つながりを求める時代。

人間は、人の間と書くのだから、何も言わなくとも、人は一人で生きるものではなく、人と人の間を大切にしながら、一緒に生きていくものだ…と思っていた。
人間社会とは、そういうもんだと思っていた。
都市化が進み、あるいは情報化が進み、従来の村意識も崩壊し、家族という制度も変化して、意識しなければ漂流する人も出てきた。
また、情報社会をうのみに生きれば、一見その中での疑似的な関係で、孤独を忘れることができ、でも実社会に戻れば独りぼっちという例も少なくない今日。

たまたま、NHKの取材番組で新宿の歌舞伎町を取り上げたものがあった。
わが青春の町のひとつでもあり、懐かしさをもって視聴した。
歌舞伎町は日本中から最近は世界から、人が集まってくる街だ。
今も昔も変わらない。そして銀座とも浅草とも違い、歌舞伎町は孤独な人たちが
集まってくる街・・のようで、不思議なコミュニティも生まれ、仲間意識が育っているようだ。
知らないモノ同士が出会い、ちょっとした縁でつながりあっていく・・。
一緒に生きていくわけでもない、そこでちょっとふれあうだけで、つながりを感じる・・・そんな若者も多いことを知り、日本社会の一面を知る。

みんな、なんやかんやいいながら、つながりを求めている。

最初はネット上でのつながりでも良いのだろう。

いいねの数、フォロアーの数、それでつながりを感じる人もいるかもしれないし、人それぞれであるが、つながりは、やっぱり肌で感じるもの。

リアルなコミュニケーションによって得られるものだと思う。

コミュニケーションクリエイターとして。心の観覧車を創ることを使命とするこの人生において、つながりをつくる・・ということについても、考えておかねばならない。

つながり。つながることは一見たやすいが、つながり続けることは難しい。

努力がいる。相手を思いやる心も必要だ。一方的にはつながれないし・・。

つながり。言葉は優しいが、実は難しい。
人の間をどう生きるのか。ということになる。

久しぶりに歌舞伎町を歩きたくなった。むき出しの人間を、みつめるため?よくわからないけれど、、、。

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テレサの涙が降る街。

わが憧れの、テレサテンは台湾生まれであり、歌手としての活動を始めてからは香港を拠点にしていた。
山の上に住まいがあったようで(おそらくかのビクトリアピーク)、眼下に広がる、あのスターフェリーが行きかう港の風景を見るのがきっと彼女も好きであっただろうと、勝手に想像する。

アジアでいながら、先進的な国際都市。自由の町、HONGKONG。
彼女の成功は香港なしには成しえなかったかもしれない。

彼女が歌った曲に「香港」という作品がある。私も大好きなレパートリーのひとつで、何度も何度も聴きながら覚え、たまにカラオケにいっても、歌うのが好きな曲。(最近はもう何年も行っていないが・・・)
この曲を歌うたび、私なりの香港の思い出もよみがえり、またテレサもあの町を
愛したと思うと、心がキュンとなったものだ・・。

♪星屑を地上にまいたこの町のどこかに

思い出も哀しみさえも今は眠っている♪

で、始まるこの歌は、テレサ自身と香港の関わりを描くだけでなく、香港を拠点に行きかう人々のことを描いていると想像する。

香港は自由、でも不安定。でも、自由で開放的で生き生きとして・・・。アジアのNYともいわれる時代もあった。
なんど、香港で正月を迎えたことか、香港とマカオはアジアにいながらにして、世界旅行ができる、とびっきりの町だった。

香港の空港といえば、生き始めた頃は、町なかにあって、人々が行きかう真上を飛行機が飛んでいた。そんな日のことも、今となれば、懐かしいが、もうその名残もない。
現在の香港国際空港は、アジア最大のハブ空港。多くの人を日々アジアと世界を結んでいる。巨大な空港建設ラッシュの先駆けだった記憶がある。

今回、空港でのこの非常事態。連日のニュースを見ながら、衝撃を受ける。
激しい状況になればなるほど、香港の若者たちの悲痛さが浮かび、涙が出る。
自由を求めて、何が悪い。人として・・。
本当にがんばってほしいが、心配をしている。

