自分がメディアであるという自覚。

ネット社会の到来も久しいが、
情報に向かう「姿勢」をきちんと教育する、される機会がなかった
ことに今更ながらではあるが、憂いを感じる今日この頃。
最新の機器を扱い、情報操作を知り、ハイテクに慣れることももちろん
大切であるが、
なぜ、それがあるのか、それで何ができるのか、それがもたらすいい面、悪い面。
それをどう向き合うべきか・・。という本当の意味での、情報教育は
学校に限らず、社会においてできているだろうか?
私が知る限り、それは無いか、少なすぎるような気がする。

どんな道具を前にしても、
人間はなぜ存在するのか、なぜ生きるのか、ではどんな風に生きるのか、
なぜ人とかかわるのか、ではよりよくかかわるにはどうするのか?
では、そのためにどの道具をどう使うのか・・・など
きちんと考えられるようになってから、扱うのが良いはずだ。
リテラシーとか言葉だけが先行しているような傾向であるが、

まずは、それが何のためにあるのか。をよく考え、
それに向かうのが良いと思う。

最近、スマホ依存で脳に異常をきたす子供たちが増えていると
いう報道も聞く。
脳がやられては、人間として生きていけないではないか。

依存せず、強い自分で生きられることがまず優先で、
それに道具をどう加えるかだ。

そして、マスコミは今や「マスゴミ」であり、
マスメディアの存在意義も考えさせられる時代。
むしろ、生活者ひとりひとりが立派?なメディアになって
しまったことを自覚せざるを得ない時代。

そのことをきちんと教育していく必要がある。
子供に限らず、大人にも。

コミュニケーションに関わる者として自分ができることは?
ということを改めて考え、実践していかねばと思う。
もちろん 否定や批判ありきではなく、
希望ある社会のために前向きな作戦を考えてみたい。

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わが歴史を愛おしむ、ひととき

長年のたまった手紙をまとめて見直し、心に留めながら
感謝しながら、順次処分していく。
スキャンして保存しておくのも良いが、どうも私にとっての
情報とは、手触りとともに・・というのが大切なようで、
封書やはがきの大きさや手に取った感じも含め、思い出としたい
傾向があったようだ。
だから、心に残る手紙は捨てられず、長いモノは20年以上
保存してきた。
しかし、ここのところ年賀状は2年で処分し、今回は手紙類も
かなり整理をする。
スキャンもしないで、心に残しておくというかなりあいまいな
方法で・・。
そのなかで、自分を救ってくれた、支え続けてくれた一通は
今回も残すことにする。
いただいた手紙を拝見しなおして、多くの人がいっぱい「ありがとう」
という文字を書いてくださっていることに、改めて感激する。
これは、メールでかくよりも面倒で、手間もかかるのに、
いっぱいお便りをいただいたこの10余年。
ひとつの節目に向かい、この東京暮らし20余年で出会った人々を
思い出す。
間違いなく、東京に来たからで会えた人の数が、わが人生の
すべての出会いの数を上回っており、受けた影響も多大だ。

もう会えなくなった人、しばらくご無沙汰の方、その数も
多いが、間違いなく、刺激や発見を多くいただいたのが
この東京というステージ。

こんな機会がなければ、過去を振り返ることもしなかった。
いただいた手紙や、集めてきた資料をみながら、
うーん、それなりに歩んできたかなと振り返る。
たまには、過去をおさらいし、無事元気に過ぎ去ってきた
時間に感謝することは大切なことだ。

東京の空を、最近よく見る。
どんどん小さくなってきているような気がする。
初めて東京に出張したとき、当時の上司が言ったことばを
今、改めて思い出す。
「東京は、ほら、24時間ビルの電気がついているんだ。
これが東京だよ」
静岡出身で京都の会社へ就職した上司。もう亡くなっていると
風の便りで知ったけれど、東京出張をいつも勧めてくれていた。
そんな方たちのおかげで、転勤、独立・・・の東京時代に突入した。

