毎日、鏡を見て洗顔後のスキンケアをするときに、いつも思い出す言葉がある。「首のケアは大切ですよ。とくに後ろ。首は後ろにもありますからね」。
フェイシャルケアの専門家から教えられた言葉だ。首では年齢を隠すことができないほど、繊細で老いやすい部位のようだ。ネッククリームなる首専用のクリームもあるほど、首のお手入れは大切だ。でも、人間、基本的に自分に見えるところしか意識しないものだ。まさか後ろからどう見られているかなど、あまり気にしない。
しかし、その言葉をきいてから、「そうか~。後ろも首なんだ」とふと首の後ろに手をあてたりする。人は自分が見える部分しか手入れをしないかもしれない。自分が見える世界がすべて・・。現実はそうではない。自分は上からも、背中からも、遠くからも近くからも、見られているのだ。そう、どこもここも見られているという意識で、背筋をしゃんとしていることが若さの秘訣なのかもしれない。それにしても、化粧品会社はありとあらゆるところの
美を意識させ、商品を必要とさせる・・・・おそるべく説得力で世のオンナたちを食い物にしているのかも・・。
「後ろも首ですから・・。」
「ちゃんぽん・マ(ー)サ」という芸名
長崎という町は実に多くのインスピレーションを私に与える。長崎に初めて行き、26聖人の存在を知り、殉教の歴史を学び、原爆の悲劇に少し触れ・・その一方、早くから国際都市であり、異国の文化を取り入れ、自分たちなりに長崎文化を醸成してきたその歴史に共鳴、気が付けば第4、第5の故郷になりそうな勢いで、私の心の中に迫ってきている、そんな町。長崎が面白いのは「和・華・蘭」文化。「わからん」と読み、和洋中折衷の文化のことを指すが、「ようわからん」という感じなのもとてもいい。そしてそれは「ちゃんぽん」のことである。ちゃんぽんとは中国語の「混ぜる」という意味の言葉から言葉らしいが、私はこの「わからん」も「ちゃんぽん」も意味も好き、と同時に音が大好きだ。なんだかほほえましく、ハッピーコミュニケーションのアイコンのように思えてくる。
今、本名は今尾昌子、ミュージシャンネームはMahsa(マーサ)、ときに「マーサ今尾」と称されるときもあるが、もし、将来か来世、お笑い芸人とか漫才師、コメディアンになれるときがあったら、「ちゃんぽん・マーサ」と決めている。(笑)と、相方に自慢げに話したら「いや、『ちゃんぽん・マーサ』だとまだなんか格好つけているよね、何かを捨て切れていないよね。『ちゃんぽん・マサ』がいいよ。」と言われる。(かくいうこの相方にも長崎にちなんだ芸名は勝手に考えてある。)私の中には和洋折衷の文化が入り混じっている。まさにちゃんぽん人生、わからん人生なのである。だから、長崎のことがとても好きなのだと思う。この芸名で、デビューできる日はいつか?
