隣国の孤独な人生を勝手に憂う・・。

お隣の国々はそれぞれ異常な状況だ。
日本も、同じではあるが、それでも見た目にはまだ平和で落ち着きがある点は
ありがたい。

韓国という国は、なぜにあんなに人を攻撃しまくるのだろうか。
政治に対して反対運動などに参加して、暴力騒動に巻き込まれて、命をおとしてしまう
人もいたり、一度怒り始めると、歯止めが効かないそんな人が多いのか。
韓国の歴史はもちろん、ご苦労も多く、時代のなかではわが国も申し訳ない
ことをしたことはあるため、それに対しての恨みつらみは理解できる。
おそらく、お金での解決だけではなく、(要はお金だという人もいるが)
寄り添う姿勢などがこちらが思う以上に求められる、そんな民族性が強い
国なのかもしれない。(断言はできない)
ただ、韓国人の仲間も過去には多くいたし、個人的には穏やかな人もいるため
メディアで報じられる韓国のイメージとは違うと思うことも多かったが、
おそらく格差社会、悲しい歴史などの背景、要因が入り混じって、
悲劇の主人公のような生き方をせざるを得ない・・・そんな国なのかも
しれない。(これも断言はできない)
儒教的な教えと競争社会、恨(ハン)の歴史・・・。どうも日本とは違う
背景にある国なのだと思う。だから、近いけれど、実は遠い国だ。
このたび、女性初の大統領が弾劾、そして罷免された。
私は決して、この大統領を応援しているわけでも、味方でもないが、
この人の人生はなんと・・・孤独なのかと勝手に想像し、これからの
残された人生を想像すると、たまらない思いになる。
もちろん罷免されるだけの条件があったであろうし、それはそれで
良いとしても、きっとこれからもメディアはかわいそうなぐらいに、
元大統領の彼女を惨めに映し出すだろう。
そんな絵が容易に想像できるのが、悲しい。
本当に孤独だったんだろう。だからもしかしたらこんな結果になってしまったのかも
しれない。(あくまでも推測ではあるが)
こういうときこそ、本当に相談にのってくれる友達はいたのか?
いなかったんだろうな。
と勝手に思うと、とても複雑な思いだ。
現代の韓国は、歴代の元大統領たちは逮捕されたり、自殺したり、
尊敬して世を去っていく例が少ない。
国民の熱い団結力がどうか、国をよくする方へ穏やかに、元気の方向に
向かっていくことを願ってやまない。
韓国は、長寿国ではない。そして自殺者も多い。
そんな国であってはいけない。
そう思うと、日本という国は まだありがたい。

世界には、
いろんな宿命を背負った人たちが生きている。
難しい人生を生きている人たちは、大変だ。
できれば、すべての人が幸せであり、恨むのではなく
感謝しあえる関係でいられることが一番いい。
                     

カテゴリー: Essay (Word) | 隣国の孤独な人生を勝手に憂う・・。 はコメントを受け付けていません

春は、ちょい寂しくもあり・・・。

春は花も咲き、新たな出発もあり、華やかで前向きで。
これはこれでいい。
お正月が楽しいと同じように、春の訪れ、節目はわくわく感がある。
多くの人が東西南北、大きく動く季節だ、
日本列島を真上から見たら、この人の移動、荷物の移動の量は
もの凄いことだろう。なんと言っても、年で一番の引越しシーズンだ。

その移動、異動のなかでは、新たな出会いもあるが、卒業や別れもある。
次の節目にいくために、これもやむなきこと。

とても小さな出来事ではあるが、
前に書いた、宅配便の担当のおにいさん。
もし自分が東京から離れたら、寂しくなるな~と思っていたら、
配達時に荷物を受け取ると、
「今尾さん、あのー、ぼく●●日から、異動で・・・●●町担当になります。
 長い間、いろいろよくしてもらって、ありがとうございました。
 次の者には、これまでどおりちゃんとやるように伝えますんで」
と、いわれ、驚く。
彼からこんなに長い言葉を聞いたのは、初めてだ。
いつも電話一本で、「了解です」「ありがとうございます」
ぐらいの短いやりとりだけだったから。
へえ、先に異動しちゃうの~。内心、とても寂しい気持ちがした。
「ああ、そう。どこへ異動するの?そうなんだ・・・。
寂しくなるね。本当にいろいろ、ありがとうございました。
でも、まだ会えるよね」
「はい!」
東京に住んで、ヤマトさんのお世話になって、異動をわざわざ告げて
くれた人は3人目か。
なんだか寂しいと正直思うが、
こうしてきちんと挨拶してくれることも、うれしいことだ。

