ギフトの選択肢。

電車のなかで出張ビジネスマンらしき上司と部下の会話が
聞こえてきた。
「おまえ、父の日何かおくったか?」
「はい、自分の親に・・を送りました」
「そうか。おれも自分のおやじと嫁さんの方に両方・・を送ったわ」
和やかな会話だ。仕事もがんばり、家族サービスもばっちり。
二人のいい関係性も感じる。
そう、父の日が近づいているのだ・・。

今年の母の日は、生まれて初めてたまらなく
きつかった、苦しかった。
ということは前に書いたが、
今度は父の日について、これまでと違う気持ちが湧いてきて
いる。
何をあげようか。と選択肢があったこれまでの父の日。
結果、父の好きな野球帽、焼酎・・・。そんなに代わり映えしないもの
しかあげた記憶がないけれど、それでもプレゼントを選ぶという
ことが当たり前であった。京都から、東京から、名古屋から・・
何かを贈っていた。
しかし、
今、父には何をあげたら・・・。
父が元気なら、あれも、これもと思うが、認知も進行、体力も減退、
気力も低下、食欲もない・・。
そんな父に何を贈れるのか・・・。

父が一番ほしいのは、もしかしたら実家に帰ること。
楽しい元気な昔に戻ること。母と喧嘩をすること。
すべて叶わぬ、夢のようなことであるが、父が喜ぶのは、もはや
モノではない。でも、そのことももう意識できない状況かも
しれない。
そして、父の日。あと何回あるのだろう。
それを思うと、また胸が押しつぶされそうになる。

世の中のさまざまなプロモーション、催事は、
それどころではない状況に置かれた人にとっては
つらいだけだ。
オリンピックも、まさにそうだ。
そんなもん、いらんから・・・。
もう、そんなことどうでもいい。
という気持ち。

父は何がほしい?
人間、終末にほしいものは何だろう?
想像が難しく、つらい。
と、そんな気持ちで、いる人は世の中に多く
おられると思う。

今できることを一生懸命することが、
今、できる最大、最高のギフト。
がんばれる人ががんばらねば。





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信頼のセカンド、サード・・オピニオンを活かす

重要なこと、判断を誤っては後悔すると思われること。
そういった局面においては、必ずセカンドオピニオン、サードオピニオン・・
それ以上でもいい。信頼できる人に相談しながら、情報を集め、整理して、
俯瞰して、悔いない正しい判断ができるようにしたいと思う。

最近、親のことについては、そういった手段が必要と感じることが多い。
体験したことのない重要な判断は、その道のプロや人生の先輩に聞き、
その上で、自分でよく考え、判断する。そんな思考法がとても重要だ。
そして、広く情報をとるためには、ネットも有効だ。
人の命にかかわることの判断は本当に難しい。

今、長寿について、延命について 考えさせられている。
そして、判断をしなければ。
医療、介護、家族、本人・・・・・。それぞれの人の立場から意見をもらいながら、そして最後は、「想い」が最も大切だ。

困ったとき、迷ったときに聞ける人。そういう人に恵まれていることが
本当にありがたい。感謝の日々だ。


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越境の観覧車的生き方。

ボーダーレス。垣根のない世界。広がりと受け入れのある関係が好きだ。
国籍、職業、年齢、性差、あらゆる環境の差、信仰・・・。一人の人間には多くの属性があるが、そのことで制限をかけるのではなく、それを越えて、それも含めて、その人をトータルに理解し合うことがいいと思っている。
社長だから、主婦だから、〇〇人だから、障がい者だから・・などなど、そういう括りは、ときに必要ない。もちろん大切にしなければならないときもある。
いずれにせよ、最後は「人」と「人」。
社長だから偉いということでもなく、ピアニストだから感動的というわけでもない。一いろんな属性をあわせもっている、ひとりの人。そこに目を向けたい。

