日本海にはだいぶ慣れてきた。物静かで冬がよく似合う姿が好きだ。このたび運転終了となってしまった特急でも、車ででも隣を走っていると落ち着くというか、なかなかいい。夕日も美しい。
一方、日本にはもうひとつの海がある。わが曲「かもめりぃ」もこちら側の海を見て生まれた曲。
新潟出張の翌日には、新たなる仕込で反対側へ出向く。太平洋側の海は、どこか陽気な明るい、突き抜けた感じもする。初めて太平洋を見たとき、「海に御舟を浮かばせて 行ってみたいな よその国」と歌をくちずさんだ。ここから外国に行けるんだ。夢の旅の出発点という感じがする。もちろん海は夢も乗せるが危険も伴うが穏やかな表情に接している限りは、その夢が膨らむ。
夢を見るには、海も良い。日本人はきっと海に思い入れが強い民族だと思う。
ゆっくり春を迎える房総で、春からの挑戦について、朝の海に抱かれて新たな妄想を加えてみたいと思う週末だ。
たまには、違う海を
線路は続くよ、でも・・。別れがさみしい新幹線開通日。
3月14日は北陸新幹線の開通日。と同時に、JRのダイア改正により、運転を終了する列車もある。一度は乗りたかった、偶然、直江津駅でその素敵な姿を見ただけで興奮したトワイライトエキスプレスたちも最終の運転を終えた。各駅で最後の列車の通過、停車を涙で見送る人たちの様子を見て、鉄道とは人々の夢の証しであると改めて思い、また3月13日に4回忌となった鉄道作家の野村正樹さんのことも思い出した。野村さんが生きていたら・・と。
私的には、北陸新幹線の登場と引き換えに、運転を終了することになった、特急はくたかに格別の思いがある。トワイライトの最終運転日ということもあったかもしれないが、はくたか運転終了も間近となり、越後湯沢駅から直江津に向け、大勢のファンたちが駅に、車内にいた。こんなに混んでいるほくほく線のホームははじめてだ。最後のはくたかの姿を撮ろうとする人も多数。私自身も、思えばこの10年間、新潟から上越、糸魚川方面への出張には、この特急を愛用していた。トンネルの関係か電波が悪いのも特徴で、また眺めが最高で、心現れる移動時間を体験させてもらった。そして、一度だけ上越から金沢へも行ったことも懐かしい。
便利になるのは確かにうれしいけれど、姿を消していくことはさみしい。鉄道は永遠のロマンである。人々の夢を乗せて走る。
「線路はつづくよ~。どこまでも~♪」この歌を歌い、長い間、いろんな旅人の足となってくれた列車たちの最期に感謝したい。
時代は変わる。何十年か後、新幹線も別れを告げることがあるかも?時代が変わっても、人々の夢を乗せて・・・だけはなくならないように。列車の最終運転を見守り、涙する人がいる・・・この姿を見て、なぜか共感してしまう自分がいる。新潟通いのおかげでこの電車と出会えた。はくたかさん、お世話になりました。
さすが、上司は覚えている。
会社員時代に何人もの上司のもとで働かせていただいたが、私を最初に海外出張のチャンスを与えてくれた、命の恩人のような上司とは、しばらくお会いしていない。おそらく70代後半だ。先日関西ライブのご案内を郵送した返事が、ライブ終了後、ハガキで届いた。ああ、お元気だったんだ~。昔ながらの几帳面な字を見て、安心もする。ウクレレやったり、いろいろ楽しそうな日々を送っておられるようだ。