まだまだ反省。合格点のハードルは下げず。

演奏の仕事も、講演の仕事も同じであるが、
相手の反応や表情によって、出来は異なる。

今回のミニコンサート。
わずか30分のことではあるが、
いつもながら安堵と反省、反省。

常連の方もおられるので、
毎回構成を考えて、毎回違う構成でと臨むようには
している。
ストーリーを考え、どういうトークと演奏で進めていくか。
曲目だけ考えてもライブにはならない。

本番2時間前に会場に入り、ピアノに向かいながら
構想をまとめていく。
リハーサルは、誰もいないので、のびのびできる。
よし、今日は声が出ているとか、うまくいけるとか
なかなか調子が良い。

そして本番。
暑い中お客様がおいでになり、お疲れの様子もあり、
なんとなく、心配になって気になって・・
お客様の表情で演奏は弾みもつけば、よどんたりもする。
左右されるのだ。

あれ?リハーサルの時はコード間違えなかったのに、
あれ?
とちょっとしたことが気になると、演奏が段々堅くなる。
そして思っていないところで音を外したりもする。
ひたすら、集中集中と呪文を唱え、
途中で少しづつ軌道修正しながら、
なんとか最後は盛り上がった。

しかし、帰り道、今日は今いちだったな~。
選曲が合わなかったなーなどなど
と反省。

一方、
「岐阜にこんな元気な人がおったんか~」
「楽しかったわ~。毎回きてるよ」
との声に励まされ、肩の力も抜ける。

演奏やさまざまなパフォーマンス。
お客様の反応に細かく惑わされてはいけないのだ。
むしろ、反応を見ながら、巻き込んでいかねば。

自信をもってゆるぎない姿勢で演奏すればよいのだ。
自信がないのは、努力不足。
そこに尽きる。だから、反省。

何十回、何百回やっても本番のあとは、多くの場合反省だ。
もちろん良かった点もあるが、改善すべき点は
まだまだある。

自分には簡単に合格点は付けられない。

次はもっと練習して臨まねば。
と、この想いが少しでも成長につながるようにしたい。

今回も暑い中、多数のお客様においでいただき、
本当にありがたい。
岐阜新聞さんの素敵な空間を使わせていただき、
これからも、
地道にふるさとでの発信を続けていこう。

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本日岐阜新聞ミニコンサートです

本日9月3日は岐阜新聞 本社でのロビーコンサートです。
12時30分~です。
お近くの方は、ぜひお立ち寄りください。

岐阜新聞ロビーコンサート

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どこでいつ寝るか?も、工夫次第。

最近1日24時間が足りない日がある。
寝る時間を入れると24時間では足りない。
ではどうするか?
何かをしながら寝る。どっかで寝る時間をとるという
ことだ。

そんなわけで、最近特にこの一年は、
移動中の仮眠時間を大切にしている。
新幹線もよく揺れるため、長時間の睡眠は難しいが
30~40分でも、寝れば全然違う。
確か睡眠の1単位は45分と昔聞いた記憶があるので
それを意識して眠るも良い。

出張帰りの日 帰宅してから忙しくなりそうなときは
帰る前に仮眠をとる。そうすれば未明まで
走ることができる。

と、若いわけでもないのに、最近はそんな日がある。

1日24時間で足りないぐらいの感覚で
毎日を生きるのが楽しい。

人間、立っていても眠ることはできる。
と誰かが言っていた。

人間寝ないと育たない、しっかり休まないと
美容には良くないので
しっかり眠れる日ももちろん必要。
ということで、
今朝はしっかり眠って、元気に目覚め。
寝だめもときには有効だ。

未明から仕入れに築地に向かう早起き仲間のことを思って
こちらも元気スタートだ!