お笑いは悲しみや孤独の上にある。だから、楽しく生きたいと思うのである。
背中を押され、自然に進む
気が付けば、今年も折り返し地点を過ぎた。ふと我にかえり、前半を振り返ってみる。とくに気張って、「今年は絶対これに挑戦しよう!」という気負いは正直なかった。むしろ、抑えめ控えめの1年にしようと思っていた。信頼できる台湾の四柱推命の先生の「今年はおとなしくしていてください」の一言がちょっと気になっていたこともあった。来年に向けてじっと蓄積をするのがいいのかな、何かする場合も慎重に。と思いながらのスタートであった。
にも関わらず、気が付けば動き回っている、いつもどおりにあっちこっちうろうろと・・。
誰かが背中を押しているように、という感じである。
そのなかのひとつ。上越に住むある方が、「やっぱりコンサートをこの町でやっていただけませんか?私の夢なんです。」とおっしゃった。実は何年かまえ、ここでもやろうかと思ったことはあったけれど実現しなかった。いつか、いつかと思っていた。でも、その方から改めてご要望をいただいたとき、やろう!と思った。
そしてその方がおすすめの店に一緒に下見に行き、すぐに決めた。
その方はとても喜ばれ、自分の町で皆さんに聴いてもらえるのが楽しみだと、自分のことのように言ってくださる。
この方の気持ちに、期待に沿うことができるように。と思い、動き始める。
できもしないことをやるのは無茶なこと。しかし、やれることはやればいい。
今年はいろんな力を背中に感じている。ときに常にセイル・オンしてきたザビエルのパワーなのかもしれないと思ったりもする。
妄想のバックパワー?それもいいじゃないか。無理せず、でもせねばならないときには、そういった風が吹くものだ。後半、ますますあっちこっち、でっちの暮らしになりそうだ。
いろんな仕事、お役立ち。
企業さんの相談会は、私の大好きな仕事のひとつである。相談に来られる方は皆、自分ができることでいかに世の中の役に立とうかと熱心で、一生懸命である。相談会とは、とくに広報、発信という点から、お役にたつ情報なりアイデアをご提供するという仕事であるが、実は、私自身が一番勉強になっているのではないかといつも思えてならない。
自分の特技、やれることをいかし、世の中の役に立とうとがんばるそれぞれの方たち。食を通じて人を幸せにしたい、新たな事業でもって業界を変えたい、地元を元気に、教育の現場で困っておられる先生方を助けたい・・・せっかくの農家なのでもっとみなさんに知ってもらい、心も体も元気にしたい・・。片付けができない高齢者の役に立つたい・・。相談内容は皆違う、思いもやることもすべて違うが、仕事とはこういうものだという点では、共通している、自分ができることで世の中の役に立つということだ。ああ、こんなことができる人がいるのだ、こんな思いの人がいるのだ、ああ、そういう切り口だとみんなが助かる・・・年間300社ほどの方々にお会いしているが、ほんとうに十人十色、百人百色の仕事があり、それぞれが前向きで世の中がよくなるのだと実感する。
国が何を言おうが、実際にやっているのは動いているのは 現場の人たちである。自分が苦労した分だけ相手のこともわかるのである。仕事っていい。どんな仕事も己のためではなく、周りに光を与えようとする人たちは、本当に素晴らしいのだ。
今年もすでに新たな出会いをたくさんいただいて、また応援し続けたいと思う人が増えている。これはきっと増える一方だ。
だからやめられない。改めて 黒子という仕事もなかなかのやりがいであると 今日という日に手を合わせたくなる。それにしても1週間で2往復の新潟出張もなかなかなもの・・・燕三条~小千谷~長岡、そして新潟~糸魚川~上越。毎回行く道筋も違い、出会う人も違う。こんなに動き回れて、楽しい仕事はなかなかない!