フェイスブックも活用していると聞き、さすがITの担当部長も兼任されていたよみがえる方だ、世の中の変化にしっかり対応されているのは今も昔も変わらない。いただいたハガキに「NYのセントラルパークにMY CHAIRを置く夢はかないそうですか?楽しみにしています」と結んである。瞬間、驚いた。そうだ、そうだ、15年前の年賀状に、確かにセントラルパークの写真も入れてそんな文章を書いた記憶がある。あの公園は寄付で成り立っており、そこにおいてある椅子には寄付者の名前が印字されており、いつか私も・・・と思ったのだ。正直、最近、セントラルパークに行けていないせいもあり、その夢をしばらく忘れていた。
そして、他の夢に夢中になっている自分に笑えた。そうだ、NYのこれも果たさねば。それにしても、わが上司はさすがである。部下たちの夢をずっと覚えていてくれて、応援してくれているのだ。ありがたい限りだ。NYに最初に行かせていただいた上司から、NYの夢の確認・・。春の到来、夢をひとつひとつ叶えていこう。
4年前と同じ道を。
3月11日。あの東日本大震災から4年が経過した日。もうこの日が近づかないと話題にもならなくなってきた・・と被災地の知り合いから現地の状況を書いたメールが届く。時間とともにさまざまなことが変わっていく。時間とともにあの日の記憶が風化していく・・・と嘆いていた人もいた。それぞれ置かれた立場で思いもそれぞれだろう。でも、その現実は変わらない。時間がいくら経っても、なかったことにはならない。あったという前提で現実があるということだ。
この4年目の日、各地で雪が降ったが、東京は晴天。青空が美しい。たまたま打ち合わせに銀座方面に出て、気が付いたら有楽町の駅。そこで記憶がよみがえった。そうだ4年前の3月11日午後東銀座にいた。打ち合わせをしていたら経験したことのない強さでビルが揺れ、いろんなものがそこで止まった。でも、その現実がわからないまま歩いて有楽町の駅へ向かった。駅へ行き、なんだかえらいことになっていることを知った。電車も止まり、電話も通じず、待ち合わせしている相手をただ待った。1時間か2時か待った。連絡もつかず、やむなく諦め、それから術もなく歩いた。皇居の周りを歩いていけば帰ることができると思い、歩き始めた。普段見ない光景に包まれびっくりした。ものすごい大勢の人が皇居の周りを歩いて移動している。ヘルメットをかぶっている人やとにかく普段見るはずもない光景だ。怖かった。何がおきたんだろう。混んでいる道をそのまま押されるように歩きつづけた。途中、毎日新聞のビルでトイレに行こう、そして速報を確認しようとした。
ものすごい地震が起きていることしかわからなかった。そのまま歩きつづけた。相棒はどうしたんだろう、帰ってこれるかなとだんだん不安になり、泣きそうになり歩きつづけた・・・1時間半ぐらいかかったのだろうか。家に着いたら電気がついていて体中から力が抜けて、玄関に入ったとたん、泣いた。醤油びんがころがって部屋中にこぼれていたり、本棚の上から本たちが落ちていた。野村正樹さんの本がたくさん落ちていたことが思い出される・・・そしてテレビであの津波の光景を見て・・・。そのすべての瞬間が一気によみがえった。
私は青空のもと、そのことを思い出しながら、あのときと同じ道を歩きながら家に戻った。
「今日は歩こう。」急に4年前のことと同じことをしはじめたのだ。あれから4年日本は?周りは?自分は?
