喜んでもらえると、嬉しい。

人が喜んでくれることがうれしい。
毎日、何かそんなことがあると、とても幸せだ。

たとえば、
大相撲の名古屋場所。
あるルートでチケット入手をしたはいいが、仕事で行けなくなった。
では・・・と 妹に義母さんと行くようにすすめる。

85歳を越えた義母さんが、たいそうお喜びで、1か月以上前から
相撲のことばかり、毎日楽しみに待っておられるご様子。
なんとか脳トレにもなればと思ってのギフト。
そして長年同居してきたお姑さんと嫁とのこんな思い出も良いかなと
思った。

妹から愛知県体育館からの写メールが届く。
会場の様子から、義母さんの横顔まで・・。
なんだか嬉しそうな様子が伝わってきて、
なんだかしわくちゃのおばあさんの横顔を見ていたら
こっちが泣けてきた。

東京にいたら、相撲は観に行こうと思えばチャンスは多い。
地方ではそういうわけにはいかぬ。
年に一度の名古屋場所に、嫁姑が仲良くお出かけとはいい話だ。

自分はいっぱい経験をさせてもらってきた。
今はそのおすそ分けを周囲にと思う。
嫁としてがんばってきた妹にも、お世話になってきた妹の義母さんにも
お世話になってきた皆さんに、恩返しをしなければ。

とにかく
人が喜ぶことがうれしい。
もっとそうなりたい。

あなたがうれしいと、私もうれしい。
この関係は、人生にとって最高だ。

行けなくなってよかった、名古屋場所。

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太陽と土のかほりの宝箱に感激。


「おやじとつくった野菜を、今年もそろそろ送りますわ~。〇〇日、受け取れますか?」
京都弁が聞こえてくるような、メールが届く。
ああ、先日の豪雨の被害もなかったようで、一安心。
汗をかいて大切に育てた作物が台風や洪水で収穫できなかったら・・と、思うと
農家の方の仕事は、ほんとうにリスクが高い。
京都も最近被害が多いため、心配していたが、連絡をいただいたということは
無事に収穫されているということだ。

このメールの主は、新潟で知り合った京都人。
お父様と一緒に暮らし、仕事の合間に農業も手伝うということで、
最近、実家に戻られた、親孝行の息子さんだ。
その二人で収穫した夏野菜の宝箱が届く。

大きな箱を開いて、
「あ!」
色とりどりのいろんな野菜がぎゅっと詰まっている。京都新聞にくるまっていたり、保冷剤が入っていたり、
送るためにいろんなお気遣いをしてくださったことも心に沁みる。

ひょんなご縁で知り合ったこの京都のまーさんから届く夏野菜を、
ひとつひとつ丁寧に手に取り、形や色や香りをたしかめ、
ああ、おひさまの、土の香りがするなあとしみじみ眺め、写真を撮る。

でも、ナマモノだから早くいただかないと・・。
もったいないと思いつつも、あつかましく早速いただく。

農業はお父様の生きがいだそうだ。
土に触れ、何かをつくる、育てるということは、老化防止や体力づくりにも
良いことだと思う。
孝行息子のマーさんは、そんなおやじさんにつきあって、
休みの日も一緒に畑に出向いておられる。

ありがたい。ありがたい。
この父子の畑仕事の様子、京都弁の会話を勝手に想像しながら
美味しくいただく。

食べておしまいでは、もったいないので、今回もこの写真を
いろんなところで使わせていただくとしよう。

土に働きかける仕事は尊い。
食べるしか脳がない私は、お恥ずかしい限り。

どうぞ、お元気に長生きされ、美味しい野菜を作り続けて
いただきたい。

手仕事の贈りものにまさるものは、ない。

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空青く、海蒼く、心に沁みるわが聖地。

このたび、世界遺産に登録された、潜伏キリシタンの里のひとつ、長崎市の外海地区。
市内から離れているから、(だからこそ、潜伏の地になったのであるが)これまでは文学や宗教、
歴史に興味がある人ぐらいしか訪れなかった。
これからは様子が変わるかもしれないが。
それはそれとして、私はこの場所が大好きで、大好きで 永遠のあこがれを持ち続けている。