いろんな仕事、いろんなお役立ち!幸せな人生に感謝。
ノーマライゼーションを自然体で

7月7日にオープンした燕市のきっさ「つばめや」さん。そのセレモニーの写真が届いた。
「アビリティの歌」のモデルとなった、知的障がい者施設が運営するカフェだ。就労支援をしようといろんな作業を請け負ってこられたが、飲食業への進出は初だ。
構想段階からお聞きしており、不安も正直入り混じりながらの応援。初日にはぜひ来てほしいとのリクエストもいただき、出没。どうせ行くならばということで、職員の実家のお子様のピアノをお借りしての屋外ライブ。ここで住み、働く皆さんは毎朝歌われ、すっかりおなじみの「アビリティの歌」。アメリカで野球など試合開始のときに歌われる「アメージング・グレイス」さながら、空に向けてみんなで高らかに歌い上げる。この演奏している前は国道か?大きなトラックや商用車が通っていく。幟とともに、「何やってんだろ?」と大変目立ったことだろう。お店は開店までが大変であるが、開店してからは始まりだ。多くの就労支援ができ、ここからサービスできるスタッフ、調理ができるスタッフたちが育って、いろんな飲食業にお世話になれるといい。長く細くではあるが、これまで以上に応援したい。
改めまして、つばめやさん!開店おめでとうございます!ひとりひとりのアビリティに期待しています。ああ、それにしても皆さんが歌を暗記しているのには、毎回驚かされる。
誰しも、何らかの障害をもつ。年がいけば必ずそうなる。障がいは特別なことではない。劣ったところがある一方、凄い能力もおもちなのだ。凡人にはかなわない能力を発揮することもある。みんな一緒に、みんな協力して。自然に、普通に一緒に取り組むことがこれからの社会に必要だ。女性とか男性という括りで分けたり、障害の有無で区別差別をしたり・・は無用だ。
違いを理解し、お互いが補えばいい。ノーマライゼーションを自然に、地でいこうと強く思う。
流木に魂を注ぐ人
ある施設の行事で、あるアーチストの方を紹介される。なんでも流木仏をおつくりになっている方だそうで、いきなり「あなたの作った曲、なんども聴いて、覚えているんですわ。これよかったら・・・」といいながら、ベルベットの黒い布にくるんだものを差し出される。布をほどくと、なんと、ブロンズカラーに色彩された仏さま。見様によっては、マリアさまにも、観音さまにも、不思議なオブジェにも見えるのかもしれない。素材そのままの形を生かされた、抽象的なまるさ、やさしさがある彫り物。「これ、流木で作っているんです」突然の出会いで、緊張してしまい、咄嗟にいろいろ言葉が出てこなかったが、流木に対する思いがおありになり、自ら海へ行きそれを求め、拾い、自らの手で作品にされている。なんとまあ、このようなことをする方がおられるのだ。見た目やさしい、まるい形の仏さまは宗教的にという以上に、人として根本から癒される感じがした。
へえ、こんな大切なものを私に・・。あまりの感動に言葉がない。「あなたが作った歌詞で『生まれてきたただそれだけで しあわせだと感じていたい・・・』っというところが大好きなんですよね。それと同じ気持ちなんです・・、よかったら・・」その作家さん、多くを語られなかったが、思いはずしんと伝わり、ありがたくその流木仏さんと、松の皮で作られたアクセサリーを受け取らせていただく。帰り道、見舞いたい人がいて、そちらを訪問。いろいろその方とお話ししているうちに、「今日いただいた流木仏」のことをお話ししたら、見せたくなり、黒い布から仏さんをその方にお見せした。「ああ。いいですね。優しそう。見守ってくれているという感じで・・・」と言われた。そうだ、この仏さんは、ここへお守りとして預けさせていただこうと提案すると、大変喜んでくださった。「床の間に飾らせてもらいます。毎日これを見て、元気つけます」。この流木仏さんが、私の気持ちとともにお守りとしてそこにいてくれたら、安心だ。病気も治るに違いない。
流木に出会うこと、それを拾うこと、作品にすること、人の手に渡ること、人が安らぐこと。流木という存在に目を向け、向かい合い創作を続けるアーチストとお会いし、静かな感動を得る。人もそれぞれ、流木のような存在なのだとも、思った。
