マイカレンダー2021の準備。

いつの間にか、毎年恒例になったマイカレンダー。
自分が撮った写真や、撮っていただいた自分の写真で、来年の12か月を構成する。
長年一緒に仕事をしていただいているデザイナーさんが、最初プレゼントして
くださってから、私ももちろん気に入ったし、さしあげた方に大好評で、その後、毎年超限定でつくり、親しい方やご希望される方にお届けしている。
有料でいいから、という方も多く、ありがたい限りだ。
一年間、仕事場や店頭、ご自宅で、私の分身?を置いてもらって過ごしていただく。病床においてもらっている方もおられた。
「いつも、癒されてるよ」「写真を見て元気もらってます」・・・との声をいただき、毎日一緒にいるような気持ちになれるツールの存在はとても意味があると、思っている。
そろそろ、2021年分の用意。今年はあいにく海外には一度も行けなかった。が、昨年末までに出かけたところで、今の思いや状況に合ったもの、そしてグラン・ルーらしいもの、自分らしい写真・・少し変化をもたせて、12枚を選ぶ。
自分である程度多めにセレクトし、あとはそのデザイナーさんに選んでいただくことにしている。第三者の目を活かしたいため。自分らしさは、実は自分だけで決めるものではなく、周囲の目が大切だ。
その方が選んでくれた案を基本に進める。
マーサとともに、12か月を過ごしていただきたいマイツールがまもなくできあがる。以下の写真は昨年、パリのサンジェルマン・デ・プレ教会で撮影したもの。平和への祈りと、そして今はコロナ終息への祈りを込め、この1枚も選定。自分だけのカレンダー。なぜかとても気持ちいい。希望される方に心を込めて、来年も寄り添い合える人に、お届けしたい・・。

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介護、ときどきピアノ。

出張から戻った翌朝は、親の食べ物を作って、実家へ向かう。
デイサービスに出かけるまでの間、いつもどおりの価値観のズレ
から、口論も毎回の恒例行事となった。
とにかく、ヘルパーさんの助けを経て、なんとか無事送りだす。
そこから、想定外の雑用がはじまる。
1時間で終えて、移動しようと思っていたが、そういうわけにいかず。
洗濯ものを室内ではなく、屋外に干してほしいとの要望。
昔の人は、室内干しとかはダメで、おてんとさまの下で洗濯物を干すのが
鉄則だそうで・・・。
ということは、乾くまで、待っていなければならない。

晴天であっても、母から頼まれた洗濯物が天日で乾くまでには
半日はかかるため、その間積み残した雑用にとりかかる。
片付けやら、父の施設への訪問やら・・・に時間を費やす。
どこからどこを介護というのかはわからないが、とにかくなんやかんやと
すべきことが続いている。
そして、ひと段落ついた。
よし、おいしいコーヒーを一杯。とても美味しくいただく。
そして、残った時間はピアノの蓋を空けて、おもむろに弾き始める。
介護、ときどきピアノ。
これが最近の地元ライフだ。

ピアノを弾いていると、子供の頃の両親のことが思い出されて、胸がいっぱいになる。
どんな思いで買った、どんな思いで習わせた・・・
そんなことを思い出し、
長い時間が経ったのだと改めて思う。

三十分も弾いたら、リフレッシュ。
とともに、このピアノを買い、習わせてくれた親は大切にせねばとの
気持ちも強くなり、今朝の喧嘩のことは帳消しになる。


そして、また雑務へ・・・。

これからもしばらく、介護、時々ピアノ。の生活をおくる。
ピアノの時間が長い方が良いのだけれど・・・・。

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だんだん小さくなる。

人間の肉体は、30代から衰えると聞いたことがある。

もちろん50代後半の今でもまだまだ若いと信じ、身体と精神のより良いバランスの中で、日々仕事も頑張れる。30代から四半世紀、まだおかげさまで飛び回っている。そのうち飛び回れない日が来るのだろう。でも、今は前進あるのみ。

我が身長は、もう小学生高学年で伸びが止まった。ずっと小型だ。しかもここ数年さらに小さくなっているような。パソコン漬けやリュック依存で姿勢が悪くなっているのかもしれない。ピンと背筋を伸ばす習慣づけが大切だ。

最近、父の移動に手を貸したり、母の身体に湿布を貼ったりと親の身体を目の当たりにする機会が増えている。

その度、なんと小さく、か細くなってしまったか。母においては背中が曲がってさらに小さく見えて、観ているだけで心が痛む。

口を開けばまだ言い合いができるほど、力を振り絞っているが、身体の衰えには勝てない。

どんどん小さくなっていく親を見て、人生最後の奉公をしっかりしていかねば。自由が効かなくなる人生。自分は耐えられるだろうか。成長のあと、人は衰退を受け入れ小さくなって生きる。なんとも悲しい。

