思い続ける心のオンライン。

今、コトバを発することができない状態でも、会えなくても、対話できる環境になくても、相手のことをずっと思い続け、心の中で言葉をかけ続けることで、
相手には絶対に通じる。
とそんなことを信じる今日この頃。

どこにいる相手でも、心通う相手には、必ず通じるはず。

ネットのオンラインは便利であるが、突然途切れることもある。
心のオンラインは、信頼関係で通じあい、自分次第でつながり続ける。

だから、きっと聴こえているはず。
思いが届くはず。

と、今日も思い、信じて、病床の母に届くようにと、思い続ける。

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「らしくない」を捨てる。

万が一のことを考え、ふと弱気になったり、マイナス思考になる。不安になる。
この発想は、私らしくない。

と、そう思うことに決めた朝。
どんなことでも、わずかな可能性がある以上、それを信じて、とことんポジティブでいく。
前に向かって進んでいく。
そうすると、涙も出ないし、もしも涙が出ても、すぐ乾く。
めそめそしない。しっかりする。元気な私がちゃんとする。
今、私の頭の中には、そんな言葉が多くわいてくる。

母の命を救いたい。助けたい。医療のことは病院に任せて、今は母にせっせと
エールを送る。
早速、母の仲間に呼びかけ、「母のことを応援してください」とお願いすると、
皆さんが、二つ返事で、「一緒に祈りますね!」と言って、早速、母へのメッセージを色紙に書いてくださった。
「裏の洗濯機の中に色紙を入れておいたので、お母さんに見せてやってくださいね」
そう、実家の洗濯機は、近所の方からのお届けモノ入れにもなっている。
ありがたい限り。呼びかけてよかった。

どこまでも、私らしく、元気に進むことにしよう。
母がそれを望んでいると思うから。
数日前まで、あんなに喧嘩していたのに、もう嫌!

と思っていたのに、不思議な気持ちであるが、
まだまだ寄り添いたいと思っている。
だから、「らしくない」は切り捨てる。
強くなれるチャンスだと思うことにしよう。




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待っとるよ、待っとるから。

人生、本当に何が起こるかわからないものだ。
母が緊急搬送で、入院という事態になってしまった。
本当にまさか、こんなことが、このタイミングで・・・。

一昨日の投稿にもある
「長生きせなあかん、喧嘩せなあかんから」という言葉を残し、
3日後、緊急病棟にお世話になることに・・・。
10時半から20時半すぎまで・・・。こんなに長い時間、病院にいたのは生まれて初めてだ。
また検査待ちの間、さまざまな救急搬送の様子にも触れ、まるで映画のようだと感じる場面もあり、そのなかにいる自分が信じられないような現実ではないような気もした。

検査待ちの間、ベッドの上で、一生懸命息をする、母に静かに語りかけた。
「あかんで。あんた、喧嘩するんやろ?喧嘩せなあかんで、帰ってきてよ」
「今日、ちらしずし作ってきてたよ。また今後作ってあげるで帰ってきてよ」
「ピアノ習わせてくれてありがとうね。岐阜新聞、またライブやるよ。」
「ずっと息してよ。それがお母さんの今の仕事、がんばって」
ずっとそんな風に語りかけた。
母はじっとしていながら、時々、涙が目にあふれていたから、きっと聞いている
と確信した。

まさかの事態に、まずは自分が動揺しないように、しっかり生きていかねばと
こみあげる感情をぐっとこらえる。
待っとるよ、待っとるから。また帰ってきてね。

母が必ず自宅に戻る日が来るようにと、心から願っている。
そのために、自分ができることは絶対にやる。

人生は、ある日突然に、何の前触れもなく、次のステージに進んでしまうものだ。

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大丈夫!と思ってもらえる存在

この人なら、大丈夫だ。と思ってもらえる人になりたい、そういう人でありたい。と、最近よく思う。

誰にも言えない悩みを抱えていたり、多言してほしくないことがあったり、あるいは何かを任したいという時であったり、とにかく、あの人なら大丈夫!

