旅立ちのお手伝い。

母との別れが近づいている。
もう2日しかない。
と思うと寂しくなる。
しかし、いなくなるわけではない。とそう心に決めた。
旅行好きな母は、コロナが収まるよりちょっと先に、
長い旅に出ることになったのだ。
と、そう思うことにした。

納棺の前に、湯灌をしていただいた。
入院中、入浴できなかったため、せっかくなので
シャンプーもしてもらって、きれいにセットして
もらって・・。けがしていたところも包帯してもらって・・
きれいに産毛もそって、お化粧もして・・・。
母が気に入っていた洋服と、私があげた帽子をかぶせてもらって
紫色のストールもまいて・・・。
とびっきりのおしゃれさんになった。
生前、こんな美しい母を見たことがなかったというくらいに
きれいになった。
ただ、言葉はない。
そこが違うだけだ。
おしゃれをして、彼女はこれから長い旅に出る。
今しばらく会えないけれど、きっとどこかでまた出会えるだろう。
と、そんな風に考えることにした。
人生は観覧車だから・・・そんな風に考えた方がいい。

息を引き取ってから3日の時間を過ごすことで、何かこの現実への向かい方が
みえてきた気がする。
本日のお通夜、まずはしっかり送る準備をする。
おいでいただける皆さまに心からの感謝を、母の代わりにお伝えする。
母が無事に、旅に出られるように。
どこへいくのかな?ダイナミックにイメージするとしよう。
と、超前向きにとらえようとする自分を、今はキープしたい。

カテゴリー: Essay (Word) | 旅立ちのお手伝い。 はコメントを受け付けていません

幸せな母の代理人。

人生初の経験が続く。
葬儀の準備をしながら、日程の詳細が固まり、親戚から交友関係筋まで
妹と分担をして、電話や訪問でこのたびのご報告。
電話口で泣き出す方、どうしたらいいかわからず母や仲間と一緒に集まっていた馴染みの喫茶店に集合され、そこで情報交換をされる方、「何か手伝えることは?」と連絡くださる方、いきなり安置室に駆け込まれて、「としこさーん」と
母に話しかける方、カルピスソーダのペットボトルを持ち込まれ「これ、としこさん好きやったんで」と、枕元にお供えされる方・・・・。
とにかくどの人も「世話になった」「この人のおかげで・・・・」「本当によくしてもらった」と、そんな言葉が出る。
母は、とてもいい人だったのだ。とみなさんの反応を見ながら、改めてその素顔を知る。母への賛辞を私が代わりに聴かせてもらっている。

そして、このように多くの方が悲しんでもらえるなんて、母は本当に幸せだと思った。
コロナ禍の葬儀は、なかなかむつかしい。
どこまで声をかけるのか・・・。
どれも初めてだらけではあるが、母にとって、母の人生はいい人生だったのだと思えたことが、うれしい。

幸せな母の代理人として、皆さまからのありがたいお気持ち、お言葉を受け留め、いい見送りをしなければ。
葬儀の日取りを少しだけ、余裕をもたせてよかった。


カテゴリー: Essay (Word) | 幸せな母の代理人。 はコメントを受け付けていません

あまりにあっけなく。

電話が鳴るとドキドキしてきたこの一年半。
とくにこの2週間は、いつも着信を気にしていた。
会話もしている、と聴いていたため、母は元気になり
復帰すると信じ切っていたところ、
ゆうべ19時ごろ、病院から電話。
この時間の電話は危険信号だと察知する。
呼吸も、脈も危ない・・・このままだと・・・と言われ
「すぐ来れますか?」と言われ、慌てて準備をして
名駅まで珍しくタクシーに乗り、JRに乗ろうとした。
こんな時に限って電車が遅れる。満員電車の中、
イライラしているところ、先に到着した妹が泣き声で
電話してきた。
「今、電車の中だから」と言って切ったが、もうその様子で
母が旅立ったのがわかった。
そのまま急いで病院に駆けつけた。
母の手とおでこは、まだほんのり、あたたかかった。
「お母さん、お母さん、起きなあかんて」
「お母さん、お母さん、また喧嘩するんやろ」
としばらく枕元で言葉をかけながら、
「もう楽になったね。本当にお疲れ様でした」
とそんな風に言葉が変わっていった。
人生初の、人を送るという経験。
悲しんでいる間もなく、次の段取りに追われて、
バタバタとすべきことをして、帰宅する。
戻ってから写真を探す。何かあったら・・と思っていたこの一枚が
本当に役に立ってしまうとは・・・。