かの遠藤周作もたいそう気に入っておられたようで、ここを舞台にあの「沈黙」が生まれた。
実際に足を運んでみると、小説を通じて知った禁教時代の苦難の様子が偲ばれ、
苦難を乗り越えたからこその、静かな深さと穏やかさを感じることができる。

最近、やっとみつけた遠藤周作の沈黙の碑。おお、ここにあったのか。
先に書いた、出津教会などド・ロ神父のゆかりの地の高台に、それはある。
「人間はあまりに哀しいのに、
主よ、海があまりに碧いのです」

沈黙に出てくるこの言葉が、石碑に刻まれている。

主よ。の呼びかけは、遠藤氏の神への問いかけであろうが、
読むほどに
「人間があまりに哀しいのに、
空があまりに碧いのです」
このくだりが深く刻み込まれる。

そして、ここに立つと余計に
この言葉が全身全霊に染みてくるのだ。

喧騒の世から離れ、ここにくると、
人間と自然の本性が見えてくるような気がするのだ。

そして。ここに来ると、
ずっと立ち尽くしていたくなる。
そんな気持ちにもなる。

この記念碑の近くに、遠藤周作の記念ミュージアムがある。
氏がもっとも好きだった最高の場所に立っている。

空は青く、海は蒼く、
この美しき世界に、私たち人間は包まれて存在する、生々しい存在。

世の人よ、もっと穏やかにあれ。
海も空もそう言っている。
そんな気持ちになってくる。

映画以上に、現実の「ここ」は感動的だ。

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人生、不思議なことがあるもんだ。

本当に偶然か?と思うことが最近続いている。

たとえば、岐阜ではじまった仕事のひとつ。
あるSCのお手伝いをさせていただいているが、その施設名が
自分のニックネームと同じである。
「『マーサ』を『マーサ』が?ええ??まじで?」と。
もともと知らなかったのに、最近磁石のようにどちらからなのか
わからないが吸い付いてきた。
同じ名前なので愛着も湧いて、実に不思議だ。

それだけで終わらない。
ある仕事で、たまたま数分だけ出会った女社長さん。
同世代かちょっと下かな~と思った。
名刺交換をしていなければ、もう会うこともなかったかも
いれない。が、なぜか名刺交換をした。

そのあと、やりとりがはじまり、お会いすることになった。
そしていろいろ話していて、同郷も同郷、同じ町内の出身で
数歳年下の人であることが判明。
6歳違うため、学校で一緒になったことはないが、
間違いなく、私の生まれた町内の出身ということで、
知っている景色、近所の人たち、昔あった喫茶店などの記憶
が重なる。
仕事で出会う人と、そんなところで普通は共通の話題にならない。
しかも名古屋で出会った。岐阜で会ったわけではない。

とにかくその彼女は
小学校、中学校ともに後輩であったのだ・・。
さらに、自分がつくった「みのり愛」という曲を、
彼女は別の仕事で聴いたことがあり、知っていた。
「ええ?それをつくった人ですかああ」

同郷ということで、また言葉・コミュニケ―ションを仕事に
するという点での共通点から、
もしかしたら、新しいユニットが結成できるかもしれない。

この出会いは偶然だろうか?
ここんところ、そうとはいえない事象が多く、
何か不思議な偶然が現れるたびに、
「きたきたきた~」
という感覚になる。

生きていると、不思議なことがある。
やっぱり、何かに導かれているのだと思う。

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価値観が変わる?今更ながらの隠れユニクロ

多くの人が感じていることであるが、ユニクロはすごい。
世界にこのブランドは確かに通じる。
そこそこの品質で、そこそこのセンスで、手軽な価格で。
素材がいいから、着心地が良いから、買いやすいから、世代を超えて
国を超えて、みんな買うわけだ。ファストフードならずファストファッション
を普及させた立役者。

