寄り添いの難しさ。

最近、よく「寄り添い」いう言葉を耳にするし、自分も時々そう言っている・・・。

相手の立場に立つことは本当に大切であるし、コミュニケーションの面でも相互理解のために欠かせないが、実際その寄り添い方、密着度は難しいし、どこまでそれが出来るか、求められるかも考えさせられる。

そこまで寄り添ってくれなくていいよ、もっとこっちのこと考えてよ。
と思われてしまうこともあるだろう、
その寄り添い加減は、人それぞれ思いも人に対する距離感も違うので、
本当に「寄り添う」ことは簡単ではない。

また、あまり言葉で言いすぎるのも、ちょっといやらしいというか、自己満足、ときには自己中心的な感じになることもあるかもしれない。

ただ、どんなときも、まずは聞く耳を持つ。このことだけでも、もしかしたら十分、寄り添うことになるのかもしれない。

また、困っている人がいたら、仲間が困っていたら、声をかける。
あなたのこと気にかけているよ、応援しているよ・・と
自然に見守り、応援する姿勢こそが寄り添いなのかもしれない。
寄り添うということは、思いやりなのだろう。

仕事でも、暮らしでもこのキーワードはこれからますます重要になる。
人として、ちゃんと寄り添う価値のある人間にならねば。



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心と志。

心はとても大切な存在だ。
人として生きる以上、体と心は一体であり、この「いのち」を生きるには
心身ともに健康である方が良い。と言われるが実際にそうだと思うし、
そうありたいが、現実にはカラダもココロも病むことも、
傷付くこともある。
五体満足は本当にありがたいが、心も豊かであると、
より幸せに生きられる。
健康なのに、心が貧しいとせっかくの人生の楽しみが半減するかもしれない。

心豊かに生きるためには、いろんな経験をし、
いろんな人と出会い、さまざまな交流をすること。
傷つくことも、豊かな心になるために重要な経験。
こんなに長く生きても、まだまだなかなかのわが身、
優しく広く、強い心の持ち主になれたら、どんなにいいかといつも思う。


そして、生きるときには、志をもってのぞみたい。
この「志」という言葉はなかなか奥行きがある。
これをしよう、こうなろう。ああなろう。
と決めたら、それに向かって集中して、前に進む。
という意味もある一方、
人への思い、配慮についても「志」という言葉を使う。

志のある人間として、行動するには、日頃からの心の研鑽が求められる。

春だ。新しい行動、挑戦をするには最適。

どうせやるなら、志高く、そして楽しみながら、トライしてみたい。
この「志」は、言葉の意味を伝えることはたやすいが、
志を身をもって伝えることは、
自分自身が志をもつこと以上にとても難しくもある。
人から言われてできることではない、
まさに自らの意志がその人を動かすのだ。

深く、広い心をもって、強い志で、
いい人生を創れたら・・。そうなるように。




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無駄になる経験はひとつもなし

高校時代に教えていただいたピアノの先生との再会。この35年のブランクは、実はとても意味があって、先生がその間にやってこられたことを教えてくださることが、私に大きな刺激になる。
音楽の世界でずっと生きてこられている先生と、そこを外れた自分。それが長い月日を経て、再び音楽の世界で再会・・。

今回、そのなかでも先生の話題のおかげで、私の向学心、チャレンジ意欲が瞬時に芽生えたのが、パイプオルガンへの挑戦だ。

「実は、パイプオルガンもはじめたのよ~」
この言葉に異常に反応した。教会によく行き、そこで演奏させていただく機会もありつつも、パイプオルガンはまた別の世界、特殊な世界と思っていた。
また、キリスト教徒でないと無縁なのだとも思いこんでいたが、先生の情報によるとそうではないようだ。
 しかも、わがふるさと岐阜県には、高名なオルガン創作者が活動され、その方の作品が今、白川という町に、開かれたオルガンとして、保存されていることを知った。
「あ、これは行かねば、やらねば」
パイプオルガンの音色は本当に好きだ。そして、足もエレクトーンを少女時代に激しくやってきたので、今も多分動かせる。
そんなこんなで、まずは見に行こう!

