脱密~柔軟に対応する力が道を開く

コロナで大変と言っているステージはもう終わった。
これを前提として、何ができるか。新たな発想と迅速なる行動が必要だ。

NYのセントラルパークで営業をしている床屋さんのことが話題になっているようだ。
コロナの影響で、町の各店舗は営業自粛を余儀なくされた。理髪店につとめていたその理容師さんは、セントラルパークに散歩に行ったとき、ここで散髪をしたら・・!とひらめき、試しに道具を持参し、そこでサービスを開始したら、瞬く間に広まり、予約でいっぱいになったそうだ。
店より密でもなく、セントラルパークという気持ちよい場所で散髪ができる・・
これは、コロナがあったから生まれた発想だ。想像するだけでも、私も試したくなるし、その景色を眺めているのも楽しそうだ。
今、彼がつとめていた店は営業を再開しているが、もうそこには戻らないのだという。かっこいいスーツ姿で黒いマスクをして、颯爽と散髪するそのビジュアルも素敵で、インスタ映えもするため、散歩する人たちがどんどんネットにアップして、広まったというのもあるとか。(話題はNHK BSの「@NYC」より)
彼のインタビューをきいていると、その状況に対応すること。が大切だとのこと。そして、その対応が、人を助けることにもなり、自分にもプラスになるとのこと。心から共感する。

もう一つの話題は、日本国内の話題。
続く、花火大会の中止。それではせっかく仕込んできた花火がもったいないと
個人で主宰し、協賛金を個人から募って、その人たちのために花火大会を開催する。という企画が、東北のある町で開催されたとのこと。
花火屋さんを支援する、町の人を元気にする。この2つの願いが実現した企画。
これをきっかけに、花火大会とは、行政や大手新聞社が仕掛けるもの・・とは限らない、もっとプライベートな新しいカタチで生まれ変われるかもしれない。

「脱密」で、新たなきっかけをつくる。
そして、現状に柔軟に対応していこう。
ひとりひとりの力から、それが可能だ。

ところで、アウトドアバーバー。いい響きだ。私も屋外で演奏したい。ピアノだと難しいが・・・。

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支える一言が言える人に。

日々、いろんな言葉をいただいて生きている。

人間は三度の食事で生きている、と言われるが、
確かに食事はカラダや心に不可欠な存在であるが、
言葉こそが、食事と同様、ときにはそれ以上に重要な
生きる糧になる。と思っている。

ある方から、
「ご両親のこと、今が一番大変な時期だと思いますが、がんばってくださいね」
という言葉をいただいた。
一見、何の変哲もない、エールの言葉かもしれないが、
私にとっては、とてもありがたかった。

今が一番大変な時期・・・そうか。じゃ、これより大変な時期は
ない。今がどん底であることがわかっていれば、あとは上がるしかない。
と思ったら、みるみる気持ちが楽になってきた。
この一言があるだけで、とても救われた。

そんな風に、何気ない一言が、人を支えたり、勇気づけたりすることが
ある。
それは相手にどこまで寄り添っているかで、変わってくる。
一般論の言葉では、響かないこともある。
伝える相手の現状を自分ごとのように理解し、そこから発せられるひと言。
この重みを改めて考えたい。

言葉は栄養にも、毒にもなる。
間違っても相手に毒にならないように、
とくに大切な方への言葉は大切に紡ぎたい。
たった一言でよい。
その人の置かれた状況を救えたり、琴線に触れることで
何かが変わったり・・
そんなことが可能となる、一言を。

言葉は人を救うことができる。

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改めて思う、2020というdecade

年始に、今年はどんな一年になるのだろうと仲間と話した時に、一年もそうだけど、この2020年代がどういう10年になるかが気になる、しっかり見届けなくちゃという話をしていた、その時は混迷のオリンピックを終え、どんな日本になってしまうかという不安と想像もあったが、現実は全く違ってきた。
こんなに予測不可能なことが世の中に起きるのかということを、世界中のほとんどの人が思ったはずだ。

東京オリンピックは開催されず、世界中がこの暑い夏にマスクをして生活するはめになった。これは地球上に住む人類の誰一人も想像できなかったこと。
何だか知らないけれど、無駄に費用をかけて作ってきたマークから、箱ものから・・それに合わせて考え用意されたさまざまなサービス、社会システムは、
その出番を失い、何が夢か現実かもわからないほど・・・。