とはいえ、さすがにアウターからすべてこのブランドに身を包みたい
とは思ったことはないが、
インナーウェアは実は少し前から注目している。

でも、インナーといっても、全部ユニクロでいいとは思っていなかった。
とくに女性の体にとって、美しさを維持するためには・・・と若いときから
教えられたブラなどは、細かいサイズ表示があってこそのパーツだと
思っていた。ブラを付けるなら、サイズを細かく図るのが当たり前。
できれば専門店でプロにサイズを測ってもらい、自分に合うものを
選んでもらうというものだと思っていた。
アンダーバストがいくつの、何カップ。カップは浅め、深めといろいろ。
デザインによっても、その付け心地は違う。
高級ブラは、レースであったり刺繍であったり、見えないところにも
気を配るのが本当のおしゃれだ・・・と教えられてきた。
ではあるが、なんだかワイヤーが痛いとか、なんだかもっと楽な
下着はないものか?
と思っていた矢先のユニクロのブラ。
デザインもそんなに種類があるわけではない。
サイズも、SMLだ。へ?ブラにそんなサイズ表示でいいの?
気が付けばS+というサイズもあるが、それでもアバウト的な
感覚のサイズだ。

どうせ体に合わないだろうと思って試着してみる。
??意外といけるじゃん??しかも、安すぎる。
正直、これまで自分が知っていたブラの世界との価格の違いに
びっくりする。
試しに・・・と買ってみる。これまで買っていたブラが何枚
買える?という金額だ。これなら何枚かまとめて、と思って
しまう。ショーツとのペアでもまとめ買いするだろう。
そんな価格。一枚は安いが、まとめて買ってしまうので、
気がつけば客単価はそこそこいってしまう。

さて、買ったそのブラ、使ってみると、これまで専門店で購入して
いたものと、そんなに付け心地が見劣りするわけではない。
こんなもんだと思えば、これが良くなる感じだ。
これまでのブラの価値観は何だったのだ?とつくづく思えてしまう。

いやー、ブラはSMLで買う物ではなかったのに。
若い人たちは、昔のブラの買い方、選び方をもしかしたら
知らないかも?もうそういう細かい、面倒な選択はしないのかも。
ユニクロので十分と思っているのかもしれない。

もちろんカラダの美を考えたこだわりの設計上にある商品と、
大衆向けの商品。
同じブラでも、まったく違うステイタスではあるが、
でも、毎日つけるものだから・・と思うと、
ユニクロで十分。と思う人も多いのでは。

いやはや、今さらながら、私のなかでブラなるもの
についての価値観が揺らいだ・・というぐらい
ユニクロの商品力はすごい。

インナーを選択する女性も両極化しつつあるのかもしれない。

今さらながら、ユニクロはやっぱりすごい。
まさにインナーだけ愛用する、「隠れユニクロ」は
いたるところにいることだろう。

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世界遺産の貢献人に会う

3年前、長崎の平戸でザビエルのコンサートを実現することができたのは
キリスト教会群の世界遺産登録という目標があったから。地元行政が市民の啓蒙・普及のために
との願いで、潜伏キリシタンの信仰を今なお守りぬいている生月町で、この企画が実現した。
にもかかわらず、すぐには世界遺産に登録されず、内容の修正を求められた。
そして、このたびついに、めでたく長崎と天草の潜伏キリシタンの関連地域・集落が
世界遺産に登録された。
平戸も、そして長崎市の出津も、いずれも私にとっても忘れることができない
地、そのいずれもが今回、その登録が認められた。
さぞかし、地元は盛り上がっているかと思ったが、マスコミの取材はかなり増えている
ようであるが、来訪者数はまだそんなに変化がないようだ。
これからの夏~秋のシーズンに向けて、増えているかもしれないが・・。
行政関係者は、町おこしにと勢いづいているが、教会関係者はまた違う目線で今回の登録を
見守っている様子。

そんななか、信徒さんであり、また先祖が、禁教の時代この地で生きた女性、そして
世界遺産登録と言われる時代よりずっと前から、長崎市の外海で地域おこしを
がんばってこられた女性に出会う。
彼女は、日宇スギノさん。自分で当地で小麦を育て、明治時代に
地元で布教・教育に尽力されたド・ロ神父さんの伝えた製法でパスタをつくり、
地元の産業育成にも貢献され、また歴史的建造物の維持保存にも貢献され、地
元の観光活性化にも寄与された方だ。