電車を乗り継ぎ、岐阜県の真ん中あたりにある、山間の渓谷が美しい白川町に向かう。事前に電話し、アポをとって楽器のある町民会館を訪問。

そして、ラッキーにも楽器を見せていただくだけでなく、試し弾きもさせていただいた。まだストッパー操作はわからないが、手探りでなんとか音を出し、バッハ風のメロディや自作の曲を即興で奏でてみる。

いやー、いい音、すごい、弾けるやん。

もう感動。まさに天にも昇る気持ちだ。

ということで、今年から初めている挑戦テーマのひとつは、鍵盤楽器をもっと究め、活動の幅を広げることであるが、そのひとつとして、パイプオルガンにも取り組むことにする。夏に講座などもあるようで、学びはこれから。
憧れのパイプオルガン。ぜひこの楽器に合った曲も作り始めよう。
再会した先生のおかげで、自分の音楽家魂が芽生え、育つ。ありがたい。
これで、少女時代のエレクトーン経験も、フルに生かせる。

幼き日にやっていたことが、大人になっても活かせる驚きと、やってきたことで無駄になることはひとつもなく、やる気になれば、活かす気になればいつでも何でもできるということを今回改めて強く思う。
40年前、エレクトーンに没頭していたのはコンクールで受賞するためではなく、いつかパイプオルガンを弾くためだったのかも・・・・。


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偉大なるマグロ、シアワセなマグロ

先日お会いした、経営者の方との会話。もう90歳を越えておられるが、本当にお元気で、しゃきしゃき、頭も明快。
「よく疲れないですかと聞かれるですが、『疲れない』というんです。ですよ。
つねに、前しか向いていない。ひとつ終わったら忘れる。それですよ。前を向いていれば疲れない。」
そうか、大物は小さなことをくよくよしたりしないのだ。
「よく、『回遊魚』といわれますよ。くるくるいつも泳いでいる。動きを止めたら死んでしまうんです。わはは」
この話をききながら、なんだかうれしくなってくる。
「私も、時々マグロみたいと言われます。休んだら死ぬと・・」
「あはは、そうそうマグロマグロ・・・」

まあ、疲れを知らず働き続けるという点では、共通点はあり。でも、その仕事のレベルや影響力は雲泥の差であり、偉大なるマグロ様には、一生足元には及ばないが、こういう生き方をしていることは、間違いではないことが確認でき、新たな意欲がわいてくる。
後ろを振り返らず、前に前に。くるくると。
生涯そんなことができれば、最高だ。そうだ、シアワセなマグロを目指すとしよう。

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マイウェイをひたすら・・

この20余年、いや思い起こせば若かりし日を遡っても、誰かが歩いた道をそのまま歩き続けるということは苦手だったような気がする。誰か先人が歩いてきた道もしばらく行くと、ここじゃないかも、と開拓されていない雑木林に足を踏み入れたり、みんなが通る舗装された道が歩きづらくて、脇道を探してみたくなったり・・・そんなわが人生。

「マイウェイ」という歌がある。フランクシナトラが歌い、世界中でヒットした。おそらく多くの人は、自分は自分の道を歩みたいという夢を持っている。でも、なかなか思い切れないのが現実。だから歌が売れる。あの歌を聞くと夢と希望で胸膨らむ。この季節にふさわしい歌かもしれない。

最近、改めて、人生の道はあるものではなく、つくるものだとつくづく思う。

もちろんどこに行きたいかの目的地がなければ、道も作りようがない。

まずはどこへ?人生のデスティネーションをしっかりもつこと。そこが真剣であれば、道は開ける。

最近そんなことをよく考える。
心から尊敬する人は、皆、道をつくってきた人だ。
人が敷いたレールを進んでも、自分の目的地に行くとは限らない。
もちろんいろんな道を選びつつ、目的地に進むという生き方もあるだろう。
でも、今は、まだ
道なき道を自分で創りながら進むことを楽しみたい。

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時には大物に会いに行く!

毎日というわけにはいかないが、ここというときには、何かひらめきが生まれたときには、勇気をもって行動しよう。普段会えない人に、会いに行こう。

今回、たまたまライブでお世話になっている会場で、私が演奏しているときに
ひとりの紳士が後ろの方で聴いておられた。
1回だけでなく、何度か、、。。そしてある時、名刺をいただいたら、そこの会社のオーナー様。びっくり・・・。トップが聴いていてくださったとは・・。

前回も聴いておられ、拍手をしてくださった。演奏後、追いかけて挨拶にいったら褒めてくださって、握手もしていただいた。。

まさか、自分のことは覚えておられないだろうと思ったが、どうしてもその方に感謝を伝えたくなり、手紙を書いて、届けた。
すると、届いて2時間もしないうちに、秘書から電話があり面談のアポとなる。

そして、本当に会いに行った。いつも演奏会でお邪魔するビルの高層フロアの応接に通された。
そして、今度は観客ではない、オーナー様にお会いした。

もう90歳を過ぎておられるが、70代に見えるぐらい若々しい。
私が書いた手紙を振り返り、どんな人間かを確認してくださった様子。
「何か私にできることはありますか?」
会話のなかから、そんな一言が出て、びっくり。
この方はこうやって、世の中にGIVEをたくさんされてきたのだろう。
あまりに感動し、話をするなかで
「お人柄に感動しました」というと、「経営者というのは頭も体も大事だけれど一番大切なのは『人柄』です。これが一番」。

