コロナに負けないで!応援活動をできる限り楽しんでする。

前にも書いたが、京都で観光タクシーのドライバーをしている仲間が今、大変だ。京都だけにその落差が激しすぎて、お気の毒すぎる。
観光バスもずっと駐車場を埋め尽くし、じっと待機のまま。観光地京都が泣いている。
先日、仕事の合間にそのドライバーの車をたった1時間であるが貸し切り、乗せてもらった。
そして、人の少ない珍しい場所にと、連れて行ってもらった。


連れて行ってもらったのは、なんと私が取材で30年ほど前に訪れたっきりの京都の北に位置する禅寺。
比叡山が前方に見えて、ほんとうに静かで本来の京都の良さを体感できる瞬間であった。
私もうれしかったし、ドライバーの友人も「こんな大変なときにほんまに
助かりますわ~」と喜んでくれた。

場所は変わって、岐阜の東農地区、中山道で有名な恵那・中津川。
どんな町なのか、視察を兼ねて駅に降り立つ。
観光客が普段もっといるんだろう。今年の大河ドラマの主人公ゆかりの町である。でも、ひっそりとしており、明智光秀の名が入った幟だけがはためいている。
駅前の和菓子屋のディスプレイが気になり、ふらり寄ってみる。
「いやー、コロナの影響で、電車乗ってくる人がいないんですよ。だから大変なんです。」そうか・・・。
和菓子屋の女主人らしきおばさまと、若いスタッフ二人が全力で、私をもてなす。
試食もお茶も出るわ、出るわ。商品の説明をしっかりされ、その真剣さに
危機感も感じた。そう思うと、おすすめの商品を購入してしまう。
あの人に紹介してあげたい、この人にも・・・となるわけだ。
店主やスタッフは大変喜んで、深々と頭を下げ、おまけもいっぱいくれた。

今、日本中のどの商売も大変だと思う。
ショッピングモールも来店客が少ないし、道も人が歩かないため、路面店もさらに元気がない。

でも、せめてできるときは、出来る限り応援をしようと思う。

それをすることで、必ず新しい発見がある。

とにかく、製造業も商売もみんな大変なんだから、応援できることはしよう!
それも、できる限り、楽しみながら・・。

海外旅行にいかなくても、たくさんのお金を使わなくても違う楽しみが見える・・・出来る限り、そんな4月にしたい。

もちろん三密にはくれぐれも気をつけて。

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瀬戸際にいる国、誇りに思う国。

世界が日本の対応について、ネガティブな見解を示している。
おっしゃるとおり!と思っている。
世界中が見えない敵と闘い、町を封鎖して、我慢して暮らし、そんななか医療のキャパ越えで、次々と人が亡くなっていく、葬儀もできない、最期のお別れもできない・・。世界がこのウイルスで本当に混乱しているときに、オリンピックのことばかり気にしているへんな国。不謹慎。世界の目には、そう映った。
周囲が心配して、やっとこぎつけた非常事態宣言。
申し訳ないが、非常事態を感じさせない原稿どおりのパフォーマンス。
ずっと思っていたが、やっぱり伝える力が・・・。
世界はこの様子を見て、改めて、NIPPON大丈夫か?この国、大丈夫か?危機管理能力ないのでは?と思ったに違いない。というか、各メディアはそのようにとらえている。
イギリスの首相の感染は、国民を心配にさせている。せっかく新しい体制になって、EU離脱をして・・・国の新たな船出にこんな事態が・・。
国民はこのトップの復帰を心から待っている。

この人に任せて大丈夫?
でも、この国では暴動も起きないのだろう。
どこか、無関心になっている。他人事になっている。
でも、今回は命が・・・かかっている。
真剣に反応しないと・・。
ウイルスよりも、この国のふるまいが、不安の蔓延が怖い。

人をあてにせず、自分ができることをしっかり。

ここに生まれ、生きてよかったと誇りに思える日本であり続けることができるか。

まさに瀬戸際にいる。

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次のビジネスチャンスを考える。

3か月前なら思いもつかなかったこと。
こんなにも必要とされると思っていなかったもの。
いろんなことが考えられるが、
まずはネット。これが今や社会のインフラになっているということを改めて考えさせられている。
このコロナ感染は、このおかげで、いろいろ対応が可能となる。リアルな接触ができないことの代役が可能である。
ネットがなかったらどうなっていたか?
改めて、ネットの良さを感じる。もちろんデマが起きたりと、その逆の効果もあるが・・。