最近、檀家とかそういう括りは別として、母の死をきっかけに、お寺の方とのやりとりが続いている。ちょっと最初とまどいもあったが、いろんな会話を重ね、今は宗教を越えてお互いを理解できる、そんないい感じになってきている。
そして一人の人として、自然な会話ができ、またお互いに学びをいただいている。そんな会話のなかで、
「寄り添うってどういうこと?」
と聞かれた。地域の方に寄り添う活動をされているお寺の坊守さんにだ。
「寄り添うというのは、対面という感じでなく、並んで座って、同じ方向を見てるという、そんなイメージでしょうかね?私はそんな風に感じています。」
とっさにうまく答えることができなかったかもしれないが、寄り添うという言葉ひとつとっても、いいキャッチボールができることに意義を感じた。
また、母のことを、仏教だけでなく、長崎の教会のシスターが、信徒でもない私のために母への祈りを捧げてくださった話についても打ち明けることができた。
「いろんな人にお参りしてもらえる、祈ってもらえるということは幸せですね」
と、お寺の方が言ってくださったことが、とてもありがたかった。
これしかダメ、ではない会話がつながりを強くする。
越境。
自分の人生はそれをしながら、心の観覧車を回すこと。
改めて、その想いを強くしている。

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次から次へと。それが生きるということ。

母の納骨まで、もうしばらくの間・・・。というこのタイミングで、
なんと、次は父のことに追われ始めている。
食欲が低下しているとのこと。
このままでは・・という状況だと、主治医からも告げられ、人生は本当に
ドラマみたい、ドラマ以上だとこの重い現実を、不思議な感覚で受けとめている。

食事がとれない。
生きるとは食べること。

それができないとは・・。

どうするか?いろんな選択のなか、父の人生を考えてみる。
何が幸せなんだろう。

そう考えながら、さまざまな選択について、きちんと判断せねばと思う。
まさか、今、父にこんなことがふりかかるとは・・・。

次から次へと本当に事件がおこる。
生きている証拠か。
それにしても。

医療、介護それぞれの視点から、
病院や施設、それぞれの受け入れ体制。
このことを頭に入れつつ、
そして一番大切なのは、
「本人と家族の想い。」と、信頼できるケアマネが教えてくれた。

これこそ、延命か自然に任せるのか。
今、自分の人生ではなく、親の人生を背負っているような
気持になっている。

よく考え、悔いのない判断を。
コロナのせいで、とは言いたくないが、
人生の終わり方が平常時とは違ってしまうケースのひとつだ。

父と話したい。
父の想いを改めて確認したい。
きっとそうだろうという答えはあるけれど、
ここは、父に確認したい。

それにしても、次から次へと。
まさに、生きているという感じがしている。
意味がある時間だと思っている。



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会ってないのに、仕事が進む。

最近、実際にお会いしていないのに、仕事がはじまったり・・というケースが
続いている。
あるプロジェクトは、オンラインで打ち合わせを重ね、教材をつくり、研修を行う企画のプロデュース。一緒に組んでいるその専門のスタッフは、その会社に行ったことなく、最初の面談から、取材から、すべてオンラインミーティング。
予備情報はサイトがあるから、その会社に行ったような気持ちになり、オンラインで話す相手がいると、会ったことがある感じにはなる。
他のプロジェクトは、会っていないのに、企画提案をして、その企業のホームページをつくる仕事。オリエンからプレゼン、キックオフまですべてオンライン。
かなり親しくなってきた感じではあっても、気が付けば「会ってないですよね~」とお互いマスクの下から笑いが生まれる。
そう、会わなくても仕事が始まる、そんな時代になった。
でも、会わないと、実際にその現場に行かないと現実の雰囲気はわからない。

「会いに来てくださいよ。うちの会社にきてくださいよ」
最近は、緊急事態宣言が解除になったら、早く会おう!という声が増えている。
会ったことがない・・・人が増えるほど、会わなばならない人が増える。
コロナ現象。不思議だ。・
いやおうなしに、変化に対応し、生き続けようとがんばっている。
結局、人間はそういう存在。
なんども画面越しで会っていた人と、直接会ったときに感動する。
それが楽しみでもある。
ふとメールでだけ何度もやりとりしていた台湾の企業の仲間と、やっと
現地で会えたときのあの感動が蘇る。

