ある紙面の企画にと、オンナ4人が集まった。
テーマは「働き方」について。
と書くととても唐突であるが、「働き方改革」とどこやらが
しきりに言っているが(いつもどおり、口だけ改革?)、
実態はどうなのか?とくに女性にとって、仕事とは?働くとはどういうこと
なのか?についての意見交換のための半時間。
いうまでもなく、人それぞれの生まれ育った環境にもより、その仕事観は異なる。今同じ職場で同じ部署にいても、仕事への考え方がまさに十人十色、百人百色である。
何度も転職をしながら、会社づとめをしている人。結婚や出産を機に、働き方を見直しながら、今は子育てもひと段落、もっと仕事へという時期の人、あまりにハードな職場で体調を崩し転職し、新たな職場での仕事も楽しくなってきたかなというう人・・。私から見れば、それぞれがいきいきと仕事をし、またプライベートも充実されている様子。
そしてみなさん、定年まで同じ職場にいるか?についての見解も一致しており、想像どおり男性とは違う仕事の仕方、とらえ方をしていると実感。
収入はもちろん重要であるが、まずは仕事が楽しい、と思えることは大切。
そういう意味で、楽しく働いている人は幸せ。でも、楽しくするのは自分次第。
終わりを決めるのも自分。どうやら敷かれたレールどおりに進まないのが、オンナの働き方?生き方?のよう?が今回の私なりの結論のひとつ。一般には違うかもしれないが・・。
オンナそれぞれの働き方。
リハ中のリクエストに。
父が入院する病院にあるグランドピアノを見つけ、コンサートを行うことになった。3月初めの開催ではあるが、一度、どんなピアノなのかを確認しておきたい。と、そんなことで、年末の土曜、許可をいただき、30年もの間病院のロビー奥に鎮座する立派な木目のグランドピアノを触らせていただく。クラシック、日本の曲、ジャズ、タンゴ・・・どんなジャンルに合うかは、ピアノの音色により変わるため、先に触っておくことは重要だ。触った上で、演奏曲目を検討する。また鍵盤の硬さや響き方によっても準備も心構えも変わる。
同じピアノは世の中にひとつもない。
こちらの名器は、とても滑らかで弾きやすい高級ピアノ。
調律もこまめにされているようで、よく音も出るため、演奏会にも適している。
ずっと弾きたいけれど、係りの人に申し訳ないので、
そろそろ試し弾きをやめようかと思ったら、
ピアノの前にある院内のカフェスペースからおひとりの男性が近づいてこられた。
「あの、リクエストやってくれるかな。」
「今日は、リハーサルで、コンサートは3月ですが」
「いいやん、リハーサル中でも。あれ、クロード・チアリの『禁じられた遊び』弾いてくれる?」
と言われ、瞬間、クロード・チアリと、リチャード・クレイダーマンが
重なって??となったが、曲名からメロディはすぐ浮かんだ。
「じゃ、特別に・・」
ということで、半世紀も弾いていない、懐かしき『禁じられた遊び』を
弾き始めた。弾きながら、ああ、クロード・チアリはギタリストだったと思いだした。
曲が終わったら、その男性から拍手。
「ありがとう、素晴らしい、ありがとう」
お客様は喜んでおられたご様子。
リハであろうが本番中であろうが、お客様にとっては、今日、今がライブなのだ。弾ける曲をリクエストされて良かった。失望させるのが、嫌だ。
このピアノでの初ライブ。父も聴きに来られたらいい。
春に向けての活動準備をひとつひとつはじめていこう。
「果て」で出会う感動。

京都の冬は寒いから、観光客は少ない。
と思っていたのは、ふた昔前の話か。
温暖化の影響もあり、過激なインバウンドのせいか、季節を問わず
訪れ続ける人たち・・・。
京都の町は変わってしまった・・・と嘆きたくなることが多いなか、
今回は京都らしい時間を過ごせる瞬間に出くわした。
寒い、天気の悪い、今にも泣き出しそうな空の12月。まだお店も
開いていない早い時間。9時ごろの嵐山。
まだ観光バスも、団体客もたどり着いていない時間帯。
久しぶりに渡月橋を手前から見る。
ああ、少女時代から憧れであった京都の代表的な顔。
20年前に、この近くで海外のマーケッターたちとの会合を開催し、
