日々いろんな相談もいただき、またこちらも相談して。人生はお互いコンサルだな~と思う日々。いろんな人にお伝えするためには、いろんな方から別に吸収している。やっぱりINとOUTの繰り返しだ。
最近、家庭のことでとても悩んでおられる方の話を聞く。他人事と思えないので、なるべく交流する時間をとり、元気になるようにと思っている。そんな彼女が「ある人の言葉です。過去のことは、もうどうでもいいのです。それを燃料に感謝にかえれば、いいのです。過去に感謝すれば、自分自身がチャンスそのものなのです。もっとも打ちひしがれた人は、同時に最も高く上れる人だということを忘れないでください・・ですって!」と言葉を投げてくれる。ああ、彼女はがんばっている。よいよい、いいぞー!拍手したく、また抱きしめたい気持ちだ。毎日時間を重ねて生きている。いいこともあり、悪いこともあり。そして良いと思っていたこともある日、そうじゃなくなることもあり・・。でも、過去はすべて自分のためにある。燃料、糧。今は苦しくても、今後会うごとに、彼女という樹木を太く、強くしていってくれるだろう。過去はそのままためない。燃焼とする。それはポジティブに発想を変えるということだ。相談にのっているはずの私自身が勉強させてもらった。
過去の清算、日々新しく。
テンションを一気に高める一手。
毎日、体力も心力も強く保ち、自分の目標を達成するためにすぐできること。その方法はいろいろあれど、私は自分と向き合うことを意識する。具体的には仕事机の前や横の壁には自分が見えるものを置く。それは鏡張りにするとかそういうことではなく、自分の良き顔の象徴を壁に貼るのだ。目前そして過去も含めた、自分のライブのポスター。いい顔をして写っている写真を拡大したもの。いろんなプラス行動の自分を見ることにより、自分を客観視し、またプラス思考をキープするようにする。「よし、できる。よしやるぞ、いけ!」と自分が自分を激励する。また、ターゲットにしている場所、目的地の写真や絵柄、ゴールを意識するビジュアル素材の掲示。そしてわがコンセプトの確認のための観覧車の写真など。おかげで仕事部屋は大変見た目忙しい?状況であるが、私の場合、そうすることでテンションを上げるのが良いようだ。よく「必勝!」「目標必達」などなど選挙事務所?やオフィスでは文字で目標を見える化する例、グラフを張り出す例などいろいろあるようだが、私のテンションアップ法はセルフウォッチングとビジュアルイメージングが良いようだ。
そんなことで、よしここでアクセルを踏むぞという気持ちを込め、長崎の教会群のポスターも掲示しはじめた。
毎日自分が進むべき道を視覚的に確認しながら、意志が途切れないようにする。
何を見ながら考えるか、は実はとても重要だ。そういえば、小中学生時代、自分の部屋に貼っていたのは、ジェームスディーンのポスターだった。あの時代は憧れのスターと向き合うことで幸せだった。いつかアメリカに行き、ジミーの故郷に行くのが夢だった。今の私は仕事部屋で、自分と向かい合っている。全ては憧れや夢に向かうため、、。
がんばれ「いいこと、書いてある!」の地方紙!
