最近、ちょっと近隣で工事があり、昼は騒音、夜は照明でまぶしく、仕事がしづらい、眠れない・・などの心配が続いた。
しばらく我慢をしていたけれど、これは言わなくては!と勇気をもって、まずはそこの地主を調べ、その企業の連絡先を調べ電話をする。
近所なので行けばいいという考え方もあるが、顔を見ないで言った方がいいときもある。面会は最後の手段でとっておかねば。
それでも効果がなく、今度は真夜中に作業をしているその現場に出向く。よっぽど迷惑だということを伝えたく・・・。しかしその時間はさすがに責任者はそこにはおらず、内装工事の方、そして警備員が詰めていた。取り急ぎ、夜中に来た!という緊急性を伝えたく、警備員のおじさんに伝える。いい人で、彼は翌朝、警備会社の上司に報告をし、必ず私に連絡をくれると約束をする。
翌朝、施主の責任者から電話が入る。話をしていくと面白い。伝言ゲームのようになっており、違う解釈をされており、違う対処をされていることも発覚。こういうときはあらゆる角度から言わねば、解決しづらいということも学ぶ。
クレームは感情的になってはいけない。まずは、相手のことを認め、申し訳ないですが・・・という口調からはじめる。もちろん聞く相手の態度にもよるが・・。結果、夜中の照明は消され、こちらも安心して眠ることができそう・・。
ちょっとしたことであるが、工事現場では見えないことがある、それを気づいたら伝えた方がいい。お互いに納得し、気持ちよく生活も仕事もできた方がいいのだ。いつのまにか、私もその施主の責任者も互いの携帯に番号が登録されている。
いつか顔を見ることがあるだろうか?笑って会える日が近いといいと思っている。それにしても、クレーム解決もコミュニケーション力だと実感。AIDMA発想も役立っている。
クレームはパワーが要る。そしてAIDMAも忘れずに。
山の神様の存在
御嶽山の噴火、その後が気になる。死傷者が増えていくことに心が痛む。戦後最悪の火山災害となってしまった。まさか山登りに紅葉を見に行って・・・とは・・。生死の壁とは何かということも考えさせられる。
1日も早く行方不明の方たちの安否が確認されることを、心より祈るばかりだ。
実は、この御嶽山、私にとって実は因縁が深い。幼少時代にいろんな意味で影響を受けた山だ。山岳宗教の聖地として著名なこの山。この山を信仰し、登山してお参りする方が多かった。その熱心な信者の一人であった祖父の影響で、そのことを幼い頃より教えられた。しかし、祈ることが他力本願な感じがしたり、神頼みというのがどうもそのときは理解できず、子供心に生意気にも反発をし、抵抗をしていた。
が、唯一小学3年生の頃に、登山した記憶がある。それが私の唯一の登山経験となった。観光バスに乗っての巡礼登山。確かあの山は六合目ぐらいまでバスで行ける。そこから徒歩だ。1日目は9合目まで登り、そこの山小屋に泊まり、夜明け前に頂上に上った。あの朝焼けは確かに美しかったということは今もうっすら覚えているし、そのあとの下山がしんどかったこともなぜか覚えている。山の凄さ、山の力は全身で感じていた。が、その後も私の中でそこへの信仰心は育たず、二度と足を運ぶことはなかった。が、学生時代に祖父が熱心が信者のまま、その生涯を終えたとき、おじいさんはちょっと不思議な存在だったと思ったことも確かだ。
そして祖父が亡くなって何年か後のこと、中国だったか台湾だったかで一人の占い師に会ったことがあった。その人は「あなたはおじいさんに守られているよ」と一言。そうか、おじいさんといえば御嶽山だったとそのとき思っていた。そんなわけで、私のなかで、御嶽山はおじいさん、そして私を守り神のような存在となっていった。
御嶽山のある木曽の町を「天空の町」として観光誘致しようと地元の人ががんばっていると最近そのニュースをどこかで観たばかりだった。今回のことがあると、それどころではなくなる。非科学的に観れば、山も怒っているのかな。という見方もできる。
日本人特有の自然崇拝が思い起こされる。山を大切に、海も大切に、自然をすべて大切に。そうしないと怖い目に遭うよ。幼き頃のさまざまな学びが今回のことで、再びよみがえる。とにかく、行方不明の皆様の1日も早い発見を心より願っている。
第三者が気づいてくれること。
