あんな時代もあったねと・・・

おかげさまでコロナ禍のコンサート2回目。会場は岐阜新聞本社ロビー。
前回7月は自分でオリジナルデコレーションのアクリルボードを持ち込み、それを使って話をした。

2か月も経つうちに、主催者側でコロナ対策をさらに強化され、写真のような
透明シートの大型パネルが楽器前に設置された。
マスクを着用して演奏するよりは、とてもありがたい設定。
ただ、音響機器を使わない会場であるため、シート越しに聴く音は少し
不便があったかもしれないが・・・。
でも、もうコロナのせいで、コロナが原因で・・というのもなんだか
言い訳のひとつのような気がしており、
どんな環境でも元気をお届けすることがミッションと、今回は手拍子で入場しながら、そのまま元気に演奏をはじめ、そのまま走った。
入場制限をされての15名様でのコンサート。早々から満席になり、ありがたい。密が許された時期の三分の一ほどの人数ではあるが、ゆったりきいていただけて、これはこれでいい。

心の世界旅行~Go to マーサワールド。と銘打った今回のプログラムでNY、京都、長崎、香港、ナポリ、パリ、そして岐阜とブエノスアイレス。
各地を思い出しての名曲とオリジナル曲を綴った。
新曲も取り入れることができ、お客様にも大変喜んでいただけたようで、安堵。

コロナだからと逃げてはいけない。
もう突き進むのみ。前に進むのみ。

いつかこのシートのあるコンサートも、懐かしく思えるのかもしれない。
あんな時代もあったね、あんな日もあったね。

がんばっていれば、すべてがいい思い出になると信じている。

ユニバーサルか

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鼻歌をおみやげに・・・。

改めて、音楽の力とはすごいと思う今日この頃。
お客様に楽しんでもらうために、コロナ禍の不安を吹き飛ばすためにと
毎回、コンサートの構成や曲目を考え準備をするが、実際、自分が練習、歌い始めることで、私自身に元気が湧いてくる。そうなるとエンジン全開だ。
いろんな苦しみ、悲しみをうたった曲、それを乗り越えようという曲・・。
世界中には無数の歌があるけれど、歌ほど、音楽ほど、人々を元気にする存在はないのではと思うほどに、歌の力はすごい。
もちろんピアノなど楽器の音色だけでも癒される。これも良い。

そしてそこに歌詞がついて、メッセージとともに音楽で癒される。
これも素晴らしい。

今日14日は岐阜新聞でのロビーコンサート。コロナ対策のなか、制限しての開催であるが、この不安な感じを突き抜けて、皆さまに鼻歌をお土産にもってかえってもらえるようにがんばろうと、思う。

どんなときも逃げない。
やる以上はやる。

参加できないお客様から、「どうぞ皆さまに笑顔を届けてください」とのお言葉。ありがたい、いろんな応援を背に、今日もGO TO マーサワールド!

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一粒、一錠で・・

薬屋さんは、今、ドラッグストアと普通に呼ばれているが、ドラッグドラッグ・・・よく考えたら、決して健康的な意味ではないのだが・・。

そう、薬とは薬物であり、ときとして毒になる。危険性がある。
作用があり、反作用がある。後遺症にもなる・・。
使い方が難しい。
この選び方、使い方を間違うと、疾病が回復するどころか、反対の道をたどることになる。
今、親の状況回復のため、さまざまな専門家の知恵を借り、塩梅をはかりながら
日々格闘している。
そこで気づいたことがある。
「薬を飲んでいるから大丈夫」
ではない、ということ。
症状から、その処方が良いであろうと、医師が責任をもって処方されたその薬。
服用する人間ひとりひとりが、違う体質であり、その反応は一律ではない。
本当に薬が効くということは凄いことであり、効かないことも大いにありうる
一種の賭けのようなものだ。
たとえば、認知症の薬ひとつとっても、薬によって行動を促進するもの、抑制するものがある。また、あまり効きすぎると逆効果になることも大いにある。

今回、まさにこの状況下で、日々模索している。
今は便利な時代である。ネットでいろいろ調べることができる。
専門家の力を生かす、サードオピニオンの活用はもちろんであるが、疑問に
思ったら、調べて質問すること、提案することが大切だ。
専門家といっても、医師から薬剤師・・・いろいろあるが、日ごろからの
ネットワークが身を助けてくれることもある。
与えられたまま、受け身でいるだけであると、解決にならないことがある。