世界中が心配している。

ああ、イギリスと統治下時代の香港の輝き、きらめきを思い出し
今は連絡がとれなくなった知人たちはどうなったのかと心が痛む。

テレサも天の上から、星屑とともに涙の粒を落としているだろう。

香港の民主化を心から応援し、一連の騒動が世界の協力と良心で収まることを心より願っている。




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「共有」という共有ワード

ネット社会が生み出した現象、言葉のひとつにこの「共有」がある。
私が会社勤めとしていた二十数年前は、社内で「共有しておきましょう」
というセリフはあまり聞かなかった。
その後、電子メールが普及しはじめて、Ccすることで関係者同時に同じ情報を共有するということが常態化した。
そして、この数年、いや2~3年のうちに、「共有しておきます」「共有お願いします」という言葉がビジネスの会話で随分と使われるようになった。
共有する・・同じ情報を得ているという状態。メールをCcすることがたぶん、一番馴染みの方法であるが、このように簡単に情報の共有化ができるのは、助かる。
そのほか、ネットでは拡散という言葉もよくつかわれるが、個人的にはこのスモーキーな感じの言葉はあまり好まないため、意識して使わない。
それに比べたら、「共有」というのは、悪くない。
組織で仕事をするには、この「共有」は大切なこと。認識のレベルを同じにしておくことが、ビジネスでは重要なのだ。チームワークに「共有」は欠かせない。

この「共有」という言葉。もっとネットの世界に寄せると、「シェアする」という意味になるようだ。情報を分け合う。見ている知っているだけではなく、自分の発信に引用したり、投稿したり、情報をともに生かす行為自体も含んでいるようだ。

共有もシェアも信頼があっての活動。言葉や容易であるが、考えれば慎重さも大切だと思えてくる。

いずれにせよ、情報を大切に扱うようにしたい。あくまでも受け取る側のことを
忘れずに・・。

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そろそろ、年末年始の準備を

この1週間を過ぎると、夏もピークを越え、お彼岸が近づく。
そうこうしているうちに、語尾にer が付く月たちが続き、木枯らし吹く季節になり、あっという間に年末になる。
と、秋から冬の様子を想像すると、暑さも和らぐと同時に、背筋が伸びてくる。今年1年、いかに過ごしたか?ちゃんとすべきことをしたか?
これで悔いはないか?
来年はどんな1年にするのか?

と、こんなことをこの1週間に考えるのは、とても良い。
お盆で世間が動いている間に、ひと足先に、ゆっくり今年を振り返り、いい締めになるよう、自分の今年の締めに向かって舵取りを始めるとしよう。

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CSRからPSRへ。

最近では、SDGsという取り組みがにわかに広がっているようで、持続可能な社会づくりを世界中で、組織あげて、みんなで計画的に実行していこうという向きがある。
自分の次の世代の人々も、安心して地球で暮らせるために、自分ができることをもっと積極的にやっていこうという動き。
国連や、国を挙げてということで、今、企業はその推進に積極的になってきているが、表層的かつ一過性の取り組みにならず、この機会に、自分たちが社会と共生するためにできることを真剣に考え、これまでやってきたこと、できていないことを再整理しながら、啓蒙活動をしながら、意識改革の上、持続的な活動をしていければ良い。表層的、恰好だけのSDGsでは意味がない。
(そういえば、最近、大きめのマークのバッヂを付けている人を新幹線でよく見かける・・・。)

さて、このSDGsは、その前の表現でいえば、CSR。企業の社会的責任の実現と訳せばよいか。(corporation social responsibirity) この活動を全世界的に具体的に積極的に推進していくのが、SDGs。

これを企業レベルで組織レベルで推進していくのはとても結構なこと。
だが、会社がこう言っているから。とやらされている感じで取り組んでもどうも浸透し、継続していかない気もする。
私なら、まずはPSR。peronal social responsibitiry の自覚からはじめたい。
自分というひとりの人間が社会に貢献できることは?と常にその思いをもつことでたとえば、ゴミ捨てから、人に対する言葉のかけ方から、いろんなことが変わってくると思う。
自分も社会の一員である。という自覚を持ち、自分勝手な考えや振る舞いをしない世の中。それが真のSDGsへの道だと思えてならない。

大きなことを言う前に、自分から変わる。人として、社会共生を理解し、実践できる人でありたい。謙虚で誠実でいることが基本の基本か?となれば、わざわざ大げさな表現も要らず、人としてどうあるべきか?を見つめ直すことから・・。だから、今さらの話ではなく、人として永遠の、普遍の課題としてとらえていきたい。