本当にそのままの方であった。
30分ほどの面談であったが、次へのご縁もいただき、すごい人だという印象だけが残った。
人のために尽くす。社員に寄り添い、お客様に寄り添い・・ずっと現役だ。

「疲れることを知らないんです。人からは回遊魚って言われていますよ」
レベルは違いすぎるが、何か共通点を感じ、やっぱり会うなら一流の人だと改めて思った。
今だと思ったら、本物に、大物に会いに行こう。

いつか私も人様に、「私に出来ることはありますか?」と言えるような人になりたい。出来る力、器がなければ言えない一言だ。

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しみじみと、じわじわと、くるくると。

このたびの朗読劇。3日間で6回の公演。なかなかのハードスケジュールであったと思う一方、慣れてしまえば、全然平気なもの。人間の慣れは恐ろしいが、こういった作品は慣れがないと、余裕をもって演技、演奏できないし、慣れないとお客様にも伝わらない。

そんなわけで、ちょうど慣れてきた5回目の公演のとき。私のピアノのすぐ前に座ってごらんいただいたお客様。朗読にはもちろんであるが、私の演奏にも耳を貸してくださり、終わったあと「あの場面で使っていた曲は??」と熱心に質問してくださり、「いえ、全部オリジナルです」と言ったら、たいそう驚かれ、そこからそのお客様とのやりとりがはじまる。

とくに私のテーマソング「人生は観覧車のように」を大変お気に召していただいたようで、60年代のパリの匂いがする・・など、私が描いているイメージとまったく同じことを口にされ、このお客様は、わかっておられる方だなと感心。そして、そのあと歌詞のことも気に入っていただき、たまたま朗読劇での出会いであるのに、自分がつくる曲や詩に深い関心を寄せてくださった。
そしてお求めいただいたCDを一晩中、お聴きになり、ご自身の生きてこられた道を、時代を、そして若き日に乗られた観覧車を思い出し・・涙されたとの報告を翌朝にメールで早速いただき、今度はこちらの胸が熱くなった。

心揺さぶる曲に出会えた、、、とまでおっしゃっていただけたことがとてもうれしく、しみじみ、じわじわと私の心に染み渡った。

こんな小娘?がつくった作品を、本当に気に入ってくださって、こう聞いてもらえたら・・というとおりの反応をいただき、改めて音楽の仕事っていいと思った。

いい曲を聴かせてくれて、ありがとう。と感謝の言葉までいただき、ただただ恐縮。有名にならなくてもいい、出会う人、出会うひとりひとりに向き合い、感動を伝える仕事を・・。
人生を振り返ったり、シアワセな時代を思い出したり、心の旅の行き先はさまざまなあるが、その道しるべに自分の音楽がなれるならば・・。

最近、気に入っていただける新しいお客様に出会い、泣いたり笑ったりしていただけることが本当に幸せだ。

人生は観覧車のようにしみじみ じわじわ・・感動とともにくるくる回りたい。

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箱と表現

演劇の世界では、劇場のことを「箱」とも呼ぶようであるが、まさに玉手箱であり、宝箱、夢箱である。
前回の演劇公演では、劇場での開催であったが、今回は下北沢のカフェバー。
作品の舞台が遊園地であるので、また朗読劇でもあるため、より想像が膨らむようにと、このようなカフェを作家自らが見つけて、決定。
これまで、私自身もライブハウスやレストランでもライブをしたり、演奏をしたことはあるが、このような空が見える空間は初めてで、一歩ここに入った瞬間から、ここでそんな世界が創れるのだろう、新たな世界が生まれるのだろうと、どきどきわくわく・・。
そして、空が見え、オープンテラスにもなるので、昼と夜、天候によって表情が変わるという点も大きな演出になる点も特徴だ。

こんなクリエイティブな空間で、役者は朗読をし、私はピアノを奏でる。
お客様とは1メートルも離れていない。その表情はよく見えるが、こちらこそ、ずっと見られている。
たまらない緊張感のなかで、この箱のなかで、仲間たちとそして観客のみなさんと一緒に「ひとつの作品」を作り上げる。
役者たちの練習も10回、音楽合流の稽古はたった2回、という短期間での本番でその意味での緊張感もあったが、この素敵な「箱」のなかで、楽しく演じ、感動のドラマを作るという経験をし、またお客様にも感動を受け取っていただいた。

商品にはパッケージがあるように、演技、表現にも箱、器があり、その表情が変わる。
「真夏の雪」。おかげさまで東京公演3日間6公演無事終了。次はサクラサク信州は上田へ。
次の箱も楽しみに、新たな感動を創りに出かけたい。


