ネットもリアルも

いつからネットが生活の中心的存在に、日々の仕事の、暮らしのインフラになったのだろう。正直、人々はそれに振り回されている感じがする。

一人でも多くの人に検索され、見てほしいならば・・・といろんな工夫をする必要がある。それもすべてネット社会を牛耳る人達によって動かされている。こうしたかったら、こうしなさい。
そのルールにそって、情報を発信していく。
なんだかまさに作られた世界で、どうにでもできる世界で、なんでもできる世界で・・・何を純粋に信じればよいのだろうとも思う今日この頃だ。

昭和の時代といっても、戦争はもちろんまっぴらであるが、
自分たちが生まれ育った時代。まだネットがない時代に戻りたい気持ちが最近
強い。
親世代はそれがなくても生きている。自分たちの価値観で、わかる範囲で生きている。井戸端会議も健在で、その方が人間らしくて、幸せのようにも思える。
何でも知っている必要がない。信じるのは目の前に見える人、これまでのつながり。

人生はリアルだ。
ネットに依存することを極力避けたい。
ググるは、頭を悪くする。自分で考え、解決する力を衰退させる。
とわかりつつも、日々、ネットなしでは生きていない自分がいて、とても複雑だ。
できれば、なしで済ませられる、ネットを越えた力を、個性を持つ人間になれるように自身を鍛えたい。

もっと会話を、肌感覚を、五感を、本当のコミュニケーションを大切にしたい。

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お見舞いで元気になる。

父の話題が続くが、今回も・・。
倒れた直後は、あまりの急変ぶりに、本人も周囲もショックで、お見舞いに来ていただくのもちょっとためらいがあった。
元気でない様子を、変わり果てた様子を人様にさらすのは、どうも・・である。

しかし、病態が落ち着いてくると、だんだん入院生活にも慣れると、退屈になってきて見舞いが一番の薬にもなる。

おかげさまで、父のことを心配して、いろんな方がお見舞いに来てくださる。

手が動き、鉛筆が持て、字が書けるまで回復した頃から、毎日誰が来てくれたかをメモするようになった。

誰も来てくれないと、寂しいと思うぐらいだそうが、
「そう、誰も忙しいから、毎日もこれないよ」
と言わねばならないほど。

まだ食事制限があるにもかかわらず、お好み焼きを焼いてもってきてくださったり、信仰している山のお水をとおもちになったり、雑誌を届けていただいたり、
足をマッサージしてくださったり・・・。
いろんな方が見舞ってくださっていることが、回復につながっている。
デイサービスでお世話になっていた施設のみなさんも、気にかけてくださって
顔を見に行くと連絡をいただける。

人を元気にするのは、応援である。

父が本当に元通りになってくれることを、期待したい。
周囲への感謝を忘れずに・・・。
極限状態に近づくと、人間はいろんな意味で、素直になれるのかもしれない。

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自己対話で散歩を楽しむ

作家も、作曲家もよく散歩をするという話を聞いたことがある。
実際、お世話になったNさんも生前、毎日1時間ほどかけて散歩されていた。もしかしたら朝と夕の2回だったかもしれない。
ベートーベンなど名だたる作曲家でも伝記や残されているエピソードなどを読むと、散歩が日課のように出てくるケースは多い。
散歩や旅は、創作活動に欠かせない自分との対話の時間だ。

さまざまな事象を観察することも大切であるが、世界を見ながら、自分としっかり対話できるのが、この散歩の時間。

私も歩けると思った日には、ちょっと無理してでも、2時間でも何時間でも歩く。もともとリサーチに散歩は効果的であるため、歩くことは宝さがしのような感覚でいるが、自己との対話にも欠かせない。

頭を整理したいとき、頭を切り替えたい時、新たな構想、発想が必要なとき・・
歩きながら、考えるのは最高である。
世界が動いている中で、自分もそこにいることで、ほどよい刺激になったり、
いろんな発見も生まれてくる。

