ドイツの飛行機は天災ではなく、パイロットの故意による??という奇怪で理解不能な情報に接すると、いわゆるテロ組織が関与しているとかいないとか以上に、もっと危険な世の中であることを現実の問題として感じる。先週も今週も飛行機には何度か乗る。いつも思うのはまず、空への祈り。天候が大丈夫でありますように。次に、飛行機が壊れていませんように。そして変な人が乗っていませんように・・。それ以外のアクシデントも起きないようにと心して乗るのである。これは自分がその手段を選んだ以上、何かおきても自分の責任になるので、選んだ以上覚悟しなければならないのだ。
そして、どこの国だから安心だ、安全だという仮設ももう成り立たない。美術館でも殺されてしまうのであれば、もうどこにいても、まな板上のの鯉と思うしかない。しかもそれは飛行機だけでなく、列車での移動も同じことだ。新幹線だって・・・とても危険である。
本当の安心・安全がほしかったら動かなければいい。・・・かもしれないが、それでは何も生み出さないこともある。動くことでいいこともたくさんある。何もしない安全をとるか、リスクをとって行動に出るか。これは仕事でも同じことだ。
私の場合は、何もしなければ何もないと思えるので、やっぱり動くのである。もちろんこれまで以上に神経を使い、周囲に迷惑をかけることなく・・。乗る飛行機も、良き天気・良き機材・良き人々で無事の渡航・移動ができ、今日まで何事もなく来ている幸運に、改めて感謝だ。
絶対の安心は、やっぱり自分で
ミッション・パッション・クリエーション
以前台湾で長らくお世話になり、今も時々ではあるが、交流を続けさせていただいている尊敬する台湾流通の父といわれる方。台湾のコンビニ業界を大きく育て、それだけで十分、人の何十倍も何百倍も仕事をしてきたのではと思うのであるが、その職を引退されたあと、準備期間を経て、今度はスーパー業界のテコ入れに着手されて1余年。お会いしない間に新ポストに就任され、さすがの経営手腕を発揮されているなかの再会となる。いつも、会うたびに単なる世間話に終わることはなく、「自身の夢」を熱く語られる。今回も「60を越えて、新たな挑戦をするなんて・・ねと自分でも思いますが、これがミッションだから仕方ない」と笑顔で言われる。そして日本のいいところをどんどん取り入れていこうという気概も全く衰えず、今も、日本人以上に貪欲に情報をわが国収集しまくって本当によくご存じ、そして精力的にそれらを活用されておられる。コンビニだけがよくてはいけない、遅れてしまったけれど、スーパーも発展しなければ。農業も発展しなければ・・。「だって全部台湾なのですから」ここまで言えるのは政治家でもいないだろう。やってきた人だからこそ言える重みがある。
日本人は台湾人が日本を知っているように、台湾のことをよく知らない。たとえば日本人は台湾にロングステイしない・・・もっと知ってもらわないといけない・・・と、そんなことも残念そうに語られる。
使命感と情熱をもち、現実を大きく変えるための創造。本当に根っからのビジネスマンだ。しかし、そんじょそこらの経営者と違うのは利益追求だけではいけない、利他の精神こそが必要なのだという点。「来月、例のトイレ掃除の仲間が何百人も台北にきて、一緒にやるんですよ」と、穏やかな笑顔で話される。初めて出会ってから20年近くなるが、ずっと尊敬し続けることに誇りをもてる、貴重な方だ。違う会社に行かれて、またその方を尊敬する若者も増える一方だ。
規模もレベルも違うけれど、ミッション・パッション・クリエーションを継続しなければ。
オフィスがなんと台北市内の大きな観覧車の真ん前とは光栄なこと。総裁室の大きな窓から、観覧車が借景になっているこれまた素敵な空間だ。「いつも、これを見て今尾さんを思い出すよ」ああ、ありがたい。