コロナとともに歩む2020年代がはじまった。

パンデミック、ソーシャルディスタンス、テレワーク、ニューノーマル、、、。これまで無関係であった外来語や造語もウイルス感染とともに拡大した。

もうコロナ前に戻ることはない。これは断言できる。

非接触の中、これまでの価値に決別して、心新たに前向きに生きるにはどうすべきか。

借り物の言葉でなく、自分に言葉できちんと整理することから始めねば。

コロナ感染の日々の数字に一喜一憂洗脳され、日付がどんどん進んで、2020年が後半に差し掛かっている。報道に惑わされず、しっかり考えていく力が必要だ。
この2020年。コロナは21世紀を代表する人間に対峙する存在となる。
見えないモノと生きていく。もしかしたら2020年代とは、そんな時代になる?

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退職記念日に誕生花。

独立後、20余年お世話になってきた税理士さんがこの7月末で退職されることになった。
いつまでが定年なのかわからない税理士という職業ではあるが、同級生が運営する事務所の主要メンバーとして、長年尽力された。その同級生である代表も病死。その後、事務所に残り、若手の育成と見守り、引継ぎも整え、さまざまな節目ということでの、●歳のお誕生月の月末で退職ということに。ご自身の健康不安も抱えながら、本当に地道に事務所を支え、顧問先の企業に寄り添ってこられた。私も商いは小さいながらも、お世話になった一人である。


2日前に、郵送で退職のご連絡をいただく。

この22年間、公私ともに、いかにいろんなことをご相談にのっていただき、そのおかげで、自分がここまでやってこれたのかと、長くて短い日々をしみじみと思い出す。

ときには、実家までおいでいただいたこともある。
自分ができない分野はこの税務の世界。
それを安心してお任せできることで自分の仕事に打ち込めた。
事務処理、手続きだけでなく、内面からもいつも応援いただき、自信をもって取り組むことができた。税理士とは、「士」が付くだけあって、困っている人を助ける仕事であるということを、学んだ。


税理士最後の日に届くようにと、お花をお送りする。本当は駆けつけてお礼を言いたかったが、出向くことができないこのコロナ禍。

電話でもお話しすることができた。「本当にお役に立ったのかしら。」

と言われたのが印象的で、本当にどこまで謙虚でいらっしゃるのか。

本当にありがたく、心から感謝。
寂しくもあるが、業務のことは、若手にお願いするとして
今後は新しいおつきあいをしていければと思う。

最後の日まで、やり遂げる人は、立派だ。
素敵な退職記念日。

と書いていたら、花が届いたようで、喜びのメッセージとお花の画像が入った。
7月の誕生花、ひまわりを入れた。
グラン・ルーを22年間、支えていただいた人の大切なひとりに、
改めて心からの感謝をお祝いを込めて・・・。

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「空振り」と「素振り」

前に書いた、真夜中の火災報知器の誤報。それに続いて今度は、穏やかな午前中に、スマホから緊急地震速報と大きな警音。なんだ?なんだ?今度は?
すぐテレビのスイッチを入れると、確かに緊急地震速報の表示。東海地方の表示もあり、やばい。どうしようもなく、またもや、オロオロする。でも、揺れない。
東海といっても違う場所だけなのかな?しばらく様子を見ながら、平常に戻る。
どうやら、この速報は誤報だったとのこと。
そう、今週は誤報が続いた。
でも、これはこれで、また学習だ。速報と言われたときに、避難するところまで
頭が回らなかった。
もしものときに、これではだめだ。と反省。

平常時には、もしもの時のことは、なかなか考えないものだ。でも、こんなに異常なことが起き続ける今日は、練習や訓練は現実的に必要だ。
あるところで、こんな話をきいた。
あるお宅では、お年寄りの避難について、万一に備え、二階に逃げるという訓練を何十回も行った家族がいるという。でも、まだその避難が役立つ機会はない。(それは何よりだ)
この逃げるという練習は、素振りのようなもので、何度も練習することで本番に活かせるだろう。ということ。

