知らない幸せ。

情報過多の時代。どんな情報も簡単に手に入る。それがいいのか、悪いのかは

考えさせられる今日。

また情報の量はやたら豊富であるが、薄っぺらなものが多く、その情報の存在価値についても考えさせられる。

ネット情報だけでなく、人からの情報もコミュニケーションの量が増えれば当然増える。それを全部受け入れることには、器が必要だ。

ただこの器には容量もあり、入れて良いもの入れなくて良いものがある。

自分がすでにもっている情報と親和性があるもの。自分に新たなプラスになるものは入れる意味がある。

そうでないものは無理して入れない。

知らなくていい情報もたくさんある。この情報が自分にとってどうかという判断力は大変重要。

知らない方が幸せなこともある。

知る歓び、知らない幸せ。

両方わきまえて、相手にとって、自分にとって、いい選択をしたい。

何でも話せる相手・・というのもよく考えなければ、もしかしたら相手に

迷惑なこともあるかも・・・。

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絶対逃げない。向かい合う

コミュニケーション クリエイターという以上は、日々ふりかかってくるコミュニケーションのどんな事態からも目を背けず、まっすぐ前を見て進まなければならない。

誤解はよくあることであるが、コミュニケーションをしっかりとりなおすことで関係も改善でき、より良い関係になることも多い。

一見困難なことも、動き出せば道がが開けることが多い。

逃げたらあかん。

といつも思っている。

自分が悔いないようしっかり相手に向き合うことができれば、それでいい。

伝えたか、で終わらず伝わったか。

が大切だ。

人生いつ終わるかしれず。とにかく前に進む。

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とってもいい人に出会う!

とにかくピンチはチャンス。と思いたい。
そして、そのとおりだと実感する今日この頃。
父が入院した病院に通った5か月間、偶然みつけたお菓子屋さんは、すっかりいい心友となり、退院したあともお付き合いは続いている。
次に父がお世話になることになった施設で知り合ったいろんな方とも、新たなご縁が生まれ始めている。
たとえば、ある薬剤師さん。施設専門の調剤薬局でお仕事をされており、最初に出会いで意気投合。
その方との会話より。「・・・喜ばれる仕事って、いいっすよね。こういうことがわかる人かなと思って・・・」と言ってくださったのが、とてもうれしかった。
会う回数は少なくとも、人ってすぐこの人はどうか?ということがわかるのだ。
「本当にそうそう。喜んでもらうことがうれしいですよね」
利他の心。まずは相手がどうか?
このことを大切にできる人は、心から信頼できる。

また、とってもいい人に出会った。

新たな展開を楽しみながら、これまでにない出会いを大切にしていきたいと思う。

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どれも思い出の星になる。

毎日、ドタバタの珍道中。
仕事であちこち動けることは何よりのこと。忙しいという言葉は好きではないが、やることがたくさんあるのは幸せのこと。限界まで突き進む、限界の壁を突き抜けたい・・とそんな気持ち。
それだけやっていれば幸せだが、人生そんな単純ではない。
いろんなことがおきる。

最近はとくに親とのことがかなり・・・いろいろ、ある。

たとえばなんとか施設に入所した父。おとなしくその環境で暮らしていてくれるかと思ったら、あることがあってタクシーで脱走?(馴染みの喫茶店に行っただけであるが)
まさかそんなことする?ということが次々起きる。
介護というのは、身の回りの世話をすることだけでなく、その人の生活全般を支えることであるならば、ただいまかなり介護にかかわる心労?が重なっている。
高齢化社会、まじで大変だ。他人事ではない。誰しも通る道ともいうが、それはその人それぞれすべて事情も違うので、一律ではないことも知る・・。

と、とにかく日々、思ってもいないことで振り回されそうになり、怒ったり
情けなくなったり・・・といろいろある。

が、きっとこんなことも、あとになったら、懐かしく思い出せる、そう、思い出の星になるのだ。と思って、今は真剣に立ち向かうのみ。

思い出の星になったときは・・・。いつかそんな日が来る。その日までがんばろう。

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辛いときほど、高みを目指す

日々生きていると、いろんなことに出会う。

信じている人に裏切られたような気になるときや、
振り回されているような感じがするときや、
わかってもらえてないような寂しい感じがするときや・・・。
イライラしたり、
たまらなくつらい心境になったり・・・。