最近はそんなことにも直面しながら、
薬の怖さと凄さを痛感している。

まさに薬は毒。毒だから菌が死ぬ。毒だから命も危険。
薬って、草冠に楽しいと書くから、もともとは生薬からきていたのだろう。
化学の発達、西洋医療の発展により、いわゆる薬が多様されるようになった。
薬で抑える。薬で促進する。
即効性ある分、怖い。
生薬が一番なのだけれど、もうそれでは間に合わないこともある・・。

最近、この一錠、一粒の重みをかみしめつつ、
いのちについて、考えさせられている。

薬に頼らず、生きられるよう、心身ともに強い人間になりたい。
自分は、まだ間に合うだろうか・・。

とにかく、受け身であってはいけない。自らが関わること。
とくに調べることができない老人の代わりに・・・。
症状を嘆く前に、できることがあったら、行動すること。
今の私にとって、これらが生の教訓である。

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911とエスキモー

こんな小物が事務所にある。
気が付けば19年間、ずっとデスクの上にある。
あんまりじっと見たことがなかったが、改めてよく見ると
エスキモーが犬を抱いている。
現地ではもうすぐそんな季節がやってくるだろうか・・・。

これは、2001年9月11日のNY同時多発テロが私に
遺した、数少ないアラスカ土産となった。
まさか、アラスカのオーロラの町、フェアバンクスに
行くことになるとは、夢にも思わなかった。
この日。シカゴ経由NY行の飛行機は、大雨の中、

何時間も遅れて成田を離陸、どこも経由せず
上空をくるくる回って、アラスカに緊急着陸した。
あれから、19年。
21世紀になってまもない世界を震撼させたこの事件。
テロという言葉が身近になってしまった、きっかけになった事件。
そのとき、私はNYに行けずに、アラスカへ・・。


本当に人生はわからない、不思議すぎる。
20年を迎える前の年に、コロナ感染というパンデミック・・。
今は飛行機に乗って、NYに行くこと自体が危険と
思えてしまっている。
ふと、この小さなエスキモーを見ながら、
アラスカでは、今コロナはどうかと想像してみる。
世界にこんな共通語ができてしまったことは皮肉だ。

コロナがテロでないことを祈りながら、
このあっと言う間の19年という歳月に、いろんな思いをはせる。
同じ飛行機に乗っていた仲間たちは、みんな、
元気だろうか・・・。
何年経っても、犠牲者のご家族や身近な人には
決して忘れることができない、事件である。

私にとっては、人生とは生かされているということを強く学んだ、

教訓の経験だ。
風化してはいけない。平和にならなければならない。
来年で20年・・・。

エスキモーのあの街で見たオーロラを、思い浮かべながら。


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「がんばりすぎなさんな。」

日頃、家族や大切な人とどんな言葉をかけあっているだろうか?
たとえば、朝の会話。
「おはよう」にはじまり、「いってきます」「いってらっしゃい」まで。
忙しい朝の時間の会話は、短くも、実は1日のはじまりにとって大変重要だ。

毎日そんなに話すこともなく、そんな時間もなく・・という日がほとんど
であるが、相手の様子を気遣いながら、なにげない言葉をかけることは
大切だ。

出かけるときの一言。これで一日が決まるということもある。
私の場合、最近この一言で大変救われた。
「がんばりすぎなさんな」

今、公私ともにがんばねばならない時だからこその、言葉だろう。
あんまり、がんばらなくていいよ。
という意味。
この言葉に対して
「うん」とはいわず、
「いや、がんばるわ」
という言葉を返す。

一見、おかしな会話であるが、これでいい。
相手を見守りながら、なにげなく気遣っている。

たった一言でも、報われたような、すーっと余計な力が
抜けるような、それでもって新たな力も沸いてくるような
気がする。

がんばりすぎず、ほどほどに。
がんばれ!といわれないのが、頑張れる秘訣になっているのかも
しれないが。
とにかく、今の私にはありがたい言葉であることは間違いない。

と、毎朝、パートナーはじめ、いろんな方が朝のエールを与えて
くれている。
やっぱり、1日はあったかいコミュニケーションからはじまるのがいい。

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関係を大切に、仕事をする。

企業さんにいろいろお話をさせていただくとき、カッコイイ言葉、流行りの
かっこいい言葉よりも、根本の、基本の、本質の話をしたいと思う。
自分らしく、自分が納得している、そのことを伝えたいと思っている。