さらに「マスク」「消毒」「人工呼吸器」がこんなに必要とは・・・。
マスクは一気に世界中が着用するものに変わった。
これからも、全世界で意識して着用されるだろう。
予防のマスクから、その機能はもちろんとして、魅せるマスクへ・・。
以前、台湾の人がバイクに乗るとき やたら派手な柄マスクを付けて
いたのを思い出すが、これからはもっとおしゃれなものが出てきても
おかしくない。医療用品であるが、アクセサリーにも進化するのだ。
自動車が売れない代わりに、??と考える企業人も増えてきている。

そして、これからの注目テーマは「おうち●●」。自宅で過ごすことを苦痛ではなく、楽しみに変える。すでにそんな兆しもある。

どうせ家で過ごすならば料理を。。映画を・・・。
これまで外で消費していた人たちが、自宅での時間にこだわりはじめる。
ここもビジネスチャンスとなる。

うちが安心。ということだ。

3か月前まで、そんなことを考えていなかった。
この非常事態宣言により、この傾向はさらに強まることだろう。

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責任感と柔軟さを持ち合わせ。

いよいよ東京が非常事態に・・・。もう実態はどうなるべき状態であったので遅いぐらいの印象か。
東日本大震災のときの状況も思い出し、それ以上の緊迫感もある。
国がどうであれ、ひとりひとりの力により、社会は変わる。
今は、自分の身を守り、また周囲に迷惑をかけないように、
充分に注意をして過ごすことが大切だ。

そして、決めていたことがあっても、優先すべきは今はみんなの命であるので、我慢して、立ち止まることも必要だ。

自分ひとりの社会ではないこと、まさにひとりひとりが社会的責任をもって
行動することが大切だ。

責任感と柔軟さ。

この春を無事に乗り切るために、この2点を忘れずに。

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今年の桜を忘れない。

長崎の外海という静かな町。
あの遠藤周作の「沈黙」の舞台になった町でもある。
そこにお世話になっているシスターがおられ、このコロナ騒動の日々
どうされているのか?と思い、久しぶりにメッセージを送る。
三密とは無縁の町である。海に向き、空を仰ぎ、まさに自然豊かで・・・。
そのシスターより返信メールではなく、電話が鳴った。珍しい。
お声が聞こえてくる。お元気お元気、お変わりなさそうで安心だ。
世界遺産に登録されてからというもの、ひっきりなりに観光客が訪問し、
その静かな町がどうなっちゃうの?と一時は心配したが、
「最近は、めっきり人が来なくなりました」と第一声。
そうなんだ。長崎世界遺産の旅も、コロナの影響で・・・。
「昔のような静けさが戻っています。それでね・・・」
シスターの声が明るくなった。
「ほら、畑仕事をしているでしょう。するとね、ちゃんとお花が咲くんですよ。」
その声で風景が浮かんだ。
人間社会でコロナ感染で大変なことになっても、それでも春になれば
花が咲くのだ。ということだ。
「それを見ていると、なんだか元気になってきてね。私たちもがんばらなくちゃと思うわけです」
ますます、こちらにもそれが伝わる。

ある方が3月11日の震災後、自然には感情がないと海を見て嘆いておられた
ことも同時に思い出した。
そう、自然界はいつも人間界と関係なく、動いているのだ。
人間と同じではない。

シスターと話していて、ああ、長崎に会いに行きたいと思った次第。
「実はね、4月末行く計画はあるんですよ。予定通りいけるかどうかは・・ですが・・・」
「お互い会える日まで、元気にがんばりましょうね」

キリスト教徒でもない私にまで、シスターはとてもやさしい。

そう、シスターの話と同じく、私も満開の桜を見て思っていた。
「それでも、桜は咲いている」・・・と。

今は桜に、春咲く花に勇気と元気をもらうとしよう。
そして、改めて人間ファーストの生き方ではなく、自然と調和することが大切であることを学ぶ春としよう。

今年の桜を忘れない。心のスクリーンショットに、アルバムにきちんと収めていこう。


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おかげさまで、なんだかBUSY

コロナ感染の話題ばかりがメディアが取り上げている。
どうする?どうなるんでしょう?いくらもらえるんでしょう?それって?

なんだか、ピンチを切り抜けることに対して、受け身というか、他力本願をあおるというか・・
おかげさまで私の周囲は、皆さんとても忙しく動いている。
コロナの影響はあるけれども、影響をうけないよう、最小限になるように
攻めに入っている会社、このときだからこそ、世の中を元気にしなければと提案をしかけようという仲間、元気な活動をし続けている人達が多い。
食品を作っている人も、モノづくり工場も、福祉業界も、薬品関係も、
普段と変わりなく、めまぐるしく動いている。
そこにコロナ対策も加わるため、尚忙しい。

と、やることがたくさんあることは、とてもありがたい。
まだ動けるからだ。
ほんとうに都市封鎖になったり、身動きがまったくとれなくなると、事情は変わってくるだろう。
でも、ほんとうに今は毎日、おかげさまで元気に、やることが途切れない。