春は、いろんなことがある。
来る人も行く人も。
でも、近くで、どこかで、元気にがんばっていたら、それでいい。

もうあと1~2回は会えるかな。
お世話になりました。
春はちょいともの寂しくもある季節。

カテゴリー: Essay (Word) | 春は、ちょい寂しくもあり・・・。 はコメントを受け付けていません

愚痴を食べる山羊を飼う。

それにしても、「愚痴」という言葉は、音も美しくないし、見た目も決してよろしくない。
愚かでしかもヤマイダレの「知る」。決して知的ではない。
あまり、お世話になりたくない、その「愚痴」という文字、言葉。
ではあるが、
日々、生きているとその愚痴のひとつやふたつ、こぼしたくなることもあるだろう。
仕事の帰りに飲みに行って、その愚痴を言い合う、聞き合うことでストレス解消を
している人も多いだろう。
よくわかる。愚痴もいいたくなる、この息苦しい世の中だ。

でも、愚痴を言わない方がスマートだ。
なぜかというと、もし言っている内容がごもっともであっても、
愚痴っているというその姿勢、行動がスマートではない感じがするから。

愚痴るぐらいなら、直接言えばいい。と思う。
でも、いちいち言えるはずがない。相手に直接言うことで、その反応で、
また愚痴を言いたくなることもありえる。

日頃、愚痴を聞くことが、なぜか?おかげさまで?多い。
そして聞いた後、「愚痴ってすみません」とよく謝られる。
そう、愚痴を聞かされた側には、何の得もない。
話している人だけのストレス解消ということが多い。
見方によっては、愚痴を聞かされることは、第三者には迷惑である。

もちろん、愚痴を聞き、言葉を交わすことで解決になることもあるが、
愚痴を聞いている人にとっては、決して気持ちよくないはずだ。
だから、愚痴は人に聞いてもらうのではなく、できる限り自分で
解決していきたい。

そこで浮かんだのが、紙を食べる山羊の存在。
そのように、愚痴を食べる山羊がいたらと思う。
その山羊を心の中に飼う。
何か嫌なことがあったら、「もぐもぐもぐもぐ」と心の山羊に
食べてもらう。
すると、すっきり。
そんな解決法をみつけたら、それだけですっきりしてきた。
それにしても、愚痴ということばは、美しくない。
関わりたくないし、使いたくもない。

美しい言葉でコミュニケーションしたい。

カテゴリー: Essay (Word) | 愚痴を食べる山羊を飼う。 はコメントを受け付けていません

グレーと詭弁。

メディアの操作。お隣の国でもそんなことが話題になっているが、
わが国もなかなか操作されまくっている。
報じなければいけないことが、どうでもいい情報に紛れ、隠されていたり、
曲げて報じられていたり、核心と違う部分が話題になるようになっていたり・・。
北朝鮮のことももちろん報道されなければならないが、どこかで何かがある隙に、
こそっと何かを決めたり、動かしたりしている・・・
そんな状況がもう何年も続いていると、個人的には感じている。
最近は、グレーなのにいかにも白。という態度をされたり、
とんちんかんな場面だけを見せられ、これじゃ、何が本当なのか国民にも
わからない。
嘘も本当も、人の口から出る言葉だけではもう判断できないほどの状況だ。

