ときには自分を応援する。

毎日いろんなことが起きる。大きなこと小さなこと・・
まあ、ほとんどはあとになってみれば
撮るに足らない、小さなことだが、その時点では
そうは感じない。
とにかく動けば、何かに関われば何かが起きる、
その出来事の連続。重なりが1日であり、その積み重ねが一生になる。
そして、50年以上生きていても、いまだに
その小さなこと、大きなことに一喜一憂しながら生きている。

ときには、納得できないこと、怒りを覚えること、悲しくて
泣きたくなること、つらくて逃げ出したいこと・・・も
まだまだあるもんだ。なかなか達観しきれないのが浮世の人生だ。

いつも楽しいこと、うれしいことばかりでは人生は
面白くもなく、いろんな山を、谷を越えるからこそ、
楽しみや喜びもひとしおなのだろう。

自分の気持ちがふさぎ勝ち、落ち込みがちになるときほど、
上を向いて、前を向いて、口元を横に開いて、笑顔を作ってみよう。
そうすると、気持ちも変わってくる。

自分を追い詰めればつらいのは自分だけれど、
自分を応援すれば、がんばれるのも自分だ。

そう、まずは自分を応援しよう。
何事もそんな自分自身への動機付け、契機づけから
人生はいい方向へ進むはずだ。

何事も自分自身。他人に依存せず、自分で自分を
盛り上げよう。
それができれば、人生、楽に生きられる。
・・・と、そんな気がする今日この頃だ。

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感動を発掘する喜び

東京で暮らす一番の魅力、良さは芸術鑑賞・体験の機会が多いという点。
ショッピングやグルメや・・・よりも、実は学び・感動の機会が豊富である
という点が気に入っている。
しかもメディアに取り上げられやすい有名なものではなく、あまり知られて
いない作品などを企画展示していることも多く、それをたまたま見つけたり
すると得した気分になり、心も豊かになり、幸せになる。
今回、目黒区立美術館で開催している板倉鼎・須美子展に足を運んだ。
たまたま見たポスターでの作品の女性の顔とオレンジのドレスの色合いが
日本人の作品ではない、西欧的なメリハリを感じ、興味をもったのが
きっかけだ。
この夫妻は明治時代に活躍した。与謝野鉄幹・晶子が仲人だったというから
やはり芸術家にふさわしいお家柄。鼎氏は千葉出身、夫人は都内でしかも牛込
にいたというから、勝手にご近所感をもってしまう・・。
さて、特筆すべきは二人の日本人的ではないセンスであるが、
夫婦で描いた作品というものがユニークだ。夫婦で仲良くパレットを
もってひとつの作品を描くとはどんな幸せな仕事・・・。
鼎氏単独の作品と、夫妻で手掛けた作品両者をみられるのも面白い。
さて、この夫妻。両者とも20代で人生を終えている。
なんとドラマチックというか・・人生はやはりわからないものだ。
いろんな人生をいろんな作品を通じ、そこから生きる力や
真に美しいものを知り、自身の生きる糧にする。
感動を発掘しながら、いろんな人生を学ぶ。
芸術とは作品の技巧を鑑賞するだけではなく、その作家の
人生そのものを想像することで、より味わいも深くなる。
さあ、もっともっと発掘の旅を続けよう。

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懐メロを500曲チェック。

懐メロ。という言葉自体がもう、死語であろうか?
懐かしのメロディ。これはレコード時代の、昭和時代の、いわゆる歌謡曲・演歌を含める楽曲を指すだろうか。
私たちが子供時代、父の車に乗っていつも聴いていたのはカセットテープ。そう、軍歌から戦前の歌謡曲も含め、いろいろ
無意識に聴いていたのが、まさに懐かしい時間だ。
ドライブ、カセットテープ、懐メロ。これこそ、昭和後半の行楽時の必須の道具だった。
そこでよく聴いた懐メロたち・・。大人になってから、あまり耳にすることがないからこそ、より懐かしく、心に
染みてくる。最近では、「長崎の鐘」に興味をもってから藤山一郎に関心をもち、その後も最近亡くなった、
船村徹、ペギー葉山・・・。

これらの懐メロがデータベース化されていて、いつでも聴けるというサービスを行っているのが、先にも書いた
九段の昭和館。こちらの資料室には昭和の画像だけでなく、昭和の音楽も楽しめるようになっている。
江利チエミ、高峰秀子、島倉千代子、雪村いずみ、越路吹雪、田谷力蔵、近江俊郎、フランク永井・・・・などなど
ほとんどがもう亡くなられているが、いずれも懐かしい名前。
昭和の時代、人々に夢を与えたこれら歌手たちの楽曲が500曲ほど保存されている。
今回、全曲をチェックしながら(全部フル視聴したわけではない)、音楽と世相の関係について思いを馳せたり、
歌謡曲のすばらしさについて改めて感動。しかもレコードから録った音源はどこか古びた音で、なおノスタルジィを
誘う。
昭和を目で、耳で味わい、今の時代と比較しながら、あるべき姿を想像するのはとても意味あることだ。
またふらり、出かけてみたい。

