蛇腹の魅力。

初めて、アコーディオンのコンサートに出向いた。
なぜ55歳にして・・なのか。
シャンソンや、タンゴの影響は間違いなくあるだろう。
あの切なく、哀愁に満ちたオルガンの音色は、心に染み入る。
まさにアコーディオンとは、蛇腹のことであり、これを使って空気を送り込んで音を出すという、まさに人力の楽器。人が歌っているようにも聞こえるから、
尚、哀愁を感じるのかもしれない。

そのアコーディオンにはいろんなことができることがわかった。
バッハやモーツアルトのようなクラシック音楽の演奏にも適しているようだ。
もちろん作曲家たちが生きた時代より後にできた楽器であるから、
後から編曲して、演奏するようになったのだろう。
教会にいるような気持ちで聴ける、そんな音だ。

またパリの街角で流しのお兄ちゃんが弾いているようなミュゼットという
三連符が続くワルツ。アコーディオンといえば、このイメージが強い。
よくテレビや店舗の効果音やBGMで使われているのはこの類。

さらに、ギターやチェロと組んでのトリオ演奏などもあり、
バイオリンと組んでのタンゴもあり・・。

いずれもあの限られた鍵盤、スペースでよくそこまで表現できるのだと
感心するが、アコーディオンとはマルチな可能性をもつコミュニケーション楽器だ。
あの音色。懐かしく、甘酸っぱくて・・・悲哀に満ちて・・。

まだまだ音楽の世界の入り口にしか立っていないことを実感する。
ぜひ、アコーディオンで綴る愛の歌を作ってみたい。

音楽は人の心を打つ。演説を聞いて泣く人はまずいない。
でも、音楽を聴いて、思わず涙することはよくある。
演奏は感動のコミュニケーションだ。
アコーディオンの世界に触れ、改めて音楽のチカラを知った。



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燃えるパリへの哀しみと・・。

なんたるショック。
未明のニュースに目を疑った。ぶるっと震えがきた。まさか・・・。
わが愛するパリのシンボル。京都でいえば清水寺に相当するのだろうか?
屈指の観光地でもあり、世界遺産の先駆けとしてもあまりに有名な、ノートルダム寺院が燃えている映像だ。
津波のとき水が怖いと思ったが、今度は火が怖いと思った。
 すべてが違いすぎるが、あのニューヨークの同時多発テロを思い出してしまった。そしてあのときの衝撃は自分がそのタイミングにNYに向かっていたからということも関係しているが、このノートルダム寺院の火事については、ああ世界のみんなの宝物がめらめらと燃えていく・・ことへのショック・・。
何百年も持ちこたえてきたのに、こんな短時間に灰と化してしまうとは・・。
なんだか歴史の火葬のようで・・・。

3月に駆け足でフランクフルトからパリに日帰りで出向いたとき、そこには足を向けなかった。そう、ノートルダム寺院はいつでもある、ずっとある。そんな存在であった。むしろ、移動式観覧車にばかり目が行っていた。
こんなことになるなら、ああ、行っておくべきだった・・。もう一度、あの堂々たる素晴らしい眼前にそびえたつ、ゴシック建造物を、しっかりこの目に焼き付けておくべきだった。
まさか、燃えるとは・・。映画の話ではないかと思えるほど・・・・。

と、日本に住み、何百回も観たわけではない私がこんなにショックに思うほどであるから、パリ市民からすれば、キリスト教の信者さんからすれば、いかほどの哀しみであろう。心からお見舞い申し上げたい。

かのナポレオンもここで戴冠式を行った。有名なその様子を描いた作品をNYかパリの美術館で観たことがあった。それだけではない。フランスを代表する国のリーダーたちの大切なセレモニーはここで執り行われてきたのだ。

凱旋門は市民の暴動で痛めつけられ、今度はまさかのノートルダム寺院の火災。
神様が人間に反省を促したのだろうか?
「みんなちゃんと仲良く、平和な社会に向かった生きなさい。そうしないと全て破壊されるよ」と、いうことをこの事故(まだわからぬが)をもって示したのだろうか?
争っている場合ではない、一致団結し、思いやりの心をもって、まさに博愛の心を持って生きるようにと諭したのだろうか・・。

と、そんなことも思えてくるような、今のタイミングでのこの火災。
わがグラン・ルーにとっても、この寺院は大変重要な存在だ。
パリといえば、観覧車に気づく前に、ノートルダムだったのだから。
ああ、パイプオルガンは無事であろうか?