と思って心を開いてもらえる人になりたい。そういう人でありたい。

信頼できる人。ということだ。

最近、コミュニケーションクリエイターの要件は、相手の心を開く、信頼されること。だと強く思うようになってきた。

コロナ禍でさまざまな人に会い、接するたびに身に染みる。

不安を抱え、戦っている人に寄り添って、安心して生きるきっかけが見つかるように、応援し続けたい。

人生はここで終わらない。こんなことで人生を無駄にしてはいけない。

さまざまな環境、背景が違う人に、心寄せる。

何があっても大丈夫。さあ、今週も元気にスタート!

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長生きせなあかん?

なかなかカラダが思うようにならなくなってきた母は、その分、口が達者で
本当に驚く。すべての機能を口先に集中させたように。機関銃のごとく、
矢継ぎ早に爆音がとんでくる。
人間、どこかが弱っても、気力さえあれば、残った力で生きてしまう、
生きようとする・・・。
それが生命力なのかも・・・と母を見ていて思う。
とにかく、実家に行くたび、ちょっとしたことで口論になる。
もしかしたら、喧嘩仕掛けの達人かもしれないし、
相手を怒らせる天才かも。そして自分自身もすぐに着火。
セルフアンガー。残念ながら、アンガーマネジメントという言葉はない。
今回も、ちょっとしたことから言い合いになり、言い合った挙句に
「もう、殺してくれ~。こんな人生いやや~」
「あほか、なんで、殺さなあかんのや。私の人生、終わってまうやろ。
自分が生んで育てた子に、殺してくれとは、本当に自分勝手やな~。」
と、これも毎度の会話になってきており、本当に情けないのであるが、
口論のあとには、こういう展開。
そして、今回、それに続く新たな発言。
「やっぱ、長生きせなあかんな。喧嘩せんとあかんし」
とつぶやいている。
「はあ?誰と喧嘩?」
「昌子さんとや」
と、言われてしまい、まあ、呆れる。

殺してくれと言われたり、娘と喧嘩するために長生きするとか、
一体、どうなっているのだろう?
長生きせなあかん。
と、よく老人は言うけれど、私は今だに、なんで長生きするの?と
思い続けながら、日々、兼業介護に時間を費やしている。
ま、生きているからこそのありがたき時間。
長生きせなあかん。
この気持ちが命を強くするのだろう。

常に前向きに。私こそが、生きなあかん。病に伏すことは許されない。

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ショパンに詫び、ベートーベンに共感する時間。

実家で少し時間があったら、意識的にマイピアノの重い蓋をよいしょと開けて、
練習することにしている。
ライブで演奏する現代曲はそこそこに・・、今はクラシック回帰。
高校時代までは、毎日数時間ほどは練習していたのに、
今となっては、トホホの状態だ。
しかし、なんとか昔の自分に追いつきたい、新たな創造につなげたいと、
昔使っていた楽譜を引っ張り出して、弾き始める。よく、こんな難しい曲を弾いていたな~、レッスンの先生の楽譜へのチェックの筆跡を見て、またたくまに
タイムトリップ。
まずは、ショパン・・。ノクターンやワルツ・・。40年前は指が良く動きなめらかに弾けたのに、今は指が遊んでしまい、全然ダメだ。焦る。
テンポがゆっくりな曲はまだいいが、幻想即興曲などになると、もう全然ダメだ。指が浮いている、遊んでいる。こんなんじゃなかったのに~。
かつて、ピアニストとバレリーナは練習を1日さぼったら1日分退化すると聞いていたが、40年さぼったら?恐ろしい。
こんなヘタッピだったら、ショパンに怒られるぞ。
「そんな風に弾くんだったら、やめてくれ~、私はそんな風に作ったんじゃない~」と言われそうだ。いかん、いかん。ショパンさん、ごめんなさい。と独り言をいいつつ、練習を続ける。
一方、中学生になってから、弾き始めていたベートーベンソナタの本を開き、
当時のチェックを見ながら、おもむろにゆっくり弾き始める。
不思議なものだ。若い時は、楽譜を見続けて、次に出てくる音も目で追いかけていたが、今は次に来る和音やメロディのパターンがなんとなくわかる。こうじゃないか?と想像して触る鍵盤音が楽譜と合っている。
こういう風にもっていきたいのでは?と思ったとおりに和音が構成されていることが多く、驚く。ベートーベンスタイルというのがまるであるかのように、
なんだか弾けてしまう。もちろん、技術はダメだ。どん底。