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あったはずが、ない。

先日出向いた、久しぶりの東京の谷中。何年も、上野方面を訪ねるたび、ずっと愛用していたケーキやさん。お店は古いのと特にも凝っておらず、見た目はともかく、味が良く、お値打ち。週末のマドレーヌの特価が気に入っていた。
私の好みの昭和の焼き菓子の味わい・・。
どうやら業務用に製造しているお店のようだ。
1年前に行ったきり、今年になってからは行けていなかった。
さて、久しぶりに・・とお取り置きの電話をしようと、登録してある番号を押す。
「お客様がおかけの電話は・・・」嫌なアナウンスが流れた。
まさか?次にネットで検索。もともとホームページもないから、誰かが書き込んでいないとわからないが、今の時代は、そういう点は便利。
お店が閉店したと書き込まれている。
「へ?何かの間違いじゃないの?」
その情報が信じられず、そのままとにかく店の前まで駆けつけてみる。
もうお店の影も形もなく、他の建物ができつつあった。
あれ?ここにあったはずなのに・・・。
「ああ、ここのマドレーヌ、もう食べられないのか~」
本当においしかったのと、おいしいマドレーヌが年々減っているため、
ショックは大きかった。
どこかでまた店が始まるだろうか?今のところ、調べようもない。
悲しい気持ちを収めるまでに、しばらく時間がかかった。

数日後。散歩を兼ねて、名古屋城の近くのホテルを目指して歩く。
昔東京に住んでいたころ、出張やまたは親を連れて宿泊など利用
していたホテルだ。
こちらも半年以上ご無沙汰している。
もう宿泊することはないけれど、せっかくだからパンでも・・と
向かい、ホテルの玄関まで向かう。
様子がおかしい。駐車場にゴミの山・・。建物の中が暗い。
ロータリーには人がおらず、ゴミの山だけ・・。

へ?ここも?

営業していると確信していたため、ここに来るまでWEBサイトも
見ていなかった。あわててスマホでみると、なんと、
9月末で営業を終了したとのこと。
もともと、改装するつもりだったのか、立て直すつもりだったのか
はたまたコロナで・・・。
こちらもショックで、しばらく誰もいないホテルの前でたたずみ、
そのうち壊されてしまうかもと思い、名古屋城をバックに撮影。
親孝行もどきをしたひとときを思い出し・・・。

そんなこんなで、こんな風に、そこに行けば必ずある。と信じていた店が
ぽつぽつと消えていく。
これはコロナのせいだ。
店がなくなるということは、お客ももちろん困るけれど、それ以上にそこで働く人たちが・・・どうされているのだろう?

いつもあると信じているものが消えていく。
2020年はそんなことを体験してしまう、縁起でもない年だ。

閉店、廃業・・・これからますます増えることが怖い。
どうこの危機を乗り越えるのか。
本当にいち早い判断が求められる。
お客としては、寂しいけれど、お互いがんばっていれば、またどこかで会えると
信じて、再会の日を待ち、自分もがんばらねばと思う。
生きていれば、がんばっていれば、覚えていれば、願っていれば、
形が変わっても、どこかでいつか、再会できると信じて・・。

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コロナでNO!グッバイ

父から入所する施設より、
「コロナの感染予防のため、申し訳ありませんが、20日より面会禁止と
させていただきます」との連絡が入った。
これまでお世話になってきた他の施設では、面会は玄関先でのみ許可される
などで、絶対に会えないということはなかった。ただ、他の施設では春の時点でも、すでにWEB面会で対応しているところもあり、それぞれの状況のなかで、苦渋の判断や工夫をされていたが、私自身は、「会えない」という状況は少し他人事のように思っていた・・・。

であるが、今回は会えない。面会禁止。
渡したいものがあれば受付に預ける・・・。

20日から会えないとなると、それまでの間、
毎日でも行かなくちゃと思うのが不思議。
私だけでなく、家族親戚含め、今のうちに面会に言っておこう。という感じになる。
期間限定となると、やはり人は動く。
いつでもいいや。と思えるのは平和なしるし。今は違う。