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まだまだ、あかん。

まだまだ、まだまだ。
自分のことを反省する機会はまだまだ多い。
すべては、練習量、すべては努力の量、それに割く時間・・・に尽きるが、
これぐらいで、まあノリと勘でうまくいくだろうと思っていたことが、やはり、そうはいかないということが今回もわかった。
とくにチームワークの場合は自分ひとりとは違う責任がある。
練習量が少ないと、経験が少ないと、想像が少なくなり、緊張が増す。
自分がうまく演奏、演技できないとチームワーク全体の呼吸が乱れ、作品がボロボロになる・・それだけは絶対に避けなければならない。そのためには、
ただ練習、稽古の積み重ねなのである。
ソロの場合、チームワークの場合は、それぞれ良さがあるが心得も必要。
人に絶対に迷惑をかけてはいけないのが、そして調和することで相乗効果を出せるのが団体戦だ。

人はなぜ緊張するのか?
役者たちを前に、そしてお客様を前に、両方を見ながらの演奏。また自分の腕ひとつで‥の責任は重く、ずっと集中力を保ち、絶対に・・と思うと余計に緊張してしまうものだ。
ちょっとフィギュアスケート選手の気持ちがわかる。

とにかく、ひとえに練習、経験だ。

余裕をもって取り組むためには、まぐれな成功ではなく、きちんと安定した演技にするには、地道な積み上げが必須である。

まだまだ、あかん。この気持ちが自分を駆り立て、もっとうまく・・と努力を重ねる。そのおかげで、本番を重ねるごとに慣れてきて、いい感じになってきた感じ。でも、まだまだ、あかん。気を抜くことなかれ。

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帰ってきた「まさこちゃん」!

生まれた街、自分が通った小学校区下で、地元のことを歌ったオリジナル曲を
ぜひ地元の人に聴いてもらう機会をと、コンサートのご依頼を頂いた年度末。
平日の昼下がり、会場へ50名ほどのお客さんに集まっていただいた。
題して「マーサのお元気&幸せライブトークショー」。

集まっていただいたお客様は、昔からよく知っているおばちゃんばかり。
同級生のお母さんがあまりに多いことに、
改めてここが地元であることを認識する。

不思議なことにこの、昔の近所のおばちゃんたちは、
今もおばちゃんのままである。ただ、半世紀の歳を重ねた。
だから当時20代だったおばちゃんは、今は70代。80代の方ももちろんいる。
でも、私にとっては皆さんは、おばあちゃんではなく、おばちゃんのまま。

それにしても、なんとまあ半世紀ぶりにお会いできるとは。

皆さんニコニコ顔で昌子ちゃんの登場を待ってくださる。
今日は爆笑シリーズで行こう。
ちょっと恥ずかしいが、そこは子どもの頃から慣れ親しんだ
吉本新喜劇をお手本に、派手な花の上着に、ランドセルがわりにリュックを
背負い、黄色い帽子の代わりに黒い帽子と手持ちの道具を使って、
へんな恰好で「一年生になったら」を歌いながら、元気に行進入場。
何が出てきたかとびっくりしたおばちゃんたちは爆笑の渦。
それから55歳になったまさこちゃんは、1時間全身で話し、体を動かし、
歌を歌った。
おばちゃんたちは、ずっとにこにこ笑って、私が言うままに手を動かしたり、
口を開いたり、そして爆笑。

次は何が出てくるか・・。おばちゃんたちは心からリラックスして、
昌子ちゃんのへんてこな誘いにのって、おつきあいくださった。
最後は地元愛の歌「みのり愛」を全員で歌った。
自分が数年前に作ったこの歌が、今は地元の女性(おばちゃん)たちの間で
歌い続けられている。合唱や大正琴や・・。だから、みんなうまい。
自分が作った曲を、近所のおばちゃんたちと一緒に歌えるなんて、
なんという幸せ。

半世紀ぶりにお会いした、同級生のお母さんたち。
自分の親と今もおつきあいいただいている。
きっと私の演奏やトークを見聞きしながら、
ご自身のお子さんの人生と自分のことを思い出されたことだろう・・。
おばちゃんのにこにこ顔、時折泣き顔に包まれ、無事ライブ終了。
大きな拍手とお言葉をいただいた。
「元気になった」「やっと会えてよかった」
「マサコちゃんのおかげでまた長生きできるわ」・・・・などなど。

主催者から「人を元気や幸せにすることができる仕事って、
本当にいいですね」とありがたいお言葉をいただく。
いくつになっても、ここに戻ってくれば、いくつになっても
私は「昌子ちゃん」なのだ。
ずっと呼び続けてくれるおばちゃんたちが、
この町にいてくれる時間が続くようにと願っている。

帰ってきた昌子ちゃん・・・。これからも楽しみに待っていただけるように、より一層・・。
18歳で出ていったから・・こその「帰ってきたまさこちゃん」である。





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