京都はなんと素晴らしいと感謝された貴重なひとときが頭に浮かぶ。
そして、渡月橋と反対側に歩き続け、竹林に向かう。
ああ、京都の嵯峨の竹林・・。ああ、こんな世界もあったのだ。
続く竹林を外国人観光客が撮影しながら歩いている。が、まだ少ない。
こちらも楽しみながら歩ける空間・・。
あまりに懐かしく、昔のままの京都に触れ、
やっぱり感動には静けさが不可欠だと実感。
明治から昭和にかけて、大活躍した大スターの邸宅跡・庭園も
歩いてみる。
大スターがなぜここに庭園を造ろうと人生をかけたのか
わかるような気がする・・。
と、京都は果てで楽しめる。
時間の果て、場所の果て・・。
真ん中ばかりにいては、見えないものが見えてくる。
京都人の言葉力
京都の仲間は、東京の仲間と一味違う空気感がある。
東京ほど、バタバタしていない。
どこかゆるやかな、余裕というか、ゆったり感。
それは言葉のせいかもしれないが、
京都の人と話していると、なんだかちょっとこちらものんびりする。
最近、よく言われるのが
「からだ、きいつけてな」
との言葉。
京都弁、関西弁は人情の言葉かもしれない。
だから、多分、好きなのかもしれない。
コミュニケーションをとるうえで、最も大切な言葉。
京都の人は、どうすれば相手が気持ちいいのか、安らぐのかなど
わかっているのかもしれない。
同じ意味、同じ思いがあっても、
表現でこんなにも変わるのだ。
いろんな意味で、京都はやっぱやるな~。
言葉で人がうらやむ、方言はあまりない。
夜、市内のお好み焼き屋に行く
「おいでやす」
という歓迎のことば。
「いらっしゃいませ」に慣れているため、大変新鮮。
京都は、第一印象から、一枚上手だ。
何かと人の上をいく・・・。
京都のおもてなし力のもとは、言葉か、と再認識する年の瀬。
距離とコミュニケーション
親しい人、とくに家族となると、遠慮なしの素っぴんコミュニケーション
になることも多い。
仕事関係や、知人とは冷静に会話ができても、気の置けない仲間は真剣に
ぶつかりあってしまうことがある。
人間は不思議だ。
親しき間にも礼儀ありであるが、家族というのは、根底に何か絶対に
切れない、暗黙のゆるしがあるのだろう。
だから、感情のままに思ったままを口に出すことがある。
あとで反省もする。
辻褄があっていなかったり、矛盾を感じることもあるが、それでも、
ぶつかり合うこと自体に悔いはない。
距離が近い人とのコミュニケーションはとても濃厚だ。
ひとりやふたり、周りにそんな人がいるのも悪くない。
真剣に向き合ってくれる存在はありがたい。
でも、どんな相手でもほどよいコミュニケーションは不可欠だ。
互い、人格がある。
どんなに言い合っても、ぶつかりあっても、
赦しあえる、気の置けない間柄。この関係性、存在はありがたい。
与件の中でベストを尽くす
どんなことにおいても、与えられた条件がある。それは経済的なこと、環境的なこと、物理的なこと、時間的なこと。
全てが十分に与えられることは、ない。
例えば、あるテーマについて、5分で話してほしい。というリクエストがあるとする。短い時間だから簡単。ということは絶対になく、短い時間であればあるほど、凝縮しなければならず、どうすれば良いかと大変悩んだりする。
仕事以外でも、自分が生きる全てのプロセスには与件がある。その中で最高のパフフォーマンスをすること、成果を出すこと。そのためにはそのケースごとにしっかり対象を見つめ、その人たちに響く、伝わる手法を取らねばならない。
与件。個別の仕事に限らず、自分という存在に与えられている与件を時に振り返ってみると、取り組むべき命題について、より明確にすべきことが見えてくるかもしれない。
愛され、感謝し合えるが一番の価値。
人生100年は決していいことづくめではない。それをまっとうするには実際多くの人のお世話にならなければ、実現は難しい。
老いては子に従え、と言うが、子だけでなく、周囲の皆さんに迷惑や負担をかけないように努力することも大切だ。
最近、つくづく思うのは、長生きしても孤独であれば不幸だということ。
生きている限り、周囲から愛情を注いでもらえるように、それには普段からの行動が大切だ。