工事は続くよ、どこまでも・・
かつてインドのゴアからの中継地点として西洋文化を運び、育んできたマカオ。おそらく植民地時代に、西洋風の建築、建造物が作られたことに現地の人たちの戸惑いはあっただろう。植民地とは、もちろんマイナスの意味もあるが、異文化をいやおうなく受け入れなければならないという点で、化学反応により独特の文化も生まれ、育まれ、結果的は発展する・・と、悪い面だけではない。
だから、マカオの人たちは異なる者たちへの理解・許容力も高いと思うが、久しぶりのマカオは植民地時代とはまた違う、現代の化学反応を受け入れる段階を歩んでいると痛感。もともとは確かに中国であったが、ノスタルジーなる歴史遺産の街がこの大国に返還されることにより、望んでか望まないか高速で大きく変わっている。日々、押し寄せるように大陸からの観光客がバスを連ねてやってくる。巨大カジノは久しく来ない間にボンボンって建っていき、上海で10年前見たときのショックと同じような光景を目の当たりにする。そして、工事現場に多くの労働者を見る。カジノをつくることは、雇用を生み出すということでもある。大陸とくに近くの広東からの労働者が多いだろうか。サービス業に慣れていないホテルのスタッフも広東からきていると話してくれた。ああ、マカオは変わった・・。悲しくもあり、寂しくもあり、もうここまで来たらあきらめるというか、世の中というのは決してノスタルジーだけでは終わらないものだということも痛感。全体が騒々しい。おちつかない。自己主張的で疲れる。これは元気というのとはまた違う・・。
そして、まだ海を埋め立てて、新しいカジノが生まれようとしている。人口密度も世界一らしいが、国の規模に比して工事の多さも世界トップクラスではないかと思うほど。技術的には日本の土建・建設業も多く貢献していることだろう。
この静かだった町で、どこまで工事を続けるのですか?カジノをどれだけ作って、たくさんの人々の夢を?どうなるのですか?
20年ほど前だったか、香港在住の会社の社長が週末、飛行機でマカオへ行き、大儲けとしたこともあったが最後は大損をして・・・・どん底まで行って人生を切り替え、最終的にはイギリスへ移住した・・・話も笑えない実話だ。
工事と人の欲望は比例している。本当に意味がある建築物は永遠に引き継がれる。カジノはきっとそういうことにはならないから・・わかって、覚悟して作らねば・・・。ここでも自然は大破壊されている。お金で買えないものが、どんどん失われていくのに、そこで人は一儲けしようという夢を抱き、通ってくるのだ。
2つの島が、カジノのおかげで、1つにつながっている・・・不思議だ。すべては埋め立て。
地から湧き上がるパワーではなく、上からかぶせる力。人工とは恐ろしい。今、マカオは多様なものの価値観を同時に見られる貴重な
それこそ、世界遺産の街なのかもしれない。
同じ空を飛んでいても・・・
何年ぶりか、そしてもうおそらく訪ねることはないだろうと思っていたマカオを台湾経由で訪ねることにする。昔は香港出張の際に、必ず日帰りか1泊でジェットフォイルを使い、かつてポルトガルの植民地であったノスタルジー漂う街を訪れるのがとても好きであった。しかし返還還、だんだんと町は変わり、昔のままのマカオの思い出だけで十分と思うようになった。ここがラスベガスのようになり、大陸からの観光客がわんさと押しかけ、マカオへの興味は冷めていき、しばらくご無沙汰しているうちに、気に入っていたホテルも中国資本の手に移ったことを知り、残念な気持ちはより強くなった。が、今回はザビエルプロジェクトの一環として、再びあのコロアネ島の教会を訪れ確認したかったのと、さらに日本とこのマカオとザビエルイコール西洋世界との関わりについて、またどこまでポルトガルの文化が残されているのか・・・を知りたくて、いつもと違うルートで向かう。思えば15年ほど前、最初にマカオのこの不思議な教会をみつけたときの感激から、わがフランチェスコの夢の旅は始まっていたかもしれず、そのことを再確認したかった。そして大航海時代のポルトガル文化の余韻を確認したかった・・。