昨年、このド・ロ神父ゆかりの場所でのコンサート時にお世話になり、それからのご縁だ。
今も静かな、遠藤周作があまりに海が碧いと言葉を残したこの土地に暮らし、
内外にこの地の魅力を地道に発信されている方だ。

「近々、NHKがパスタをつくるところを取材に来るそうですよ。」
と、世界遺産登録後、ますますご多忙のようだ。
なんだか、こんな風にまっすぐに年を重ねておられる人に出会って、
心が清らかになった。

いつか、彼女と、彼女のレストランの名前のゆかりの地、そして
ド・ロ神父の里であるヴォスロールを旅しているかもしれない。

改めて、このたびの世界遺産登録を祝し、また永遠にこの歴史が
後世に受け継がれることを
心より祈っている。
どんな時代になっても、清らかにまっすぐに生きることが大切だ、
そんなことを、素敵な笑顔の彼女から学んだ。

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今日はどの空のもと?

スペインに有名な巡礼地があるという。
サンティアゴ・デ・コンポステーラ(Santiago de Compostela)。
日本でも多くの人が挑戦し、その愛好家の集まりもあるような
一度歩いたら、もう一度訪ねたくなる、そんな旅。
日本でいうお遍路さんのようなものだろう。
私の友人は67歳。スペイン語を昨年から学び、今まさにその
巡礼の途中だ。
その旅先から3日に一度ぐらい、その様子がメールされ、写真が
届く。豪雨の日も届いた。向こうは晴天だ。
世界遺産が多いこの工程、何百年も前の教会やそのほか歴史的建造物が
彼の背景に移っている。
あと、もうすぐでゴールのようだ。
出発前までにも、何度もその準備について、語ってくれた。

今、彼は日本の豪雨被害を想いながら、異国の空のもとを歩いていることだろう。
ご自身のふるさとが広島だから、いろいろ考えることもあるだろう。
余計な情報を与えぬようにといっても、ネット環境あれば日本の状況は
細かく知ることができるから、きっと夜、宿では離れてきた日本のことを
思っているだろう。

一方、倉敷出身の友達の家は水浸しだと、メールをくれた。
彼は今バンコクに住み、実家は妹さんが守っている。
そんな状況だから、彼も遠い空から心配していることだと思う。

今、私は長崎に来ている。
ここでも、豪雨被害の影響はなく、穏やかだ。
そんな空の下にいて、ありがたい気持ちと申し訳ない気持ちが共存する。

今日はどの空のもと。
その空の下で与えられた状況で生きる。
人は空を変えることはできない。

子どものころに読んだ自然崇拝をテーマにした絵本が
今、よみがえる。
悪いことをしたら、言うことを聞かなかったら
・・・・だぞ~。

畏敬の念をもつことを教えられた。
今、人間はそれを忘れはじめているかもしれない。
人工は、自然に勝つことができない。

もう一度、
人間は生きる空を、変えることができない。
その空のもと、一生懸命 生きること。
このことしかできない。

だから、人間は非力であることを素直に
認め、
今日、穏やかな空のもと、生きられることに
感謝をしたい。

アミーゴが、無事に巡礼を終え、帰国されることを
祈りつつ。

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本当に災害の国だから・・

日本列島は、もともと自然災害が多い立地にある。
ではあるが、これまでは大きな災害は何十年に一度ということで
非日常のことであると思ってきたが、
最近はどうも様子が違う。
頻繁に起きる。
あまりに続く。
予測ができないことが、多すぎる。

こんなに度重なると、他人事と思えず、
防災意識をしっかりもたねばならぬと
思うが、個人ができることは微力だ。
日頃からできることと、いざというときの
速やかな対応。
このことこそ、
今の日本で一番大切だ。
被災地が混乱に陥るなか、一刻も早く救出し
復興できるようにすること。

いざというときにこそ、助けてくれる人が欲しい。

自助努力でなんとかできることと、できるときと
できないときがある。
今回、家族と離れ離れになってしまった人や
孤立している人・・・を見ていて
自分がこの立場だったらと思ってしまう。

実家は大丈夫かとお見舞いメールをくれた仲間より
日本には、そろそろ防災に特化した、「日本防災党」なるものが
生まれてもいいぐらいだね。とのメッセージがあったが
共感もする。国を挙げて、何よりの優先課題として備え続ける
必要があるということであり、このことが国を
守る最重要テーマである。

