羽生さんにエール!

将棋の世界とは、なんと厳しいのだろう。素人ゆえ、その仕組みをよく知らないが、三十年近く保有していたタイトルが一戦で消えてしまうことがあるのだ。私はあの静かな面持ちの知的な羽生さんに長く好感を寄せている。プロの将棋に注目が高まったのは、イメージを変えてくれたのは羽生さんの存在あってのことだと思う。

無冠になる恐怖はどんなだったろう。人間マイナスイメージを持っては負ける。

とにかく勝つと念じ進むしかない。

今回の戦い、結果はあくまでもプロセスだ。

この経験が新たな挑戦に向かうエネルギーになると信じている。

人生は正にジェットコースターのようなもの。

どうかこれからも自身の夢に向かって進んでいただきたい。

謙虚で賢明なる羽生さを熱いまなざしで見守る人は多いことだろう。

負けるが勝ち!と後で思えるように。努力していればそんな日は必ず来る。


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2019マーサカレンダープレゼントします!先着5名様

ブログをお読みいただいている方へのクリスマスプレゼントです。
12月24日投稿分でご紹介したカレンダーを特別にご希望の方に無料で差し上げます。
先着5名様、なくなり次第終了です。ご希望の方は
info@grnr.mahsa.jp
へのご連絡お待ちしております。(但しお届けは、年明けになります)
1年間、人生は観覧車のように・・楽しく元気にお過ごしいただくためのお守り?おとも?です。

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世界で唯一のXmas Present!

うれしいクリスマスギフトが届いた。
20年以上お世話になっているデザイナーのMEGUMIさんからの
贈りもの。
世界にひとつの、マーサオリジナルカレンダー。
何年か前から、何度か送ってくださっている。
私がその年に撮影した写真や、活動した様子がわかる写真を入れて
MEGUMIさんセレクトの素敵なカレンダー。
世にカレンダーを買う人は多いけれど、自分オリジナルのカレンダーは
買えるものではないので、特別だ。

とくに今年は、グラン・ルーが20周年ということで、この間に撮った
さまざまな写真を選んでくださった。
モノクロ、セピアあり・・。ああ、10年前、15年前、20年前・・・
そうそう、エッフェル塔やわがグラン・ルーのモデルである
パリの観覧車を下から撮った写真はとても懐かしく、また私の好きな
トリミングで、みごと素敵なマーサワールドができあがっている。
あああんな活動をしたなと懐かしく思いながら・・・
2019年も夢を忘れず元気に生きていこうと思えてくる。
ラジオ番組終了の記念も込めて1月は収録のときの写真だそうだ。
本当に大切な人と、このカレンダーで新たな1年を重ねていきたい・・。
早速、病気と闘う知人に1冊送る。元気に年越ししてくれることを願って・・。

世界にひとつのプレゼント。これほどうれしいものはない。
MEGUMIさんへの感謝とともに、クリスマスを笑顔で過ごしたい。


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少女からのクリスマスギフト

お子様向けのイベントは、大人向けのイベントよりも、何倍も何十倍も緊張する。子どもは正直で、我慢してくれないし、わかろうとしてくれないし、すぐ
表情に出る。泣き出すかもしれない、帰りだすかもしれない。
と、この仕事は本当にありがたい修行。
いかにお子様に飽きないで、できればノリノリで最後までおつきあいいただくか、欲を言えば、また来てもらうか、覚えてもらえるか・・。
ま、お子様が無理でも親御さんにご理解いただきたい・・・。
そんないろんな思いを胸に、今月もお子様向けライブ。
今回はクリスマスをテーマに、演奏、クイズ、ゲームなども盛り込む。
毎回オリジナルネタを心がける。

今回は私と同じ12月生まれのお子様が集まってくれているせいで、こちらが勝手に親近感をもっているからかも知れないが、本当にいいお客さんが多く、最後までこちらも予定どおりのパフォーマンスに集中できた。
やれやれ、終わった・・。
お帰りのときは、ひとりひとりにできる限り声をかけるようにする。
ある少女が、私のところに駆け寄ってきてくれた。

「あの、うた、上手」
と恥ずかしそうに言ってくれた。
「ほんとう?うれしいなあ。ありがとう」
その子と握手して、
「また、来てね」
とお別れする。
このひとことで、これまでのいろんな苦労や悩み、迷いがふっとんだ。
聴いてくれているのだ。
大人に、感想を言いに来てくれるとは、よっぽどのことではないかと
勝手に喜び直す。
この一言があれば、なんでもできる。まだまだできる。
どんなにしんどくても、理解者が応援者がいてくれると
力が湧き、自信ももてるのだ。

お子様に感動を与える仕事。これは大いにやりがいがある。

ありがとう!12月生まれの少女に感謝を込めて
最高のクリスマスプレゼントをもらった!



