うまくいかないときほど、ショックなことが起きたときほど、実はいろんなことがよく見える。
順調なときに、いい顔で、お言葉をいただくことももちろんうれしいが、悔しいとき、つらいときにこそ、こっそり手をさしのべてくれたり、激励してくれたり、応援してくれる人の存在がよくみえる。
つらいときにこそ、寄り添ってくれる人。愚痴でも何でも聞いてくれる人。
勇気が出る言葉をくれる人・・・。ああ、こんなに思われているんだと気づける
ときは、実はそういうときだ。
順調満帆なときには、見えない。
肩書きがどうだから、表面上のつきあいをする。のではなく、人として信頼し、応援してくれる人がどれだけいるか。そのことが、働いてきた財産となる。
一生懸命がんばっていれば、必ず道は開ける。
陰ひなたなく、がんばっていれば、見る人が見ている。
人はピンチが多いほど、強くなれるのだと思う。
ピンチを乗り越え、強くなる。
ひとつひとつ、やり切るのみ
年度末に向かい、周りではいろんな動きがそろそろ。転勤、移動。特に宮仕えの仕事では、それが我が勤め、我が運命と、悲喜こもごもの春。日々の暮らしのバランスが崩れそうになると、誰もが慌てる。計画的な人生は、なかなか全うできない。希望どおりに道が拓ける場合は良いがそうとも言えず。
社会で生きている、誰かと関わり合いながら仕事する場合、組織の変化の影響も受けることしばしば。特に組織に属さない場合は、自由の反面、保護されないため、影響が突然にという場合もあり、気をつけないと路頭に迷うこともあるやもしれない。
いざという時に困らないようにするには、日々の仕事をひとつづつしっかりこなしていくこと。全てはひとつひとつ。仕事も出会いも丁寧にひとつづつ。
たとえどんなことがあっても、自分の心に曇りがなければ、ひとつひとつ進めていけば、道は必ず拓ける。
と、そう信じて、人生のシーソーゲームをゆっくり進む。そう、年度末は自己調整期間でもある。世間の荒波に埋没せぬように。
夢の有効期限はなし。
春は、わくわくとかいうけれど、実際には不安定なことが多い季節でもあり、どうなることやら・・と思うことが多いのが現実。
誰も自分のレールは敷いてくれないし、自分が進む道がいろんな状況で阻まれようとしても、それを乗り越え、元気に渡り歩いていかねばならない。
最近、不安になることがある前に、プラスな気持ちで生きていくために、夢を明確にもつことにしようと思う。
〇〇になる。〇〇をするんだ。ああなりたい、こうなりたい。
この願望は、いくつになっても、いくつ描いても良いはずだ。
今、春を迎えるにあたり、夢をいくつか挙げて、それに向けて進もうとしている。年齢など関係ない、夢を抱くことに、有効期限も賞味期限もない。
いくつになっても、夢があれば、不安な状況は乗り切れる。
夢を見つつ、それに向かって邁進する。1日中は無理でも、毎日僅かな時間でもそんな時間があれば、と願い、前向きにもがく。
目の前のお客様に向かう仕事
若かりし日、寄席には、あまり足を運んだことがなかった。
よしもとは、幼稚園の頃からテレビで慣れ親しんでおり、土曜の昼は下校後、
親と昼ごはんを食べながら見ていたような・・。大変懐かしい。
なんば花月には、一度ぐらいは足を運んだかもしれないが、生で演芸を楽しむなんて、子供には贅沢すぎた。
ところが、東京に住み、近所にも落語家が住んでいたり、地域で寄席が多く開かれて、また自分自分自身も年を重ね、仕事の領域も広がってくるにつれ、芸人の仕事が大変気になり、生で見たいと思うようになった。
落語が好きになったきっかけはわからないが、一人で座ったまま、お客さんに向かって身振り手振りと話しだけで、新たな世界を見せる仕事というのは、本当にたいしたものだと思うようになった。
もちろん漫才も芸人によっては素晴らしいと思うが、落語はちょっと芸術的であるとも思う。
それ以外にコントも、マジックも・・なんでも学ぶことが多くあると思うようになった。
共通するのは芸人自身が、言葉や体を使って、人々を自分の世界に引き入れ、感動を与えるというところ。
芸人という仕事は凄い。
