空で踊る、応援団。

立ってピアノを弾き、歌い出す。
オリジナル曲になると、なぜか自分の頭の上に踊る人たちの存在を
感じる。これはあくまでも私の妄想であるが、でもその像がくっきり浮かぶ。

何人かが、輪になって、私の歌にあわせて、笑顔で踊っている。
まさに観覧車のようにくるくるとみんな、回っている。

その輪になっているのは、もう会えない友人・知人たちだ。
彼たちは生前知り合いではないはずであるが、今は私の頭上で
手を繋いでいる。みんな友達になっているのだ。

作家のあの人も、俳人だったその人も、アーチストの彼女も
そして昨年末、今年初めに亡くなった人たちも・・。
皆、私の歌にあわせて踊っている。
「ほら、がんばって~♪応援していますよ~」
といっているようだ。

ここ何年か、演奏中に、このような絵が浮かぶことが増えている。
悲しいのは、毎年そこに加わる人が、ひとりふたり・・・増えていること。
なんだか、これこそ、曲になりそうだ。

彼ら彼女らは、間違いなく私を応援してくれている。空の上から・・。

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生きた経験こそが、表現の素材。

文章や曲作り、話がうまかったとしても、そこにネタがなければ、何もはじまらない。
表現のネタとは、自分が積み上げてきた経験のこと。

人との出会い、別れ。さまざまな土地への旅。遠くか近くかは関係なく、そこで自分がとった行動やそこで得た化学反応・・・。すべてがネタなのだ。

何も経験していないならば、何も発信することはできない。

楽しい経験だけでなく、ショックを受けたことや悲しい経験も、すべてあとになればネタになる。

ネタを心の引き出しにどんどんしまっておく。

豊富なネタづくりは行動力に匹敵する。
その上で、イマジネーションも加われば、自分らしい
最高の作品を生み出すことができる。

と思うから、今日の新たな出会い、今日しかできない経験を
大切に重ねたい。

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悔しいと思うのは、若き証拠?

50代になっても、未だに悔しいという気持ちが時々沸くという
自分に驚くことがある。
たとえば、テレビで歌を歌っている自分より若い女性。
ましてやアイドルではなく、共感をもてる曲を自分で創り、歌っている
いい感じの歌手を発見したとき、ああ悔しいと思うのである。
若い人がこんなにがんばっているのに、わが身は!という感じだ。

日経新聞などでキャリア女性の記事をみつけても、そこにはそういう
感情は沸かない。
多分、そこらはすでに自分の関心領域でもなく、関係ないと思って
いるのだろう。

中村紘子さんがあでやかにショパンを弾いている映像を見ても
これまた悔しいと思ってしまう。

そうなるかどうかは別として、自分が何か全力を出し切り、
挑戦をしきっていないことが、悔しいという感情になるのだと
想う。

人はいくつまで、悔しいと思うのだろう。
年寄りになるにつれ、諦めがつくのか?
個人差はあるのかな。
悔し涙は何歳まで出るのかな?

少なくとも、今の自分はまだ悔しさをもつことがある。
だから、がんばろうと思う。

もしかしたら、悔しさは青春の象徴か?
もしかしたら、悔しさは夢の裏返しか?

どこかズレているかも、人様からすれば随分と愚かなる
わが青春・・は、まだ終わっていないようだ。

まだまだいける、挑戦を続けよう。

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人生の最期にお詫びかお礼か。

大好きで尊敬する画家のひとり、藤田嗣治の生誕130周年ということで、各地で展覧会が開催されている。そのひとつが府中市で始まったと知り、初訪問も兼ね市立美術館に足を運ぶ。これまで断片的に見てきた藤田の作品が、生まれてからランスで亡くなるまでの人生を時系列にまとめ、その時代時代の作品を展示してあり、
大変わかりやすく、展示自体にも、もちろん藤田の人生そのものにも深く感動した。

その中でも、一番感動したのは、やはり戦後、かつて活躍したフランスへ逃げかえるかのように移り住み、そこで永住をしてからの作品。
戦争画でも有名な藤田は、戦争プロパガンダとしての作品づくりをしながら、私的には心の平安を描く作品づくりを求めた。この矛盾した時期は相当に苦しかったと
推察する。戦後、藤田は「絵描きは絵だけをかいてください」というメッセージを残したという。アーチストは政治や思想に巻き込まれるなということであろう。

そして、晩年、藤田は80年の人生の懺悔、お詫びのために、洗礼を受け、その後は神のために生きたのだという。
戦争で傷つき、死にゆく人を眼前にしながらも、手助けすることなく、筆をとっていたのかもしれない。そのことがあとになって後悔の念として現れたのかも・・。あの激しく緻密な戦争画をみるとそう思えてならない。

この展示会を見た前夜、
偶然にも、最近亡くなった写真家の晩年のドキュメンタリーを見た。
その方は原爆の被爆者の傷跡や暮らしを執拗に撮り続けた。
それは反戦のメッセージを伝えるための撮影であったが、被写体となる人々に苦痛を与え続けていた。
写真家はそのこともわかって撮影していた。