体力づくりにももちろん良いが、
自己との対話のために、よく散歩をする。
これからの季節は最適だ。

つらいとき、かなしいとき、表現したいとき、頭をひやしたいとき・・・

散歩は万能。もちろん歩きすぎには気を付けたい。
昨日は約16000歩。名古屋にいるにしては、多めの歩数となった。

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私が今、できること。

自分ができることは何だろう。
まず、仕事の面では、人のお役に立てるように、自分を活かしてもらうこと。
それは、自分の心身が元気で、努力を続けていれば、なんとかまだまだいけそうな手ごたえはある。
できる限り長く、社会の使い物になるよう、精進していこうと思う。

自分ができることは何だろう。
個の人間として・・・は、まず
親に対して、どこまで恩返しができるか、何ができるか。
自分を活かしつつ、相手も満足させることは難しい。

今、自分の24時間をすべてそれに費やすことができないが、

少しの時間は努力して割くことができるかもしれない。
1日のいくらかの時間を、そのことに費やすようには努力できそうだ。

だから、行こう、行けると思うときは、足を運ぶことにする。

できる限り、受け留めたり、受け入れたり・・・。

今できることをやればいい。できないことは、ごめんなさい。
そんなことを思いながら、

出張に出ない日は、気が付けば、父の入院先に足を運んでいる。

ささやかなこと、であるが、自分にできることをひとつづつ重ねて

いこうと思っている。

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涙の意味。

赤ちゃんは泣いて要求や感情を表す。
言葉でいえないから、泣く。
成長するにつれ、大人になるにつれ、人前で泣く機会は減る。
いろんな経験のなかで、感情をコントロールできるようになり、
言葉で表現することが基本。
涙を流すときは、感動したときや感情を抑えきれないとき。
いい映画を見たり、音楽を聴いたり、心ゆさぶられるとき、涙することはある。

そして、老いてくると、また涙する機会が増える。

最近、父の涙をよく見る。
年々、そういう機会が増えてきている。
言葉にならない感情、くやしさや寂しさがこみあげてきて、
涙する。

涙は女性特有の感情露出と言われたことがあった。
女は泣くから、感情を出すから長生きだと言われたことがあった。
涙を出すのは、浄化作用だともいう。

父の涙の意味は何だろう。
最近、ずっと父と向かうたびに、不自由なことに対する
複雑な感情を訴える様子に触れるたびに、
悲しい気持ちで、それをみつめ、言葉をかける。

応援するとまた泣く。

涙は言葉にならないコミュニケーションの証か。

もらい泣きしそうになるときは、看護師さんを見習って
距離を置いて それを見守る。

父は生きたい、父は元通りになりたい。

その気持ちを表現しているのだ。

人は・・・。人生の最終章まで生きようとする存在だ。

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定年退職日のご挨拶に。

この金曜の夕方に、ある方から1通のメールが入った。
おそらく3~4年お顔を拝見していない、ご無沙汰している方からだ。
「あ!」
その懐かしい名前に、どうされたのか?と気になり、すぐメッセージを読む。
すると、今日で本当になるとのこと。定年退職と(何年か前に定年を迎えられたがそのあとも、会社に残ってお仕事をされていた)
長い間、本当にお世話になりました。おかげさまで・・・・。
という文章で、「お、これが最後?これで終わったら困る」ととっさに思い、
最終日ということは会社にまだいらっしゃるのかも?と思い立ち、会社に電話をすると、もう今日は出社していないとのこと。
どうしてもご挨拶がしたいので、連絡がとれたら、お電話いただくようにお願いし、電話をきった。
すると、すぐ携帯に電話が入る。
さきほどのメールの主からである。
「いやー、突然会社に電話してすみません。これで最後では困ると思ってしまって・・」そこから、少し話すことができた。
私との関わりを大変感謝してくださって、そのおかげで、会社に広報部門もきちんとでき、メディアにもよく取り上げるようになったという報告をいただき、感謝の言葉をいただいた。
その言葉から、私もこの方にお会いした10年ぐらい前のことを思い出した。本当にいろんな相談を受けた。そのやりとりが蘇る。楽しい商品をいろいろ作り、何とか伝えようとよく頑張られたな、後身の育成もちゃんとされていたし、、、。ああ、もうそんなに月日が経ったのか。部下の方たちとはお会いしていたが、ご本人には本当にご無沙汰していた・・。なのに、こんな大切な日に思い出してくださって・・。