「自分の言葉」で話せる人に。
なぜ、この人が言っていることが、すとんと自分の中に入ってこないのだろう。素直に聞こうと思えないのだろう。これまでわが人生で出会った人のなかで、「この人の話は聞きたくない」という例は、そんなに多くない。たいがいは、まずは聞こうと思うのだが、どうしても受け付けない人も稀にある。その人の話し方をコミュニケーションクリエイター的に観察する。なぜ、聞こうと思わないのだろう、目をそむけたくなるのだろう。その理由は、相手の目を見て話していないし、自分の言葉で話していないからだ。何かを暗記しているような、誰かに言わされているような、そこにいない誰か抽象的な存在?に向かって話しているようなそんな良くない空気が漂っているからだ。謝るときもその当事者に向かってではなく、身内に向かって謝っている。コミュニケーションのターゲットも違っているようだ。
つじつまの合わないことを、力でもって、反知性でもって押し切ろうというその根性が透けてみえてしまう。残念だが、見る人が見ればわかることだろう。
勇気と英知をもって、自らの言葉で語りかける。「言葉」で仕事をしている人であるならば、なおさらのこと。そうであるべきと思う。
英語で話そうが、かっこいい演出をしようが、一見、女性の肩をもっているような「とってつけたような」キレイごとを言われても、全然入ってこない。「それで?」と思ってしまう。誰をみて仕事をしているのか?余計にこの人の話を聞こうと思わなくなる。
最近、国を動かす仕事をする人の世界には、自分が住む世界とは別の世界の生き物がいる。そんな感じがしてしまうのは私だけだろうか?別世界の生き物たちが、リアリティのない言葉でもって世の中を悪くしていっているような・・。これは、現実のことと思いたくない、そんな意味での別世界だ。
情熱をもって、覚悟を決めて、命を懸けて生きている人が好きだ。下手でもなんでもいいから、心を込めて自分の言葉で表現しようと頑張る人が好きだ。
自分の言葉。自分の言葉は自分で経験し、自分で苦労したところから生まれるものだ。もっともっと自分の言葉にこだわって生きていきたい。
もちろん、これからの社会に悲観的であってはならない。問題が多いとしても、時代は必ず変っていくのだから、それに向けて自分ができることを、たとえ小さなことであっても気づく人が行動すればよい。そう、自分の言葉で、伝えるべき相手をまっすぐ見ながら。
観光よりも、歴史を知り、遺す、守る、受け継ぐが優先
世界遺産というタイトルを求め、世界各国、各地が沸いている。日本にいると、とくに日本がその登録に熱心に思えるが、世界どこでも同じようだ。それを観光・町おこしに活用するということが行政の狙いであるように見えてしまうところもあるが、もちろん注目され、その町に人が集まることは交流人口を増やす意味において、大切かと思う。
その一方、国宝や世界遺産となることにより、観光地化が加速することを懸念する思いが強くある。
先日も、ある研究目的があり、大浦天主堂へ出向いた。何度目かの訪問。残念ながら行く度に期待を裏切られる思いがある。次から次へとどやどや入り込んでくる観光客。カメラ撮影は禁止と書いてあっても意味がわからないので、パシャパシャ撮影している外国人観光客。あげくのはてに、ガイドの音声がずっと繰り返し流れている。静粛とあるのにこんな連続音声のアナウンスが始終しているようでは、観光客だってわいがやになる。こんな教会は世界にもない。静寂を守らないといけない聖なる場所が、観光地になってしまい、祈りとは無縁の空間になってしまっている。信徒発見400年といっているのに、信徒をもっと大切にしたらいいのに。でもその建物を維持保存するために国宝や世界遺産としったタイトルは不可欠だ。お金がかかるのだから、仕方ない。でも・・・という気持ち。
以前より京都のお寺で嫌いなところがいくつかある。拝観料で儲けているという印象が強いところだ。その景観、風景、建築面での素晴らしさはもちろん認めるが、そのココロに疑問符がついてしまう。
とまあ、観光地として名が通ると、団体旅行の餌食になってしまう・・。
ということで、長崎のこれからも憂慮する。軍艦島が産業遺産に登録された。新聞である軍艦島ガイドさんがいいことを言っていた。