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昭和の広告を学ぶ。

やっぱり昭和生まれだからなのか、それとも、平成になってからの世の中の想定外の変化に
いろいろ思うところがあるせいか、自分が年を重ねてきたせいか・・わからないが、ともかく
「昭和」への郷愁が深まる一方だ。
そんななか、たまたま初回の東京オリンピック時に「パラリンピック」のポスター制作を
手がけられた高橋春人というクリエイターの展覧会を知り、九段の昭和館に足を運ぶ。
「へ?前のオリンピック時にパラリンピックという言葉があったんだ」このことも衝撃
であったが、この高橋春人という方が手掛けたポスター類に感心する。

公共広告を主に手掛けた人のようで、赤十字、募金活動、生活保護法・・・などなど
当時新しく始まった公共活動の啓蒙、普及についてわかりやすいコピーと伝わるデザイン
で数多くの作品を残している。これらが街角や役所などに掲示されていた昭和の時代を
創造し、数十年前のグラフィックが決して今も古くなく、新鮮に心に響いてくる。
広告・広報というコミュニケーション手法がまだ目新しかった時代、戦後の社会変化と
ともに、伝えるべきことが多かったはず。いかに伝えるかについて、気をてらうことなく
真面目に考え、ストレートに表現しているところがとても好感をもつ。
この展覧会は5月7日までの開催であるが、この九段下の昭和館は、いろんな意味で
懐かしき時代を味わえる、日本らしいミュージアムのひとつだ。
昭和時代のクリエイターたちのコミュニケーションスピリットを今一度、吸収
しておきたい。ああ、懐かしき、昭和よ、永遠に・・・。

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尊敬する二人の作家の背中を見て

遠藤周作は、生前もっとその活躍ぶりに触れてみたかった作家のひとりだ。
亡くなって久しいが、作品が古びない、これから生きる人々にも大きな
示唆を与え続けるであろう、普遍性をもつ文学者。
できれば、生涯のうちに、この作家の全作品を読み通してみたい。
できれば、長崎でそんなことができたら・・・と、
いつも長崎の文学館を訪ねるたびに、ひそかな夢を膨らませる。
そして、
今なお、現役で活動を続ける、五木寛之。
この作家は私が10代の頃、かもめのジョナサンが流行ったころに
知った作家だ。
翻訳家として、そして自らも小説やエッセイを多数発表され、
心揺さぶられるものも多く、もっとも好きな作家として尊敬して
きた。
見た目が、会社員時代の元上司にもちょっと似ているところも
あり、勝手に親近感を抱いていた。
活躍されながらも、仏教を勉強され、そして近年はその思想をもとに
生きることについてわかりやすいメッセージを私たちに与え続けて
いる。
80代後半になっても、こんなに素敵に活躍できるものか。
久しぶりにテレビでの寺院紹介の番組を見ながら、若さに感心、
いつまでもお元気に・・と心の中でつぶやいた。

作家という仕事は、販促されてメディアで騒がれて
有名になって・・ということではなく、
生きる人々、迷える人々に応援を送り続ける創造の仕事であり、
愛を伝える仕事だと、このお二人を見ていて、そう思う。

作家は、作品を通じて、命を越えて、人々に影響を与えることが
できる。
これ以上、崇高で素晴らしい仕事はない。

もっと読まねば、もっと学ばねば・・。
連休は自分の勉強不足を悔い、焦るひとときでもある。

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NY、パリ。そして、わが東京。

東京という町を最近、客観的にみつめるようにしている。
とくに人間の欲望という側面から見ると、いろんなことが見えてくるような
気がしている。

私が最初に、とてつもなく、わくわくした町は、25歳のときに訪ねたNY。
そのときの興奮は、実は今も変わらない。
なぜかあの町には、自分を内面の奥底からパワフルにしてくれる力がある。
世界中からアメリカンドリームを求めやってじた移民たちのがんばりが
私を鼓舞し続けてきた。
住むことは叶わなかったが、何十回も訪問でき、そのおかげで今日の自分も
成り立っていると思っている。
パリもその後、自分を自立に導いた美しき国際都市で、心の観覧車を発想できたのは
この町のおかげだ。
自由とエスプリを感じ、なんといってもセンスが良い。
そう、NYもパリもおしゃれで、感性を磨くには最適な街。
定期的に街歩きをしながら、ミュージアムで、ブティックで、カフェであれこれと
思いを巡らしながら、日々の創造に生かすには最適だ。