このたび、初めて大阪の寄席に行ってみた。かつてテレビドラマでも舞台になったところのようだ。大規模な寄席ではないが、平日でも8割以上お客さんが入っている。昼も夜もさまざまな催しをしながら、経営の安定を図っておられる様子。
10代の若き女性落語から、60代後半ぐらいのベテラン噺家まで・・。3時間の間に数名の演目を聴き、その合間にコントや皿回しなども観覧。
いやはや、素晴らしい芸っぷりに、楽しみながら感動。人前での話し方、表情、創作落語であれば、話の展開・・・などいろいろ考えながら、自分ならと思いながら聞き入っていた。
芸人の仕事をするから参考になるということではなく、たとえマーケティングの仕事だけをしていても、大変に参考になるのだ。
どうすれば、お客さんが喜ぶのか。お客さんの反応を目の前にその場で見ることができるのは、この上なき幸せでもあるが、試練でもある。
やっぱり、お客さんを目の当たりにする仕事はシビアである。
生の仕事。自分もそうだ。
もっといろんな芸人さんから学びたいと思った。
泣き笑い求め、日々ネタ探し
ライブや公演では、演奏だけでなく、話もよくする。
それを楽しみにされている方もおられるようで、ありがたいような、いや、ありがたい。
先日の集まりでは200名ほどの男女、おそらく60代以上の方が多くお集まりであったと思うが、あるお客様は私が発する言葉ひとつひとつを、楽しんでいただいたようで、ずっと笑っておられた。
「奥様は魔女」のような、昔のテレビドラマのように笑い声がしこんであると
つい、つられて笑ってしまうが、今回、あのお客様はそういった役割でもあった。
その笑ってくださる話のネタの多くは、私の身近な話題から生まれたものが
多い。大変くだらなかったり、ときには自虐的だったり、ときには一人二役であったり、まあ漫才や落語ももしかしたら、ヒントになって
いるのかもしれない。
うわっつらの言葉ではお客様は笑い続けない。
「あるある」・・と身近に感じてもらいつつ、「そうそう」と思ってもらって
「そうか~」と気づいていただいて、「ああ、そうだな~」と納得していただけて、そして、そのあと、お客様の心、言動、行動に何か変化が起きればうれしい。
こんなことを思って、最近、毎日、暮らしている。
深刻ぶらずに、軽快に人の心にタッチできたらいい。
笑ってくださる、泣いてくださるお客さまが、私を支えてくださっている。
心豊かに、よく生きることはネタづくりにつながる。
ネタが自然と口に出るように、いろんな感動を求めて歩く。西へ東へ。遊びながら仕事に勉強になる我が人生は、とても楽しく幸せだ。
ワンハンドピアニストへの敬意
ピアニストは、手を指を酷使する。私は高校生までしか、その経験がないが、1日数時間も練習をする。使いすぎ故の支障も出てくることも人によってはある。
以前、腱鞘炎になったのはピアノのせいではないのは明らかであるが、それになったことで、ピアノがしばらく弾けなかった。どうしようかと思った。
でも、今はおかげさまで、痛みも消え、演奏に支障はない。下手でも弾けるという幸せがある。
と、こんな中途半端な私でも、手の故障はたまらないが、ピアノ一筋でがんばっておられる演奏家にとって、手がいうことをきかなくなる、動かなくなることは、お先まっくらな状態になることだと思う。
自分だったら・・と思うと、想像するだけでも・・・である。
最近、左手だけで頑張って演奏するピアニストたちの活動を知った。左手だけのピアノコンクールもあるようだ。
かつて、両手でばりばり演奏していた人たちが、あるアクシデント、病気により
片手が使えなくなり、その苦難を乗り越え、左手だけで立派に演奏している姿を映像ではあったが、その演奏を見て、釘付けになった。
その左手は右手の分も含め、見事に重厚なハーモニーを作り出す。左は伴奏の手と言われているが、旋律も弾きつつ伴奏も弾く。片手で全部を取り仕切る。
だから、両手で弾くより難しいはずだ。そして両手故の遊び、ごまかしは許されないため、ピアニストがいかに左手に集中しているかが伝わってきた。
両手で華やかに鍵盤を舞う演奏とはちょっと違い、左手一本で勝負するその音色はあまりに深く、慎重で・・・。