反面教師と思ってきた母。でも、かけがえのない母が、あまりにあっけなく
旅立ってしまった。
コロナの影響で、面会もできず、それはちょっと本当に残念であったが
仕方ない。
悔いはないとしよう。
でも・・・。
しばらく気丈に進むとしよう。

お母さん、ありがとう。お母さん、お疲れさまでした。
ゆっくり休んでくださいね。おやすみなさい。


カテゴリー: Essay (Word) | あまりにあっけなく。 はコメントを受け付けていません

コロナ禍の再見。

実家の近所の老人施設でお世話になっている父。かれこれ半年経過。
もう4か月ほど直接会えていない。
でも、そのおかげで、コロナに感染しないで無事に暮らしている。と思えば、
やむを得ない。周囲のさまざまな対応に頭が下がる。
会えなくても、懲りずにできる限り、足を運び、プリンや柔らかいお菓子を
持参し、時に手紙を持っていく。
そろそろ、面会再会か?桜の開花とともに、そんな期待を抱きつつ、
今週も足を運ぶ。
たまたま、ドアの付近の部屋に父がいることがわかり、玄関まで職員さんに連れてきてもらった。
偏食、運動不足、もう何か月もおひさまにも当たっていないせいもあり、
健康?とは言えなさそうであるが、それでも元気、安定している様子。
なんといっても、会えない間の家族は、施設のスタッフの皆さんだ。
皆さんに本当によくしていただき、父が孤独にならないように支えてくださっている様子が、父がドア越しにスタッフと会話している様子を見て、感じる。
「お父さん、お父さん、元気?もうすぐ会えるでね。もう春やで。」
傍から見たらおかしいほどに、なんどもなんども大きく手を振る。そして
「聞こえる?聞こえる?」
と何度も、訪ね、ドア越しに看護師さんが「聞こえるよね?ね」と父に言葉をかけてくれ、父は静かにうなづく。
年々、昔の元気と勢いはなくなり、ただ静かに穏やかに暮らしているが、状況は
変わっていくものだと言い聞かせる。
もう帰っていいよ。という感じで手を振ったので、父が部屋に戻るのを手を振って見送った。父も何度か、答えて手を振った。
今回は、涙は出なかった。もうこういう状態に慣れてきているのか。
今度こそ、直接会って、差し入れを持っていきたい。
手をふる。
中国語で再見(サイチェン)はさよなら、という意味ではなく、また会いましょう。という意味ですよ。と、20年前通っていた台湾で、仕事仲間に教えてもらったことを思い出す。
そう、手を振りながら、またね。またね。と言っているのだ。
まだまだ親との別れの日は来ない。と信じながら・・・つい、力がこもる
コロナ禍の再見。




カテゴリー: Essay (Word) | コロナ禍の再見。 はコメントを受け付けていません

それぞれの春が始まる。

新幹線のチケット予約をいつもお願いしている店舗。
コロナの影響で、この旅行業界も本当に大変な状況で、緊急事態宣言中は
閉店している時期もあり、心から心配していた。
顔が見えないなら、声が聞こえる方がよいため、ネットではなく
電話で予約し、チケットを送付してもらっていた。
宣言も解除され、久しぶりに店舗に受け取りに行く。
名古屋に移ってからの3年、
すっかりなじみになっており、スタッフにも「いつも、ありがとうございます」
と気持ちよく声をかけてもらう関係に。
昨年からは、店舗に行くと、毎回対応くださる担当の方に、
「大変ですね。がんばってくださいね」
と、声をかけてきた。
そして、今週になってまたチケットを受け取りに行く。いつも電話対応もしてくれる馴染みの男性スタッフが応対してくれる。用事が終わりかけたころ、
「あのー、私、3月末で転勤になります。法人担当になります。本当にいつもありがとうございました。お世話になりました。」
突然、そんな言葉をかけられ、
「そうか~。ああ、もうそんな季節やね。さみしくなるね。でも、また帰ってきてくださいね。法人営業もがんばらなあかんしね。会社も大変だろうけど、
元気にがんばってください。あなたのこと、忘れないよ。えっと名前は・・・」
と話しつつ、名札を再度見て
「あ、イトウです。ありがとうございます」
こんな会話で、なんだか春を感じ、じんわりしながら、店を後にした。

コロナも影響しての転勤かもしれないな~。
でも、がんばっていれば、またどこかできっと会える。
こんな会話が、全国各地で聞かれる今週。
コロナがなければ、もっと盛大に送迎できるだろうに。
それぞれの春。
今日は京都で、新たな春を迎える人たちとも会える予定。
どんな言葉を送ろうか、とびっきりの笑顔で・・が良い。