そして、彼は亡くなる前にベッドの上で
「人を苦しめたから、自分も苦しんで死ななきゃあかん」
と言った。その言葉が印象的であった。

天命、天職。いろんな仕事がある。
ときには人を苦しめながら、意と反することをしなければ
ならない局面もある。
そのことを自分の内面にずっと貯めながら、人は生きていくのかも
しれない。

そして、最後に
お詫びとして、反省として、何か純粋な選択をしたり、
痛みに耐えて、死にゆくのかもしれない。

さて、振り返ればお詫びしたいこと、しなければならないことがある。
生きていき続ければ、もっとそんなことが増えていくのかも
しれないが、できる限りそうならなくて良い道を
選び、生きていきたい。

お詫びよりは、感謝しながら人生を終えられるように。
難しいことのようにも思える。

この二人のアーチストの仕事ざまを見て、改めて
生み出すことは苦悩なのだと・・。
凡人には及ばない道だ。

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「たまごが中に入るようにね。」

この言葉は、子供のころ、ピアノの先生から教えられたピアノを弾くときの
手の形だ。手のひらのなかに、あたかも「たまご」が中に入るように、丸く
して鍵盤に向かいなさい。という意味だったと記憶する。
なぜか、そのことはピアノを離れていた時代を経た今も、よく覚えており
ピアノを弾くときはそのことを意識するようにしている。

先日亡くなられたピアニストの中村紘子さん。生前のドキュメンタリーで
その手の形のことが出てきて、釘付けになった。
少女時代から天才ピアニストだった中村さん、ジュリアード音楽院で
そこの先生に、手の形を厳しく指導され、スランプになった時期があった
そうだ。
そのアメリカでの教えを乞うまでの弾き方は、ぺしゃんこに指を倒して
弾いていた。ジュリアードでそれでは、いい音が出ない、まるい手に
して弾きなさいと言われ、ずいぶんとそれまでの奏法に自信をもって
いたのでショックを受け、直すのが大変だった・・という話。
そう、おそらくその丸みを帯びた手とは、たまごが中に入るように・・
という話に近いのだと推察する。

ぺシャンとした手の形だと、強い音になる。よく言えばストレートに響く。
でも、丸い形は、伝わり方が違う。もちろん強い音も出せる。
手の形ひとつで、伝えたい音が変わる。

このことは、今、コミュニケーションの勉強・仕事をする現場でも
大変役に立つ。
どんな言葉で、どんな音で、どんな色で伝えたいか・・。
音楽家の場合は、技術だけでなく、音色が大切だ。

技術はもうかなり低空飛行の私であるが、音色は意識していきたい。

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あと何回。だからこの1回を大切に。

とくに年上の方との再会、遠方の方との再会。
長くつきあってきた人になればなるほど、身近な存在になり
この人は自分の一生とともにずっといる人と思いがちであるが、
それは間違い。
身近に思う人ほど、ある日突然旅立ってしまうこともある。

ある方が、
「この年になるとあと何回食事できるかと思うから、食事は
大切にしたいんだよね。」と1回1回の食事を大切にされたいと
言われたことをずっと覚えている。

大切な人たちと、あと何回会えるか、一緒に食べられるかは
わからない。
だからいつでも会えると後回しになりがちな身近な人との時間こそ
大切にしたい。

あと何回。あと何食?
もちろん回数ではないから、1回1食を大切にするということだ。

そして1回も、無駄のない、会ってよかったとお互いに思える
時間にしたい。

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歌は、人生の生き映し。

ライブが近づき、カバー曲の選定に、カラオケも利用する。
一人でも良いが、歌の好きな方との再会・交流として
おつきあいいただくこともたまにある。

今回、長崎出身、新潟在住の方におつきあい願う。
彼女も、歌が好きだ。
ほぼ同年代ということで、昭和のあの頃が懐かしいね。
という点でも、お互いいずれの曲も違和感なく、自然に
共感しながら聴き合うことができる。

彼女は仲間と時々ライブもされているようだ。ギターと歌。
フォークの世界は今も同世代の人に歌い継がれている。

今回、彼女は中島みゆきや、加藤登紀子や、またはカーペンターズや
松田聖子や・・・私がうたわないようなキュートな選曲も交え
歌ってくれる。

私ははじめて生で聴く、彼女の声、歌を聴いて、
彼女の人生を想像した。
いろんなご苦労、涙も悔しさも・・歌が支えてくれたのかも。
そして彼女は書家でもあるため、さすが、言葉を大切に歌う。

ぐっと泣きたくなるという瞬発的な感動ではなく、
あなたの人生、わかりました。みえました。
とじわじわ思えてくる、静かな感動に包まれ、
がんばってますね。がんばってきましたね。
と言葉もなく、心の手拍子を送りたくなった。

私の歌は、どうもカラオケ向けではないので
ご迷惑だったかもしれないが、
いい勉強をさせていただいた。

歌はその人の人生を映し出す。
どんな道をきたのか・・。なぜか透けてみえてくる。
歌う曲で人生を確認し、来た道をふりかえり、懐かしむ
ことができるから。

だから、人は歌が好きなのだと思う。

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土地勘がない・・はもう通じない?