人の生きる道は順調満帆ではないと思う。

転びそうな道もいっぱいあるし、転ぶときもある。

痛かったり、辛かったり・・・。
そんなときは、きいてもらえる人がいてもらえるのはとても幸せ。

さらに、自分と向かい合う。そして、こんなことを気にせず、
もっと大きな人間になろうと、高みを目指す。
尊敬する人たちのことを思い浮かべ、そうなるには、
こんなことを気にしている場合ではない・・・
と自分を高めていくトレーニング。
自分はこんなもんじゃない、もっとこんな人になるんだ。
と思うことで心がほぐれ、大きくなれるような気がしてくる。

つらいときほど、俯瞰しよう。
困ったときほど、高みを目指そう。
そうすることで、すべての経験が自分の成長の糧になるはず。

最近、そんなことを心がけるようにしている。

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今ふたたび、老婆の背中

もう十数年前のこと。発展を続ける上海の町の路地を、出張の合間に歩くのが好きだった。
高層ビルの建設がすすむなか、昔ながらの人々の暮らしを垣間見るのはとても心なごんだ。
洗濯板を使って衣類を洗い、家の二階にロープを吊るし、そこに干す。
目を閉じれば、その風景がくっきりと浮かんでくる。
変わりゆく上海のなかの、のどかな暮らし。
もっとも印象深かったのは、家の外にある洗濯場で洗濯をするお婆さんの背中だった。
その様子がなんだかとても気に入って、思わず写真に収め、翌年の年賀状に使った・・・。
http://www.mahsa.jp/profile/nenga/nenga03.html

そのことをすっかり忘れていたが、最近、再び、老婆の背中を見ることがあり、そのときのことを思い出したのだ。


実家の近所のホームに入所した父を訪ねた日のこと。母も時間を合わせて自転車でやってきた。自転車で20分ぐらいの距離だ。父が暮らすホームで用事を済ませてから、母と最寄の駅まで一緒に向かう。私は電車で、母は自転車で。駅で別れるまで数分のことだ。
何十年ぶりかの懐かしい組み合わせ。子どものころから母はいつも自転車に乗っていた。

駅に着いた。「じゃね、また」「ありがと。気を付けていってよ」
と別れると、母は引っ張っていた自転車に元気にまたがり、こぎ始めた。
電車もまだ来る気配がないため、帰っていく母の姿をずっと見ていた。
毎日自転車に乗って近所を行き来して、なんとか元気にやっている。
でも、もう80歳を過ぎた。「元気やな・・・」
だんだん小さくなる母の背中を見て、なんだか涙があふれてきた。
いつまでも、元気に自転車乗らんとね。
そのときに、上海で見た洗濯するお婆さんの背中を思い出した。

母の背中は、たくましい。母の背中、できれば永遠に。
記憶のなかでは、もはや永遠だ。




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心の風通しをよくしよう

仕事でも、それ以外でも、自分の考えと違っていたり、疑問不安に思うことがあったり・・そんなことは多くある。
違う人間と同じ社会で生きているのだから、「??」という気持ちになることは日常茶飯事だ。
この状態のまま、それを心のなかにしまい込んでしまうと、心が窒息しそうになる。苦しくて体に偏重を興すこともある。
ストレスが原因で、病気になり仕事や生活に支障をきたす・・・。できれば、そのことは避けたい。

,何かあれば、思うことがあれば、きちんと表現する。

伝えるべき相手に伝えることでその疑問や もやもやがすっきり解消されれば一番いいし、第三者にきいてもらって、いろんな理解があることを知ることで楽になることもあるし・・。とにかくいろんな方法でアウトプットするのが良い。

言葉にする、きいてもらう。そんな相手がいれば人生うまくいく。

とにかく 心の通気をよくする。

オープンマインドで生きていく。

心の窓を開く。これが一番の健康法。

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台湾と日本は隣町。

目を細めすぎたな~とちょっと失敗のワンショットであるが、私の人生において貴重な1枚だ。

一緒に写っていただいているのは、台湾の流通の父と言われている徐さん。
現役時代、30年にわたって台湾のコンビニはじめ、多くの流通業の礎を創り、台湾の人々の暮らしを便利に豊かになるよう導いたリーダーである。
私が30代半ば、今から思えば運命的ともいえるめぐり逢いをいただき、
仕事で8年余り、台湾へ通う時代をいただいた。言葉もままならぬ自分が海外の企業と仕事ができるなんて、今から思ってもありえない経験をいただいたことが、自分のその後の人生を変えた。
そして、時代が変わり、役割が変わった今も、連絡を取り合い、日本で、台北で再会し、互いの元気を交換している。
現在は台湾で自らの塾も主宰され、幅広く社会貢献もされている。
サラリーマンがこんな大企業集団のトップになるものか?と日本人サラリーマンから見ても憧れる勇気ある生き方をしてきた方である。最近は日本のメディアでもその生きざまが取り上げられているようだ。
努力すれば、人生を変えられる・・との持論は、心から共感する。
最近執筆された本について、香港との関係について、台湾という国について・・議論はつきず、気が付けば2時間半以上も語っている。
「ああ、楽しかった、面白かった」
という言葉をいただくが、全部日本語で楽しまれているところが凡人とは違う。
「いつか、日本に住みたいですか?」の問いに
「いや、もう私の中では、日本と台湾は東京と大阪みたいな感じで、国境はないから・・・」日本のことをこよなく愛する人が台湾には多い。日本と台湾は外国ではなく、確かに隣町のようだ。