胸がじーんとなった。
「Mさん、これから また新たによろしくお願いしますね。今度、卒業祝いのカンパイしましょう。」

というと、元気に
「はい!」
と言ってくださり、笑顔で電話をきった。

ああ、最後にならなくてよかったと思い、メールを見直すと、会社からのメール
ではなく、プライベートのアドレスからだから、最後のご挨拶のつもりではなかったようだ。

何十年も働いてきた会社を卒業する日にご挨拶いただけるなんて、本当にうれしくて、この仕事は、時間が経っても思い出してもらえるのだと思うと、もっと今をしっかりがんばれねばと背筋が伸びた。

つとめの最後の日にお世話になった人へ、関わった人へご挨拶をする。
これはご本人にとっても大きな節目、新たな出発でもあるのだろう。
Mさん、長年のご勤務、大変お疲れ様でした。

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国産?しゃべれる菓子職人にエール

コミュニケーションクリエイターなる仕事の醍醐味のひとつは、幅広い世界の人々との出会い、交わりだ。

音楽に関わるときは、演奏や作曲で生きている人たちに出会い 、いわゆるビジネスの世界にいるときは、経営者から新入社員、派遣さんからパートさん、業種業界もさまざま・・・日本各地の働く人に出会える。
ひとり「さあ、今日も出会うぞ~」と意気込んでも、どんな出会いを得ることができるかは、まさに神のみぞ知る、の世界だ。
だからこそ、出会いは面白い。逃げ出したくなるような出会いもないとは言えないが、それよりも、会えてよかったと思える人との出会いが圧倒的に多い。

そんななか、最近は30代前半のパティシエに出会った。彼は静岡生まれであるが、今は新潟に住む。それまでに京都、パリをはじめ、各地を巡り、修行をしながら今日にいたったようだ。その業界の人間ではないため、彼の本業のすばらしさはまだ勉強中であるが、なかなかいない「しゃべれる菓子職人」というところがとても気になったし、気に入った。

もくもくと繊細かつ創造的な仕事をするパティシエの姿はお馴染みであるが、活発に商談会やプレゼンにも顔を出し、しかも広報まで勉強しようというのだから、実に将来が楽しみだ。・

そんな彼とはまだ2回しか会っていないが、その間のやりとりも実になめらかである。
「今の立場に関係なく、一生おつきあいいただきたいです」と笑顔で言ってくれるところもかわいい。

そう、歌え弾けるマーケッターがいていいし、しゃべる菓子職人がいていいし、
既成概念を越えるところに、存在価値があるのもいい!

「どこで仕事をしていてもいいんです」
と、そんな言葉も発する彼とは、何かと共感するところが多い。

姉というより、母に近い年齢差なのであろうが、元気な弟たちが増えていることが本当にうれしい。

いつか、彼に難しくて楽しいオーダーをしてみようと思っている、


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まさか?空の親友との再会

紹介を経て、ある女性に出会った。障がい者アートを推進されている方だ。もともとは福祉施設の職員である。行き場所のない重度の障がい者を受け入れ、彼らとの関わりのなかで、それぞれがもつ表現の力を引き出し、感動的な作品が生まれる環境づくりに邁進されてきた方である。施設の管理者というタイトルであるが、物腰柔らかさも含め、大変好印象をもった。
そして、ひとめ見た瞬間から、ずっと「あ、ANNEちゃんにそっくりだ。」と
思った。ANNEとは、今は亡き、台湾人の親友。彼女が逝ってもう4年になるだろうか。彼女はアーチストであり、クリエイターであった。自分で商品を創り、
上海のホテルなどを中心にビジネス展開していた。
そのANNEにそっくりな人、本当にうりふたつの人に出会ったわけだ。
今回、そのそっくりな彼女と話しをしている間、ずっとずっと彼女と話しながら
ANNEが生き返ったような気がして、久しぶりに会ったような感じがして、仕事の話をしているのに、不思議な再会を楽しんでいるような感じがした。