とにかくわが人生を無駄に生きず、社会の一員として循環させ、一生を終えること。無駄に長生きしているだけでは、社会的責任を果たしてはいないと、自覚をもって生きたい、進みたい。


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ハーフペースのわくわく1週間

世間の夏休みが始まった。渋滞、混雑の移動をしなければならないおつとめの人々は本当に大変だ。決まった日に移動しなければならないので、本当に大変だ。
しかも、この暑さでは、移動もままならない。車内でも熱中症になるというから、長時間ドライブも心配だ。

と、そんな流れに反するように、日常ベースの暮らしを続ける。
人混みを避け、なるべく静かに過ごせる場所へ、もしくは動かない。

書いたり、読んだり、考えたり、片づけたり・・。
日常的にあまりできないことを、しなければと思いながらもたまっていること
を、やるのにちょうどいいのがこの1週間。
仕事のペースはゼロにしない。ハーフぐらいで動き続け、すぐにフルパワーになるように整えておく。

ゆったり時間を過ごすのがいい。そこから新たなアイデアも生まれてくる。

そして、もう少し涼しくなったら、世間が落ち着いたら・・・そのときに改めて動き出そう。
こういった時間を与えられること自体が、ありがたい。

この1週間、ゼロにする人も多いかも。人それぞれの夏。自分に合った時間活用をすればよい。


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「長崎の鐘」を歌う朝。

今日は、74年前、長崎の原爆が投下された日。広島の悲劇からたった3日。誰があの異国情緒豊かな、そして深く悲しい祈りの歴史を持つこの街にそんなことが起きると誰が想像したことだろう。資料でしかわからないが、それでもその惨さを知るには十分すぎる。

大好きな長崎の浦上地区を今一度頭に描き、何度も廻った永井隆博士の住まいや記念館のあたりを思い出しながら、被爆したマリア像を思い浮かべながら、
74年前にあの周辺に起きたことを想像しながら、多くの人々が被害を受けられたことを思い、祈りを捧げる。

「長崎の鐘」という名曲は、永井博士 がモデルになっていると聞く。原爆でひとり残された博士の奥さまに寄せる思い、レクイエム。あまりに悲しく美しい。

長崎は何度も悲しい歴史に立ち向かってきた、強い町。
この力に心から敬意を表し、改めてエールを送る。

悲しい経験はくりかえしてはならない。

争いごとは幸福につながらない。

長崎の町に、今日は鐘の音が響く。じっと耳を澄まして、心で聴きたい。

74年前の長崎の朝の長崎港はどんなだっただろう。

もう二度とまさかの事態が起こらないように、心から祈りを込め、
今日は、その曲を口ずさみながら、同じ空のもとで生きていることに感謝をしながら大切に時を過ごしたい。

                                ある日の長崎港の朝


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戦いには敵をよく知ること。

卑近な話であるが、自宅のベランダに苦手な生き物が飛来してくる。
人間以外の動物のことは、本当にわからないため、どうすれば違うところへ行ってくれるのか途方にくれる。ハーブとくにミントの観葉植物をおいてみたが、At暑すぎて枯れてしまい、そのにおいの効果もなくなってしまい、自然に忌避する方法がないかと思案・・。早く仕事に集中したいのに・・・。確かに最近ではネットを開けばなんでも出てくるから、本当にありがたいがあんまり検索していると、その生き物が好きなのかと思われて、パソコン画面に勝手にその画像が出てきて、気分が悪くなる。このユーザーはどんな情報を探しているか、求めているかをまさにAIが探知し、求めていないのに余計な情報まで提供してくれる、困った一面だ。と、そんな不要な経験もしながら、とにかくその生き物と距離を置くことに格闘。
共生社会なのだから、何とでもうまく生きていかねばならないが、苦手なものは苦手なのだ。
話を戻す。ネットを見ながら、その動物の習性などを断片的に知る。ドラッグストアに行ったついでにそれを忌避する商品はないか探すが、ない・・。
専門業者さんに電話して、教えてもらう・・。どんな場面にもそれを仕事にしている人がいることにも驚く。

・・・と、まあ、結果的にはいろんな情報を自分なりに分析して、とがったものを置けばいいのではないか、とか嫌いだと書かれている植物の臭いを付けた
ドライフラワーを隅々においてみたり・・・。

とにかく、どうすれば来なくなるかについて思案する。
自分を守るために、自分には理解できない、他の動物のことを知ろうと真剣になるのだ。

一方的ではあるが、小さな戦いに勝つため、敵を知ろうと努力し、出来ることはなんでもしようとする。

これは日々の仕事でも同じこと。

この課題をクリアしたい、このことに負けたくない。この人には勝ちたい。
と思えば相手をとことん研究しようという気になる。
とくにピンチのときほど、真剣そのものである。

相手を知ることから、すべてがはじまる。相手が人間も難しいが、動物の方が難しい?