現地で聴いた荘厳の響きと燃える火がなんだか一体になって・・・。
気づきなさい。目覚めなさい。と、人間の驕りを鎮めるための強烈な哀しみを
与えられたのか・・。

すべては私の心の中の妄想だ。本当に悲しくて、今でも駆け付けたい気持ちだ。
過去に撮った写真はどこに?気が付けばあまり撮っていない。いつでもそこに
在るから・・・と思ってきたから・・。
パリの人々にお見舞いを。世界遺産なのだから、大切にしなくては。
みんなの憧れ、パリがずっとパリであるように。みんなで努力しなければ、協力しなければ・・。これは他の都市も同じことだ。

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家族が見守る、晴れ舞台。

このたびの朗読劇ツアーでは、演劇関係者、役者のファンとそのお連れ様など多数おいでいただいたが、それ以外に印象深かったのは、演者や作家の家族やお仕事仲間たちのご来場。
東京公演のときには、東京近隣在住の役者のお父様やお母様が。なかには京都から新幹線に乗って駆けつけられた方もおいでになった。
上田公演では、長野出身の役者ということもあり、前宣伝も効いて、ご両親はもちろんのこと、おばあ様やご親戚ご一同さまが花束をもってのご参加。
孫や姪っ子の成長ぶり、昔の仕事仲間に久しぶりに・・・とあたたかい再会の時間ともなった。

その中のひとり、あるお母さまとお話しした。娘さんの活躍を心から応援されており、忙しくても毎回舞台があるときは京都から駆けつけてこられる。スタッフへのお気遣いも欠かさず、本当にありがたい限り。
またある役者のお婆さまともお話しをする機会があった。
「こんなに小さかったのに(手で高さを表しながら)、もう見違えるようになって。もうそこに〇〇子が立って芝居やっていると見ているだけで泣けて泣けて・・」そんな風に語っておられた。
役者に作家になる夢を抱き、東京へ出ていった息子、娘たちをどんな風に家族は心配し、見守ってこられたのか・・。
通ってきた道は少し違えど、自分の場合も結果、同じようなことだ。
地元での演奏会や何かステージがあれば、母親が一番に、先頭を切って参加し、
近所の人に声をかける。地元ならではの歓迎ぶりがある。

今回、仲間のご家族たちがステージを見守り、仲間たちが花束をもって駆けつけてこられる様子を見て、母親や自分のことを普段から応援してくださっている方たちのことを思い出し、ありがたいと心から胸がいっぱいになった。

家族の応援。仲間の応援。
これがあってこそ、みんながんばれるのだと思う。
どんなに喧嘩をして、出ていったとしても、
そうであれば、より一層、がんばっている姿には涙なしでは語れないはず。

がんばっている姿を見せることができるということが、一番の親孝行なのかも。
今回、役者や作家の親御さんとの対話から、改めて、感謝の気持ちが生まれてきた。

さあ、地元の温かい応援に応えて、初心忘れず元気にがんばろう!

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ともに創る、ステージの快感と感動

3月末から始まったドラマリーディング(朗読劇)「真夏の雪」の東京・上田ツアーも無事終了した。5日間9公演で、のべ300名ほどのお客様においでいただいた。
東京は空が見えるカフェバーで、上田では写真のような小劇場での開催。
箱が変われば、作品が違って見える。まったく別物になる。
天気の変化で演技も気持ちも左右される東京会場アリーナでのカジュアル感とオープン感もよかったが、上田の会場 SAINO TSUNOでは、集中してお客様が劇に向かい合えるTHE STAGE。楽器も東京での電気ピアノから、上田では、ヤマハのアップライトでまさに生音に変わり、弾き心地と響きは確かに向上。
遊園地、観覧車が舞台の朗読であったため、カラフルな椅子で楽しさを演出。
そんな素敵なステージで役者たちと一緒に演じた。