最初は仕事で出会ったのに、いつの間にか、家族ぐるみであり、友達であり・・。本当に私にとっては宝の時間。
障がい者の人たちが心を込めてつくってくれた、グラン・ルーのロゴ入りのマフラーをプレゼントしたら、喜んですぐ着けてくれた。「いいねえ。あたたかいねえ。今尾さん、センスいいねえ・・」いろんなことが伝わることが、本当にうれしい。

人は国境を越える。国が越えるのではない。徐さんの背中を見て、私ももっともっとがんばろうと気合いを入れた。

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いろんな力のおかげで。

父が病院からいわゆる介護サービス付きの老人ホームといわれる施設に入所した。病後のケアやさまざまな観点からの検討の結果、そうなった。

病院と住宅。これは全く違う。治療から生活へ。
もちろん、自宅へ戻れるのが一番理想であるが、完治しない体調での復帰はなかなかむつかしく、介護のプロのお世話になることになった。

この決定にも迷い、悩みは尽きないが、それでも今できることとして考えたベストの選択。家族の合意でもある。(父本人には満足ではないかもしれないが)

何でもお世話になってみないとわからない世界がある。
今回、父の病気をきっかけに、医療・福祉業界の一端を知る機会ができ、
自分が関わるビジネスの社会や現役で元気に過ごす人たちとの世界がすべてではないことを身につまされながら、自分の無知、勉強不足も知ることになる。
でも、必要に迫られて知ることで、世の中が見えてくる。

いろんな方のおかげである。
病院でも、医師、看護師、作業療法士、理学療法士、言語聴覚療法士のみなさんにお世話になった。
今回も管理者、ケアマネージャー、生活相談員など・・いろんな役割をもった人にお世話になる。この役割分担がきちんとできており、しかもチームで皆さんきちんと対応されているところが素晴らしい。

元気なお年寄りから、看取りまで。
いろんな状況に合わせ、皆さんのチカラが発揮される。
無理しながら親の世話にあけくれ、疲れ果ててしまう人生よりも、プロに任せることでみんながうまく、ハッピーにいくこともある。

今回は、改めて、みなさんのチカラのおかげ。を実感することになった。

父が少しでも、楽しく幸せな毎日を過ごしてくれるように。

もちろん自分ができることはし続ける。

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皮肉な静けさ

本当に申し訳ないけれど、今、外国人観光客が少ない町に落ち着きを感じる。
京都はとくに、つい最近までの騒々しさとは、まるで違う。
やっと、普通にバスや電車に乗れる、町を歩ける・・・・。

インバウンド客の来日で恩恵を受けてきた方たちには、今回の新型コロナウイルスの影響によるダメージは大きすぎると思う、お気の毒とも思う。

しかし、もともと、京都はこんなもんだった。

とくに京都の2月は観光客が少ないのがひと昔の常識。寒くて入洛する人が減って、そのときが本当に京都を楽しむチャンス。で、修学旅行のある春と秋は人出が増えるので注意・・・・。なんてみんな思っていた。

と、そんなサイクルも、近年は季節を問わず、あっちこっちからの訪問。
中国人がいなければ、商売が成り立たない・・・。インバウンドのおかげ?
と京都だけでなく、日本中が湧いた、駅も電車も混んだ。
・・・が、まさに、今はその勢いがぴたっと止まり、静かな町が久しぶりに戻った・・という感覚。

活気はいつ戻るのか?オリンピックには?

しかし、個人的にはずっとこのままでいい。

私たちが知っているもともとの京都の賑わい、静けさのままでいい。

異常な京都は、今回のコロナ感染でもうおさらばしたい。
と、感じている住民の人も少なくはない・・・かも?

今、京都はベストシーズンである。と言ったら、怒られるかもしれないが、
この状況はいろんな意味で、重要だと思っている。



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