曜日感覚が変わる生活。

学校に通っているときは。日曜は休みはもちろんであるが、
毎日の時間割が決まっていた。
今から思えば、かなり規則正しい生活だった。
会社員時代、残業は多かったが、途中から週休二日になった。
その昔は、土曜もふつうに出勤していたのに、今から思えば
昔の日本人の方が、よく働いていたように思う。
いずれにせよ、日曜はお休み。
宗教上でも、日曜は安息日で、教会に行く日となっている。
世界中、日曜はお休み。
しかし、そんな日でも人々の生活を支える仕事をしている人は
働いている。
クリスマスであろうが、元旦であろうが、多くの人々が生活できるように
支える仕事。
たとえばインフラに関する仕事、公共交通に関わる仕事。
医療の現場。そしてサービス業もそうだ。
日曜が休みというのは一般的にはそうであるが、世の中、実は
そうでない。そうではない人が多い。
ましてや、プレミアムフライデーなど、無関係の世界にいる人も
多いのだ・

私の仕事は約20年、24時間365日対応を基本にやっている。
だが、世間が休めば連絡は少ないので、ゆったり考えたり
書き物ができる。
だから、日曜はよく仕事がはかどる。

そして、この半年は、家族も日曜休みではなくなり、
不規則な生活が当たり前となってきて、
生活のリズムが変わってきている。
1日の時間帯も不規則だ。2時起き、3時起き、4時起きの
繰り返し。もともと朝型でよかったと思う。

カレンダーは7日ごとに組まれているが、
1週間単位の暮らしでないので、カレンダーの
見方も変わってきた。
「今日は何曜日?」自分で意識しないと間違えそうになる。

一方、日曜よりも、平日にゆっくりするというのは
なかなか快適。
混まない時期に、ゆったり過ごせるのは贅沢な選択。
そして、世間の普段の生活が見えるのも興味深い。

人生、曜日感覚が変わるのも、なかなか面白い。
暮らしはいろんな切り口で、新鮮になる。

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公式サイトに、ライブレポート公開しました

9月17日開催の長崎、10月26日開催の岐阜のライブのレポートを
グラン・ルーの公式サイトに公開しました。
長崎ライブ版では、旧出津救助院ド・ロさまオルガンの演奏音もお聴きいただけます。

ライブレポート長崎・岐阜

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「泣いて、笑って」いい人生。

父親の81歳の誕生日。家族全員そろい、食事をする。
プレゼントは、好きな麦焼酎。いつも一番有名な「I」しか
飲んでいないので、ちがうもの、できれば面白いネーミングのものを
探す。
すると、「泣いて、笑って」という銘柄品をみつけ、即決。

まさに、父の人生だと思ったのだ。

そして、それを渡す。
「人生は、泣いて、笑ってが一番だね」と言いながら・・。
それから、約1時間半ほど、たわいない会話で、家族での
食事を楽しむ。

帰り際、
「まだまだこれから。元気にがんばらなあかんよ。
私はお父さん、大好きだからね」
と背中から父に声をかける。すると
「そんなこと、いってくれるな」
と言いながら、泣き始めた。
それを見て家族全員が笑った。
「また、泣いとる。何があった」
そう、最近、父は涙もろいのだ。

悲しい涙は流させたくないが、
うれし涙なら、いくらでも・・と思う。

泣いて笑って・・・は健康の証し。
どうか、このまま元気にがんばってほしい。

そして、最後は笑って。。。がいい。

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いのちある限り、弾き続けたい。

演奏当日はかなりの集中力のおかげで、心配した手の痛みもないまま
ピアノの上を指たちが動いてくれる。
調子にのった。練習のときより、楽に指が開くのでオクターブで
強いタッチでタンゴを弾き続けた。
昼の部が終わり、お客様が帰ったあと、右手首に激痛が走った。
「あ、やりすぎた・・」痛みがおさまらないまま、夜の部へ。
選曲を見直し、激しい曲を避け、楽に弾けるものを優先して
夜の部に・・。
本番のときは痛くならない。いかにうまく弾き終えるかだけを
考えて、丁寧に演奏を続ける。
調子にのらない。ノリをおさえる。
最後まで慎重に。その意識が相乗効果を発揮、ライブ自体は
無事に盛況にて終了。
本番が終わって再び、手首に激痛が戻る。
やっぱりあかんわ・・。
なんとか後片付けを終わらせ、帰路に着く。
その後、しばらく手を休ませなければと思っていたところ
知人より心配の連絡をいただく。
そして、あるピアニストは右手を失ったあと、左手だけで
演奏している。だから、片手で弾くということも考えては
どうか?
との助言もありがたく頂戴する。
片手で弾く。そう、片手しかなくなったら、そうするだろう。
弾くことはやめることをしないだろう。
でも、今はおかげさまで、両手がある。左右使える。
だから、ついつい多少の痛みがあっても、やるときは
やってしまうのだ。
手がある限り、弾き続けたいのだ。
ステージで涼しい顔をして演奏している演奏家も、
競技場できりっとした顔をして勝負しているアスリートも
その前後には、かなりの苦痛と闘っていることも多い
ことと思う。
足がある限り、歩き、走る、手がある限り、指がある限り
弾き続ける。
でも、それを長く続けたいのであれば、決して無理をしては
いけない。
知人の助言はそこを思ってのお言葉だろう。
80歳まで、もし生きてしまうならば、そのときもすらすらと
できればベートーベンやショパンを弾きたいのだから。
さて、少し手を休める日になるようにつとめよう。

