11月27日開催 新潟モノリスディナーショーレポート公開

さる11月27日新潟モノリスで開催いたしました、「愛の元気人」ライブツアー スペシャルディナーショーのレポートを公式サイトにアップいたしました。
愛の元気人 新潟モノリスディナーショー
本ディナーショーの様子は11月26日(土) 愛の元気人(FM KENTO)でオンエアいたします。

次回ライブの開催は、12月11日(金)於 上越BiSです。

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「今日は要らない!」でフィナーレ。神楽坂の父の店。

神楽坂界隈に飲食店はあまたあるが、実はほとんど行かない。高くてかっこいい、高くて美味しい・・・は当たり前。どうもウワベには心を動かされず。昔ながらの店がいい、でも割烹には用はなく・・・。そんな私にとって神楽坂らしい店とは懐かしき時代の関西、京都の雰囲気が楽しめる・・そんなお店。・・・探していたわけでもないが、引っ越してからすぐに偶然みつけた関西風のお好み焼きのお店。ちょっと路地に入ったところにあるのがいい。気が付けば10年以上通っていることになる。
神楽坂の飲食店でずっと行きつづけているのは、結局、そこだけ。しかも本当に好きな店は口コミしたくないものだ。いわゆる、隠れ家的な存在というのかどうかは知らないが。
とにかくそこのお父さんが好きで、好きで。岐阜の父と同い年で、しかも誕生日が一日違い、と驚くべき事実。でもとてもダンディで、昔はモテたんだろうな~と言うと照れていた。いつしか、好きな日本酒を誕生祝にと、持っていくようにもなった。2か月ぐらい行かないと、そろそろ行かなくちゃと思う・・・そんな程よい距離感のお店。
最近行ってないな~。そろそろ行かなくちゃと思った週末、気になりながらも所用で行けなかった。すると偶然なのか何なのか深夜にメールが入る。その店をお父さんと一緒に切り盛りしている息子さんからだ。「マーサさん、ご案内が遅れましたが、当店11月末日で閉店することになりました」とのメッセージに驚いて、眠気もぶっとぶ。店の老朽化と、お父さんの高齢が理由だという。
それならば最終日に行かねば。とにかくその日しかもうないのだ!と思うと、他の用事も変更して、とにかく最終日にお店に伺う。
すると店内は常連さんや、商店街の方々といったお店の応援団の皆さんで賑わっていた。
いつもの席をとっておいてくれていた。この席に座るのも最後か・・。今日は何にしようか。とメニューを見るが、これも最後か。どの行動にもしみじみしてしまう。好きだったお料理を注文する。とんぺい焼き、鉄板焼き、お好み焼き・・・もう最後だと思うと、なぜか悔いのないようにオーダーしてしまう。まるで、最後の晩餐のようだ。
一口一口美味しく味わい、鉄板をキレイにするお父さんの手を見ながら、これももう見られないのか・・・。おなかも胸もいっぱいだが、なかなか帰りたくない。
これ以上は入らない。胃袋的に?悔いはない。そろそろ帰ろうか・・そうそう、お父さんの好きな日本酒。「今日は私のふるさと岐阜のお酒にしました」といって渡すととても喜んでくれた。では、帰りますので、会計してください。最後なのでせめて少しでも売上に貢献したく、たくさんオーダーしたのだ。「いや、今日はもらえない。今日は要らない」「へ?だって、こんなにたくさん頼んだんですよ。ダメです」「いや、最初から今日はそういうつもりだった。長い間、通ってくれたんだもの、今日ぐらいは。本当に本当に長い間ありがとう、通ってくれてありがとう。ありがたい、ありがたい・・」と白髪のお父さんはしみじみと・・。息子さんは止まらないオーダーのお好み焼きを焼きつづけながら「いいんです。今日はおやじともそのつもりでしたから、またどっかで奢ってくださいよ」と泣き笑いで答えてくれる。なぜか涙が止まらない。そう、海外出張から帰るといつも、そこのお好み焼きに行こうと駆けつけた。何があってもそこに行くと、昔ながらの神楽坂の時間が流れていた。一生懸命がんばるお父さんを見ると実家の父を思い出した・・・。私のホームページをお店のサイトのリンク集の一番上に張り付けてくれていた・・。とにかく、とにかく神楽坂で、東京暮らしで一番大好きなお店。その店が32年の幕を閉じた。
大泣きして、お互い、ありがとう、ありがとう・・といって長い握手をして、店を出た。
広告もせず、派手なこともせず、地道に地道に地域とともにやってこられた、町のお好み焼きやさん。私はこういう店が好きだ。こういう店が高齢化とともに1件1件と姿を消していく。
幸いなのは、「元気なうちにやめないとね。オレの人生もまだ先あるからさ」と言うご主人の言葉。
そうだ。そうだ。そのとおりだ。ふと偶然、この同じ11月に大きな仕事を終えた岐阜の父とまた重なった。長らくお疲れ様でした。本当にありがとうございました。またこれからも、神楽坂のお父さんと会えますように。関西風お好み焼き。一生忘れない神楽坂の、私にとっての名店。感動のフィナーレをありがたく・・。こういうときにかぎって、スマホを忘れ、記念撮影もなし。だからその姿は心の中に・・。忘れないようにしなくては。それにしても、おいしかった。
松ざきさんは世界一のお好み焼き屋さんだ!ありがとうございました!どうぞどうぞお元気で!