グレー。限りなく黒に近いグレーという表現があるが、
グレーの色を重ねていっても、白には絶対戻らないのだ。

そして、グレーと詭弁。
この二つが交差すると恐ろしい状況になる。

確かな目、耳をもち、騙されないように、判断する力をもつか、
知らなくて良い、見なくて良いものには、触れないで生きていく力をつけるか。

両者を身につけておかねば・・と思う、晴れない社会。
グレーな越後の空にも必ず春が来るように、心晴れるクリアな社会の
春が早く来るようにと願うばかり。

カテゴリー: Essay (Word) | グレーと詭弁。 はコメントを受け付けていません

「吉雪」と名付けた人を思う。

「明日は雪ですよ」
もう春に向かうと思っていたら、翌日からまた季節は逆戻り。仕事仲間が言ったどおりになりそうな
厳しい寒さが襲ってきた。
新潟市から車で魚沼の湯之谷というところまで向かう。
進むにつれ、白い粉の大きさと量が変わり、向こうに見える山々も真っ白でだんだん雪国らしい趣に。
最初は「これが新潟の冬ですよね」「でも、やっぱり今年は少ないですよね」
なんてのんきな会話をしながら、目的地の市役所にたどり着く。
4時間余りの業務を終えて、再び新潟市へ戻ろうとするが、外の景色にびっくり。
その滞在時間の間に静かに雪は降り積もり(そう、雪は静かに降るのだ)、辺り一面こんもり銀世界。
駐車場の車にも数センチ以上の雪。さすが新潟の車にはブラシなど、除雪用のツールが常備されている。
(このほか、スコップや長靴も・・)
そのブラシで車に積もった雪を落としてから、新潟市に向けて、いざ出発。
しかし4時間半前に来たときと全く違う銀世界、運転するには視界も足元も不安・・。
道路も融雪パイプがあるところ、ないところそれぞれ。
来たときとあまりに景色が違うので、標識を探しながら、ゆっくり慎重に高速まで向かう。
そう、高速に入れば安心だ。(といっても、私は助手席に座っているだけだが・・)
そして再び新潟市へと向かう。確かにトンネルを越えるごとに、雪の量が減ってきて、燕三条を通る頃には
降った形跡もあるが、空には日が差して、きれいな空色が見えてくる。
いやはや、新潟県らしい冬景色の見納めをさせていただいた1日。
雪がたくさん降ることで、きれいな水が得られる。そこで美味しいお酒、お米、野菜・・。
雪は決して、人々の敵ではなく、人々に「吉」を与えるものなんです。と
ある食品会社の社長が「吉雪」を名付けられたことを思い出し、雪国の人の忍耐と強さを改めて
思う。
春に一歩一歩近づいている。その前に、雪をしっかり見られて良かった。
目を閉じても、まだその景色がくっきり浮かぶ。

カテゴリー: Essay (Word) | 「吉雪」と名付けた人を思う。 はコメントを受け付けていません

突き抜けた変人から、ブレない変人へ?

新潟で出会い、青森で、京都でと、年に1~2回再会し、近況報告を交換
しながら、お互いを鼓舞する仲間。
同じ「昌」という文字が名前についているのも、親しみを感じるゆえん。
会った後、必ず私のキャッチフレーズを考えて、メールしてくれる。
それが彼の感想、印象である。
前回までは「突き抜けた変人」であった。
この言葉は結構うれしかった。そう、変人も突き抜けてしまえば素晴らしい。
そこまで行こうなんて思わせてくれた。
そして今回はそれに加えて「ブレない変人」だそうで。
ブレないとは、変わらないという意味にもなるが、変わらない変人となると
矛盾もありそうであるが、そうではない。
自分らしさをどこまでも追求し続けるのだ。
この京都の「MASA」さんは、今、地元京都で、タクシードライバーとして
奮闘中である。調理の世界で生きてこられたから、またそちらへという夢も
持ち続けて、がんばっておられる。
全く違う世界で生きているが、心からの会話ができ、お互いの人生を応援しあえる。
いつか京の町で、コラボできたらいいね。と話したら
そのMASAさんはいつも以上に目を細めて、「そっりゃーいいですわ~」。
やるといったら必ずやる。
GO WESTに、夢が膨らんでくる。

カテゴリー: Essay (Word) | 突き抜けた変人から、ブレない変人へ? はコメントを受け付けていません

彼らなしでは、生きられない。

独立して、18年半。
スタッフも秘書も雇わず、ひとりで回してくることができた背景には、
宅配業者さんの存在がある。
これだけ頻繁なる出張をこなせたのは、もちろんJRなど交通機関各社の
安全かつ正確な運行のおかげであるが、
身近なところでは、ヤマトさんにどれだけお世話になってきたことか。
不在時の対応でも、個人的にお世話になってきた。
あまり無理を言っているかなというときには、差し入れなんか渡したりして
いつもありがたく、申し訳なく・・でも、本当に頼りになる存在で・・。
身一つでどこにでも行けるのは、まさにこの業界の発達のおかげであり
応対も気持ちいい、スタッフのおかげである。