私事であるが、子供の頃から友達に親を会わせることなどがとても嫌いだった。怖い人とか口うるさい人と言われるのではと勝手に思っていた。
大人になってからは、田舎の人ということでの恥ずかしさが正直あった。年をとるにつれ、田舎者は恥ずかしいことではないと思うようにはなった。ただ、いろんな方に親に会ってもらうにはちょっと勇気も要ったし、生まれてこの方、大勢の人に紹介したことはない。確かに別々に住んで30年、親を改めてだれかに紹介する機会もあまりなかった。
このたび、仕事でお世話になっている方たちが縁あって、岐阜で両親と対面。わずかの時間であったが、その出会いを親たちはとても喜んでいた。一方、仕事でお世話になっている人には、きっと方言がきつくて何言っているかわからなかっただろうな・・など心配をしていた。
するとその方からこんな言葉が。「昌子さん、お父さんと少し話したけれど、方言大丈夫、話もよくわかったよ。とにかく昌子さんのことをかわいくて仕方ないと思っておられるということがよくわかったよ。目が優しい人ですね。なんだか本当に娘のことを慈しんでいるのだと思いましたよ」へえ~。そんな~。父と向かい合っているといつも言い争いになり、目も合わさないことが多いのに、初めての方といい対話をしていたんだ。また父がそんな風に見えていたとは!そのときは、うれしいと思った程度だったのに、その方と解散し、電車に乗ってさきほどの言葉を思い出し、また父親のごつごつでくしゃくしゃの顔を思い出したら、涙が思わずあふれた。ああ、そうだ。父は優しい人だ。忘れていた!いかんいかん、先は短い。もっと親孝行しないと後悔するぞ。いてもたってもいられなくなり、久しぶりに手紙を書く。会ったばかりなのに、電話でなく改めて伝えたい気持ちがあった。いつも主観的かつ近視眼でみていると、相手の良さを見失いそうになる。ああよかった。客観的にみてくれる人がいてくれて・・。いかに苦労して大きくしてくれたことか。気が付けてよかった。第三者は本当に大切だ。
苦しい道だから、元気を失わずに
大好きな日本人画家のひとり、竹久夢二。パリのロートレックに影響を受けていたそうで、確かに両者とも、単なる芸術作品としての絵画ではなく、コマーシャリズムの中でのアートという点でも、大いに活躍、そして今日のアーチストにも影響を与えている。
夢二は女性画があまりに有名であるが、それに限らず風景画から工芸品、そしてパッケージや雑誌や楽譜の表紙、きもののデザインまで幅広く作品を作っており、まさに女性の憧れの世界をロマン豊かに描き出してくれた天才のひとりだろう。今、都内で作品展が開催されており、大勢の観客でごったがえすなか館内を巡り、作品の色、表情にほっとしたり、安堵したり・・。夢二は独学の人であった。学校は行っていない。そして迷った。学校へ行って勉強しなおすか・・と芸大の先生に作品を見せる機会があったそう、その教授は夢二に「キミの才能は大学では開かれない、逆に才能をつぶされる。だから君は君の道を進むのが良い。それは苦しい道であるが、元気をもって進むといい」・・・表現の細かな部分は異なるがこのような主旨の言葉を残されたそうだ。私はそれを夢二の半生をまとめた映像で知り、大変感動、なぜか涙があふれる。苦しい道・・だから元気でいなければならない。ここにいたく心をゆすぶられた。学校などで人が教えてくれる定型の、安定の道はある意味苦しくはないかもしれない。メジャーということだ。人に認められないマイノリティの生き方はとても大変だということ。でも、そこでくじけたり、苦しさに負けてはいけない、それをはねのけるぐらいの元気をもって臨めばうまくいく、誰にも成し遂げられない道が開けるよ・・というアドバイスだったと勝手に解釈し、なんだか自分に言われているような気がした。
夢二はこの先生の言葉に影響を受け、以後、独学で頑張り続けた。素晴らしい。自分を信じていたのだ。
私の好きなムーランルージュの絵などを情報を得にくい時代にも関わらず、夢二は自力で収集、スクラッチノートを創り、自らの作品作りに役立てていた。早くも自分の絵をさまざまな商品に展開し、夢二ブランドを構築していた。いろんな面で、先駆者であり唯一無二の生き方をされた人。
夢二は50歳で亡くなった。今の自分と同年だ。同じ50年でも、自分はまだまだ。少々苦しくても、元気にいこう。そう、元気とは、逆境こそが生み出すパワーなのかもしれない。
