人生という1冊の栞。

前の原稿で書いた、久しぶりに観た演劇の話の続き。
その演劇のタイトルは、「エピローグに栞を」。
作家がそのタイトルを付けた理由、意味は未確認であるが、私にとって余韻の残るタイトルだ。

エピローグとは、プロローグに対してのことば。最終、巻末といった意味。
人生でいうならば、終末~終活と最近呼ばれたりしている。

一方、栞とはブックマーカー。
本の途中に挟んだり、差し入れて、次読むところを示すものだ。

人生の終末に栞を挟む。とは意味深い。

そのことばから、人生は1冊の本であると連想する。
みんな意識していないけれど、それぞれそれなりの
素晴らしい物語を持っていると思う。

そして、その人生の一コマに栞を挟むということは、ちょっと前に進むのを小休止するような意味
かもしれない。

最近、ちょうど自分史という表現について、いろいろ検討模索していたところ。
だから、よけいに心に響いた。

財産がどうだ、相続がどうだという終活ではなく、自分の人生を悔いなく表現しておく、まとめておく・・・そんな活動の方が大事だと実は思っている。

今回の劇のタイトルから、自分の次なる課題がまたみつかった。

いずれにせよ、人生は春夏秋冬、そして一冊の本。とすれば、今、自分は何章?を生きている?
とたまには、自分の1冊の今に、栞を挟んでみるのも良い。

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演劇というリアルなバーチャルアート

あるご縁で知り合った作家が企画・脚本担当した作品を、都内の古民家で上演されるとの報せをきき、久しぶりに「演劇」という表現に興味が沸き、観劇した。
タイトルは「エピローグに栞を」という作品。

古民家の居間が、ステージそのもの。縁側も窓も、庭もすべて劇に出てくるステージとして使われている。
立派な劇場で大道具をその劇のために作る劇よりも、古民家をそのまま利用し、そこに住む家族の物語という点で、大変新鮮だ。
舞台も客席もなく、また演者と観客の距離は、まさに小さなライブハウスでの演奏に似た、密接な距離感。狭くて、暑くて、快適な空間とは言えないが、舞台である居間が目の前にあることで、隣の家の不思議な出来事を見ているような、なんともいえないプチ非日常感がある。

田舎にひとり住む父親が病気と知り、15年ぶりに帰ってくる娘と孫・・。死に向かう父親に遺言書を一緒に書こうと迫る娘・・・。とはじまるストーリーであるが、演劇とは映画以上に、テレビドラマ以上にリアルに観客に訴えかけるインパクトがある。

私は父親役の俳優が発する言葉、動作や娘と父の喧嘩の様子・・・などを見ながら、自分のことと共通している点が多く(さすがに遺言書のことは違うが)、知らず知らず故郷のことばかりが思い出されず、またいつお別れが来るかわからない親たちのことを思い、涙があふれっぱなしになった。

演劇をはじめ、演奏、マジック、トークショー・・。ライブな発信は、観客に生の感動を与える。
映画も素晴らしいが、そのダイナミックスさの対局にある演劇。
これは演者と観客がともに作る空間。緊張、息使いも含め、生きた感動を享受できる協創の時間。
本来、芸術とはそういうものであると、学生時代に読んだコリング・ウッドの著作を思い出す。

ライブ活動をしているからこそ、わかる苦労もあり、また共感もあるが、
演劇というのは、ある人生をリアルに、立体的に切り取るアート。
久しぶりに観て、心が震えた。

また、演劇とアコースティックギター1本の演奏のBGMという演出も大変効果的で
見聞きしながら、いろんな発想がわいてきた。

改めて、書いて伝える、それを人が演じて伝える。
脚本家は作詞作曲家と同じだ。
想像と創造の発信は素晴らしい!と再確認できる貴重な体験であった。

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見える、見えない折り返し。

あっという間に今年後半が始まった。
なぜ、歳を重ねると、その分だけ、時間が過ぎていくのを早く感じるのか。
時計は変わらず同じ間隔で時を刻むはずなのに、私のなかでは今年は、まだ3月でもいいぐらいなのに・・。
今年の前半もあっけなく終わった。

さあ、今年の後半。このままいくと、坂をころげるように、前半よりもっと早く時が経つのだろう。
まるで、時が自分をおいかけているような・・・。
だからこそ、流されないように、後半を進んでいるのだという確認をしながら、ひとつひとつを大切に生きなければ。