長距離動かない分、これも宝の時間と思って、どんどんインプット。
いつか読もうと思っていた本や、練習すべき曲や、そうそう、今こそ
クリエイティブな時間を作らなければ。

と、思えば思うほどに日々忙しい。でも、心は忘れてはいけない。
そして、

今、自分ができること。

が大切だ。

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マスク!の存在

欧米人がマスクをつける習慣がないということを、以前書いたことがある。
マスクをするよりも、手洗いやうがいをしっかりする方が効果的であると
されており、またサングラスなどで目元を隠すのはいいが、口元を隠すのは
どうもよくない・・という習慣があったらしい。

しかし、このたびの新型ウイルスが欧米でこんなにも広まってしまった要因のひとつは、マスク未着用ということもあるようだ。
現実、今、世界ではマスク争奪戦であるが、こんなに欧米人がマスクをしている光景をこれまで見たことがない。
逆に、マスクをしているアジア人を妙な感じだと彼らは思っていたはずなのに、
今は中国で生産再開されたマスクが欧米で高い値段で販売されている。
(フランス行きのはずのマスクが中国の空港で突然、超高値で転売されアメリカ行きに変更されたというニュースもあったほどだ)

一方、NYのメディアは「アベノミクス」ではなく、「アベノマスク」とこのたびの日本政府のコロナ対策について失笑、批判。
情けないやら、ほんとうに疑念だらけであるが、この言葉だけには笑えてしまう。笑うしかないということもあるが。
とにかく、今、マスクが世界のキーワードである。

そんななか、自宅のマスクを補充しようとネットで探し、検索してすぐ出てきた「マスク」が高値過ぎることもなく、妥当であったため、迷わず注文。
そして届いて、商品を見てびっくり!
このマスクは、いわゆるお顔のパック~フェイスマスク~であった。
あ、マスクという言葉にやられたな~。とびついた私はなんて・・・と思いつつ、でもきっと間違えて買った人は他にもいるはずだ。

マスクが必要な日々はつらい。これから暑くなってどうするんだろう?
高いお金をつかって支給されるマスクは、なんとも風通しのいい布製?
でも、それじゃ菌も入り放題だし・・。

マスクのない、普通に呼吸できる暮らしに、早く戻りたい。

が、今はそんなことを言っている場合ではない。
いろいろ注意と工夫で乗り切りたいものだ。

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コント王に心からの哀悼。

小学生の頃から、ずっと大好きだったドリフターズ。突き抜けたあの笑いは、言葉を越えて、年代を越えて、どんなときもありがたい存在であった。
家族で喧嘩をしていても、どんなときでも土曜の夜になれば、「8時だよ!全員集合!」がすべてが許され、和みが生まれ、ばかばかしいことで笑うことで、ま、いいかという気持ちになれた。
老いも若きも、テレビを囲み、笑った時代。
あの番組は1週間、よくがんばったね。ごいうご褒美的な存在だったのかもしれない。
今も時々、再放送をすることがあり、迷わず、みる。
おかしくて笑うだけでなく、笑うことの大切さや、そのばかばかしさを生み出す源泉について考えたり、いろんな企画のヒントにも大いにさせていただいた。
一番勉強になったのは、コメディアンという存在、仕事、生き方だ。

泣き笑いこそ、人生だ。
ピエロのごとく、常に何があっても人を笑わす。哀しみの淵にあっても人は笑うことができる。
笑いの力は絶大だ。

そんな笑いを半世紀近く提供し続けた、志村けんさんが、今回の新型肺炎で亡くなってしまった。これこそ、嘘?冗談?「またまた~」と突っ込みを入れたくなるようなことが、現実におきるとは。

あまりに衝撃的なコメディアンの死。
世界の要人やショー関係者からも哀悼のメッセージが届く。
志村さんは世界のコメディアンだったのだ。

遺骨を抱えたお兄様の映像をみて、胸がつぶれそうになった。
コロナウイルスに感染してしまうと、親族であっても看取ることができないだけでなく、葬儀も難しく、気が付けば遺骨との対面・・・だということを今回初めて知った。衝撃を受けた人は多くいることだろう。
過信してはダメ。
みなさんにテレビでこの姿を見てもらって、コロナは怖いということを知ってほしい・・・とのお兄さんの言葉があまりに重く・・。
志村さんが人々を笑わせたテレビで、今は彼が哀しみを伝えることになるとは。

おコメディアンとは真剣勝負の職業である。
恥ずかしいとか、やれないとかそんな次元ではできない仕事。
カラダを張り、アンテナを張り巡らし、人の気持ちを察知して・・・。
どんなに繊細な仕事であろか。
人間が生きる限り、食べることも必要であるが、
笑いは心の最高の栄養なのだ。

大好きな笑いの王様が、あっけなく逝ってしまった。
心からの感謝を込めて。そして彼が遺した教訓をみんなが活かしていかねば。

いい人がこの時期に立て続けに、いなくなっていく。

心よりご冥福を祈りつつ・・。


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ニューオーリンズのジャズミュージシャンを応援!