この音にどんな思いがこもっているのだろうと思うと、一音一音から耳が、目が離せなくなった。
ワンハンドピアニスト。もし、そうなった場合でも演奏できるように、今から左手をしっかり訓練しておかねば。
いろんな障害を乗り越えて、自分の夢に向かう人は、本当に美しい。心からの敬意を表したい。
極限を生きてみよう
みんな、毎日、生きている。
なんだか、それぞれ大変そうに、忙しい忙しいといいながら・・。
一方、自分の目的に向かって進んでいこうとしている人、
好きなことを究めようとしている人はちょっと違う。
人から大変そうに見えても、苦を楽に変え、夢に変え、がんばっているから
そこに見えるのは、ひたむきゆえの美しさと希望の光である。
今、自分の人生を振り返ると、まだまだ ぬるいと思う。
全然、苦労したうちに入らない、とてもラクチンな人生だ。
でも、これではやりきった感じがないと、最近それが自分の中で気になるところがあって、どうせやるなら、という気持ちが高まり、新しい道をつくろう、もっと挑戦しようと思うようになっている。
とあるテレビ番組で、左手のピアノストたちのがんばる様子を拝見し、心が震え、背筋が伸びた。
両手が使えるのに、まだまだ有効活用してない、もっと真剣にしなければと背中を押された。
ホーキンズ博士が、「障害があっても、生きていれば、まだ希望はもてる」とおっしゃったそうだ。極限を生きた人だからこそ、心をうつ。
極限を生きなければならない。アクシデントでそうせざるを得なくなった人たちからもらう勇気は計り知れない。であれば、今、たまたまハンディがない自分ももっと努力できるのではないか?
五体満足である日々にあぐらをかかず、極限をもとめて、生きるべし。
最近、そんなことを思う。即実行!
バレンタイン狂騒曲。
ジャズの名曲「マイファニー バレンタイン」。伝説のトランぺッター チェットベイカーが奏でるメロディが最高。切ないほどのメロディ。そして、以前NYでわずかの機会ではあったが、ジャズの歌を教えていただいた先生にこの曲を演奏するとき「毎日がバレンタインなんだよ」としみじみ言われたことを、今も思い出す。
そう、愛は毎日。だから毎日がバレンタイン・・・。
一方、(クレージーキャッツの「てなこと言われて・・」とはじめる曲の転換のような感じであるが)
日本のバレンタインは、異常である。というか、単なるチョコレート祭り?
愛を建前の?テーマにしたギフトビジネス合戦である。
もともとのバレンタインのルーツであった、聖バレンタイン様はこの現象をどう見ておられることか・・。
デパートもどこもここもチョコ売り場。世界で最もチョコを短期間で売るのが
日本のバレンタイン。だからチョコのパティシエもどんどん来日。とにかく
消費をあおるだけの商イベント。ま、恥ずかしがり屋の日本人にはこういった口実はコミュニケーション上大切だから、ずっと続いて、過熱、そして違う方向にいってもまだ続いているのだろう。
12日に郵便局に行ったら、チョコらしきものを送ろうとしている女性客たちを
多く見た。郵便局の職員さんにその多さを尋ねると、「今日はまだましです。明日13日はもっとすごい物量になると思います。」と苦笑されていた。チョコが売れ、物流、宅配業界も繁忙。チョコを宅配している、宅配の男性スタッフはどんな気持ちなんだろうか。
さらに思ったこと。これだけバレンタインが騒がれているが、世の男性たちの心中はどうなんだろう?期待していないといっても、やっぱり気になる1日ではないか?別にこのイベント、ないならないでいいのに、あることで、うれしくもあり、さびしくもあり・・という場合もあるのだと思う。
l愛という名を借りて・・・。なんだかよくわからなくなってきているチョコ祭り。それでも感謝の気持ちを込めてのソフト&ささやかなチョコ交換は
日本人にきっと合っている。
それにしても、お届けされる全国の宅配業のみなさまにこそ、チョコを渡したい心境。せめて、送る人は早めに準備を・・。ちなみに、チョコの原材料であるカカオの生産量は減少方向のようだ。チョコを作りすぎ、売りすぎの影響ではないか。自然のバランスがここでも崩壊していく。いつか、バレンタインのイベントができなくなる日も来るかもしれない。