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次の、目標をそろそろ・・

あっという間に12月がやってきた。erが語尾につく月は、心なしか時間が経つのがどんどん速く感じる。今年はいろんなことをやった感がある。公私ともに意外な、新しい挑戦に取り組めた感がある。
売上とか利益とかといえば大した仕事はしていないが、クオリティ オブ アクティビティ QOAと勝手に名付けようか。それがなかなか・・いい。心に残る仕事をその時その時の全力で切り抜けてきた感じがある。
今年しなければと思っていたことがだいたいメドがついてきた。
というこの12月1日から、来年に向けての目標設定に取り掛かろうと思う。
役所では次年度予算計画があるように、民間では目標計画があるように、人生にも次年度計画があるのが良い。何かひねりを効かせたことをしたい。この1か月、動き回り、感じまくり、わが次なるターゲットを定めるとしよう。12月はわくわく月だ。

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やりきることの快感

フィギュアスケートの羽生選手が世界最高得点をマークした。素晴らしい。ブレナイ信念を持ち続け、計り知れない努力をした結果であろう。高得点をとること、メダルを目指すことも大切であるが、彼の凄いところは、点数よりも自分の納得いく演技ができたかどうかで満足度を図っているところだ。点数は他人が決めること、もちろん評価されなければ意味がないが、点数のためにではなく、自分の力を出し切る!ことに主眼を置いていることに共感を抱く。
どんなことも妥協せず、自分自身が納得できるところまで頑張りきる・・・その結果は自ずとついてくる。羽生選手の集中力は何人も寄せ付けない神聖なるもの、そして自分との闘いの表れだ。
住む世界は違うが、私もこの1週間やりきることを目標にしていた。それを達成したあと、心は軽やかでとても穏やかだ。また次の山がやってくるが、慣れることなく、とにかく自分の最高得点を目指してがんばろう。
やりきる人は、人に感動を与える。新しい1週間は師走に向かう。

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優しい気持ちになれるって、最高の幸せ。

自分のようなちっぽけな存在の私の演奏を聴いて、元気が出る、優しい気持ちになると言ってもらえると、本当に生きていてよかったと思うほど、うれしい。
私ができることは、誰かに笑ってもらうこと、元気になってもらうこと、優しい気持ちになってもらうこと。
愛の元気人って我ながらいいネーミングだと改めて思う。
まともに生きるには、愛と元気があれば、十分なのだ。
余計なものはいらない。
そんなことをお客様が、出会う人たちが 教えてくれる。
夢を忘れちゃいかんな~。元気に生きないとな~。そんな言葉をきくと、うれしい。
多くの人に相手にしていただいて、本当に幸せ。いろいろあった1週間が、気が付けばいい思い出になっている。