すべての過去は今につながっている。
感謝し、感謝され・・。
こんなありがたき人生、ほかにない。

毎日毎日を大切に生きていこう。

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真のグローバル主義について考え直す機会。

素晴らしい講義とは、お話とは、自分自身の世界が広がり、
正しいモノの見方が養われ、
行動への勇気が沸いてくるものを指すのだと、最近感じることが多い。

先日受講した、ジャーナリストの講義も、マスコミを卒業され、
独立した立場で活動を続けておられる方。
同世代であり、四半世紀、世界とくに危険な紛争地帯での取材をしつづけて
こられた方で、とことん現場主義であることに、敬意を抱く。
そして、そんな厳しい環境に身を置いた立場だからこそ言える
「希望を見出す」前向きな生き方である点にも頭が下がる。

デスクワークでネットサーフィンをし、それを取材とする
似非ジャーナリストも増えているなか、
真実を求め、現地取材を続けてこられている。
真のジャーナリストが存在していることを確認できたことを
とてもうれしく思った。

その方はロシアやその周辺の国々に精通されている方だ。
今回興味深い話のなかで、とくに興味をもったのはプーチンの世界観、
グローバル戦略についてだ。
いつも気になっていたからだ。
氏いわく、プーチンにとって世界は3つ。ロシア、中国、アメリカ。
日本はアメリカの一部。
だから、ロシアはアメリカがどう動くかで自らがどうするか。を
考えている。日本が何をしようが、その先を見ている。
世界制覇を目指すということは、相手がどう動くかについて、
かなりシビアに観察、分析し、いざというときに先手をうつ。
それが現在のロシアのグローバリズムだと理解できた。

そう、大切なことはいつもターゲットがどう動くか、ターゲットが
何を考えているか。という目線だ。
マーケティングも同じこと、常に相手目線でなければ、市場は
作れない。
まさに、戦略・戦術などいかにも、「戦争用語」を使うマーケティングとは
まさに政治・戦争と同じなのかもしれない・・と、
授業を聴きながら、改めていろんなことを考えた。

素晴らしきジャーナリストから学んだ真のグローバリズム。
世界中の民がオールメディアになってしまった今、
目先のスマホに使われるのではなく、この先にある
世界の広がりのいい面、悪い面をしっかり見極める
必要がある。

どんな人間も、グローバル社会のなかで生きている。
それぞれの役割のなかで、自分自身のグローバリズムを考え、
実践していく時代だ。

そう、その根底には「希望」をもって、そして
自分が勝つための相手目線ではなく、共存・共生のための
相手目線を忘れずに・・・。

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子供時代のうわさ話から思う、親心。

自分は親になったことがないため、母親という存在は死ぬまで
子供の存在在りきで生きるという実感がもてない。
とくに田舎で、専業主婦で、子育てだけを一生懸命してきた
親の世代の「いつまでたってもPTA」感覚は理解できない。
幼稚園や小学校を卒業して半世紀経っても、同級生の話になる。
「〇〇ちゃん、おまえと同級生やったやろ、あの子のお母さんが
先日亡くなったよ」
こんな話題はここ何年、とても多い。
そのたびに、ああ、自分の同世代の親たちも・・・そんな年になって
きたかと、悲しい気持ちになると同時に覚悟のようなものも生まれる
のであるが、親はそのあと、その同級生自身の子供時代の話をする。
「あの子は、よく発表すると失敗して泣いとった。そんなんでも
今は立派な大人や、葬式でも立派だった」
と、こんな話題になる。
「そりゃ、みんな大人になるわ。いつまでも泣いているわけないやん。
人の子供の頃の話はもういいって、人のことなんかどうでもいいやん。
もうあれから、何十年経っている?」
と母の同級生話を断ち切ろうとする。
すると、母は意外な発言をする。
「おまえのことも、いわれていたよ。」
「は?」
「昌子ちゃんは、テストの点数が悪いと、破っていたって聞いた。
家が怖かったので、そうやったんかなと、適当に言っておいたけど」
「はああ??何言っているの?いいかげんにして。誰がそんなことする?
もう、あほらしい。そんなことした覚えもないし、いわれる覚えもない。」
思わず、私は母親に真剣に怒ってしまった。
「おまえに言うと怒るで、ずっとだまっとった。余計なことを言って
ごめん・・・」
本人には覚えのない、根も葉もないことを、何十年経ってか知らないが
母は他人にそんな噂話をされ、どんな思いでいたのだろう。
彼女なりに傷ついていたかもしれない。
そして、私も母のその噂話の報告に、ちょっと不快感をもった。
「人のことなんかどうでもいいし、あんたは娘を信じていればそんな
言葉も出ないよね」
ちょっと攻めてしまった。
ま、親子だから、すぐ仲直りするし、何事もなく、その日も別れた。
そしてあとで
「さっきは余計なこと、ごめん」
とメールが来た。
「人のことはどうでもいい。娘を信じましょう。」
と返事をした。
広い視野で、小さな世間にとらわれず・・・と思ったが、親はその
世界でのみ生きてきたのだ。
田舎での人生とは、そんなものかもしれない。