初めていく場所はいつも緊張する。どんなところなのかの具体的な映像が頭のなかになく、
そこにいくまでもどうやっていくのは?は地図や時刻表とあとは経験を頼ってということが
以前の常識であった。
今は、ナビゲ~ションツールが人々をどんな場所にでも連れていってくれる。
GPS機能の発達は、人間の行動の効率性を上げてくれたが、同時に苦労してたどりつく
学習能力を低下されているのかも・・とも思う今日この頃。

私は初めていく場所にはできる限り、地図を見ながら、五感を働かせながら
自力でたどりつきたいと思う。その苦労が次回の訪問をスムーズにするからだ。
NAVIに頼ると、目的地しか見なくなり、その途中、プロセスを記憶しなくなり
いつでも頼らないと行動できなくなってくる。
自分で考え、汗をかくということがとても大切なのだと思う。

土地勘がある、ない・・と、そんな言葉。今も通用するのだろうか?
仕事仲間に
「私、土地勘ないので、ごめんなさい」
とつい、言ってしまうが、知らない土地でもNAVIさえあれば
なんとかなるのだから、もう土地勘は要らないのでは?
もうその手法に慣れている若い世代には、土地勘なんて死語なのかも・・。

いやいや、生きていく上で、いろんなカンは私たちを救ってくれる
はずだ。
古臭いといわれようが、なるべく自力で行動することを忘れず。
グーグルマップは正直好きではないし、
手書きで書いてくれた、その店ごとの地図の方が親切だという気持ちは
変わらない。

今日もサバイバルのためにも、生きる勘を養い続けよう。

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前を向いて、上を向いて歩こう

日本中が、いや、世界中が下を向いている。
最近、そんなことを感じ、歩きづらい、そこにいづらいと思うことがある。
都内では駅でも、車内でも、ほとんどの人々がスマホと向かい合って
いる。歩きスマホは、あのゲームの発売からしばらくして、だいぶ減ったと
思うが、駅のアナウンスは相変わらず、その禁止を促している、
そんなことまで言われないといけない世の中になったか・・・。
日本だけではない、アメリカに行けば、もっとみんな下を向いている。
その人のスマホの先には、誰が写り、誰がいて、どんなコミュニケーションを
しているのだろう。
電車の中でほぼ全員がスマホを見、うつむいている静かな空間に紛れ込むと
とても不思議な感じがする。隣にいる人がどんなパニックになっていても、
誰かがドアに挟まれる事態になっても・・・みんな自分の世界にいるため
助けてくれないのかもしれない。

つながることの利便性と、そこから生まれる平和な孤立化・・・。
下を向いているときは、思考回路はどのように動いているのかわからないが
少なくとも、私自身の経験では、
前を向き、世界と向き合う。ときには上を向いて空を仰ぐ・・
そんな解放された瞬間に、希望がわいたり、ポジティブな発想も沸いて
くる。

ときには、永六輔さんの、坂本九さんの、あの名曲を胸に
空気を大きく吸ってみるのが良いのでは。

人がどこを向いていようが、私自身が前に進むため前を向き、
明日に向かうため、上を向きたい。
それが気持ちいい。

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お手本をいっぱいみつけて、人生ジグソー。

マザーテレサの生きた道は素晴らしいと、心から尊敬する。かといって、
そのままに生きることは難しい。
自分ができるところ、やろうと思うところをお手本とさせていただく。
ザビエルもそうだ。なれるわけはないけれど、その生き様のほんのわずか、
生きた道の少しの接点で、私も何か共通することができたら本望だと思う。
歌の世界でいけば、エディットピアフやビルへニア・ルーへを見習いたいし
作家ならば、最近は遠藤周作の深さに感動が静まらないでいる。
作品が好きというだけではなく、そこに向かう姿勢や生きざまに惹かれ、
そしてそれらをお手本として自分なりの人生を作りたいと思う。

もういい年なんだから、お手本なんて・・と笑われるかもしれないが
いくつになっても憧れをもち、それに向かいたいと思うことは良きことだ。
そう思っていたら、ねむの木学園を運営されている元?女優の宮城まりこさんを
ニュースで見かけ、ああ、ここにも素晴らしい方が・・と。
90歳近くなっても、障がいをもつ子らを守り、育てる仕事をされている。
お手本がいっぱい。これらをどう自分なりに組み合わせ、自分なりの世界を
創れるか。こう思っているとき、とっても幸せである。

いろんなお手本を理想にしながら、自分らしいジグソーパズルとして
はめ込んでいく。なかなかひとつの形にならないかも?
このむつかしさも楽しむとしよう。

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