気が付けば、もう来年の話をしている自分がいる。
55歳の自分を想像しながら進んでいる自分がいる。
毎日が早く感じられるのは、明日のことではなく、もっと先のことを思いながら生きているせいもあるのかもしれない。
とにかく、今年はもう折り返し地点をすぎた。これから山がある、谷もあるだろう。でも、笑っても泣いても時は戻らないのだから、悔いないように生きていきたい。

人生の折り返し、1年の折り返し、毎日の折り返し。
実は折り返してはいない、先に進んでいるだけだ・・。
折り返しとはゴールがわかっていての半分だ。
人生そのものはゴールがわかっていないから、折り返しといっても、あくまでも仮定。
見えないゴールに向かって、見えない折り返しを想像し、毎日走り続けるのだ。
ちょっと不安でもあるが、みな一緒。だから、今日も怖れず前に進もう。

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風に吹かれて、人思う駅のホーム

北陸新幹線が開通し、東京と上越地区は便利になった。今は上越妙高駅、新幹線開通前は直江津駅にお世話になってきた。
開通前、開通後いずれも駅によく迎えに来ていただいたり、送っていただいたり・・・待合時間を利用して、ちょっと相談に
のってほしいとか、遠方でも私のライブに駆けつけていただいたり・・・とにかく、熱心だったMUさん。

彼女が昨年秋に、上越妙高駅駅まで私を送り、ロータリーでいいのに、わざわざ車を止めて、改札まで来て、送ってくれた。
私が改札に入り、ホームに行く姿が見えなくなるまで、手を振り、見送ってくれた。
その姿は今も鮮明。
彼女はその約3か月後。今年の1月、高速道路で事故死。
あれから、まもなく半年になるが、今も信じられない。

今、この原稿をその上越妙高駅のホームで書いている。
待ち合わせ時間を利用してのことであるが、この駅に来ると、ここにいると、彼女がいるような気にもなるのだ。

なぜか梅雨の時期でも、妙高の山があるせいか、風が通って、大変気持ち良い。
上越の初夏ってこんなだったかと思うほど。
残念ながら、停車する電車の本数が少ないため、駅のホームはとても静かだ。
そのベンチに座り、ひとり半年前の上越でのライブのこと、その後のこと。
いろんなことを思い出しながら、風に吹かれ、これからわが人生は、どっちにいくのかなと
思ったりする。

この駅におりるたび、MUさんのことをこれからも、思いだすだろう。
彼女が、風になって、雪になってやってくるのだろうか。

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最高にかっこいい!と思えたラストステージ

とある株主総会に参加した。応援している会社だ。今回は、18回の議長をつとめてこられた総会の最終回。そう、総会の議長はその会社の社長がつとめるが、この総会後、社長を交代、卒業されることになっていた。
私が初めてお会いしたのは、社長になられて間もない頃だったと思う。
それから公私ともにいろいろ、おつきあいをいただき、まさに心族として、勉強もさせていただき、また刺激もいただいた。
その議長の最後の総会だ。
例年どおりに議事進行。この会社ならではの、恒例行事かと思うような、ファンの集いのような和やかないい質疑応答の時間。
まったくいつもどおりだ。
しかし、採決が近づくにつれて、なぜか涙が一筋流れた。
もうこの光景を見ることはないのだな。なんとも、株主とのやりとりがうまいというか、コミュニケーション力あふれる絶妙なやりとり。
例年通りの株主からの質問というよりは、要望が出され、それに対し、議長が各役員に回答をふる。足りないところは議長が補足する。
このやりとり自体に、この会社のそういうやり方に株主はきっと共感をもっているはずだ。時折会場からこぼれる笑いにそれを察する。

実は、総会当日の前夜(深夜)に、
「明日の予習は一区切りできました。明日は元気に誠実に最後の議長をつとめます!」
とメールをいただいていた。最後の議長、どんな思いで朝を迎えられたのだろう。
とにかく、がんばって!がんばって!とエールを送りながら、
議長の横に座っている、次を担う新社長の様子も見守っていた。