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つぶやき?今や速報メディア

あらゆる常識を変える。といえば、とても聴こえがいいが、これは常識、良識を壊すという世界。

東隣の大国の大統領の行動、言動にはこんなに遠くで、間接的に観察しているだけでも、ハラハラする。次は何を言い出すか、しでかすか。

いろんな世界の秩序を当たり前のことのように、ブルトーザのように壊していくようにも見える。

以前、西側お隣の大国では、これをやる!と政府が決めたら、いやおうなしにそうなることに驚いた。そこに民意などない。ここに道を作ると決めれば、まもなくそこにあった家はブルトーザで壊されて、平地になっていく。強力な国家権力。その強引さと、冒頭の東隣国のトップの強引さは、実はとても似ていると感じる。

この国たちに挟まれた小国。せめて島国でよかったと思わざるを得ないが、緊張感が高まり続ける今日この頃。

大切なメッセージが、まずはツィッタ―で発信される。主要メディアであったはずのテレビは今やそれに続く、セカンドメディアに成り下がっている。「トランプ大統領がマティス国防長官が退任すると、ツィッタ―で発表しました」とテレビのニュースがそれらしく話しているのを聞くたびに、SNSからニュースネタが、しかも もともとつぶやきのメディアであったツィッタ―がもっとも有力なメディアになってしまっていることに対して違和感が消えない。

もっとも良識ある他国のリーダーからは、まだそういった情報発信はない。

その反面、プーチンのメディア戦略はもっと立体的で、計画的で賢さを感じる。年末恒例の記者発表会を見ていて、プーチンは従来メディアとの関係をしっかり作っていこうとしている姿勢が見えた。その模様をニュースで世界に発信していることにより、より効果的な影響の広がりを意図していることを想像する。

メディアにはメディアの特性がある。誰が何を誰に伝えたいのか。。。についてきちんと考えなおした場合、易き方向に流れていくことには気を付けた方がいい。

簡単に発信できるイコール簡単に取り消せる。では困る。

発信の重さ、責任と影響を改めて、身を以て。

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シューベルトがわかるお年頃?

朝は決まって5時からの1時間はクラシックを耳に入れながら、仕事をする。仕事の手を止めてしまうほどインパクトがある音は朝にはふさわしくない。透明感のある、光がやさしく心に入ってきそうなそんな音色。高さは、人の声でいくと、ソプラノではなく、できれば男性の声が朝に似合う。甲高い声よりも、目の位置より下に響いてくる方が音がカラダにスーッと入ってきて心も頭も開かれていく感じがする。もちろん個人的な感覚であるが。

シューベルトの作品を生で聴いたのは、もう何十年も前であり、若すぎる時代にリサイタルホールで聴いたその楽曲は、当時の自分には地味すぎて、感動しない世界・・・。眠くなった。暗い会場でプログラムの解説を読みながら聴くのはちょっとしんどくて、結局何を歌っているのかわからず、声の迫力とか見栄えでしかその演奏家を判断できなかった。

最近は朝、テレビでその演奏を聴くと、字幕で歌詞もついてくる。歌手がこんな顔をして歌っているのは、ああこういう内容なんだと理解が深まると、その良さもわかってくる。

そんななか、ドイツの歌手がシューベルトとシューマンの歌曲を歌っているのを聴いた。ああ、なんという繊細な男心を描いた曲なのだろう。その歌詞を大切に歌うその歌手の表情にも知らぬ間に引き込まれていく。

インパクト、重厚感ではベートーベンやブラームスなどがロマン派の音楽家として不動の存在であるが、朝には交響曲より歌曲やピアノソロが良かったりする。

この季節は、とくにシューベルトの「冬の旅」がいい。200年以上前の世界を想像しながら、静かに朝のひとときを過ごすのは、とても良い。なぜか仕事と両立できるのも不思議だ。

シューベルト、シューマン・・・。もっと彼らの作品をよく知りたいと思えてきた。これは、男心がわかってきたという証しかもしれない・・。

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後世に残す仕事

最近出会ったある人の言葉。「代理店の仕事って、何のために・・・が結局は、得意先のためしか・・ないんすよね」・・・。広告代理店も、旅行代理店もそうかもしれない。代理業という仕事が個のこのネット社会で変化してきたという一面もあるだろう。ずっとその世界にいると、自分の仕事は後世に残るかといった問に対し、何か作品で賞をとるとかでもない限り、なかなか残りづらいかもしれない。そして今は、直接クライアントが自分でできてしまう時代、代理店の存在意義はますます難しくなってきているかもしれない。

ある方は、その業界を抜け出て、自分が伝えたいものをカタチにする仕事、さらには、自分が伝えたいメッセージを後世に残す仕事がしたいと独立。今はとある歴史上の人物~誰も目を向けなかった人、継続して研究している学者もいない~の研究から、歴史小説を書き続けているとのこと。人は何でもって、自分の存在をこの世に残すことができるのか。多くは子孫を残して・・というケース。しかし、人間はそのためだけの存在ではない。考え方や作品を通じ、後世の人に役立つメッセージを残すこともできる。その方は歴史小説をもってということだ。私にはその才能はまるでないけれども、後世に大切と思うメッセージを残すことは大変大切だ。

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勘、ピン!即!