誤報を空振りのように思う向きもあるかもしれないが、誤報による避難も空振りではなく、素振りだと思えば、一つの経験になって、役立つではないか。

と、この度の誤報続きに、実は感謝もしている。


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真夜中の避難訓練

夜中2時。起きるには少し早いかと、録画した番組をONにしながら目を閉じていたら、突然、大きな音がした。
「火事です、火事です。9階で火災発生。速やかに避難してください」
という内容で、サイレン音とともに、だんだん大きくなって、何度も繰り返された。
寝ぼけている場合ではない。地震も困るが、火事は直近の恐怖だ。
瞬間、おろおろして、動揺する自分をおさえて、冷静になろうと思いながら、貴重品をリュックに入れる。親の貴重品、自分の・・。まとめて入るリュックを探すにも、焦って手間どる。これじゃ入らぬ、これでもない。と寝ぼけているので余計な動作も増える。もちろん顔も洗っていなければ、とにかく世間も寝ている時間だ。とにかく普段着に着替え、こわごわエレベータがまだ動いていたので、乗って階下に降りる。後で思えば、賢明な方は階段で降りていた・・・。
すでに同じマンションの方たちが、寝起きの状態で、避難されていた。
東京に住んでいたときは、一度、階下の飲み屋さんのボヤ騒ぎに巻き込まれたことがあり、そのときを思い出した。どこが?とビルを真下から眺め、煙や炎は出ていないものの、ずっと警報器が鳴っているので、部屋に戻れなかったらどうしようとドキドキしながら、待機。
15分ほどすると警備会社の車、そのあと消防車2台が到着。
夜中の仕事、皆さん、本当に大変だ・・。安心感とともに、そっちに意識が向く。
消防士の皆さんが、建物内に入っていかれた。15分か20分後、とにかく火の気はないことが確認されたので、部屋に戻って良いということになり、順番に部屋に戻った。そのときも、ずっと報知器が鳴り続いていたが、もう火元がないときいて安心だ。

消防士や警備会社の方の仕事!今回は、人命救助にいたらず、誤報であったが、こんなときも出動せねばならず。もちろん本物の火事でなく、良かったのであるが、24時間365日、緊急事態に命をかけて、対応される仕事・・・。
こういう方たちのおかげで、安心して暮らせていることに改めて気づかされる。

ふと、私が持ってきた荷物。なんと、スマホを忘れていた。
お金やカードと同じぐらい、今やスマホが大切なのに。さらに、
避難するとき、マスクをしていなかった。
同じく避難されている方の中で、マスクをしている人は30名のうち
1割程度であった。
夜中、寝ぼけていても、マスクをして、スマホをもって、避難されている隣に立っていたおそらくビジネスマンらしき人の冷静さに頭が下がり、私はダメだな~と反省。その人はずっと待機中もスマホを見ていたが・・。冷静なんだ。

今回の夜中の避難訓練で、私自身、自分がいざ!にいかに弱いかがわかった。
こういう機会はもちろんもうないに限るが、この教訓をぜひ生かしたい。

同じビルの皆さんは、睡眠不足で、翌朝、仕事に出られたことだろう。

訓練は大事だ。そして、訓練のままで終わることを切に祈る。
コロナ時代、それに上乗せの緊急事態、もうやめてほしい~。という気持ち。

とにかく夜中の避難訓練は、大いに役立ち、静かに眠れ、平穏に朝を迎えられることのありがたさを痛感。有難いの意味を改めて、かみしめる。

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ブランド力は経営力

コロナの影響で、さまざまな産業に大きな影響が出ており、日々世に出る情報にドキドキする。
どんな有名なブランドをもつ、企業であっても、コロナでお客さんが来なければ、お店が営業できなければ、どんなにいい商品であっても、売ることができない。
あるファッションブランドの売り場の店長の話をきいた。
私も長年愛用している、ブランドのひとつである。
海外にもファンが多く、今から思えば、あの夢のようなインバウンド全盛期には、毎日限定販売をする商品があるほどに、売れて売れて・・の勢いであった。
しかし、今年に入ってからその上得意様たちの来店が減り、とくに日本に入国できなくなって、そのブランドの売り上げはぱったりストップ。
おそらくインバウンドによる急激な売り上げ減少にとどまらず、国内需要もこのコロナで厳しい状況。しかし、そのブランドは、アジア客に根強い人気があるため、現在でも在日のお客さんが大量に購入し、中国の友人たちに送っているとのこと・・。だから、まだ売り上げはいい・・との話。
送ってもらってまで欲しいという中国人のあくなき消費欲にはある意味、驚きもあるが、それでそのブランドが生きられるならば、藁をもすがる思いかもしれない。

