お詫びも、感謝の気持ちで。

「ありがとう」はもちろん、感謝のことば。
一方、
「ごめんね。」という言葉も、実は感謝のことばかも・・・。
と、漢字で書いてみて、気が付いた。
謝る・・。

日頃、自分がいたらない場合、またおかしな空気を感じたり、
自分の行動や言動が、自分の意図とか関係なく、影響していると思ったら、
「ごめんなさい」ということがある。
まず、自分の非を認めるということは大切であるし、
素直な気持ちになれば、自然とそうなる。

人を傷つけることは絶対にしたくないし、
お互い、すっきり信頼して関わり合うことが良い。

そのためにも、謝るという行為は、大人になっても大切である。

ごめんね。という言葉は、お詫びであると同時に、実は感謝の言葉。
気づかせていただき、ありがとう。
と、そんな理解をすると、感謝の表現はいろいろあるのだと思う。

とにかく、コミュニケーションの輪はくるくる、スムーズに
回り続けなけばならない。

そのために、どんな潤滑油をさせばよいのか。
よく考え、すぐに実行したい。
できれば、どんなときも笑顔で。

我を張るばかりが、良いのではない。
もちろん、謝りすぎる必要はなし。


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心の成長は無限大。

人と人はコミュニケーションで成り立つ。
それぞれ違う価値観で生きているから、その中で、接点を探したり、共通項をみつけたりしながら、コミュニケーションの目標を手探りする。

人は心で受け止める。

コミュニケーションをするときには、心の大きさはかなり重要だ。
どんな相手であれ、どんな内容であれ、いきなり拒絶せず、
まずは受け留める。
そのあと、それをどう処理するか。
心が小さいと、あまり多く、深く受け留めることができない。

人間、カラダの発達・成長には限界があるかもしれないが、
それでも鍛えれば体力は保持できる。

心も同じだ。

経験を積んで、なんでも受容できる力を身に付けることは

できる。

まだまだ小さいと思う、わが心。
ではあるが、まだまだ大きくも、深くもなる。

いろんな人と出会い、交わり、学んで大きくなる。

今、改めて心の成長は、年齢に関係なく無限大だと思う。

何事も自分次第。

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やり残しのない、締め時間を

気がつけば、もう今年も最終ラウンドにさしかかった。

12月になると周囲も含め、時間の感覚が変わってしまうため、
自らの一年を振り返り、行動するなら今のうちだ。
本当に歳を重ねると、時間が速く経っていく。
よっぽど意識しないと、そう言ってどんどん日が暮れていく。

今から来年の自分を想定しつつ、スムーズに速やかに行動したいl。
来年は日本中がイベントで瞬間盛り上がるだろう、でもそのあとはどうか・・。

そこまで見越した上で11月をしっかりすすめていきたい。

今年の自分はやりきっているだろうか、まだ余力がありそうだ。新たな挑戦もまだ出来る。

残り少なくなるカレンダーを見つめながら、ふと父のカレンダーが浮かぶ。

彼はどんな気持ちでカレンダーを見るのか・・。

やり残し、積み残し、置き去りのない今年を。そして人生を。


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異世代が交わる、お宝時間。

自分が20代のヒヨッコ時代から多くの教えをいただいた、上司も80代半ばになられた。当時は毎日のように夜の街に繰り出し、お酒市場のリサーチを名目に、とにかくいろんな経験をさせていただいた。

よく出かけてましたね。

ほんまによー飲んだわ。

と、30年前の日々を思い出し、一杯のビールを虹かあかけてやっといただく。

あと何度お会い出来るかといつも心配で、いつも何度も お元気にいてくださいねと声をかけてしまう今日この頃。

今回は当時を共に過ごした仲間と、元部下の部下というと窮屈であるが、現役で会社に勤める後輩たちと一同に会して食事をした。

昔と今と未来が一緒になったひととき。

私にとっての生涯上司を、現役の後輩にぜひ会って欲しかった。この機会を作ることで、同じ企画、マーケティングに関わりゃ仕事をするもの同士、つながることができ、受け継がれるものがあればと思った。