そう、いのちある限り。弾き続けたいのだ。

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本日「愛の元気人」10月分オンエアです。

今回の「にいがた元気人」ゲストは
モスバーガー新津店オーナーの神林明浩さん、カフェピコット代表の小松知栄さんです。
ただいま新潟県のモスバーガー全店で、昨年秋に引き続き、「モスごと」美術館を好評開催中。
おかしなカフェ「ピコット」は、明日10月29日開店予定です。
心あたたまる素敵なトークをお楽しみください。
(本日10月28日18時~19時 FM KENTO

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「マーサを描きました!?」

ありがたい。本当にいろんなお客様がおいでになる。いろんな形で、さまざまな応援を
してくださる。
このたび、
岐阜でのライブ開催前に、あるレディが大きな紙袋をもって目の前に現れる。
「これさあ~。ちょっともらってくれる?」
とそう言われたように聞こえたが、いつもお会いするときより、ちょっと声が小さい。
ちょっと恥ずかしそうというか、テレておられるように見えるというか・・。
なんだろ?と思って、その紙袋の中を開けてみる。すると、
なんとまあ、紫とオレンジの色がアクセントになっているイラストだ。
しかもモデルは、「マーサのピアノを弾いているところ」。

なんでも今回のライブのチラシの右上の写真を見て、チョークで描いてくださったとのこと。
今年のチラシは珍しく写真以外に左に絵があったので、それもきっかけになったのかも
しれないが、とにかく一生懸命描いてくださった。
私のイメージカラーをよく熟知されている。そう思うだけでうれしくなるし
なんとも雰囲気が良い。
ご本人は「はじめてかいたんで、下手でごめんね~」と、
かなり謙遜されていたが、私をモデルにして描いてくださることに
感激した。その気持ちに感動し、思わぬプレゼントを受け取り、
本番ではこの絵をピアノの前に飾って演奏した。
もう1枚のモンマルトルの肖像画を用意していたが、その前に「新作マーサ」が鎮座した。

サプライズを考えることは好きだが、自分自身が、時々、サプライズをいただく。
しても、されてもうれしいのがサプライズギフトだ。
とにかく、自分のことをみつめ、想い、表現してくださるその人生の貴重な時間に
敬意を表し、感謝したい。
多くの愛に、応援に包まれて、本当に幸せな「芸術の秋」だ。

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心をこめて「ひょうしょうじょう!」

毎年お世話になってきた、岐阜県各務原市にある、「みなも」さんでの、ふるさとライブ。
今年も無事開催となった。
幼少のころからお世話になった地元の皆様に応援いただき、毎年開催し、今年で9回目の
開催となった。
年々、ここでも高齢化の影響もあり、毎年ひとり、ふたり・・・常連さんたちが姿を消す。
その面影を思い出しながら、感謝の気持ちを込めてしっかり演奏する。
今後のことはどうなるかわからない、来年もできるかどうかわからない。
こうしてここまでやってきた。

おかげさまでわが両親は今なお、元気だ。
このライブは毎年父の誕生日の前に開催するのが、いつしか習わしになっている、
今年は、普段目立たない、いつも皆の黒子であった父に敬意を表して、このライブと明後日の
誕生日に間に合うように、オリジナルの感謝状を用意し、ライブの最後に表彰式を行った。
全くの身内ネタでお客様には申し訳ないが、ご近所さんのおかげで父たちが元気でいられる。
そんな皆さんにも見守っていただきたかったのだ。
我ながら、今回の企画はなかなか良い。初めて作った表彰状もなかなかだ。新潟に住む
書家の仲間に手伝っていただいた。
父へのサプライズ。その反応は・・・。
いろんな黒子で来た父に、スポットを当てる。感謝を表す。それがこれからますます
大切になると思う。いい人生と思える瞬間を作る、良き思いでを一緒につくる。それが
家族の役割だと思うから・・・。

