生きていれば「微力」ながらも・・と涙雪に想う

今回4か月をかけて行ったライブツアー。ふりかえってみるといろんな学びがある。。
おかげで、最終回もご好評をいただき、皆様に笑っていただき、ときに涙を流し、いい時間を共有させていただいた。5会場でのべ350名の方にご参加いただいた。
それぞれの場所、会場ですべて違う、感動の場が生まれた。
そして・・・
今となっては、一番の衝撃は、本ライブの実施にあたり、応援・協力いただいた方が相次ぎ事故死されたことだ。
長崎の最終回では、演奏時にそのことを思い出すと歌えなくなると思い、本番はなんとかがんばった。長崎に降った大雪は、まさに涙雪。いろんな悲しみや思いが降り積み、そして一緒に溶かしてくれたのかもとも思う。
このライブツアーをとりまくさまざまな出来事は、一生忘れることができないだろう。
本当に人生は、ドラマチックすぎる。

人はある日、突然にいなくなってしまうものだ。人生はいつか終わる。
いつお迎えがくるのか、自分からそこに向かっていくのかは知らないけれど、間違いなく、いつか終わる。
でも、それまでは生きている。思う存分生きられる。
生きていれば無力ではない。力は必ず出るはずだ。

亡くなられた方たちにもう会うことはできない。拍手をいただくこともない。抱きしめられることもない・・。
でもこの方たちが空から見守ってくれていることを信じ、その人たちの分まで生ききることが大切だ。
生きているものががんばらなきゃいけない。生きているからこそ、できることがまだまだある。
そのことが一番の学びだ。
生きている限り、無力ではない。微力であっても、意識、努力さえすれば力は出せる、知恵も出せる。
まだまだ出せるよ。
生きていればこそ。愛のギフトをいっぱいいただける。
そう信じて、次の目標に向かっていこう。
長崎での大雪と、この愛の元気人ライブツアーのフィナーレは、必然の結びだったように確信する。
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目的達成の感動は、じんわり愛とともに。

香港上海銀行
明治時代に作られた、香港上海銀行長崎支店が文化交流の場に。この素敵な空間で演奏できるとは、なんと幸せなこと。1月25日は待望、念願の長崎市でのライブ開催の日。そして昨年秋から続いたライブツアーのフィナーレである。(写真は会場づくりをしているときの様子。)
当初、予約いただいた地元の方との再会も楽しみであったが、大雪のおかげでみなさん移動できず、いろんな意味での想定外での本番となった。「雪女パワー健在」ともいわれ、一方「雪の精がおりてきたよ」・・とエールを送ってくださる方もありで、とにかく前向きにやり抜くことだけに集中した。
団体客様、地元長崎の方、そして前ブログにも書いたが、新潟からお出かけのご夫妻と、まさにちゃんぽん的な客層だ。
観測史上初の大雪のため移動できずに来られなかった方々も多かったのは、本当に残念ではあったが、それでも70名以上の方に集まっていただき、「憧れの長崎ろまんコンサート」は無事終了し、ひとりひとりと握手を交わし、団体客のバスが無事に次に迎えるよう、雪道を見送った。
そしてホテルに戻ったら、新潟のご夫妻からメールが届いていた。・・・長崎への車いすを使っての今回の旅は、雪が降ったけれども、いい思い出になったとのこと。新潟から長崎のホテルに着くまで、いろんな方が親切にしてくれて無事たどり着けたこと、しかし大雪となってしまい交通機関がストップして久しぶりにホテルでゆっくりしたこと、せっかく訪ねたグラバー邸で雪のため車いすが動かず立ち往生されたこと、、ちゃんぽんも食べたこと、そしてこのコンサートに来られたこと。ザビエルを見習っての夫婦での今回の「船出」だったせいか、「フランチェスコの夢」の演奏時は涙が出たそうで・・。これが自信になったので、もっと夫婦で旅をしようと思った・・本当に来た甲斐があったと。喜んでいただき、この1通のメールで、十分、今回のライブツアーの目的が達成されたと思った。
まずは、おいでいただいた皆様が無事に帰宅されることを願うばかり。このご夫妻は飛行機がまだ飛ばず、新幹線を乗り継いで新潟へ戻られるとのこと・・・。これも貴重な思い出になってくれたらいい・・。
大雪がライブツアーのフィナーレを演出してくれたような。計画通りの企画以上の余韻を残しそうだ。
ピンチを超えての行動により、地元の人、各地のみなさんの、家族の愛をいっぱい感じた。
まずは安全に帰路につくとしよう。長崎会場でのコンサート実現に向けご協力・応援いただいた皆様に、心から感謝申し上げます。
ライブのレポートは後日、公式サイトにもアップいたします。

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ピンチが続くと、人はどんどん強くなる!