企画の4世代交流。

世代を超えて、こんな方がいらっしゃって今日があることを改めて感謝したい。

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眠る父との対話。

行けるときには、父の入院先に足を運ぶ。ただ、こちらの都合だけで動くし、
見舞いはだいたい約束していくものでもなく、行けなかったら悪いし、行けるときに・・・とあいまいにしてある。
これまでは、偶然かだいたい父と話すことができた。リハビリ前後であっても、食事前であっても、ベッドにいながら目覚め、テレビを見たり、雑誌を眺めたりしていた。

今回は、珍しく眠っていた。
瞬間、どきっとしたが、静かな寝息の音がして、安心した。
リハビリで疲れたのかもしれない。
起こすかどうか迷ったが、しばらく見守り、起こさないでメモ紙にメッセージを書いて去ることにした。
こんなときのために、ノートを一冊置いておくと良いと思いつつ・・。

そのあと、母に容態を電話で告げると
「起こしてやればいいのに。毎日退屈しているんだから。」
という。でも、起こさなかった、起こせなかった。

そういえば、父の寝顔はあまり見た記憶がない。
子どもの頃は、父の方が早く起き、遅く休んでいたのだろう。
そのうち、別々に暮らすことになり・・・よく考えたら、見たことがない。

病院での暮らしは規則正しすぎて、本当に退屈だろう。
そのなかで、決まったリハビリに精を出し、早く退院するぞと
がんばるのだから、それはそれで疲れるはずだ。

眠る父を見て、何かしら、穏やかに過ぎていく時間を感じた。

動と静。覚醒と眠り。生きるということは、この繰り返しであるが、老いとともに静かなる時間が増えていくのだろうか。

病院に見舞うことは、自分にとって、普段と違う時間の流れ方を知る
貴重なひとときだ。

父は眠り、そしてまた目覚める。それが当たり前と思っているが、それが生きているということだ。


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墓の民俗学的考察。死して、人は物語になる?

民俗学の領域には全くの素人であるが、世界の人々のその環境の違いや歴史による、固有の暮らしぶりや、そこから生まれる諸文化を見聞することは大変面白い。衣食住・言葉・音楽・宗教、あらゆる産業も民俗学的に研究の対象であり、
よく考えると、すべてコミュニケーションに関することである。

世界を見る、知ることの楽しみは、各地の人々の、自分とは違った世界観、生死観を知ることでもある。

たとえば、お墓。人が生きた後、その生の証を記すためのモニュメントである。その民俗固有の意味、カタチをもっている。
家社会である日本では、家族ごとの墓が多いが、死んでからその墓には入りたくない、と死後の自由を求める人もいて、(個人的にはそれにはどちらかというと賛成であるが)、散骨とか、風や水の流れに任せる方が、自分としては良いと思っているが、それはそれとして、墓という存在は、民俗学上、大変興味深いコミュニケーションツールである。

パリ、ボン、台北、ブエノスアイレスでは音楽家たちの墓を求めて歩いたことがあった。イブモンタン・イヴェットジロー、テレサテン、ベートーベンの母、シューマン、カルロスガルデール ピアソラ・・・・。
墓地として印象に強いのは、テレサテンの眠る墓。海を見下ろす高台にある高級墓地で、まったく暗さを感じず、また南米のそれも、比較的明るさを感じる、さすがラテンの国の墓地であった。パリやボンのお墓は、じめっとした日陰の土の上に静かに建つ石の建造物。
デザイン・彫刻的には大変興味深かったが、ちょっと怖い。


などなど、これまで訪ねていった墓は著名人の眠る墓である。
墓は、著名人だけでなく、一般の人も眠る。

このたび訪問した民俗博物館で、写真のような珍しいお墓の資料をみつけた。
ルーマニアのある村に林立する「陽気な墓」という。その人の人生の内容を表現しているお墓だそうだ。色・デザイン的にも哀しみよりも、親しみが伝わってくるものだ。

イラストと文字でもって、故人を表現する。
写真でなくイラストで表現するところが想像力が膨らんでいい。
こんな楽しいお墓だったら、散歩も楽しく、人生の終わりも怖くなさそうだ。

お墓ひとつとっても、民俗ごとの慣習や価値観が伝わり、大変興味深い。
長い歴史の間で、培われてきた文化。
時代が変わっても、ひとりの命を大切に思う気持ちは、大切にしなければと
思い、またどうすれば人生がより楽しくなるのかを考えるときに、他の地域の習わしはとても参考になる。