時間があったら、毎日すべての新聞を読み比べることができたらといつも思う。新聞を読みながら朝のコーヒーを飲むという時間はあかなかいいものだ。ネットニュースを見るのとは違う。やっぱり紙面の良さがある。
長年購読していた新聞(経済紙と業界紙)にいい加減あきて、もっとジャーナリズム、思いを求めて東京の地方紙に切り替えてみた。
最初は新聞をやめるという選択もあったが、やっぱり朝や移動には不可欠なのだ。そして地方紙だけで過ごした一か月。主張がしっかりしており、またおそらく全国紙では書けない、さらには東京の地方紙という点でのユニークな立ち位置、おまけにわがふるさとエリアが本社の会社がやっているという点での面白さ・・・などなどからその新聞だけを一か月読む。面白い、とんがっている、他が書かないこと、そしていわゆる昔よく年長の方々が「あそこにはいいことが書いてある」と時々口ににしていたのを思い出させる、いわゆる「いいこと」~読者であるところの私にとって~を発見できる喜びもある一方、この情報だけでは、ビジネスにはちょっと・・・という点もあり、結局、今は経済新聞とその地方紙の2つを購読しはじめた。結局、両方必要だということに気づいた。必要なものと、共感するもの。情報にも二種類ある。
メディアについて、報道についていろいろむつかしい時代。パブリシティのPRではなく、プロパガンダ的にならないようにと願う日々であるが、それでも規模の大小にかかわらず、報道機関にはジャーナリズムとしての志を忘れず、そしてメディアとしての責任を忘れず、読者を元気づける発信をしてほしい。
私は個人的には地方紙が好きだ。行く先々ではその町の新聞を買い、読む。いいこと、書いてある。がんばって!
最近会った、「チョキチョキしてもらえる記事を書きたい」と、語ってくれた地方紙の記者の言葉が心に残る。そう、いいこと書いてあったら切りたくなる・・。その感覚も大切に。
鎧を脱いでも、あら素敵!
定年退職された方と、仕事では関わりが薄くなっても、個人的に気になる方とは、少し時間をおいてから、「お久しぶり~」と言って再会するのが良い。半年ぐらいしてから、お会いすると、なんだかその方がいい意味で変化されていることに気づく。
以前の立場、建前、肩書きのため 、ある意味肩に力が入っていた時代と打って変わり、にこにこ笑顔で「いやー、ぷーたろうですわ。」と言いながら、今の生活を楽しんでおられることが透けて見える。家事も分担、親の介護もしながら、そして夫婦でお茶を飲む、ちょっとした時間ができたときには小旅行・・「ほんとはさ、退職したら世界旅行したいと思っていたんだけどね、親がこうだからね・・、人生は予定どおりいかないもんだね。でも、このタイミングで介護ということである意味、良かったと本当に思っているんだ・・」と語ってくださる。
肩書きがあったときは、いかに我慢をし、せねばならぬこと、言わねばならぬことに時には無理をされていたか。それがオトコの仕事っちゅうもんよ~ということだろう。40年もよくがんばられたと、心から尊敬する。
短い2時間の再会であったが、なんだか前とはまた少し違っていい感じ。その方が一人の人として、自然体に見えたことがとても心地よかった。最後、ふっと立った姿を見たら、おなかもへっこんでいた。そう、毎日毎日会食、接待のかつての生活、お腹も頭も満腹時代をお過ごしだったのだ。
軽やかに、自然体に。鎧兜を脱いだ、人は素敵だ。戦ってきた人だからこその魅力である。
どうぞ、末永くお元気に。次なるマイライフをゆったりお進みください。と思いながら、駅の改札で握手を交わし、別れた。
言ってくれる人がいる幸せ。
組織の上に立つ人に憧れる人も多いと思うが、組織の頂点に立つ人は、孤独でもある。みんなその組織でうまく生きていくために、上に向いてはいいことだけを言い、言いづらいことは言わない。いつの間にか裸の王様になってしまう人だって少なくない。
組織だけではない、年齢を重ねていくと、周りに年長者や、身内のような存在がいないと、本当のことを言ってくれないことがある。