そして、我が東京。
こちらもなかなか、パリやNYに負けないほどの、国際情報文化都市だ。
人が集まってくる理由がある。
「なんでもある!」「新しいモノを生みだし続けている」
そして、その反面、伝統も大切にしている。
こんなに多くのモノ、人、情報があふれるから、・・・結果的にこの喧騒。

連休は少し静かになり、東京がいつも以上に良い町に見えたりもする。

これで十分すぎるので、これ以上の仕掛けはもういいという感じ。
恐らくオリンピックに向け、その動きはしばらくは止まらないだろう。

今、東京の良さを客観的にみつめるようにしている。
そして、冷静に良き第二のふるさとにしたいと思っている。

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喧嘩するほど?

世の中に、夫婦喧嘩をしない夫婦はいるのだろうか?
時折、うちは喧嘩なんかしたことがないという話をきくことが
あるが本当だろうか。と思ってしまう。
私は子供の頃から、両親がよく喧嘩し、していたかと
思うとケロッとして、別の話題で相づちをうっている場面や
喧嘩をして、母が怒ったまま、出勤する父を見送りも
しなかった、それでも会社から帰ってくるまでに夕食の
準備をぶつぶつ言いながらやっていた、そんな母の様子を
何度も見てきたせいか、
人間とは、一緒に生活をすると喧嘩をするのが
ふつうで自然かと思っていた。

そして、今は自分もそれを受け継いでいる。
口喧嘩は日常茶飯事だ。
相手がわかってくれているはずなのにそうではない
ということに立腹するのか、よくわからないが
とにかく夫婦喧嘩とは妥協のない、むき出しの
コミュニケーションかもしれない。
ひと昔前、男尊女卑の時代であれば、男に女が
立てつくことは許されなかったであろうから、
喧嘩という状態もなかった、その代わり女性が
我慢を重ねていたのかもしれないが、
きっと女性にとっては窮屈で大変な時代だっただろう。
二言目には、誰が食べさせているとか、誰のおかげで
とか言われてしまう時代だった。

今はまさに、対等だ。自由で言いたい放題だ。
とにかく、よく喧嘩をする。日課のごとくに。
でも、しばらくすると何もなかったように
笑って話し始めている。
でも、再び火がつくと収まらない。

わかってほしい、というわがままが遠慮なく
言動に出るのかもしれない。

喧嘩はしてもよい。が、さすがに疲れるので
もっと上質コミュニケーションが良いと最近思う。

それはいつもニコニコ、いつも聞き役でいること。
そして適当に聞き流すこと。
ついつい、真剣勝負に挑んでしまう私は
お子様の領域を出ていない。
連休はかなり、疲れる。
ま、喧嘩する相手がいることに感謝すると
しよう。
一人では、元気でなければそれもできないのだから。

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自分のビジュアルづくり

ひと昔前、60代ともなれば、老人といわれ、とくに日本人の場合は
グレーとか茶色とか暗い色合いの衣類を着用し、
いかにも「年寄り」という感じの人が多かった。
若くもないのに・・・とおしゃれをしない・・・とくに、おじいさんとは
そんなものであった。
そんななか、イタリアへ出張した際など、時間的にゆとりがありそうな
老人たちがいつも町の広場に集まっておしゃべりしたり、ゲームをしたり
しているのが印象的であったが、そこにきているじいちゃんたちは
赤、白、緑など明るくはっきりした色合いのシャツに身を包んで、
イタリアのおじいさんは、おしゃれだと感心していた。

最近は少しづつ日本のシニアも変わりつつある。
兄のように慕っているある会社の会長さん。
私と年齢はひと回り違うので、今年の誕生日で66歳になられるが
ボタンダウンのピンクのストライプシャツを自然に着こなし
「今日からうちは、スーパークールビズだから・・」
と色も重量も重いジャケットを着用している若者らに
もっと軽装でいいよ。とリラックスするようすすめておられる。

いやー、ピンクのシャツが似合うシニアはなかなかかっこいい。
しかも腕時計は白。
ちょっと日本人らしくない装いではあるが、とても好感を抱く。

いくつになっても、より自分を元気に素敵に見える
自分のビジュアルづくりがいつまでもモテる秘訣かも?

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社員の気持ちを思って応援!