帰り際、母はきっとその心ない噂話をきいて、当時ショックに思ったのかも
しれないな。でも、娘に言うと怒るだろうな・・と
長年葛藤していたのかもしれない・・と思うと、母が可愛そうにも
なってきた。

一生、母親だから、彼女なりの苦悩と喜びと・・。
これは、私は理解できないが、ただ、親不孝な噂が流れるような
そんな悪い娘であったなら、申し訳ない。

テストを破って捨てた記憶はまったくないが、
それは別として、不良だったし、テストどころかピアノを捨てて
家を出たし・・・。

と、昔の噂話から、悲しい親心を感じたある一日。

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生涯現役と芸人魂。

先に、演芸経験の感動を書いた。
テレビでおなじみの人も、見たことがない人も老若男女とも、それぞれが
切磋琢磨している姿は、感動した。
それは本当であるが、ひとつだけ、なんとも複雑な気持ちになる一幕があった。

それは、30年以上前に、流行った芸人さんの登場。
お年はたぶん、80歳前後になられているだろう。
唄を歌いながらのひとり漫談だ。一世を風靡した人ともいえる。
私自身も、子供の頃、その珍しい派手な衣装の芸人さんのことは、
よくテレビで見たことがあり、その名も記憶していた。
今回のプログラムのトリに記載されているのを知り、「まだ、現役なんだ」
と懐かしく思い出した。
若い芸人たちが、ずらり熱演を魅せてくれたあと、その大御所がその日の最後の
ステージに立つ。
誰もが知っているから、みんな最初は大拍手。
誰もが「ああ、懐かしい。今もお元気だね~」と好意的だった。
そして、30年前に一世風靡したその芸が始まった。
ぼやきトークに歌が混じる。
観客は笑いたくて来ているので、一生懸命聞いている。

しかし、話にオチがなく、その話が何の意味があるのかだんだん見えなくなる。
唄を歌い始める。どうやら秋に出したい新曲のようであるが、なんと五番まで
延々と歌う、しかも歌詞を忘れたところで、「あ、わかんなくなった」といって
終わり、あっけにとられる。そんなことが二度三度。
ここは、練習場でもカラオケでもないんだぞ。ステージなんだぞ。
厳しいお客がいれば
「金返せ」というかもしれない。もっともそれまでに十分、
他の芸人で素をとったので
ま、いいかと最後の芸を余韻で楽しむ感覚で座っている感じだろう。

それでも、その大御所は自分の間違いを気にせず、
10分以上、昔の芸をやり続けた。笑いは失笑に代わり、観客は我慢してきいている。
そう、心から笑える場面がひとつもなかったが、お客は席を立たずに座っている。
ああ、年だけどがんばっているから・・という応援、いや同情もあったかもしれない。

年をとっても、昔と同じように若々しく見せたいと真っ白なスーツに、カツラに
サングラス・・。この努力は素晴らしい。
これは遠くから見れば確かに昔と同じであり、スターの座に上り詰めたその「十八番」も
同じであるが、時代が変わったことに気づいていないかの演技に、なんとも
複雑な気持ちを抱き、憐憫というか、なんというか・・・見ていてつらくなってきた。
他のお客様は同じ芸人芸を見て、何を感じられたかはわからないが、
私は芸人の生涯現役の難しさを感じていた。