毎日、死傷者の数が増えていくのが、天災の惨さ。
心が痛む毎日。
暑さもうらめしい。

元気に無事に朝を迎えられていることに、感謝しなければならない。
被災された皆様に、心よりお見舞いを申し上げます。

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観光地と天災

観光地とは、風光明媚である。
自然豊かである。

日常の喧騒を離れて、ゆっくり非日常を楽しみたい・・・
その要望に応えるために、観光地はある。

そして、この7月、夏休みもはじまり、夏祭りもあり、
どこもここも賑わう。
観光地のハイシーズンのはじまり・・。
そんな七夕に向かう日に、観測史上まれに見るほどの
長い大雨が西日本一帯を襲った。
住宅が流されたり、人が行方不明になったり、
そして、これから!という観光地がこの雨で甚大な
被害を被ることになる。

わがふるさとの岐阜の鵜飼でにぎわうはずの旅館街も
冠水した。
鵜飼の船も流されかけた。(全部助かっただろうか?)
盆踊りでこれから、全国からのファンを迎えるはずの郡上も
大変な大雨で濁流にのまれている。

観光で生きる街にとって、天災は惨い。
人が来なくなるのだ。

一方、観光地になりそうもないわが実家。
景色もそれなり、川も山も近くにない。
しかし、難を逃れている。

なんとも皮肉なこと。

とにかく、1日も早く広島も岡山も、京都も岐阜も・・。
それぞれの観光地がなんとか夏のシーズンに
間に合うようにと祈っている。

一言で異常気象と言い切れないほどに、おかしな
ことが続きまくっている。

雨も地震も・・・。
その前に、人間は無力だ。

雨が上がった日曜。青空がうらめしい。
そして、夜明けになると、また新たな被害が広がることだろう。

被災された皆様に心から、お見舞いを申し上げます。

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閉店とは、未来を拓くためのものである。

この1週間以内に、間もなく閉店を迎えるという 何件かのお店に
足を運んだ。
ひとつは先日書いた、名古屋で75年続いた百貨店。
閉店後も、その店の前を通ったが、
昨日まであったものが、今はない。建物自体は存在するが
今日も明日も定休日のような、人の出入りがまったくない
状態。この寂しい空気はなんともいえず・・。
でも、そのうち、この感覚も時間とともに変化し、
人々にとって、お店の存在は過去の存在になっていくのだ
ろう。そのうち、思い出に、伝説のようになっていくのだろう。
「昔、ここにこういう店があったんだよ」と。

続いて、今月に閉店するという連絡をもらった服飾関係の
売り場と、そばやさんを訪ねる。
いずれも、ご無沙汰だ。いずれも「いつでも行ける」という。
それらが、まもなく幕を閉じる。
だから、もう一度行かなければ・・と思った。

前者のお店では、久しぶりに会うスタッフたちに歓迎され
そして、お店がなくなることについてのそれぞれの
思いを語る。
店のスタッフとお客という関係は、閉店とともになくなる。
もう10年以上お世話になってきたこのお店の思い出とともに
自分の新潟でのこの10年をも振り返る。

そして、そばやさん。
ここの社長と出会ったのは、7~8年前のことだろうか。
会社全体としては、順調で新しい挑戦を続けているが
会社が新たなステップに向かうための、その1店舗の閉店という決断である
との便りもいただいており、そのことを思うと、寂しい
閉店ではない。

が、地元のお客さんに愛されてきたこのお店が、
もうすぐなくなる。というのはやはり心が揺れる。
ここで働く人たちは・・・と余計な心配をしたりも
するが、笑顔をキープしつつ、がんばって接客を
されているのを見て安心もする。

世の中にはいろんな開店があり、閉店がある。
どれもこれも、開店するときは華々しく、
そして閉店するときはそれぞれだ。

蕎麦屋さんの店頭を飾る閉店告知の挨拶ポスターは
お店の未来を感じるメッセージであった。

会社が次代に向かうために、ひとつの店が開かれ、
そして閉じられる。
応援する会社の明日への一歩のための英断に
心からエールを送りたい。

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