雪長崎
ああ、九州で、長崎でこんな大雪。よりによって、なぜこの日に?!天気予報は当たってほしくないときに、よく当たるものだ。
ライブツアー最終回、本番の長崎が写真のような景色に。銀世界は見ている分には美しすぎるが、動くのは大変だ。
しかも雪の静かさは不気味でもある。夜、眠っている間に、せっせとひたすら、積もるのだ。

予定では定員を超える予定のコンサートが・・・・になる。
でも、わざわざおいでいただいた方、早めにおいでいただいた方、そういった方のために予定どおりやる!全力を尽くす。
どんなことがあってもベストを尽くすのが次につながるのだ。
雨だから、雪だから、〇〇だからあきらめる。のはしたくない。
決めたことは、どんな状況であってもやり抜く。ライブツアー最終回にはこれまでにないいい思い出ができると予感する。
あんなことがあったね~。と貴重な時間の共有ができる人がひとりでもいる以上。
ああ、それにしても、いろんな経験をさせていただけるものだ。ありがたいとすべての存在に感謝するとしよう。

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スーパーポジティブ・レディに敬意を表して

異例の九州積雪、低温予報に心臓がバクバク。バスの団体客さんも、個人のお客様もどうぞご無事にとただ祈るのみ。わざわざ新潟からご夫妻で、しかも車いすをご利用され、長崎までおいでになるご夫妻。この方たちにとっては、この旅は新たな挑戦とのこと。
雪が降らなくてもいろいろ心配になるが、ご本人は大変前向きで、明るい。
雪国の人だから雪に慣れているかもであるが、雪に慣れていない町だから心配にもなる。
「レンタカーはスタットレスになっていなかったらタクシーにしますね。もし飛行機飛ばなかったら、新幹線乗り継いでいきますね。あはは~」と出発前夜の底抜けな前向きメール。
新潟から東京へ行き、そこから長崎まで電車の乗継ぎ?!何時間かかるのだ??
でも、確かに私自身も即コースを変更したわけであるし、行き方がいろいろあるならば、その都度判断すればよいのだ。
「ザビエルさんの苦労に比べれば、何のそのですね!」と結んであるメールを見て、いやはやザビエルにいただくポジティブ発想はいろんなところに波及、影響しているものだ。
よし、私もそのように!何があっても、生きていればいい。何があっても、その都度できることを全力でやればいい。
ザビエルへの思いからスタートした長崎への旅路は、1年かけてくるっと
一周したことになる。大分ザビエルサミットからはじまり、平戸への直談判、そしてザビエルゆかりのその地での演奏活動、そして長崎市へ。前へ前へと来たおかげ。さあ、皆様の無事のご到着を祈り、お待ちするとしよう。

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行くとこ、行くとこ雪が降る?への対策

いよいよ本年度のライブツアーが25日長崎での開催をもって終了となる。昨秋から岐阜、東京、新潟、上越と季節の移ろいとともに、自らの拠点を巡ってきた。
「雪あり」での開催は雪国の本場である上越で!のはずであったが・・・。
なんとまあ、日本の素晴らしい外れない天気予報によると、この週末から九州方面も雪、また寒波だとのこと。真冬だけれども、九州だから大丈夫。本州より幾分あたたかいはず!と予定した本計画はそれこそ想定外の展開になりそうだ。毎日予報を見ながら、心配が現実のものとなる。
ということで、当初、福岡まで飛行機、その後車で平戸にも寄り・・・その足で長崎へ・・。との計画をやむなく急きょキャンセルし、博多から目的地である長崎市へ直接早めに向かうことにする。
雪のせいで・・となると、すでに予約してあったレンタカーもホテルもキャンセル料をとらず、対応してくれる。なんと、ありがたいことか、次回必ず利用します。と約束をしてお礼を言う。
急遽、追加になる長崎市のホテルもすぐ手配ができ、宅急便の送り先も途中で転送可能。
いやはや、日本のサービス業はすごい。電話1本で、ネットですべての計画がすべて変更可。しかも10分程度しかかからない。この対応力は世界一かもしれないぞ!しくみができており、迅速に対応できる、それに加えて親切という点。本当にありがたい。恐らく各地でそんな変更をする人が多いだろうに・・。
さて、行くとこ、行くとこで雪が降るのは・・・お願いですから~と空を見上げる。
東京は晴れている。この青空も一緒に飛行機に乗せたい気分。
とにかくおいでになるすべてのお客様が安全、安心においでになれることを、心より願っている。
そのために自分が一番余裕をもって出発せねばならず。注意、用心。とにかく安全に。
その上で、いい演奏を。ああ、緊張する。

