天の「親友」からのギフトは「新友」

先日のブログにも記載したが、亡くなった台湾の親友のことを歌った曲「アンソロジー」を聴くためにわざわざ上海から来てくれた主人と仲間たち。突然知らされたその訪日にも大変驚いたが、そのサプライズを影で仕掛けてくれたのは、上海生まれで在京の女性で、親友の親友であった。日本にきてもう25年。テレビなどでも中国語を教えてきたグローバルなキャリアウーマン。中国と日本の架け橋になりたいという日本大好きレディだ。わが台湾の友人に、こんな友達もいたのか、とこのたびのライブで初対面し感動、その後、一度ゆっくり会いましょうと約束し、即再会した。
今は亡き、共通の友人が結ぶ縁とは不思議だ。二人で話しているのに、もう一人が一緒にいて笑っているような感じがする。
彼女がまだ生きていたら、元気だったら、もしかしたら目の前にいる方と出会うことはなかったかもしれない。あったかもしれない。
でも、彼女への贈曲がきっかけとなり、こうして出会った。彼女が今も元気で存命だったら、この曲は生まれていなかった。
不思議なことだ。先に逝ってしまった友人が私たちの出会いをセッティングしてくれたのかもしれない。ライブであいさつしただけの関係。なのに3時間も語り合う。共通の友がいる~ということで、お互いの距離感が短く感じられるのだろう。
不思議なことに、今回はじめてお互いのことを話しているのに、何年も前から友達のような感じがする。自分の生い立ちから、仕事、今の状況、そして夢まで・・。短い時間に全部知ってほしいというぐらいに、話し込んだ。
ゆっくりランチをとったあと新宿のまんなかで、握手して別れたあと、彼女とのディープな出会いはANNEちゃんのおかげだな。と天国の友のことをしみじみと思い出す。
「あなたはいい友達をいっぱいもっていたんだね~。」と心の中で話しかける。「おかげさまで、いい友達、しかもあなたによく似たいい友達を得ることができましたよ。あなたの分身のようにも思えるね・・・。」と心の中に住む友に感謝しながら、今回であった新友のことも、大切にしなくちゃと思った。いつか一緒に新しいことをしたいと思う。新しい観覧車が回り始めたのは、天国の親友のおかげ。

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聞きづらいことをきちんと聞く。

講座やセミナーではアンケートを必ずとる。自分が準備したことがちゃんと伝わっているかの確認でもある。参考になった、役にたった、よかった・・・などの声をいただくのはもちろん大変ありがたいが、たまにそうか~と思う声もいただける。
自分自身、突っ込み型のトークなので、日ごろゆったりのんびりとしたコミュニケーション環境で性格、お仕事されている人にとってはもっとゆっくり話してほしいということもある。ここは反省だ。そして資料の配布のタイミングについてもご意見をいただく。そうか。でもこのやり方にはわけがある。こういう流れだからこうしている。という説明を次回しておこうかな・・などなど、いただいた声に対して、聞きっぱなしにせず、できる限りアフターフォローをせねばと思う。
またある方から、おいでいただいた会場がわかりづらかった、何か入口に貼ってあったらもっとわかるのに・・・など、そこにずっといる者からすれば気づかないようなご意見もいただく。
初めての方に・・という目線が欠けていることもある。と、運営スタッフとも協議し、即改善策をとる。
などなど、何気なくやっているだけでなく、意識して行動していることでも、伝わっていないときや、理解されていないこともある。それを放置せず、すなおにきいて、できることから対応していく。聞きづらいことは、言いづらいことでもある。
勇気をもって言っていただけることに経緯を表し、改善を重ねていきたい。
クレームはありがたい。言い訳せず、すなおに聞き入れ、説明し、対応していきたい。