夢を語るスローコミュニケーション時間を大切に。
日々それぞれがバタバタと過ごしている。なにげない日常会話は常に交わしているし、それぞれが何をしているか、何を志向する人か、癖も含め理解しあってはいるだろう。家族とは、助け合いの共同体の最重要かつミニマムの信頼ユニット。しかし、改まっての会話を毎日することはない。だから週末の夜ぐらいはという気持ちがある。一緒に会話をゆっくりすることで目先の話だけでなく、将来の夢についてもゆっくり意見交換できる。
そのためには、「うちごはん」よりも外食の方がいい、しかもちょっと気ごころのしれた落ち着けるお店がいい。
お互い好きなお酒をいただきながら、「どうするの~。」と将来のことを話し始める。こういうリラックスタイムにこそ、夢も自由に話せるというものだ。こうしよう、ああすればいい。いいアイデアが浮かび、荷が重かった心も幾分軽くなる。
と、そのときはいいが、お酒の席の話で終わってしまい、実現しないこともいまだ多いが・・。それでも、自分の考えをしっかり伝えたり、相手のことを聞いたりする、スローコミュニケーションはとても重要だ。身近な人との会話も、大切にしたい。
9月愛の元気人は本日27日オンエアです
新潟発 ハッピーコミュニケーションプログラム愛の元気人、9月の放送は本日27日18時からです。
今回のゲストは「遺品整理」のお話しをいただく(株)日栄ビル管理の山田陽子さま(写真左)食べることからはじめる、内側からの健康づくり~インナービューティー~のホリスティックサロン ラ・クルールの中野清美さま(写真右)です。
どうぞお楽しみください。www.fmkento.com


疲れ吹っ飛ぶ、ジェントルマン登場!
最終の新幹線で東京へ戻ってくる日は、自宅の最寄り駅に着く地下鉄も最終電車かその手前。日付変更後の帰宅となる。わが最寄の駅は利用者は少なくないのに、エレベーターもエスカレータもなく、階段だけのちょっとトホホ駅。そのため出張時は気合が必要。階段を降りるときも、上るときも、必ず心の中で「よし!」とか「よいしょ!」と声をだし、重いキャリーバッグを一気に持ちあげ階段を昇降。今回も日付が変わった時間に最寄駅に着き、改札を出て、深呼吸。よし今日最後の仕事だ。がんばって上がるぞー。と階段から地上を見上げていたら、「Are You OK?」と心配そうに声をかけてくる人がいる。背の高い西洋人男子だ。へ?そんなこと言われたのは初めてだ。手伝ってあげる!というのだ。そんな、そんな~。この半端じゃない重い鞄を見知らぬ人に持ってもらうなんて・・・。そんな経験は日本では東京では・・・記憶にない。
「No Thank you, no problem」といってキャリーバッグを持ちあげようとしたら、その男性が観ていられない・・といった感じで私のバッグを手にとり、階段を上がり始めた。あらー、どうしよう、知らない人に・・・。するとその男性は鞄のあまりの重さにびっくり。「Wow,Very Very heavy. What is inside this? 超重い、何これ?」急に日本語も混じる。そう、思った以上に重かったようだ。ちょっと後悔したのかもしれない。そう着替えとかそういった軽いものではなく、パソコンや書類が入っているのと、仕事途中に購入した新潟野菜も入っているので、それなりの重量なのだ。その彼は驚きながら、ひーひーいいながらそのまま持ち階段を駆け上がる。一緒に私もついていく。
階段を上りきったところで「はい、おやすみ~」とバッグを地面に置く。はあ、疲れた!という感じであった・・。
わずか1分半ぐらいの出来事だった。それなのに1日の疲れがすべて癒されるほどのビックアクシデント。
さすがジェントルマンとは、まさに字のごとく。
外国人の生活者も増えているこの近隣、また似たような顔つきの人も多いので、同じシチュエーションにならなければ思い出せないかもしれないが、きっと会えるだろう。でも、こんな重い荷物をもつ女には彼は二度と声をかけてこない気もする。
家に帰り、翌朝このプチエピソードを話す。「人の荷物持ってあげたことある?」「時々あるよ」よーし、ジェントルマン魂があるようで、ひと安心。
自分を鍛えるシーズンがやってきた!
