こころは純で。

長年お付き合いいただいている妹のような存在。その名を純さんという。
普段は純ちゃんと呼んでいるが、いくつになっても
いい名前だと他人事ながらそう思う。
音も意味も格好も、そして意味がいい。

純粋であること。混じりけのないこと。ピュアとも言う。

今の世の中、混じり気、濁り感が多すぎる。
一体、これは何なのか、混ざり合いすぎて真意が見えないことが多く、
偽善的なものことも多い。
良いことは良い、よく無いことは良くないと
前を向いて言い続けることが出来る、胸を張って生きられることは
とても清々しい。純粋だとそれが出来る。

昨今の見えない空気の汚れ、ばい菌。純粋なとは言えないマスクする世界。

きれいな空気なら、ピュアな空気ならマスクなんかいらない。
人の心も、大気も水も、みんな澄んでいてほしい。

そう、純であるということは透き通っていて、よく見えるということ。
見えると、安心だ。
そんな世界に生きたいし、そんな人でありたい。

名は違えど、私も心は純ちゃん、でありたい。

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自身への影響。中止ではなく、延期。

このたびの新型ウイルス。だんだん他人事ではなくなってくる。
移動するときのマスクは、欠かせなくなった。
手もよく洗うようになった。
たまたま用事があって出かけた医療機関、来院者が普段より少ない。

会食の変更の連絡が入った。高齢かつ持病があるので、人込みは避けたいから。
とのこと。やむない事情だ。
3月初旬に予定していた病院でのコンサートが延期との連絡が入った。
「せっかく楽しくやろうと思っていたのですが、高齢の方がこのために病院にわざわざ来られると責任持てないので、落ち着いたら再開ということで・・」
これもやむない事情。

今進めている研修の仕事も、この状況で企画を見直す必要が出てくるかもしれない。

もちろん私だけでなく、周囲のさまざまな人、企業に影響が及んできている。
期限や見える、程度がわかる事態ではないのが、難しいところ。

日本中、世界中が迷わないように、これ以上混乱しないように、
ピンチの事態をしっかり安心安全の方向へ導いてほしい。
と、思いつつも、誰の情報が正しいのか?

とにかく冷静に、自分で納得できる裏付けのある情報をとり、振り回されず
気を付けて生きる。

当たり前に、何の障害もなく生きることができてきたこれまでの人生。
これぐらいの足止めで迷ってはいけない。

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何ができる?何をする?改めて。

自分のことしか考えず、自分のしたいように生きるという生き方もある。
一方、わが身よりも、他の人のことを考え、努力するという生き方もある。
それぞれの人生、それぞれが選ぶ道でよいと思うが、
最近、中村哲さんの生き方と人生の終わり方を知り、改めて自分はどうするべきか?について、改めて考えるようになった。

20年前の中村さんのインタビューを拝見し、胸が熱くなった。
このころからすでに、アフガニスタンの治水工事に着手されていたのだ。
水がなければ生きられない。水があれば生きられる。
病気はあとで治せる。生きていることが大切。いのちが大切。
医者は命を守る仕事だ・・という概念から仕事の領域が広がったという。

なんと、なんと素晴らしい生き方なのだろう。
言葉だけでなく、そこから伝わる人柄、聡明さ・・・。そして自分の信念に従って行動されるその勇気と持続力。そこには喜ぶ人たちの顔があったのだろう。

さて、私は医者でもなく、病も治せず、大したことは何もできない。

でも、人の役に立つことが何かできないか?

最近、そのことについて、さらに考える。

おそらく私の場合は、歌と言葉で、人に元気を与え続けること・・・。
できることから始め、もっと勉強して、もっと役に立つ人になれるように
と改めて思う。

まだ間に合う。
ぼーっと老後を過ごすのは、環境問題的にもよろしくない。
どうせ生きるなら、だれかの役に立つように・・・。

中村さんは生きて、そしてその死によっても人々に大きな勇気を与えている。
こんな人が、このような考え方の人がもっと増えるといい。
足元にも及ばないが、少しでも実行していきたい。

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自分の会社と思って仕事する。

ここ何か月かの間、親しくなったデパ地下の販売員さんがいる。
全国でもおそらく売上トップクラスの駅前デパ地下売り場。そう、ー東京駅にあるD丸百貨店。その中のある食品店である。それは、華やかなスイーツとか、お弁当とかではなく、ある地域の特産品を販売する店舗である。地方の一企業が、東京の一等地のデパートの中に常設で売り場をもつというのは大変な力が要ると思うが、最近開店したのではなくもう何十年もテナント入りしているとのこと。
主な商品は練り物である。それに加え、その土地の特産日~漬物や煮豆など~も
販売している。

さて、その練り物を販売している女性!最近、下のお名前もわかった。
のり子さんとおっしゃる。このお店の店長のようだ。年齢はおそらく私より少しだけ上か?わからないが、声は高めで、すこぶるお元気。キビキビはきはきした接客が小気味よい。