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パブリック・リレーションズ的に生きる

20151019夕刊出張に出向くと必ず、その地域で発行されているを新聞を買い求める。それが実は旅先での大きな楽しみのひとつである。たとえば上越に出張の場合、新潟日報、十日町タイムス、さらに最近は新幹線の影響でお隣の信濃毎日も一緒に購入できるのでまとめて買い、各地方紙を眺める。ネット検索で得るニュースと一味違い、大きな紙面を広げる楽しみは格別だ。記事も広告も含め、その町ならではの最新情報がわかるのはもちろんであるが、各地方紙がその地域にどう向かい合っているかも見えてくるのが面白い。また全国紙と違う目線を感じる。地元の町に人に寄り添いたい、元気にしたいといった地域愛をじんわりと感じる。そして地方紙らしい主張も伝わってくるのが頼もしくもある。
全国紙も大切かもしれないが、個人的には地方紙にはもっともっとがんばっていただきたいと常づね思っている。その気持ちは高まる一方だ。地方創生というならば、地方のメディアが担う役割は、とても大きいはずだ。
仕事柄、地方の新聞記者さんとのおつきあいもさせていただいているが、今回、そのおひとりが担当されたコラムに、自分との接点に関することを記事にしてくれた。読まれた方から、とてもいい記事と好評をいただいたので、こっそりここに紹介させていただく。
マスコミって何?企業って何?そこを考えるにいい記事だと思う。地域に根ざす企業は、地域社会に存在する以上、社会に対して自らの存在をしっかり伝えていくことが大切だ。そのときに良質な地元メディアを含め、マスコミを活用することは効果的である。
一方、マスコミは社会に役立つ情報を発信する義務がある。お互い、社会に役立つ存在であるために、お互いに理解と信頼を深めることで地域への発信力が高まり、地元の活性化にも貢献できるはずだ。
記者という仕事はその道のプロのはずだ。またマスメディアはもともと公器であるはずだ。そこの根本を忘れず、良質なメディアとの関係づくりを黒子である私自身も心がけ、またそのことをかかわる企業さんたちにも伝え続けたい。
それから、マスコミというものが存在しているのではなく、それも一人一人の力によって成り立っていることも忘れずにいたい。だから出会った記者さんとの関係も大切に育てていきたい。それがパブリック・リレーションズの実行にもつながるはずだ。

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痛いの、つらいの飛んでいけ~。

お世話になっている方たちの体調がいろいろ気になる。癌の治療に専念されているある方。病院での治療後、ご自宅で静養されているが、かつての元気がなく、メールも今しばらくお休みされ、ときどきショートメールが入るぐらい。そこにも痛い痛いと書いてあり、治療して痛いとは癌の恐ろしさを知り、恨みたくなる。痛みが消えたら、元気になったら、ぜひまた食事しましょう。というが、力が入らない。
音楽活動をやっておられる知り合いからはコンサートのご案内をいただきながら、そこに書いてあるメッセージ。体調が不良で、自信がない・・本番が怖いとも書いてあり・・。こちらも他人事と思えず、心が痛む。
いずれにも、エールを送るが、言葉では何もならないこともよくわかっている。が、がんばって生きよう、頑張ってやり遂げようとされている方を応援し続けたい。祈るしかできないけれど、本当に痛いのも、辛いのもどこかへ飛んでいってほしいのだ。
誰にも辛いこと、痛いことがある。それを乗り越えて生きなければならないときは、本当につらくてしんどい。
だから、どこも痛くないときほど、用心してそのありがたみをしかと受け留め、大切に生きなければならない。
周囲のどなたもが元気で、笑顔であってくれたらいい。痛いとき、苦しいときどこかに手を合わせたくなる気持ちがよくわかる。
1日も早く、その痛みが癒え、「良くなったよ」の一声が聴きたい。本当に世界中の「痛いの、つらいの飛んでいけ~」と思う日々。
いろんなシェアを叫ぶ世の中、愛する人たちの痛み、苦しみを本当の意味でシェアすることができないのが、つらい。痛いならさすってあげたい。でも、そっと見守ることも必要なときがある。

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「元気をお届け」は遺伝?

田舎に帰り、親が日ごろお世話になっている人たちと時々出会う。そうすると「いつもお母さんから、元気もらってます」と言ってくださる方が大変多く、とてもうれしいことだと思う。そういってもらって親自身もその言葉からまた元気をもらっているのだろう。
一方、私自身もライブや講座などをやった後、参加いただく方の多くから「元気もらいました」との声をいただく。意識しているわけではないが、どこを、何を見てか感じてか、そう思ってくださる方がいるのはとてもうれしい。
親からいろんなものを受け継いできているのだろうが、受け継いで一番うれしいのはこの「人様に元気にお届けできること」だろうか。「元気やな~」と周囲を驚かせる、のが楽しいのかもしれない。
何もできないけれど、出会う人々に「元気をお届けする」という生き方も悪くない。会うことで周りが元気になり、前向きに生きるきっかけになる。いつのまにかそんなことが使命?役割になっているわが人生。いつまでも、そういることができればいいが、果たしていつまで?
わが言動に行動に、音楽に、表情に、「元気の素」が入っているならば、やはりDNAのせいだろう。愛の元気人とは、偶然のネーミングではないのかもと最近思い始めている。