それはそれとして、大人になってから弾くベートーベンと、昔のそれとは何か理解度が異なることに
それは、生誕の地に行ったからか、お母上の墓参りをしたせいか、
世界史や哲学を少し触ったからか・・・。子どものころのベートーベンよりも
身近に感じられる。

などなど、時間が少しでもあれば、偉大なる音楽家の作品に出合い、一方的な歴史的対話を重ねながら、奮闘している。
80歳までに18歳の頃のように、演奏力を戻せるか?
これは、わが人生の大きな課題になりつつある。

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あれから10年、再会も新たな出会いも・・・。

3月11日。携帯に、未登録の番号から電話の着信。誰だろう?もしかして?
「もしもし。あっ、お元気ですか?ご無沙汰しています~」
電話の主は、大船渡の老人ホームの施設長さん。約4年ぶりに聴く声。
「お花、届きました~!」ささやかな気持ちでお送りした花が無事、届いたようだ。震災後、二度ほど、地元の知人のご紹介で、この施設で演奏会をさせていただいた。それ以来ご無沙汰であったが、毎年この日が来ると送っていた花もしばらく途切れ、今年こそはと・・。10年だからとの思いで。
無事届いてよかった。少し会話をして電話を切ったあと、携帯にこの画像が送られてきた。
なんとピアノに向かう素敵なおばあさまと、届いたお花。
今、この施設で暮らしておられる御年93歳の方で、音大出身で今も現役!
なんと施設にご自身のピアノを持ち込んで毎日演奏されているとのこと。
まさに最近考えていた、理想の老後の生活スタイルの見本!
演奏の動画も一緒に送られてきた。ピアノは凄い生命力を、人に与えるのだと感心し、見事な演奏に聴き入った。演奏されるおばあさまは若々しく、素敵だ。
おばあさまも、きっとお花が施設に届き、気持ちよくピアノに向かってくださったのだろう。

3月11日。忘れてはいけない悲しみの日。10年が経過し、状況も変化して、
「今は震災のことよりも、コロナ対策が大変で・・」と施設長が話されていたが、まさに10年前と違う世界が今、目の前にある。

震災がなかったらこの施設に伺っていなかったかもしれず、今回のような再会、またピアノを奏でる素敵なおばあさまの存在を知ることもなかったかもしれない。
3月11日で再会、また新たな出会い・・。をいただくこともある。
それが生きているということだろうか。

優しい花が、被災地の皆さんに思いを伝えてくれていることに、改めて安堵した。こんなことしかできないけれど・・・また新たなカレンダーがはじまる。

悲しみや苦しみを乗り越えて、その先にあるもの・・。
この10年の時間が、新たな学びをくれている。

さあ、93歳のピアニスト目指して、私もがんばる!なんだか力が湧いてきた。

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Under Controllはできておらず。

3月11日。今年は特にこの日が近づくと、あるテレビ局からはあの曲が何度も流れ、各局とも、10年前の津波や東北各地の被災状況、福島の様子などを流し、この10年を振り返る番組を提供している。
10年の節目である。
あの光景の映像を再び見ることで、あの日のことが鮮明によみがえり、目を覆いたくなり、胸がどきどきする。
当日、銀座・有楽町方面にいたため、そのまま皇居沿いから、毎日新聞を通って
神楽坂まで歩いて帰った。あのときの見たことのない大混雑、避難する群衆の中のひとりであった自分・・・。今も忘れることはない。
やっと帰宅し、家の中の散乱・・・のショックよりも、映像で見たあの津波・・。
えらいことになった~。現実のことと思えなかった・・・あの日からもう10年。

この時間は長かったとも、短かったともいえる。
東北の皆さまにおかれてのご苦労はいかほどか・・。
まだまだ復興は終わっていないと聞くし、福島は元には戻れない状況のまま。
本当に現地の皆さまのご苦労は計り知れない。哀しみも苦しみも癒えないままという方が多いことと思う。
行方不明の方が多数おられる。心が痛む。
と、改めて現実を振り返るとき、
あのとき得た教訓を、再び思い出す。