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顔が見えない苦しさに学ぶ。

オンラインでの研修会。
少人数でのミーティングなどは、このコロナ禍のなか、なんども実践してきたおかげで、だいぶ違和感なく実施、活用できるようになってきた。
とはいえ、マスクをしての会議や打ち合わせは、聞いている人の表情がわからず
戸惑うこともあり、違和感がないということはない。

今回は50名ほど相手の研修会。
よくテレビやネットニュースで国際会議の様子を見たり、NHKの「最後の授業」のように、モニター上に学生さんがずらり顔が並ぶ、しかも1ページで収まらず2ページにまたがって。という現実。かなり新鮮かつ緊張する。
パット見て、どこの誰とかわからない。しかも全員マスクしているので、わかりづらい。表情もわからない。笑っているのか、不安げなのか?
どこの誰が手を挙げているか、がぱっとわからなかったり、
普段の対面の講演、研修会とはかなり勝手が違う。

今回は、北海道から九州まで、お互い面識がない人同士が集い、講座をきっかけに、ここから、オンラインでチームプラニングを行い、3か月後にオンラインでプレゼンをしていただく。という研修だ。
コロナがなかったら、この研修の発想も生まれなかった。

非接触かつ安心して参加できる研修としては、なかなかの企画ではある。
しかし、実際やってみて、とにかくドキドキハラハラの3時間。
ネット回線がホストはもちろん、自分も、参加者全員も、それぞれの環境で
途中で切れたりしないか?
画面がかたまったりしないが、音がうまく聞こえるか・・・。
受発信相互それぞれの環境により、不具合も生じることも予想される。
だから、無線ではなく有線でつなぐ、ミュートの切り替えをちゃんと行う。
画面共有を何度もテストする・・・。
などなど、すべき準備は行い、本番に臨んだ。
なんとか形式上は、時間内に予定どおりの研修は終了できた。

が、私自身としては、大いになんともいえない気持ちが広がった。
顔が見えないまま、話し続けることのむつかしさだ。
リアルの講演会であれば、顔を見ながら、反応を見ながら、いろいろアドリブも
浮かぶが、顔が見えないと、一方的にならざるを得ない。
ということで、なんとなくうまく伝えきった感じがしなかったのが正直なところ。
顔が見えないことは難しい。

顔が見えなくても、それを想定して話すことを考えておけばよかった。
オンラインだけど、前にいる。でも、顔が見えず、表情もわからないから、ここが中途半端になる。
と、今回の研修会を通じ、オンラインで顔が見えない相手にツーウェイコミュニケーションを行うことのむつかしさも感じつつ、多くの学びを得る。
しまった!と思うことは、改善策を考えて、すぐ実行する。
まずは、昨日のフォローからはじめよう。
オンラインの良さは、フォローがしやすいという点だ。