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平戸でのフランチェスコの夢、実現へ。

来る11月1日平戸市にて開催される国際フォーラムのオープニングコンサートとして、ザビエルにささげるうた~として フランチェスコの
夢を含むオリジナル曲を演奏することになりました。
念願のザビエルが歩いた土地での初公演、ついに実現の運びとなりました。国際フォーラム「キリシタンの世紀と世界遺産」でのオープニングコンサートでの演奏となります。

http://www.hira-shin.jp/record/index.cgi?no=388

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信長も見たはずの景色に

経済的、政治的そして文化的にも新しきものに興味を持ちつつ戦国時代を生き抜いた織田信長。とくにわがふるさと岐阜の命名者であった点、南蛮文化およびキリスト教にも寛容であった点など私にとって大変興味深き、歴史上の人物。ザビエルと直接は会うことがなかったが、後継者とくにポルトガル人の宣教師 ルイス・フロイスとは交流もあったようで、その宣教師自身が書いた日本史にも記録されている、信長最後の城、安土城。今回、ザビエルプロジェクトの次なる展開をもとめ、その地に足を踏み入れる。信長といえば、清州、岐阜だけでなく、この安土。岐阜生まれの自分としてはちょっと悔しいが、岐阜より京都に近く、また水利にすぐれた安土を自らの拠点とした信長。それはそれは素晴らしい城を築いたそうだ。
その城跡。何かちょっとした城門と広大な空地が残っているのかと思ったら、天守閣にいたる石段がそのまま残されており(もちろん時代時代で保守修理はされているだろうが)平地から天守閣まで昇ることができる。しかし、見上げるだけで限りなく続く石段は400以上あるとのこと。入口には杖も用意されており、往復で1時間かかると案内があり、ちょっとひるんだが、いや、信長が天下を治めようとした場所、実際に信長が立った、座った、見た場所に行かねば!との思いで、石段を上る。かなりハードだ。石段が安定しているため、まだ足元はふらつかないが、それでも段差も高く、かなりのハードワーク。こんな山に石の階段を作り、石や木材を運び、巨大な城をつくった・・・。450年前にこんな壮大な建築物を立てたとは驚くばかり。信長もすごいがこれを設計、建設した人も、その作業にかかわった一人ひとりの職人たちもすごいもんだと、感心しながら息を切らして石段を上り続ける。
信長が見た景色、彼が見降ろした琵琶湖の、近江の街並みを一目見よう・・ただその思いだけを胸に歯を食いしばって石段を上り続ける。時々「無」になる自分がいた。疲れ切って上り続け、ようやくその風景に出会うことができた。「ああ、これが信長が見た近江の国か、フロイスも感嘆した城から見た景色か・・」静かな感動とともに、安土城の敷地からの眺めに浸る。琵琶湖が美しく広がっている。おそらくこの景色はその当時とそれほど変わっていないのではとも思えてくる。なんだか信長が金平糖を食べながら、笑って後ろに立っているような気がした。この城が完成し、わずか2年後に信長はかの本能寺の変で亡くなり、その後、火事にあってこの城が消失したという。栄枯盛衰といっても短すぎる安土城の存在だ。
歴史とはなんとミステリアスなのだろう。
美しすぎる秋の琵琶湖と近江の家々と田んぼの野焼きを見ながら、近江を経由し、岐阜から京都に向かった30余年前の自分のことも思い起こしていた。
安土城