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20周年のテーマを決める。


毎年、後半になると「これじゃ、いけない!」とバタバタ走り始める。

この秋のアーチスト活動を紹介するチラシができた。
バタバタと1週間でできあがった。頭の中にあったものを一気に出した感じだ。
毎度のごとく、デザイナーさんや印刷会社さん泣かせだ。
考えながら走っている、組み立てながら書いている、確認しながら作っている・・
ほんとうに20年間良く協力してくださっている。ありがたい仲間。

おかげさまで20周年の9月。
心を込めて、愛情込めて、感謝を込めて。

テーマは、
「人生は、観覧車のように生きる!」
まずは、自らが実行。

これから、ひとつひとつ実行だ、

新たな感動を、出会いを、そして感謝を。

この活動自体が、観覧車のようになるように。

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ザビエルがふたたび降りてきた・・。

まさか・・。
本当に人生は、ほんとうに不思議だ。
フランシスコ ザビエルゆかりの地での演奏。
3年前それを実現したのは、平戸でのこと。
その余韻はいまだに消えることなく、
世界遺産登録が決定されたこの夏、
改めて、ザビエルが残した足跡について
思いを馳せ、再び平戸に足を踏み入れた。

そんなときに、山口出身の仲間から連絡が入る。
実は、昨年からじんわりアプローチをしていた
山口市。この町にも、ザビエルは滞在し、人々と
交流しながら、布教活動を行った。
生きたサビエルを感じることを感じる町である。

昨年はじめてたずねた山口のサビエル教会。
この地では、ザビエルはザビエルではなく「サビエルさん」と
呼ばれ、実際にスペインのザビエルの故郷と山口市との
交流は今もさかんだということを知る。

この山口市では、日本ではじめてクリスマスと
いう宗教行事をはじめた、広めたということで
12月には町が「クリスマス」一色になり、
「山口市はクリスマス市になる」という活動を
しているそうで、これもサビエルの影響であると
改めて関心を寄せる。

そのクリスマス市がはじまる12月1日。
毎年サビエル教会でのセレモニーを皮切りに
町でさまざまなイベントが開催される。
著名なアーチストたちも参加し、市民が駆け付け
絆をテーマに、ホットな冬が始まるそうだ。

今回、まさかの知らせ。
この12月1日のセレモニーなど記念イベントに
出演を・・とのこと。
そう、わがサビエルに寄せる曲、「フランチェスコの夢」
をザビエルゆかりの地で演奏することになった。
いや、歌わせていただけることになった。

まさか?なぜ?自分にゆかりのなかった平戸につづき
山口で???
ここにいたるまでに出会ったさまざまな人たち、
そこから応援してくださる方がいて、背中を
押してくださって、地元で動いてくださって・・・

おかげさまで、
サビエルを尊敬する山口の人に、ザビエルに捧ぐ曲を
聴いてもらえることになりそうだ。

ほんとうか?まさか?
平戸の土を踏みしめながら、サビエルが歩いたかも
しれない道を歩きながら、見えないザビエルの存在を
感じる。
「まさこさん、次は山口へ。お願いしますよ」
と言っているように感じてならない。

平戸から山口。

サビエル縁で私は普段歩かない道を
歩くことをはじめている。

感謝しかない、驚きしかない。
まさに
人生は、アメージング。
ザビエルと一緒に背中を押し、応援してくださっている
皆さんに心から感謝を込めて・・・
今日から9月だ。心新たに。

自分とサビエルの共通の記念日まで3か月。
心ひきしめて、夢に向かうとしよう。

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身の丈で、まずは「並」。

長崎名物で、自分にとって愛着を感じる食べ物。それは、「ちゃんぽん」だ。
どうやら、語源は中国の福建あたりで「ご飯を食べる」という
「しゃぽん」という意味から・・という説もあるが、料理のルーツも
いろんなものを入れた福建料理「とんにいしーめん」だとのこと。

このいろんなものがごちゃっと入っている様が好きで、若いときには
あの、長崎ちゃんぽんのチェーン店も大好きだったのが、そんなに
歴史があり、長崎独自のものだったとは、今となれば懐かしい。

「ちゃんぽん」は、いろんなものがいろいろ混じっていることで
独特の味を醸し出している。
ここが大変気に入っており、いろんな要素が混じっているという点が
東西を越え、いろんなものが好きという自分との共通点と思っており、
自分のことを「ちゃんぽん人」だとも思っている。

さて、その本場、長崎にきたら、一度は食べなくちゃ。というのは
毎度のこと。

今回、たまたま用事で中華街の脇を通る。ショーウィンドにつられ
たまには、本場の本場で食べてみるか・・。と、中華料理店に入っ
てみる。あ、初めて長崎に来たときに人に連れてきてもらった店だ。