しかし、それに頼っていても、その効果は限定的だ。この状況が続くと、最終的には経営の危機になる。
企業経営が不調になると、ブランド力も急落することになる。
いち早く、投資家や金融機関の力で、なんとか事業を維持できれば良いがそのときには、かなりの事業の絞り込みも求められる・・・。まさか、そんなことがあるとはだれも予想していなかっただろう。ましてや、今年はインバウンドの需要増でさらなる好業績を計画していただろう・・・。

すべてはコロナ。しかし、そんな調子のいい状態が永遠に続くわけではない。
このことを教えてくれたのも、このコロナだ。

今、この厳しい時代に、生き残るブランドについて、しっかり注視していこうと思っている。そして、

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コミュニケーション ディスタンスも!

最近、コロナを通じて、いろんなことを考える。
人間という生き物、人間同士のかかわり、いわゆる人間関係も含めてである。
まず、このコロナが人間に教えたことは、「あんまり近づくと危ないぞ!」
ということだ。
だから、マスクをして、距離をあけて、関わり合っている。
カラダが近づくと、危険なのだ。2メートルの距離。ソーシャルディスタンス。
言葉は定着、行動もまあまあ、定着か。

では、コミュニケーションの世界では?

最近はSNSの発達により、知らない人とでもいきなり、急接近することが可能となった。また匿名でも、コミュニケーションすることができる容易さがある。
世界を広げる、誰かとつながるという点でのメリットもある。
一方、その反面、近くなりすぎてしまい、距離感がわからなくなることも
あるのかもしれない。犯罪を生むことも少なくない。

誰にモノを言っていいのか、誰に言っても良いことなのか?
相手もわからないから、もちろんその距離感もわからない。
本来は、使う目的、対象によって、手法も異なるはずであるが、何か新しい手法が出れば、それにのっかる、とびつく。そんな風潮が続いている。
コミュニケーション面での距離感。この大切さを最近、痛切に感じる。

コロナとSNSも密接だ。
もともとあった人間関係とか社会のありようをつくるコミュニケーション自体が変わってきている。

ココロもカラダも含め、
今一度、自分が自分らしく健康で安心して生きていくために、ちょうどいい関係、いい距離感についても、考えたい。

いずれにせよ、近づぎすぎないこと。が安全かも?

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振り回される時も、幸せのうち。

朝早く、施設の母からメールが届く。
自宅で生活しているときは、毎朝6時にメールを送り続けてきたが、
施設に入ってからは、安否確認も不要と思い、その習慣は卒業。
にも拘わらず、のメールとは、緊急連絡かも?
体調が悪いようだ。すぐ電話をすると、休日にも関わらず、かかりつけ医の先生に電話して、救急車を呼んで・・とか意味不明の言葉を繰り返し、パニック状態になっている。「じゃ、すぐ行くわ。」と言っても、すぐには出られず「9時までに行く」と余裕をもっていうと、「そんな時間まで待てない。もうだめだ~」
これはやばい。急いで、仕事の手を止め、(こういうとき自営業はありがたい)
すぐ支度をして、出かける。駅に向かって急ぎ足で少し歩き始めたら、「あ、もう大丈夫。施設の人に世話してもらった」と電話がかかる。もう~~~。最初から施設の人に言えばいいのに~。こちらの血圧があがりそうになる。「いい、どっちにしても行くわ」
電車を乗り継ぎ8時半ごろ、現地に到着。母は施設の食堂で、少し余裕をもって
小さくなって座っていた。「ごめん、悪かった。本当にお腹いたかったんで・・」それから、母と二人で、久しぶりにいろいろ話した。
最近、振り回されていることが多く、それについて思っていることをしっかり話す。珍しく母は私の言うことを素直に聞き、何度も詫びたり、御礼を言っていた。

このところ、住環境が急に変わったこともあり、母の思いつきに振り回される
周囲。とくに私や妹には直撃だ。
これは何かの練習、経験だ。
経験を重ねて、理解も深まり、きっともっと楽に過ごすことができるようになる。