「観光ではなく、歴史を知って」ということだ。カメラ撮影も☓ということ。かなり訪問も制限されているとのこと。
真面目に長崎の、日本の歴史を知りたい人だけでいいのだ。
オリンピックもそうであるが、何か憂うものがある。近代オリンピックは純粋なスポーツ競技ではなく、政治と経済との三つ巴。お金ありき、経済効果あってのイベント・・。すべてそのあとのことを考えてしまう。
ちょっと横道にそれたが、世界遺産で大切なことは、歴史を知り、大切に守り、受け継ぐということだ。絶対に派手にしすぎない方がいい。
お祭りじゃない。もちろん守らないとなくなってしまう。先人の偉業をたたえ、感謝して生きていきたい。
いくつになっても、褒めると伸びる、育つ。
人は生涯、育ち続けることができると信じている。「すごいね~」「感動しました」「がんばってくださいね」「ファンですから」「尊敬しています」「また驚かせてくださいね」・・などなど、なんでもいいが、自分の存在を認めてもらったり、共感いただいたり、応援していただいていることが伝わると、感謝とともに、新たなパワーが湧いてくる。
最近では、セミナーの場合「興奮してかえってきました」「話をきいて、熱いパワーが湧いてきました。」という感想以外に、「チラシのイメージどおりでした」「的を得た内容で、本当に良かったです」という声もうれしく、思わず、そういう声は何度も何度も読み返し、自分へのご褒美としてインプットする。お客さんはチラシでイメージする。いいイメージを創ること、そしてそのイメージを越える内容にすることが必要だ。的を得た・・という表現も、本当にうれしい。的とは、その人にとって違うだろう。お会いしたこともない方の「的」に的中しているのは、この上なき悦び。そういえば、「的」とは目的だ。自分の目的と相手の目的が合致することは、とてもうれしい。
ずれないように、ブレナイように、外れないようにしなければ。
人間、生きる時間の長さではなく、経験の多さで育っていく。それも、褒められたり、認められたり、必要とされる分だけ、より良く育つのだろう。死ぬまで成長したい。生きている限り育たなければ。人間だもの。
人が育つことに関われる喜び
毎年恒例になってきた、広報チャレンジセミナーが新潟県の燕三条で開催された。このセミナーは実際に学び、実践し、成果を出してきた企業さんの活動報告も交え行うようにと企画し、継続してきた。うんちくをエラそうに何百回語るよりも、実際にやった人が一度語る方が何倍も説得力がある。経験にまさる知恵はないのだから。
今回のパネラーは、豆腐屋さんと、塗装屋さんと、園芸用道具などをつくるメーカーさんの三者。と書くと、普通に聞こえるかもしれないが、三者ともこの業種を超える、素晴らしい挑戦をしている、まさに型破りなオトコたちだ。その挑戦をするときに「広報」という手段が
役だったようだ。このセミナーに向けて、会社にもお邪魔し、社員や家族の皆様にもお会いし、彼らをとりまく環境、仕事の現場も見せていただきながら、より理解を深めつつ、準備を進めた。皆さんの協力あって、本番はイメージどおり、いやそれ以上の「感動ステージ」に仕上がった。
受講者から喜びの声が多く寄せられ、自分もそこで発表できるぐらいになりたい!もっと教えてほしい。自分もああなりたい・・。講演後、名刺交換を待ってくださる方の列ができた。
一度のセミナーで、気づく人は気づく。そして行動を起こす人は起こす。そして続ける人は続ける。そして結果を出す人は全員ではないが、ちゃんとやり続けた人はいい結果を生み出すのだ。500社以上の企業相談を受け、実践講座で一対一で向かい合ってきた企業さんは300社を超えるが、人を育てるなんてとんでもないが、人が育つ場面に、過程に関われる仕事をしていることに、心から喜びと誇りを感じる。
さあ、これからまた次のステップが始まる。情熱と本気の人たちが成長されるそばに、ずっといたい。改めて思う、情熱セミナーであった。写真は、セミナー本番前と本番後。当日取材協力いただいた新潟日報の佐藤記者にも入っていただいた。翌朝の朝刊にさっそく載せていただいた。人が育つそばにいると、自分自身も「育っているかのような」気持ちになれる。