最初、新幹線の時間待ちで、ちょっと立ち寄ったのがきっかけであったが、その商品の勧め方もよく、そしてその商品も大変おいしく、その後、東京駅を利用するたびに、その方がいるかどうかを確かめるように、店に寄るようになった。
お客さんとの対話が滑らかで、とてもトークが上手。押しつけではないが、おすすめ上手。y彼女自身がその商品を心から愛好しているという気持ちが伝わってくる。
そんなこんなで、何度も寄るうちに、すっかり覚えていただき、最近では「会いに来ましたよ」という感じで、お店に寄るのが習慣になってきた。
のり子さんは、とても喜び、とてもよくしてくださる。
「今、大変ですね。」
「そうなんですよ。2割ぐらいは減っているかという感じです。
でも、がんばるしかないですよね」
「そうそう、仕事があるのはありがたいですよね。」
「本当にそうです。私なんか、雇われのくせに、自分の会社みたいな気持ちで
やらせてもらってます」
「いいんじゃないですか。このお店ではのり子さんが社長と同じですよ」
「そうですよね。自分の会社じゃなくても、自分の会社のように思って仕事する
というのがいいですよね」
こういう考え方が、大好きだ。さすが、のり子さん。
従業員であっても、自分が任されている空間を、時間を会社を代表してがんばっておられる。だから、接客にも心と熱が入り、お客さんが付く。

今回もついつい、買ってしまった。その練りものを自宅でいただくときも、のり子さんの顔が浮かんでくる。

お元気かな?と思ってお店に足を運ぶお客さんが増えることは、お店にとって
良いチャンスになる。
やはり、店は商品だけでなく、人で決まるのだ。
おいしいものに、素敵な人。早く、お店に活気が戻りますように。

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 マスクで接客の苦難。

この三連休。せっかくの令和最初の天皇誕生日という本当はおめでたい日のはずであるのに、いろんな行事が中止になってしまい、外出を控える人も多いようだ。
普段であれば、週末ごったがえす名古屋駅直結のデパートも、まるで平日の昼間のような静けさ。
食品売り場はまだ来店客が入っているが、それ以外のフロアはがらがだだ。
週末大変にぎわっている化粧品売り場も対面販売は今は停止だそうで、
売れるものも売れないという状況。
マスクをしての接客。
本来は口元が見えないと、失礼ということで、何があっても、販売する側はマスクをすることはないが、今回は、本社からの要請でスタッフがみな、マスクをしている。
何とも異様な光景だ。
人間が人間と交わることを禁止している・・まさにコミュニケーションの観点からもマスクは・・歓迎されるものではないが、今は仕方ない。

ある売り場に用事があって、出向き、他のお客さんがいないため、何気なく
声をかける。
「大変ですね~。こんなん、いつまで続くやろ」
マスクをかけた販売員が よく声をかけてくれたといわんばかりに
「そうなんですよ。本当にえらいことです。お客さん来ないんです」
 駅の近くのデパートは危ないと思って自粛する人もいる?ようで。」
「マスク大変やね、接客しづらいでしょう」
「そうなんですよ。まず、蒸れるし、化粧も落ちるし・・・。」
「ほんまやね。本当にこれずっとしていると気持ち悪くなるよね。
 取りたくても取れなくて気の毒やね」
「今の季節はかろうじていいけれど、
これから暑くなったらたまりません。しかもマスクは、自前です。
結構大変なんです。いつまで続くことやら・・・」
そうなんだ。マスクは会社から支給されないのだ・・。毎日のことで
しかも入手も大変・・・。
ま、マスクは公的な衛生面もあるが、自らを守るということでは
そうか・・・。
「大変だけど、気を付けてがんばってね。」
とそう声をかけると、そのスタッフは目元で大きく笑ってくれた。

苦しさを笑いに、少しでも元気に変えるための、たわいもない対話。
マスク不要の、普段の売り場に早く戻ってほしい。
ずっとしなければならない状況だけは、なんとか脱したい。

マスクコミュニケーション・・・いつまで続くやら・・・。

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「いつか会いましょう。」

昨年秋、現地で知り合った青年から初めてショートメッセージが届く。
マカオのタクシードライバーだ。
「長いこと会ってませんが、お元気ですか?」
英語の短文で綴られている。
おそらく、新型ウイルスのことがなければ、彼からメールが来なかったかも
しれない。
連日のニュースを見て、日本イコール私のことを思い出してくれたのかも
しれない。
前にも書いたが、彼はもともとマカオのカジノで働いていたが、この業界で働くことのつらさと、拝見主義の世界に疲れ、30代半ばで転職した。
しかし、マカオのカジノの成長は中国観光客に支えられていることもよく
理解しており、香港みたいに主張していたらマカオは成り立たなくなる・・とも
言っていた。
昨年訪れたときは、香港の代わりに大変にぎわっていたマカオ。
今は観光地のお土産屋さんも閑古鳥が鳴いている・・。
「マカオはどう?気を付けてね。またいつか会いましょう」
「会いたいです。でも、今は危険」
簡単なやりとりではあったが、状況を察知する。