いろんなことを考えた。出会った人も、亡くなった人も・・。いろんなことを感じた。震災がきっかけで出会った人もある・・。こうして時間は流れていくのだと思い、それでも空は青く、そのときとはまるで違う。否、あの日も晴れていたはずだ。
大船渡で被災された知人が「自然には感情がないからね」と今回の震災の爪痕を指して話してくれたことがあったが、今日もそうだ。空は何もなかったように青く、春を待つような温かさだ。目の前にいなければ思い出そうとしなければ薄らいでいく。忘れたらなくなっていく。思い出して、今の自分が元気にあることに感謝して・・。本当の復興はいつまでかかるのかわからないが、東北の皆さんに心を寄せて、そして応援していかねば・・。
ライブツアー播州赤穂編 レポートアップしました
去る3月5日開催の愛の元気人ライブツアー最終回、播州赤穂編のレポートを公式サイトにアップ
しましたので、ごらんください。
http://mahsa.jp/mclubf10.html
血縁なき、家族への感謝と行動
京都で10年ほど前に出会ったその彼女はスミちゃんという。女性をキレイにする仕事をしている。その後、北海道へ行き、オーストラリアに行き、音信が途絶えたと思ったら3~4年前、上京し、都内で仕事を再開、バリバリ活躍している。人をキレイにする仕事なので、彼女自身もとても美しい。
気が付けば36歳になったとのこと。最初は私がお客の一人であったが、あるきっかけで交流がはじまり、今は妹のような存在で、会う回数は少ないが彼女の節目節目を見てきている。そう、北海道で再会したこともあった。久しぶりに会う。近況をいっきに話してくれる。最近、故郷のことが気になり始めているという。したいことがあり、故郷を飛び出て、暮らしてきたが、ここにきて、東京だけがすべてではない。地方の良さを東京に長く住み、感じるようになった。いつか、故郷でも何かしたいという思いがじわじわと湧いてきている・・・とそんな話をしてくれる。田舎に気になる人がいるという。お風呂屋さんを長らく経営されている「ちかちゃん」という女性。彼女が幼少の頃からずっと「近所のオネエチャン」的な存在で、ずっとそう呼び、ずっと助けてもらってきた、家族のことも含めお世話になってきた、頼りになる元気ねえちゃん・・・のような存在。でも、気が付けばその方も65歳ほどになっており・・・。いつまでも元気なおねえちゃんのままでもない、ちょっと疲れているようにも見えるという。「今度、田舎かえったら、ちかちゃんの肩もんであげたら?マッサージしてあげたら?あなた、プロなんだから喜ばれるよ」と提案すると、スミちゃんは「そうか!」と目を輝かせた。
血もつながっていないけれど、ずっとお世話になってきたご近所さん。自分は離れてしまっているけれど、ずっと変わらず田舎で家族のように見守り続け、助けてくれている人。そんな人たちが私にもいることを思い出した。田舎のことは、忘れがちだった。でも、そこをちゃんとしておかないと、みんな年をとって、お礼もいえないうちに会えなくなってしまう。
スミちゃんは今度帰ったら「ちかちゃん」にマッサージをしてあげることだろう。会ったこともない、ちかちゃんと言うお風呂屋の女性のことを勝手に想像する。
スミちゃんは、今回私と会った別れ際、自分が乗る地下鉄の乗り場を通り越して、私が乗る電車の改札までついてきた。それが彼女の気持ちなのだろう。「西のすみちゃん、東のマーサさん。私にとってはそんな感じですね」。泣きそうになり、手をふり、別れる。やっぱり、心族はいい。ちかちゃん、スミちゃんのマッサージを喜んでくれることだろう。
公共スペース、わが世界なり?
パリの最近のデパートについて、変わり果てたと嘆くパリジャンがいた。そして自分もこれらの売り場に当分足を運ぶまいと思い、そのまま帰国した。
バスで店の前に乗り付け、開店前から店で買い物をして・・・店内にはフランス語ではなく、中国語が飛び交い・・その光景は見たくなかったからだ。そして、帰国してから、用事があったので新宿のデパートに。実はこちらもパリほどではないが、それに近い空気になりつつある。申し訳ないが、昔よりトイレが汚くなっている。日本のデパートのトイレはそうではなかったはず・・。嫌な予感すらする。上海によく行っていた10年前、お化粧やファッションに興味ある女性たちのトイレの使い方・・にびっくりしたことがあったが、それを思い出す光景であった。このデパートも質が落ちたな・・とまずそこで感じる。トイレ内では、中国語らしき勢いある会話が響き渡る。トイレで大声で話す習慣からもあの頃を思い出してしまう・・。
