もちろん初対面は・・・。

長く続く、このコロナ禍。
オンラインでのミーティングが確実に増えている。
実際に会わなくても、仕事はできる、といえばできる。
ではあるけれども、
決定者、責任者なる相手に初めて会う、提案や商談など
をすることになる場合には、
できれば、出来る限り、実際にお会いして、三次元の
自分を五感で感じ、受け留めてもらえるのが望ましい。
生のコミュニケーションからはじまるのが、自然に
関係づくりができる。第一印象はとても大切だ。
とはいっても、それができないことも多い今日。
いきなり、オンラインで顔合わせして企画提案や大切な
商談をするというケースが増えている。
そんな場合には、信頼できる人の紹介があるとか、
すでに何等かの関係がある方がうまくいく。
先日来、遠方で活躍する講師に協力いただく仕事を
進めているが、その先方に住む仲間より
「実際に会ったことがないなか、信頼関係を築くのは
難しいですね。そんななか、話が進んでいることがすごい
と思います。ひとえに・・・のおかげです。」
と、紹介、仲介していることに感謝をいただいた。
信頼できる人同士のつながりがあれば、オンラインでも
順調に物事は進む。もちろんオンラインだからこその
最新の気配り、準備は必要である。
という経験を重ねつつ、やっぱり初対面は
実際にお会いして、会えてよかったという感動から
関係づくりをはじめたい。
なかなか、叶わない現状を早く打破したい。


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休みよりお客様。

美容院の予約。実は美容院も、歯医者も地元ではなく、長らく京都、東京の行きつけを利用している。
近くに技術、センス、サービス含め、気に入るところがあればよいが、今のところ、東京や京都で出会ったお店の方が自分の希望にマッチしている感覚。

仕事の空き時間を利用して、美容院にと思い、予約をし、いつもの担当者を指名する。
「あいにく、その日は、〇〇はお休みいただいていまして~」と言われ、そりゃそうだ、そういう日もあるだろう。代行でやってくださるそうだから、ま、ちょっとした毛染めぐらいいいか。他の日に変更も難しい・・・と思いながらも、いつもの担当者がいないとなると、ちょっと不安な気持ちも入り混じる。

当日、予約の時間にそんな気持ちもありながら、お店に入る。そして改めて
「今日は〇〇さんお休みなので、他の方にやっていただけるんですよね?」
と尋ねると、
「いえ、〇〇は、今日休みですけど、その時間だけ出てくるそうです。大丈夫ですよ。もうしばらくお待ちくださいね」
と受付の人に言われてびっくり。
休みなのに、来てくれる?そんなことがあるのか?

すると、いつもの担当者の人が用意して目の前に現れる。
「お待たせしました~。いらっしゃいませ」
「今日、お休みじゃないんですか?」
「いえいえ。いいんです。コロナで行くところもないし・・・」
コロナでなかなか会えなかったが、いつもの笑顔に会うことができ、
ほっとする。そして、いつものようにお願いする。安心して任せられる。

美容師さんでも、スタイリストとなると、指名するお客が多く、そこが
実はお店にとっても、スタイリストにとっても重要となる。
そのお店では、せっかく指名していただけるのだから、と、
休みにその時間だけ出勤してくる人も多いときいて驚く。
確かに、指名されなくなったら、その美容師もお店にもきつい。

なんだかとてもうれしい時間となった。満足できる仕上がりとも
なり、やはりこの人で良かったと思えた。
「会えて良かった。」「私もお会いできてよかったです」
気が付いたら、次の予約を入れている。
休みより、お客を優先できるなんて、本当にプロだと思った。
それぐらいやらないと、リピーターを作り続けることができない
美容院の競争という現実もあるだろう。
そして、そのスタイリストたちもその仕事が好きでなければ
休みに出てくることもしないだろう。
プロとしての仕事。
まさに、こういうことだ。
休みより、お客さま。

もちろんお店が営業できるからこそ、できることだ。

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人の一生が見えてくるとき。

子どもにとって、親は親でしかなく、常に最も身近な存在で、他のどの関係よりも、好むと好まざるに関係なく、密接に関わり合う。
また、人により、家庭によりその関わり合い方も違うが、私の場合は、
近いからゆえの葛藤もあり、それがあっての成長もできたとも思い、それが
感謝にもつながっている。

親は絶対と思わされてきた幼少の頃。そういう時代であった。その反動もあったが・・。今のように、親を友達のような・・・とは思えないそんな時代を生きてきた。
でも、従属する存在でもない。別の存在。でも、親である・・・。
この難しい関係が、死という局面で終わりをつげ、今度は思い出、記憶の中での新しい親子関係に代わっていく。そんなことに最近、気づき始めている。