たとえば、マーケティングとは?との問への答え。
それは、よりよい関係づくりで喜んでいただける取り組みすべて。
関わる人との関係性を大切にし、関わる人がみんなハッピーであるように
考え、行動する。そのことが、結果を生む。
いかに売るか、儲けるか。ではなく、いかに喜んでもらうか。関わる人みんなが笑顔になるように努める。このことが仕事をする上で、
生きる上で、一番大切なことと思っている。

今月9月17日で、わがグラン・ルーもおかげさまで誕生22年を迎える。
私の思いを、カタチにするお手伝いをしてくださっているデザイナーさんや
WEB担当のブレーンは、当時からのおつきあいのままだ。
グラン・ルーある限りは、この方たちとの関係は大切にしなければと思う。
正直、令和の時代には、少しノスタルジーなスタイルになりつつあるが、それも意味がある。

http://www.mahsa.jp/

創業当時から、ずっと一緒に手作りで作り上げ、ここまで続いてきた。
究極の個別対応、24時間365日体制で応援し続けてきてくださっているこのスタッフたちを大切にしたい。
もうできませんわ・・と言われるまで、出来る限りのおつきあいをと思う。
もちろん新しい関係づくりもいとわない。
でも、大切にすべきは、最初から一緒にやってきていただいている人。
ここは忘れてはいけない。

これからも、
多くの関係づくり以上に、ひとつひとつのかけがえのない出会いからの、信頼の関係づくりに心を寄せたい。

22年もずっとおつきあいいただけるなんて・・・家族以上だ。



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しなやかに、強い人。

司法書士の知人。本当にこの仕事がぴったりな、きめ細やかなところに気が利く、素敵な女性司法書士さん。
もともとは、この職業には広報やPRというのは規制等もあり、他の仕事とは違って難しい面もあったが、自分がやっている仕事をちゃんと伝えたいという思いで、私の勉強会に参加いただいた。
そのご縁で、10年以上、公私ともにおつきあいいただいている。
司法書士にも広報力を!との提案で、業界での勉強会を担当してもらったことも貴重な経験になった。
法律を勉強し、身近なところで役に立ちたいと、今ならまさに事業継承、相続で大忙しのこの業界。身寄りのない方にも寄り添い、まさに人生の締めをお手伝いいただけるありがたい存在だ。近くに住んでいたら、私もお世話になりたいぐらい・・。
元気に活躍され、地道にニュースレターも発行され、活躍を続ける彼女が、今年になってがんがみつかったとの連絡・・・。
「これから、治療に入りますので」
メールではあったが、彼女らしい、落ち着いた声が聞こえてきたようだった。
それから、コロナもあり、どうされているだろうかと思いつつも、良くなったら必ず連絡が来るのでこちらからは・・・と気になっていたところ、
突然、ニュースレターの最新号の添削を求めるメールが舞い込む。
「もう、仕事ちゃんとしてるやん。元気なんだ。よかった~」
そのレターの中にも、ご自身の近況が綴られ、
「がんサバイバーになりました」と病気のことも、平常心で報告。
ブログもずっと続けており、そこに闘病日記として、今回の経験を綴っている。さすがの仕事人!できることをやり続けるその姿勢に頭が下がる。
http://sekikawa-haruko.cocolog-nifty.com/

なんだか彼女の仕事への復帰ぶりと、この平常心に触れ、ああ、強い人だ。私も見習おうと逆に元気をもらう。
いざというときもしっかり冷静に対応できる力。
ここが、問題解決、克服には不可欠だ。
彼女の完治を応援しながら、私もサバイバーなる生き方を、もっとわりきって
しなやかに・・と思った次第。


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「負けるもんか!」とセット。

生きていれば、誰にでも日々、つらいことがある。
八方ふさがりだと感じることもある。
その原因はさまざまだ。

そんなとき、東日本大震災で被災され、地元のスーパーを復興させた
方のドキュメンタリーに触れた。
ながらチェックであったため、すべてを視聴できていないが、
その店主がお店を再建、オープンされたときの挨拶の時に男泣きをされ、
その様子に周囲が肩を抱いたり、拍手をしエールを送られている場面に接し、こちらもうっと泣けてきた。番組のタイトルに「負けるもんか!」にという文字があったのが印象的だ。
この「負けるもんか!」の思いひとすじに、並々ならぬご苦労を乗り越え、
歳月をかけて再建、地域に「まってました!」と歓迎される日を
迎えることができた。その喜び、感慨たるや・・・想像するだけでもしみじみ。
地元の人々、未来を生きる子供たちのために、さらにがんばろう
と涙ながらに誓っておられる姿が本当に沁みた。時に男泣きも美しいと感じた。