用事があった食器売り場に足を運ぶ。そこにはテーブルとイスがあり、お客さんはそこに座って商品を見たり、会計したりする。そんなゆとりある空間として、この売り場が気に入っている。
ちょっと専門店のようないい感じの売り場で、そこが好きで買わなくても行くのが、見るのが好きだった。そういった楽しみがいろいろあるのが、もともとの百貨店だ。美術館のようなホテルのような・・そんな空間であるはず・・。
今回ふと、目に入ったのが、売り場の中、商品の後ろの壁にコンセントがあり、そこに誰かの携帯が繋がれている。なんと、売り場の商品のある場所で、充電しているのだ。
その近くには日本人ではないアジア人のグループが売り場のテーブルや椅子に座り、高級食器を見ながら、持ち込んだペットボトルの水を飲んだり、すっかりくつろいでいる。どうやら、その人たちの携帯のようだ。
彼女たちは店の人に断ってやっているのだろうか?でも、多分OKしないよな~。私はつい、自分の近くにいた売り場の担当者に「あんな商品があるところで、充電していいのですか??」と質問。すると売り場の担当者は「いやー、商品のところで困るんですよね。」「売り場でお客に勝手にそんなことさせたらダメですよ。店の質が下がりますよ。すぐ注意した方がいいですよ」というと、その人はその海外のお客さんの担当スタッフのところに行き、小声でそれを伝えたようで、しばらくすると店の人はお客さんにそれを伝えたらしく、本人たちは売り場内での充電をやめて、携帯を自分の手に戻した。店の人から「私たちからは言いづらかったのですが、言ってもらって助かります」「なかなか・・・なんですよね」ちょっと歯切れの悪い感じで、店の人もいろんなことに対面、苦慮していることを感じた。
売り場は公共の場であるし、また充電をどうぞ!と言ってくれるファストフード店とデパートの食器売り場は違う。普通はそこでは携帯の充電もしないし、椅子に座ってペットボトルの水も飲まない。休憩所ではないのだ。
お店も一度にたくさん買ってくれるお客様もその日の売り上げのためには大切にしなければならないだろうが、何度も来てくれる人こそ大切にすべきではないか・・。そういう意味も含め、このデパートもパリのそれも質の面でブレを起こし、衰退しはじめていると感じてしまう。
言えばわかる、注意すればわかるはずであるが、衝突することもある面倒くささから、ついつい目をつむってしまう。
それでは、お互いに本当はよくないはずだ。
以前、台湾の仕事をしているときに、台湾の仲間たちが都内に出張してきた際、食事をするために入ったレストランの店内で、それまでに買い集めた弁当や総菜の商品サンプルを開封して、写真を撮り始めたため、びっくりしてお店の人に謝り、ここでそれを広げてはいけないと注意したことをふと思い出した。
悪気はない。でも、だからといってそのままにしておいてはいけない。
みんなが気持ちよく共生するためには、注意したり、その国の、場所のルールや習慣をきちんと伝えることも大切だと、思っている。公共の場がそれぞれ自分だけのものになりつつある事態。外国人に限らず、日本人も同じこと。電車の中もそうだ。素敵な空間を作る、またそれをキープするためにパワーが必要になる時代。なかなか難しいものだ。
巻き込むと、みんな楽しくなる
講演会でも、コンサートでも、ディナーショーでも人数の多少に限らず、盛り上げるコツとして必ず相手を巻き込むという手法があることを、体験的に学んできた。
いきなりあるお客さんに突っ込みを入れたり、ふってみたりすることで場を一緒に盛り上げる空気ができてくる。顧客参加型の徹底だ。サプライズのコラボもいい。
もちろん自分の世界をきちんと表現したい部分は、きちんと見せる、魅せる。そこに注目してもらうためにこの場に興味をもってもらうために、一工夫が必要である。本番がスタートしたら、会場内のターゲットを探す。よく注目してくれている人、よくうなづいてくれている人などがまずわかりやすい。ときには知り合いをサクラとして手始めに・・というのもありだろう。