遺品を片付けながら、この人はこういうことをしていたのだ、こういう癖があったのだ、こういう好みがあったのだ・・・こんなつきあいもあったのだ・・・。
これまで見えなかった母の新たな一面が見えてくる。

そして生前仲良しだった近所のおばさんたちが心配で、時々会いに行くと、母の死を、今も寂しい寂しいと、悲しんでくださって、まだ涙を浮かべてくだって・・・。
この方にとっては、母はかけがえのない親友、よりどころであったのだ。

と、母が子供に見せていた以外の一面を、死が見せてくれる。
母は、ひとりの人間として、こういう人生を生きた、こういう人だったんだ。
向き合っているときには見えなかったことが見える。
あとで見えてくることがある。
これはその人の人生の意義をみつめるなかで、大変有意義だ。

いえることは、いろんな側面を知るにつれ、それでも、やっぱり自分の親であるということ。
自分に見せなかった部分も含め、見えなかった部分も含め、ひとりの人間としての母に、思いがこみあげてくる。
死はその人を知る一つのステップ。
と、今はそんな風に思い始めている。

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企画女子のWEBマガジン更新

京都の企画女子たちとつくっているWEBマガジン TKGプレスに、
このたびの 葬儀体験を、ビジネス目線で書きました。
本マガジン、5名のメンバーで随時投稿推進中です!https://www.taihei.co.jp/tkgpress/

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緊急事態宣言下のおひとり様ごはん

時短の延長のみならず、酒類も提供できない。
レストランにとっては、昨年以上の大打撃。悲鳴どころで収まらない。
宣言解除のお店の状況も心配だ。コロナ収束時に、どれだけのお店が
営業続けていけるのだろうか?
応援しているお店には、待ちから攻めに転じるように、あれこれとアイデアを
出したり、お店近隣の知人友人に、出来る限りのご利用を呼び掛けたりする。
大変だ、大変だ。とただ厳しい状況に身をおくだけでは、明日はないかも・・・。と、店側の立場ではそんなことを思いながら、ついお節介をやく。

一方、客の立場に立つ。
仕事や用事が一区切りして、お腹がすいた。 最寄り駅のビル。
19時までしかお店はやっていない、でも、食事を出すお店は、ちょっと気になる。お酒は出ないから、しっかりレストランとなるとちょっと気後れするが
カフェレストランぐらいで、ひとりで食べられるメニューがそろっている店
だと、入ってみようかと思えてくる。
しかも店内はすいており、ゆったり静かに食事ができる。
不謹慎な言い方ではあるが、ちょっと贅沢な時間だ。
外で食事というと、おしゃべりするのが当然というイメージがあったが、
今はひとりでゆったり、気兼ねなく、静かにいただく。こんな夕ご飯はとてもいい。実際、この緊急事態宣言下で、これまで入ったことがないカフェレストランに足が向いたのだ。
前からゆっくり食べたかった鉄板のパスタとサラダをいただく。
広い店内には3名(3組)ほどしかおらず、ゆったり空間。何か安心。
広々としたテーブルに一人の女性がサラダメインの夕食を召し上がり、
スタッフと少し会話を交わしていた。常連さんらしい。
また、別のビジネスマンは、ドリンクを横に、本や新聞に目を向けている。
と、この空いている状態を楽しんでいてはいけないが・・・。
これまでになかった、平日夕方の風景。
今は今で楽しまねば。落ち込んでいても仕方ない。
ひとりごはんは、悪くない。
また来ようかな、今度はあれを食べようかとメニューもゆっくり見ながら
考えるのも、なぜか楽しい。

そのことをもっとアピールすると、そこに響く人もいるのでは・・・。
「ちょっとゆったり、おひとりごはん、いかがですか?」
「今日もお疲れ様です。疲れをいやす、おひとりごはん、いかがですか?」
そんな訴求が、今の自分にはすっと入ってきそうだ。