いやはや、コミュニケーションクリエイターとして、まだまだ。
コロナは、もっと勉強しろ、もっと成長しろ。と自分の未熟さを教え、
背中を押してくれているのだ。



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コロナが与えた挑戦の機会。

本日は、新たな取り組みの研修会。
全国各地の企業で活躍する、女性たち30名がオンライン上に集う。
これまでの研修であれば、特定の会場に集まり、一緒に学び、交流するという機会が、このコロナによって大きく様変わり。
画面上での学び、交流。非接触のコミュニケーション。
どこまで目的が達成できるかは正直、やってみないとわからないが、やってみる価値は大いにある。
ネット回線の心配は当然あるが、そんなことも織り込みながら、準備をすすめてきた。
また研修テーマも、これまでにない、実際の企業に企画の提案をするという試み。企業の協力も得ながら、この企業にとっても良いPRの機会にもなるようにと企画してみた、この企画。
初めてのことづくめで、主催者の皆さんも、受講者の皆さんもドキドキであると思うが、今回、コーディネイター&ナビゲーターを担当する自分としても、かなり緊張の朝だ。
でも、できたら面白い。やってみる価値がある。
関係者の同意、ご理解、協力を得て、オンラインでのチームワークプランニングというスタイルの研修を開催。
もちろん生のコミュニケーションがいいに決まっているが、それが叶わない状況でもこんな風にできる!ということを、今だからやってみる。全国各地から集まるといっても、現実諸般の事情で出張できない人も、オンラインならば、会社やもしかしたら在宅ででも参加できる。
これは、コロナ前にはなかった発想だ。
とにかく、うまくつながる、途切れないように。
そこを念じて、楽しく新しい研修のスタイルに挑戦してみたい。
今日はまず、1回目。受講生の皆さんにとってはインプットしていただくフェーズだ。ご協力いただく企業さんのオリエンも、私のレクチャーも滞りなく、
お伝えできるように。
久しぶりに本番前の緊張がみなぎる朝。元気にスタートしよう!

北海道から九州まで。各地の印刷女子たちに会えることが楽しみだ!

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終の棲家への妄想

家を建てる、購入する。という人にとっては、その地がそれで終の棲家になる。
それが前提になるだろう。
それは、人生の大きな決断であり、また安心でもあるかと思う。

一方、それにこだわらない生き方もある。
住む場所を節目ごとに、あるい自由に変える。
引っ越しの経験があれば、移住は、さほど苦にならない。

最近、終の棲家にするのかどうかは未確認であるが、60代を越えてから
東京から北海道に移住した知人がいるが、そんな選択も大いにありと
思っている。新たな地での新たな生活。とても興味がある。

私自身、今後の住まいについては、今心新たにあれこれ妄想している。
東京に再び・・という選択はあまりないが、
京都?長崎?はたまた???これからの時代、日本以外という選択はありか?
などなど??。
長くNYに住んでいて、高齢になる前に日本に帰国したという知人もいるが
日本はまだまだ安全で、住みやすい国なのだろう。

生まれた場所に帰ってくる人もあり、自分の好きな場所に向かう人もあり。
それぞれ良いと思う。

さて、人生の最期、自分はどこにいるのが良いのだろう。

終の棲家。
できれば元気なうちに、計画し、稼働するのが良い。

そろそろ、考えようか。

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夢を小分けにして。

以前、仕事で初めて会った方に、
「今尾さんの夢は何ですか?」
と、尋ねられ、言葉に詰まったことがあった。
その時のことを、ふと思い出す。

この答えにより、私という人間をより知りたいという意図の問いかけで
あったと思うが、そんなに相手にいえるほど、かっこいい回答がすぐに出てこなかったのだ。
また、それには「わあ、素敵な夢ですね~。」
と、期待される答えがあるような気がして、それに見合う言葉が浮かばなかったのと、
夢といっても、人それぞれに解釈が違い、もしかしたら求める次元も異なる
ので、知らない相手への即答は難しかった。
「いやー、うーん、どうかな。難しいですね。」と笑ってごまかしていたように思う。

夢・・・。こうなりたい。こんなことをしたい。こんな人になりたい。
現実と違う、現実を越えた、目指すこと。を夢というのだろう。
子どもの頃の夢。
これも正直、あまり考えていたわけではない。
ピアノは気づいたらやっていたし、それでピアニストになろうと思ったことも
なかった。やらされていたわけでもないが、常に目の前のことを一生懸命やってきただけだ。
プロの野球選手を目指して、ただそれだけを極めてきた・・・といった
たとえば、イチローさんのような生き方とも違う。
もちろん、自分は何に向いているか・・ということには、とても興味があり、中学生の頃だったか、学校でやった職業の適正テストの結果が、芸術家、宗教家、政治家、哲学者、教師であったことはうれしかった記憶がある。「そう、そう」と思っていた。芸術家という項目がはまっていたことが嬉しかったのだろう。(結局、手先は不器用、まったく理系でないという証しでもあるが)
でも、それになりたい!と一心不乱にその道に向かったわけでもなかった。