どんなステージに立つのか、立てるのか。
それにより、気持ちも高揚。演奏への意識も変わる。
素敵なステージは、最高の衣装だ。

ステージでの本番というのは、何度やっても緊張の連続だ。
団体戦の場合は、とくにそうだ。演奏ではじまり演奏で終わるため、責任重大。
特に最後のクライマックスの演奏直前では頭の中を血管がどくどく動いているのを感じるほどに、大変緊張する。
一体感、役者をセリフをたてる、引き立てる、最高の効果・・を意識すると余計に緊張する。うまく弾こうとすると余計に間違えそうになる。ヒヤヒヤの一時間。
と、ステージが素敵だけに、完璧な演奏ができたかといえば、
毎回毎回、反省は尽きないがこのなんとも言えない緊張感の中で
やりきったということが最も大切であり、お客様の反応もおかげさまで
良かったのがうれしい。

限られた人生において自分が立つステージがあることは、何よりの幸運だ。
今回も見知らぬ街での初ステージで、新たな出会いをいただいた。
同じステージに立てた仲間とは、演者、表現者としての共通の貴重な経験を、そして、そこにおいでいただいたお客様には、作品を通じ、人生のひとときと思いを共有する一体感をいただいた。劇後に行ったミニライブも熱心に聴いていただき、涙される方もいてくださって、思いが伝わったことも嬉しかった。

さあ、次はどんなステージに向かう?作る?


写真は素敵な上田の会場ステージと、愉快で素敵で輝く仲間たち、本番劇後のミニライブの様子。

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笑いの工夫という無限の創造性

なぜ、東京にいる間にもっと通わなかったのだろう。と思う空間のひとつが、
寄席、演芸場。
一昨年前、引っ越し間際に急に浅草通いをして、ああ、もっと早くから都内の演芸場巡りをすべきであったとちょっと後悔。
もっとも、若いときには、この分野に興味もさほど湧かなかったのかもしれないが。

まんなかに拠点を移してから、ふたたび吉本や松竹やと 大阪のお笑い文化に接する機会も増え、なんだか懐かしく、ほのぼのして、人間の幸せの源泉はやっぱり笑いだと再認識するようになった。
新喜劇も大好きで、いつかそんな作品づくりに関わってみたいと真剣に思いつつ、やっぱり一人でできることをもっと究めた方がいいとか、真面目なセミナーでももっと笑いを取り入れて、新しいことができないかとか新たな妄想も生まれ始めている。
そんななか、寄席に行き、ピン芸人たちの芸を見ながら、自己表現という仕事について勉強させてもらっている。
今回、思わず泣いてしまったのが、パペット落語で知られる(多分、知る人は多いだろう)鶴笑さんの芸。
話術ももちろん素晴らしいが、パペット人形を使って、BGMをフルに使いながら、汗をかきながら、俗にわかりづらいと言われている演目「桜山」という、想像するにちょっと難しく、ある種残酷な作品を面白おかしく、演じまくる。
何に感動したのか、なぜ、どこが心の琴線に触れたのかわからないが、私は彼の演目を見て、泣けてきた。
多分、笑いの世界、想像の世界を自分なりに作り上げている、その一生懸命さに心うたれたのだと思う。
見えない世界を心のなかで見えるようにする仕事は、やっぱり尊い。
そして、誰もやらないことを考え、カタチにするということが素晴らしい。
鶴笑さんは、今、目指したいアーチストの一人だ。
そう、落語家は立派なアーチスト。感動のオンリーワンを目指そう!