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輝く人を応援する人自身が、実は輝いている。

高齢化社会。それを促進?するビジネスが花盛りだ。人間という動物にはどれだけ欲望がたまっているのだろうか?自らにわいてくる?欲求を解消し、欲望を満たすためにさまざまな努力をする。なかでも、生きつづけることへの欲望は時代を越えて、永遠であり、そのためには時間もお金もいとわない人も多いようだ。
医療の発達によって、情報化のおかげで確かに長寿の人が増え続ける。そして元気なお年寄りもいい。そしてお年寄りの質?が変わってきていると感じる。
昔は「もう年やで、若いもんに任すわ」という長老が多かった。それがとても耳障りがよかった。
ご隠居さんという言葉も昔はよく聞いた。
しかし最近は、健康長寿が当たり前になると、生涯現役を前面に押し出し、若者と張り合って、生きようとする人も増えているようで、正直、そこは見苦しいと思ってしまう。
もちろんスポーツの世界で、若者に負けず元気にがんばろう!これはいい。自分との闘いであるから。そして、その挑戦する姿を見て、後輩も刺激を受けるだろう。
しかし、ビジネスの場において、いつまでもオレが俺が・・・と現役を続けようとする人、また最期まで自分を輝かすことだけを考えている人を見ていると、反面教師であると感じつつ、また気の毒にもなる。いい歳になったら、影の力、縁の下の力持ち、やり方を教え、導き、見守る方に徹する方が
若い人には慕われるだろう。
人は誰しも輝きたい。ではあるけれど、自分がまず輝くではなく、相手が、若い人がまず輝くように
応援する生き方の方が素敵だと思う。
ただ、これもゆとりある時代に育ったのかどうかによって、人の生き方の価値は変わるのだから、人のことはどうこう言えない。
ただ、言いたいことは人を輝かせる人って、とても素敵だということ。
そんな人を目指したい。愛の元気人としては、そちらの方向に進むべきだと日々、ますますそう思う。

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自分の気持ちの「持ち方」。

先日、巫女さんと少しだけ話をする機会があった。
彼女の言葉で気になったのは、お祓いについての話題のなか、「要するに自分の気の持ちようですから。」の一言。
祈祷したから、お祓いしたから絶対大丈夫とか、何も起きない!という他力本願の話ではなく、なんでも自分次第なんですよ。ということだ。気持ちをどう持つか、もたせるかの努力が大切なのだ。
そして、この気持ちをいい方向へ持ち続けることは、なかなか難しいことでもあるから、自分の気持ちを切り替えるために、みな神社や寺院に足を運ぶのだ。
この新年もそうだ。年が変わると日本人の多くは、神社や寺院へお参りへ行く。おみくじをひく。厄除けをする、祈祷をしてもらう・・・。また受験といえば、またお参りする。新車になれば、家を建てることになればお参りする。お参りしたから絶対!ということはないが、神様に見守ってもらえていることで安心する。神社から帰っても、お札やお守りを飾ったり、身に付けたり・・・。そして安心して日々暮らす。すべては自分の気持ちの持ちようを変えているにすぎないが、ここが大変重要だ。信じる者は救われる!
人は一人で生きているとつまづきそうになったり、迷ったりする。またここぞ!というときには神様の力を借りて、運を引き寄せたくなるのだ。
これらすべては、信じるからこそパワーが湧いてくるような気がする。信じなければ何もない。
だから、力は自分が引き寄せているのだ。
信じた上で、ポジティブなまま努力をすれば結果もきっと伴うのだろう。
パワースポットとは、気の持ち方を助けてくれる、ありがたい聖空間だ。
信じたいとき信じられるものを信じればいい。いずれにしても、何事にも負けず、ポジティブに
生きる方がいい。