個人的にはバブルな中国人の訪日、消費はもう打ち止めでよいのではと
思いつつも、この状況のままでは、世界経済は立ち行かない。
大変難しい、厳しい今日である。

いい感じで回復し、落ち着いた環境で、タイミングで、静かなマカオに再び
寄りたいものだ。

いつか、会いましょう。

そんな言葉を交わしている人たちが、海を越えてたくさんいることだろう。

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作品と商品は違う

あるデザインのコンペティション会場に向かう。
応援している企業さんたちが、そこにエントリーし、挑戦したからそのアウトプットを見ておかねばという理由。
モノづくりをする企業にとってだけでなく、起業したばかりの人にとっても
公的な場に自らの商品をご披露することは、いろんな方の目に触れ、意見をもらえるという点でも有意義だ。
その日に向けて、全力で新作の試作を完成される方もおられ、そのひたむきさに頭が下がる。

会場に展示されている商品、作品・・・。
どちらかといえば、作品が多いような印象を受ける。
もちろんアイデアレベルではなく、完成したカタチにはなっている。
ここで高い評価を受けることは今後のビジネスにも、大いに役立つ。

ある出展者から相談、質問を受ける。
「この〇〇、どこで売ったらいいと思いますか?」
へ?それも想定しての出展ではないの?
まず、思いをカタチにすることが優先。
そしてそれをどこに、どのように売るのは・・はこれからという方も少なくない。

思いをカタチにするところからはじまる場合、マーケティングから商品が生まれる場合。ひらめきや感性は大変重要であるが、使う人の顔が見えていないで作ってもそれは売れない、伝わらない。

作品か商品か。

この定義について改めて考えた。
そして、デザインの役割。

いずれにせよ、思いを形にするのは伝えたいから。

その応援をカタチができてからはじめるのは、たやすいことではないが
ここからスタートする人の応援もしていくのも大切な仕事だ。

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知らない幸せ。

情報過多の時代。どんな情報も簡単に手に入る。それがいいのか、悪いのかは

考えさせられる今日。

また情報の量はやたら豊富であるが、薄っぺらなものが多く、その情報の存在価値についても考えさせられる。

ネット情報だけでなく、人からの情報もコミュニケーションの量が増えれば当然増える。それを全部受け入れることには、器が必要だ。

ただこの器には容量もあり、入れて良いもの入れなくて良いものがある。

自分がすでにもっている情報と親和性があるもの。自分に新たなプラスになるものは入れる意味がある。

そうでないものは無理して入れない。

知らなくていい情報もたくさんある。この情報が自分にとってどうかという判断力は大変重要。

知らない方が幸せなこともある。

知る歓び、知らない幸せ。

両方わきまえて、相手にとって、自分にとって、いい選択をしたい。

何でも話せる相手・・というのもよく考えなければ、もしかしたら相手に

迷惑なこともあるかも・・・。

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絶対逃げない。向かい合う

コミュニケーション クリエイターという以上は、日々ふりかかってくるコミュニケーションのどんな事態からも目を背けず、まっすぐ前を見て進まなければならない。

誤解はよくあることであるが、コミュニケーションをしっかりとりなおすことで関係も改善でき、より良い関係になることも多い。

一見困難なことも、動き出せば道がが開けることが多い。

逃げたらあかん。

といつも思っている。

自分が悔いないようしっかり相手に向き合うことができれば、それでいい。

伝えたか、で終わらず伝わったか。

が大切だ。

人生いつ終わるかしれず。とにかく前に進む。

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とってもいい人に出会う!

とにかくピンチはチャンス。と思いたい。
そして、そのとおりだと実感する今日この頃。
父が入院した病院に通った5か月間、偶然みつけたお菓子屋さんは、すっかりいい心友となり、退院したあともお付き合いは続いている。
次に父がお世話になることになった施設で知り合ったいろんな方とも、新たなご縁が生まれ始めている。
たとえば、ある薬剤師さん。施設専門の調剤薬局でお仕事をされており、最初に出会いで意気投合。
その方との会話より。「・・・喜ばれる仕事って、いいっすよね。こういうことがわかる人かなと思って・・・」と言ってくださったのが、とてもうれしかった。
会う回数は少なくとも、人ってすぐこの人はどうか?ということがわかるのだ。
「本当にそうそう。喜んでもらうことがうれしいですよね」
利他の心。まずは相手がどうか?
このことを大切にできる人は、心から信頼できる。

また、とってもいい人に出会った。

新たな展開を楽しみながら、これまでにない出会いを大切にしていきたいと思う。

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