人間には不思議な能力がある。勘という第六感が働くのだ。これは科学的にどう解明できるのかできないのかわからないが、五感という現実の感覚ではなく、見えない予知能力というか、もっと動物的な本能的なものかもしれないが、とにかく生きていると「ピンとくる」という瞬間がある。

これは子供の頃よりも、大人になってきてから発揮される能力なのかわからないが、経験知から見える未来のようなものだとすると、一定の経験を積んでこその「勘」ということになる。

最近、いろいろ情報を集めていて、岐阜弁の方言かるたがあると知り、いたく感動。こういうものを企画する人がおられるんだな~。その発想も情熱も行動力も素晴らしいと勝手に感動。そのあと、このカルタを使ったイベントを考えた。岐阜で行うお子様イベントならば、とくに新年イベントならば、やらない手はない。

そう思い立ち、監修された方言の専門家である大学の先生にアプローチ、さらにその企画を商品化された企画会社の社長さんにもアプローチ。

「この人に会いに行こう!」と思うときには、何かその目先の目的以上の何かを感じているのだ。出会いから始まる新しい世界への期待などなど・・。

そして、実際お会いしてみると、その商品自体だけではなく、その背景やもっといえばその人のことが色々見えてきて、その生き方に感動が広がったりする。

とにかく、「あ!」とひらめく瞬間、ピンときたら、即行動するに限る。

この勘の働きは、素敵な出会いを与えてくれることが多い。大切に、大切に。厚かましくもあるが、時には必要。

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同じ「あい」なら、、、。

マーケティングとは何か?について、30余年、気が付けば自分が関わる仕事で、関係で模索し続けてきた。当時は、マーケティングコミュニケーションという観点で。企業とお客様が、社会全体がうまくつながる関係づくりについて考え、その手法や表現を企画提案してきた。思えば、今よりつながることが難しい時代だったかもしれないが、つながった時の喜びは大きく、手ごたえもあったかもしれない。

そんな時代からお世話になってきたあるお方。長き歳月を越え、それぞれの役割が変化していっても、今なお、仕事について、人生について忌憚なき意見交換をさせてもらえる。心の底から自分の考えを伝えることができる人は、そんなに多くないけれどその方とは、根本の価値観が合うせいか、ずっとおつきあいいただいている。

久しぶりにお会いし、今お互いが関わる企業との会話のなかで、一番大切にしていることとは何か?の議論になった。

その答えは、「愛」。

ビジネスに愛?と首をかしげる人もいるかもしれないが、私にとっては愛はビジネスでも不可欠、最重要の要件だと思っている。もちろん生きることが仕事と思っているため、自然とつながるのであるが、仕事をうまくやるには、愛がなければ成り立たない。無意識に進んできたが、今ふりかえれば、そうなのだ。

ビジネスにおける愛とは、相手の立場に立つということ。自分の利益より、まず人のために役に立つように考え、動くこと。このことを愚直にやり続ければ、やっていれば道はおのずと開けるのだ。また、道を開こうとするのが先ではなく、まずはお役にたつこと。

愛のマーケティングは、まず相手の立場にたって考え、自分ができることを行動する。そこからだ。

どんなことがあっても、ロボットに面倒を見てもらいたくない。

人がすることには愛があるはず。だから、人にこだわりたいし、人に向けた発信をしていきたい。こんな話ができる相手がいることを、誇りに思う。

同じ「あい」なら、「AI」でなく「ええ愛」がいい。

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誕生月に自分の存在意義を問う

自分がこの世に生まれ、55年の歳月が経つ。あっという間ということもできるが、いやいやとても長い時間だとも思う。もうこの半分も生きなくていいと、思う今日この頃。でも、死ぬまで生きるしかない。人生とはそういうものだ。生きなければならないならば、どうせ生きるならば、人まねでなく、自分流でと思って歩んできた。この生き方がこれでいいのかどうかの自己診断、自己チェック。誕生月にはそんなことも意識したい。自分は何のために生きているのか。生きていることで何か人の役に立っているのか?そう、自分の存在意義を確認したいのだ。意義なき人生は、時間やさまざまな資源の浪費だと思う。存在が意義あるものになるために、そのゴールに向かって研鑽する。結果、目標どおりいけなくてもその努力するプロセスこそが美しく、意義があるのだと思う。人生は毎日がプロセスであり、生きた足跡を残し続ける。まだまだぬるい、まだまだなわが道。この節目に、もっと自分の存在意義を高めることに思いを馳せたい。12月生まれでよかった。年末という節目でもあり、見つめ直すのに良い機会だ。

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