以上、今日はそんなこんなのバレンタイン狂騒曲、つれづれなるままに。
今日も明日も、感謝も愛も伝え続けよう。毎日がバレンタインだから。
お坊さんの涙
なぜか、僧侶や神父さんなど、聖職者の方々には幼いときから、超越者的な印象があった。この方たちは、人々の生き死にに接し、悩める人々の心の救済も行うのがつとめであり、そのために大変な修行もされている。だから、一般の生活者と比べると精神的に強く、芯が強く、懐が深く、聡明、冷静でなければできない仕事であると思っていた。もちろん、寛容さや受容力も持ち備えていることは必須であろう。
だから、お坊さんや神父さんは、感情をあまり表に出さない・・そんな印象があった。笑っても、うれしくても、馬鹿笑いなどはせず、静かに笑みを浮かべる程度か・・。感情の上に立つ存在のような勝手な印象をもっていた。
だから、人前で泣くいう行為は絶対ないと思い込んでいた。
お葬儀などを執り行うときに、お坊さんや神父さんが泣いている光景はちょっと想像できない。もしかしたら時に、心の中で泣かれることはあることはあるかもしれないが・・。
しかし、今回、お坊さんが泣いておられるのを見た。
私ごときの演奏を聴かれ、泣いておられた。
私は、実はこの1時間あまりの公演で、実は、このワンシーンが一番心に響いた。自分の演奏人生のなかで、ない経験であった・・。
「お坊さんも、泣かれるんだ・・。」
演奏後、挨拶をされる予定が、言葉にならず、場内がしばらく静けさに包まれた。
それは、そのコンサートが始まる前に皆さんが体験されていた、禅の祈りのときと同じ静けさであった。
私はお客様たちが、多くのあたたかい拍手をくださったことにもちろん感動したが、それ以上に、お坊さんの涙に、これまで感じたことのない感動を覚えた。
舞台裏でそのお坊さんと笑って再会。すると、
「泣いてしまったやないかい」と一言。
ああ、人々に人生の教えを導かれるこのような聖職者も、やっぱり人間だな~。
とあたたかい情が全身に流れているのを感じた。
お坊さんは雲上の人ではない。普通に人間としての一生を送られる。
だから、人の気持ちも、悩みも理解される。
自身も悩み、乗り越え生きてこられている経験のなかで、
確かなる教えを、悩める人たちに与えておられる。
お坊さんの涙。人間らしい、人間くさい、生身のひとりの人間としての僧侶。
こんな一面もあって、人々はより親しみをもって、悩みを打ち明け、そして人生の節目にお世話になりたくなるのだろう。お寺の敷居を上げる、下げるはもしかしたら、お坊さん自身のいきざま、人生の向かい方、背中にもかかっているのかも・・。
いろんな施策以上に、「この人にお経をあげてもらいたい」という「この人」という部分がとても重要ではないか・・・。なんて、門外漢が思ってしまった。
お坊さんの涙、これ以上ありがたいものはない。心から感謝を込めて。
目指すは、「大好評、大満足」
どうせやるなら、好評をいただくのはもちろんもちろん嬉しいが、好評や満足を目指してやるのは、最近、どうも不十分な気がしている。
やる以上は、手抜きすることなく、感動を与えるところまで踏み込みたい。表面だけを触っているような仕事の仕方では、本当に喜んでいただくことは難しい。どの部分もこれまでかというほどに準備をしっかりする。その方が性に合う。
この度のステージでは、おかげさまでいいお客様に恵まれ、自分らしいパフォーマンスができ、終わった後、握手を求められたり(笑)、CDのお問い合わせを多くいただき、何より嬉しかったのは、主催者から「大好評でした!」の言葉をいただいたこと。
好評ではなく、大好評を目指す。すなわち、それはサプライズの感動を生み出すこと。
機会あれば、次も大好評を目指す、それをひとつひとつ重ねることで、力もつけたい。
大好評を目指すこと。結果として、それがリピートにつながることもあるかもしれないが、まずは、それを目指すのではなく、目の前のひとりひとりに(それが何百人であっても)真剣に向かうことだ。