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新しく関係をつくる楽しみ

少し前までは、お店の人とお客という関係だった。そのお店を閉めることになり、もうその店に通うことができない。ここで縁が切れるのはもったいないと、営業最終日にそう思った。
幸いにして、お店の方といつの日からかメールでやりとりをしていたので、お礼やら、ご挨拶やらの連絡は時々とっていた。
そこで、閉店後に切り出した。
「長らくお世話になってきたので、年が変わったら、一度一緒に近くで乾杯しませんか?。お礼もしたいですし。・・」
先方さんは、「何をおっしゃいますやら、長らくお世話になったのはこちらの方なのに・・・」ということで、恐縮されていたが、念願かなって、今年になりそこの店主親子と一緒に神楽坂の居酒屋で再会。
これまで10年近く、「いらっしゃいませ。ありがとうございました。」の関係であったのに、今日はこちらがホストなので、いつもと逆だ。先方さんもどうしたもんかと照れ気味だ。
「お飲み物は何がいいですか?何召し上がります?」
最初戸惑い、また遠慮がちでおられたが、それでもやっぱり最初は生で乾杯。父と同い年のご主人さまは日本酒が好きということで、ちびりちびり・・。いい感じでお酒を楽しまれているようだ。
そして、お店のこと、家族経営のこと、神楽坂のこと・・・戦前のこの町のことから、最近の商店街の奮闘について、隠された特技など・・・まで、いろいろお話をお聞きし、これまで知らなかった一面を知り、しみじみとする。
2時間ぐらいで切り上げるつもりが、気が付けば3時間。
そして、次はそのお父さんの誕生日にまたご一緒しましょう。と約束。
それを喜んで、それまで元気に生きなくちゃね。とのご返事。

ちょっと前まで、お店の人とお客様。閉店を機に、関係が変わる。けれど、関係はつながり続ける。
それが、神楽坂という町のいいところなのかもしれない。
気が付けばいつもどおり、いろいろおせっかいなことを言っていた。

人生は楽しいことも、悲しいことも、寂しいことも、うれしいことも。
生きていれば、見方ひとつでどうにも変えられるとも思った。

うれしい新たな関係、うれしい。大切にしたい。

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何をするにも、サービス精神。

ある場でおためし授業のようなものを受けてみる。文章について書き方について作家である講師が話をされる。
そのなかで興味深く、共感する部分があった。
このネット社会では、誰でも自由にいつでも自分の文章を発信できる時代。どんな素人でも「わたしが、わたしが」と自己主張、それを社会参加ととらえる人がいるかもしれないが、ま、そこは本人の問題。
素人かプロかの違いは、「文章にサービス精神があるかどうかだ。」とのこと。
素人は自己満足のために書く、公開する。
プロは読み手にいかに喜んでもらうかを考えて書き、発信する。
ということ。
確かに言われてみればそのとおりであるし、自分も意識して行動したいところでもある。
文章を書く、話をする、演奏する。料理する。なんでも同じことだ。
相手にとってどうか。を意識でき、実践できるか、工夫できるか、配慮できるか。
もちろん自分が書きたいこと、表現したいことというものがあっての文章作成、創造になる
ため、そのネタ自体が重要であることは間違いないが、結局は何のために書くのか。
によって、それはプロか否かが変わるということ。
やっぱりどの仕事も、モノという形に、目で見えない仕事にも当然ながら、顧客目線は必須ということだ。
当たり前なことであるが、今一度、自分の仕事をふりかえるいい機会だ。

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愛情深いほど、多くの悲しみ、でも・・。

あるクリスチャンの方に、連続する親しい人の死との向かい方についてたずねてみる。
その方も、以前、親しい方が短い期間に続いてお亡くなりになった経験があり、その方は一緒にお仕事をする仲間を亡くされたということでしばらくはショックでどうすることもできなかった・・・。しかし時間の経過とともに、その亡くなった方たちのことを思いながら、一緒にしようとしていた仕事のアイデアが新たな形で湧いてきたという。その人たちのためにも新たにがんばろうと思えるようになったとのこと。
そして、人に愛情を注ぐ分、受け取る悲しみも多いとも。
その悲しみをどう受け留め、自分の次の道に生かすか・・。それが残って生きる者の役割なのかもしれない。
人を愛す反面、悲しみも経験するのか。複雑な思いになる。
でも、愛さなければ、愛されなければ悲しみも少ないかもしれないが、歓びも楽しみも少ない人生だ。
悲しさは生きていくうえで、一生懸命生きれば生きるほど、ついてくるものなのだ。
非の心と書く、「悲」の文字。あってはならない、非常の心。だから毎日、ずっと悲しみが続くことはない。と信じて。
出会えば別れる、入れば出る、生まれれば死ぬ。それだけのシンプルな法則に沿って生かされているだけのことだ。大げさに考えなくていい。
ときに信仰心の厚い方との対話は、大変助かる。

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