ちゃんぽん・・・各店それぞれの特徴があるが、ここは
グランドメニューに、特上1000円、●●調理長の特上1500円
といったプレミアムなちゃんぽんが掲載されており、ちゃんぽんっ
てこんな高級料理?と思っていたら、
サービス品と手書きで書かれたメニューに「ちゃんぽん 並 800円」
というのもみつける。

しかし、そんなに特上にこだわっているならば、それなりの何かが
あるのだろう。
何事も経験、勉強と思い、今回は、「●●調理長の特上」というもの
をオーダーしてみた。
こんな高級なちゃんぽんは注文したことがない。

さて、5分もしないうちに、出てきたその最高級ちゃんぽん。
大きさは普通のどんぶり。そう、量ではないのだ。
その肝心な中身。
トッピングには、ふかひれ。中には練り物の中に入った肉団子や
とにかくこれまで食べたことのない高級食材入りのちゃんぽん。
卵も解けているような、濃厚なとろっとしたスープ。

うーん。これは・・。
正直、食べながら、「並」でよかったと思った。
自分の口には合わない感じ。自分が知っているちゃんぽんは
こんなにこってりしていないし、野菜がもっと多い。
私のちゃんぽんに、ふかひれは要らないのだ。

これであれば、並を2つほど注文できた・・。

なんでも特上が良いとは限らない。
料理そのもののステイタス、イメージ、そして身の丈というのがある。

並のちゃんぽん。これがきっと一番おいしい。
ふかひれよりも、もやしやきくらげ、野菜たっぷり
の方が良い。

うなぎでも、寿司でもそうだ。
「並」をあなどることなかれ。

ああ、中華街で良い勉強をした。
口直しをしたい、ひとときであった。
これからは、身の丈の食事をしよう。
そして、本当においしいというのと
「特上」は違う軸にあるのかも。

目の前、身の丈の「並」を大切に。

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国内外で哀しみと感謝と・・・。

毎週日曜の夕方といえば、ちびまる子ちゃんと、サザエさん。
実はこの年になっても、録画して観るようにしている。
とても懐かしく、そして勉強になる。
昭和生まれの自分にとっては、ノスタルジーただよう
大変貴重な作品だ。

ときには百恵ちゃん、ときには秀樹が出て、明星も平凡も・・・。
西城秀樹さんが亡くなった後は、番組で哀悼メッセージが
出され、思わず手を合わせた。
時代の移ろいを感じ、昭和がどんどんいってしまうことに
哀しみを覚えた。

私がちびまる子ちゃんをとても応援しているのは、
おじいさんのともぞうさんの役を知り合いの声優さんが担当されているから
というのもある。(新潟生まれの方だ)
あの東日本大震災が起きる当日、揺れる直前に当日集まっていた収録スタッフが
書いてくださっていた奇跡のサイン色紙。これを被災地の知り合いに送ったことも
今は懐かしく・・。

その作者である さくらもも子さんが、若くしてお亡くなりになった。
日本中が驚いたことだろう。
同じ世代だったのだ。いろんな意味で合点がいく。
だからこそ、愛着がわいたのだ・・。だからこそ、懐かしかったのだ・・。

ちょうど録画した先週分を見終わった直後に、訃報を知り、茫然となった。

ともぞうさんにお悔やみメールを送った。

「・・・・・はい、とても悲しく思います。
放送は続きます。
スタッフ・キャスト一同 これからも「ちびまる子ちゃん」
がんばってまいります。今後ともよろしくお願いいたします!!」

最後に書かれた!!は 赤い文字。
どんな気もちだろうか・・。

内のみならず、東南アジア各国で放送されていたまる子ちゃんの作者を
惜しむ声は多く。世界のファンが哀しみに包まれている。

いい仕事をされ、人に惜しまれる人生。
さくらももこさん、ありがとうございました。
そんな風に人を幸せにできる人にやっぱりなりたい。

心からご冥福をお祈りします。

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受け入れる力、咀嚼する力をもっと。

コミュニケーションとは、食事にも似ていると思う。
そして、コミュニケーションも、食べることも 生きることと直結している。

人とのコミュニケーションは本当にむつかしい。
正直、面倒くさいとか、厄介だとか思うことが時にはある。
自分の価値観と違う人に出会うことももちろんあるし、
共感できない、違和感を覚える言動や行動に出会ってしまうこともある。