いくつになっても、言われないと気づかない、気づけないこともあるようだ。
仕事でかかわる、お世話になっている方に、ちょっと辛口の言いづらい提案をした。ちょっと勇気が要った。口頭で言うのはちょっときちんと伝わらないかと思い、手紙にして送った。
そしてその次会ったときに「あのー、手紙届きましたか?失礼なこと書いてすみませんでした・・」と切り出すと、「いやいや、いただきまして、涙が出るほどありがたかった。この年になると誰も言ってくれる人がいないので・・」とおっしゃった。
そうか~。正面から向き合い、言いづらいことを言う。それはリスクも背負う行動であるが、それをあえてする。それは相手のためということだけでなく、自分のためでもある。言わねばならぬ、ほってはおけぬ。このままじゃ、いけない。その気持ちが正面切っての提言になることもある。
偉くなると、偉くみえるとさびしいものだ。偉くなくていいから、いろんな人が本当のことを言ってくれるのがいい。
いつも耳の痛いことも、うれしいこともいろんなことが聴こえてくる。身近な人は本当に辛口だ。ありがたい。
言われるうちが華。言われなくなったらおしまい。わが身を振り返り、謙虚に。そして、大切な人には適切に勇気をもってお伝えしよう。
懐かしのはくたか、期待のはくたか。
3月に上越方面へ出張した際に、最後に乗った特急はくたか号。駅のホームで写真を撮っていた人たちの姿が今も焼き付いている。
北陸と越後湯沢を結んだ夢の急行は、最新の新幹線となり、その名はそのまま受け継がれた。
今年度初の上越出張は、この新「はくたか」号だ。東京から群馬、長野、そして新潟へ入るという不思議なルート。それが一本で来ているのが不思議な感覚。開通初日に乗るために予約が取れず、自由席も行列になった・・あの日から2か月。ちょっと落ち着きを見せたとはいえ、
新幹線開通を待っていた地域の方々にとっては、今も興味は尽きず・・。まだ乗ったことがないという地元の人に「新幹線、今日乗られました?オレ、まだ乗ってないんですけど」「はい、乗りましたよ。さすが新車はキレイですわ。なんといっても各席に電源が付いているのがうれしいのと、なんとトイレがウォシュレットで、びっくりしました」と感想を言うと、なんだか自分の新幹線が褒められたように、にこにこされるのが印象的。その町の役所の人の名刺には、新幹線の絵が必ず入っている。新しい駅には降り立つ客の出向え人も多く、にぎやかでなんだか華やかである。売店も、カフェも、みどりの窓口もホームも・・・ぜーんぶ、おニュー。当たり前だが、新しいというのはすごいものだ。乗換がないというのは確かに便利だ。これから上越妙高駅という駅をよく利用するのだ。と思ったとたん、つい最近まで利用しまくっていた直江津の駅のことが思い出されて何ともいえない気持ちにもなる。駅近くのヨーカドーの売り上げにも影響が出ているそうだし、駅前のホテルもそうだろう。そして時々お世話になった、駅の立ち食いソバにキオスク・・・。ああ、お客さんが半減どころか・・・。お店で働いている人たちの顔が浮かんでくるのだ。駅弁売りのお兄さんも・・。この事態は予想されていたことであろうが・・。過去の存在になった電車。でも駅は今も残っている。近いうちに、直江津駅にまた寄らねば・・。時代の移ろいは夢も運ぶが、寂しさも同時に運ぶ・・。越後の田んぼを借景に走ったはくたか号が、懐かしい・・。
そういえば、きちんと教えられていないこと
人は生まれながらに呼吸する。このことは誰からも教えてもらっていないはず。健康であれば、普通に呼吸をし続けている。次第に歩行を覚え、食事や排せつを覚え、言葉を覚え・・・・そして一人前になっていく。気が付けば、仕事をして生活することを何十年も続けていることがとても奇跡的に思えるし、そして健康だからこそと思うとありがたい限りだ。