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拠点変えると、世界が広がる

ここんところ、東京から拠点を名古屋に移して、本当に良かったと思うことが
多い。
東京との距離もまったく感じず、これまでどおり活動ができるだけでなく、
より東西南北、各方面への視野と興味関心が広がった。
たとえば、名古屋から大阪へ行く機会が増えたこと。
しかも、JR東海道のルートしか考えたこともなかったのに、近鉄という手段が
あったことに気づく。
愛知、岐阜、滋賀、京都、大阪・・と行く以外に、
愛知、三重、奈良、大阪といけるのだ。
この発見の感動は大きい。
ローカルライフに目を向けると、新たな景観、新たな出会いが生まれ、ああ、こんな世界があったのだと感動も増えてくる。
これまで大阪といえば、梅田いわゆるキタのイメージだったのが、
今はミナミの魅力にはまりつつもある。

そしてもう少し先に行けば、橋を渡って四国にも、まっすぐ進めば中国地方にも
すぐたどり着ける。

またその町に住む人々の言葉や、ファッションや、食べ物や・・・。
その暮らしぶりを知るのも大変興味深い。
大阪都構想の詳細はわからないけれど、東京とは全く別世界が存在することは
肌で感じるのだ。
時々、拠点を変えることは良いこと。無理でも目線をちょっと変える。
何かを変えると、自分の世界がより広がるのだ。
そこしか知らない・・という狭さから脱却する方が人生はより豊かになる。

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初めての街での公演に

朗読劇「真夏の雪」。おかげさまで東京公演についてのご好評をいただき、ほっと一息。
と思ったら、次の会場での公演が本日より始まる。
長野の上田という町での公演だ。
出演する役者さんが長野県出身ということでの、ふるさと公演的な意味合いもあるが、私にとっては見知らぬ街で、緊張感もある。
お城があって、桜も咲いて、さぞかし美しい、きれいな街なんだろうな。

そして、地元出身の役者さんの活躍を観に、地元の人が多く来られるんだどうな。
私にとって初めての街、未知の町。これは出会いの町でもある。
日本中、世界中、生きている間にすべての町に行けるわけではない。
選ばれた、ご縁ある町のひとつが、この上田なのだと思う。
まずは、年賀状などを見直しながら、長野県在住の知り合いなどにお手紙と案内を出してみたりする・・。そんな交流もいいきっかけだ。

朗読劇後のミニライブも行う予定。
今度は、ふるさとの歌を信州バージョンで歌ってみようか。
どこにいても、どんな人もふるさとにいる思いは同じ、だから見知らぬ土地でもそれは響くことと信じている。

名古屋から3時間半以上かけて、電車を乗り継ぎ出かけていく。

楽しみなのは、駅についたときの町の空気。

どんな匂いがするだろう・・。

「真夏の雪」上田公演 こちらです。

https://blets.jimdo.com/

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可能性を広げる挑戦の切り口。

自分には何ができるだろう。自分は何がしたいだろう。
いくつになっても、自分の枠を、世界を広げる努力や挑戦は素晴らしいことと
思っている。
私にとって、仕事とは売り上げを創る、儲けることだけでなく、
それ以上に、自分の存在意義を高め、世の中に少しでもいい影響が与えられるように取り組むこと。それが仕事だと思う。だからタイムカードもないし、残業という考え方もないし、自分が納得するまで、限界を感じるまでトライしなければと思っている。だから、生きていること自体が仕事だと思いながら、生きている。だから、私にとっての仕事は労働ではなく、活動であり、挑戦であり、研鑽、創造・・・。

最近、自分ができることを生かし、もっと発展、応用できることはないかと思うようになった。そこで思うのは、まずはコミュニケーションクリエイターの枠、領域をもっと広げる、深堀するということ。
まずは、弾けることを活かす。鍵盤楽器での可能性の模索だ。
鍵盤であれば、鍵盤である限り、たぶん自分で表現することができるはず。
今年はまず、このテーマを深耕する。
さらに、楽しいコミュニケーションの表現。感動をGIVEできる力を鍛える。
泣き笑いをみなさんにお届けできるスキルを身に付ける。
そういう意味では、上方演芸も、今取り組んでいる朗読劇も、演奏活動もすべて挑戦のための良き教材だ。

どうせ生きるなら、いい仕事を。大きさではなく、深さと温かさを。

人生での禁句は、「もう、年だから・・」とあきらめること。
可能性を模索し続ける以上、人は老化しない。
まだまだノビシロがあると思っている、大変幸せな人生を今、生きさせて
いただいている。