カテゴリー: Essay (Word) | それぞれの春が始まる。 はコメントを受け付けていません

五感が目覚めるゴーアウト。

緊急事態宣言も解除されてか、町に人があふれ始めている。
季節性もある。冬眠、巣ごもりから目覚める春でもある。
リバウンドにつながる密集地への外出は見合わせたいが、
リサーチ兼ねて脇道の町歩きは、おすすめだ。
いいアイデアが出ないとき、 何か違う目線で物事が欲しいとき。
ちょっと風に吹かれてみる。季節の変化を感じながら、体内の空気を
入れ替える。
図書館に行く、本屋に行く、ただひたすら歩く。
たとえば女性向けの企画を考えているときは、女性が集まっているお店に
出向き、うろうろする。女性の心理と行動を観察する。但し、密集の中には入らず、脇から眺める。観察をする。並ぶ人の心理を想像する。
お店を彩るPOPや、ポスター、デジタルサイネージから、町をゆく男女の
ファッションまで・・。あるいは人々の会話まで・・・。
その時々のテーマに合わせて、それにつながる世界を、ソーシャルディスタンスでウォッチングする。
マーケティングリサーチのひとつとして、
30年前は、海外に出向いて、日本にはないものを探してきた。
あの頃の感動は今も忘れない。そう、出会い、発見に感動があったのだ。
今はネットで多くのモノ、ことが探せてしまう。でも、あくまでも二次元の
モニター越しの世界である。手を触れることはできない。味わうこともできない。カンタンにみつかることに慣れてしまい、感覚もマヒしがち。
検索することがリサーチの全てではない。
五感で感じる感動は、直接見る確かさは、ネットで得る情報とは大違いだ。

だから、今でも企画に困ったら、外に出る。
ひとたび市場に出れば、何かを得ることができる。

中に籠って、パソコンでの企画も便利にできるが、
感じる時間を大切にしよう。偶然の出会いも楽しもう。
感じることは、ヒラメキに通じるから。
今日も、わずかであっても、時間をみつけて、ゴーアウト。
道に咲く桜との出会いも楽しみながら・・。

カテゴリー: Essay (Word) | 五感が目覚めるゴーアウト。 はコメントを受け付けていません

運命と宿命と受容。

運命とは、命が運んでくるもの?命に運ばれてくるもの?巡ってくるもの?
本人とは意志が関係ないけれど、おりてくる幸・不幸?

しかし、宿命は、すでに命にやどっているもの。
前世があるならば、その時からすでに決められていること。
だから、本人の意志とは関係ないし、努力で変えることはできない。
運命は変わることがあるけれど、宿命は変えられない・・・。

以前、親しくさせていただいているマジックアーチストより
ご自身の人生になぞらえて、この運命と宿命について聞いたことがあったと、
そんなことを思い出す、今日この頃。

人間の意識の世界はあまりに小さくて、自分ができることは、
本当にささやかだと思う。
その微力さに気づかねばならないとも、思う。
そして、やはり人は、生かされているのだとも思う。

今、両親のこの状況について、運命、宿命について考えることが多い。
決めることができない最期のステージは、間違いなく宿命だろう。
そこに向かう、そこを覚悟しながら、普段どおりに普通に生きる。
それが人間の強さなのかとも思う。
一方、生きることは、怖いとも思う。
一歩先が見えないから。
でも、信じることで見えない先が光に見える。

何を信じるのか。
きっと今日もうまくいく。
これだけを信じるようにする。そして、自分自身を信じる。
そうすることで、どんな運命も宿命も受け留められる・・・
と、いいなと思う。
さまざまな苦難を受容し、流す力を身につけよう。
いろんな方法があるが、私にとっては音楽がそれに役立ちそうだ。
ベートーベンを背後に聴きながら・・・。

カテゴリー: Essay (Word) | 運命と宿命と受容。 はコメントを受け付けていません

また会わせたい。

夫婦。
形はどうであれ、夫婦。
時代がどう変わっても、夫婦。

わが両親のおかげで、私が存在する。

親の金婚式の年につくった曲がある。
「ひと 文様」
いろんなことがありました・・・。
人生ふりかえるとそんな感じかなと・・・。

もう別居して19か月も別居を強いられている
両親は、それぞれどんな思いでいるか?
もっとも認知も進み、病気の身では、そんな
ことも考えられないかもしれないが・・。

でも、コロナが終わったら母と一緒に、父に会いに行こうと
思っていた。
今は,、コロナが終わって、母が元気になったら、
父に会いに、施設に連れていこうと思っている。