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地方の夜に学ぶ

金曜の夜。たとえば東京や大阪、名古屋といった大都会では、出張、単身族の移動で人が大きく動く。毎週末、週明けは民族の大移動のようだ。そういった光景、何十年も見たり、あるいはその中にいたりして忙しい金曜の夜を過ごしてきた。
そしてときに、地方の駅前でハナキンを過ごす。地方で働くビジネスマンたち、しかも駅を利用して通勤している人々が仕事帰りに飲食店になだれ混む。たとえば岐阜市の駅前にある繊維街は昭和40年代までは盛況であったがその後衰退・・・と思いきや、今は飲食店街として活気を帯びはじめ、そのハナキンは昔なかった人の流れができている。ビジネスマンたちがほどよくゆるく、はじけるハナキン。この光景がとても新鮮で懐かしくもある。そのなかのある1件の居酒屋。常連客、二次会らしきグループ連れ、ひとりで来店する女性客・・それぞれのお客に対し、店のスタッフがいい感じで声をかける。マニュアルも何もない、手作りで方言交じりのおもてなしだ。そしてキッチンが丸見えのカウンターでは店のスタッフ同志のやりとりも丸見えで、瞬時にこの店がいい店かどうかが見て取れる。値段も安く、その店独自の工夫もあり、なんといっても店主がスタッフを気遣って仕事をしている様子がよくわかり、好感を抱く。決して著名な観光地ではなく、お客さんも地元の人がほとんどであるだろうが、なんともいえない心地よい時間が味わえるのである。そのうち「一億総おもてなし」とか意味不明な言葉がどこかから出てくるかもしれないが、そういった十把一絡げの号令的なもの、マニュアルにはまらない、それぞれの個性が生きる、その店しかない独自な味!を出す店が地方にはたくさんある。
東京ではそういった店を探すのがむつかしくなっている。有名にならなくていい、地道にそこにいる人を楽しませる、人を喜ばせる・・・そんなことを普通にやっているお店が大好きだ。地方のハナキン、みんな幸せそう。1週間お疲れ様でした。お店のスタッフがそんな気持ちでお客様を迎えているような素敵な岐阜の居酒屋風景・・・。地方の駅前の夜、もっと注目したい。

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まずは、聴く。聞く。

仕事上ではとくに、いろんな方に出会うため、ひとりひとりとの関係をすべてスムーズに進めたい。
とはいえ、世代や環境もすべて違い、たまたまある仕事で一緒になるという関係においては、相手の行動や言動に、時には???と思うこともある。もちろんこれは相手にとっても同様のこともあるのかもしれない。
「なんでそうなるんだろう?」「へ?それは違うんじゃないかな~」と思った場合、それを直接口に出していえるのは、信頼関係が必要だ。頭ごなしに言うのはあまり効果的ではない。最近、心がけるのは気になることがあったら、そこに蓋をするのではなく、その現象を確認、共有しながら、なぜ相手がそのようにしたのか?という「なぜ?」を聞くことにする。その行動、判断にはその理由や背景が必ずあるからだ。それを理解し、認めたうえで、「それは理解できる。でももっとこうするためには・・・・・」という流れで言うべきことを言うようにする。悪気がないまま、わからないまま行動している若者も多い。ネット社会のなかで、リアルな人間関係を知らないで淡々飄々と一見うまくやっている風な人も増えている。でもそれでは通用しないよ。自分勝手では、自己中心では生きていけないよ。ということを伝えていかねば仕事もうまくいかないはずだ。でも年上だからといって、頭ごなしは逆効果だ。相手を思いやる、尊敬する、教えていただく・・・謙虚な姿勢になってほしいなと思ったら、自分も相手を認めなければ前に進まない。
正直、このあたりも理解できる人だったら苦労はないが、リアルなコミュニケーション体験が薄い人が増えているのが実情だ。
気づいた人が、できる人が示していくしかないだろう。相手を信じるところから、まずはじめたい。

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「今回が一番良かった!」と言われなければ

たとえばライブで話したこと、演奏したこと。やっている本人はあれこれ考えて準備して、反応みてやっているから、前がどうだったとかは覚えていて当たり前であるが、お客様はよほどのことでないと覚えていない。
またお客様によって見ている、聴いているポイントが違うため、こちらが思っているように相手が受け留めてくれているかは別の話だ。
それでも、それぞれに感じ、気に入り、いい気持ちになってお帰りになり、さらにリピーターになっていただけることが大切だ。
すでにはじまっているこのライブツアー2会場目を無事終えたが、帰り際にお客様にかけていただく言葉がなんとも興味深い。
「今日が確か6回目だと思うんだけど(すごいリピーターだ)、今日が一番良かった!」と言われる方、また違う方にも「今年はよかったわ~~」と言われる。じゃ、前は良くなかった?と思ってはいけない。そのお客様、去年も同じように「今日は良かったわ~」と満足げにおっしゃっていたから・・。だから、毎回毎回「今回が良かった」と言ってもらえたらいいのだ。これが「いやー、前の方がよかったわ~」
と言われたら困る。もっともそんなことを言ってくださるお客様も貴重ではあるが。
とにかく、やる方も参加いただける方にも「今回はベスト」というのが理想だ。
良し、次も「今回が一番いい!」と思っていただけるようにがんばろう。

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