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こんな本番、こんなステージ

おかげさまでライブツアーも折り返し地点にきた。新潟でのディナーショー、初雪はほかの地域に譲ったも暴風のなか開催。
そんな悪天候でも多くの方に参加いただけ、会場はあったかい情熱に包まれた。
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写真は、ステージのクライマックス、アルゼンチンタンゴメドレーを演奏しているときの写真。客席からは見えない、上から撮ったものでとても特別な1カットだ。
最近、取り入れているミニ噴水ショーも取り入れ、なかなかゴージャスでリッチだ。
へえ、こんな世界なんだ。終わったあと、上から撮ってみましたよと写真を見せられ、この構図に感動する。
会場ごとに違う世界が現れる。それぞれに面白い。
自分の表現世界をいろんな方がその人の目線で切り取ってくれるのが面白い。
わあ、これだったらいいわ。こう見えていたらいいわ。成功だわ!
本番やってみるまで出来上がらないのが、演奏世界。よし!視覚面での手ごたえも感じながら、次のステージへの意欲を高める。
定員を超える多くのお客様においでいただき、本当に幸せな愛の元気人ステージ。いよいよ後半へ。

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いい緊張感に包まれる朝

毎日いろんなことがある。人生はドラマだ。それを意識しないで、ただがむしゃらに生きてるけれど、一人一人の人生はかなり
ドラマチックだと思う。
今年もおかげさまで、新潟モノリスでのディナーショーを開催させていただく。新潟では定期的にやってきた小さいライブをのぞいて、通算8回目、そしてこの会場での開催は連続5回目だ。
新潟のご縁があってこその、このステージだ。と毎年毎年当日の朝、思ってきた。今日もやっぱり思っている。新潟での今年1年の仕事を振り返り、その総結集の場として、このディナーショー・・・。という形がわが新潟スタイルになってきたのかもしれない。
通っているからこそ、通わせていただいたからこそ、こうした活動もできるのだ。
今回、上越会場でも12月に初開催ということで、新潟での参加者が集まるかも少し気になったが、おかげさまで定員を越え、あとは無事開催できることを祈るのみ。
ゆうべ、会場に駆けつけ、撮影を手伝ってくれるカメラマンが下見にきてくれたので、いろいろ明日のことを打ち合わせする。
彼にとっては、初めての会場ということで、とても新鮮だったようだ。私がこれまで気づかなかったアングルをいろいろみつけ、テスト撮影してくれる。こういう仲間とともに、本番への緊張感が高まる。ドラマチックな時間を作り上げようと心の準備もはじまるのだ。
いい朝だ。この1週間もかなりドラマチックであった、そして今日はもっともっとそうなるだろうと思う。
たくさんの笑顔と、感謝と・・。最後、ドアのところで「お見送りする」その瞬間を思い描き、あとは思いっきり、存分に、しっかり
おもてなしエンターテイメントを尽くすだけ。素敵なドラマが生まれますように。人生の素敵な時間をつくる仕事。すべての方に心から感謝して・・。

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死ぬまで、年中無休「人生の観覧車」

あるトラブルの解決がきっかけで、新たな出会いをいただく。あるご夫妻。トラブルがなければお会いしなかったご縁だ。そして解決したあと、最終面談のとき、その話から次は世間話へ移る。「・・・いやー、あなたも今はまだ若いから一人ででも、そうやってがんばっておられますが、あと10年、20年たったら誰かいてくれないと・・・心配ですよね」と言われる。「いやー、私ひとりじゃないですよ。おかげさまで愛に恵まれています。相方もいますし、そしていろんな方が自分の周りにいっぱいいてくれています。だから大丈夫ですよ」とつかさず答える。その方とは普段の生活とは違う場面での出会いであったため、孤軍奮闘の姿しか見えていなかったかもしれないが、気にかけて、心配してくださったことはありがたい。確かにこう言われて、改めて自分はいかに周囲に支えられているかを知る。まさに自分の周りに観覧車がくるくる回っているようだ。みんなが応援してくださっている。だから、何があってもいつもがんばれている。今日も、そうだ。いろんな方が見守ってくださっている。マーサ、がんばれ!と。そう、人生は観覧車のように進み、巡っている。ひとりじゃないよ、見守っているよ、目に見えなくてもね。
そう、気が付いたらそのトラブルがご縁で出会ったご夫妻にも気に入っていただいたようで、「これでお別れはさみしいわ~。これをご縁におつきあいくださいね、何か機会があったら声かけてくださいね」と言われていた。やっぱり、観覧車は回っているよ。
死ぬまで無休の人生の観覧車。