写真はジャズのメッカ、ニューオーリンズの著名ホールに所属する、そこで演奏活動を行ったり、音楽家の育成を行っているミュージシャンたちの集合写真。
昨日、メルマガで届いた。インパクトある1枚で、また懐かしさもよみがえる。

新型コロナウイルス感染は世界中に広がっており、アメリカは今や世界で
最大の感染地となってしまっているが、ニューヨークやワシントンから離れた
ニューオーリングでも例外ではなくなってしまっている。
この町で年に一度のパレードがあるが、2月に開催された。どうやらそこでの人々の濃厚接触から感染が広がったようで、今やこの音楽ホールはじめ、町中の
ライブハウスでは活動禁止となっている。
ミュージシャンは演奏して生活が成り立つ。多くの聴衆がいなければ、この
ホールの運営も立ち行かない。
今回は、このミュージシャンたちを救う基金の案内。つまりドネーションの募集だ。
以前、巨大なハリケーンが個の町を襲ったことがあった。その前にたまたまNYのビジネスショーで知り合ったクリエイターがニューオーリンズへの移民であり、彼女のことが心配で災害援助の寄付を少額ながらさせてもらった。
以後、彼女との関係は続き、彼女がこのジャズホールを私に教えてくれた。
眼の前でドラムを、トランペットを、ピアノを・・操るジャズメンのパフォーマンスにアメリカの悲しくも誇り高いジャズの歴史を強く感じ、感動した。
あるドラマーからは、ドラム用のスティックをプレゼントされたこともあった。
などなど、思い出深いこのミュージックホール。ニューオーリンズ・・・。

音楽家のことは絶対に助けなければならない。
今回も少額すぎるが、すぐ寄付をさせてもらった。ワンクリックでできる。
ベンリな世の中だ。
金額の問題ではない。太平洋を越えて、今アメリカジャズの発祥の地での
活動が続くように、早く再開できるように・・の思いを伝えたい。ただそれだけ。

つまり、コロナが早く終息するようにという願いである。

今自分にできること。小さなことでいいから、重ねていきたい。

こちらの基金詳細はこちらhttps://www.preshallfoundation.org/legacy-program-emergency-fund

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すべて見直し、出発。

新年度である。
これまでであれば、学校も企業も、個人も桜咲くこの季節に、心新たに
それぞれが向かう道を歩み始める。胸膨らむ新たなスタート。

だが、今年は違う。見えない敵と闘いながら、試行錯誤が続く、不安な
はじまり。
今後、世界はどうなるのか、見えない。
ゴールが見えないから、シナリオも描きづらい。
今できることは、まず我慢すること。待つということ。
そして、その間に今後の世の中の動きを自分なりに冷静に見据えながら
どう生きていくべきか?について、よく考えること。
当然、いろんな見直しを迫られる。
国も、企業も、家庭も、個々人も・・・。

この2か月で見えてきたことは、
人間が生きるためには、食べることが一番大切。
だから食に関するビジネスは重要。
しかし、外食産業は今しばらくか、今後も先細りしていく可能性がある。
毎日食べていかねばならないが、贅沢はしなくなってくる。
アウトドアの娯楽、外出にもおのずとブレーキがかかってくるだろう。
だんだん人々がそんな意識に変わっていくはず。

毎日食べる、そして命を守る。これが生きるためにまず必要なこと。
余暇・趣味にお金をかけることは二の次だ。

経済成長と騒いできた20世紀後半から今日までの道のり。
それがこのタイミングでガラリと変わる・・・そんな兆しが世界から見える。

今は、派手でなく、バブルでなく、
長く無事に普通に生きていく方が、いのちにとって重要だという価値観になってきている。
消費を無駄に増やす必要はなく、いろんな意味でサイズダウンしていくこと。
これから、こちらの生き方にシフトしていくだろう。

生きることへの価値観も、いきがいも変わっていくのかもしれない。
経済ファーストではじまった、あるいは利権ファーストで進んできた
オリンピックがこの時期にブレーキがかかったことも、ひとつの見直しの
機会なのではないか。

見直す。自分たちのこれまでの考え、ふるまいを。
生きていくということについて、さまざまなつながりを今一度見直し、
新たに生き直すことが大切だ。

やっぱり、見えない力が働いているような。
ウイルスも見えないが、何か違う力を感じつつ、
自分の小ささを改めて感じ取り、謙虚になって、生きたい、新年度のはじまり。

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