一方、なぜ人は勉強をするのか、きちんと生きていくためにお金はどうするべきか、人生とは何か?結婚とは何か?子孫とは?家とは?死とは?などについて、きちんと教えられた記憶があまりない。物心ついて、ある意味、「道徳の時間」はそういう意味合いをもつ時間だったのかなと思う部分もあるが、「生きる」ということについて具体的に踏み込んで教えてくれる学校もなかったし、親からもそのようなことを改めて聞いたことはなかった・・。しかし、最近こういったことが生きていくうえで、大変重要ではなかったかと思う。
子供の頃からいろんなことが疑問だらけであり、なぜみんなは疑問をもたずそのようにできるのかな~。あるいはみんながわかっていて、自分だけわかっていないのかな~と思うことが多かった。
たとえば「結婚」について。このことの人生における意味、意義、責任についてきちんと説く学びの場はあっただろうか?ないはずだ。なのに人はある程度の年齢になったら、自然にそのことを求め、求めない人は非国民?のような時代もあり・・。アンケートで「既婚」「未婚」
と選択肢があると、わざわざ決して「非婚」と書きなおしていた時代もあった。
結婚すると生きるのに便利だから。という人も多い世の中。今だに、何が便利なのかもわからない。
正直50歳を越えても、なぜこのことをみんな問わないで選択し、行動していくのかがわからないままである。
人は何のために生き続けるのですか?このことについて、宗教や哲学は何かの答えなり、答えに向かう道筋を提示しているからそれを求める人には役に立つ。
先日キリスト教の教会に出向いたとき「結婚学校」という札が掲げてあり、そうなんだよな~、結婚ということに興味をもった時点で学ぶ必要がある、大切なことってこういうことだよと妙に納得。もちろん興味をもつ前に、思春期になったらしっかり教えることも大切だろう。
「婚活」という言葉がすっかり定着しているが、それこそ、戦術的な、短絡的なことではなく、そもそもなぜ人は結婚するんですか?について自らに問うことから始めて良いのではと思えてならない。
多分、私はいろんな意味で何かが足りないまま来てしまった人間。だから人が見ないところを見たり、気づかなくていいところを気づいてしまう。だから、時々苦しいときもあるが、それはそれであるがままに生きる。そして、きちんと教えられていないことについて、わかる範囲で、求める人には伝えていきたい。そんな人がもっと増えるといいと思ってもいる。
大切なことがどうも抜け落ちたまま、目先の幸せ、目先の利便性を追求することが当たり前になっているような・・。そこは簡単にスルーしてはいけないことだと思っている。
考えないと、うわべだけで選び取って進むと、気が付けばこうなるはずじゃなかった・・という道に来てしまうこともあるかもしれない。
自己責任で生きる以上、よく考える、疑問をそのままにしない。という姿勢は大切だと信じている。
苦しみの結果の観光地、だからこその価値。
観光地とは何かを考えるに「連休」という時間は最適だ。今回、悲願の「雲仙地獄」という場所を訪ねた。遠藤周作の小説や、長崎や海外の資料館で見聞きし、わが目を疑った事実、本当にそんなことがこの世にあったのか?。という場所のひとつだ。その前に知った、京都から引き回され、長崎市の西坂で処刑された26人のキリシタンの現実も強烈に心にささり愕然としたが、この雲仙地獄も、江戸時代、踏絵に応じない教徒たちを山に連れて行き、長きにわたり懲罰を与え、温泉の熱湯のなかで殉死させた・・という恐ろしく、悲しみの殉教地だ。今もぶくぶくと温泉が涌き、硫黄のにおいが強烈なこの地に、大きな十字架が立っており、そこには殉教したキリシタンの方々の名前が刻み込まれている。そこにたどり着いたとき、涙なしには立っていられなかった。車も電気もない時代にこんな山奥につれてこられて、想像を絶する惨い懲らしめに遭い、それでも神を信じ亡くなっていった聖人たち。無言の悲しみが聴こえてくるようだった。そのすぐ後ろを多くの観光客がハイキングしながら、記念撮影などをしている。今は温泉地としてにぎわうこの町に、こんな歴史があったとは。いや、このような苦難の歴史があったからこそ、今日のような温泉街も生まれたはずだ。先人の苦しみや悲しみがあり、祈る人がいて、人が集う・・。そこが、その結果観光地となったのか・・。複雑な思いになる。