いや、今の世の中はどっちも難しいのかもしれない。

と、いろいろ勉強になる、夏のわが小さな格闘時間。


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対話のツールとしての作品

あいちは日本で初めてトリエンナーレを開催した土地ということで、なかなか新しいことに挑戦すると感心しており、今回は初めて足を運んでみようか?と検討していた矢先、例の少女像の件で、一躍注目され、騒がしくなったため、行くのをとりやめた。
その少女像が、大使館の前や、世界の某所に設置されてきたことには違和感を感じていたし、その表現、その主張の仕方には意見はある。
おそらく、国民のほとんどが、両国の多くが、このことに意見をもっているのだと思う。

芸術とは自由の表現・・であるべきであるはずであるから、できれば、もっと大きな目でとらえ、作品をそのまま展示して、その存在を目の当たりにして、意見交換、ディスカッションすればよかったのではと、個人的には思っている。

不快であると思う作品は世の中に多数ある。
でも、意図があるから、そこに展示されているのだとも思う。
嫌ならば見なければいい。
芸術は発信する自由と、受信する自由があるはずだ。
もちろん、多くの人にプラスの感情、感動を与える作品の方が、作品としての
質は高く、それが作品かどうか?という議論もいろいろあるかとは思う。

などと偉そうなことを連ねて申し訳ないが、とにかく、私が思う芸術は人々の平和や幸せのために存在すべきもの、対話のきっかけになるべきものと思うので、
今回もそうなってくれたらよかったと思えてならない。
コミュニケーションをとるきっかけになれば、関係改善の糸口も見えることもある。コミュニケーションを阻止する、コミュニケーションから逃げる。
今の問題は、そこにある。と思っている。だからこそ、あの像が展示されること
は、双方のコミュニケーションの題材になるという点で、大いに意味があったとは思いたい。

なんだか、稚拙な両国の関係。
関係よくしたいならば、まずはトップとトップが話せばよい。どこ向いてしゃべっているんだろう。
若者たちは、きっとあきれている。
若者のために、いい大人にならなければ・・・。
作品はコミュニケーションツール。

どう使うか、活かすかつぶすか・・。はアーチストの意図と違うところが残念だ・・。
タイミングもあったのだと思いつつ・・・残念でならない。





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顔が・・。

お世話になっている方との久しぶりの再会。もう数年闘病されており、さまざまな治療をやりつくし、その上で、その治療を中断され、自然な暮らしに戻られた。人生の時間が短くなっても悔いはないとの言葉に、その限られた時間が少しでも伸びるようにと喜んでもらえるなら何でもしよう!と思いついたのが、始めたばかりの楽器の録画。
はやく聴きたいといわれていたので、ライブは無理でも、練習風景の録画なら少し見せられるかも・・と思い、まさしく自撮りをして、当日、見せる。
音は多少鳴って、演奏らしい音色・・はするので、それを喜んでくれるかと思いきや、「弾いている顔が、よくないですねえ。そんな難しい顔しないといけないんですか?もっと笑って弾けないんですか?」
との一言。
「いやー、弾けるようになりましたね~」とか、「いい音ですね~」という一声を期待していたので「そこですか!」と軽くショック、と「確かに!」と苦笑。
確かに、まだ始めたばかりの楽器は、操作が不慣れで、しかも指先は自分で見ながら演奏できないため、頭の中で想像しながら、指を動かすため、眉間にしわが寄るのだ。ピアノのようにすらすらと弾けるものでなく・・。
またピアノ演奏のライブは、だいたい横顔しか見えないが、この楽器は真正面から見える。だから、顔が大事!顔が手や指と同じぐらい重要であることを、その一言で知った。

そう、演奏家は顔!顔!造作ではなく、表情。

とくにこの楽器は、いい顔して弾く練習が必要だ。

ピアノとはここが勝手が違うということも、新たな学びに。

今度こそ、とリベンジをする。ぜひまた次回聴いていただけるように
スピード上げてがんばろう。
ゴルフも、なんでも 感動を届けるのは、勝利を導くのは顔、笑顔なのだ。


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