むしろ、これは違う。と思うことを避けてきたというのが生き方だったのかもしれない。
その都度その都度の人生の分かれ道で、小さな決断をしてきただけ。
これは違うな、こっちがいいかな。との選択を繰り返してきただけ。
振り返れば、これまでの自分の軌跡が、夢に向かってきたかといえば、そんなこともない。

大げさに、夢を掲げたことはなかったのだ。
現実を生きる、目の前を生きるのが精いっぱいであった。
もっと大きく夢を子どもの頃から掲げていたら、きっと違う人生になっていた。

と、夢には、無頓着、無反応に生きてきた自分であるが、
人生がすでに折り返し地点を過ぎた今、改めて考える。

どんな風に一生を終えるのか。
そのときに悔いを残さずにいること。

これが今の自分の夢。
そのために、したいこと、思うことがあれば、どんどんやり続ける。

具体的には、もしも、80歳まで生きてしまうならば
そのときに、ショパンを笑顔で弾ける。
そんな自分でいたい。
おしゃれを欠かさない人でいたい。

こんなことは、小さな夢といえば、小さな夢。
それでいい。
社会の役に立つ人になる。
と、大きく掲げるだけが夢ではない。
自分が素敵、自分がかっこいい。という方向に
そして、オンリーワンであること。

要は、最後どう人生を結びたいか。
ここに尽きる。

とここまで書いて、改めて。

自分の人生の夢は、
「心の観覧車を回し続けること」

これなら、すっと言えるが、
これは夢というよりも、ミッションだから、
ずっと根底に持ち続け、
具体的な夢を小出しに、生きていくとしよう。

いくつになっても、夢を忘れない。
そんな生き方がしたい。




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どんなキャンディがあったら?

キャンディは移動に、仕事の合間に、ちょっとしたひとときに必需品だ。
昔、映画などを見て、飛行機に乗ったらキャンディがもらえるんだ~。と子供ごころにうらやましく思った。
ここ何年か、飛行機に乗っても国内移動の場合は、ドリンクをもらわないでキャンディをいただく。先日久しぶりに利用したが、そのとき、イチゴ、レモン、ぶどう味に黒飴をまとめたセットにした小袋をいただいた。子どものときの憧れが蘇り、なんとも微笑ましく、うれしかった。

飴というと健康に良さそうな感じ。確かに喉にもよい。リラックスもでき、気分転換にもなるし、万能フーズだと思う。
大阪のおばちゃんは、会う人会う人に「飴ちゃん」を配る?。という話は有名であるが、それだけに飴はふれあいの印。コミュニケーションツールでもある。
私自身も、「今日は、はい、大阪のおばちゃんじゃないけど・・・」といって、会議の合間にちょっと変わった味の飴などを配ることも少なくない。

長崎のシスターは、北見のハッカのキャンディーがお好みで、時々送ると喜んでくださる。
家族はニッキのキャンディを車に常備している。
それぞれ、好みが違うが、また大変地味ではあるが、飴は生きるために、実は
大切な存在である。
目にしたとき、口に入れるとき、だんだん溶けていく間、あるいは噛んだとき・・・どんなに忙しい時間のなかでも、ほんの束の間ではあるが、キャンディタイムはくつろぎと癒しを与えてくれる。

普段、ミント系のキャンディを小さな容器に入れて持ち歩いている。それを開け、電車のなかで、一つ取り出し、マスクを少しずらして、ぽいっと口に放り込む。「ふ~っ」。しばし気持ちがOFFになる。
ふと、悲しみや寂しさが和らぐ、フェイドアウトされていく、そんなキャンディがあるといいなと思った。
泣きたいときに、その気持ちが鎮まる・・そんなものもあるといいときがあるかも。

さて、それはどんな味?涙の味?ほんのり塩味?いや、違う。
シトラス系か、バラ系か・・・。そんなイメージ?勝手に妄想する。

キャンディ。永遠の夢の言葉。
辛いとき、しんどいときも、それを静かに乗り越えられる一粒があったら。
そんなのもあったらいいな。

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