人は、亡くなると、物語になるのかな・・。
このお墓を見て、そんなことを思った。

みんな、その人生の主人公なのだから、この墓はとても素敵だ。

墓・・亡くなった人を偲ぶだけでなく、時間が経てばたつほど、
その人を思い出し、魂と対話するための、世を越えたコミュニケーション
ツールなのだ。


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発展の原点、希望の源に。

約半世紀ぶりにまじかで見た太陽の塔。
時々、高速道路からちらり見えたりする瞬間、「!」といつも胸が躍ったが、
今回、公園内のミュージアムに行くため、この近くを通る幸運に恵まれた。
小学一年生だったあの頃。東京オリンピックが終わって、新幹線が開通し、
そして万博。
この太陽の塔は、まさしく世紀の一大イベントを記念する巨大モニュメント
であり、そして今となれば、レジェンド。
50年近く経っても、堂々と手を広げ、空を仰いでいるこの姿。現役だ。
改めて岡本太郎さんは凄いなと、つくづく感心した。
当時、万博には1度足を運んだ。いっちょうらを来て、岐阜から出かけた。
そのときが、世界への興味を持ち始めるきっかけだったのかもしれない。
とにかく大勢の、内外の人が交流する。という場面は、新鮮で、メディアの報道も人々に夢を与えてくれた・・・日本はこれからだ!
という夢をもった、いいスタートラインだった。


時代は変わったが、太陽の塔は変わらず。
人は太陽のもとで、希望をもって生きるべし。勇気をもって進むべし。
大きく希望を抱くべし。
いろんなメッセージが詰まっているような・・・。
子どものときに見た太陽の塔が、今、改めて今をいきる私たちにメッセージを
与えてくれる。
ぶれるな。大地に立って、強く生きろよ。
芸術は爆発だ!素晴らしい。
この塔を見上げたあと、訪問した民博も素晴らしかった。
日本が世界と出会った日。忘れずに大きくいこう。

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夫婦の絆、家。

入院中の父は、過去の人生において何か月も家を空けたことがないため、家のことが心配のようだ。
元気なときも、何をしていたわけではないが、離れるといろんなことが頭をよぎるようだ。

一報、ひとり暮らしになった母は、ひとりで家のことを切り盛りしている。たとえば、落ち葉が気になる庭の木の剪定や掃除をいつの間にか、ご近所さんにお願いして、進めている。

娘たちもできることは手伝うが、同居していない分、家に対しての思いは異なる。

母は「家を守らなあかん」と、主人が不在の今、自分がしっかりせねばという気持ちが強いようだ。
そして、見舞いにいった母に、父は「家をたのむ」
と、言葉をかけていたが、そこには夫婦ならではの会話があった。

どんなに普段口喧嘩をしていても、半世紀以上一緒に住んできた二人にとって、共通の話題、関心事は「家」のことなのだ。

夫婦の絆は、まさにここ。
家を守ることが、二人の仕事なのだ。

なぜかしら、強い絆を感じた。
早く、元気になって、元どおりになって、一緒にその「家」で喧嘩できる
日が来るように・・・。

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そばスタンドでパワーチャージ!

「立ち食いそば」この言葉は、どうも今いちだ。
立ち食いというと、食い逃げ?のような、いずれにせよ、お行儀はあまりよくない。立ち飲み、というから、立ち食いなのか。ま、いずれにせよ、男言葉?
今やがんばる人のファストフードが、立ち食いソバ屋もとい「そばスタンド」だ。

実は、私は20代から30代の会社員時代、このスタイルのソバ屋さんや、牛丼チェーンには本当にお世話になっていた。
立ち食いソバ屋のカウンターは、男性仕様になっており、背が低い私には姿勢よくいただかねば食べられない空間ではあったが、その速さと安さと、店によるがまあまあ、いけるという点で時間におわれる日々、何度も足を運んだものだ。当時は男性客しかいないので、ちょっと恥ずかしい感じもあったが、最近では街角のこの類のお店にも、女性を見かけるようになった。

名古屋駅のホームのきしめんは美味しいことは、よく聞いているが、出張時代はわざわざ来ているのに、ホームで食事を済ませるなんてもったいないと思い、今となれば、自宅が近いのにわざわざ、ホームできしめんを食べるという発想にならず、もう何年も立ち食いソバにはご無沙汰していた。