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リーダーにとって、何より一番大切なこと

先日、面談の機会をいただいた、とある経営者。半世紀にわたり、組織を作り、育て、率いてこられている。その年輪は、その風格、表情に現れている。一目見て、この人は・・・と思わせる緊張感、それがオーラなのだろう。
その方との面談の機会をいただく。恐れ多く、厚かましいが、念願の時間を与えていただいた。
通された応接室で、緊張しながら待つ。そして、ドアが開き、ご本人が
おいでになる。挨拶をして、座って向かい合う。
はじまる会話のなかで、なんとも話しやすい、気さくな印象を受け、こちらも自然体でいられる。15分ほどお話しし、慣れてきた頃に、
「本当に、気さくな方で安心いたしました。やっぱ、お人柄なんですね」と
緊張が緩み、そんな一言が出てしまう。
すると、意外にもそこに反応された。
「そうなんですわ。経営者は、人の上に立つ人というのは、知力も体力ももちろん必要だけれど、人柄がよくないと絶対にあかん。何よりも、人柄ですよ。」
おそらくお話しした30分のなかで、もっとも力がこもっていた会話がここであった。

人柄・・。
前にも別の経営者の方から、同じことを聞いたことがあった。
人柄。これが人として一番大切である。
それは人に信頼されること、人に慕ってもらえること、人がついてきてくれること。
そうしたいと思ってもらえるには、やはり良き人柄が必須条件となる。

幸いにして、私が尊敬する、そして長くおつきあいいただいている経営者の方のほとんどが、まず人柄が魅力的。社内からも、社外からも愛される・・・そんな人物でないと、リーダーにはなれないのだ。
もちろん、リーダーでなくても、人として生きるには、人柄を磨いていくことが大切だ。

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「またね!」ハイタッチの消えない記憶

お子様向けのイベントを約1年間、担当した。まもなく4月末で一区切り、
第一ステップが終了ということになる。
思い起こせば、小学生以下のお子様と親御さんに向け、毎月お誕生会と体験イベントを企画、実施した。
お誕生会では歌やクイズや一緒に楽しめるコンテンツを時には自主企画、ゲストを呼ぶときには、MCと盛り上げ役に徹した。
体験企画は、流しそうめん、航空宇宙博物館での水ロケット体験、お月見ダンゴトッピング、博物館で化石の取り出し、クリスマスブーツづくり、ビンゴ大会、
方言かるた大会、ボーリング場ツアー体験、イースターエッググッズづくり・・などなど・・そんなことを毎月企画し、実施してきた。
地域密着の商業施設の主催であり、地元のお子様たちが集う場所。告知で楽しい企画をみつければ、雨がすぐれなければ、いろんな理由でそこに集まってくれる。会場での当日の呼び込みももちろん、動員には有効だ。
1年間の自分のやってきたことを振り返る。よく何とか、かんとかこなしてきた。
おとなは我慢できるが、子どもにはその二文字はない。いかにお子さんにすっと喜んでもらえる、飽きられないよう工夫するか。またどこまで親しくなれるか。

最初は正直、とまどいもあったけれど、お客様はよく見ておられる。
「マーサさん!」と声をかけてくださるお母さんや、何組かのお子様は会えば手を振って「こんにちは」、イベント終わって帰るときは「まーたね」といって子どもたちとハイタッチをして別れる。
にこにこして、なんとかわいらしいお子さんたち。
1年前、こんな風に子どもたちと仲良くできるとは想像していなかった。

今回も、「またね。またきてね」を、声をかけつつ、もう会えないかも・・。
でも、またどっかで出会える。そして、大きくなった子たちとどっかでばったり
ということもあるのでは・・。

最初、こわごわだった自分が、いつの間にか、お子様向け仕事が大好きになっている。なんだかのめり込んでやっていたな~。今となっては笑えるアクシデントもあれこれあれど、春だ。子どもたちの成長を祈りつつ、本ステージをいったん卒業。

感慨深い、仕事であった。子どもたちの笑顔、真剣な顔・・・このことはずっと忘れない。私の経験のありがたき1ページとして・・。

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