などなど、外食は以前と違うサービスのスタイルを創出していかねばならない。
もちろん、コロナには早くお引き取り願いたい。

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おひとり様コンサート。

5月10日。もともと予定されていた岐阜新聞社のロビーでのコンサートはコロナで中止。その日の午後に、「マーサさん、おひとり様コンサートは終わりましたか?」と一通のメール。先日、書いたブログをきちんと覚えていた方がおられた。そうそう、やらなきゃ!と思いながら、雑事に追われ、時間が経った。
「すいません。今日はちょっと難しくなったので、明日岐阜へ行くので1日遅れでやってきます」と、その方に返事。
そして11日。午後から岐阜での用事が終わって、実家へ向かう。
そして、母と父が用意してくれたピアノの蓋を開け、姿の見えない母に向かって、おひとり様コンサートをはじめる。
母(と父も)にちなんだオリジナル曲を中心に演奏する。
まずは、「ひと・文様」父母の金婚式の祝いにとかいた曲。
そして、2年前に書いた、「イツカサイゴ」。
幼き日の頃を思い出すナレーションとピアノで構成した「まどれーぬ」
ふるさとへの思いを綴った「みず・つち・ひと」
この4曲を弾き歌う。
途中で、歌詞とともにふと母のことが頭をよぎると、うっとなり、涙声になってしまうが、気にせず自然に。なんといっても、おひとり様コンサートだ。

曲の合間に、母が笑って、音楽に合わせて体をゆらしているような感じがした。
ニコニコした顔が浮き出てきた。
そう、いつも私がピアノを弾くとき、歌を歌うとき、どんなにそれまで怒っていても、母は上機嫌になった。

このわずか4曲を歌い終える頃、涙のせいで、目が少し貼れた。

歌は永遠だ。涙もあり。悲しみを浄化し、想いを深める。母への感謝の気持ちがピアノの音色とともに、空に届いていくような気がした。拍手は、ちゃんと聞こえた。

おひとり様コンサート。また続編をしよう。

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つながりが終わる瞬間(とき)。

母と父は携帯電話をセットで契約していた。すでに父はここ約半年、自分から電話をすることはなくなったが、母が生前、入院する前日まで電話を使っていたため、契約を継続していた。
今回、もう使う人がいなくなってしまったので、少し迷ったが、勇気をもって
父母の携帯を解約。
解約日までに、一応、ふたつの携帯のアドレス帳の内容を転載し、今後も
必要なときに連絡先がわかるようにとして、とスタンバイ。
解約日の前日に、久しぶりに父の携帯に電話に着信。まだかかってくるんだ・・。でも、今の状態では父が電話に出ることはないし・・・。
ということで、予定どおり、ふたりの携帯を解約した。
「この時点から、ふたつの電話、通話できませんので」と言われ、「はい」
と返事をし、電話機だけもらって帰る。
電話機だけでも、あると何となく気持ちが違うのも不思議だ。
父と母が使っていたこれらの携帯。ゴールドとピンク。
このガラケーから、どれだけ私や妹にメールを送り、
電話を鳴らしただろう。たんなる金属の塊となった今でも、思い出が詰まっている。デイサービス先で携帯をトイレに落としてしまった・・とこわごわ電話してきたのはまだ3か月ほど前のこと。「なんで、トイレにまでもって入るの!!」
とめちゃくちゃ怒ったときのことが、もう思い出のひとつになってしまった。

解約の翌日、父の電話に着信された相手の方に、確認の電話をする。
「父は施設に入って、もう電話ができないので、申し訳ありませんが
昨日解約してきました。もし、何か今後御用があれば、私にかけていただければ
父に伝えますので・・・」と私が伝えた相手は、前日父にかけてきた電話の本人、ではなくその息子さんであった。
もう80代を越えると、十分に電話ができない人も多い。子どもが代行する。
〇〇詐欺もあってのことだろう。

父、母と携帯。
電話やメールができた時間はとても元気であった。
もうそれで話すことも、聴くこともない。

たまらなく寂しい感じ。ひとつの時代がまた過ぎたような。
親の仕事をひとつづつ片付けるごとに、喪失感が増す感じだ。
それにも慣れると思う。
淡々と事務的な仕事をこなすように、ひとつひとつ前に進む。
心はちょっと脇において・・・。

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生きている限り、出会う。

残された人がつらい。残された人が大変。
人の死とは、そういうものだと、母が亡くなったあとに誰かが
言っていた。
確かにそんなものかなと思う面もあり、そして、
今は、それもあるけれど、それだけでもないとも思える。

今も母の姿かたちが見えないことは、考え出せば悲しくなるが
いつかその日は来ることになっていたのだから、とあきらめはつく。
そして、誰もが経験することだから、自分だけではないのだからと
思い直す。
そして、母に対しては、自分ができることを悔いなくやれたと思うので、
苦しい気持ちはなく、少しづつ時間を経て、客観的に
人生の大きな節目として、とらえることができるだろうと思っている。