東京~高雄~マカオと飛行機を乗り継ぐ。香港経由でないルートは初めてだ。少しでも中国の喧噪を避け、たどり着きたかった。
しかし空港内での喧噪。中国漬けになった町の風景に疲れ、やっとホテルに到着。テレビをONにすると、ドイツの飛行機が、墜落したとのニュースに接し、瞬間固まる。同じ日に同じひとつの空を飛んでいても・・。天候やさまざまの悪条件でまさかの墜落・・・ということもある。オンタイムに、無事に到着したこの身ではあるが、旅のリスクについて改めて考えさせられる。
とにかく、まずは目的どおりに無事についただけでも、喜ばねば。
それにしても、この墜落についても欧米のメディアは夜通しそれを報じていたが、キャスターたちの報じ方にもお国柄が出る。とくにアメリカの番組では大きな事件や事故があると、普段以上に熱く語っているように見えるのが不思議な感じだ。事件や事故についてのメディアの向かい方も、俯瞰してみると興味深い。飛行機事故はテロに匹敵するビッグニュースのひとつだ。間接的であっても、海外に出るときに大きな事件や事故に触れる機会がなぜか多いが、いつもそんなことを感じる。
いつ、自分のこともそんな風に報じられるか。NOとはいえない今日。どんな瞬間をも人災も天災も可能性を否定できないのだから。
同じ日に同じ空を飛んでいて、命を落とすこともある。心からご冥福をお祈りし、わが命今が無事であることに感謝し、しっかり旅の目的を達成しようと思う。どんな事故も事件も明日は、わが身かもしれないことを肝に銘じよう。
何を教科書とするか、何の教科書とするか
ある方との会話で、旧約聖書にはキリスト教的な教えだけでなく、経営やマーケティングといったビジネスにも大いに役立つ要素が
あるからすごいという話題になる。へえ~。かの有名なナポレオン・ヒルズにせよ、もともとは聖職関係者だったとか?その真偽は
知らないが、解釈次第で現実の社会でも大いに役立つという点は、興味深いと思った。またそれをつくったユダヤ人というのは、やっぱり只者ではないという意見も聴き、確かにユダヤ人は科学、映画、芸術など多方面で人類史上消えることのない功績を生み出した人たちが多いという点からも納得する。
生きる上で、何を教科書とするか、教えとするか。信仰でもなんでもいいが、それぞれの人にとって「人生の教科書・教材」というのは重要である。今の私には、これが自分にとっての教科書だと決められたものはなく、いろんな経験こそがそれに該当すると思っている部分もあるけれど(だから変化も進化もする)、深い信仰があればあるほど、そういった導きを得ながら柔軟に生かし、さらに貪欲な人にはそれを自分流に解釈しながら、現実社会で生きる糧を得られるのかもしれない。
自分のわずかな経験だけでは、すぐれた英知を得るには足りない。もっともっと多くの教え~安っぽく軽い情報でなく~を見聞しながら、わが道を進めていかねばならない。キリスト教を信じながらも、お寺の住職さんとも懇意にされ、仕事をがんばっておられる方とお会いし、いろんな教えを吸収してきた方こそ、いかに心豊かで知的であり面白いことか・・・と改めて思う。
今さらにして、もっと学び、もっと聞き、生きるということについて、もっと深く知り、より充実した道を歩みたい。
「自然に入ってきました」