しかし、ネット通販等の成長により、彼らの多忙さは異様になり、
加えて年末や夏のギフトシーズンはさすがにパンクする会社も
出てきた。
これは、深刻な社会問題である。

ネットで当日配達というが、本当に本当にそれが必要か?
それをしなければ、もっと宅配業者さんは楽であり、
さらに度重なる再配達への対応。
よっぽど気が長くないと、耐えられない仕事ではないかと
他人事ながら、心配もする。

だから、いつも無理をお願いするときには
丁重にする。
彼らなくして、今の自分の仕事ができないからだ。

この場所を離れるときに、一番寂しいと思うのは
近所のスーパーの存在や、この宅配業のスタッフとの別れに
なりそうだ。
そのタイミングで、ぜひこの宅配会社にぜひ手紙を書きたいと
思っている。
重いものを運んでもらって、本当に助かりました。
なんとかみなさんがもう少し楽に働けるように
体力が長持ちするようにと願い、
感謝し続けたい。

と書いたら、値上げのニュース。
仕方ない。当然といえば当然。
そのことよりも、無駄な消費、無駄な利用をやめ
配慮と感謝をもつ消費について考え、実践しなければ・・。

カテゴリー: Essay (Word) | 彼らなしでは、生きられない。 はコメントを受け付けていません

「わが恩師」を思う。

生まれて半世紀余り。いろんな方に、さまざまなことを教えていただき、見守っていただき、
助けていただき、今ここにいる。
どれだけの先生にお世話になってきたことか。
幼稚園にはじまり、各学校・・・。ピアノ、エレクトーン、習字・・・。
生徒学生の頃の先生たち、
今も顔が浮かび、さらに連絡をとっている方は、もう数えるぐらいしかないし、
もうこちらが行方不明ということもある。
そして学生時代よりも長くなった社会人時代。
ここで出会った先生も、本当に多い。
マーケティングの先生、そして会社の上司も、私にとっては大切なありがたい先生だ。
今一番、恩師と思うのは、先のブログも出てきた三人の父のひとりでもある、元上司だ。

若いころ、プレゼンに行くときの服装、営業としてのふるまいについて、
決して厳しい物言いをせず、京都人らしくさらりと言われるが
凄みがあり、その人がいうことは絶対という威厳があった。
大学の先輩という共通点もあり、マーケティング、ジャーナリズム、印刷、アートなど
自分が今興味をもつジャンルの多くについて、知識が豊富で、なんでも知っておられて
よく勉強されているなあといつも感心していた。

今回会ったときも、
「今日、丸善にいってきたわ。」
と買ったばかりの本を見せてくれる。すると、偶然にも自分も興味をもっていた
本だったり、読んでみたいと思う本で、80歳を過ぎても、読書を欠かさず、
世の中をきちんと見ながら・・・。
問題意識を持ちながら、学びを忘れず、そして「いい感じ」で生き続けておられる。
そう、いくつになっても、ダンディな上司だ。

恩師。
人生において、恩師がいてくれることは、本当にありがたい。
恩師には感謝し、できる限りのお返しをしなければ。
それは元気に自分らしく、教えていただいたことを生かし
頑張り続けるということ。

「もうすぐ20周年やな」
「いえ、今年の9月で19年ですよ」
よく人のことまで覚えておられる。これもその上司について感心する
要因だ。

俺が私がではなく、さらりとかっこよく。知的であれ、生涯マーケッターであれ。
恩師を忘れず、がんばらねば。

そして、自分はいつか、誰かにそう思ってもらえる人になれるか・・。
まだまだ足りなくて、一生追いつけない。

カテゴリー: Essay (Word) | 「わが恩師」を思う。 はコメントを受け付けていません

「先に逝かしてぇなあ。」長生きは疲れるか・・。

三人の父がいる。
ひとりは実家の父親であるが、
二人は会社員時代お世話になった上司で、いわば京都の父であり、
仕事の父。
ひとりは経理の専門であったため、私の仕事をずっと心配しながら
「ちゃんとやっとるか、確定申告は終わったか」
と80代後半になって、施設に入っておられても、心配してくれる
そんな父。
もう一人の父は、マーケティングや印刷のことを教えてくれた
また京都人の流儀を、酒飲みの哲学を教えてくれた。
NY出張や東京転勤、アジア各国の出張を「女なんかに」と
いわれていた時代にいつも背中を教えてくれた、ありがたい父。
二人とも、会社をやめてから約20年ずっと変わらず、見守って
くださり、応援していただいている。