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いつも最終回のつもりで。

まだ次がある。と思うのと、今回で最後だと思うのとでは
その取組において、大きな意識の違いがある。

最近、いつでもある、いつでもできる。とは思えないことが多い。
周囲の高齢化、自らの環境の変化・・・いろんな要因から
時代はどんどん進んでおり、自分や自分の周囲だけが
同じところに立ちどまっているわけにはいかないのだ。
いつか、別れる。いつか終わる。
人生自体がそうである以上、それまでのさまざまなプロセス、
さまざまな活動ひとつひとつも、はじまりがあれば終わりがある。

そういった気持ちで、
いつも最終回と思って取り組むようにしようと
心に決めている。

最終回とは、もうこれで終わり。
集大成。
自分も悔いのないように、そしてお客様にも
心から満足いただけるように。

毎日が最終回。
とう意識するだけで、人生を大切に生きられるのではないか。
最終回の次は、アンコールだ。
それを求められるようにがんばるのが良い。

さあ、みなもさんでのふるさとライブ~「ロマンチック エヌ」
がはじまる。

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得る情報をよく選び、常に「考える人」であること。

選挙後の報道含め、日本のニュースからしばらく離れようと
思った。
どうしても、その裏を読んでしまい、見ていて疲れ、不快になり、
素直に「へえ、そうなんだ~」という気持ちになれないからだ。

見るなら世界各国のニュース。それぞれの出来事を俯瞰して観る方が
世界の勉強になる。
また
映画や旅番組、それに喜劇、落語。これらは
心の栄養になるから、ときには良し。

そして前にも書いたがクラシック音楽。

そして、時に無音の時間をもつ。

など、必要に応じて、自分に合う、自分が求める情報だけを選び取り、
一方、自分の目標に向かってそのための勉強をすることにする。

何も考えない人になってはいけない。
考える人であり続けよう。
流されない、自分らしい自分のままで生き抜くことが
大切だ。

なぜか、最近、以前に増してより強く思うのだ。

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選挙から学ぶコミュニケーション

今回の選挙は、その結果についての意見・見解は別として、
コミュニケーションについて、大変勉強になることが多かった。

その政党のキャッチフレーズの作り方、響き方。
やらなくてもいい予想情報の垂れ流し操作による、アナウンス効果。
メディアに取り上げられるところだけを作り込んでいる演出戦術。
直前のテレビ広告に、当日朝の新聞広告というメディアミックス型の刷り込み。

もともと選挙自体しなくてもいいのに、多額の税金を使いこんで
実行されたキャンペーン。まさにキャンペーンだ。
いいところづくめに見える、作りごとキャンペーン。

一方、あまりにヒートアップしてか、いつのまにか
上り詰めてしまって、発する言葉が驕りに満ちていると
評され、
何様?と人々の信頼を一気になくすという人もいた。
そしてこれもこの現象を大きく取り上げることで
失速感をより強く伝え、これは負のアナウンス効果。
結果も振るわなかった。

そんななか、とにかく真面目に、地道に、切々と
自分たちの考えをしっかり伝えている人たち。
この誠実さに共感を感じ。またブレナイ姿勢に共鳴し
応援した人も多かった。

すべて言葉での勝負だ。
最後、人の心に残るのは、直接発した言葉だ。
つくられたキャッチでは、人はそれ自体には
感動しづらい。
その人が心から発する言葉で、この人はどうなのか?
と判断するのだ。

「ことば」が仕事なのは、政治家だけではないが、
想いや考えを伝えるのは言葉しかなく、そこでの判断が
実は大切なのだ。
本当は顔も大切であるが、今回は、まず「一言」の重さを考えておきたい。
一言の重さ、それが一票につながる。

コミュニケーション。
できれば、地道に生の声で伝えるストレートな手法が
私は好きだ。
誰かが
「〇〇を落としたいなら、フェイクニュース作って流せば?」
最近だと、そんなことも言う人がいそうだが、
その手法は好きではない。
いつでも正々堂々、そして謙虚がいい。

結果は別として、このプロセスにおいて、
以下に群衆心理は作られるか、について
それとコミュニケーションの関係について
よく学ばせていただいた。
が、あまりにもったいないので、もう結構だけれど・・。

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