そして、無事総会が終わったあと、議長であった社長は、今日で社長交代をされるという挨拶をされた。
一瞬、会場の空気が止まった、そして会場から「嫌だ!」との一声が出て、それに同調する拍手・・。
もちろんこれからも会長としてこの会社を支える㫖、そして新社長率いるこの会社をよろしくお願いします・・。
と挨拶され、大喝采のまま、緞帳が下りた。

自分に与えられた仕事、使命をしっかり果たし、締めくくる。自然にそれをこなす。もちろん見えないところでの努力は半端ではない。

今回、最高にかっこいいと思った。
そして、その背中を見て、新社長も次の人たちも続いてがんばってほしいと、心から思った。
引き継ぎ、受け継ぐ。両方のトップに心から感謝とエールのブーケを贈る。

株主から大喝采され、応援され 卒業できるなんて、本当に素晴らしい、そして名誉なこと。

私は共感する、尊敬する会社や人を心から応援し、協力する。それが自分の務めであり、生き方だ。
改めてこの会社と出会ったことを幸せに思い、社長との最初の出会いを感謝する。

愚直な人は、最高にかっこいい。
これからも、この会社を愛し続ける。

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ラベンダーとともに穏やかに。

ラベンダー
昨年初めのこと。ある知り合いのお父様が病気で亡くなった・・。そのことをその方の上司から後日聞く。病気であることがわかってから、短い闘病生活だったと聞き、普段朗らかで明るい人だから、顔で笑って心で泣いてはいないかと余計に心配になり、それまで直接二人で会う機会はなかったが、思い切って声をかけ、
そして会い、話をして、ほんの気持ちと思ってお渡ししたラベンダーの鉢。
この色、存在感そして香りも含めて、気に入っている花だ。

彼女は、それまでお父様の話をしながら泣いていたが、その花を見て笑みを浮かべ、「父も天国で喜びます!」と言い、喜んでもらってくれた。かえってからお母さんも大変お喜びと聞いて、ああよかったと安堵する。
それから、1年以上経つ。彼女は元気を取り戻し、仕事もがんばっている様子。
そして時折、ラベンダーが育っていると写真を見せてくれる。

そしてこのたびも、先週のラジオをお母さんと一緒に聴きました。というメールとともに以下のメッセージと、写真を送ってくれた。
・・・・・・・・・・・・・・
昨年いただいたラベンダーは、今年元気に花を咲かせました。
花を見るたび、いつも応援してもらっていることを感じ、
とても力になっています。
母はこのラベンダーをどうやって大きくするか・・いろいろ考えています。
・・・・・・・・・・・・・・
たったひとつのラベンダーの鉢。ただそれだけなのに、
ずっと一緒に過ごしてもらい、お父さんのことを思い出し、お母さんと元気にがんばっておられる。

ラベンダーとともに。
私の気持ちもいつのまにかそこにいるような・・。

癒され、心満たされ、元気になーれ。そんな気持ちのラベンダー。
ずっと咲き続けてほしい。
そして、天国のお父さま がんばる家族を見守ってくださるように・・・。

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マコトのココロを大切に。

毎日、いろんなことに遭遇し、世の中は自分中心が当たり前になってきていることを
哀しく思うことがある。
自分の存在、行動で相手が哀しく、寂しく思うことができる限りないように、自分の行動、言動、すべて心して・・と思う。
ビジネスでも、人づきあいでも、なんでも「誠意」が大切だ。
知恵や知識も、お金儲けも大切かもしれないが、やっぱり人として恥ずかしくないように
生きていきたい。
そして東京という町は、20余年、私に何を教えてくれたか。ということも最近考える。
人が自分主義になればなるほど、誠意ある人を尊敬し、そのようになりたいと思うようになる。
東京砂漠にいるからこそ、よけいにそう思うのだ。
地方創生は、見た目の経済面だけの話だけではない。
現代人は心を学ばなければならない。