コロナは要注意だ。もしも、羅漢したら、もし感染したら・・・。
命をおとすこともないとは言えない。

今日の面会が最後になるかもしれない。
と、そんなことを思いながら、ちょっと緊張しながら
父に接する。

いつが最後になるかわからない。
コロナでさよなら。だけは避けたい。

2020年・・・どんな年越えになるのだろう。

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「足」にお金をかける

名古屋や岐阜はトヨタ王国、車社会だ。
一家に複数台車を所有するのは、当然。であるから、黄ナンバーの軽自動車も多いけれど、それ以上に、レクサスや外車も目に付く。
車社会であるから、衣装にお金をかけるよりも、車に投資する人が多いのだろう。
車がまさに足代わり。ちょっとした外出も車で行くのが当たり前。
すぐ、「乗せていってあげるわ~」と、徒歩人は弱者のごとく、親切に声をかけてくれる。
他人事ながら、運動不足や、免許返納後がとても心配になるほどに、車ありきの
生活は便利さはもちろん理解しつつも、いろいろ気になる・・・・。

一方、移動は徒歩が基本。と、歩くのが大好きな私は、東京時代は毎日一万歩以上歩くのは当たり前であった。今もそのペースをなるべく落とさないように、名古屋でも岐阜でも、京都でもとにかくてくてく歩く。

歩くのは健康に良いだけでなく、市場調査にもなり、気分転換にもなり、歌の練習やアイデアを生む発想の時間としても、大変に有意義だ。
その歩きを支える、わが足・・。車ではなく、靴が重要だ。
外反母趾の痛みを軽減しながら、疲れないように、しかも見栄えもそこそこ・・
自分に合う靴をみつけることは大切だ。
靴が合わないのは、不幸である。

このたび、これまでよりも、ちょっとだけ高い靴を入手する。しかも出張先で、
偶然、運命的にいい靴に出会ってしまった。これを逃しては・・・と購入、しかもそれを履いて帰ってきた。(履いていた靴はそのまま修理に出した)
「靴で、そんな値段・・・」
「でも、車買うより、安いよね。靴なんか・・・」
そんな会話。
そう、車一台買うなら、靴はイメルダ夫人のように、何百足も買えてしまう。

歩く人にとっては靴は大切だ。ランナーにとってもシューズが大事なのと同じだ。

靴と車。どっちも大切な足。移動できることに感謝し、今日も新たな世界をてくてくと見つけるとしよう。

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ぼけても会話を楽しむ

親の知人たち。80歳を超えた人が多い。
もちろん個人差がある。すべての人がではないが、ぼけている人も
ちらほら・・。
自分の親においても、同じことを何度も言うのは当たり前、明らかに意味不明な
コトバを平気で、真顔で連発する。
そこにいちいち反応、反発するのはもういいか。
「ボケてると思って、ばかにするな」
こんな言葉も痛い。

ボケてきているのは母だけではない。
近所の喫茶店で、あるおばあさん。
「昌子ちゃん、お母さんどうやね。」
どうやら、まだ入院しているか、施設にいると思っておられるらしい。
「あ、もう家に帰っていますよ。まあ、元気は元気です」
と応えると、そこの店のスタッフが
「何いってんの。〇〇さん、昨日、一緒に定食食べていたやん」
と突っ込み。昨日、元気な母に会っていたのに、忘れているのだ。
しばらく、沈黙。
そして、しばらくしてまた
「おかあさん、どうやね」
と同じ質問をされるので、
「もう、帰ってますよ」
と同じように応えるが、同じ質問が何度か続き、周囲がそのたびに
「何いってんの。しっかりして~」
と突っ込む。ドラマの一コマのようだが、
この喫茶店では、高齢のお客さんが多いため、こんな会話も日常茶飯事のようだ。

ぼけた人との会話。
しっかりしている人からすれば、会話がかみ合わず、違和感もある。
しかし、ぼけた老人同士の会話はどうだろう?
お互いに意味を理解しなかったり、覚えていなかったり、で
会話の中身はかみ合わないし、意志の疎通も難しいけれども、
顔見知りであるということだけで、その瞬間、同じ時を過ごしている
ということだけで、何か安心感が得られるのかもしれない。
一緒にいるということだけで、楽しいのかもしれない。

でも、その一緒にいたこと、一緒に話したこと自体も忘れてしまう
ので、客観的にみるとそのコミュニケーションもどこか切なく、むなしい。

老いるということはそういうことか。
だんだん、かみ合わない会話を聴くことが増え、
意味不明の言葉を浴びる。

会話が成り立つということは、本当にありがたく、また貴重なこと。

相手がまともであった日と同じように、直球を返しても相手には
受けとめられない。
であれば、全力で向き合うのではなく、見守る、優しく返す。
そんなあきらめも含めた、ラフなコミュニケーションの大切さを思う日々。

ぼけても人とふれあいたい。
ぼけても、会話を楽しみたい。

中身ではなく、その行為こそが、生きるために必要だ。
老いるとは、だんだん人間の本質に迫っていくことでもあると
思えてくる・・。



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コロナでお久しぶり!