そんなときも、いらっとせず、怒らず、
その違和感ある言動、行動をも、
あ、そういうこともあるのだ、そういう人もいるのだ、
と冷静に受け止め、ときにはぐっとこらえたり、自分自身で収めたり
でも、ときには、うまく切り返したり・・・。
この自分との葛藤が実は大変だ。

人とのやりとり、いろんな衝撃、違和感も含め、大きな心で
まずは受け入れる、そしてよく噛んでみて、いいところだけいただく。
コミュニケーションもそんな風に心掛けたい。

入れてすぐ出そうと思うと、しんどいときもある。
おかしいなと思ったときは、よく噛んでみる。
それから、出してもいいのだ。

そして、経験とともに受け入れ口は大きくなった方がいい。
大きな器で、余裕をもって受け入れることができる、
そして、しっかり噛んで、入ってきた情報の
良いところだけをいただける人になりたい。

コミュニケーションとは、情報や思いを交換する行為。
美味しいものをいただくより、訓練が必要かもしれないが、
出会いを素敵な経験に育てるためには、それが必要だ。

コミュニケーションクリエイター、今なお修行中。

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「車いす」より「ケッタマシーン」。

車を運転しなくなった父の主な移動手段。今は自転車だ。
母は昔から、自転車を雨の日もハレの日も愛用し、30分かかるような
ところでも出かけていく。
自転車と呼ぶよりケッタマシーンといった方が向いている。

そろそろ、それを漕ぐのがしんどいかもと思い、
「電動自転車にする?」とすすめたら、
「あれはあかん。運動にならんし、重いから倒れたら自分で
起こせないから困る」

なるほど。元気でいいことだ。
自転車に乗ることを運動と思っているなら、安心だ。
最近、新しいもっと軽い自転車を購入する予定だそうで、
まだまだ乗る、自分で漕ぐつもりなのだと思うと、本当に頼もしい。

一方、父は最近、足が痛いそうで、少しづつ出かけるのがおっくうに
なってはいる。
テレビでコマーシャルをしまくっている富山の薬?サプリ?も
気休め程度に飲んでいる。
痛いのは本当につらいと思う。
そんな父を心配し、ショッピングモールへ一緒に出掛けることに
なったとき、妹が義母用にレンタルしていた車いすを
持参し、父を乗せて広い店内を歩いていた。

その時車いすにのった父を初めて見た。
正直ちょっとショックでもあった。

父はちょっと恥ずかしそうではあったが
「やっぱ、楽だな」
歩かずに押してもらえるのは楽だろう。

でも、私は
「お父さん、頼ったらいかんよ。今日だけだからね。
まだまだ自分の足で歩けるんだからね」
と言った。

いつまでも若々しくがんばって自分で動いてほしい。
グランドゴルフでもなんでもいいから、
自分の足で頑張れる限界までがんばってほしい。

車いすいいつかお世話になる日もあるだろうが、
なるべく、なるべく、その日が遅いことを願っている。

自分の足で歩く、自分の足で漕ぐ。
自分の口で食べる。
これが最高の幸せだ。

車いすにのった父には、まだ当分お目にかからなくてよいように
できる協力と、叱咤激励をしていきたい。

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お子様に喜んでいただくために

今、お子様向けの仕事を少しさせていただいている。
たとえば、お誕生日会。
今月生まれたお友達のお祝いということで、毎月イベントを
行っている。
小さな工夫で、喜びが増し、また気を抜くと退屈させる。j

時に私がステージに上がると、子どもたちも一緒についてくる。
では、一緒に踊るのかといったら、踊らずぼーっと見ていたり
そのうち泣き始める子もいたり・・。
その様子を見て笑うお母さんやお客様・・・。

●●くん、おめでとう!
●●ちゃん おめでとう!

ひとりひとりに声をかけることが大切だ。

気づいたことがある。

大人でも、子供でも、
自分を見ていてくれる人がいるということ、
自分のことを認めてくれる
ほめてくれる。お祝いしてくれる人が
いると、うれしい。

ただ、お子様の世界は大人の世界よりも
もっとシンプルで、ストレート、正直だ。
ごまかしは効かない。
とにかく。笑顔で一生懸命。
これをモットーにがんばる。

子どもたちや親御さんが
「ありがとう」と笑顔でお帰りになるのを
お送りするのが、最近、なんだかとても嬉しい。

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