残された者というか、残ったものは、亡くなった人のことを
それぞれの思い出を抱き、生き続ける。
このたびの母の死があって、初めて出会う人、言葉を交わす人もいる。
それも含め、生きている限り、さまざまな出会い、関わりを持ち、
生き続ける。
死という別れが、新たな出会いを連れてくる。
まさに、人生は観覧車のように・・・。

出会いがある、刺激がある、学びがある。これは、元気であるからこそ
得られる人生の恵みだと思う。
自分がこの先、どれぐらい生きるのかはわからないが、
いい出会いを得られるように、毎日に臨みたい。

若い日は数多くの名刺を集めるごとく、
たくさんの出会いがある方が良いと思っていたが、今はそうではなく。
尊敬できる、心から共感できる人との良質な出会いを求めたい。
数ではなく、質。

人は生きる限り、出会う。出会える。
さあ、今日はどんな?


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それぞれの母の日を。

子どもの頃から、あるいはいろんな事情で母親がいない人が、母の日をどう捉えているか、などこれまで考えることもなかった。

そんなことを知っただけでも、今回の母のことは勉強になった。
赤いカーネーションが町を彩り、楽しい感謝が溢れるのが、これまでと違う感覚で私のなかに入ってくるが、これは、ひとつの時代を過ぎたのだと思うことにする。

今日は四十九日法要の日。意図して計画したわけではないが、母の日になったことは結果的に良かったと思える。
きっと、これでこの日のことを、生涯忘れないだろう。

姿が見えても、みえなくても、母という存在は永遠だ。
今日は心に広がる母を抱き、静かに祈りを捧げたい。

それぞれの母の日。きっと感謝の気持ちを捧げるという点では、世界共通だろう。母のおかげで、自分がいる。
母がいなければ、自分は存在しない。それも世界共通だ。

死ぬまで、そのことは変わらず。改めて、感謝を込めて。
今年、はじめて紫のカーネーションを選んでみた。

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「今は昔の良き日本」への警鐘。

世界を旅しているとき、台湾人も、欧米人も「おー、日本はいいところ~」
とみなさん、口々に絶賛されていた。
今も忘れない。20年ほど前のことだ。あるパリはモンマルトルの洋品店のおやじさんに、私がTOKYO、JAPANから来たというと、「OH!SONY、TOYOTA!」と笑顔で言われ、日本は観光だけでなく、モノづくりでも有名なんだ。ジャパンブランドってすごい!と思っていた。そう、とくにTOYOTA、SONYは世界のどこの町にいっても、皆さん知っており、それをもって日本に親しみをもってくれていた。
そして、何より治安もよく、人も優しくて、安心安全で自然豊かないい国・・・という印象をもってくれていた。
唯一、ブエノスアイレスで出会ったベネズエラ人からは、生まれて初めて日本人に会ったと、それだけで感激され、ただ、テレビや映画で見る日本は、超忙しそうで、超スピード社会で怖い印象だと言われたことはあったが、それ以外は、日本は世界中の憧れの国であった・・・。と私は日本人であることに、誇りをもっていた。

という話が、とても悲しいが、「今は昔。」になりそうだ。
このワクチン接種の遅れや、今だにオリンピック開催にしがみついている国の
愚策を、各国が危惧しはじめている。
世界、そして国内の反対を押し切っても、間違って開催し、新たな感染を引き起こせば、日本は間違いなく世界の笑いものになるだけでなく、迷惑をかける国、信頼できない国、国民を大事にできない国、イコール尊敬できない国。
と世界から相手にされなくなることは目に見えている。

そのことが、為政者たちには見えていないのだろうか?と疑問は尽きなく、
そこに触れると怒りも爆発しそうになる。

このままいけば、日本は昔の国。昔はいい国だったと言われ、観光でも選ばれなくなり、いろんな意味で衰退していくことだろう。
観光を心配して目先の旅行キャンペーンをやる以上に、先の観光立国をイメージすれば今、何が大事なのか見えてくるはずだ。

いつしか、隣の大国たちに主導権を持っていかれることにならないか・・・かとも心配になる今日この頃。

それでも、まだワクチンが買える国なんだから、それすら手に入れられない国に比べたら・・・という知人もいたが、それはそう。日本は有難い国。
でも、今後は心配すぎる。
コロナはリーダーシップを試すウイルスなのか?

いやはや、とにかく、国の未来に傷をつけることは、やめてほしい。
欲深い年寄りは早く引っ込んで。次代の人のことを真剣に考え、今を生きる人
に皆がならなければ・・・。

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