夫婦なんだから、もう一度会って、会話してほしい。
夫婦なんだから、また会わせたい。

元気いっぱいの日々を思い出し、この曲を思い出し・・・。

「ひと・文様」の歌詞と作った年のライブでの様子はこちら。

La Grande Roue:Poem & Songs (mahsa.jp)

ひと・文様 / Mahsa(今尾昌子) – YouTube

カテゴリー: Essay (Word) | また会わせたい。 はコメントを受け付けていません

悔いはなくても・・

いつも、どんなときも自分に悔いがないように・・とは思ってきた。
公私ともに、そのつもりで、そのとき自分が思うことをちゃんとやろう!と
思ってきた。
だから、悔いはない。とは言える。

でも、親の復帰を24時間、ひたすら待つだけの今。
悔いはないけれど、
もっとこうしたい、これもあれもしてあげたい。
と思いが次々とあふれてくる。

美味しい美味しいと食べてくれるおかずがあれば、
また食べさせてあげたい。と
野菜を切りながら思い、

京都や東京の写真や映像を見ると
昔案内した場所が蘇り、
また連れていってあげたい、
大相撲も見に行ったな。もう一度・・はもう無理かな。
でも、・・・と思う。
また、今ならば、桜を見に連れていってやりたいが
来年は連れていけるかな・・
と、思うし・・・。

悔いはないけれども、今となれば、
あれもこれも、まだまだしてあげたい。

これは私自身の勝手な願望であるが、
思いが毎日、あふれてくるのは事実である。

いつ鳴るかわからない携帯を手もとに置きながら
なんとか、と思ってしまう。
生きていると、
悔いはない。
ということは、ない。
どんなに一生懸命やっていても まだ一途の光があるならば
まだまだと思ってしまう。
とにかく、
今は前向きに、
戻ってきたら、あれもこれもしよう。
と思い続けることにする。

カテゴリー: Essay (Word) | 悔いはなくても・・ はコメントを受け付けていません

観覧車復活!!!

「観覧車復活」と書かれた色紙。
A3サイズ。画用紙を張り合わせ、そこに8名のみなさんのメッセージや写真のコラージュ。まさに寄せ書きだ。
こちらが実家の洗濯機の中に入っていた。

母の入院時に、一時は迷ったが、母が日頃懇意にしていただいている方に
ご連絡し、ぜひ応援していただけたら・・・とお伝えしたら、なんとその当日にこの色紙が届けられたのだ。この情報収集力と即戦力、行動力、表現力に驚く。
なんたるチームワーク。しかもそのスピード!!
この仲間は日頃からさまざまな活動を一緒にやっている。
農協での出会いから、何かを一緒につくったり、茶話会したり、お出かけしたり、そして、ありがたいことに私のふるさとライブの常連さんたちでもある。
地域のよき仲間、元気印のマダム集団?
その取り組みのひとつは、ゴキブリ団子を作ること?
しかもこのユニット名は「観覧車」だそう・・。
おそらく、グラン・ルーの親戚筋?母が言い出した名前だろうか?
色紙には、元気カラーのオレンジが使われ、
とにかく、元気になってほしいという思いが紙面からあふれている。
なぜか、3Dに見える。

これを、確認し次第、病院に持参、看護師さんに託す。
「狭いので飾れるかどうか、ですが確かにお預かりしますね」
「どうか、見せてやってください」
帰り道、発起人の方に、病院に届けたと報告と、御礼。
「みんなで祈っていますね」
の応援がかえってくる。

翌日、病院から電話が入る。ドキドキしながら出ると
「これから、一般病棟に移動となりますので」

とのご連絡。
いい方向には向かっているようだ。
早速、ゴキブリダンゴを作りながら、この色紙をつくっていただいた
観覧車ユニットの元気パワーと応援の気持ちが母に届き、
細胞に注入されたに違いない。

観覧車復活!
色紙に書いてある文字。
ごきぶりダンゴと、観覧車。
このミスマッチ?というかなんともいえない融合?は母らしいと
思いつつ・・ひたすら、ご近所の皆さまにただ、ただ感謝。

下の写真は、色紙と一緒に届けた、母が最近、懐かしがっていた写真。
私が幼き頃、叔父の出身校が甲子園に出場するというので
これからバスに乗るところの記念写真。岐阜駅だそう。
おそらく昭和40年頃の1枚。

とにかく、復活!
祈る日々。
色紙を見て、写真を見て、私と喧嘩せなあかん。
と奮起、蘇ってほしい。

カテゴリー: Essay (Word) | 観覧車復活!!! はコメントを受け付けていません