が、このたび、燕三条駅で30分時間ができてしまい、今食べておかないともうタイミングが・・・。そこで目に飛び込んだ立ち食いソバのお店。
もう何十回も通っているが、入ろうと思ったことはなかった。知り合いがいたら恥ずかしいとも思った。
今回は、食べたい!と思い、勇気をもってお店に近づく。
すると券売機がある。お店は一人で女性がきりもりされている。
一瞬迷ったが、ここに来たら、カレーの麺類を食べるのが正解だろうと勝手に思い、カレーそばのチケットを買う。
三条はカレーラーメンで有名だから、きっとおいしいだろうとの想像。
そしてチケットを渡して、待つこと3分ほど。同じく電車を待つビジネスマンが2名ほど麺をすすっている。
知り合いが来ませんように・・・と思いながら、待つ。
そして、「お待たせしました」出てきたのが、家庭でつくったようなカレーがそばにかけてあり、ネギがたっぷり。
なんともいい手作り感だ。少し寒くなってきたせいもあるが、あったかいスープが身に染みた。
とにかく、無心で(早く食べないと誰かに会ってしまうというのもあったが)
いただいた。カレーそばのスープが美味しい。ダシとカレーは良く似合う。
ワンコイン以下で、大満足し、最後の一滴までいただいて、器を返却口に。
午後5時すぎの立派なディナー。さあ、これからもう一仕事して、移動だ!
やる気もみなぎってきた。
一杯のかけそばではないが、一杯のカレーそばが疲れをいやし、元気を注入してくれた。
ちょっと孤独のグルメっぽくなってしまったが、立ち食いソバは、やっぱり偉大だ。もちろんお店によるが、駅の蕎麦屋さんはハズレが少ない。

またこっそり、寄ってみたい。


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ご近所さんで成り立つ

たまたまのきっかけで知った、あるパン屋さん。
なんとお店は土日のみ開店している。週末にたまたまそこを通ったからその存在を知った。
コッペパンや食パンを店内で焼き、コッペパンには
自家製のジャムを塗って提供する。
とにかく、リピーターが多いようだ。
何回か足を運んだり、連絡先を調べてメールでオーダーしたり、名古屋へ持ち帰って人におすそ分けしたり、原稿を書く仕事で話題として書かせていただいたりしていくうちに、だんだん店主と打ち解け、このたびお店を離れて、ゆっくりお話しを聞く機会を得た。
お店なんだから、定休日以外開けるのが当たり前という常識を大きく覆しているところがユニークだ。この発想は、私にとってとても新鮮に思え、このお店に興味を抱くきっかけにもなった。

でも、実際、週に二日の開店だけでは店が成り立たない?そこが気になっていたが、どうやら、ご近所さんからの予約が大変多いようで、お店は開けないけども予約していただいた方のために別の日も焼いてお分けされているようだ。
1週間食べる分を、必ず予約される。パンはここで。ともう決まっている。その
関係も大変素敵だ。チェーン店が他にない、下町だからの特性もあるのかもしれない。
ご近所さんで成り立っている、頼りにされているパン屋さん。

昔ながらの、ご近所のためのお店。専門店。
とても理想的な、笑顔が生まれるお仕事だ。
自分がおいしいとも思うパンを焼き続け、研鑽を重ねる。
手作りのジャムも好評であるが、あくまでも、パンに塗って提供。
ジャムだけの販売は希望はあるが、しない。
自分はパン屋なので、ジャムを売って、他のパン屋のパンに自分のジャムを塗っていただくのはどうも違うから・・・だからジャムは売らない。
あくまでも、自分のパンに合うジャムしか提供しない。

などなど、いろんなこだわりが、とても気持ちいい。
この感覚は、以前、イタリア暮らしをされたことも影響されているというのも
よく理解できる。

ビジネスを広げようとする人が多い。
ブームに乗ろうとする人も多いなか、地道に自分の仕事をこつこつ続けるその志が、気持ち良くとても気に入っている。

またまた店主とお客の関係が、お友達に発展・・。これはとてもうれしい。

町のパンやさん。がんばってほしい。ひとりでがんばる人、やっぱり共感する。
高級食パンのブームと関係なく、「毎日いただく美味しいパン」を焼き続ける
このお店と、店主が大好きだ。
また近々、オーダーするのが、とっても楽しみだ。

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