さて、そのマーケティングの父。年賀状が来ていたが、3か月近く
メール返信がなく、今回久しぶりに再会。
再会するときには、京都らしい喫茶店でと。それもいつもの楽しみ。
・・・ちょっと痩せているような。
「ちょっと痩せてません?」
たずねると、昨年末に脳梗塞で自宅で倒れたとのこと。
家族がいたので、すぐ病院に行けたため、1か月の入院と
リハビリで、奇跡的に半身不随になることもなく、
普通の生活に戻れたとのこと・・・。
そんなことがあったのか。
思えば、ここ数年、何度も違う病気でも入院され、元気になられては
京都のソバ屋でカンパイしてきたが・・。
「お願いですから、死なないでくださいね。
私が生きている間、ずっと見守ってほしいですから」
と言ったら
「それは無理。先に逝かしてぇなあ」と弱弱しく笑う。
わかっているけど、でも私を置いていかんといて、と
思ってしまう。死ぬまでアドバイスをもらいたいのだ。

この京都の父たちは、私の自立を応援してくれた父たち。
あと何回会えるかな。
もっと会いに行こう。

「ああ、久しぶりに会えてよかった。楽しかったよ。」
固い握手をして四条河原町の交差点で別れた。
何度も何度も後ろを振り返って、ちゃんと歩いているかなと
見えなくなるまで見ていた。

なんだか、だんだん、大切な人が・・・。
生きるのは、長生きはしんどい・・。
それもわかりながら、人は大人になっていくのかな。
頼むから、先に逝かんといてぇな。

カテゴリー: Essay (Word) | 「先に逝かしてぇなあ。」長生きは疲れるか・・。 はコメントを受け付けていません

枯れても、飾ってもらえるお花。

前書いた、父の同級生の、電気屋のおっちゃん。
(偶然にも、先日訪問したメーカーの系列店であったことがわかって、驚いたが)
亡くなられて1週間が経過。遅くなったが、ご自宅にお供えのお花を届けた。
白いお花にほんのり紫色のお花を混ぜてもらって・・・。
この色味のアレンジメントをプレゼントするのは、なんとも寂しいものだ。
「あ、まさこちゃん~、この前はお花、ありがとうございました」
もう1か月以上前に届けた小さなお花のことだ。
「へ?もう枯れてますよね。」
「いいの、まだ飾ってある」
そうか、おじさんの最期を、あの小さなお花は見守っていたのか・・。
「もう変えてくださいね。今日もお花、もってきましたから」
と、玄関に出てくれたおばさんは、世界一悲しいはずなのに、
ご葬儀の後処理などで忙しく、割烹着を来て、思いのほか元気に見えたが、
気が張っておられるのだろう。
おっちゃんが理解ある人だったから、このおばちゃんは、ひとりで京都まで
電車に乗って私のライブに駆けつけてくれたこともあった。
未亡人となったおばちゃんが、いつもどおりにされていることが
かえって心にしみた。

この電気屋さんは主人なきあと、営業を続けることはできないだろう。
やっぱり、先日訪問したばかりの、電球工場の終息とタイミングがあまりに
合って・・・なんともたまらない気持ち。

おっちゃんの最期に寄り添い枯れた花。
おばちゃんが捨てられないと思う気持ちがなんだかわかって・・・。

改めて、長年ふるさとライブを支えてくださった
電気屋のおっちゃん、田中さんに心から感謝し、
ご冥福をお祈りしたい。

残された父が、寂しそう・・。しょうがないね、それが人生。
花も人も・・枯れ果ててしまうね。
その日まで、生きてるものががんばろう。

カテゴリー: Essay (Word) | 枯れても、飾ってもらえるお花。 はコメントを受け付けていません