クイズ形式にする、問いかけ風の話し方を心がける、拍手を求める、輪唱してみる・・・。ちょっとしたプレゼントをつけるのも時にはいい。心づくしの参加型のイベントで会場を一体感で満たす。「楽しかった」「良かった」「よくわかった」という声を聴けた瞬間、ほっとする。巻き込む、巻き込まれる・・このシーソーゲームが結構楽しい。だから相手によって、内容も変わる。
2日間のトークショーは、そんなわけで無事終了。2回目のショーのあと、私より年上に見える、ひとりのお客さまがステージに来られ、「わたし、あなたと同じ名前で字も同じよ。年も同じ25歳。」と笑顔で声をかけて下さった。トークショーで言った冗談がしっかりインプットされている。ああ、しっかり参加していただいていたのだと、うれしくなる。
また、花のイベントに出ている私に「花よりダンゴでしょ」と、本当にお団子やお菓子の差し入れをいただいたのも嬉しかった。チューリップがいっぱい。新潟の春がやってきた。写真は、サプライズで、演奏に合わせてお花の専門家上木優子様に10分で作っていただいたスペシャルアレンジメント。
お客様を逃さないライブは、自らを鍛える絶好の機会


どう見ても花より団子に見える私が花のイベントのステージに。。。というのは大変場違いであるが、それでもそのイベント~フラワーウェイブ新潟イン2015~でのステージ初日が無事終了した。
あらかじめおいでいただけるお客様が決まっているライブとは違い、これはまったくのオープンスペース。お客様はすぐに動いてしまう。いかに会場の椅子を埋め尽くすか、立ち見を増やすか、そのままそこから離れないようにさせるか。自分のトークや演奏の内容よりも、お客様の流れが気になりながらの本番。これは実にいい勉強の場だ。誰でもそこに入れる、席をたつのも自由・・・そんなイベントならば、本当に内容がよくなければ、面白くなければお客さんは去っていく。前半はプロジェクターで写真を見せながらのトーク、途中でお花のアレンジメントとライブのコラボショーをアドリブで挿入、その前後に花と絡めた弾き歌いを展開。1時間の持ち時間ではあるが、お客さんは我慢して座り続ける必要がないため、瞬間たりとも気が抜けない。最初は空席もあったが、だんだんお客さんが集まり始め、笑いや拍手も起き、最後は立ち見もズラリで、主催者からも「想定外に良かった」と??な評価をいただき、関係者一同笑顔で終了することができた。
信濃川の堤防で雨ライブをやったことがあったとき以来のオープンスペースでの本番。しかも写真や言葉でのお話は聞き手に目的がないと興味関心が続かない一方、音楽はどんな人を惹き付ける可能性があることも再確認。
いかに自分のことを印象付け、立ち止まらせ、ずっとそこにいてもらえるか。普段みなさんに話しているAIDMAを自らがフル実践だ。
2日目はどうなるか?時間帯も違い、きっと違う展開。本番力は集中力と柔軟性だ。最後のステージ、きれいな花とコラボしながら、飽きさせない工夫、プチ感動の工夫をがんばるとしよう。
「あと、ひと山」!のふんばり
1週間という時間は、確かに人間がいい塩梅で暮らせる生活のサイクルだ。
「1週間」という曲が昔あったけれど、月曜日は・・・火曜日は・・・毎日違うことをして過ごす。やることが多ければ多いほど、1週間は早く過ぎる。かと思うと、実はそうではない。
やることが多く、またかなり集中し、緊張することが多いと、1日1日がとても長い1週間となる。今週はまさにそんな1週間だ。月曜朝から新潟、火曜夜に東京へ戻り、水曜朝から岐阜へ移動、夕方には赤穂へ。木曜赤穂でライブして夜中に東京へ戻り、金曜次の仕込み、そして土日と新潟でイベント、終わり次第東京へ戻りイベント夕方やっと帰宅の予定。
集中の山が3つある1週間だ。ひとつひとつ深呼吸をしながら、前に進む。やっと3つめの山に来た。途中で落ちないようにしっかり登りきろう。
こんなにすごい登山を体験する1週間は久しぶり。「あと、ひと山」自分で自分にエールを送る。人生は一体いくつの山を登るのか?歩けるうちに、気力があるうちに、いざいこう!人生登山隊!