セリフが、芸が覚えられなくなったら、体が動かなくなったら
引退しなければならない。
引き際が大切・・だけど・・・それが自分だから、それから身を引くことは
イコール・・・。
そんな厳しい仕事なのかもしれない。

あまりに昔、流行ったからといって、いつまでもトリをつとめるのも
いかがなものか。もしかしたら、古い業界なのかもしれない。
会場アンケートぐらいとって、どれが面白かった・・と聴いたら
答えは出る・・。でもそんなことはしないで、「あの懐かしい芸人も出ている」
というのも、その演芸場の特徴と理解すべきなのかもしれない。
もしかしたら芸人にも優しい演芸館か?

とにかく、最後の芸人さんを見て、芸人魂とは何か、生涯現役とは
何かについて、いやおう考えさせていただいたことに
複雑な意味で感謝だ。

たゆまぬ訓練、そして、時代の変化を感じ、認め、そこで現役で
あり続けるならば、自分も変わっていく努力。
人に感動を与えるという仕事は、体を張った覚悟が必要なのだと
痛感した。

芸人とはすばらしき、そして悲しき職業かもしれない。ということも
知ることができて、良かった。

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芸人という「生き方」を学ぶ。

このたび、初めて浅草の演芸場に足を運ぶ。20余年も住んできたのに、
いつでも来られると思って、訪れていなかった場所のひとつ。

五感で昭和を感じるレトロな空間。有名な芸人たちもここから巣立ったし、
今も、人気がある。テレビのお笑い番組の収録にもよく使われている。

でも、その座席に座り、ほど近いステージとの距離感を味わったのは
初めてだ。意外と小さい、200名入るかどうか?
この大きさが、ライブには程良さそうだ。硬い座席に座っての第一印象。

演芸場とは、なんともいえないノスタルジー漂う空間だ。
自分の興味もおそらく、時代とともに変化してきたのだろう。
どんどん懐かしいモノ、昭和の遺産に関心が高まっている。

そしてステージに立つ芸人を観ると、その芸人の芸そのものもであるが
その芸への向かい方、もっといえばその人の生きざまを
想像し、また観客に何を伝えようとしているのか・・そして
観客は何を求めに来て、何を感じているのか。。など
気になって追いかけてしまう。

1日、いろんな芸人のステージを見続ける。漫才からマジック、
物まね、コントから、新しいところでは発泡スチロール職人・・。
いろんな芸があるもんだ、いろんなことを考えて、それを
体現する人がいるもんだ。まず、そこに素直に感動する。
芸も時代とともに変わっていることを、実感する。
ただ、変わらない良さがある点も見逃せない。
人を悦ばせたい、楽しませたいという思いは不変であり、
見えない努力と、その道を選んで生きてきたという覚悟も
普遍だ。

4時間半、15組ほどの芸を見続けた。結構、修行のようにも
感じる。なぜか一生懸命見ようとするから疲れる。
そして、ハンカチが濡れるまで泣かせてくれた芸人さんもいた。
それは、一生懸命さが全身からほとばしる人だ。
それは話芸だけでなく、全身を使って、人にはできない
曲芸に挑戦する人。
瞬間芸は失敗してはならない。その緊張感は、まさに手に汗を握る一瞬だ。
その瞬間に命を懸けている・・そんな芸人には大きな拍手を送り、また
その姿に涙する。

それぞれの芸人から、感動の作り方を学ぶ。
カラダを使う人、歌で表現する人、言葉で感動を運ぶ人。
いろんな表現があるが、自分は何ができるだろうか。
1日見続けて、そんなことばかり考えていた。

