聖堂へ・・。

キリスト教の伝来は、多くの歴史を、影響を日本にもたらした。
460年の歴史を経て、今、私たちの周りには、クリスマスという
もっとも親しみある国民的行事が定着したが、これはもともと
ザビエルが山口市で行ったミサから。

その山口市。本日から1か月、クリスマス市という名前でもって
連日クリスマスに関するイベントを行う。
そのキックオフである初日イベント。
念願であった、ザビエル大聖堂にて、「フランチェスコの夢」を
アカペラで奉納し、そのあとは、市内の湯田温泉での祝賀会で
演奏。リハーサルも無事終えることができた。

54歳最後の大仕事は、新たな挑戦。
ザビエルが、はじめて日本に来たとき、山口に来たとき
どんな気持ちであっただろう。
そんなことを想いながら、私なりの表現に挑戦したい。

「ああ、光る海は 希望の証だと・・」
リスボンでザビエルがそう思って船出したのだと
想像を膨らませながら・・。
今日は、ザビエルに語り掛けるように 歌いたい。
まさに、フランチェスコの夢は、私の夢。

紅葉美しきこの教会のセレモニーに1000名が集うのだという。
うまくいきますように!

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なぜ、ここに来たのか。に意味がある。

いよいよ、山口のフランシスコザビエル聖堂での本番が迫ってきた。
今さらながら、練習も準備も追いついていない、毎度のことではあるが
緊張が徐々に高まっている。

とにかく、純粋な気持ちで、純粋な声で、ことばで・・
450年以上前に、ザビエルがその町をたずね、滞在し、人々と対話し、彼の
使命を果たそうと努力をした、その町で、
その当時の様子を思い浮かべながら、心を込め、丁寧に歌いたい。

念願のザビエル滞在地での演奏 第二弾!
ほんとうに、ほんとうにありがたく・・
ここまで、導いてくださった神田のザビエルさんに感謝しても
しきれない。

これで、私の54歳の旅が一区切り。
純粋に、とにかく気持ちを込めて・・

なぜ、ザビエルが山口に行ったのか、
そして、今なぜ、私が山口に行くのか・・。

そこにこだわり、ザビエルを想い、歌いたい、

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次は、方言コミュニケーションに注目!

よく、新潟で「関西の人ですか?」と聞かれることは
すでに書いた。
方言は、印象付けには有効なようだ。いいか悪いかは別としても。
最近、岐阜の人と話していて、ああ、昔こういう言葉をよく聞いたな
とか、懐かしいと思うことが多くなってきた。
とくに方言を話すのは、ご年配の方・・かと思いきや
よく聞いているとそうでもない、若い人も使っている。
言葉とは面白い。ところ変われば、言葉も変わる。

そんななか、岐阜弁のかるたを発見。なぜか、その企画意図に
いたく共感をし、何かできないか!?と思いたち、その監修者である地元の
大学教授の先生にコンタクト、そして新年に地域の子供たちの
イベントに・・という企画を実施する運びとなった。

最近、言葉が乱れている・・・と思っていたが、その先生いわく
「言葉が乱れたのが方言ですよ」とひとこと。なるほど。
では、乱れること自体は悪いことではないということだ。
とにかく、方言を大切に、方言でのコミュニケーションを残したい
いろんな思いのこもった方言コミュニケーションツールを通じ、
今の時代ならではの、心温まる試みができればと思った次第。

コミュニケーションクリエイターの活動範囲は、まだまだ
開拓の余地がある。

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人間はやっぱ、みな平等。

誰にとっても
1日24時間365日。
それを繰り返して、人生が過ぎる。
これは誰にとっても同じこと。
1日25時間の人もいないし、1年400日の人もいない。
時計は人間平等証のツールだ。
どうせ同じ時間を刻むなら、自分ならではの
意義ある時間を重ねたいと思う。

またいつその人生時計が止まるかもしれないという点も
皆、同じ。
時計はやっぱり、人間平等証のツールだ。
明日のことが見えないから、であれば、よりいい方向にと考えたくなる。
夢とはそんな願望からうまれるのではないか。

人生の終わりを自分で決められない。
これは人であれば皆同じ。
自死を選びそれが叶えば別であろうが、それもそういう宿命
というタイミングなのかもしれず・・。
そう思えば、そこも含め、人間はいつまで生きるかあらかじめ
分からないという点でも平等だ。

最近さらに、もうひとつ思うこと。
誰しも、人に喜んでもらったり、感謝されることが嬉しい。
そこも共通している点だ。
それが人間らしき生きること、存在意義に関わってくる。

以上を考えると、総じて、
本来人間は平等であり、根本は同じだということ。

この基本を忘れず、
毎日一生懸命、謙虚に、受け入れることを恐れず、
そして愛をもって生きていきたい。

お客様が喜んでくださる瞬間の連続に出会うことで
最近そんな思いを強くする。

皆 もともと平等。
あとは自分次第。

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あとひと山、ふた山で55歳。

54歳ラストウィークを駆け抜けている。
この10日間で、越えねばならぬ新たな山が4つあった。
やっと2つ越えた。あと2つ越える。
最後のヤマは、まさにわが人生54歳のヤマ場になるかもしれない。
知らない世界へ飛び込むのは、なかなか・・・勇気がいるものだ。
でも、それをしないと世界は広がらない。
と、きっとザビエルさんもそう思っていただろう。