振り回されることは、一生だとさすがに叶わないが、今のうちだけならば、
まあ、仕方ない。聞けるうち、聴けることは聞けば良い。
悔いない人生には、ほんの一コマ、そんなことも必要だ。

振り回してくれる人がいるだけ、幸せ。と、そんな見方もしてみる。

介護とは、何から何までを指していうのかわからないが、おそらく自分だけを見ていた生活と全く違って、自由が利かなくなってきた弱き立場の人に寄り添うこと全般を指すのだと思う。手を携えて見守る・・。実際はきれいごとでは済まず
疲れるが、逃げるは一生の悔い。なかなかの修行。まだまだ続きそう。少し肩の力を抜いて、適度に適当に。少しでも楽しみや喜びをみつけられればいい。

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今行ける、私のNY。

新型コロナでの世界の惨状、それに対する人々の努力、奮闘をさまざまなメディアで見ることができる時代。
ペストが流行ったときは、他の町で、国で何がどうなっているかなど知ることは
難しかった。
今は、カンタンに世界の情報が入手できる。よくもわるくも・・ではあるが。

よい点は、知りたいこと、知りたい町のことがわかるという点。
たまたまNYのコロナ感染の様子を編集したドキュメンタリーを見た。
偶然、つい最近、実家のピアノの上にみつけた、約30年前、初めてNYを訪問したときにグランドセントラル駅前で、同行者に撮ってもらった1枚の写真のことが重なった。
当時は珍しかった海外出張で初めてNYを訪ねることができ、私の世界観は一変。それから世界に出ることが大好きになり、NYはとくに、自分のモチベーションを高め続ける、最高の刺激剤となった。
何十回も通った。朝から夜まで足の裏が熱くなるほど歩き回った。いろんなストリートを歩き、いろんなところに泊まり、いろんなところで働く人々に出会い・・・。人種はさまざまだ。「どこから来たの?」これが会話のはじまりだ。今でもタクシードライバーとの会話から、ホテルマンとのふれあいから、デパートの販売員の接客から、現地で知り合った日本人との交流から・・さまざまなコミュニケーションの経験をくっきり思い出す。
そして、同時多発テロ。当時のNYのことも今になっても、つい昨日のように思い出す。
そして、今回のパンデミック。
医療の崩壊が叫ばれた。人種差別がこの国の感染を大きくした。NYは州知事や知事ががんばって、医療関係者の努力で、市民の尽力で、なんとか経済活動を取り戻し始めた。
いつ、NYに行けるだろう。毎年あの町に足を踏み入れ、さまざまな情報を得ること、そして創作や表現のヒントになってきたミュージカルやコンサートに行く・・・そんな日がいつ?あの大喝采はまた聞くことができるのか?
ミュージカルもコンサートも、観客があって作品が完成する。ソーシャルディスタンスを考えると、感動も別ものになる。
あの熱狂は、戻ってくるのだろうか?と、カーネギーホールの客席を思い出す。

ふと、長年お世話になってきた航空会社の未来も心配になり、そこで出会った人たちのことも思い出し、胸がいっぱいになる。成人してからの私はNYに育ててもらった。なのに、今は14時間ほどで行けるあの町に向かうには壁だらけだ。

そんな思いのなか、今自分ができること。

ささやかな寄付である。参加である。
ということで、以前長年、会員になっていたNYの美術館のサイトに久しぶりにアクセス。再び会員になり、ささやかな寄付と応援。
今年、この美術館150周年だそうで、なんと、こんなアニバーサリーイヤーになるとは・・。

このおかげで、この美術館からはこれまで以上にさまざまな情報が届くだろう。
また、NY TIMESもいつもデスクトップ上にすぐ見えるようにしておく。
練習に通ったスタジオからのメッセージは必ず目を通し、自分がそこにいるかのように想像を楽しむ・・・。カレンダーはもちろんNYの絵柄入りで。
ブロードウェイの近くで買ったマグカップで毎朝コーヒーをいただく。
などなど、今、私の目と手が届くNYをゲットする。

実際にはしばらくいけないだろう。
でも、いつか行ける。いつか30年前に初めて行ったときのように
感動しながら、アフターコロナのNYを歩ける日が必ずやってくる。
そう、信じて、今は私の掌中のマンハッタンを楽しむとする。

世界でがんばる医療関係者の皆さまに、心から感謝と敬意を込めて・・。

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