私にとっての学び舎は、小学校・中学校・高校・大学といった学校以外に、
ピアノやエレクトーン(電子オルガン)を習った教室も含まれる。
とくに小学一年生から通った岐阜の楽器店、おそらく3年生か4年生になって
通い続けた名古屋のヤマハの支店は、私の音楽力を育ててくれたありがたい
学び舎であるのに、約40年ご無沙汰していた。
一度音楽を捨て、ふるさとを離れ、その音楽の学び舎を訪ねることは
なかった。
そんななか、このたび急に寄りたくなり、名古屋のお店に足を踏み入れる。
実は、そのビルの前は、何度も通った。でも、なんとなく入れなかった。
今回は、思い切って入ってみる。
すると、入ったその瞬間から、自分の小学生~中学生時代の
エレクトーンに熱中していたあの日の記憶がよみがえった。
コンクール漬けの日々、グレードという試験のこと・・・。
そして、最新のエレクトーンを見て、時代とともに、この電気楽器が
大きく変貌していることに気づく。
幼き頃の自分がそこにいるようだ。
そして、ピアノもさまざまなタイプが用意されて、どれもこれも
弾いてみたくなる。
最近のピアノは、軽めのタッチで、華やかな音が出るものが好まれる傾向にある。
とショールームのスタッフが説明してくれた。
そう、楽器には各社ごとの音がある。
私はそれらの展示ピアノたちを見ながら、このフロアの上にある、音楽教室に
毎日通っていた自分を思いだしていた。
ちびっこが毎日、学校を終えて、岐阜から電車を乗り継ぎ、
名古屋駅から20分以上歩いてここにやってきて、
その頃、町はサラリーマン向けの焼き鳥やなどが開店する時間帯で
いい匂いに包まれ、大人の世界を横目に通り過ぎながらレッスンに
向かった日々・・・。名古屋はその当時から、焼き鳥の町だった・・。
レッスンが終わると、父がこのビルの前に迎えに来ていた。
アッシー父は、毎日会社での勤務を終えてから、1時間かけて
名古屋まで迎えにきてくれていた。
家族中が、私の音楽修行を軸に周っていた。
そんな思い出がまさに、観覧車のようにぐるぐる回って
胸がいっぱいになった。
音楽、捨てなくて良かった・・・。ギリギリセーフという感じだ。
お店の人に40年ぶりの来店と言ったら
「まあ、そんなに長い間、おいでになっておられなかったんですね」
と言われた一言が、響いた。
40年という時間を経ても、学び舎はまだ存在していた。
そのときの先生たちに、ふと会いたくなった・・・。
学び舎をたずねると、そこから新たなことが始まることもある。