とにかく、悔いない人生にするために、
もがきながら走っている間に、新たなチャンスが生まれることを
たのしみながら進む。

人生の山のぼり。
修行や苦行と思うと、つらくなるが、登山と思えば楽しくなる。

毎日が本番。こんなありがたいチャレンジフルな人生はない。
誕生日まで、あと、ふたつ山を越えよう。

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11月17日開催の新潟ディナーショーのレポートを公開しました。

11月17日新潟モノリスで開催しました「愛の元気人 ファイナルディナーショー」のレポートを
公開しました。
最後の演奏曲「イツカサイゴ」の演奏の様子も、YOU TUBEにアップしています。

愛の元気人ファイナルディナーショーレポート

イツカサイゴ 新潟初演 2018

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銀幕音楽の神様に祈りを捧げ・・

小学生のころ、あこがれたフランスの世界。
それは、日曜洋画劇場のアランドロンからはじまった。

そして、その後、フランス映画の数々に、子供心にもなんともいえない
甘く切ない、美しいメロディーが使われていることを、エレクトーンの
教室で知った。そして、そのメロディを覚えた。

映画自体を観たのは、もっと大きくなってから。
最初は映画音楽から・・・

美しいスクリーンミュージックを作り続けたのは、フランシス・レイと、
ヘンリーマンシーニ。
前者はフランス、後者はアメリカの名画をより美しく彩った。

40年以上前に親しんだこれらの名曲は、今もわが心に不滅・・。
そんななか、フランシス・レイが最近96歳で亡くなったことを知った。
最近、その名を聞くことはなかったが、そうだったのか・・。
大変お世話になりました。と静かに手を合わせた。
アコーディオン弾きからはじまったらしい、この作曲家の人生。
ある愛の歌、白い恋人たち、男と女、パリのめぐりあい・・・
どれもこれも、ほんとうに美しい。

音楽は不滅だ。
パリへの憧れ、夢を少女時代の私に与えてくれた、もしかしたら
グラン・ルーの原点は、この偉大なる作曲家かもしれない。

死んでも残る美しい曲を。
改めて、人生の目標を心新たにする。

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楽しく老いて、楽しく終われ。

父のデイサービスの契約を終えた。
包括支援センターなる存在を知り、認知症予防段階から
お世話になることができることを知り、
父にすすめ、おためし体験。
若いスタッフに対応してもらえることや、友達もできるなど
いろんな意味で、父の新たな「仕事場」ができたようで、
これから週二回、通うことに合意。
関わる人がいる、相手にしてくれる人がいる、体が動かせる、
ちょっとお客様的にももてなしてもらえる・・・
福祉の仕事をされている方は、さすがだと、施設の方や
ケアマネージャーなる方を知り、感心しきり。
私なら、すぐ父に怒ってしまったり、口調がきつくなるが、
みなさん優しく、対応され、父もご満悦。
車の免許返上から、1年半経過したが、ここにきて
80歳を越えた父に、新たな居場所がみつかり、本当に
良かった。
ずっと認知症予防の段階でいてもらえたらありがたい。
そして、毎日楽しく時間を過ごし、人生を楽しく最後まで
生きてもらいたいと思う。

家族だけでは楽しく生きられない。
人は友達がほしい、仲間がほしい。
今どきの福祉サービスは、こんな領域までカバーして
くれていると思うと、ありがたい限り。

とにかく笑顔で。とにかく楽しく。

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恩師の言葉に、背筋が伸びて。

91歳になられた、元恩師。
会社員時代のボス、元社長。
私が脱サラした直後に、社長を引退された。
久しぶりにお隣に座らせていただき、いろいろお話をさせていただいた。
昔から、情熱的でちょっと妄想もされ、それが当時のビジネスにもプラスの影響があった。
環境破壊を考えるために、南米アマゾンの写真集を発行したり、
印刷会社の枠を超えて新しいビジネスをつくろうと、マレーシアや香港にマーケティングリサーチに
出かけ、よく同行させていただいた。
出張中に阪神淡路の大震災が起きたことも、忘れられない思い出だ。

その方のお名前はミスターホンダ。
本当に尽きない話題の持ち主であった。
酒類業界からの転身組で、印刷業界に大変興味をもたれた。

そんなミスターホンダが、今回2つ私に残した言葉。
ひとつめ
「印刷はグーテンベルク以来の人類の文明だ。今、印刷会社は今こそ、それに代わる、新しいバイブルを
 作らなきゃいけないんだ。わしにはできなかったけれども・・・」
やっぱり、印刷といえば、聖書だ。私もまったく同じ理解をしているだけに、この言葉に勇気を得た。
そして、
「今尾くん。わしは、君の弾く、ショパンの幻想即興曲が聴きたい」
とのお言葉。

印刷と音楽。
ミスターホンダは、本当に理解してくれていた人のひとりだ。
91歳。
100歳になられても、まだまだ語り合いたい。

やっぱり妄想でき、情熱と愛のある経営者に、心動かされる。
素晴らしい上司のもと、学ばせていただいた若き日々を
改めて愛おしく懐かしく、そして誇りに思う。

そして、恩返しをしなければならない。

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