その重い気持ちが消えないまま山を下ると、普賢岳の噴火を記念して作られたという博物館の案内をみつける。これも苦しみの結果、生まれたものか?違う興味が働き、足を運ぶことに。
25年も経つ、普賢岳の大噴火から自然の威力を学ぼうという趣旨で生まれたのは、サッカー場の横の立派なミュージアム。両者とも復興事業として誕生したようだ。いかほどのお金をかけて作ったのだろう。しかも、入場料1000円。地方の資料館にしては高額だ。なんだろうと思ったら、お金がかかった内装。それに加え、資料館の目玉は、普賢岳噴火時の様子を再現した8分のスペシャル?シアターの存在。資料館内では、噴火時の映像がそのままモニターで流されており、それだけで十分なのに、現実をそのまま見せてくれるだけで十分なのに、映画としてしかも五感でその噴火時の様子を感じることができるようにと、振動・爆音・湯気などなども仕掛けられているハイテクなシアター。有名な俳優がナレーションしている、音楽もゴージャスでまるでテーマパークに来たような、おかしな感覚。なんだ、この資料館は?自然災害を美化しているような?当時の作り手にすれば画期的であったかもしれないが、なんという税金の無駄使い。一歩、外に出ると噴火後の土石流で流された現実の家屋の屋根部分が展示されており、こちらは当然無料。この方がよっぽど、伝わってくる。ああ、家がこんな風に流されてしまったか・・現実のこととして胸に刻まれる。これだけでいいのに。余計なテーマパークは災害の記録には不要だ。
いずれもその町の観光スポットになっている。
東日本大震災のこともしばらくしたら、こんな風になる?いや、それは賛成できない。
現実は現実のものとして、その苦労を風化させないため後世に残す、伝えることは、もちろん必要であるが、それをネタにして。過剰な演出をすることで、観光化しようとしてはいけない。火山があるから、温泉になり、観光地になる。火山があるから噴火もする。その現実を受け入れ、過剰にではなくそれを自然に受け留め、共生していく必要がある。
その土地はなぜ観光地になるのか?それは悲しみや苦しみがあったから、それを乗り越えてきた歴史があるからではないか。
いいことだけの観光地はこの世に存在しないのではないだろうか?
箱根のことも気になるが、観光地になるということには、両面あるということの認識と「共生」が関係者も観光客にとっても必要だと思う。
(もちろん、被害は最小限であるべきであり、そのための注意・警戒は不可欠だ)
観光地になろうとして努力することも大切であるが、本当に素晴らしい観光地とは、インスタントに創られるものではなく、やっぱり歴史を重ねて、その結果、人々が集まってくるのだ。
有名と魅力の関係を考える。
何かと自分が変人的思考で困ることもあるが、最近は、世界遺産登録というものについて考えさせられることがある。登録すること自体が目的になっている自治体なども多いけれども、もちろん現代に生きるものとしては、過去の歴史遺産が世界に評価されることは素晴らしく、それをきっかけに町が活性化するのはとてもいいけれど、それがきっかけで、本来のその歴史遺産の良さが半減する例も少なくないため、慎重であることも必要だとも思っている。先日とある国宝といわれる教会に行き、静かな祈りの場所といっているにも関わらず、教会内にずっと解説のアナウンスが繰り返し流され、撮影禁止と書いてあるのにも関わらず、アジアからの観光客がスマホで撮影しまくり、静寂とは無縁。次々と訪れる観光客。「ここに来た!」ということのためだけに来ているのでは?と思わせる態度・・。ああ有名じゃなければもっと静かに見学もでき、信者の方もお祈りできるのに。と失望した。ここはまもなく世界遺産にもなるので、このマナーの低下はさらにひどいものになるだろう。もともとの存在の意味もわからないで世界遺産だから~と訪れる人も増えることには正直反対だ。それをきっかけに勉強し、学び、大切に守るというならば、大賛成だ。どうも有名になることで、観光地になることで、本来の魅力を亡くしていく例も少なくない。