人に感動を与える仕事は、やっぱり最高だ。
演劇をともにやった、俳優たちと同じ。
表現者は素晴らしい。
これからも、まだまだ研究を続けたい。

と、今になって浅草が改めて好きになり。
ふたたび演芸館に通いたくなった。

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情報サービス業としての学び舎。

近所の大学で開催中の社会人講座に通っている。
これが実は講義の内容だけでなく、それ以外でも興味深く、
少子化に向かう教育産業の生き残り、サービス業化などに
ついて考えさせられている。
過去にもいろいろ受講したし、昨年は別のところで
作家業についてのお勉強にも出かけたが、行ってみないと
わからない面白さが満載だ。

今はジャーナリズムを考える講座と、外国語の入門講座
を受講しているが、前者にくる人たちは、いずれも
報道についての関心、問題意識を持っている人であるはず
なので、真面目というか、硬いというか・・。
その講義を受講することが目的で、教室に入ってきても
受講生同士、挨拶もしないのがふつう。
とにかく黙々と聞き、メモをとり、質問をする。
私もこの講義が大好きで、つい講師から名刺をいただき
後でメールで感想を送ったり、やりとりさせていただいて
いるが、とにかく、受講生同士の交流はなく、各自が
自分の興味テーマに向かっている感じ。
一方、外国語の講座は、もちろん言葉の勉強であるので
学び方自体も、コミュニケーションなしには成り立た
ないため、まるでサロンのような教室になる。
しかも、言葉を学びたいマダムも多く、前者の講義
とは違う空気である。
授業に出かけてくること自体が、大きなイベントのようで
皆さん楽しみに来られている。
実は私はこの講義は少々つらい。
ついていくのが必死、そして復習もやらねばと思うが
そのまま時間が経って・・・という状態でいつも
教室に駆け込む。
和やかなムードのなかに、その時間だけいかに集中するかと
血走った様相でいるであろう自分と、もう一人、研究者らしき
おじさま。
おじさまがいてくれて、安堵する。

いくつになっても学びたいと思うことがあること自体、素晴らしい。
いろんな客層を集められるだけのコンテンツ・サービスを
もつ大学は、少子化になっても経営していくことができるだろう。
授業ごとに違う客層を見ながら、そして自分もその中にいることで
学べるサービス。
これは永遠であることを再認識する。

ということで、いろんなところへ行き、いろんな客層を見て
その人のバックグラウンドを想像する。

観察の場としても、大学はとても面白い空間だ。

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メディアは量から質へ。

東京の将来が心配と思い始めたのは、スマホ・SNSの普及も関係している。
電車の中で、歩きながらも、ひどい場合は運転しながらでも?スマホを見続けている人が
いかに多いかということに、嘆かわしいと思った。
みんな、それぞれが自分のスマホに向かい、それぞれが自分がほしい
メディアと過ごしている。
癖になっているのだ。それなしでは生きられない。
何かを知りたいときも、別に知りたくないときも、とにかく情報漬けだ。
これは東京だけではない、東京は人口が多いため、その現象が異様に見えるが
世界中がその傾向だ。
子供たちが、親のスマホを使う、依存することも社会問題になっていると
欧米のニュースも報じているが、メディアとの関わりを、放っておけば
依存状態になり、健康をも害するという状況。

メディアとは、本来は、発信者と受信者がいて、有益な情報を得るための
媒体であった。
読むとためになるとか、参考になるとか、感動するとか・・・。
今は、誰もが発信可能であり、誰もがメディアになってしまう時代であるから
恐ろしい。
メディアの意味や影響を考えない人たちが、単に自分のことを発信したい人たちが
多く、興味本位に発信、それが拡散する世の中。
メディアの数は増加する一方。しかし、大切なのは、やはり質である。
良質な情報を発信するプロの存在こそが必要であり、その賢明な活用法を教える
大人の存在が必要であり、そして賢い受信者の育成が急務である。

利便性は行き過ぎると、健康を害し、人生が壊れていく。

どこまでも、量ではなく質を・・。
どんどんそぎ落としていくことが、良きメディアとの付き合い方かもしれない。

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情報を大切に扱った時代に学ぶ。

この20余年の間には、いろんな情報を集め、またそれを活用した。
ネットが普及していなかったころ、デジタルカメラがなかった頃、
珍しい印刷物などは、迷いもなくコレクション、その当時は
丁寧にファイルに入れて保存。そしてそのファイルもたまっていった。