生きることは難しい。ときには戦い、ときには・・。
でも、一番根底には、誠の心を大切にしながら、世間とかかわっていきたい。
と思っていたら、

今日株主総会を行う会社の社長から、「誠実に最後の議長を務めたいと思います」
とのメール。

誠実、誠意。いずれも好きな言葉である。

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岐阜とザビエルの縁。

岐阜城とザビエル信長南蛮寺

不思議な縁を得た。そんな気持ちになるプチ発見。
岐阜という街の命名者は、織田信長である。来年で命名450年とのこと。
岐阜では行政中心にではあるが、にわかに盛り上がりつつある。
その岐阜の発展の功労者、信長のことを学ぶため、久しぶりに岐阜城を
訪ねてみる。
そして天守閣内の展示でみつけた資料より。
ひとつは、フランシスコ・ザビエルの肖像とサイン。これは岐阜城の年表に
あったもの。なんと、この年表の書き出しは、ザビエルの生誕年からはじまり
それに、ルイス・フロイスと続くので、仰天した。
そう、信長が岐阜城に招き、おもてなしをしたというキリスト教宣教師、ルイス・
フロイスはザビエルの宣教の後任者、いわゆる後輩的な存在である。
フロイスと信長はかなり親密であったようで、キリスト教布教を認めた信長の保護の
下、「南蛮寺」なる教会も各地に建設された、
写真は、「京都南蛮寺の信長」という1枚の絵。
直接ザビエルと信長との接点があったという記録はまだ見ていないが、間違いなく
ザビエルの影響を多大に受けた信長。そのおかげで、他の戦国大名にはない発想も
芽生え、楽市楽座をはじめ、斬新な政策も実行できたのかもしれない。
わがふるさとで、しかも歩いて上った金華山の頂きで、わが心の師、ザビエルと
会えるとは。
ますます妄想が深まりそうだ。

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名ばかり優先席。

岐阜へ帰った際、名鉄電車に乗った。昔よくピアノのレッスンや高校通学に通っていた懐かしの電車だ。
外は雨がひどくなり、傘を荷物を持って、電車に駆け込む。
中高生の下校時間で思った以上に電車が混んでいる。
通勤時間以外も電車ってこんなに混むんだ~。地方ほどそういう現象がふつうかも。
電車に空いた座席もなく、ま、いい。荷物もあるし、すぐ降りるから・・。ふと目の前に中学生が
座ってゲームをしているのが目に入った。そして、その上に優先席と書いてあるのに気づいたが、
ま、黙っていた。自分が座りたいわけではないので・・。
すると、自分の母親の世代に近い感じのご婦人が近くに乗ってきた。荷物もあり、重そうで・・。
ご婦人は優先席に中学生が座っているのが気になっているご様子。
そして私と目が合い、「困りましたね」といった意味合いの笑い。
私は小さい声で、目の前の中学生に
「ごめん。あのさー、ここ、優先席って書いてあるよ」
と言った。すると中学生たちはゲームの手を止めて、あ、どうしようという表情になった。
立つのか?席を譲るのか?すると、そのご婦人が
「今度から、でいいよ」
といわれた。
その言葉に中学生たちは、そうですか。という感じで席を立って譲ることもなく、そのままゲームを
続けた。
私は正直、とても残念に思い、またご婦人と目が合い、「しょうがないですね」という感じで笑いあった。
ご婦人は私に「お気遣いありがとうございます」と言ってくださったが、
私は内心我慢できずに、電車を降りるとき、その中学生たちに
「こういうときは、すぐに席を変わるもんなんだよ。わかった?」
と小さい声で話しかけ、電車を降りた。
「今度からでいいよ」といわれても、「どうぞ」とすぐ席を立ってくれたら、良かったのにな~。
彼らは、電車の中のこの小さな出来事をどう記憶してくれるだろうか?
いや、記憶さえしないかな?
言葉を額面通りに受け取る。その奥を、裏を読み取る。それはいつ頃からできるようになるのだろう。
最近、スマホのおかげもあり?名ばかりの優先席の存在がますます気になっている。
書いてあっても効果がないなら、書かなくていい。人の良心と、常識で譲り合える、助け合える
世の中がいい。

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本日、愛の元気人6月分 オンエアです。

本日6月25日(土)18時~ 「愛の元気人」 6月分オンエアです。
今回の「にいがた元気人」ゲストは、
新潟市西蒲区の青柳車体工業の青柳亜弥子さん(写真左)五泉市のクレープはなちゃん 南波裕起子さん(写真右)です。
情熱にあふれる、新潟美人たちの元気トークをお楽しみください。
プチプチ感動体験談、コミュニケーションなんでも相談室もお聞き逃しなく。
今回も、取材にご協力いただきました皆様に、心より感謝申し上げます。

FM KENTO
青柳さんはなちゃん

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