周囲に義理義務ではなく、心から応援したい、支援したいと思ってもらえる人になるよう、これは老いる前から訓練、修行が必要だ。
人生の一番の価値は、愛されること、感謝されること。また会いたいと思われること。どんな栄華の時代があったtlしても、最後はそこに辿りつくのでは。
と、そんなことを最近強く思う。
249回目の誕生日に。


12月16日はベートーベンの誕生日。1770年生まれであるから249回目の記念日である。
今、改めてベートーベンから学びたいことが多く、今までできなかったこと、しようとしてこなかったことの整理をしながら、やっていこうと思い始めている。
エリーゼのために・・は誰もが知る美しきピアノ曲であるが、一度は目指したピアニスト・・の課程にはピアノソナタとの出会いも、わが人生に大きな影響を与えた。もちろんあの、第九も何度も合唱団に参加し、交響曲の重厚さに圧倒される少女時代を過ごせたことも意義深い。
2020年は、私のなかでは、ベートーベンへの感謝の年。
改めて彼の偉業をたたえ、感謝して、自らの創作、演奏、発信活動に活かして
いきたい。
ふるさとボンの町にある、ベートーベン資料館も今、来年に向けてリニューアルを進めているが、あくまでも商業的にならず、ベートーベンが創出した素晴らしい精神世界の表現を身近なものに感じられるようなムーブメントが続くと良いと
願っている。
ということで、わが2020年は、ルードイッヒ フォン ベートーベンの
メモリアルイヤー。
学ぶなら、今のうち。その気づきをもらえたこのバースデーに感謝をし、「歓喜の歌」を心のなかで歌うとしよう。
仕事人生の終活。
前の原稿で、リミットの話を書いた。
そうしているうちに、今度はそろそろ会社経営を・・と考えておられる
社長さんとお会いした。
今、73歳。ご自身で会社を立ち上げ、約40年。料理人の経験から、食への問題意識が高まり、その関連のメーカーとなり、中食業界を支えてこられた。
さまざまなアイデアが浮かぶ方で、時代を先取りして、モノづくりを行ってこられる傍ら、地域活動にも力を注いでこられた半生。
気が付けば、子供たちからも、もうそろそろ会社をやめたら。といわれる年齢。
70代になって現役の経営者は、この世の中には少なくない。
元気ならば、ずっと現役。自分で決めればよい。それが創業者だ。
でも、この社長さんは、次やりたいことがあるとのこと。
ご自身の専門分野の研究所を創り、世の中にその知恵を伝え、活かす拠点を設けたい。だから、今の会社経営もそろそろ一区切りせねば・・・。
ということで、あと2年。
2020年からはじめる2年後に向けてのカウントダウン。
今、自分が関わっている仕事はまもなく終わるが、これじゃ、2年間応援しないと・・・。と思えてくる、頼もしい社長さんだ。
自分でリミットを決める
この少子化社会のなか、仕事で六人のお子さんをもつパパに出会った。
毎日が台風のようだと笑いながら言われるが、想像するだけでも、どんな生活になるんだろうと、ただただ尊敬。
昼間は奥さまがお子さんの面倒を見ておられるが、夜はもちろんパパも子育て参戦!お風呂を入れるだけでも重労働ではないかと思うが、
「ま、楽しみながらやってますわ」さすがの八人家族の世帯主。
さて、その方はなるべく早くうちに帰らねばならない。
定時が17時半となれば、それまでに必死に仕事を早く終わらせなければならないので真剣勝負の毎日だ。だから自然と仕事もよくできる。
自分でリミットを設けているから、がむしゃらになる。それはよく理解できる。
毎日のリミットももちろんいい。
そして、最近思うのは、人生の気持ちの上でのリミットだ。
余命何年とか医者から言われてのリミット・・ではなく、
自分で決めてそれに向けてがむしゃらに生きる・・・そのためのリミットならば
意味がある。
もちろんそのあとも元気に生きていれば儲けものだ。
たとえば残り1年しかない。と思ってみる。
そうすると、危機意識も自分のなかに芽生えてくる。
リミットを自分で設定する。
これでそこに向けての引き算の人生が生きられる。
だらだら生きている場合じゃない。
と、六人のパパの横顔を見て、私も背筋が伸びた。