写真はネガフィルムで撮影し、プリントし、写真はアルバムに
入れて眺めていた。
その後、印刷物を収集する量は次第に減り、写真もデジカメで撮る。
プリントはしない、最近はスマホで十分という状況。
と、こんな具合に、
情報収集の方法がずいぶんと変わってきた。
またお金を払わなくても、海外に行かなくても、いつでも検索さえ
すれば、何の苦労もなく、いとも簡単に欲しい情報へとたどり着ける・・。
と、一見、大変、便利で結構な時代である。

今回、20年~15年前の資料ファイルを久しぶりに見ながら、
大切に情報をとっておこうとしてた当時の自分の姿勢に感動する。
集めた情報は自分の宝物のように扱っていた。
そんな時代の自分の仕事の仕方を振り返り、反省をする。

ネット社会になり、情報への接し方が雑にになり、もしかしたら
情報だけでなくモノや人に対してもそうかもしれぬと。

多すぎる情報や出会いのなかで、大切なことを忘れて
時に流されてきた自分はいないか、
ときの勢いで、IN & OUTのスピードが速く、でも浅く・・
実は、その真意や背景までしっかり咀嚼できていなかったものもあるのではないか。

情報化社会は、人間を無能化しているような気がしてきた。
いい面はもちろん認めつつも、少なくとも情報との接し方
を改めなければ・・・。若き日の丁寧に作られたファイルを
一つ一つ処分しながら、懐かしさとともに、戒めることが
多い今日この頃である。

とにかく、もっと情報にも、人にもモノにも・・丁寧に
接する姿勢から改めるようにしよう。

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ホンモノのジャーナリスト探し。

ここんところ、毎週、ジャーナリズムについての講座に通い、
発信する仕事についての在り方、真のジャーナリズムについてなど
自分なりに考え巡っている。
毎回、違う講師からそれぞれの専門からの報道についての知識や
見解を拝聴しながら、今日、マスメディアから発信されている
情報がいかに表層的であり、恣意的であり、あるいは偏っており
もっといえば、本当のことが伝わっているか・・については、
大いなる疑問であることを改めて確認。ホンモノをしっかり
見極めることの難しさのなか、いかに自分自身がしっかりすべきか
ということも学んでいる。
そして、世界にはいろんなジャーナリストが存在するが、
ホンモノを見極めることの大切さや、メディアとのかかわり、
利用の仕方についても改めて学ばせてもらっている。
そんななか、災害報道の専門家の講義を受講する機会を得た。
その先生は、防災・危機管理ジャーナリストという肩書の方だ。
最初から、「ジャーナリストなんて、胡散臭いですよね」。
報道関係者としての在り様を模索されている方なんだろうと
じんわり好感が沸く。そして飽きさせない講義では、昨年の
熊本の地震後の報道についての体験談やメディアの仕事につ
いて話をされた。
報道関係者ならば、現実的には災害直後に現地に向かうが
今回、この先生は1回目の地震後、すぐ現地に向かわれ、
そして現地で2回目の、いや「本震」に遭遇されてしまい、
自らの経験も踏まえ、被災地の様子やその報道について
興味深い話をされた。
話を聞きながら、ホンモノのジャーナリストって、やっぱり
現場感覚があるかどうか。だと痛感した。
ネット社会であるため、簡単に情報を得ることができる時代、
素人も、プロもそれを活用しない手はないが、それだけでは
確信に迫ることができない。
かといって、災害を体験しようと思っても、いつ起きるか
わからないのが災害。そうできることではない。

今回の授業から、学んだことは、ホンモノのジャーナリストは
上から目線ではなく、あくまでも、現場感覚があるということ。
そして事実に加え、世の中に役立つ情報も提供できること。

マスコミの常識は社会の非常識。

こんな言葉も交え、静かではあるが、心にしみる言葉を
紡がれているこのジャーナリストに、ホンモノ感を感じながら
もっと話を聞いてみたいという気持ちになった。

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