まさかの震災。大きな傷とともに「負けるもんか」と頑張る人々。
さて、自分はどうだろうか。
被災は今のところない。ありがたい。でも、別の壁にはぶち当たっている。
でも、心が折れそうとか言っている場合ではない。
とにかく、自分がやるしかない。
「負けるもんか!」を自分との合言葉にして、とにかく今はがんばろう。
被災地のみなさんが、がんばっておられることが、なぜか
自分の今にとても勇気になる。

生きていると、本当にいろいろあるけれど、
「負けるもんか!」を自分に言い聞かせて。
これを切り抜ける日は必ず来る。

台湾の師匠が言っていた言葉を思い出す。
「出口のないトンネルはない。」
この言葉を「負けるもんか!」とセットにして、
今日も元気にスタートするとしよう。




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毎日が誕生日。と思うことにする

ある方より、もうすぐ誕生日がくると●●歳になるが、正直、複雑な思いです・・とのメッセージをいただく。
なんだかとっても共感してしまう。
この方は、私よりも二回りほど上の方で、人生の大先輩であるが、先輩が
そういう気持ちでおられることについて、私も複雑な思いになる。

子どもの頃は、1日1日の成長が楽しみで、周囲にも祝福されて・・・
そんな頃が誰にもあるけれど、生きるとは、毎日死に向かって歩んでいるため、
そのことが近づいてくることを考えるとたまらない気持ちにもなるし、
もしかしたら、わが老いを感じてしまい、昔を思い出すと・・ということもあるのかもしれない。

ただ、この今の瞬間、少々ほころびは出ているとしても、
元気で生きていられること自体がありがたい。
自分の意志で暮らせていること自体がありがたい。
またこれまでの人生の時間、多くの思い出があることもありがたい。
と、そんな風に節目を迎えることができれば、まだまだ生きる力も沸いてくるのではないだろうか。

大切な先輩たちの誕生日には、感謝を伝えたい。
おめでとうございます。そして いろいろ教えていただいて、見守っていただいてありがとうございます!とそんな風に伝えたいと思う。

生きること自体が、複雑な気持ちになる今日この頃であるけれど、
生きている以上、やはりお互いに前向きに、背中を押しあいながら、
がんばるのが良い。
元気が出てきた!となるのが良い。
1年に一度の誕生日ではなく、毎日生まれ変わっている感覚で、
毎日が誕生日。と思い直せば、心軽く、力も沸いてくるのかも・・。

そう、毎日生まれ変わる。目覚めれば新たな1日、新たな人生がはじまると
思うことにしよう。
毎日が誕生日!ということで、毎日を愛おしみ、生きることにしよう。

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目指せ!「ビューティフルフル」

先に、人生の最終形のことに触れたが、こんな風になっていけたらと
と思うのが、
とにかくかわいい、おばあちゃん。心がきれいなおばあちゃん。
何があっても、誰に対しても「ありがと、ありがと」とお礼が言える人。
どんなことに対しても、それを連発していれば、周囲もうれしくなるはず。

もっと言えば、死ぬ間際まで自分に与えられた仕事を全うできる人も憧れだ。
先日亡くなった宮城まり子さんも、内海桂子さんもそうだ。

賢明であり、かっこよく、そしてかわいらしさも・・・。
自分の道を歩み続ける美しさかと、愛に満ちたその豊かさも・・。
ああなりたい、と思うお手本だ。

文句を言ったり、いつまでも自分が自分がといっている年寄りにならず、
前を見て生き続けること、人にできる限り迷惑をかけないこと・・。
(いずれは、誰もが周囲のお世話になってしまうのであろうが・・)

とにかく、かわいく謙虚で素直でありながら、最後まで夢と希望に満ち、自分らしく生きる、そんなビューティフルフルな人。

どうせ生きるなら、そんな人を目指したい。
日々のごたごたを乗り越えるため、大きく目標を掲げるとしよう。


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