ある社長が社員さんを連れて、わざわざ私に会うために上京してくださった。たった2時間の面談、打ち合わせのために二人で新幹線に乗って・・・。なんというありがたいことかと、その時間を絶対無駄にしてはならぬと、せっかくの銀座での待ち合わせということで、こちらもお会いするカフェの選定を一工夫。こんな場所がここにあるのか~。と新しい発見をしていただけたらうれしいと思い、選んだカフェはパッケージ屋さんが始めたという、パリ生まれのおしゃれカフェ。そこにお二人がおいでになる。きょろきょろっと店内を見渡し、メニューをゆっくり見ながら「これは、なんと読むのかな」と楽しそうに、せっかくなのでケーキのショーケースを見てうれしそうに、出てきたティーポットを見て・・・とにかくすべてのモノに反応され、とても幸せにお茶とお菓子を召し上がる。その光景がとてもうれしくて、ああお招きできてよかったと思いながら、話をする。
始めて会った社員さんは、どうやら社長から予習にと渡されたのか、私のCDと本を昨日聴きながら読んでくださったようで、「なんだかとっても自然に入ってきました。気が付いたら涙があふれて・・・」とおっしゃってくださったのがとても印象に残る。そして「最初、本を読みながら音楽を流していたので歌詞は気に留めていなかったのですが、途中で気になる歌詞があり、そのあとから歌詞もしっかり聴き、これも自然に入ってきました・・・」などと感想を述べてくださる。お世辞とか作り話ではない。心からの表現だと、つい、うれしくなる。またこちらが忘れてしまっているような自分が書いた文章の一節を取り出し、「・・・と書いてありましたね。」と会話の中にそのことにも触れていただくと、これまたうれしい。思えばたった1冊の本。たかが2種類のCD。そろそろ色褪せるか・・・と思っていたが、まだまだ初めて出会う方にも、それを話題にしていただける・・・なんて、これ以上幸せなことはない。これからも自然に心に染み入る、表現を磨いていきたい。
お礼のメールに、命がけで自分たちの住む町を作ってくれた人々に感謝し、地元の役に立ちたいとも書かれており、こちらもその思いが自然に入ってくる~雪国発の発信をしたい~熱き思い、まっすぐな志。と、余韻が残る今回の出会いも、またまた愉しくなりそうだ。雪国の人と一緒にはじめるプロジェクト・・・これもまた、良い。雪解け季節だ、どんどんいこう!
記憶力を鍛えないと、退化する!
スマホやタブレットのおかげで、情報をいとも簡単に入手することができるようになり、計算機を使い始め暗算ができなくなった人が増えたように、今は自分で覚えることを外部のツールに依存してしまい、頭の中が空っぽになりつつある・・・そんな時代になってきているようで、とても恐ろしい。確かに便利な点は認める。私も利用する。しかし、それに頼りっぱなしの生活、仕事をしていると、人間は間違いなくこれ以上にアホになると思えてならない。
一生懸命思い出そうとしている横で、検索され「あ、出てきました」なんて言われたら、じゃ相談なんかしなくてもいいじゃんという話にもなる。しかし公開されている情報もどこまでが真実でどこまでが??かも大変疑問である。
いずれにしてももっと頭を鍛えないと生きていけない!自分への警鐘であり、周囲へも同じ思いである。
教養ある人とは、自らのなかにいっぱい引出があり、それを目的に合わせて足したり、ひいたり、ときには賭け合わせながら、独自の見解を導いたりする。ネット上の情報を越えるもの・・。そこを目指す人間にならなくては。考えることをしなくなった人間が増える世の中、本当にこれでいいのかと改めて思う。電車の中は全員下を向き、自分の世界。こんな混んでいる時間は、考える時間にした方がもっとたくさん乗れるのに・・。
ザビエルで観光プロモーション!?!