コロナ感染拡大で対面のミーティングが中止、延期となった仕事も多い。
そんななか、やっと再稼働しようと再会したプロジェクト。
半年以上ぶりにお会いすることができるようになった、ある企業の皆さん。

久しぶりにオフィスにお邪魔し、ドアを開け、
「おはようございまーす!」
元気に挨拶。事務所の皆さんも出迎えてくださる。
半年前と変わらない、いい緊張感だ。
そして互いに、再会を喜ぶ。
「元気でした~?」「おかげさまで元気ですよ~」

顔が全部見えてのコロナ前。とマスクで顔が半分しか見えない、現在。
ここがまずは以前と大きく違う。
さらに声が大きくなりがちであるが、
マスク越しに元気な声を伝えるため、どうしてもそうなってしまう。
みなさん、半年前と変わらず、
再会を楽しみにしてもらっていたことはうれしい。

まずは無事に再会できたことを祝し、さらに寄り添い、いい仕事ができればと
思う。

それにしても、それがまた延期になったり・・再び、自粛の兆し・・。
気を抜いてはいけない。

そして、
それにしても、マスクを着用しての会議は、やりづらい。
表情がわからず、ぎこちなくの進行になりがちだ・・。

そんな状況ではあるが、何とか会議も進行。プロジェクトが再稼働。
止まっていたことが動き始めるのは、嬉しい。
互いに感謝し、元気に活動を進めていきたい。
と、新しい気持ちになる。

半年ぶりに会う。うれしく、なつかしく。有難みが増す。
コロナで久しぶり!は、心地よい緊張感をもたらしてくれる。

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やさしい目力、求む。

マスク。これからの季節、実はとてもいい。
夏は暑くて、しかもマスクしながら話していると、窒息しそうにになるか、熱中症になるかと思うほど不快であったのに、最近はマスクを長い時間していても
まあ、気にならない。暖かくて心地良い。
マスクをしている顔。
これが普通になりつつある。
コミュニケーション上、問題ではある。
目がどんなであっても、口元こそ、表情が出る。とくに日本人の場合は、口元に出る方だと思うため、口元が見えないと、「ほんとのところ」はわからない。

企業訪問をしたり、いろんな方にお会いするが、初対面の場合、まずは警戒されないようにと楽しい演出を考えたり、わざと関西弁であいさつしながら、場を和ませ、まず相手が笑うように心がける。
笑っていれば、その人の笑顔がわかる。

しかし笑っていないと、黙っていると怖いこともある。
怒ってるのかな。睨まれているかな。
決してそういうつもりでなくても、そう見えてしまう。
緊張の瞬間だ。

そこで思うのは、やさしい目力を養うことだ。
マスクの上から見えるハーフの顔つきが、やさしそうに見えること。
ここは大切だ。
先日、飲食業のスタッフ研修で、
マスクしているときは、目はたぬきで!とお伝えした。

たれ目になっていれば、警戒心は解ける。

やる気満々、挑戦の目力ではなく、相手を包み込む優雅、優美な目力がいい。
当然、マスクとのコーディネイトも関係してくる。
キツイ色、柄のマスクに、にらみ顔・・・これは、かなり怖い。
白いマスクに、あるいは淡い色のマスクにやさしい笑顔。
これをぜひいきわたらせたい。

まずは、自分から。

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遠隔見守りは難しい。

日々の自分の仕事や暮らしも維持しながら、実家の両親の面倒を見るということは難しい。
同居することは現実的に、さまざまな点から難しいため、今の方法をとっている。
それでも、3年前に名古屋へ引っ越してきたことは、タイミングといい、本当に幸運な選択であった。
東京と岐阜を日々行き来することは難しいが、名古屋と岐阜ならば毎日往復も可能だ。

それでも、別居の場合は、遠隔操作が必要だ。
毎日連絡をとり、一日おきに実家に行き・・・介護の皆さまのお世話になりながら自分でできることをするが、緊急事態の備えはなかなかむつかしい。

このたび、警備会社の見守りサービスを導入することにした。
緊急時に出動してもらえ、いよいよのときは救急車へ・・。
また、12時間のトイレ利用がないと、連絡が入る・・・。

便利だ~。

と思ったとたん、間違ってボタンを押され、夜遅くに警備会社から連絡があったり、未明にと・・・。
結局、気が休まらない日は続く・・・

それでも、ないよりはよい。

見守りは難しい。
いろんな工夫をしながら、慣れながら・・・。

いつか終わるときのために、今 日々奮闘はまだまだ続く。

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