産業にせよ、宗教にせよ、そして天災にせよ、先人たちのご苦労と努力があったからこそ、その遺産が存在する。それを永遠に保全するための登録という意味では大賛成だ。しかし、登録されていなくても地味であっても、素晴らしい歴史的遺産は各地に存在することも忘れてはならない。私は個人的にはそちらの方に興味がある。
ミシュランとかいくつ星とか騒がしいグルメの世界でも、ランキングを競ういろんな世界でも、その業界の中で、あるいはそれが興味ある人にとって意味あるだけで、興味がない人、騒がれなくない人、相対的評価をされたくない、絶対価値を求めている人にとっては関係ない。
自分で調べたり、考えたりする面白さがわかっていれば、知名度に踊らされることなく、充足した体験や旅ができるだろう。
観光が発達する国は、経済力的には成熟期にある国だという。過去の遺物に頼る産業だからだ。日本もそうなりつつある。観光はいいけれど、表面的なことではなく、もっと本質を辿る工夫、努力をすることで、量だけでなく、質の良いゲストを迎えることができるのではないだろうか。観光とは現在にいたるまでの先人の苦労の歴史を学び、存在に感謝する体験だと思う。
もともと、個人的にはガイドに載っていない、誰も知らない、未知なる辺境なる世界を探すのが好きであるから、「世界遺産」になった途端に興味を失う場所が出てくることが予想され、寂しくもある。
野菜を見て、その作り手の人生や背景までを思う。
最近、どこの町に行っても、その土地の野菜を求めて購入することが楽しみのひとつとなっている。たとえば、トマトやキュウリといったどこででも手に入りそうなものであっても、旅先の野菜を試したいと思う。そしてできる限り、道の駅のような直売所をたずね、その日の朝に収穫され、売り場に持ち込まれた、そして農家の方の顔や名前が見えるものが良いと思っている。
さて、今回長崎は外海地方の直売所で買ったじゅがいもや玉ねぎを取り出しながら、『長崎そとめのカレー』でも作ってみるか。と勝手にネーミング。そして野菜たちが入っている袋に印字されている農家の方の名前を見ながら、ああ、そとめの〇〇さんか、こちらは☓☓さんか・・と会ったこともない農家の方を想像する。
そして、ふとこんな思いも浮かぶ。この人たちは農業をされ、直売所に毎朝納品に来られているのだろうが、それぞれの先祖はどうであっただろうか?この人のおうちはキリスト教徒だったか?この人はもしかしたら、隠れキリシタンだったか?この家は??もしかしたら、それぞれの野菜の作り手たちが、それぞれ悲しい歴史を背負って生きてこられているかもしれない。あるいは、野菜の収穫を神様にお祈りしてくださったおかげで、こうして私もその野菜をいただけているのかもしれない・・・。すると、野菜を手に入れた私自身、まさにその方たちの祈りや、歴史も含めたすべてをいただき、味わう喜びをいただいていることになる。悲しいときも、うれしいときも、人はそれぞれの仕事をしながら、生きてきた。生きつづけてきたのだ・・。その収穫物である野菜たち。
そう思うと、じゃがいもひとつも、プチトマトひとつも、大切にしなければと思えてくるのだ。
その土地を知り、そこでできたモノを知り、感謝していただく。地産地消とは、本来、単に地名の表面的なことではなく、どんな人がどんな思いで・・というところまで深く理解しながら、いただくのが正しい。・・・と、険しい土地の農家の皆さんの野菜をいただいて、そんなことを考えたりもする。もしかしたら対立していた人同士の野菜を私が一緒に購入しているならば、ひとつの料理の中で、和解となればいい。ふとキッチンに立ちながら、そんなことを考えた。私なりの食育だ。ところで、「カレー」これも南蛮文化と無縁ではないはずだ。