このところ、移動中にずっと聴き続けているせいか、
寝ても覚めてもその声が頭から離れない。
美輪明宏さんの歌声だ。
今から思えば、お元気なうちからもっと知っておくべき
だった。
でも、ご健在のときは、いつでも聴ける、いつでも
という気持ちで、意識して演奏を聴き直すことはなかった。
でも、今年の2月に行った長崎でのバレンタインコンサート
がきっかけで、「ボンボアヤージュ」を何度も聴くことに
なり、そして訃報に接してからは毎日何度も何度も美輪さん
の演奏と語りを聞き、命がしみ込んでくるような そんな
感動を味わい続けている。
どんな人生だったのだろう。想像するしかないが、
美輪さんが生まれた当時の長崎、原爆の日のこと、そして
上京、そして歌の世界・・・。同性愛を世間が認めない
頃から自分らしく生きようとされたその勇気と挑戦。
あるインタビューで
「人が人を愛するのは、男女でも男男でも、女女でもいいの。
人が人を好きになるだけのこと」
と言われていたことが思い出される。
本当の意味で、ひとりの人として生き抜いた表現者だった。
その姿形、声はこれからは記録されたものでしか出会うこと
ができないが、その存在、その生きた歴史に変わらぬ尊敬と
憧れをもって関わり続けたい。
いつでも会える、いつでも聴ける。いつでも話せる。
と元気な時はそう思っているけれど、
いざ失うと、その存在の重さ、意味、価値に改めて気づかされる。
そして、失ってから改めて出会い、気づくことも多い。
今日は岐阜羽島で80名ほどの七夕コンサート。
美輪さんも大切にされてきた愛と平和について、私なりに思いをもって
伝えたい。
失ってから気づくこと、得ることは、あまりに大きい。
失ってから出会い、気づく。
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