親子の確執から、世間を騒がせた大手の家具販売店。もともと会員制ということで、最初に
名前を登録しなければ、店内のショールームを見せてもらえない。そして、最初からしっかり
担当者がつきっきりで、かなりお客にとっては気が重いというか、敷居の高い販売方法。
それでも良い商品を取り扱っているということで、1~2度お世話になったことがあったが
ぶらり見に行けないところがネックで、十年以上ご無沙汰していた。
その間、親子の闘争で、株主はじめステークホルダーにとって迷惑・・・と報じられたり
父親の経営実績、娘の時代に呼応した改革、さてどっちが??しかし、お家元騒動とはあまり
感心しないな~となどと思っていたが、久しぶりにこの店を訪問してみたら、かなり前とは
違う様相で驚いた。
広い店舗でゆったりしており、品揃えが豊富な点は変わらない。
一番の違いは気軽に入店でき、自由に店内を回ることができるという点。
何か聞きたいことがあれば、店員が対応するが、いきなり近寄ってきて説明というのは
ない。
そして店内ですれ違う店員さんも、「いらっしゃいませ」とにこやかに挨拶をされ、
いい雰囲気が漂っている。
そして商品も高級品だけでなく、若い世代にも買いやすいお手軽なもの、カジュアルな
ものが増えた。
さらには、「リユース品」という、買取した商品をキレイにして新品商品と一緒に
ディスプレイ販売して、うまくやっているという印象も受ける。

という点などなどで、大変「変わった!」と実感。

今回、対応してくれたスタッフも、大変親切で、気持ちが良い。
この何年か、世間を騒がせた当社、そこで働く人は大変だったろう。
おそらく右往左往しながら、いろんな命令が飛び交う中の辛抱もあったかも。
と勝手に想像しながら、このスタッフたちを応援したい気持ちになる。
「とても入りやすくなりましたね」「買いやすい商品も増えましたね」
というと、スタッフはとてもうれしそうに笑った。
自分が働く会社が社会から批判されたりすると、働いている人も
つらい。その苦労を経て、評価されるようになると、働きがいが
増すだろう。
世代交代、業態変革、いろんなチャレンジを伴う大変な流通業、
どうぞお客様に寄り添ってがんばってほしい。
この会社、なかなかいい。これを機会に応援したいと思った。

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いいことも悪いことも含めて、全応援。

先日、乗客を無理やり引き下ろしたことがSNSで発覚、拡散、
世界中から非難が続いているアメリカの大手航空会社。
実は、私は約25年、そこの会社を優先し利用してきた。
自分では、大好きな会社であり、あの事件をニュースで知ったときには
信じられないと思うと同時に、まあ、この世の中、何か起きても不思議ではない
し、きっと何かそうなった理由があったのだろうと思ったのと、
何かのコミュニケーションのズレと、このネット社会という環境だからこそ
ここまでの大きな騒動になったのでは・・・などなどいろんなことを
思っていた。
結果的に、被害者になってしまわれたその乗客の方は
本当にお気の毒であり、その後も心配であるし、
またこの会社も長年の信頼を瞬間にして失った。
この会社だけでないが、アメリカの航空会社の
乗務員の客さんとのコミュニケーションは、日ごろより日本の
航空会社とは大きく異なり、フレンドリーかつカジュアルであるため
それが悪い方へ出てしまい、こんな事態になってしまったのかもしれ
ないと想像する。
日本ならこんなことにはならないはずだ。

さて、その航空会社は顧客へどんな対応をしてくるのかなと
思っていた矢先、社長名でのお詫びと今後についての対策について
の案内メールが届いた。
今後、このような事態になった場合、常客へはどうするのか、
正しい判断を機内のスタッフが行うためにどうするのか・・
について、改善点が示されていた。
87000人が働くこの航空会社が、ひとつの事件から改善策を
具体的に見直し、実施することには大変なパワーが必要と
思うが、ぜひ信頼回復のためにがんばってほしいと思う。
あの会社が、私に新たな世界観を与えてくれたことは間違い
ないし、同時多発テロのときも助けてもらったし、個人的には
本当に親切なスタッフに空港で助けていただいたことをずっと
覚えているから・・。

どんな大きな会社であっても、そこで働く人ひとりひとりの対応により
応援したいか、嫌いになるかが決まるもの。
社員全員が同じ気持ちで、お客様優先で、お客様目線で対応すること
・・・は組織が大きくなればなるほど変わってくる。
私はこの会社が好きだから、今回のことも含め、がんばってほしいと
応援している。
ネット社会だからこそコミュニケーションがうまくいかないことも
多い今日、
企業にとっても難しい時代であることは間違いない・・。

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