なんとまあ、絶妙なるタイミングか。今、次なるマイ・プロジェクトとしてフランシスコ・ザビエルの軌跡を追いかけているが、ひょんな出会いから、西日本でにわかにザビエルをテーマにした観光プロモーションが盛り上がりつつあることを知り、潔くイベントに足を運ぶ。最近、ブーム?になりつつある(そうであっていいかどうかは別)世界遺産登録もしかり、さらには関連する行政でアライアンスを組み、共通テーマをもって観光プロモーションを行う事例はよく見聞きするし、自分自身がかかわっている行政も関連都市との協定を結ぶことも決して珍しくないことも知っているが、そのお題が「ザビエル」と聞いて、個人的にはタイミング的にも驚くとともに、関連エリア以外の人々や若い世代にはこれがどう響くのかな?と思った次第。
そんなわけで、そのザビエルを生かした観光プロモーションを推進するイベントに興味深々、連日の出張に続き、大分に初上陸。私のザビエル行脚が長崎からさらにコマが進んだ感じである。このイベントがなかったら、この町には来ることがなかった。ザビエルがここを訪れていなければ、もしかしたら一生来なかったかもしれない。ということで、自分自身がすっかりザビエルに突き動かされ、大分に到着。駅前広場にザビエル本人の銅像と、彼を受け入れた大友宗麟の銅像が向かい合っているさまを見て、時代によって土地により、キリスト教の受け入れは核にも異なるものかをその時代を想像する。ザビエルがこの大分(豊後)を訪れることにより、この地は西洋文化をいち早く取り入れる。西洋式の病院、音楽、学校が日本に初めてできたという点も初めて知る。そしてさらには、ザビエルがもたらしたのは、キリスト教だけでなく、ヒューマニズム。ボランティアという発想と行動。大友氏はこれまでにない、慈悲の心と行動をも社会に広げたという。ハンセン病の治療院を設けたり、葬儀をきちんと行うなど、これまでの日本人の穢発想から考えられないことを実践、そのことが人々の心に深く染み入っていったのかもしれない・・・。
今回のイベントに参加し、ザビエルにかかわる自治体の首長のプレゼンや有識者の話を聞きながら、ザビエルが日本にもたらしたものはやっぱり、キリスト教だけではなかった。改めて確信する。大分でのザビエルに出会い、次は・・・。
私なりのメッセージを必ず発信することを、ザビエルは見てくれていると、またまた妄想する春分の日・・。
20年という歳月。 ニアミス人生に改めて・・
3月20日は例の地下鉄サリン事件が起きた日だ。この日が近づき、あれから20年だと各メディアが報じている。
あの朝を、久しぶりに思い出す。
当時会社員だった私は、毎朝地下鉄東西線から日比谷線を乗り継ぎ、小伝馬町の会社まで通っていた。
また31歳だった当時、早朝出勤に目覚めておらず、満員御礼の通勤ラッシュの中をがんばって通っていた。
が、その当日の朝は、その日に限ってわけあっていつもの日比谷線に乗らず、車で移動、何も知らず会社に無事ついたが、会社では
電車が止まった、遅れた、大変だ~と大騒ぎになっていた。そして一体何が起きたのだ~とみんなパニックに
なっていた・・。「ああ、電車乗ってなくてラッキーだった」とニアミスの朝に不思議な偶然に感謝したものだ。
あれが初めて知った、テロ事件だったのかもしれない。あれから、いろんなテロを体験、そして年々、最近では日々このテロが常態化し、日常化し、恐ろしい世の中になってしまっている・・。
20年経っても忘れることができない。被害を受けた方々やそのご家族にとっては、それにより人生が大きく変わってしまわれたことだろう。他人事とは思えない、もし自分がその身だったら・・と思うとたまらない。
そんなことが最近多すぎる。今週もチュニジアの美術館で・・。ここは大丈夫というところはもう世界中にないのか?
20年経っても人間は根本的に成長していない、進化していない、いや、もしかしたら退化、退廃しているのかもしれない。
理解に苦しむ現実の中で、どう危険を避けて生きていくか・・・むつかしい。いずれにせよ、自分の身は自分で守るしかないが、どこまで守り切れるか・・絶対がない・・ということを知り、覚悟して生きるしかない。
文字化けメールを気持ちで読む。
約1年前の母親の手術後、国内にいる限り毎朝の習慣としている母への朝メール。とくに用事はないし、あれば電話しているが、とにかく「おはようございます」から始まり、今日はどこにいるとか、何するとか他愛ない話題を簡単に記す。母も返事をしなければという気持ちだけはもっているようで、最低限でも「了解しました」という返信(たぶん、1プッシュで変換されるのであろう)は来ることになっている。また最近は時々、読めない漢字の羅列・・に出くわし、一瞬頭が???となることもある。たとえば、「来週野毛強火」とあるが、これは「来週の木曜日」を指しているのだろうと推察する。この推理ゲームが結構楽しい。いちいち、間違っているよという野暮なことはせず、これは何なんだ~と想像するひとときもコミュニケーションだ。
気持ちで読むということも大切。なんでもいいから返してくれるのは、元気のしるし。
いつまで続くかこの朝メール。本ブログと同じく、まだまだ続ける、まだまだ生きて。の思いを込めて。