自然は驚異。天災は人災にもなる。
また災害はひとつではなく、同時多発的に発生することもある。
そんな恐ろしい現実を知らされたこの10年。
そんななかで、日々生きている、いかねばならない自分。
いかに微力、非力であるかを肝に銘じて、
日々、ちゃんと生きていくしかない。

今、コロナ禍のなかで、この10年を迎える。
まだまだ余震が続いている。
終わっていないのだ。

アンダーコントロールなんか全然できてない。
誰が何をコントロールできるのか?
そもそも、思い上がりだ。熟慮なき無分別だとも思う。
今は、地震に加え、コロナも・・。
想定外はある。そのことを肝に銘じて。
そういう10年だ。

被災され、今尚、ご苦労が続いている皆様に心からお見舞いを
申し上げ、
被災でお亡くなりになった方、今だ行方不明の方々に祈りを捧げます。。

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夢に見た父との時間。

ショートスリーパーの方だとは思う。だからか、あまり夢を見ない方だ。
でも、たまに夢を見ることがある。

昨日見た夢。なんと雪国に父と旅している。新潟の妹と呼んでいる知人が、父を旅先で面倒見てくれている。不思議な夢だ。

目覚めてから、4年前、名古屋に引っ越してくる前に、父と二人で出かけた1泊2日の日間賀島(愛知県)旅行を思い出した。
すでに80歳ちょっと手前の父と、愛知県にある、フグの美味しい島に行った。免許返納後の父を励ますつもりだったか、きっかけは定かではないが、とにかくはじめての二人での旅行。
しみじみした時間であった。久しぶりに父と二人でお酒を飲んで食事をして、
眠っているときは、ちゃんと息をしているかと、気になって、夜中何度も起きて
寝息を確認していた。
旅行2日目、その小さな島を一周ほど、一緒に歩いた。連れまわしたのかもしれない。実は、父はとても疲れていた。
「もう、年やで、そんなに歩けへんわ~」「あかん、歩くことは大切。がんばって歩こう」
と言いながら、歩いてくれた。今から思うと申し訳ない気持ち・・。
私は「もうすぐ名古屋に引っ越してくるよ。」とは、最後まで言えずに、
名鉄電車に乗る父を名古屋駅で送ったあの時・・。父は嬉しかったのか、別れ際、泣いていた。

・・・・少し横道にそれたが、夢がきっかけで、忘れていた父とのそんな小さな旅を思い出し、急に改まって手紙を書いて、施設に届けた。
「一緒に旅行している夢を見ました。前、一緒に日間賀島に行きましたね・・・」

また、いつか旅行へ連れていってあげたい。
かなりハードルが高いが、そんな気持ちになる、夢であった。

なぜ雪国だったか。今日が、新潟出張ということもインプットされていただろうか。
夢は、人にさまざまなことを投げかける。

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「受け手」か「送り手」か。

社会は、さまざまな役割をもった人によって構成されている。
コミュニケーションの面からみると、一対一においては、もちろん
双方向であるけれど、俯瞰してみたときに、大きく分けると、
「受け手」と「送り手」という見方がある。
もちろん今はソーシャルメディアの登場により、一見、誰もが
発信でき、送り手であるともいえるが、一過性の自分事の情報を
発信することが、「送り手」の要件ではない。
送り手とは、人々にメッセージを伝えたり、感動を与えたり、
自分が発信することで、相手が動く、元気になる。そんな役割である。
これが、歌というメッセージであれば、創る人、歌う人しかいなけれ
ば何も意味がなく、「受け手」である、「聞き手」の存在は不可欠だ。
送り手は、受け手がいてこそ、成り立つ。

日々の仕事で、聞き役、受け手の役割になることもあるが、
その聞く姿勢から何かを伝えたいということもある。無言の送り手。
オーラとか、見えない力が相手に伝わるというのも、時には存在するのだろう。

さて、自分が生きていく以上、できれば、送り手であり続けたい。
受けとめているだけではおさまらない何かがある。

伝えたいことがある。それを、ずっと模索している。

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