そうそう、こういうことだったんだ。いつも自分の企画を実行するとき、とくに相手がある企画を実行するときには、いつも何度もへこみそうになる。たとえばイベントの企画。自作自演自営という仕事は慣れているし、これまでも毎年通過してきているのに、終わったころには達成感や満足感で苦労のことは忘れてしまっている。そしてまた新たにやろうというときにも苦労のことを忘れて走り始める。そして走りはじめてから「ああ、そうだった~」ということを何度も何度も味わうことになる。折れそうになる自分を叱咤激励し、盛り上げ、自信喪失にならないように気をはりながら、一喜一憂しながら準備を進めていくのだ。そのとき思うのはやれることは全部やりきること。やろうと思ったことは貫くこと。これに尽きる。反応はあとでわかる。結果はおのずとついてくるものだ。
あるライブハウスの責任者が「お客様って、わがままですから~」と一言。そうそう、お客様にとってはいつも ONE OF THEM であり、なんでもあり。「努力と才能と運」・・・先日教えていただいた成功の条件は、実はいつでもどんなときにも当てはまる。
やるだけやろう。悔いがないように。それだけのこと。だから年々図太くなっていい。
そうライブツアーの季節は、打たれ強い自分を醸成するに最適なトレーニング期間なのだ。
そろそろ、今年の「自分への宿題」を片付ける
今年も気が付けばあと数日で4分の3過ぎることになる。今年はこれをやろう、あれをやろうと思い描いたこと。全部できているか?の自己点検をここらで行ってみる。
気になりつつも、いろんな言い訳でやれていないことがまだまだある。
♪今年の汚れ、今年のうちに♪というCMソングが昔あったが、大掃除はもっと後でもいいけれど、挑戦や新たな行動は年末からではもう遅い。今のうちに自分の中に火をつけなおして、行動しなければ。やろうと思ったことをやらないまま1年を送ってはいけない。目標の累積はしない方がいい。決めたらやる、思ったらやる。行動のみが、経験のみが自分が生きる糧になるはずだ。10月のカレンダーになる前に、残された今年3か月の自分の動き方をしっかり練って、いざ行動。そうそう今年はもっともしなければならないマイミッションを果たせていないのだから、このままで終わることはできない。人生は無為なるもの・・・と思うことは時々あれど、それでも1日1日を無為にはしたくないとなぜか思うものだ。さあ、自分の宿題に今すぐとりかかろう。
「〇〇元気!」でいきませんか?
4時起き目標の毎日。目覚めには一口サイズのアイスクリームをぽいっと口に入れ、1日がはじまる。その後「みんなのうた」がはじまると、血糖値が一気にあがり活力がみなぎってくる。最近、よく流れている曲で「元気のうた」という作品があり、ボニージャックスといった懐かしいユニット?が歌っている。歌自体は、実はマイナーしかもスローテンポで元気な感じがしないのであるが、歌詞が面白い。きいているとなんだかじわじわ元気になっていくような気がしてくるのだ。歌詞中に「もりもり元気」「みるみる元気」「やっぱり元気」「みんなで元気」・・・と形容詞付きの元気言葉が連続して出てくるのだ。そうか、元気にもいろいろあるものだ「愛の元気人」を目指す一人としては、いつもいつでも元気でいたい、いなければならない。実は「ぼちぼち元気」のときもあるし、唯一無二の相互マネージャーであった作家の野村正樹さんは「カラ元気」という言葉を最期に残してくれたが、生きていると、そんなときもある。しかし、いつも意識していないと元気が離れていくようだ。ということで、今日も気持ちよく「朝から元気!」でいくとしよう。