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喫茶文化を楽しむ時間

わが生まれ故郷は市(まち)として、消費量は全国一だそうで、モーニング合戦はじめ、喫茶店ビジネスがさかんだ。そんな土地で育ったせいか、子供のころから喫茶店には親しんでおり、ひとりで店に行ったのは高校生だったか、大学受験大を稼ぐため、バイトもよくしていたことが懐かしい。
そのおかげで、カフェには大変興味があり、京都時代は名曲喫茶や、レトロな雰囲気のブックカフェ~当時はそんな名称ではなかったが~は大好きで、ちょっと旅する気分で喫茶店には通ったものだ。そこで本を読んだり、何かを書き殴ったり、音楽を聴いたり・・・今、思えばそこで、贅沢な時間を昔から過ごすのが好きだったようだ。
ちょっとした非日常がそこにあるのがうれしかった。岐阜で喫茶店とはこういうものと教えられた、「モーニングを食べておしゃべりする喫茶」ではなく、ひとりで過ごす喫茶時間の方が好きであった。
今はサードコーヒーだ、いやNYでは第四の波だとカフェ市場も変化し、そしてその話題はいつも賑やかであるが、それらとは対極の昔変わらない名曲喫茶・・・が今も、都内にもいくつかある。
今回、久しぶりにアルゼンチンタンゴ専門のカフェに足を運ぶ。ドアを開けると同時に、懐かしの女性歌手のワルツが流れている。バンドネオンの伴奏が心に染みる、ああ、懐かしい。もうそこはブエノスアイレスの酒場のようだ。店内は何組かのお客さんがそれぞれの時間を楽しんでいる。カップルで来ていてもここでは会話をせず、それぞれ読書をしているのが印象的。ひとりで来ているお客さんは昼間からビールを飲み・・・自分だけの時間を楽しんでいる。
私は私なりに、サードアルバムにも入れたわがオリジナル曲「カフェ・トリトーニ」を思い出し、ブエノスアイレスのそこに座っているような錯覚にもなりながら、しばし、心の旅を楽しむ。接客も静かで、注文したドリンクが出てくるのがゆっくりだ。そんなか店内を流れる曲をゆったりと楽しむ。
ああ、あの彼女は昨年亡くなってしまった・・・大好きな歌手を思いおこし、日本でも40年前に南米音楽は大変盛んであったことを店内の資料で知り、もっと早く生まれていれば・・とこの店が生まれた頃のことを想像する。時間が止まる、あるいは時代を遡る喫茶店。これこそ、喫茶文化。コーヒー一杯で、心の旅に連れ出してくれる店は貴重だ。
こんな店が増えることはないが、絶対になくならないでほしい。
おかげで、都内にいても小旅行ができ、想像力も掻き立てられる。新たな作品も沸いてくるのが心地よい。

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土地は田んぼへ、住宅へ・・。

18歳のとき、田舎を出てそのまま違う場所で住むことに慣れてしまったために、あまり土地や家についての執着はない方だと思う。
自分が土地や住宅を所有してこなかった、人生はレンタルと思う故、所有という考え、こだわりをもたなかったからか、その土地に生まれ、育ち、それを守ってきた人の価値観とはかなり違っているかもしれない。
自分の親は、生まれて80年近く地元に生まれ、育ち、一度も違う町で暮らしたことはなく、車で30分以内の距離の生活圏で生きてきた。
そのような生き方をしてきた父の世代の人にしてみれば、わが町、そしてわが土地へのこだわりは、私には理解できないものがあるかもしれない。
そう、先祖代々守ってきたもの・・。という考え方だろう。
土地とはその人の身分を表す、豊かさを表す存在であろうか。
私にはその所有感覚よりも、その土地で子供時代に何をしたか・・・という懐かしき思い出の方が強烈に心に刻み込まれている。
ああ、あの田圃で子供の頃、手伝いをした、食事はアルミの弁当箱に入ったつめたいごはんと、おかずは思い出せないが、なぜか藁の香りとアルミの弁当箱についた白いごはんを思い出すのだ。
そこでそんな時間があった・・・。約半世紀の時間の中でそんなことをしている人は周りにもいなくなった。かつての農地はマンションに代わり、高速道路ができて・・。
もうその土地でのその時間に戻ることはできない。景観も代わり、住む人々も変わる。私は今、なぜかその子供時代の田んぼでの手伝いを思い出すと懐かしいとともに心が痛んでたまらない。
もうその日は再び帰ることはない。でもその代わりに得たものがあったはず・・。

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