世界には自分にそっくりな人が何人かいると聞いたことがあるが、まさしくこの方は、ANNEにそっくりで、しかもアートに関わっておられるということで、その偶然にも勝手に縁を感じていた。
別れ際に
「あのー、実は亡くなった親友にあまりに似ておられて・・・」
と彼女に告げると、驚かれた。
「そうなんですか~。そういうこともあるんですね。」
といって、笑う彼女は、ますますANNEにそっくりで・・。
不思議だ。彼女に会うことで、しばらく記憶のなかでご無沙汰していた親友を思い出したのだ。
きっとANNEがこの施設に、私を導いてくれたのだ。
生きていると、毎日いろんな遭遇や驚きがあるものだ。

ANNEちゃん、私は今も相変わらずにやってるよ、帰りの電車で空の親友に話しかけていた。

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やがて悲しき・・クライマックス。

暦の上では、とうに秋であるが、川辺の楽しみといえば、やはり夏のイメージだ。行く季節を惜しむように、今年も長良川の鵜飼は10月15日をもって、終わりを迎えた。

これまで気にしたこともなかったのに、今回は最終日、最後を見届けなくてはと思い、落日後、長良川へ向かう。

19時半。観覧船が岸を出て、漁火が揺れる鵜飼い船に向かい合う。
厳かに、古式ゆかしき鵜飼いのショーが、暗闇に映える。

私は、岸から、そして長良橋をわたりながら、幽玄な世界を遠くからみつめた。
最終日だからなのか。
花火がはじまった。
花火と鵜飼、漁火は、あまりにロマンチックなマッチング。
静かな暗闇に映える漁火の灯に、花火のつかの間の華やかさが加わり、

まさに芭蕉の世界を表現しているようだった。

おもしろうて、やがて悲しき鵜飼かなまさに、花火が終わったら、鵜飼いが、今年の鵜飼プログラムがすべて終わるのだ。

花火がぼんぼんあがっている間、カメラのシャッターを切りながら涙があふれた。

橋の上には、この様子を撮影しているカメラマンが何組もいた。ああ、夏が終わった。
父は、この最終日の鵜飼を、クライマックスを見たことがあるだろうか。そう思ったら、余計に芭蕉の句が頭をよぎった。

花火が終わり、再び鵜飼い船と、大きな月と、そして岐阜城が浮かび上がってこの世のものと思えない世界を映しだした。

信長はどこで鵜飼いを見ていたのか?いや、今も空から見ているか?

ドラマチックな世界を、来年もまた・・・・。

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もしも、自分だったら・・

今回の台風の被害状況について、報道各社が積極的に取り上げている。

それにしても、一般の視聴者からの投稿の多さに驚く。こんな危機的な状況にでも、人は撮影をするものかと・・。その状況に自分も身を置けば、その行動も理解できるのか?今は理解できないが、それは別として、
映し出される惨い情景を画面越しに見るだけでも、身がすくむ思いである。
もし、あんな風に自分が乗っている車が水に埋まってしまったら、中に家族が乗っていたら、家がみるみるうちに浸水したり、崩壊してしまったら・・。
もしその家がローンを組んだばかりであれば、借金だけを背負う人生は考えられるか、屋根が飛んでいったうちで修理を待つ気持ちは、泥だらけになった家屋の掃除をする大変さは・・・。
いろんなことがすべて、想定していないことだ。
もちろん想定するが、それでも自分にはふりかかってほしくない事態だ。それでも、時にそんなことも我が身にふりかかってくる。いつなんどき、それは誰にもわからない。

そんななか、心ない言葉を発する人もときおられるようで。
本当に自分の身だったら・・と思う瞬間があれば、そんな言葉は出てこないはずだ。

どんなときも、もしも、自分だったら・・の姿勢を忘れずに、いたい。明日は我が身である。自分には関係ないと思っているほど、不幸なことはない。あるボランティアの方が、「一番つらいのは、被災された方たちなので、自分たちは寄り添うしかできませんが、、」とインタビューに応えておられた姿が対照的に見えた。

どんなことも、明日は我が身。

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